●終わらない子守唄 可愛い子。 可愛い子。 世界を壊して。 あの人を奪った世界を壊して頂戴。 悪夢は終わり。 悪夢は終わり。 世界がなければ悪夢もない。 なかったの。 世界を壊してなかった事にするのよ。 ●醒めない悪夢 「ナイトメア・ダウン」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の呟いた単語に、集まったリベリスタの数名が僅かに眉を寄せる。 大規模フォールダウン、日本を襲った悪夢。 失った人は、物は、数知れず。 今存在するリベリスタにも、あの日から運命を変えたものは多い。 差し出されたのは、一枚の写真。 寄り添う若い、男女の写真。 「東城・友哉と東城・美枝。……彼女と夫はリベリスタだった。――十二年前のあの日、身重であった彼女は夫を見送り――多くのリベリスタがそうであった様に、彼女の夫は戻らなかった」 淡々と。 常の如くイヴは語る。 あえて感情を挟まない様にしているかのように。 「……彼女は多分、静かに壊れていったんだと思う。皆が多くを失い、色々な物を立て直すにはそれ以上の人手と時間が必要だった。だから、誰も彼女の異変に気付けなかった」 異変。 寄り添う二人の女の方に、妙な所など見られない。 だがこれは過去のもの。 十二年前の過去のもの。 「彼女は生まれてきた子供を、無数のアーティファクトに、エリューションに、神秘に触れさせて、革醒させた。運命の加護に愛された両親から生まれた子供は、革醒したとしても運命に愛される。そして、運命の加護を得た子供に、彼女は教え込んだ――『世界を崩壊させろ』と」 あなたの父親を奪ったのはこの世界。 脆弱で上位の侵攻に怯えるしかない最下層。 虫食いの穴で綻びていく世界。 この世界がこんなに弱いからいけないのだ。 だからあなたはこの世界を壊すべきだ。壊さなくてはならない。 だって父親の仇だから。 だって母親を泣かせるから。 可愛い子供のあなたは壊さなくてはならない。 壊しなさい。 生れ落ちたその瞬間から紡がれ続けた呪い言。 世界を壊す化け物であれと繰り返し繰り返し繰り返し抱かれ囁かれ続けた日々。 「彼女は、数日前に死んだ。教えられる限りの彼女の技を、子供に叩き込んで。教えた限りの自分の技を、子供から叩き込まれて。……母を殺した子は、次は世界を殺す気になっている」 瞑目。 「子供の名前は、東城・ユウ。十一歳。……もちろん、彼一人で世界を壊す事ができるほどには強くない。けれど、彼には母親の残したアーティファクトがある。『置換の杯』。上位の存在、アザーバイドを招く為の器」 彼女は『あの日』を再現しようとしたのか。 愛する夫を失った日を再現する事に、何の意味があるのか。 問うても仕方ない。彼女はもう存在せず。問うたとてマトモな返答が来たとは思えない。 イヴは細く息を吐き、続けた。 「このアーティファクトは一定の儀式に則って、強力なエリューションがその身を捧げると、発動する」 瞬き。即ち、儀式を達成すれば少年も死ぬという事か。 イヴは頷いた。 「彼を倒して儀式を中断させるか、アーティファクトを破壊するか。……ただ、このアーティファクトは凄く丈夫。おまけにこの世界の理は通じず、神秘によって叩くしかない」 説得は通じないのか、と誰かが問う。 世界を壊し、自分を殺す儀式の無意味さを告げる事はできないのか、と。 しかし、イヴは首を振る。 彼は聞かない、と。 「……だって、それが彼の『存在意義』なのだから」 可愛い子。 可愛い子。 私の愛しい化け物。 あなたは世界を壊す為に、生まれてきたの。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月06日(火)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●悪夢の子 ナイトメア・ダウン。 多くの人々の人生を一変させ、家族を、友人を、大切な人を、色々なものを飲み込んでいった悪夢は過去のもの。 だが、過去のもの、とするには余りにも影響が大きく、今現在悪夢の余韻を歩く者も少なくはない。 