●堕ちたる帝王 都市は無慈悲であり、平等である。 ネオンと照明に溢れた大都市、そこにはあらゆる人種が住んでいる。 善人も、悪人も、等しくその地上の星空に押し込まれ生活しているのだ。 この二つが相容れることはなかなかに難しく、同じ場所にあれば衝突を生む。 例えどちらかが拒否しても、一方的に価値観や衝突を押し付けられることがあるのだ。 「お前ぶつかっといて何もないわけ? あん?」 「だ、だから謝ったじゃないか。もういいだろう?」 繁華街の通りの裏。そこでは複数のチンピラに気弱そうな男性が絡まれていた。 こういった場所ではよくあることである。そして人は関わりを可能な限り避けようとするものだ。 不幸にも関わってしまった場合、こういうことになる。 そして通りがかる人々も遠巻きに見るばかりで、男性を助けようとはしない。 「何も無いならちょっと痛い目を見てもらうしかないよなぁ?」 「や、やめろ! 助けてくれ!」 男性の叫びにも周りを取り巻くギャラリーは動かない。自らトラブルに飛び込む気はないのだ。 だが、そこに近寄る者がいた。 「ああん? 誰だてめ……」 近づく気配に因縁をつけようとチンピラが声を掛け……その姿を目に入れ、動きが止まった。 そこに立っていたのは、一人の人物。だが、その存在感が圧倒的であった。 身長二百、いや二百十センチはあろうかという長身。スーツに包まれたその肉体は、筋肉が隆起し鋼のよう。口髭を備え、髪を後ろに撫で付けたその風貌は精悍を通り越し威風すら感じる。 圧倒的な場数を踏んだ、鍛えられた肉体。それがその人物の印象であった。 「な、なんだよ……」 チンピラの腰が思わず引ける。その人物はただそこに立っているだけだ。だが、その威圧感に自然と後ずさっていく。 「ちっ……次から気をつけろよ!」 やがてチンピラ達は誰に何も言われることなく立ち去っていった。 「あ、ありがとうございます。助けていただいて」 「俺は何もしていない。勝手に連中が逃げただけだ」 気弱そうな男が男性へと礼を述べる。だが男性は一言そっけなく答えるとそのまま去っていった。 後に残されたのは男性とギャラリー、そして都会の喧騒。 その中、誰かがぼそりと言った言葉が妙にその場に響いた。 「あれ……さっきのって最近音信不通だっていう、『皇帝』じゃ……」 その時にはすでに、男性の長身はどうして見えなくなったのか不思議なほどに、都会の喧騒の中に消え去っていた。 誰かの言葉は正しい。 その巨漢は余りの強さ故に『皇帝』と称され、長くプロレス界の頂点に君臨していた男、ヴォルフ蔵人であった。 頂点のまま、最近プロレス界から姿を消した彼。その理由を知る者はほとんどいない。 ……ましてや世界から秘匿された理由など。 ●ブリーフィングルーム 「頂点とは孤高なものだ。それが帝王の宿命というやつさ。そうだろ?」 アークのブリーフィングルーム。『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は今日も平常運転だ。 リベリスタ達も散々彼のこういったいきなりなトークには慣れきっているのか、最早戸惑うこともないだろう。まさに歴戦の勇士というやつである。 「今回、万華鏡が捕捉したのはノーフェイスとなってしまった男だ。 だが、今までの連中とは一味違う。何故ならば社会的知名度でいえばメジャーリーガーさ」 そう言って伸暁がポケットからくしゃくしゃの資料をドヤ顔で放った。 その資料はプリントアウトされたいつもの資料ではない。雑誌の切り抜きであった。 『皇帝突然の引退!? プロレス界に波紋広がる』と書かれたその記事には精悍な口髭の人物が大きく掲載されていた。 「こいつはプロレス界で余りの強さに『皇帝』と呼ばれた男、ヴォルフ蔵人だ。 現役時代のこいつは立ち、投げ、空中殺法まであらゆる技に精通したトータルファイターだった。 カリスマ性も高く、真剣勝負(セメント)ならば最強と噂されたほどのヤツ。大したものさ。 だが、どうやらノーフェイスになっちまったらしい。練習中に革醒し、スパーリングパートナーに再起不能の重傷を負わせちまった。その後は隠蔽され、『皇帝』も行方不明だった」 だが、万華鏡の予知に例外はない。