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母をその背に


「もうちょっと辛抱してて、お母さん」
「がんばって、お母さん」
 二人のこどもが集落から続く山道を下っている。歳のほどは、兄でようやく10を数えたくらいだろうか。
 妹が兄の背に揺られる母の手を、一心にさすっている。
 雨は本降りになってきた。
 不安気に見上げる少女の瞳に、母の顔が土気色に見えた。

 どれぐらい歩いたところだったろう。
 山裾はまだ遠く、病院などはまだまだ見えもせず。
 力自慢とはいえ兄もまだ幼い。随分と軽くなった母をおぶさるには限界があった。
「ごめん……っ、まや、休憩だ」
 そう言って力なく地面に座り込むと、ゆらりと倒れこむ。
「おにいちゃん」
 まやと呼ばれた少女が泥に伏した兄の顔を見れば、それは熱に赤く染まっている。
 雨に打たれ、母の体重を担ぎ、少年の体力はとうになくなっていたのだ。
 時折地面に擦れた母の足からはとうに靴など失われ、石が刺さり泥に汚れている。
 その足がぴく、と動いた。
「お母さん、目が覚めた?」
 そのさまに気が付き、声をかけた少女を。

 母は、頭から噛み砕いた。


「今から行けば、お兄ちゃんが倒れたところに遭遇できる」
 厳しい声で『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が告げた。
 E・アンデッドの討伐依頼に、リベリスタたちは頷く。
「討ち漏らさないように注意して。このアンデッドは増殖性革醒現象を強く促す。
 交戦中にも、周囲の雨や草をエリューション化してくる可能性がある。
 ……このお兄ちゃんも、すぐにノーフェイスになる」
 ぎょっとした顔を向けるリベリスタに、イヴは変わらず厳しい声音のままで答える。
「この兄妹は、まだ革醒していない。
 でもそれも倒れてから30秒程度の話。そのあとは、」
 そこで言葉を切って、イヴは、ふっと目を伏せ、リベリスタたちに背を向けた。

「こどもたちは雨で電話線が切れた、携帯も圏外の集落から、母親を病院に連れていこうとしてた。
 どの時点で母親が死んだかはわからない。助ける方法なんてなかったのかもしれない。
 ――これも、リベリスタの仕事。悲劇が、もっとひどくなる前に」

 行ってきて、と。
 その声は、ブリーフィングルームに静かに響いた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年09月20日(火)01:55
ももんがです。E・アンデッドは年中無休。
成功条件『だけ』を満たす場合は簡単なため、イージーシナリオです。
以下追加情報です。

●母
フェーズ1
病気で倒れ、亡くなりました。理性を失い、残るは食欲のみ。
何もしなければ、到着後3ターンでまやを食べてしまいます。
また、そのターンまで母の攻撃範囲にいた場合、お兄ちゃんもノーフェイス化します。
攻撃手段は以下の3種類です。
1:引っかき(近距離)
2:噛み付き(近距離・毒)
3:金切り声(遠距離・全体・ブレイク・ダメージ無し)
まや・お兄ちゃんを『お弁当』と見ています。

●エリューション
革醒しうるのは以下の3種類です。
 1:水のE・エレメント(金魚鉢サイズ)
 2:アリのE・ビースト(小型犬サイズ)
 3:お兄ちゃんノーフェイス
1・2ともに、物理攻撃に強いという特性を持っています。
また、革醒するのは一度につき1体ずつです。
3は、異形化した体や母と妹の状況にショックを受け、母を攻撃します。
15ターン程戦い続け、相討ちになるでしょう。
1・2・3すべてフェーズ1です。

●成功条件:このシナリオで革醒した全てのエリューションの撃破
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
深町・由利子(BNE000103)
ナイトクリーク
レン・カークランド(BNE002194)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
デュランダル
マリー・ゴールド(BNE002518)
ナイトクリーク
ダグラス・スタンフォード(BNE002520)
クリミナルスタア
関 狄龍(BNE002760)
クリミナルスタア
イスタルテ・セイジ(BNE002937)