それだとしても。 自身の及ばぬ所で振るわれた悪夢の爪に生まれながらに抉られた子供に何を思うかは、異なる。 『ロード・オブ・ザ・スカイ』ウルザ・イース(BNE002218)の合図によって一斉に明かりを点けて飛び込んだリベリスタ達は、立って空を仰ぐ少年が視線を向けるのを見た。 短い黒髪の、大人しい印象を受ける東城・ユウの顔に表情はない。 傍で輝く陣の中心に置かれた、金属に似た光沢を持つゴブレットが『置換の杯』だろう。 周囲には薄く輝く光の防壁のようなものが、描かれた陣に沿うようにして張られている。 防壁を破壊しなければ、奪う事も難しそうだ。 陣と同じ薄い色の光で描かれた文様が、少年の体にも浮き出ている。 これが、『儀式』であるのだろうか。 「止めさせて貰うよ」 飛び込んだ彼を中心として、言葉通りの意思を秘めた聖なる光が戦場となる場所を貫いた。 その眩さにか一瞬ユウが目を細めたが、足を止めた様子はない。 世界の崩壊、その全てを無責任なまでに丸投げられた子供は重みに耐えられるのか。 それは分からない。ここで達成させてしまえば、その重みすらも理解せずに少年は死ぬだろう。 ならばその重みを理解する猶予程度は与えなければ。 「手加減はしてやんないからな!」 ユウを見詰め駆けた『がさつな復讐者』早瀬 莉那(BNE000598)が、高められた脚力を生かして肉薄する。手に持ったナイフはユウの胸元を浅く裂いたが、やはり怯まない。 この場の仲間の多くが、ユウを生かそうとしている。それを甘いと莉那は思う。 死をも厭わず行動している少年が、一度倒された程度で大人しくするはずがない。ならば殺してしまう方が早い。 莉那が酷薄な訳ではなく、思う対象が違うだけ。第一はリベリスタの安全。フィクサードへの情よりそれが優先する。それだけの話。敵に情けをかけて、仲間を殺されるなどご免である。 「これは……親の愛、とは、違うと思うんだよねぇ……」 普段は食堂経営者としてにこやかな笑みを浮かべているその顔に悲痛を滲ませながら、『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)は、手に持った巨大な魚を振り回す。 切り裂いた風の音が四色の魔光を生み出す調べとなり、有毒な光は少年ではなくアーティファクトへと注がれた。硝子が突然の大雨に打たれる音を立て、防壁を割るべく光が散る。 ――植え付けられた存在意義、ね。 様子を見ながら『悪夢の残滓』ランディ・益母(BNE001403)が思う。 表情のない少年は、母に流されるまま生きて『存在意義』すらも決められたのだろう。だとしたら、目的が同一とはいえ自身で決めたランディとは雲泥の差がある。何より壊す対象が異なる。 求めよ、力を。破壊の力を。破壊を破壊する力を。全てを叩き伏せるべく、力を。 彼の体に、弾けんばかりの闘志が迸った。 「星を見ているだけならば害もないのですが」 己の獲物を構えて『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が呟いた。 杯は少年の手にはない。撃つのは無理そうだ。ならば少年を。 夜闇に混じるスーツを纏った彼は、静かに目標を定めた。 無防備に見えるユウへと、銃弾の一筋が吸い込まれる。 「育ちがどうであれ、看過はできませんから」 小鳥遊・茉莉(BNE002647) が富子に続く。世界の破壊は可能か分からないが、その引き金と成り得る行為をみすみす行わせる訳にはいかない。 彼女の光は杯を守る防壁を崩すべく、穿たれる。 自身の発した癒しの光に包まれ、『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103)が細く息を吐いた。 すぐには理解して貰えないだろう。 人生の全てを呪い言で育てられた子が、多少の説得で揺らいでくれるとは思わない。 おまけにそれが、『存在意義』ともなれば――どれだけ強固なものか。 だけれども、止めねばならない。止めなければ、彼に先はない。 道を違えた子供を叱るのは、親だけではない。彼らの傍に生きる、真っ当な大人の役目だ。 