●The wish is father to the thought. (そうありたいと思う心はやがてそうなると信じるようになる) ――英語のことわざ ●リベリスタ・スタートアップ 2015年 8月14日 アーク・ブリーフィングルーム アークのブリーフィングルーム。 そこに集まったリベリスタ達に向けて、三宅令児は語りかける。 「よォ、今回も随分と速く集まってくれたみてェだな」 口元に不敵な笑みを浮かべながら切り出す令児。 「ま、現物を見てもらった方が早ェわな――イヴ、静」 自分のすぐ近くに立つ二人へと声をかける令児。 それに応えるように、コンソールを操作する静。 やがてモニターに映し出される『予知』の映像。 モニターの中では獣と思しき何かが一人の少女、そして彼女を庇うように抱きしめる一人の女性を襲っている。 四足で立つその獣の姿は、どんな動物とも違う。 まさしく『この世のものとは思えない』異形の姿をしたその獣が、異世界からの影響を受けた存在であることは容易に想像できた。 ましてや、この場に集っているのはリベリスタなのだから。 その映像を見終えたリベリスタ達に向け、令児は口を開く。 「今回の事件だが、よ。アンタらの中にはちょいとばかし因縁がある奴がいるかもしれねェぜ?」 そして小さく笑うと、彼はデスクの上にあった資料――アーク諜報部が集めた関係者の資料を手に取る。 関係者――正確にはこれから関係者になる人物の資料を掲げて見せながら、令児はイヴへと目配せする。 それを受け、イヴは小さく頷いた。 「ええ。この『予知』で見えた女性(ひと)。この人は四年前のちょうどこの日――」 ●ザット・デイ・フォー・イヤーズ・アゴー・フロム・トゥデイ 同日 都内某所 公園のベンチに座る一人の少女――皆口愛はようやく人心地ついた。 彼女の隣では美しい女性が愛の話を聴き終えて、優しげな微笑みで頷いている。 その名前とは裏腹に、誰からも気に留められないような目立たない少女。 ――そんな自分が嫌で仕方がなかった愛。 そんなある時、彼女は不思議なペンダントを手に入れた。 学校からの帰り道、道端に落ちていたものを拾い上げ、その時から不思議と手放せず持ち続けているそのペンダント。 シンプルな鎖の先に特徴的なチャーム――曲線を描いて繋がる左右対称の金属棒がついている。 チャームの形は、どこかハートの形をしているようにも、繋がれた手のようにも思えた。 一風変わった形のチャームがある以外は、ごく普通のペンダント。 だが、それを拾ってからというもの、愛の日々は一変した。 今まで話しかけられることもなかった自分が事あるごとに声をかけられる。 同性はもちろん、異性からも次々に声をかけられるようになった愛。 最初こそ戸惑っていたものの、おかげで友達が増えてからは、その日常を受け入れていた。 いつしか自分の周りに大勢の人が集まる毎日にも慣れ、それを楽しんでいた矢先、彼女はふと気付いた。 何かはわからない。 しかし、とてつもなくおぞましい何かが自分の周囲をうろついていると。 とはいえ、その根拠は「誰かに見られているような気がする」といった感覚のみ。 そんな曖昧なことしかわからず、相手が何なのであるかもわからない。 それでも愛は確かにそれが存在することに不思議と確信があった。 遂にその気配は自分のすぐ近くへと迫って来た。 ――誰かにつけられている感覚。 それを感じ取った彼女は、無我夢中で走り出し、この公園へと逃げ込んだ。 そして息を切らしてベンチに座り込んでいた所を、今隣に座っている女性に声をかけられたのだ。 「――そう。よく話してくれたわね」 愛の隣に座る女性は再び優しげな微笑みを浮かべる。 その微笑につい見入ってしまった愛は、思わず声を上げた。 