「ごめん……っ、まや、休憩だ」
 少年はそう言って力なく地面に座り込むと、ゆらりと倒れこむ。
 ――ここまではカレイドシステムが映した未来視のまま。

 だが、ここからはリベリスタが変えることができるはず。
 ばしゃり、と水を蹴立てる音が近づいて。

「救ってみせる。絶対に!」
「自分より後ろは通行禁止っす☆」

 そう宣言し走り込んできたのは『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)。『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)がそれに続く。
「え、ええ!? お母さ、お兄ちゃん……!」
 唐突に現れた二人が兄の背から母の身を引き剥がそうとする。
 それを目の当たりにしたまやは、焦りと戸惑いの声を上げて駆け寄ろうとした。
 しかし、
「ゥ……ォオ……」
 それは、奇妙な、少女が聞いたこともない唸り声。
 驚き足を止めたマヤの眼前で、今の今まで身じろぎ一つしなかった母が両手を酷くばたつかせ激しく抵抗し、眼帯をした方の男を右手で引き裂いた。
「ぅ、うあああーー!!!」
 混乱。
 錯乱。
 未だその言葉は少女の語彙にはない。
 幼さのあまり表すことのできない感情に、両手で愕然と頬を抑え、目を見開き、まやは絶叫した。

 母は、少なくとも自分の知る母は、そんな事が出来る、する人間では、無い!


 眼帯の男――終の、苦痛のうめきと迸る血飛沫。
 倒れた兄は、雨に打たれ、目を閉じ倒れ伏したまま浅い呼吸を繰り返すばかり。
「えぁっ!?やだ!離して!?」
 何が起きているのか理解できないまやの身を、更に背後から抱き上げたのは『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)だ。母であった存在と言う『危険』から少女達を引き離すことを優先し、声をかけるのは後退後と決めているイスタルテは、無言。幼い心は恐怖に耐え切れず、すでに臨界点を大幅に突破し――恐慌をおこしかけていた。
「や、ヤダヤダ、やだ! 離して――」
「私達は……貴方達のお母さんから頼まれてきたの」
 だから。努めて優しい声音でかけられた『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)のその言葉は、本当にギリギリだった。ほんのわずかでも遅ければ手遅れだっただろう。
 すんでの所で少女の意識が現実に向き直る。
 由利子は逆に、万華鏡が語った30秒の内で出来る限り二人を説得しようと考えているのだ。
「ずっと前から、あの人は重い病気にかかっていたわ。あれは今のお医者さんでは治せない病気……
 そして、このままだと二人も同じ病気にかかってしまうかも知れないの……」
 まやの眉が怪訝そうに歪む。母の不調はそんなにも昔からだったろうか、と。
 そうして思わず確認しようとした。
 視界をさえぎろうとイスタルテが身体の向きを変えるまでの数秒の間、何とか母の方を見やる。
 見てしまう。
 少年から引き剥がそうと、『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518)と『男たちのバンカーバスター』関 狄龍(BNE002760)が母親に組み付いている。そうやって空いた少年と母の間に『夜色紳士』
ダグラス・スタンフォード(BNE002520)と身体のギアを上げた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)と共に周囲を警戒しながら立ちふさがり、新たなエリューションの革醒に備えている。
 少女にその彼らの行動の意味は分からない。
 だが、それらの合間から数秒だけ垣間見えた母の姿は――ただそれだけで。
 由利子の言葉に充分すぎるほどの説得力を与えた。

 何、あれ。
 母の手。まやを優しく撫でてくれた手――あんな鋭く尖った爪があった?
 母の体。温かくて白くて石鹸の匂いの体――あんなに茶色く膨らんでいた?
 何より、母の顔はあんな、目の前のすべてを食べようとする顔だった?

 母の姿は、――ねえ、アレは本当にお母さんなの?