「うん。悪夢の時間は、もう終わり」 体躯に見合わぬ巨大な鉄扇を、紙のそれのように優雅に回し、『オオカミおばあちゃん』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)が神経を戦場にのみ注ぐ。砦の文字を名に掲ぐものとして、世界を壊したりなどさせはしない。脆き世だからこそ、守りたい。 「……リベリスタってこんなもんなの?」 茂みから現れ、自身へと攻撃を仕掛けた集団へとユウが初めて向けた一言。 初手の多くを自己強化に費やしたリベリスタを見縊ったか、挑発のつもりか、薄い感情しか浮かべない顔からは分からない。 「調子に乗るなよ」 「別に。世界を守るっていうからどんな人達かと思ってたけど」 「そうか。じゃあ坊主。お前の両親がリベリスタだったのも知ってるか」 「知ってる」 睨み付ける莉那の視線にも怯まない。事前にイヴから写真を借り受けたランディが水を向ければ、ユウはそれにも淀みなく答えた。 「全部お母さんが教えてくれたから。お父さんはリベリスタで世界を、僕らを守る為に死んだって」 少年の表情は凪いだまま。 教科書を音読するように、少年は言葉を連ねる。 母は言った。 それらが全部壊れたのは世界が悪いのだと。 幸いな過去も。 胎の子供に向けられていた思いも。 全部全部、壊したのは世界だと。 子が化け物として生きる羽目になったのは、世界が悪いからだと。 「で、あっさり信じたって?」 「ううん。逆恨みだと思う」 アーティファクトを狙う後衛から意識を逸らす意図をもって莉那が笑うが、それにも少年は首を振った。 ゆるりと、感情を含まぬ瞳がリベリスタを見る。 「でも、どうでもいいよ。僕はお母さんが世界を壊す為に作った化け物で『在って』あげないと、お母さんが可哀想だから」 母を殺し自分も死んで世界を壊せという狂った女を、少年は哀れんだのか。 母の歪んだ『愛』の受け入れ方を、子はそう決めたのか。 それとも、愚かと知っても意に沿い続けるように『作られた』のか。 富子が、由利子が唇を噛む。 既にいない女の矛先を間違った呪いが、少年の声を伝い地に落ちる。 「ね。止めに来たんでしょう。なら世界より先に壊れてよ」 何の前触れも躊躇もなく、少年の周囲が透明な巨人の爪先が線を引いたかの様に抉れて行く。 見えぬ爪に抉られたリベリスタは、祝福を拒絶する悪夢の笑い声を、痛みを倍増させ引きずり込もうとする悪意の声を、聞いた気がした。 ●呪縛の子 「合わせてやっからしっかり狙いな!」 ユウに付与された魔陣の加護を打ち砕くべく、ランディが吼えた。 纏った闘気を一撃に乗せ、髪先が触れる程に迫った少年の体に『グレイヴディガー』が傷を生む。 加護の破壊を目的としているとはいえ、威力が低い訳ではない。 「了解!」 赤髪の男に答えたのは白髪の少年。 先刻鬨を告げた光が、ランディの攻撃に次いで放たれる。 アーティファクトから少し離れた位置で数歩後退したユウは、無感動な目でリベリスタを見た。 流れた血が、寄り集まり黒い鎖となる。奔流となる。少年の体に、更なる傷を作る。 それは近くにいたランディだけではなく、ウルザを含めた後衛さえも飲み込もうとする。 訪れる痛みに目を細めて覚悟を決めた玖子は、しかし前に立ち塞がった影が鎖を全て身に受けたのに微か細めた目を開く。 「最近マジに庇ってばっかだな……」 「無理しないでね。莉那ちゃん」 己の前に立った莉那に、玖子が少しだけ心配気な声をかける。 少年の一撃に対し耐性が低い赤髪の少女は、例え食らう事を前提で攻撃に備えていたとしても受けるダメージは大きい。 だが、莉那はそんな声にも軽く肩を竦める。 「少しくらい無茶しないと、最前線で楽しませて貰えないだろ」 視線の先では、一撃をまともに食らって尚も不敵に笑うランディと、注がれる由利子の歌があった。 「ねえ、君。今はいいけど、一年先、二年先も、同じ事を思って続けられる?」 攻防の合間にウルザが問う。 そう大して年も離れていない少年の、人の心を、弱さを思い、新緑を映す湖面の瞳で問いかける。 だが、少年の瞳は真っ向から彼を見返してきた。 「できるよ。