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今年も、アークは南の島と


 大きな事件は、あれ以来特に起きたりしていないけれど。
 いつもどおりに、いつものように、その時期は巡ってきたのだ。
「今年はあたしが仕切るのだわ!」
 例年は――あの性格にも関わらずどういうわけか――裏方に回り続けていた『深謀浅慮』梅子・エインズワース(nBNE000013)だが、今年は自分が! 自分が! といやに張り切っている。
 夏といえば、とばかり。
 時村の財力をあてにして、豪華客船や南の島の旅行を企画しだしたのだ。
 そう、例年通りに。


 いつもどおりの、南の島。
 広がる砂浜、潮の香り。
 ざぁん、ざざんと、白い泡を立てた波が寄せては返し、空の青と海の青がどこかで交じり合いそうな水平線。停泊するフェリーにも、例年通りの豪勢な料理が並び、娯楽施設も、どこかの御曹司が思いつくようなものはだいたいが用意されている。
 ――アークが始動してから五年近く。
 本格稼働してからは四年ほどになる。方舟に所属するリベリスタの多くには、この様は毎夏のものとして見慣れたものだ。
 きっと来年も、その次の年も。
 アークはきっと、この島を訪れるのだ。
 福利厚生として。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:VERY EASY ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年09月12日(土)21:49
ももんがです。きっとずっと続いていく。

●任務達成条件
 楽しんだもん勝ち。

●ロケーション
・客船
 おなじみ、時村グループの所有する超豪華客船です。
 船内にはシアター、プール、カジノにダンスホール、バー、レストランetc船旅を快適に過ごす為の総ゆる設備が完備されており死角はありません。

・南の島
 非常に風光明媚な無人島。
 全周は数キロ程で船着場以外の場所には白い砂浜が広がります。
 海はまさにエメラルド・グリーン。潜れば美しい魚や珊瑚礁を見る事も出来るでしょう。
 島の中央部付近には緑豊かな森が広がっており、食べられる植物も沢山あります。
 昼到着後、一泊して翌夜には帰るスタイル。

・宿泊
 南の島の滞在中は船室で過ごすか島でキャンプをするか自由です。
 又、相部屋一人部屋、相テント等も任意で決めてOKです。

●プレイングの書式について
【島】
 海や浜辺で遊ぶ方はこちら。散歩も昼寝も問題なし。
 島の探検をやるのもよし。とりあえずアウトドアのにおいがするならここで。
 かき氷とかの屋台なども、あると主張したらあったことになります。
【船】
 船内の娯楽を利用する方はこちら。クーラー効いてる方がいい時も。
 室内プールだってあるんだ。海よりプール派だって大丈夫だ。
 屋内で完結できる娯楽であるかぎり、あると主張すればあったことになります。
【花火】
 夜に島で打ち上げ花火を行うようです。花火見なくても夜がいい方はこちら。
 船窓から見るもよし、島から見上げるもよし。
 希望があれば手持ち花火も配られるようです。バーベキューとかもやってるよ!
【留守番】
 船に乗らないで三高平にいるという方はこちら。日常の延長線としてお使いください。
 依頼を受けて仕事してるかもしれませんし、だらだらぼーっとしてるかもしれません。
 ただ、留守番の方は南の島組とは基本的には交流できないとお考えください。
【その他】
 この状況で可能そうな、上記に当てはまらないものはこちら。
 惰眠を貪って見てる夢の内容、なんてのもありです。
(ただし、描写されない可能性が最も高い選択肢です)

 上記からプレイング内容に近しいもの(【】部分)を選択し、プレイングの一行目にコピー&ペーストするようにして下さい。
 プレイングは下記の書式に従って記述をお願いします。
 また、どの場合でも未成年の飲酒喫煙など、公序良俗に反する内容は描写しません。

(書式)
一行目:ロケーション選択
二行目:絡みたいキャラクターの指定、グループタグ(プレイング内に【】でくくってグループを作成した場合、同様のタグのついたキャラクター同士は個別の記述を行わなくてOKです。ただし、愛称などを使用する場合はこちらにもわかるようにお願いします)の指定等
三行目以降:自由記入

(記入例)
【花火】
Aさん(BNEXXXXXX)※NPCの場合はIDは不要です
綺麗な花火を見ながら、君のほうが綺麗だ、と口走って青春します。

 ※グループ指定などがなくても、他の参加者やNPCと一緒に描写することが多々あります。
  それが嫌な場合は「絡み×」と書いてください。

●イベントシナリオのルール
 予約期間と参加者制限数はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
 各種報酬は通常シナリオよりずっと安いです。

●備考
 このシナリオは無料です。※NPCも参加可能です。
 相談期間を長めに設定してあります。出発は9月1日朝です。
 全員描写とかは保証できません。
参加NPC
梅子・エインズワース (nBNE000013)
 
参加NPC
揚羽 菫 (nBNE000243)


■メイン参加者 101人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ハーフムーンホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
ノワールオルールスターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ノワールオルールホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
アウトサイドナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
アンノウンアンノウン
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ハイジーニアスマグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ハーフムーンソードミラージュ
司馬 鷲祐(BNE000288)
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
ジーニアスインヤンマスター
雷鳥・タヴリチェスキー(BNE000552)
アウトサイドソードミラージュ
閑古鳥 比翼子(BNE000587)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ビーストハーフ覇界闘士
岩月 虎吾郎(BNE000686)
ハイジーニアスクロスイージス
白石 明奈(BNE000717)
ノワールオルールナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ハイジーニアスクロスイージス
祭 義弘(BNE000763)
フライエンジェマグメイガス
八月十五日・りんご(BNE000827)
ギガントフレームナイトクリーク
ジェイド・I・キタムラ(BNE000838)
ビーストハーフデュランダル
遠野 御龍(BNE000865)
ギガントフレームデュランダル
鯨塚 モヨタ(BNE000872)
ジーニアスソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ハイジーニアスデュランダル
斜堂・影継(BNE000955)
ビーストハーフデュランダル
卜部 冬路(BNE000992)
メタルフレームクロスイージス
御剣・カーラ・慧美(BNE001056)
フライダークマグメイガス
シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)
アンノウンアンノウン
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
アウトサイドナイトクリーク
リル・リトル・リトル(BNE001146)
ジーニアスプロアデプト
メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)
ハイジーニアスナイトクリーク
神城・涼(BNE001343)
ビーストハーフホーリーメイガス
臼間井 美月(BNE001362)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ハーフムーンデュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
ジーニアス覇界闘士
衛守 凪沙(BNE001545)
ハイジーニアスホーリーメイガス
汐崎・沙希(BNE001579)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ビーストハーフインヤンマスター
天和 絹(BNE001680)
フライダークマグメイガス
シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)
ジーニアス覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ビーストハーフスターサジタリー
秋映・一樹(BNE002066)
ジーニアス覇界闘士
阿部・高和(BNE002103)
ノワールオルールナイトクリーク
レン・カークランド(BNE002194)
アウトサイドスターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
アウトサイドスターサジタリー
坂東・仁太(BNE002354)
ヴァンパイアホーリーメイガス
ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)
アウトサイドダークナイト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
ビーストハーフソードミラージュ
サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)
ジーニアスデュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
ハイジーニアスホーリーメイガス
神代 楓(BNE002658)
ビーストハーフホーリーメイガス
モニカ・グラスパー(BNE002769)
ハイジーニアスホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ジーニアスインヤンマスター
九曜 計都(BNE003026)
ビーストハーフインヤンマスター
桜田 京子(BNE003066)
フライダークスターサジタリー
ユウ・バスタード(BNE003137)
メタルイヴプロアデプト
エリエリ・L・裁谷(BNE003177)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ビーストハーフナイトクリーク
柊暮・日響(BNE003235)
ジーニアスクロスイージス
犬吠埼 守(BNE003268)
ハイジーニアスホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
ハイジーニアスミステラン
風宮 紫月(BNE003411)