特別な力を持たないエリューションは等しくその存在を感知される。 かくして行方不明の『皇帝』は再びリベリスタ達の前に姿を現すこととなったのだ。 「能力としては特筆すべきことではない。極ありふれた身体能力の強化、というやつだ。 だが……能力はありふれていても人物がありふれていない。レスラーの身体能力にエリューションの力。この組み合わせはヤバいぜ。そう、例えるなら……」 一拍を置き、伸暁が言葉を続ける。 「鬼に金棒、虎に翼。そして――将門伸暁にソウルソング、ってやつさ。 ヤツは……『皇帝』は死に場所を求めている。だが自らの命を絶つことはプライドが許さない。 お前達、あの男の望みを叶えてやってきてくれよ。頂点に立った男の、栄誉あるグローリーホープってやつをさ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月14日(水)21:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●帝王は暗夜を彷徨う 夜の闇は全てを覆い隠してくれる。そう言ったのは誰だったか。 しかし、闇が覆い隠すには限度というものがある。例えば彼は、余りにも存在感が有り過ぎた。 「よう、アンタ『皇帝』だろ?」 不躾な言葉が投げかけられる。 例え人目を避けるように行動しようとも、夜の帳に紛れようとも。その長身と鍛え抜かれた肉体を隠し通すには、やや役不十分。 『皇帝』と呼ばれた男は声のほうへと振り向いた。人目を避けようとしている彼ではあるが、同時にパフォーマーでもあった。呼び掛けに答えないという選択は、彼にはない。 声を掛けたのは『悪夢の残滓』ランディ・益母(BNE001403)。体格において決して劣ることのない彼は、男に対して握手を求めつつ、その表情に殺気を込めていた。 「知ってるぜ、アンタ死にたいんだろ?」 その言葉に対して『皇帝』――ヴォルフ蔵人は眉を顰めた。 ――そう、彼は。ヴォルフは死に場所を求めていた。 自らに宿った超常の力。それは彼自身が得るには過ぎた力だった。 強さをショーとし、誇示し競うことで観客を沸かせるパフォーマンス。プロレスを生業とするものにとって、過ぎた力は毒となる。 競えない力、圧倒的すぎる力などに価値はないのだ。 一方的な勝利はショーではなく、プロレスではないのだ。 「闘らないか? 叶えてやるぜ、その願い」 ランディの言葉は、ヴォルフの競えぬ生を呪う、その思いを見透かしたかのように聞こえたのだろう。無視することは、彼にとって出来なかった。 「やめておけ。お前も常人ではないようだが……それであっても俺に勝利出来るとは思わん」 ヴォルフはランディに問う。果たしてその言葉を達成できるのか、と。 彼も自らの変異を自覚している。そして他者の変異も隠されなければわかるのだ。 だが、それでも自らに勝利出来るとは思わない。 「そうですね。一人一人では敵わないでしょう」 ランディの呼びかけに答えたヴォルフが、会話に応じてくれると判断したのか。姿を隠していた他の者達が姿を現した。 『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)はヴォルフの疑問に回答する。彼我の戦力を理解した上で。 「だからこそチームで挑ませて頂きたい。貴方に勝つ為に、私達の出来る全力として」 『名誉ある闘争をお望みならば、わたくし共、神秘を宿す者がお相手致します。同じような力を持つわたくし達ならば、退屈はさせませんわ』 心に直接語りかけるテレパシー。それを送る『Pohorony』ロマネ・エレギナ(BNE002717) は、ただ平易に。その欲求を満たせるのは当然とばかりに語りかける。 ヴォルフは問う、リベリスタ達に。自らの欲求を満たせるか、以上に。自らの暴威に彼らが耐えられるか値踏みするように。 「全員が全員、武力に拘りを持つタイプには見えん。お前達が俺に挑む理由は?」 「放置すれば異変はやがて精神を蝕む。理性を失い見境無く人に襲い掛かる事もあるだろう」 『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)が問いへと答える。 