先なんかないけど」 「望む人はもういないのに?」 「……お母さんは僕が夢から覚めないように『おまじない』をくれたから」 皮肉気に笑うユウに、ウルザは悟る。母が子に己を殺させた理由を。 子が後戻りしない様に。 自身の命を足枷にした。 ――お父さんを殺した、お母さんを殺させた、この世界を、仇を討って。と。 世界を壊すべく己を贄に捧げたのは、子の母もであった。 そして子にもそうであれ、と死の淵から温い吐息で囁くのだ。 肩に母の『呪い(まじない/のろい)』を背負い、少年は無表情で立っている。 「……許せない。アタシはこんな育て方、許せないね」 静かに。 静かに、奥底からの怒りをこめて富子が言う。 絶望を味わった。それは哀れむべき事象かも知れない。斟酌される事情かも知れない。 だが免罪符にはならない。ましてや、絶望の次の希望であるべき子供に背負わせるなど言語道断でしかない。 「ええ。世界を呪うのは勝手かも知れないけれど、未来に生きる子供に背負わせるなんて」 由利子が頷き、己の腕の『エーデルヴァイス』を一撫でした。 思い出は美しくも、時に切なく心を締め付ける。だがそれは、先へと繋ぐ勇気となるべきもの。 「これから先に『大切な思い出』を作る為にも……世界もこの子も、壊させはしない!」 「親から子に伝えるべきは負の連鎖じゃ――ないんだよ!」 富子の魔光が、唸りを上げてアーティファクトへと迫る。 「終わらせてあげるよ、アンタの『悪い夢』を!」 少年を凶行へ駆り立てる一片へと。 母の遺した妄執へと。 「叱ってあげるわ、私達が」 強い意志を込めて、由利子が傷付く仲間へと天上の調べを送る。 二人の『母』が唱えた決意を――少年はただ、黙して見詰めていた。 ●犠牲の子 荒れ狂う。 山には似つかわしくない、有色に彩られた無数の光が荒れ狂う。 深い夜の闇に擬態する、黒い鎖が地面を飲み込み縛り付ける。 いくら神秘に耐性が高くとも、命中力に優れたウルザに狙われ続ければ冷静を保ち続けるのは難しい。ユウの攻撃は、しばしば有翼の少年に集中した。 それは好機であると同時、ささやかとは言えユウの体力と気力を取り戻させる。 続けられる攻撃に、重ねられるダメージ。運命を削り立ち上がる。 ウルザを癒すべく由利子が歌えば、流れる血を止めるのは玖子の役目。 整えられた連携ではあった。が、一度、ほんの一度。二度振るわれた鎌に、とうとう褐色の少年は落ちた。 多くはよく持った。自身の意志で身を縛る毒を振り切り、灰の狼が呼ぶ光に呪縛を振り解いた。 だが、順に落ちる。回復手を庇い、地面を抉る一撃に身を抉られて、立ち上がる事もままならず傷口を押さえ地面に伏す。 重ねられた呪いが更なる毒を呼び、身を汚し膝を折る。 いつしかアーティファクトに割く攻撃の手はなくなっていた。 多くが運命を削り、満身創痍に近い状態で、それでもまだユウは立っていた。 無傷ではない。あるはずがない。だが少年は、肩で息をしながらもまだ立っていた。 『世界を壊す』という妄執の元、ひたすらその為に作られた少年は、異様なまでの粘り強さを以ってリベリスタと相対していた。 ふらりと視線が宙に浮いたのを見て、星が儀式に何か関係するのかと考えた玖子は彼に問う。 「ユウくんは、星が好き?」 「ううん。別に。ただ、……」 唐突な言葉に、思わず素で答えた様子のユウは途中で首を振ったが、言い淀んだそれに玖子はじっと目を向けた。 自分よりもずっとずっと年上の『少女』の視線に、少年は小さく溜息を吐く。 「……これで最後かな、と思ったら、綺麗に見えただけ」 積み重ねた年と外見のアンバランスに滞る玖子の心の色が、微かに翳った。 瞳にすら余り感情を出さないユウの言葉が嘘か真か、知り得る術は彼女にはない。分からない。 「……ねえ、そろそろ飽きたよ。もう壊れて?」 少年は両腕を挙げる。玖子を真っ直ぐ見詰めながら。 疲労が少なくない玖子の前に、ランディが立った。 終わるのはどちらか。勝機はまだ消えていない。 彼の一撃は、少年に対し多大なるダメージを与えることができる。 回復役が永らえて、更なる戦いが続くなら――勝利の旗印はリベリスタにある筈だ。 が。 