皐月丸 禍津(BNE003414)
ハイジーニアスダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
フライダークダークナイト
朝町 美伊奈(BNE003548)
ビーストハーフナイトクリーク
蛇穴 タヱ(BNE003574)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
ハイジーニアススターサジタリー
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
ハーフムーンホーリーメイガス
綿谷 光介(BNE003658)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
アウトサイドインヤンマスター
伊呂波 壱和(BNE003773)
ハーフムーンレイザータクト
ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ギガントフレームスターサジタリー
街野・イド(BNE003880)
ハイジーニアスナイトクリーク
鳳 黎子(BNE003921)
ハイジーニアスホーリーメイガス
文珠四郎 寿々貴(BNE003936)
ギガントフレームプロアデプト
鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)
ジーニアスソードミラージュ
鹿毛・E・ロウ(BNE004035)
ハイジーニアスプロアデプト
一条 佐里(BNE004113)
ジーニアスレイザータクト
杜若・瑠桐恵(BNE004127)
フライダーククロスイージス
丸田 富江(BNE004309)
フュリエミステラン
サタナチア・ベテルエル(BNE004325)
ハイフュリエミステラン
シンシア・ノルン(BNE004349)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
フライダークミステラン
鯨塚 ナユタ(BNE004485)
アークエンジェスターサジタリー
鴻上 聖(BNE004512)
ヴァンパイアホーリーメイガス
鰻川 萵苣(BNE004539)
ギガントフレーム覇界闘士
コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)
ハイフュリエデュランダル
シーヴ・ビルト(BNE004713)
フライダークマグメイガス
ティオ・アンス(BNE004725)
ハーフムーン覇界闘士
翔 小雷(BNE004728)
ハイジーニアスレイザータクト
鈍石 夕奈(BNE004746)
メタルイヴデュランダル
メリッサ・グランツェ(BNE004834)
アウトサイドアークリベリオン
水守 せおり(BNE004984)
ジーニアスアークリベリオン
剣城 豊洋(BNE004985)
ジーニアスマグメイガス
柴崎 遥平(BNE005033)
アークエンジェホーリーメイガス
阿倉・璃莉(BNE005131)
ビーストハーフ覇界闘士
陽渡・虎道(BNE005153)

ジャック・李・サイード(BNE005162)
ジーニアスレイザータクト
塞・陽介(BNE005171)
   


 波打ち際で砕けた飛沫が、太陽の光をきらきらと弾いた。
 それを手のひらで受け止めて、白石 明奈は微笑む。
 もうすぐ二十歳になる彼女の水着姿には、健康的な、という言葉がよく似合う。
 最初に、アイドルという道が明奈の前に提示されてからどれくらいの時間が経っただろうか。
 地道な活動が実を結び、知名度もそれなりに上昇中――だと思われる彼女だけれど。
「でも時々思うんだ。
 ちょっとしたキッカケでアイドルを目指してみたりしてここまで突っ走ってきたけどさ。
 ……普通の女の子になってみたい気持ち、あるんだよ」
 ふと、たそがれるような目をして、明奈が顔を上げた。
「ねえ、キミ。
 ――ワタシとひと夏の恋、してみない?
 皆が喜ぶアイドルじゃなくて、一人の女の子としての、気持ちだよ……?」
 そう言って明奈はゆっくりと目を閉じ、そして
「あきなちゃーん!!」
「むぎゅっ」
 飛びかかられた勢いに負けて、明奈は波の中に沈んだ。
「アイドルな先輩、いなくなっちゃったらさびしーよぉ!」
 自分ごと明奈を海に叩き込んだメリュジーヌ・シズウェルが、抱きつくようにして明奈の肩を掴んで揺さぶる。
「ちがう、ちがう。ほら、あれ」
 苦笑混じりに明奈が指を向けた先には、三脚で固定された一台のハンディカムがあった。
 水着グラビア。
 つまりはそういうものらしい。メリュジーヌの顔に納得が広がる。
「そっか。前よりマシとはいえ、やっぱりちょこちょこ事件はあるし、仕事にはこまんないけど……」
 明奈もその言葉にうなずいた。
 リベリスタの仕事だけでも、十分に食べていくことはできるかもしれない。
 だけど、それは彼女たちの目指すところとは、別の場所にあるのだ。
 未来を掴むのが、護るのがリベリスタなら、それを輝かせるのが彼女(アイドル)たちの仕事だ。
「うん、あいどるかぎょーも一筋縄じゃないけど、並行して頑張るぞー!」
 おー! と声を上げて、二人は作った拳を天に向けて突き上げる。
「今年もワタシの魅力をばっちり閉じ込めて、ファンに届けこのラブ&パッション!
 ワタシはアイドルやめないぞー! 以上、白石明奈でしたー」
 カメラに向けてVサインを向けて、そう宣言する明奈。
 ――その様子を、物陰から見ていた姿があった。
「白石部員は……撮影かあ。改めてプロなんだって思わされるよね。凄いなあ……」
 でっかい耳。ちょろりとしたしっぽ。臼間井 美月は青い顔でふらふらになっていた。
「ふっふっふ、今年の僕は一味違うよ?
 なんせ酔い止めを飲んできたからちょっとしか船酔いしてない!」
 寝言をほざくネズミはしかし、ふと遠くを見るような目つきをした。
「……普通の女の子、かあ……。
 僕ら、リベリスタだよね。神秘の力を使う超能力者……。
 それも世界規模の事にまで関わって……普通になんて………………」
 そう呟いた美月は、やがてぽん、と手を打った。
「あ、うん。大丈夫だ、て言うか思い返したら8割以上普通の事しかしてないや!」
 ところでこの人高校卒業できたんですかね? そのあたりが二割なんですかね?

 砂の上に敷かれた青いシート。
 それを影が覆うようにばふり、と大きなパラソルを広げて、文珠四郎 寿々貴はうんうんと頷く。
「夏の海定番の遊びは数あれど、あまり疲れずにやれそうなのはやっぱこれね。
 すいかわりー、あそーれっすいかわりー」
「……んー! 水着だと、やっぱり解放感あるなー」
 囃すような調子のすずきさんの横で、不動峰 杏樹が腕を上げて伸びをした。
「お塩も用意してありますよ!
 でもちょっと水着って恥ずかしいですね……む、胸も去年よりは成長したんですよ一応!」
 そう主張する天和 絹だが、杏樹の胸部を見てしまえばその視線は水平線よりなお遠くを見つめるのだ。その目線の先で砂に寝そべる梅子の胸部に、何やら親近感めいたものをおぼえるのはもう、そりゃ宿命ってものなのである。
 絹の見る先に気がついた杏樹は、おーい、と声をかける。
「梅子もスイカ割りしないか? 空からスイカ割りっていうのも見てみたかったんだ」
「なんか視線を感じると思ったのだわ。スイカ? いいわね、やりましょう!」
 うめこ呼びもバストサイズの話もスイカの文字に流れ去る梅子、ちょろい。
「あっ、耳栓持ってます。貸しましょうか?」
「いや、集音装置は外してあるから大丈夫だ。絹もやってみるか?」
 杏樹は絹の妙にそわついた視線に気がつくと、棒を握らせ目隠しをしてやる。
「僕、こういうの自分で体験できるとは思ってませんでした……!」
「大丈夫、大丈夫」
「みんなでやるほうが楽しいものなのだわ」
 緊張する絹の頭を撫でる杏樹。その様子にうんうん頷く梅子だったが。
「こっちですか? て、てーい!」
「待ってそれはあたしのあたまなのだわ!」
 すずきさんの誘導が見事にはまった結果である。
「この島に来るのも一年ぶりだな……最近アークのお仕事もないから忘れかけてたぜ」
 続いて棒(※幸いにして梅子の血を吸わずに済んだ)を持ったのは、鯨塚 モヨタである。
 まだ義務教育だもんね。仕方ないよね。
「にーちゃんズルしちゃダメだよ!」
 そう言っておきながら自分は超直観を駆使すべく今のうちにどこに何があるかをきっちり把握する鯨塚 ナユタ。素直なにーちゃんは「おう」と頷く。
「ともあれ、夏の福利厚生、満喫させてもらうぜ!」
 握った棒をぽーいして、拳をがっと握りしめたモヨタくんである。
「オイラも一応ギガントフレームのデュランダルだ、どうせなら自分の拳で割ってやるぜ!
 ……そこだ! うおりゃあ!!」
 ばっこーん、といい音。
 スイカが割れたのはいいんだけど、これは、割れたというよりは。
「あーあ、にーちゃんが力入れすぎるから散らかっちゃった……」
 粉砕とか圧力とか爆散とか飛散とか。スイカの状態はそういう単語で察していただきたい。
 ※片付けるのは鯨塚兄弟が責任を持って行いました(過去形)。
「次はオレの番だね。目隠しして……お姉さんたちの水着姿が見れないのはちょっと残念だけど」
 なかなか言ってくれる。いろいろとしょうらいゆうぼうな小6である。
 その時だった。
(ナユタよ……聞こえますか……今、あなたの心に直接話しかけています……)
「お告げ!?」
(今日オススメの特売は……桃の缶詰です……)
「桃缶!?」
 心に侵食してくるすずきさんのマステレを頑張って気にしないようにして、耳から入ってくる音に意識を集中するナユタ。
「右? ……左? ――上!?
 にーちゃんふざけないでよ! 上空にスイカはない、で、しょー……?」
 ムッとして目隠しを外したナユタは、がっくりと肩を落とした。
 杏樹が、絹が、すずきさんが、モヨタが、揃って上を指差している。
「あたしもナユタも飛べる以上! これもれっきとした選択肢なのだわ!」
 そこにはドヤ顔でスイカを掲げる梅子が飛んでいた。