「……! あ、あのっ! もしかして……華咲美佳さん……ですよね?」 恐る恐る問いかける愛。 すると、隣に座る女性はあの微笑みを浮かべ、頷いてみせる。 「あら。私のこと知っててくれたの。嬉しいわ、ありがとう」 自分の隣に座る女性が、思った通りの相手と知って愛は大喜びだ。 先程感じていた不気味な気配のことなど、すっかり忘れていた。 何せ、今自分の隣にいるのはあの華咲美佳なのだ。 華咲美佳といえば、およそ四年前にモデルとしてデビューして以来、ちゃくちゃくと露出を増やしてきた芸能人だ。 少しずつ積み重ねてきたキャリアのおかげで、つい最近始まった連続ドラマの主役にも大抜擢されていた。 その名に違わず、今もっとも華やかで美しい人の一人だ。 「あのっ……あのっ! えっと……私、ドラマ毎週見てます! だからその、えっと……握手してもらってもいいですか?」 愛からの頼みに快く応じた後、美佳は愛が落ち着くのを待って、ゆっくりと語り出す。 「愛ちゃん。変なことを言っているように聞こえると思うけど――」 浮かべている微笑みと同じく優しげな声で美佳は語り出す。 かつて自分も、自分に自信がなかったこと。 ふとある時、不思議な口紅を手に入れたこと。 おかげで自分の欲しかったものを得たこと。 「そんな……それってライトノベルとかそういうものの中の話……ですよね……?」 半信半疑で聞き返す愛。 しかし、美佳は小さく首を振る。 「この世界にはそうした『不思議な道具』が実在するの」 愛の瞳を真っ直ぐに見つめて言い切る美佳。 そして愛はふと気付く。 自分も不思議なペンダントを手に入れてから、日々が一変したということに。 彼女の『気付き』を察したのか、美佳は小さく頷くと、再び語り出す。 「そうした道具は使い方を間違えると、大変なことになるの――」 遠い目をする美佳。 その瞳は在りし日に思いを馳せているようだ。 「私も大変なことになって。その時、ある人達に助けてもらったわ。そして、教えてもらった――」 愛へと向き直る美佳。 その瞳はもう、在りし日を向いてはいない。 紛れもない今を向いている目で、愛を見つめながら美佳は語りかけた。 「変わりたいと思う気持ちがあるなら、人は変わることが出来るわ。たとえ『不思議な道具』がなくたって」 その瞬間、美佳の言葉をかき消すように、別の音が響き渡った。 音の正体は、およそ『この世のものとは思えない』ような重く低い唸り声。 次いで、異形の獣が愛と美佳の前に姿を現す。 異形の獣の巨体の前では大人すら小さな子供に見える。 姿、挙措、声、そして纏う気配。 そのすべてが本能的な恐怖を呼び覚ます。 瞳がこぼれんばかりに目を見開いたまま固まってしまい、逃げ出すこともできない愛。 そんな彼女を美佳は優しく抱きしめる。 不思議と、彼女の身体に震えはなかった。 ――どうしてそんなに落ち着いていられるんですか? もはや声すらも出せず、愛の疑問は彼女の胸中に渦巻くだけだ。 だが、美佳はまるで愛の問いかけを聴いたかのように、微笑んで頷いてみせる。 「大丈夫」 そして美佳は愛の頭を優しく撫でる。 「この世界にはね、『不思議な道具』以外にも『不思議なこと』がいっぱいあるわ。あの獣もそのひとつ」 美佳の耳触りの良い声には、何かの確信がある。 それが何かはわからないが、確信があることは愛にも感じられた。 「『不思議なこと』は人を喜ばせるものもあれば、悲しませるものもあるの。だからこそ、あの人たちがいる」 「あの人たち……?」 震える声で聞き返す愛。 こんな状況だというのに、美佳はとびきりの微笑みで頷く。 その微笑みにも、先程と同じく、何かへの確信があった。 『人を悲しませる不思議』から私達を守ってくれる人たち。