リベリスタとしての使命。絶対条件。崩界を防ぐ為。望まれぬ被害を減らす為。 「『皇帝』と呼ばれた者がそんな道に身を落とすのは俺は見たくないし、そちらもそうだろう? ……今なら間に合う。ここで終わりにしないか?」 ――そして、男の名誉の為に。 その言葉はヴォルフの心を動かす、的確に。 「腕に自信があるようだが……お前は本当に、この俺を止めることが出来るのか?」 『皇帝』に勝利することが出来るのか、と。彼はさらなる問いを送る。 その言葉に『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が、深く頷いた『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)が答えた。 「今は戦場にする場所で待っているやつらもいるけど、俺達はチームだ。止めてみせるさ」 「貴方の最期を、私達に任せて欲しい」 二人の言葉。そして何よりもそれぞれの目に秘められた決意。それをヴォルフは見た。そしてその決意に賭けてみようと、彼も決断する。 「いいだろう、お前達の実力……楽しませてもらおう」 ヴォルフはそこに至り、差し出されたランディの握手へと応えた。 がっちりと強く握られた手。そこには尋常ではない力が込められている。お互いを挑発するように。力量を測るように。 「あー……それで、申し訳ないんだけどさ」 握手する二人の様子に、翔太がおずおずと声を掛けた。 「サイン貰えねえ? ほら、せっかくだしさ」 取り出された色紙とペン。先ほどまでの流れとはまるで違う、その空気にさすがの皇帝も微笑み、ペンを取った。 ――その表情は、彼のレスラーとしての最後のファンアピールだったのかもしれない。 ●人知れぬ舞台にて 「あ、きたきた! 遅いよー!」 都市部の一角、ビルの建設予定地。夜にもなるとそこに近づく者はおらず、周りは壁にて隠されている。 人知れず闘うには絶好の立地。そこに『黄道大火の幼き伴星』小崎・岬(BNE002119)は待ち構えていた。 「じゃじゃーん、ここがアナタのラストステージ!」 両手を広げ、ぐるりと回り。戦場となる場を見せ付けるようにする『Trompe-l'?il』歪 ぐるぐ(BNE000001)も共に。 その場所は綺麗に片付けられていた。待っている間に掃除をしたのか、地面に余分なものはなく、他の邪魔な物は全て端へと避けられている。 存分に闘うのには最適な空間が作り上げられていた。 年若い少女にしか見えない二人が待っていたことに一瞬怪訝な表情をヴォルフは浮かべる。だが。 「それじゃさっそくはじめよう! 加減は無用だよー!」 岬が取り出した得物を見て、その表情もなりを潜めた。 禍々しいデザインに、岬の体格に合わない巨大さを誇る斧槍『アンタレス』。それを容易く構える彼女を見れば、懸念など消えるに十分であった。 間違いなくここにいる八人は、自らの最期を飾るに相応しい戦いを与えてくれるだろう。ヴォルフはそれを悟り、上着を脱ぎ捨てた。 リングコスチュームではないが、鍛え抜かれた肉体はここにある。ならば、闘うに憂いは無い。 「では――かかってくるがいい」 ヴォルフは無造作に構える。それだけで威圧感があるのは彼のキャリアが物語る、歴戦の存在感というものか。 「ああ……こいつがゴング代わりとしようか! トコトン闘ろうぜ!」 ランディが叫ぶと同時に、自らの能力を高め、開放する。同様に他のリベリスタ達も自らの能力を引き上げる。 ヴォルフはそれを止めることはない。彼が望むものはあくまで全力の戦いだからだ。 同時にセルマがゴングを叩き、金属音が戦場へと響いた。 各々が自らの力を開放し、セルマが、玖子が、次々と再生の力を仲間達へと授ける。 僅かながらの癒しの力が、この戦況をどれほど左右するか。 「よし、いくぜ!」 翔太が抜剣し、宙を舞う。遠距離からの、速度と跳躍力を載せた攻撃は寸分違わずヴォルフを捉え、切り裂く……が。 「おいおい、マジかよ……!」 その一撃は確かに決まっている。だが、それをものともしないかのようにヴォルフは微動だにしない。 「さすがだよー、でも……!」 「死に場所は意地でもくれてやるよ!」 