 熱い砂浜を逃げだして、屋台の軒下でかき氷ってのもなかなかオツなものである。
 さっきまでのんびりとかき氷を食していたシィン・アーパーウィルだったが、いつのまにやらかき氷を削る側に回っていた。まあどうせ屋台の店員もフュリエだから、問題はない。
「シロップは自分にお任せ、なんて言ったのでしたら、各種シロップの混合をお見せ致しましょう」
 去年のクリスマスとかファミレスで混沌ドリンクバー書いた記憶があるですが、もしかしてシィンさんって混ぜるの好きな人ですか気のせいですか。
 もともと屋台を始めた身であるサタナチア・ベテルエルとシーヴ・ビルトは、船から大きなアイスケースを運んで戻ってきたところだった。
「留守番ありがとっ! 目玉商品、もってきたよー><」
「私たちもかなりボトムに馴染んできたけれど、まだまだだもの。
 お商売を通して色々勉強しましょ!」
「水着姿で呼び込みごーごーっ」
「目玉? ああ、目玉……」
 ぴょーいと飛び出したシーヴに続き、サタナチアも黒の水着姿になって炎天下に繰り出す。
 アイスケースを覗き込んだシィンは、納得した顔で削りたてのかき氷を頬張った。
「いらっしゃーいっいらっしゃーいっ、美味しいアイスがあるのですっ。
 えへへ、いっぱいサービスするのですっ」
「目玉商品のほかにも色んな食べ物があるわよ!
 だ、騙されたと思って一つ食べていきなさい!」
 やがてフュリエふたりに連れられたビキニ姿の少女二人が、屋台を覗き込む。
 赤いビキニは、アンジェリカ・ミスティオラ。黒いビキニは衛守 凪沙だ。
「似合ってないとか言うな」
 そう言って凪沙が隠したのは、腹筋である。ハイティーンの少女としては思うところがあるのかもしれないが、覇界闘士的には誇りである。胸を張っていい。バストサイズ的な意味でも。
「アンジェリカちゃんの水着は、可愛い……というか、妖しい魅力を感じちゃうな。
 触ると壊れちゃいそうに見えて、実はあたしの二倍以上強いとか反則だよね」
 リベリスタ 見た目で判断 してはダメ(字余り)。
「凪沙さんみたいに胸がある人だと似あうんだろうけどね」
 恥じらいながらそう言うアンジェリカだが、ふとその目が屋台の方へと吸い寄せられる。
 サーターアンダギーを、丸田 富江が揚げ終えたところだった。
「アタシは婚活に来たはずなんだけどねぇ。
 人手が足りないのと乗船申請(と書いてプレイングと読む)の記入ミスだとかで呼ばれたのさ」
 とはいえ富江さんなら料理で胃袋をつかむのが一番だと思われる、という理由でもある。
「ちょっとドーナツみたい。かしけん部員としては食べておかないと……うん、美味しいね♪」
 噛みしめるたび、口の中に広がる甘さ。
 アンジェリカは微笑む。それは、味によるものだけでなく。
(神父様に会って、日本で凪沙さん達に出会って、ボクは本当に笑えるようになったんだ)
 どうもありがとう。
 そう心のなかで呟く、アンジェリカ。
「焼きそばと焼きトウモロコシとかき氷は外せないよ。もちろんちゃんとした味に――」
 富江が胸を張るのを見て、なるほど、と凪沙は頷いた。
 味の解説をしようと思えば間違いなく背後で波が荒れ狂い飛沫を上げて突如現れた岩場に砕けて光輝き、雲の合間からレンブラント光線が幾筋も差して喇叭を吹く天使たちが降りてくるに違いない。※イメージです。とかいう注釈付きで。
 あくまでもイメージなのでそんなことにはなっていない現実の青い空を富江は見上げる。
(――富子姉さん、向こうから見てくれてるかい?
 アンタが守ったこの世界はこんなにも平和でこんなにもきらきら輝いているよ)
 陽光は何も答えたりしない。
 それでも、双子の姉妹はきっとどこかで聞いているだろうと、富江は確信していた。
「アタシらもいつかはそっちにいくからさ……おっとなんだかしんみりしちまったね。
 そうだよ婚活婚活、アタシは婚活しにきたんだよ。人生まだまだこれからだ!」
 楽しまないとねっ。
 そう自分に言い聞かせるように呟くと、富江は浜辺に向かって歩き出した。
「どっかにいい男はいないものかね。ほうら、熟女の魅力に癒されたい紳士はいないのかい??」
 そうこうしている内に、フュリエたちはついに犠牲者を確保することに成功していた。
「本日の目玉は世界樹アイスっ! どろーんと大盛り特盛りてんこ盛りっ」
「目玉って言うかこれ……め」
「なんとっ10分以内に完食するとただなのですっ」
「あたしに任せなさい」
 手のひら180度ターンしてスプーンを握りしめた梅子だったが、しかし手は、動かない。
 そのこめかみに流れる汗に、シーヴは無邪気に手拍子をした。
「よーし応援っ。がんばれvがんばれv」
 それを見たサタナチアは、神妙な顔で頷く。誤解の悪循環、ここに完成。
「なるほど応援ってああやるのね。よーし……がんばれがんばれ?
 ……うう、なにこれ結構恥ずかしいわ。商売の道は奥深いわね……」
 ひゃあああんっ、これっ、このはーとっコピペしたらおかしくなっちゃうぅぅう!


「現在、会場が大変込み合っております。
 お子様連れの方は手を離されませんよう、また目を離されませんようご注意くださいませ!」
 メガホンを手に、時村綜合警備保障(株)犬吠埼 守、ただいま絶賛警備中。
 本人に曰く、「やっぱり俺、こう言う仕事してる時がいちばん楽しいですよ」とのことで、その笑顔はキラキラしている。婚活中の淑女とか引きあわせてみたくなるが、あいにく少し場所が違った。
 こっちは割りと岩などが目立つ、釣りに向いていそうな場所である。
 リベリスタにとってはこういう場所で泳ごうとも怪我など気にするものでもないが、アークのスタッフの中には一般人も存在するのだ。となれば監視の目も必要として守たちの出番なのだ。
「警察に戻るって選択肢があるかもしれませんけど、アークとこの制服にも愛着ありますからね」
 そう言うと守はピピー、と笛を鳴らして、岩場を上るどこかの子どもたちに注意を促した。
 ――子どもたちがはしゃぐ、そのすぐ下辺りに。
 ゆらりと漂うビニールボートがあり、その上にはビニールボールがふたつあった。
 違った。
 シルフィア・イアリティッケ・カレードのバストだった。
「物思いにふけっていたら、水着が流されたのよね……」
 急いで戻る必要はないかな、とシルフィアは考えている。それにも理由があった。
 波を切り分けるように力強く、少しづつ近づいてくる、白い何か。
「あっちも、そろそろ12周くらいよね」
 よく見るまでもなく、近づいてくる白いものは平泳ぎをしている腕だとわかる。体が鈍らぬようにと一心に泳ぐ岩月 虎吾郎だ。3周目はクロールだったはずで――確かその頃だ。

 <回想>
「いやあ水着姿眼福ぜよ、ええ身体したんがようけおるわー。
 あんまりジロジロ見ると怪しまれるし釣りでもしながらマンウォッチングを楽しむぜよ」
 欲求に正直な坂東・仁太の釣り竿が、がくんと力強く引っ張られる。
「っとお! よそ見しとったらなんかえらい衝撃が! ……って逃げられたんかなんか軽いな」
 とりあえず引いてみるぜよ、とリールを引いてみたところ、かかっていたのは。
「これは……黒のビキニパンツぜよ!」
 ちゃらららーん♪(←好きな効果音でご想像ください)
 じんた は 黒のパンツ を てにいれた!

  ニア つかう
      すてる

「クンカクンカスーハースーハー、たまらん!」
 じんた の なにか が かいふくした!
「しかし、パンツがかかったっちゅうことは持ち主は非常においしい状態になっとるわけやな。
 これは是非持ち主を探さんとな! ……あ、もちろんパンツ返すんやなくて見るんやけどな」
 そして仁太は岩場にしっかりと深く座り直し(意味深)、キョロキョロと海を見回した。
 <回想おわり>

 そう、シルフィアは別に、虎吾郎がいるから安心、とか思っているわけではなかった。
 似た境遇の者がいるからまあいいか、と考えていたのである。
「うーむ、視線を感じるがまあこの体ではどうしても注目を浴びるのは仕方ないのかもしれんな。
 縦横どちらにしてもわし以上に体の大きい者はそう居らんしのう。
 どれ、そろそろ屋台なりで食料を補給して一息つくとしようかのう……っと」
 そういった一切合財をつゆ知らず、虎吾郎は浜辺に上がり。
 \きゃー!/
「おっと。早速助けを呼ぶ声が! どうされましたかー!」
 守が警備サーフィンでスタイリッシュに駆け付けた先で何があったか。
 それはアークの面目のため、極秘資料とさせていただく。