その人たちの名前は――」 二人が話しているのを悠長に待っている異形の獣ではない。 四肢をたわませ、一足飛びに二人へと飛びかかる――。 「……ッ!?」 だが、次の瞬間に聞こえてきたのは二人の悲鳴ではなく、異形の獣が上げた困惑の唸り声だ。 突然、横合いから叩きつけられた痛烈な一撃。 それは規格外の巨体をもろともせず、異形の獣をド派手に吹き飛ばした。 盛大に転がりながらも、素早く体勢を立て直した異形の獣。 だが既にその前にはいくつかの人影が立ちはだかっている。 愛と美佳を庇うように立つ、いくつかの人影。 その背中を見ながら、美佳は続く言葉を唇に登らせた。 何よりも強い信頼と、安堵と、喜びを込めて。 「――リベリスタ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2015年09月21日(月)20:11 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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●リベリスタズ・カムヒア 「……っと!」 軽く息を吐き、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は拳を握り直す。 彼の眼前には、盛大に転がる規格外の巨体――異形の獣の姿がある。 凄まじい一撃を放った直後とは思えないほどにリラックスした様子で夏栖斗は愛と美佳を振り返った。 「出待ちのタイミングはバッチリだった?」 屈託のない笑顔で問いかける夏栖斗。 突然のことで唖然としている愛とは対照的に、美佳は自分に向けられたのと同じように屈託のない笑顔を返す。 「ええ、もちろん――来てくれるって、信じてました」 落ち着いている美佳の様子を見て、愛も落ち着きを取り戻したようだ。 美佳に抱きしめられたまま、恐る恐る顔を上げる愛。 そして彼女は、まだ震えの残る声で問いかけた。 「……この人達が、その、えっと……」 「――リベリスタ。そう。この人達が私達を『人を悲しませる不思議』から私達を守ってくれる人たち」 言い淀む愛の言葉を優しく引き継ぐようにして、穏やかな声音で言う美佳。 「さっきの言葉、僕にも聞こえたよ」 美佳に向けて、再び屈託のない笑みを浮かべて見せながら、夏栖斗は言う。 「僕達が来るのを信じて待っててくれたんでしょ。これはまた、嬉しい喚び声だね。信じてくれるなら、それは何よりも大きな力になる」 心からそう信じ、そう口にする夏栖斗。 そのおかげで、先程から震えていた愛の表情が少しばかり穏やかになる。 しかし、それも束の間。 愛の表情が再びひきつる。 「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRR……!」 彼女の視線の先では、先程吹っ飛ばされた異形の獣が立ち上がり、とてつもなく剣呑な響きの唸り声を上げていた。 「ひっ……いや……やめて……こないで……」 愛に向け、夏栖斗は笑顔でゆっくりと頷いてみせる。 「大丈夫」 直後、異形の獣の足元が爆発し、紅蓮の火柱が屹立した。 火柱は異形の獣を吹き飛ばし、空中へと舞い上げる。 それだけではない。 爆風が吹き抜ける中、疾風のごとし影が空へと舞い上がる。 舞い上がる人影は圧倒的な速さで異形の獣へと追い付くと、銀色の光を一閃させた。 銀色の光の正体は研ぎ澄まされた白刃――そう、異形の獣が理解した時には既に刀傷が刻まれている。 異形の獣の前に立ち、愛と美佳を守るように佇むのは二つの人影。 一人はセーラー服に刀鍔の眼帯という服装が特徴的な金髪碧眼の少女。 