岬が間髪入れずにアンタレスを振るい、ランディが愛用する大斧『グレイヴディガー』を一閃する。 超重量級の武器二つが巻き起こす旋風は、空を切り裂きヴォルフの肉体へと叩きつけられる。 されど、皇帝はかわさない。その重量級の一撃を肉体で受け止め、飛び散る血飛沫も気に止めない。 レスラーとは相手の打撃を可能な限り全て肉体で受け止め、反撃を行う。そこにエンターテイメントがある。 そして岬が兄に聞いたという、『皇帝』はプロレスを体現した人、という評はまさしく適切であった。 「それではこちらの手番と行こうか!」 無造作に拳を振り下ろすハンマーブロウ。その一撃をランディは反射的に受け止めた。だが、得物が軋み、衝撃が身体へと抜ける。 その恵まれた体格より放たれる一撃の重さ。真剣勝負(セメント)最強と謳われた強さを支える、シンプルな理屈。 「さて、遠くで悪いが失礼するぜ」 「わたくしめも行かせて頂きましょう」 龍治が、ロマネが銃を構え、射撃を始める。十字砲火がヴォルフの肉体を撃ち抜き、痛めつける。 斬撃、銃撃、共にプロレスには存在しない戦いの理。 「構わん、お前達の流儀なのだろう? どんな手段でも掛かってくるがいい」 無尽蔵とも思えるタフネス。並の相手ならばかわすことなく攻撃を受け続ければ、長くは持ちはしまい。それを可能とするのは、フィジカル故か精神力故か。 「凄まじい威圧感に、倒れないタフさ。『皇帝』の名は伊達ではないですね」 セルマが握った杖に思わず力が篭る。 「ですが――ここで退いては女が廃る!」 叫び、篭った力そのままに全力で叩きつける。 衝撃に、一瞬ぐらりと上体が傾く。だが、即座に体勢を立て直し、反撃が飛んでくる。 ラリアット、ソバット、エルボー。ありふれた技の数々。それらが全て、必殺の威力を持ってリベリスタ達に襲い掛かる。 「鋼のような肉体、抜け道はないかもしれないけれど……ないなら、作る!」 戦場から一歩引き、ぐるぐが集中し練り上げ続けた一撃が、攻め手の一瞬の隙を突いて貫く。 リベリスタからじわじわと積み重ねられていく、必殺の一撃。 必殺の一撃が積み重ねられるというのもおかしな話ではあるが、その全てを受け止め、それでも彼は闘い続ける。 「強いね、凄く強い」 玖子が思わず口に出す。現状を把握した上で、はっきりとわかる結論。 ――だからこそ、魅せられて。心を奪われる。 いつしかリベリスタも、『皇帝』も。自然に笑顔を浮かべていた。 誇りを持って闘う者にとって、強者との戦いは。崇高にして、喜びなのだ。 ●玉座陥落 戦いは総力を使い尽くすものとなった。 相手の高い破壊力に対し、支えとなる癒しはわずかづつの再生のみ。 一方リベリスタ達の攻撃は、ヴォルフがかわさない為に全てがクリーンヒットとなる。 だがそれでも彼は倒れはしない。凄まじいまでのタフネスは、渾身の攻撃を積み重ねていくことでしか奪い取れない。 やがて消耗戦の域に突入し、戦いの続行は困難となっていく。 「俺は勝つぜ、絶対にな!」 ランディが吠え、グレイヴディガーを振るう。 その一撃を身体で受け止め、ヴォルフはランディの顔面を掴み、地面に叩きつけた。 軋む頭蓋骨、土の地面とはいえ衝撃に耐えられず噴出す出血。 それを即座に玖子が放つ淡やかな光が塞ぎ、止める。 「なるほど、避けないわけだぜ……」 次々と銃弾を打ち込む龍治が半ば呆れたかのように呟いた。 倒れない自信があるならば、避ける理由はない。それを可能とするだけの鍛錬こそが、避けない自信を生む。 「貴方様に流儀があるように、わたくしめにも戦闘の作法がございます。生き残り――生かす為の」 ロマネも龍治と共に、銃弾を撃ち込む。 足を、腕を、関節を。相手の脆いと思われ、動きを止めることが可能と思える場所に、次々と。 「いくらでも行うがいい。通用するなら、だが!」 だが、止まらない。無事ではないはずなのに、ヴォルフは止まらない。 地面を蹴り、跳躍する。真っ直ぐミサイルのように飛ぶ、美しすぎるドロップキックが射撃を行うロマネを狙う。 即座にそれをインターセプトするのは翔太。その名の如く、自在に跳び、斬りつけ、空の戦いを制しようとする。 「皇帝、あんたマジで強ぇ。敬意を評するよ。だからこそ……あんたに勝つ!」 交錯し、更なる血が散る。