少年の掌の向く先は逸らされ、滴る血液から生み出された黒鎖は真っ直ぐに、一直線に置換の杯へと向かう。 ユウの一撃は防壁をすり抜けて、杯に吸い込まれた。 己の術の反動に、少年が揺らぐ。まだ倒れない。 置換の杯が、薄く光った。 由利子が息を呑み、ユウを息絶えさせぬ様に少年を範囲に含めて歌を紡ぐ。 が、傾いだユウは訝しげな視線を送るだけで、薄く光る杯に変わりはなかった。 そこで気付く。 少年は常にアーティファクトから数歩下がった状態で、こちらを視認範囲に含めていた。 今、由利子がユウに行ったように、『置換の杯』も対象として含めていたのなら。 もし、ユウの攻撃がリベリスタにダメージを与えるだけではなく、『杯にエネルギーを注ぐ』事を目的としていたのなら。 彼が言った『最後』が、先程の一撃を指していたのなら。 ……あの一撃は、『これで完成』という事ではないか。 「てめぇ……!」 注意が由利子に向いた隙に、ランディがユウに掴み掛かる。 軽い少年の体は、鍛えられた男の体にあっさりと倒された。 仰向けに倒れ頭と背を盛大に地面に打ち付けたユウは、痛みを感じていないかの様に――いや、痛みよりも注意を払うべき事象があるかの様に空を仰ぐ。 瞳に微かな揺らぎを見付け、そしてランディは気付いた。 少年の体が小刻みに震えている事に。 目に微かな涙の膜が張っている事に。 「ごめんね。お兄さん達、強かった。怖かったよ。僕には壊せないから、世界と壊れて」 薄い感情に自信過剰な虚勢の壁を張り狙いを隠し続けた少年は、その体に走る『儀式』の文様から光を失っていた。 ●醒めぬ悪夢の子 空が割れた。 割れたように見えた。 見る事が叶ったのは、恐らくこの場にいたリベリスタのみ。 銃弾がガラスを穿った瞬間のように、円形に幾つも穴を開けた空から、濁った油の様なものが滴ってきた。 多くは付近の山に落ちた。光も届かぬ夜空では、数や細かい場所までは確認できない。 それもほんの一瞬だけ。すぐに埋まって、元の通りに星が瞬いていた。 ただ、確かに『何か』が滴った。 「……小さかったな。もっと大きくなるはずだったのに。でも、いいや。もう、いいや」 異様さに言葉を詰まらせたリベリスタの下で、微かな笑い声がする。 達成感に満ちた、まだ幼さを残す高い声には似合わない充足感を滲ませて少年は笑う。 ――おかあさんは よろこんでくれるかな。 リベリスタと出会ってから初めて、年相応な笑みを作ったユウの姿が、波の立った水面に映った影の如く不可解に歪む。 それは世界の理を捻じ曲げ歪めた反動。 行き場をなくした世界の歪みを軋みをその一身に受け、少年の体は次の瞬間弾け飛んだ。 組み敷いていた体が厚みをなくし、ランディの手に残っているのは、服の切れ端だけ。 同時に置換の杯も、あれだけリベリスタを手こずらせた杯も、ガラスであるかのように砕け散った。 満足か。ああ、満足だったのか。己の呼んだ事態を見る事すらなく呼ぶだけ呼んで己は終わってそれで満足だったのか。 砕けた杯と肉片、血液、しかし今は惨状に気を取られている場合ではない。 「……撤退するぞ!」 己に飛び散った血を拭うよりも早く、ランディが叫んだ。 万一の際にはブレイクゲートで封じる事も考えていたが、遥かの高みであれば空を飛ぶ術を持たない彼には届かぬ領域。 付近にも落ちた。落ちた音がした。 敵の数も能力も分からない状態で、怪我人も抱え無闇に挑むは無謀すら超えただの愚行。愚行に甘んじる程に彼は安くなかった。 多分、恐らく、きっと、街の方には落ちていない。そうであって欲しい。そうであれ。 どちらにせよ、これを伝えねば更なる被害は確定事項だ。 倒れた者を抱え、或いは背負い、一斉に山道を駆け下りる。 由利子が、富子が、玖子が、茂みに覆い隠される『ユウ』であったものを一瞬だけ振り返る。 『子』を慈しむ『母』を知る者が向けた視線を――少年はもう、知る由もない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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