 青いビキニパンツ姿で虹色のアロハを羽織り、眼鏡の上から更にミラーシェードのサングラスをかけて、麦わら帽子にはさんぜんと輝くひまわりのでっかいブローチ。さらには各国の土産物をNOBUリッシュにノー鞄スタイルで抱えた司馬 鷲祐は、どこかで上がった悲鳴などの喧騒にゆっくりと首を振った。
「やれやれ……相変わらず騒がしいな」
 それはお前の見た目だ、と突っ込む者もない。
 最近の鷲祐は世界各地を転戦していることが多く、そうでないときは例の公園の木の上でだらだらして、という生活をしているらしい。気がつけば溜まっていた土産物を配ろうかと思った、ようなのだが。
「お師匠さま、今日もお手本よろしゅうお願いしますね!
 お師匠さまから貰ったこの白スク水、機能美に溢れてますよね……!」
「……人違いだ」
 白スク水の柊暮・日響が気合たっぷりにそう声を上げるのを、わしすけは苦い顔で見る。
 多分、サングラスのせいだ。あとあの忍者水着がビキニパンツっぽい気がする。偏見。
「あれっ。お師匠さまと遠征しての修行やなんてって、緊張してたせいかなぁ……?」
「忍者ならまったく見かけなかったが」
 日響の師匠は島に来ていないのだが、それは彼女には伝わっていなかったようだ。
 がっくりと目に見えて肩を落とす日響に、やれやれと鷲祐が手にした土産物を渡してやる。
「おら、無意味に空港で沢山売ってるナッツ入りチョコとか不思議な色のグミキャンディ(リコリス多め)とか何の肉で出来てるかわからないサバンナ奥地の原住民からもらったビーフ(便宜上)ジャーキーだぞぉ」
「ありがとうございます……師匠、どこにいるんやろ?
 兄からも、師匠に『男としての責任取ってもらい!』って言われたんですけど」
 困った顔で、日響は鷲祐に目を向けた。
「責任て何でしょ……?」
「……今度直接聞いてみることだな」
 今度あの忍者とどこかの依頼で鉢合わせたら、一瞬で斬り倒してやるさ。
 神速の名に賭けて。
 ――と鷲佑が考えたかどうかは、さだかではない。

「最近デカイ話もねぇし、ここ数年で一番穏やかな日常送れてんじゃね?」
「こんなに憂いなく夏が楽しめる時が来るなんて想像もしてなかったなー」
 缶ビールをプシュッとやりながら、宮部乃宮 火車がのんきな声をあげ、それに設楽 悠里がうんうんと同意しながら、やっぱり缶ビールをプシュッとやる。
「今日はお酒を飲むぞ。俺も二十歳だからな」
 うむ、と強気でビール缶を手にしたレン・カークランドが、されどひょいと缶を取り上げられた。
「もう20歳でお酒が飲めるなんて、時が経つのは早いなー。
 ……ま、背はあんまり伸びなかったけどね。
 レンはお酒飲むの初めてだっけ? 紅茶が好きなら紅茶みたいなカクテルとかあったと思うし、そういうのがいいかな? それかヨーロッパならワインとか?」
 なれないうちは、という悠里の配慮に、レンは大人しくカクテル系の缶を受け取った。
 にがいんだ。ビールは。
 のどごしとか主張するのはつまり、味は二の次って意味だって、齧歯類最近悟った。
 もちろんそれが良いときも、あるんだけど。
「オレは愚かレンすら酒飲めるようになるとか……いやはや……時が経ってるよな?
 ええおい? ……時は経ってるよなあ?」
 火車が何故か妙に首を傾げる。
「夏! アークに来てからえーと、何度目だかぱっと思い出せないくらいですね」
 時間。その話題に反応して、鳳 黎子も少し思うことがあったようだ。プシュとやりながら、「その分私の年齢も……いやよそう」とか小さく呟く。止めてくれその言葉は齧歯類に効く。
 そんな悲壮は聞こえなかったレンが、受け取った缶をプシッとやって、宣言した。
「夏はこうでないとな、暑い。暑いからこそいい行事がある――そして肉を食う日だ」
「よしよし火の番はオレがしてやるからな!
 さーじゃんじゃん焼け! 肉海老イカホタテ肉もろこし野菜肉ソバ肉!」
 金網の下の木炭に火をつけて、火車が気炎と炎を上げる。
「じゃ、乾杯!」
「おー、退屈な日常に乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」

「うう、一緒に探してもらうことになってごめんなさい」
 申し訳無さそうな様子で、ヘルガ・オルトリープが頭を下げる。
 それを受けたメリッサ・グランツェが、なだめるような声を出した。
「大丈夫よ。すぐ見つかるから」
 騒がしい浜辺から少し離れ、島の奥、森の続く方に彼女らはいた。
 ヘルガのペットが逃げてしまったというのだ。
「せっかくの休暇ですし、楽しく過ごせるようにしたいですからね」
 あまり遠くには言っていないと思う、というヘルガの言葉に頷きながら、メリッサは森の奥へと目を向ける。
「カーヤ、でしたね」
「ええ。ミニチュア・シュナウザーなの」
 小型犬だ。確かに、大きな障害物を乗り越えたりといったことはできないだろう。
「カーヤー!」
 いつ作られたのかもわからない丸太の橋がかかった沢を、ヘルガは呼びかけながら歩く。ずいぶん放置されていたのだろうそれは、苔むして緑色が強くなっている。
「足元に気をつけてね、滑……きゃ!」
「危ない!」
 注意を促したはずが、己が滑ってしまったヘルガをメリッサは慌てて支える。
 それで気がついたが、この橋には犬の足跡は見当たらないようだ。カーヤはこの先には行っていないのだろう。
「大丈夫……? 手を繋いでいきましょうか」
 メリッサの申し出に、ヘルガは一瞬だけ目を丸くし、それからフフ、と微笑む。
 突然の笑顔に、今度はメリッサが目を丸くする番だった。
「ええと……ごめんなさい。ただ、メリッサさんの姿が故郷の姉と重なって見えて」
 少し懐かしい気持ちになったのだと、ヘルガは笑った。
 そう言われて、メリッサもふと気がつく。彼女に対して、自分が持っていた親近感の理由に。
 きっと、同じ金髪だからというだけではなく――。
(妹がいたら、こんな感じだったのかしらと)
 そう思ったのだ、と。
 メリッサはヘルガの手をとって抱き寄せ、滑らないように支えながら丸太の橋を引き返す。
「こうして歩いていると、不思議なお散歩みたいね」
「ふふ、姉はもっと年上なのだけれど、メリッサさんの方が落ち着いているわね」
 橋を戻りきった時、ふたりは小さな足音が近寄ってくることに気がついた。
 やがて茂みから、ぴょこりと一匹の犬が顔を出し、断尾されていない尻尾を振りながらヘルガの足元に擦り寄った。
 さっきのヘルガの悲鳴に気がついたのだろう。
 ヘルガはカーヤを抱きかかえる。一生懸命に顔を舐めようとするカーヤは、ヘルガの身が無事でよかったと喜んでいるようにも見えた。脱走を叱りつけたいような気にもなったが、ここで叱ってしまってはカーヤは何に怒られたのかわからないだろう。
「メリッサさん、ありがとう。……その、帰ったら一緒にカキ氷でも食べない?」
「無事に見つかって良かった。お誘いなら喜んで」
 そう言って、メリッサも目を細めた。


「鬼ごっこって、鋏をかまえてクビ切られたら負けルール……そういうのじゃないの?」
「先輩がやる気を感じない……」
 浜辺と森をつなぐ道で熾喜多 葬識がぐてーとたれ、それを見た黄桜 魅零が口を尖らせた。
 鬼ごっこしよう、と誘った魅零に葬識が付き合ったのもつかの間、十歩走って座り込んだのだ。
「俺様ちゃん、日陰の生き物だもん。太陽嫌い」
 魅零は不意に気がついた。葬識の言葉が文字通りの意味ではないことに。
「先輩はこれから、どうなさるんですか?」
「これからか」
 何かがすっと冷えるような感覚。魅零はそれに真正面から向き合った。
「――そろそろアークの狗でいるの飽きたんだよね。
 悪役(フィクサード)に戻ろうかなって……今度はアークの英雄を狩りたいんだ☆
 黄桜後輩ちゃんもどう?」
 いつもの、どこかゆるい笑顔が何か別の意味を持っていることは、間違いなかった。
「……優しく、ズルく、悪い人。黄桜は、善悪とか、どうでもいいです」
 ほんの一瞬だけ、何に迷ったのかもわからないくらいの一瞬、魅零は言葉に詰まる。
 だけど、その一瞬で十分だった。魅零の顔が、ぐしゃぐしゃの泣き顔に変わるには。
「仲間だった人が敵になるのは嫌です。でも……先輩がいなぐなるのはもっど嫌でずぅぅ」
 言葉だけ聞けば、魅零は付いて行きたいと泣いたも同然だった。
 それでも、葬識にはわかっていた。魅零が言葉を続けるのを待たずに、立ち上がる。
「正真正銘鬼ごっこのスタートだ、次は君が鬼になる番だ。10数えたら、スタートだよ」
 いち、に、さん。
 ゆっくりと、葬識はそこまで数える。
 魅零はぼろぼろと泣きながら、笑いながら、数えながら、言葉を止めなかった。
「でもでも私はフィクサードにはなれないんです。
 朔ちゃんがいた場所で、タスクくんが夢みるところで生きていきたいと思います」
 し、ご、ろく。
「――だから先輩、殺しに行きます。先輩を殺せる立派なリベリスタになります」
 なな、はち、く。
「先輩がどこにいても見つけてみせます。
 だからその時は名前で呼んでください――しっかり、生きてください」
 じゅう。
 もう、魅零の前には誰もいなかった。
 ――じゃあね。早く殺しにきてよ。魅零ちゃん。
 その言葉が空耳なのか、本当に聞こえたものなのか、今の魅零にはわからなかった。