「母親のその姿は、見せるものじゃないな」
 シャドウサーヴァントを従えたレンの言葉は、僅かに鋭い。
 濁った緑の液体。
 そんなものを口から溢れさせる母のあぎとで肩口に噛み付かれながら、それでも怯まず狄龍が叫ぶ。「母ちゃんは病気だ! もう治らねぇ! これからはお前らが2人で助け合え!」
 それは端的で、そして的確な事実。
 じわりじわりと頭に染み入る現実に、幼い少女の気が遠くなる。
「お母さんは自分を止めてくれるように言っていたわ。
 ここに居てはあぶないから……お願い、今だけはすぐに離れて」
 信じられないかもしれないけれど。と、相変わらずぐったりとした兄を抱き上げながらそう語りかけて来る由利子に、少女は半ば機械的にコクリと頷いた。
 信じるも信じないも、無い。余りの現実に、まだ心が追いついていない。
 ただ、どこか元気だった頃の母を思い出させる由利子の優しい笑顔だけが、辛うじて少女の心を引き寄せていた。
 まやは呆然とした表情で、しかしもう、抵抗はしなかった。
 兄の体を抱き上げたイスタルテをちらりと見やると、由利子に手を引かれるままにその場を離れる。
 安全圏まで下がったと判断したイスタルテの合図に、リベリスタの間に少しの安堵が走り――
 そして、戦いは本格的なものとなる。

 じわり、と。
 戦場に叩きつけられ続けていた水滴が、唐突に滲み出すように球型を取り、浮かび上がる。
 青みがかった細身の剣を抜いたリセリアが、それに即座に対処できたのは事前の警戒の賜物だった。
「出ました!」
 仲間への警告を叫びつつ放った幻影の剣は、少しづつ大きくなろうとする液体を魔力にも似た力で分断する。ぱしゃり、と小さな水の粒になったそれを、ダグラスの発する3mほどもある黒いオーラがまとめて叩き潰した。物理的な力に強いとはいえ、然程強くないエリューションは早々にただの水に還る。
 次々と現れる新たなエリューション達は水にしろ蟻にしろ、厄介なものには違いなかったが、的確な対応と連携が確立されてさえいれば、脅威とは言えないものだった。
 やはり問題となるのは――『母』、その一体のみ。
 毒の牙を、鉤爪を振るい、食欲のままに暴れ続ける『成れの果て』。
「子供達は、アークに任せろ。だから……眠れ」
 レンが全身から気糸を放ち、母を絡め取ろうとする。その気糸を振り払うアンデッドの身体を、終の幻惑の武技ができるだけ顔を避けようとしながらも切り刻む。
 怯んだ今がチャンスと、マリーが愛用の大剣を地に突立てて母の両腕を掴み、組み付く。
「お前の弁当はここには無いよ。――子供の名前を呼んでみろ」
 至近距離から睨みつけ、問い質す。
 理性がなくなっているのは分かっている。
 だが、子を見る母親の情は、理性のみの物なのか、と。
 しかし。
「!?」
 掴まれたままの腕を無理やり捻ってマリーの両腕に食い込ませ、つかみ返してきた鉤爪と、目の前にあった華奢な首筋に噛み付いた牙。
 問への答えは言葉――否、声ですらなかった。
「――そうか」
 マリーは悟る。
 母親は亡くなったのだと。
 もう、『これ』は少年等の母では無いのだと。
 近づきすぎたあまり、逆にしっかと組み付かれたマリーは彼女にとって新たな『お弁当』だ。


「けっ、クソが。だったら抗うまでだ」
 戦闘服に付いた蟻エリューションの破片を払い、狄龍が倒れたマリーを庇う様に立ち、仲間のリベンジマッチとばかりにアンデッドに組み付く。狄龍は『敵を兄妹に近づけない』事を肝要としていた。
「俺としちゃ、ここは一歩も進ませねぇって訳だ。
 へっ。カッコいいねぇ、俺!」
 アタッチメントの刃を飛び出させた手甲を鉤爪にぶつけ、意地と矜持を眼光に載せて叩きつける。
 グラリと揺らぐ母の身を、レンの気糸が幾重にも縛りあげた。
 動きを封じられた所をリセリアと終の幻影剣が薙ぐ。水のエリューションと違い分割とまでは行かずとも、硬質化しつつある皮膚の柔らかい部分を的確に狙った斬撃は容赦なくアンデッドの肉を削ぐ。

「おまえはあの子らの母親だ。命がけで生んで、その身を削って育てたんだ」

 全て失われている事は、もう分かっている。
 しかしダグラスは語りかける。
 ――それは確認ではなく、期待でもなく。
 彼女の、かつて母親だったものの、終わりを告げる、宣告。