もう一人はファイアパターンの描かれた白い燕尾のドレスシャツに黒いジーンズ、そしてシャギーの入った髪が印象的な青年。 戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)と三宅・令児(nBNE000285)の二人だ。 「ほォう。随分と綺麗に入ったじゃねェか。こりゃあ今のでブッ倒しちまったか? えェ、舞姫?」 「そんなこと言って。相手はエリューションなんです。油断しちゃだめですよ、令児ちん」 「令児ちん言うな」 掛け合い漫才のような会話を始めた二人。 ややあってひと段落すると、舞姫は真剣な顔に戻って愛と美佳を振り返る。 「愛さん、美佳さん、お待たせしました。信じてくれてありがとうございます。助けを求める心があれば、いつでもそこに駆けつける。そう……、それがわたしたち、リベリスタです!」 直後、舞姫の背後で異形の獣がゆっくりと起き上がった。 「オイオイ……冗談みてェなしぶとさだな」 「だから言っちゃじゃないですか。令児ちん」 「だから令児ちん言うなって言ってるだろうがよ」 舞姫と令児の攻撃による傷が、もう治り始めている。 驚くべき治癒力だ。 「「一撃で消し炭にしてやらァな」とか、「俺一人で十分だ」とか。随分と豪語してましたよね、令児ちん?」 「お前だって、「この程度の相手なら恐るるに足りません!」だ何だ言ってただろうがョ――ってか、令児ちん言うなって言ってンだろうが」 異形の獣のことなど完全に無視しているかのように掛け合い漫才を続ける舞姫と令児。 当然、異形の獣は見逃すことなく舞姫に爪を振り下ろす。 「令児ちんだから令児ちんって言ってるんです」 「舞姫ェ……お前、バカにしてンのか?」 だが、異形の爪は空を切った。 相変わらずの調子で掛け合い漫才を繰り広げる舞姫には傷ひとつない。 何かが起きているということを本能的に悟ったのか、異形の獣は素早い判断で標的を令児へと変更する。 しかし、令児へと振り下ろされた爪も、舞姫の時と同じように空を切る。 「GRRRRRRRRRRR……!?」 異形の獣が発する唸り声に困惑の響きが混じり始める。 一方、舞姫と令児はそんなことはどこ吹く風で、相変わらずの掛け合いを続けていた。 令児はわずかに手を挙げると、軽く小突くようにして舞姫の額へとチョップをくらわせる。 異形の獣の時とは違い、令児のチョップは狙い過たず舞姫の額へと命中した。 「ぅぅう……!」 両手で額を押さえ、呻く舞姫。 それを見下ろしながら、令児は不敵な笑みを浮かべる。 「もぅ! 馬鹿にしてるんですか!」 「お前がそれを言うかョ?」 そんな二人に向けて、女性の落ち着いた声がかけられる。 「二人とも。仲が良いのは結構だけど、あれはそうそう放っておいていいエリューションでもないよ」 落ち着いた所作で二人へと歩み寄ったのは『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)だ。 先程から起きている不思議な現象――異形の獣が繰り出す攻撃がすべて空を切っていく光景は彼女を介して、遠く世界線を隔てたエクスィスの加護が舞姫と令児を守っているからに他ならない。 「まぁ、君達があの獣を引きつけてくれたおかげであちらの方も上手くいったみたいだけど――」 シンシアが目を向ける先では、夏栖斗に庇われている愛と美佳を『足らずの』晦 烏(BNE002858)が保護しているところだ。 「助けに来ましたお姫様って、王子様じゃなくておじさんなのが申し訳ないわけだが」 穏やかな声音で優しく語りかける烏。 だが、その個性的、もとい特異な見た目のせいか、愛はたじろいでいた。 「ひっ……!」 それを見た夏栖斗は苦笑しながら烏と愛を見比べる。 