「バーベキューって一度やってみたかったんですよ。
 他にやったことは……芋煮だけだったので……2年くらいそう思ってた気がします。ふふ」
「こうして海を見ながらBBQはいいな。昔は知らなかったことだ。
 ――黎子、新しいビールだ。冷えてるぞ。あとホタテだ」
「あっはい。どうも。レンくん」
(私は開き直りました……開き直ったのです!
 こういう愛され方ってあるじゃないですか!
 私はこの芸風で……みんなから腫れ物に触るように……)
 BBQ組は酒が進んでいるのかして、どーしたことか黎子の開き直り方が斜め上っている。
「……ユーリは今幸せか?」
「うん?」
 少しばかり唐突感のあるレンの問いに、ほろ酔いのナイトバロンが笑顔で耳を傾ける。
「こうしてユーリとお酒が飲めるのを嬉しく思う。
 あの時拾われていなければ、今のこの幸せはなかった。――ありがとう」
 それはきっと、酒の勢いがあるからこそ言える本音、だったのだろう。
「こんな日常が続けばいいと願う。
 そのためにも俺は、これからも、肉とお酒がなくなったぞ、ユーリの身長を追い越さなければ」
「肉はじゃんじゃん焼いてるよ!」
 酒の場ってのはこれだから!
 ただ、悠里の笑顔がさらににっこにこしたものになっているのは間違いなさ気だった。
「くぅ~! 肉食って! ビールで流すアブラがまたこりゃ夏サイコーだな!」
「火車何食べる? イカ食べる? そういえばこれからってどうするの?」
「バカ言え肉食うんだよ肉! これから……? 特に変わんねぇよ、今までもこれからも」
 時経ってんだよな? とかもう一度首を傾げ始めた火車に対し、酔うとおかん属性が強化されるらしい悠里は火車の紙皿にイカを入れつつ、次のターゲットを黎子に定めた。
「あー、結構酔いが回ってきたかも。黎子ちゃんは好き嫌いある?
 あんまりこうやって一緒する機会はなかったけど、僕はこうやって黎子ちゃんと会えて、友達になれて嬉しいよ。これからもずっと仲良くしてね――はい、エビ」
「あっはい。なんでもたべます。どうも設楽さん」
 好き嫌いないと聞いた途端に、喜々としていい感じのエビを黎子の紙皿に入れる悠里である。
 多少ぎこちない黎子の様子に、火車はああん? とばかりに軽くにらみをきかせる。
「黎子おめコミュ症も大概にしろってオラ、いい加減アークの連中とくらいコミュニティ持てよ!」
「コミュ症……ですけど! 成長してます! しますよ! いずれ、ひゃんっ!」
 言い募る黎子のおしりを、火車はぺしーんと問答無用でひっぱたいた。
「ま……楽しくやろうぜ。ほれ、イカ」
「うう……宮部乃宮さんは私をか弱い女の子扱いしなすぎる!
 ……だから接しやすいんですけど。いただきます」
 酔っ払い共はまだまだ呑みふけるようである。


 屋台の方も、人はひょいひょいと入れ替わっている。
「わっはーい! 屋台だー! ジェイドさんジェイドさん、焼きそばおいひいでふよー」
「あーこら、ユウ、立ちながらメシ食うんじゃない行儀悪ィ。だからって飛ぶのも無しだ。な?」
 今騒いでいるのは、ユウ・バスタード(と、ユウに引っ張り回されるジェイド・I・キタムラ)だ。
 ジェイドはによによとその様子を見る梅子に気づくと、手を上げて声をかけ、
「プラムお嬢さんよ。なにかやりたい事はねえのk「次は焼きイカをですねー」」
 そのタイミングでユウに腕を引っ張られて色々と崩れるのを、梅子がさらににまにまして見る。
「あー、財布やるから。飲み物買ってきてくれ、な? 俺は缶コーヒーでいいから」
「うわっほぅ、おだいじんー♪
 それじゃジェイドさんにはつべたい缶コーヒーとー、プラムさんは?」
「へ? あたし?」
 唐突にふられた話に、梅子は目を丸くした。
「こーゆー時はー、大人の厚意に甘えてしまうのが年少者のギムなのですよー。ふふふー」
 そう言いながら、ユウの顔が急速に曇る。
「あれ? 私達2人とも……成人済み?」
「炭酸! あたし炭酸で!!」
 梅子はユウの思考を遮るような勢いで叫ぶ。はーい、とユウは屋台に吸い込まれていった。
「すまんね、ユウのお守りは趣味みてェなもんでね。手のかかる姪っ子が増えたようなもんだ」
「シュミー?」
 ジェイドのどこか苦しい言い訳に、何故か片言で問う梅子に対し、姪っ子的な存在を頭に浮かべたジェイドは、ん? と首を傾げる。
「ユウと、朝町と、後はお前さん……、何で俺の周りはフライエンジェばかりなんだろうな。
 天使様(エンジェル)にせっつかれるような歳の男でもねえのに」
「あら、リベリスタなんて、いつ天使が呼び鈴鳴らしに来てもおかしくない職業なのだわ」
「ま、これも『日常』か。悪くねェかもな」
 うまいこと思いついた! 的にドヤ顔する梅子に、ジェイドは苦笑する。
「桃子ぉぉおおおおおおおおっっ!!!!
 突然だけど、あなたが生涯のライバルだったような気がしてきたわ!」
「はへ!?」
 唐突に響いた戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫の雄叫びに、どこに桃子がいるのかと梅子は怯えてあたりを見回す。
 舞姫は言葉と等速かのような勢いで砂の上を突っ走ってくると、ざざっと砂煙を立て止まった。
「とめどなく溢れかえってみなぎる闘争心と競争心。
 あなたと戦うことは絶対運命だったのよ! そう、決して、真夏のバカンスでぼっちをこじらせて、無理矢理誰かに絡んでるとか、一番心の痛まない被害者が桃子さんだったなんて理由じゃないの! 己が魂の有り様を賭けた、勝負です!」
「待ってあたし桃子違う!?」
「問答無用! 夏の浜辺といえば、勝負はビーチフラッグ☆ 第一回プラムカップ!
 ぶつかり合いましょう。すべてが光になるまで……さあ、乾坤一擲!」
「だからちょっと待ってあたし梅だってば!」
 自分で梅とまで言いつつも、それでも怒涛の勢いビーチフラッグに付き合う梅子である。
 しかし、梅子は走りだしてからあることに気がつき、すぐに足を止めた。
「フラグどこ!?」
 猛烈な勢いで走っていった舞姫だったが、やがて島全体をぐるっと一周まわって元の場所に戻るとばたりと倒れた。
「ふっ……、呪われた宿命さえなければ、桃子さん、あなたとは友達になれていたかもしれない……、わね」
「梅……うめ……」
 がく。と口で言いながら倒れる舞姫に、砂の上にのの字を書き始めた梅子である。
 いじけた梅子をみかけた雑賀 木蓮が、カメラを向けてシャッターを切る。
「あっ、梅子はっけーん! ほら、ポーズ取ってポーズ!
 じゃーん! ばーちゃんから借りた一眼レフデジタルカメラ!」
「あたしは……貝になるのだわ……」
「どーしたー?」
 へこみっぱなしの梅子の顔の前で、木蓮は手を振ってみせるが、特に反応は返ってこない。
 もう一度ぱしゃり、とシャッターを切った。
「今日は龍治が家でお留守番してるからな。帰った時土産話を披露するために色々撮っとこう!」
 気合を入れる木蓮に、梅子が顔だけ上げてなるほど、とうめくような声を出した。
 木蓮がストライプの水着を着ているのは、水場にも入っていけるように、なのだろう。
 それなら、と。梅子はさっきからうつむいている間に見つけた貝殻を木蓮に手渡す。
 真っ白な貝だが、内側は虹色に似た銀色を帯びている。それは夫妻の髪色に似ていた。
「綺麗な貝だな。あいつにもこの海の匂いを届けられるといいなぁ……」
 うん。と頷き、木蓮が次の被写体を探しに行ったのを見送った梅子はぱたりと砂に倒れ伏した。
 じりじりと砂と太陽に焼かれる梅子に、ふと、陰がさした。
「お役目お疲れ様なのです」
 パラソルを差し出して、悠木 そあらが梅子の顔を覗き込んでいた。
「そんな梅子さんに、そあら特製スペシャルトロピカルドリンクをプレゼントするのです」
 トロピカル、といいつつもそこはやはりそあらスペシャル。梅子がもらったのは、ペースト状にしたいちごをソーダ水で割り、グラスのふちに飾り付けてあるのもいちごという、さわやかで甘酸っぱい、いちごオンリージュースだった。
「梅子さんのおかげでゆっくり過ごせるのです」
 しっぽをパタパタさせ、そあらは照れながらも終始ご機嫌な笑顔を浮かべながら、誰かの元へ走っていく。
「ううう、優しさと酸味が目にしみるのだわ……」
 涙目の梅子がジュースを飲み干し、たのと同時に。
「スモモさーん!」
 との声とともに、後ろからシンシア・ノルンが梅子にダイブした。
「去年は水着忘れて出来なかったけど、今回はちゃんと泳げたよ!
 えへへ、元気にしてました? 梅子さんは今から何を?
 よければ一緒に島の探検でもどうかなーって!」
「……貝になる。あたし貝になるー!」
 うめこだもん! とか、ぷらむだもん! とか。
 意味の分からないことを供述する梅子にシンシアは首を傾げた。