「どれほど心残りだったろう。……そんなことも忘れてしまったのか?
 おまえに子供らは殺させないよ。せめて記憶の中に、美しく優しい母の姿のまま残れるように。
 子供らがこれからの人生を強く生きていけるように」

 言葉と共に、顔には当たらぬようにと振るわれた黒いオーラの一撃が胴を横薙ぎに砕く。
 壊れた人形のように崩れ落ちたアンデッドはようやく、動きを止めた。


「愛し、愛されていたのでしょうね。
 だからこそ……二人は母をその背に、ここまで来たのだから。
 私達はその想いを壊し、親子を引き裂いた……罪深いわね」
 母の亡骸に対し、ダグラスが首から下に残る戦いの痕跡が兄妹の目に触れぬようマントで覆い、戻ってきた由利子が表情を少しでも穏やかに見えるようにと整える。彼女もまた子を持つ母親として、思うこともあるのだろう。
 何が起きたのか――見ていたのであれば、いつかは理解するかも知れない。
 それでも、それが今である必要はない。
(――最後まで嘘を突き通すわ)
 母は安らかに旅立ったのだと、子供たちに伝えられるように。

 少し離れたところで、リセリアが静かに黙祷を捧げている。
 彼女は母を知らない。実の両親の顔を知らない。
 歳の離れた姉や養父に憧れ、目標としている。しかし、目標であるからこそ、思いは複雑である。
「子供にとって、親というのは……大切、なのでしょうね。
 救うために、まだ10前後の兄妹が命と身体を張るほどに。――せめて、安らかに」
「そだ、口紅持ってない?」
 リセリアが顔を上げたところに、終がそう声をかけた。
 幼い二人に、できることなら母の慈しむ笑顔と幻の抱擁を与えてやりたいと彼は考えていたのだが――事態は一刻を争う状態であったため、生前の母の姿の参考にできるものは何も手に入らなかった。
 想像力だけで幻影を操るには限界がある。
 とてもではないが、彼の望むような演出は、できそうにない。
 せめて紅を差してみれば、母の生前の面影が、戻るかもしれないと考えて。

 兄の意識は、未だ戻らない。しかし命に別状があるほどには見えず――ただ疲労が激しいだけなのだろう。もう少し手当が遅くなれば、肺炎を起こすかした可能性はあったが。
「頑張って運んできた兄、手を取り支えてきた妹。
 母親想いの、いい兄妹だ……いい家族だったんだろう」
 レンは半ダースほどしか違わない少年――集落からここまで、投げ出すことなく母親を背負ってきた小さな英雄を、そっと称える。
「母親はお前達の心の中にいる。いつでもそばにいるはずだ。
 ――これからはお前が、妹を守るんだ。強くなるんだ、守れるように」

 イスタルテが、兄妹の前で言葉を尽くそうとしている。
「お母さんを助けられなくて本当にごめんなさい」
 イスタルテもまた、欠落した記憶の中、家族のことをあまり思い出せない。
 それでも兄弟のことを、大切に思っていたことは、覚えている。
「兄妹二人で、助け合って生きてください。
 お母さんも、二人に生きていて欲しいと願っていた筈です」
 まやは、じっとイスタルテの目を見つめ返す。
 ――まだ幼い彼女にも、真剣な言葉は、伝わっている。

 兄妹に声をかける仲間たちの様子を見守るダグラスの隣で、狄龍がタバコを咥え――諦める。
「やっぱ湿気ってやがったぜ」
「この雨だからな。まだ当分はやまないだろう」
「げ。……あの兄妹には掛ける言葉もねぇが……
 どうしても恨みたいなら俺を恨めってのも、無責任かねぇ」
「彼らを引き取る施設の手配なら、先ほどイスタルテさんがやっていたようだ」
 もう一度火をつけようとして、狄龍がタバコを咥えなおす。
 迎えの車は、もうすぐ来るだろう。
「――アークの施設や何かで宜しくしてやって欲しいぜ」
 狄龍は灰色の空を見上げて、呟いた。

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
おまたせ致しました、成功です。お疲れ様でした。
雨が降った日の遠足は、どこでお弁当を食べられるかが割と死活問題だと思います。