「……おじさん」 小さく嘆息すると、夏栖斗は愛を怯えさせないように気をつけながら、いつもの気さくな口調で話しかけた。 「大丈夫。この人、見た目は少し……っていうか結構変わってるけど、すっごいいい人だから」 烏はシンシアへと目配せする。 「さて、シンシア君――」 「うん。いつでもいいよ」 烏の問いかけに頷くシンシア。そして、烏もそれに頷き返す。 次いで烏は異能の力で仲間に小さな翼と飛行能力を授けていく。 シンシアや夏栖斗、それに向こうの方で異形の獣を引きつけている舞姫と令児はもちろん、愛と美佳にも小さな翼と飛行能力は授けられている。 「あら――」 自分の身に不思議なことが起きても、美佳は落ち着いた様子だ。 それでも小さな翼と飛行能力が身に備わるという体験は心が湧き立つのか、落ち着いているようでその声も弾んでいる。 「あわわ……!?」 対する愛はせっかく落ち着きを取り戻したというのに、再びたじろいでしまっていた。 「シンシア君は皆口君を」 「――うん。では、行こうか」 短く言葉を交わした後、烏は美佳を、シンシアは愛をそれぞれ抱え上げる。 「失礼レディ」 一言断りを入れ、一礼する烏。 「はい」 対する美佳も優雅に微笑んでみせる。 直後、烏は美佳をそっと抱え上げ、空へと舞い上がる。 一方のシンシアも、努めて優しい声で愛へと声をかける。 「大丈夫。安心して、そっと身体の力を抜いて」 「は、はは……はいっ……!」 シンシアも愛の身体を抱え上げ、空へと舞い上がる。 愛と美佳は烏とシンシアにそれぞれ抱き抱えられ、そのまま安全圏へと離脱していく。 「抑えは頼んだよ、御厨君」 「りょーかい!こっちは任せといてよ、男の子だからねっ!」 烏を見上げながら言葉を交わし、夏栖斗はほっと息を吐く。 「よし、これで大丈夫そうだね。後は――」 既に、その目が見据える先は上空の仲間から地上の敵へと切り替わっている。 彼の見つめる先では舞姫と令児が異形の獣との戦いを繰り広げていた。 舞姫はその卓抜した速度による俊敏性で、令児は肘や踵からジェット噴射の容量で炎を噴射しての急加速と急制動でそれぞれ高速移動を繰り返し、異形の獣の攻撃をかわし続けている。 今のところ、二人が攻撃を受けている様子はない。 それに加えて、的確な反撃を加えてすらいる。 だが、異形の獣の異常な再生力を前に、状況は膠着しつつあった。 それを見て取り、一も二も無く駆け出して行く夏栖斗。 その背を上空から見送りながら、烏はそっと着地し、美佳を降ろす。 その隣ではシンシアも無事着地を終え、愛をそっと降ろしているところだ。 「さて――」 異形の獣、そしてそれと戦う仲間達を気に留めつつ、烏は愛の胸元に目をやった。 彼女が首から提げたペンダント。 それを一目見て、烏は大方の事情を確信した。 「なるほど。やっぱりアーティファクトの仕業だったようだね」 「アーティファクト……?」 聞き返す愛に烏は頷きとともに答える。 「ざっくり言えば『不思議な道具』ってところだ。まあ、話すと長いが、この世界にはいろいろ事情があってね」 「それなら、さっき聞きました……美佳さんから」 「だったら話は速い。君の持ってるそれは、他者の気持ちを惹きつけるもののようだね。もっとも、惹きつけるのは人間だけとは限らないようだが」 ペンダントをぎゅっと握りしめる愛。 彼女の手は震え、瞳には躊躇いの色が浮かんでいる。 それを見て、烏は愛が大方の事情を察しているのを理解した。 「――そういうことだ。ちょっとおじさんは行ってくるから、その間にそれを手放すかどうか考えておいてほしい」 「行ってくる……?」 「まあ、心配はしていないんだけどね、信頼しているから。けど若人に、それも少年少女達に丸投げしておいていいもんでもないのさ。