 島の真ん中、そういや前に三行くらいで討伐されたエリューションがいたような気がする辺りに、青いベンチがあった。もうだいたい察してる方も多いだろう。
「思えば、良くも悪くもここには長居し過ぎたかも知れないな」
 アークではちょいと知られたいい男、阿部・高和はベンチの上に腰を下ろして考えこむ。
「たまには海外や、異世界の男達と遊ぶのも悪くないかも知れないな……って、なにぃ?
 これで最後ぉ! ちょっと待ってちょっと待っておにいさん。不完全燃焼ちゃいますのん?」
 青いツナギが赤シャツ黒ネクタイに変わったような気がしたが、大丈夫、気のせいだ。
 アークのみんな全員やるまでかえれま10! とか不穏なことを言いながら、高和は慌てて荷物をまとめだす。
「そういうわけだからこれから島で沢山のホモを製造してこなきゃいけないんだ。
 まだまだ他の世界の男たちと遊ぶのは先の話しになりそうだぜ。
 ところでそこのトイレに向かって全力疾走しているキミ。――やらないか」
 いい男はそう爽やかに言い放つとバキュームカーに(なんであるんだって言われたとしてもアイテム欄にあったんだから仕方ない)乗り込み、どこかへと去ってゆく。
 途中、浜で何かが転がっていた。モニカ・グラスパーだった。
「たっぷり日焼けして美味しい焼き豚になるのでございますわあ! う、うふふふふ」
 セルフ緊縛して砂浜でジリジリ焼けてるんだけど、放置。
 多分それが一番、彼女にとって幸せだと思うから。
 焼きモニカからそう遠くない場所に、一件の屋台があった。
 海の家的な屋台ではない。
 たわし売り屋台だった。
「何を言っているかわからんと思うが、あたしにもわからん」
 屋台の店主、閑古鳥 比翼子は力強くそう語る。
「あたしのさいきょうのひよこデイブレイクキックはラスボスのアシュレイちゃんを蹴り飛ばし……」
 でしたっけ……とはいえ確かに大活躍だったのは間違いない。
「あたしは名実ともに宇宙さいきょうになった……ゆるぎないものだった……」
 待ってそこのひよこ、違った飛躍よくわからない。
 比翼子はしかし、語ることをやめない。
「だが、しかしだ。うちのたわしの在庫は減ってない! 9500個くらいある!
 ……狭い三高平で500個以上売ったあたしの手腕はわりとすげえはずなのだが。
 それでも目標(※2000個)の……えーっと……さん? よん? ぶんのいちでしかない」
 どういうわけか一瞬すごい不安になったけどあってる。あってる4分の1で。
「宇宙さいきょうでも! ごはん食べられないと……しぬ……。
 蒸発したおとうさんが残した借金のため……長女として家族を養うため……!
 そこ行くきみたち! たわし買えよ!!」
 比翼子がびしっと指(?)差した先。陽渡・虎道がのんびりした顔でテントを張っていた。
 しばらく沈黙した後、比翼子はさらに別方向を示した。
「おーい、我が主ー。僕でよければお酌と愚痴のお相手ぐらいはさせて頂きますよー」
 鹿毛・E・ロウが、島ではとんと見かけなかった鳩目・ラプラース・あばたを探していた。
 もう一度沈黙した後、比翼子は天を両腕で仰いだ。
「……無情!!」

 浸水防止タイプのシュノーケルをつけて、八月十五日・りんごはざぶりと海に潜る。
(ゆらゆら~綺麗綺麗ーなの)
 透き通った海の中で、珊瑚礁や熱帯魚が様々な色を身に着けている。
 少し上を見れば、水と空気の境界線は鏡のようにその色を映してゆらめく。その中にはもちろん、りんごの姿もあった。
 だけど、りんごはここにいる。
 あわいはいつだって、そこにないものを映し出す。
(りんごはりんごの国の王子様探しで忙しくて色々あった時の事をそこまで知らないけど)
 きっと、この場所に来て同じように海を見た人の中にも。
 もうどこにもいない人も、いるのだろう。
(……悲しいけれど、それでもりんごは生きていくの)
 目は閉じない。
 悲しいものを見ないですむかもしれないけれど、綺麗なものも見えなくなるから。
 そうして見つめた先で、りんごはふと、海の中にはあまり見ない色をみつけた。
 波の上に顔を出したりんごが、周りを見回すと、ひとりの女性が何かの紙を手に笑っていた。
「トラックの運転もたまにはお休み。ここは一発、島で財宝探しだぁ!!!
 くくく、過去何度も空ぶってきたが、今回は宝の地図があるぅ!」
 どや顔の遠野 御龍だが、彼女の持っているその紙はいったい何なのか。
 その足元にはガラス瓶も転がっているのが見えるが、ラベルがないあたり御龍が飲みほした酒瓶ということはなさそうだ。
「当たれば一攫千金だぜぇ!!! そんでもって豪遊するんだぁ。
 トラックの飾り新調したりぃ、クルマをオーバーホールしたりぃ!
 とにかく車で遊ぶのだぁ! うへへ、うへへ……おっとよだれが……」
「なにがあったのー?」
 紙を覗きこむりんごに、上機嫌の御龍は、宝の地図を拾ったのだと言ってそれを見せた。
「まぁ見つけても仕事自体はやめないけどさぁ。どっちもぉ。
 なんだかんだ言って気に入ってるからねぇぃ」
 にまーと笑って煙草を咥え直す御龍に、りんごは首を傾げて見る。
「……この地図、もしかしたらあっちの海の中、示してるのー」
「ん~? そうっぽいねぃ」
 だったら、さっき見つけたのがそうかもしれない。
 りんごはさっき珊瑚礁の中で拾った、金色の硬貨を御龍に見せた。
「これ、りんごが見つけたのっ」
 目を皿のように丸くして、「え、地図……マジモノぉ……?」とか唸る御龍に、りんごが笑う。
「これで、リンゴアイス一緒に食べるのっ」
 残念ながら、見つかった金貨はそれっきりだったけれど。
 赤のビキニでのんびり泳いでいた一条 佐里は、波に身をゆだねてぷかぷかと浮かびながら陽を浴び、御龍とりんごのやり取りを海上で見聞きし、小さく笑った。
「なんだか、こういう時間って久々ですね……。
 ここに来るまでの時間も、なんだか小さな子供みたいにワクワクしちゃって」
 それは私だけじゃなかったですよね。そう自分の胸に話しかける、佐里。
 波の音、鳥の声、喧騒、そのすべてが。
 今はただ、穏やかで。
「ふふっ……こんなにも、ゆっくりした時間を、また過ごせるなんて……夢みたい。
 革醒してから、ロクでもない事ばかりでしたけど、充実していたのかな」
 あの時失ったはずの右の腕をそらへと捧げるように伸ばす。
 指の隙間から差し込む日差しの眩しさに目を閉じて、佐里は呟いた。
「命がけだったくせに……ううん、だから、なのかも。
 今なら言えます。私は、この生き方が好きです――大好きです」


 彼の肩ほどの、深い水位の場所で。
 カルラ・シュトロゼックは浜辺に向けて手を伸ばす。
「前に一緒に海に来たときは、泳ぎの練習したんだよな。
 何もかもが終わったなんて、全く言えない世の中だが――それはそれ、だよな」
「ボクも泳げるようになりましたよ」
 少しだけぎこちない泳ぎ方だけど、それでも危なげなく泳ぐ伊呂波 壱和。彼女の水着も、今年は女性向けの、はやりのデザインだ。
 恋人になって初めての、壱和にとってはもう隠すものもなくなった夏。
 手が届く距離まで泳いできた壱和に、カルラも目を細める。
(あれこれとあった枷みたいなものが全部なくなって、関係もより近しいものになった)
「ははっ! ここの太陽がこんな気持ちいいの、初めてだ!
 ……と、いかんな ひとりではしゃいでしまった」
 壱和の足は付かない深さ。それでも、カルラの手を掴んでいれば流されたりすることもない。
 ぎゅっと。握られた手に籠められた力が強くなったのを感じて、カルラが壱和の顔を覗き込んだ。
 何か不安なことでもあったのか、と。
「壱和が泳げなくたって大丈夫さ。間違っても、俺が溺れさせたりなんかしない」
「……カルラさん。少しだけワガママしてもいいですか?」
 少しだけ、顔を赤らめて。
 壱和はそう問いかけ――返事を待たずに、カルラに抱きついた。
 ざぶりと、ふたりとも頭まで海水につかる。
 カルラは水の中でも呼吸が出来るけれど、壱和はそうもいかない。
 なにを。カルラがそう思ったのは、ほんの一瞬だけだった。
 まっすぐに彼の目を見つめて笑みを浮かべた壱和は、カルラの頭を抱えるように腕を回し、そっと唇を寄せた。
(もっと構って欲しい。ワガママですけど……夏だから。いつもより頑張っても、いいですよね?)