裂傷が、打撃が、お互いを傷つけあう。 一度は倒れた者も一人や二人ではない。だが、引く理由はない。 「まだまだ、2.9カウント。スリーカウントにはなってないよ!」 「俺はあんたのファンなんでなぁ? 無様を見せる気はねえよ!」 岬が、ランディが、不敵に笑う。その思いは皆同じ。戦いは彼が倒れるまで、終わるわけにはいかない。 そして皇帝が――獰猛な笑みを浮かべた。 「ならば、受けてみるがいい……俺のフィニッシュホールドを」 ――来る。 巨体からは想像もつかない俊敏な動作。掴みかかろうとするヴォルフと仲間の間に咄嗟に立ち塞がる者。 「それで砕いてみなさい――砕けるものなら!」 望みどおり。掴んだセルマをヴォルフは全力で振り回す。 回転により血が上る。三半規管が悲鳴を上げる。 衝撃。地面を蹴ったとわかるのは、急激な慣性がかかり、上に跳んだと直感的に理解したが故。 ヴォルフは無慈悲に、セルマを地面に叩きつける。 慣性、遠心力、腕力。全てが一体となった破壊的かつ暴力的な一撃。 ――カイザーサイクロンボム。『皇帝』と呼ばれる男の、必殺技。 「こ、これは……」 ぐるぐが唸る。 彼の技をその身に刻もうと思い、現役時代の映像から資料、あらゆるものを調べた。 戦いの最中もその目を以って、一挙動全てに至るまで捉えた。 その上で、理解する。この技は、まさに『皇帝』の為の技だと。 相手を振り回し、慣性に逆らい持ち上げ、叩きつける。圧倒的に恵まれたフィジカルがないと、再現すること叶わぬ技。 ――だが運命を味方につけた者は、倒れることを認めない。 「――ほう、これを食らって立ち上がるか」 セルマは立つ。倒れるわけにはいかない。 勝つまでは。絶対に。 「それじゃ、こちらの番ですよ!」 ぐるぐが練り上げた魔力の一撃を叩き込む。 それを号令としたように、リベリスタ達が次々と攻撃を叩き込む。 龍治の、ロマネの火線が貫く。 ランディの大斧が、岬の槍斧が唸る。 翔太の剣が閃き、セルマの杖が、玖子の大鉄扇が、唸りをあげて重い一撃を叩きつける。 総力の一撃。それを受け、ヴォルフ蔵人は…… 「ああ、これでいい。――満足だ」 ニヤリと笑みを浮かべ、仰向けにと倒れ、絶命した。 ●終演 「おやすみなさい」 ぐるぐが皇帝に、マントを被せる。 それはせめてもの彼女なりの弔いなのか。 「俺の魂に刻んだ、しっかりとな。――礼を言う」 「闘えて光栄に思うぜ。こういう形になったのは至極残念だがな」 ランディが、龍治が、送りの言葉を呟く。 プロレスの頂点に立ち続けた男。その誇りと強さは戦う男達にとって、眩しいほどの生き方だったのかもしれない。 「本当なら一対一でやってみたかったけどね」 翔太の言葉。それこそが男達にとっての理想ではあったのだろう。 運命にさえ祝福されていれば。それを良しとすることもあっただろうに。 「人が栄光や名誉を重んじるのは生きている間だけ。死後の栄誉は生きている者にしか残らぬもの」 ロマネが誰ともなく、呟く。 最期に残す言葉はない。だが彼が築いてきた栄光は、全て残っている。 メディアに。彼が魂を込め続けたリングの上に。 玖子も、岬も。それぞれに弔意を現す。例え直接自らが関わってきた世界ではなくとも。戦いを通じて彼の誇りは脳裏に残る。 いつか彼の栄光も風化する時がくるかもしれない。だが、彼の生き様を刻んだ者は無数にいる。 直接合間見えたリベリスタも。そして世界に無数にいるファンも。彼を忘れない。 「お見事でした、ヴォルフ蔵人。……おやすみなさい」 セルマがゴングを叩く。 ワン、ツー、スリー ――――テンカウント。 引退を告げる、十回の鐘の音。それが戦場であった場所に響いた。 後に、新聞を飾ることとなったプロレス界の『皇帝』の訃報。 原因不明の死は謎が謎を呼んだが、それを追求することはなかった。 何故ならば彼の存在は、今までファンに刻まれてきたから。 ――彼の強さは、死して永遠にプロレス界に語り継がれる伝説となったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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