これがおじさんの――大人の責任ってやつだ」 飄々と言いながら烏は踵を返し、アクセス・ファンタズムから愛用の二五式・真改を取り出し、何気ない動作で構える。 そのままろくに狙いもつけずにトリガーを絞る烏。 だが、放たれた銃弾は針の穴を通すような精密さと正確さで異形の獣の片目を撃ち抜いた。 怯む異形の獣。その間に烏は戦闘圏内に歩み入る。 「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」 微妙に適当感あふれる烏の声がけに夏栖斗がむっとして振り返る。 「ちょーど、戦場はあったまってきたところだぜ? もう終わっちゃうかもしんないよっ」 「うむ。若者は元気が一番。実に結構」 「そうそう。あったまってきたと言えば――」 陽気な笑みを浮かべ、夏栖斗は令児を振り返る。 「いつものアレ!アレ」 夏栖斗の意図に気付き、舞姫も令児のドレスシャツの裾を小刻みに二度軽く引っ張る。 「令児ちん! 『火を点けてよ、戦姫の魂に』」 「オーケイオーケイ、わーったョ」 炎を纏う腕を一振りする令児。 すると夏栖斗の拳、舞姫の刃、烏の銃に異能の炎が灯る。しかも、烏のくわえていた煙草にも点火するという気の回しようだ。 「得物を出しなァ、夏栖斗」 ふと何かに気付いたように言う令児。 それに応じ、夏栖斗はアクセス・ファンタズムから紅桜花を取り出す。 「炎に関する魔力が込められてるんなら、こうすりゃァ、よ――」 令児は友情を確かめ合う時のような動作で、握った拳を紅桜花に当てる。 「――そうか! なるほどだよ、レイジ!」 令児が拳を通して異能の力――流し込んだ炎の根源。 それが紅桜花に込められていた、ある種同質の魔力と合わさり、いつにない力をたぎらせている。 絢爛に桜花の如き炎と喧乱業火の炎が一つになった瞬間であった。 「準備は整ったみたいだね」 ふっと微笑むシンシア。 直後、異形の獣の身体が超低温によって一瞬で凍りつく。 「豪熱を叩き込むなら、これがいいと思うよ」 術の発動を終え、シンシアは夏栖斗と令児を促す。 「レイジっ!」 「夏栖斗ォ!」 合図は一瞬。 完璧に揃ったタイミングで飛び出す二人。 令児は炎を、夏栖斗は紅桜花を握り、その拳を突き出す。 左から令児、右から夏栖斗。 二人の拳が叩き込まれた瞬間、異形の獣を中心に爆炎と爆音が溢れ出し、巨大な火柱が紅蓮の色に燃えて高らかに屹立する。 火柱が収まっていく中、異形の獣は胴体の中心に爆発による抉れでクレーターが穿たれていた。 目にも止まらぬ速さで繰り出される『飛翔する武技』――虚ロ仇花。 夏栖斗の十八番たるこの絶技は、確かに真芯を貫いていたのだ。 だが異形の獣もさるもの。まだかろうじて立っている。 異形の獣が動き出す前に、舞姫が令児の隣に立つ。 「チャンスですよ! 「零距離火山砲(とっておき)」なんて出し惜しみしないで、やっちゃってください!」 「――舞姫」 「確かにしぶといですけど、私達はあれよりも厄介な相手を何度だって退け、乗り越えてきました。たかだかしぶといだけの相手などどうということはありません」 「そうだよ……そうだぜ。そうだったよなァ。お前らの――俺らの戦いはいつだってそうだったよなァ」 言葉を交わす舞姫と令児。 二人が会話を終えたのを見計らったように銃声が響く。 烏の放った銃弾は異形の獣の眉間を直撃し、纏った炎の力で爆発も起こす。 「これであれもしばらくは動けんはずだよ。強敵であろうとも動きを止めちまえば恐れるに足らず。人の技術と叡知の恐ろしさを知るべしだな」 そして烏は二人に向き直る。 「――さて、後は突っ走りたまえ、若者よ」 並び立つ舞姫と令児。 令児は先程と同じく握った拳を、今度は舞姫の刃に触れさせる。 「行くぜ、舞姫」 「――ええ。戦場ヶ原舞姫、押して参る!」 