 平穏が、誰にも望まれているわけではないと、ティオ・アンスは知っている。
 それこそ、自分のようなタイプには、だ。
「元々神秘研究の為に来たわけだし、閉じない穴が無くなってしまった今、あまり日本に留まる理由もないのよね。うーん。そろそろ潮時……なのかしら」
 そういうことを言い出すときは人間、往々にして結論が決まっている時だ。
 それを自覚して、ティオはひとつ頷いた。
「うん、日本でやれることをしたら、一旦里に帰るとしましょうか。
 買って帰るものは……と幾つか頭の中でリストアップしていると、ふと、思い出したことがあった。
「そうだわ、里に外の血を持ち込みたいと思っていた。
 優秀な男性か、男性の遺伝子を持ち帰らなきゃ。
 そうなると、この場所に来たのは調度良かったわね。優秀なリベリスタがたくさんいるわ。
 夏の海辺で相手を探すというのは、些か年甲斐もないけれど――」
 見た目がローティーンでも、ティオは去年喜寿を数えたところである。
 さて、誰を相手にしようと考えた時、彼女の頭には誰が浮かんだものか。
 きっとその男のところに、今晩にでも彼女は現れ、こう言うのだ。
「ねえ、もしよければ私に子供を産ませてくれない?」
 新たな夏の怪談が、こうしてひとつ生まれるのである――。


「ひゃっはー! 海だ! 水着だ! ろいしゃいだー!
 何をするかって? ロンモチで金持ちハントよ!
 気が付きゃアタシも14歳、さっすがに幼女で売るのも限界だ。
 だがそこは腐ってもアークの福利厚生イベント。『少女』がツボの金持ちもきっといるはずだ!
 と言うわけで、荷物を置いたら水着に着替えてレッツぐえー」
「サボりはゆるしませんよ! 邪悪ロリ、人のくるしむ顔をみるの大好き!」
  指で銭的な輪を作り、蛇穴 タヱはいざ南の島へ上陸、しようとしたところをエリエリ・L・裁谷に文字通り首根っこをひっつかまれて船内に連行された。
 白紙ダメ絶対的な流れと空気を自主的に持ちだしたらしいエリエリは、猫の子の要領でおとなしくなったタヱに正座させ、自分もその正面で正座する。
「え? 宿題? あっ院に置いて来ちゃったー!」
「このエリエリ、孤児院の姉妹たちには容赦せぬ」
 苦し紛れのタヱの言い訳を前にして、エリエリは自分の鞄をごそっとあける。
 おもいっきり、『夏休みの友』が入っていた。
「この言い訳も通用しねェ!?
 エリ・エリ・レマ・サバクタニ……あっ違くて、別にお姉ちゃんを呼んでるわけじゃなくて」
 もちろんエリエリ自身の宿題は既に終わらせてある。高みの見物というやつだ。
「さあ小中学生諸君! 楽しく遊ぶためにも、まずは学生の義務を果たそうか!」
 そう言う楠神 風斗は、そろそろ就職活動とか言う単語がのしかかってくる時期である。
「だ……大丈夫、ここにいるお兄さんお姉さんがちゃーんとサポートするからな!
 これが終わったら、楽しいバカンスが待ってるぞ!」
 風斗がそう言う横では卜部 冬路がなんだかぷるぷるしている。
 憤慨とかじゃなくて。ええとほら、老人性の。手に持ってるスマホ、落とさないか心配。
「ここに来たら、なんでも教えてもらえると聞いてじゃな!
 シンプルな電話で良いといったのだが、貴方様くらいの年齢でしたらこちらをと言われて」
 婆様、さてはそれ三高平市以外で購入なされたな。
「風斗。ふうとー! この携帯電話の使い方、教えてくれんかのー」
 その間になおも逃げ出そうとするタヱをふんじばり、エリエリはゆっくりと言い聞かせる。
「……わからないところは言うのですよ。
 邪悪なる天才のエリエリがきちんとアルファからオメガまでおしえてあげます。
 終われば外で遊べるんですから、もうひとがんばり。
 日常の埒外にある我々だからこそ、日常は大切にすべきなのですから。
 ……神様にうらぎられたら、信じられるのはおのれのみですよ」
「うん。うん。……そうだな。神様がうらぎっても、自分はうらぎらないよな。
 そいつは、身にしみてる。しゃーねえ、やるか!」
 この姉妹たちの示す神とは、ミラーミスのことではないとはいえ。
 事実として、様々な世界の神(みらーみす)と対峙することになったリベリスタのひとりとして、風斗は少し、しみじみとした感慨を噛みしめる。
「大きな戦いの影がないっていうのが、こんなにも幸せなものだとはな……。
 彼女が家の都合で来れなかったのが唯一の心残りかな!
 さあ、何事の事件も起こらない、平穏で最高の思い出を作ろう!」
 なぜだか妙に若々しい笑顔を浮かべた冬路が風斗のスマホをいじって自分のスマホにメールアドレスをうつす。何か微妙にいろいろ諦めていない様だ。
「相変わらず朴念仁やってるようじゃのー。
 婆はいつだって風斗の味方じゃからな。辛くなったら甘えに来るとよい。
 なに、祖母に甘えるのは孫の権利じゃから、ふふ……」

 ろくでもねぇこと考えるのは、だいたいいつだって大人なのだ。多分。
「ひと夏のアバンチュールと言う言葉がありまして」
「はい……はい……」
「つまり夏の旅行先では皆多かれ少なかれ開放的になる訳です」
 船の端っこにか弱い中3女子を連れ込んで、犬束・うさぎはいったい何を朝町 美伊奈に吹きこもうとしているのか。
「となればあの人も過ちをする見込みがですね……先ず作戦として……夜になってからですね……なあに、複数で抑えれば抵抗も……」
「そう、ですね……確かに、何人かで掛かれば……。
 人数が足りないなら、例えば……あそこの方。あのウサ耳の、あの人も呼べば……」
 不穏通り越して犯罪に足突っ込みかけている不穏分子会議だったが、やがて美伊奈がフウ、と息を吐いて、それを途絶えさせた。
「犬束さん、ほんとは面白がってるだけでしょう?」
 うさぎはそう言われて、ほんの僅かに笑った。
「……面白いのは、お嫌いですか? 私は好きなんです。
 ぶっちゃけどーせ上手くは行きませんけど、絶対ドタバタの馬鹿騒ぎになります。
 ――そーゆうのが、好きなんです」
 目を細める、うさぎ。
「これからもずっと、そうして馬鹿やってたいな、と――ね」
 きっと無表情の仮面はもうただの日常の延長であって、必要なモノでさえないのだろう。
「……そうですね。嫌いでは無いです。
 それに、その程度の無茶では塔はこゆるぎもしないでしょうし……」
 一方、美伊奈はもしかしたら。
「本当、大きく丈夫になりました。
 幸せの塔。一つ一つの幸せを積んで立てた、私達の塔……。
 絶対、倒れたりなんかしない大切な。大切な……」
 うっとりと笑うその笑顔は、何か、薄氷めいたものの上に乗っているのかもしれなかった。