超神速の歩法と、炎の噴射による超加速。 同じ速度で走り、舞姫と令児は異形の獣に肉迫する。 爪で舞姫を引き裂こうとすれば、肘からの噴射で加速した令児の拳が吹き飛ばす。 乱杭歯で令児を噛み砕こうとすれば、舞姫の刃が牙を斬り飛ばす。 目配せ一つ無くやってのける連携で異形の獣の懐へと肉迫した二人は、各々の武器――刃と拳をクレーターに叩き込んだ。 露出した体内に炸裂した刃と拳を通し、異能の力は異形の獣の体内へと直接流れ込む。 刃と拳を引き抜き、異形の獣に背を向ける舞姫と令児。 二人の背後で紅蓮の火柱が再び屹立し、今度こそ本当に異形の獣は灰となり、木っ端微塵に吹き飛んで消えた。 ●ゼイ・アー・リベリスタ 「皆口さん。君が持ってるそのペンダント、できるなら私達に預けて欲しいな?」 戦いを終え、シンシアは優しい声音で愛に語りかける。 「まだ困惑してるみたいだね。『シュレティンガーの猫』って知ってる? 要は『あらゆる事象は観測されるまであらゆる可能性を秘めている』っていう学説なんだけどね。魔法の存在自体も。そして君は魔法を見た。君にはそれを証明できないだけで、これは現実だよ」 「現実……」 「私達もそれを世界に証明するつもりはない。大変な事になるからね」 考え込む愛。 次いで語りかけるのは夏栖斗だ。 「僕から言わせればアイテムなんてなくても君は十分に魅力的だよ」 困惑半分、照れ半分で慌て始める愛。 そんな彼女に、夏栖斗は優しく言い聞かせる。 「きっかけはアイテムかもだけど、僕は思うんだ。その後が重要、友達を作れたのは君自身の努力と思うから。ちゃんと君は「そうなれた」って思うよ――だから、もうそのペンダントはいらないんじゃない?」 シンシアと夏栖斗の言葉が終わるのを待ち、烏は口を開いた。 「皆口君」 「はい……」 「安易に手放せと強制はしたくない。灯火の暖かさを知り得たものに、それを失う怖さと言うのは計り知れないものがあるものな」 「晦さん……」 「だが、これからもこの様な事件は続く。何時かは手放さなければいけない時が来る。それが今か何れかの差になるだろうさ」 そこまで言うと、烏は愛の頭にそっと手を置き、ぽんぽんと優しく叩きながら撫でる。 「でもな、手放す勇気があるならば心配はいらないさ。その勇気と言う種火は皆口君の未来を明るく暖かなものにしてくれるのさ。そうありたいと思う心があるならば、きっとね」 「はい……!」 涙を流す愛。だが、その顔はとても清々しく笑っている。 そして愛はペンダントを外し、烏へと差し出す。 「あの……これからも私達を守ってくれますか? もし、私のような子がまた出たら、その時は――」 「もちろんさ。おじさんたちはリベリスタだからね」 言葉を交わす烏と愛。 その光景を、舞姫と令児は静かに見つめていた。 だが、舞姫はやおら相好を崩すと、令児を肘でつつく。 「むふーw「リベリスタ」だってー。令児ちん、まんざらでもない顔してたよねー」 「舞姫ェ……」 むっとする令児に向け、舞姫は満面の笑みで問いかける。 「悪くないでしょ、正義の味方もね♪」 「まァ――な」 舞姫の笑みに応えるように、令児も笑みを返す。 「これからも、ずっとずっとわたしたちはリベリスタですよ。だから、守り続けましょう。いつまでも、ね」 世界は神秘に満ちている。 そして、神秘の世界は何が起こるかわからない。 それでも、この世界は大丈夫だ。 なぜなら、この世界を守り続ける彼等がいるから。 そう、彼らの名は――。 リベリスタ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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