 まっとうに。まっとうに宿題に悩んでいるものもいた。
「まおの最後の宿題は英語の日記です。
 ノート一冊分ですけど、あと4分の1ぐらい残ってます。まおは……がんばります」
 荒苦那・まおはちょっとげっそりしている。
 なんという鬼のような宿題。日記を毎日つけるだけでもまず拷問なのに!
「この部分の文法が、過去完了形のところと未来進行形のところとえっとえっとあわわ」
 エリエリに聞こうとするも、エリエリはタヱにお説教なうとタイミングが少し悪かった。
 あわあわするまおの前にすっと立つ人影がひとつ。
「皆様の勉学のサポートをいたします。足りない資料がありましたら私に問い合わせ下さい」
 いつものなんだかあれなボディスーツでなくちゃんとした私服姿で、妙に気合の入りまくっているらしい街野・イドだった。
「マスターテレパスで理解している者との情報を共有し、解法を念写によりプリントアウトします。
 言語化もお任せ下さい。イメージの出力は受け持ちましょう」
 英訳の答えがそのまま返ってきてしまいそうな印象に、まおは少し首を傾げたが――まあいいか、と首の角度を元に戻した。
「このあたりなのです」
 そう言ってまおが示した日記に、イドが向き直り、少しの間じっと見たあと、紙にSVOCなどを書き始め、説明を始めた。ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァは感慨深げにその様子を見守る。
「学問とは、他者への教授が出来て初めて完成する物と聞く。
 私も未だ極め尽くさぬ身だが(※23歳大学生)、教養知識を見直すという意味でも役に立ちそうだからな」
 何よりも。
 ベルカは、イドが自分から「やりたい」と望んだことを、一番嬉しく思っている。
(自主自発こそが人の人たる可能性を示す事に繋がると私は思う)
 ベルカが尻尾を揺らしながら自分を見ていることに気がつき、イドは一度、ぱちりと目を瞬いた。
「――私はイド。
 見知った顔が、騒がしくしているのを見ると……孤立する私の心に、楽しい皆の表情が移ってしまいます。ふふ。私は、上手く笑えているのでしょうか」
 そう言いながらも、イドははにかむように笑う。


「うう……気持ち悪ぅ……」
 甲板が涼しいかと言われれば、まだそんなことはないのだけれど。
 夕刻近くなった頃、御厨・夏栖斗は風に当たりたくて、そこに立っていた。
 ――いや、もたれていた、の方が正しいかもしれない。
「いやもう、ほんと調子に乗りました……醜態つーか。えっと、嫌ってない? 幻滅してない?」
 夏栖斗はついこの間、成人したばかりだ。
 どうもまだ飲み慣れない酒を随分と調子よく飲まされ、盛大にやらかしてしまったらしい。
 風宮 紫月は夏栖斗の背中を擦りつつ首を傾げる。
「いえ、私は別に特に気にはしていませんけれど」
 そう答えながら紫月は、多分それは、夏栖斗の聞いている本質ではないな、と思い至る。
「……ご友人との時間は大切で得難い物ですし。私はああいう雰囲気には馴染めませんしね」
 紫月は「適材適所という奴です」と、ふふ、と笑いながらこたえる。
 別に人間味の無い完璧超人を好きになった訳ではないので――とは、心のなかで付け足し、それでもどこか居心地悪そうな夏栖斗に――きっと、俺格好わるいなあ、とか思っているのだろうな、という表情の彼の髪に触れて。
「あまり口にはしませんから、不安にさせてしまったりするかも知れませんけれど。
 ――私は、夏栖斗さんを愛してますよ。私にとって、たった一人の掛け替えのない人」
(居なくならないで、とはきっと私は言えないから。――ですからせめて、あなたの望むままに)
 紫月はその思いをこめて、そっと抱きしめるように腕で包み込んだ。
 しばらくの間、夏栖斗は身動きひとつしなかった。
「……いまさ。名前で呼んだの始めてだよね?」
 顔が赤くなっているのがわかる。
(こんな小さなっていうかでっかいなことで死ぬほど嬉しくなってるのはちょろいとおもうけど)
 頭に回されたままの紫月の腕に、夏栖斗はそっと手を触れる。
「あのさ、紫月。朝まで、介抱してくれる?」
「はいはい、膝枕でもすれば宜しいですか?」
 俺今すごい酒臭いんだろうな、とか。酒の力を酒の力借りてるみたいで情けないな、とか。
 そんなことも思いながら、彼女への甘えと、相当な勇気を振り絞って、夏栖斗は言った。
「もちろん、ゲームとかそういうのここにないから――そう言う意味も含めてんだけど」

 船内、某所。
 荒い息を吐きながら、神代 楓は物陰に身を隠した。
「なんで今年もこんな事になってんだ……よし、落ち着け……」
 すうはあと深呼吸して、状況を確認する楓。
「今年も俺は、演奏の為に福利厚生の船に乗った。
 で、島に着くまでは特に問題なく、演奏も順調だった」
『ねぇ~楓君、今年も来ちゃったわね……♪』
 杜若・瑠桐恵の、嬉しそうな声。
 モノクル越しに見たあの目。思い返すだけでも、心臓がきゅっとなる。
「……なんで瑠桐恵さんが居るん……いや、あの人もアークのリベリスタだし、そりゃ居るわ」
 そのあたりに気がついてしかるべきだった、と。頭を抱えて、楓は唸る。
「まぁ、居るのは別に良いんだけどさ……なんで俺、あの人に追っかけられてんの?」
(いや、健全な男子としては、その、嬉しいという気持ちが無いって言えば嘘になるんだけどさ)
 ふと、そこに思考が行き当たり、楓は思案する。
 結論は2秒で出た。
「その……怖いじゃん?」
 楓は自分にそう即答したが、瑠桐恵にだって理由はあるのだ。
 他に身近な男性がいないとか、25歳、生まれた頃には女の婚期はクリスマスケーキなんて言葉もあったんだよ、とかいう話を耳にしちゃった焦りとか。
 ――ごめん悪かった楓逃げて。
 もうそろそろ場所を移動しようか、とした楓の耳に、カツン、カツンという音が届いた。
 ヒールの音だ。
 否応なく、聴覚に意識を集中してしまう。
「どうして私の気持ちが伝わらないのかしら?」
「く……なんで場所がもうバレるんだよ…!!」
 遠くからでも声が聞こえてしまう自分の耳を一瞬だけ呪いながら、楓は立ち上がり、足音と反対に逃げ出し――はっとして、その足が止まった。
「あれ? こっちの方角……音が詰まって……これ、もしかして」
 行き止まり。
 楓の背中を冷たい汗が伝う。
 やがて、足音は大きくなり――止まる。
 ゆっくりと後ろを振り向いた楓が見たものは。
「……やっと二人っきりになれたわね♪」
 楓は、恐怖によるものかそれ以外なのか、もうわからない息を飲んだ。

 Q.これもある種の壁ドンですか?
 A.それでいいんじゃないかな。


 ラウンジには、ステージがあった。
 それを見てやおらテンションを上げたのは、水守 せおりだ。
「リサイタルすっぞおらー!
 人魚なのに泳げないとか、人魚が船で歌うなとか言われても気にしないもん!」
 特に留める理由もないしとせおりを見送った者は、後者が別の意味だったことをすぐに知った。
「ほらほらー! 何曲か歌ったけど別に船沈まないでしょー? 気にしすぎだよぉー!」
 船より前に鼓膜が壊れる! そう主張したくとも、しかしもうあまりの大音量に耳がうまく機能していない――そのため声量調整ができず、訴えることも出来ないまま、せおりリサイタルに付き合わされることとなったのである。

 結果として。リサイタルから逃げた梅子や静かに飲みたい飲兵衛は別のバーにいた。
「ノンアルコールカクテルを、お願いしたいのだわ……」
 くらくらぱたりと、カウンターに突っ伏す梅子(妙に声がでかい)に気がついて、剣城 豊洋がひょいと横の席についた。さっきまではこの島に来るのは初めてのジャック・李・サイードにが強い酒を飲ませようとしていた豊洋でも、さすがに倒れそうになっている美少女のことは気になるのね、とか梅子がうぬぼれた時。
「もう夏も終わりかねぇ……梅子偉いなぁ、今年はこのイベントないと思ってたよ」
 と、口調と同じくらいの気安さで梅子の尻をぺろんと撫でた。
「びにゃ!!?」
 目を丸くし、変な悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる梅子に対して豊洋はカラカラと笑い、バーのマスターに諌められるのだった。
「ところで、企画って裏方じゃね?」
「あー、まあその辺はね?」
 ふらふらと立ち去る梅子を見送ると、豊洋はもうひとりの飲兵衛に目を向けた。
 島の中で、自分を探すロウがいるとか割と知ったこっちゃない感じで飲んでいる、鳩目・ラプラース・あばたである。
 彼女も女性ではあるが――なんだかずーっと、何かを弄んでぼやいているあばたは少し話しかけづらかったようである。
「必要に迫られなければ、わたしは此処まで強くはなれなかった。
 今はもうそこまで危機は迫っておらず、すなわち強くなる見込みも薄い。
 ――でも、まだ全然足りないんですよ」
「足りないって、酒ですか?」
 結構飲んでるよな、と。そう思いながらも、豊洋はあばたに声をかける。
 あばたは、豊洋に一度、酒ですわった目を向けてから、手にした何か――どうやらゴム製品のアーティファクトのようである――をびろーんと伸ばして見せた。
「ここから先は、わたし一人で行くしかない。
 わたしは自分がこの力を得た意味をしっていて、そしてそれはまだ微塵も果たされていない。
 先を思うと暗くなっちまうので、せめて訳がわからなくなるくらい、今日は酔っ払いたいんです。
 びろーんびろーん!!!」
 たぶんその『今日の目的』は、既にだいぶ達成されていた。

 日が暮れ、そして花火はまだ上がらない頃。
 誰もいない甲板を、桜田 京子はひとり歩いた。
 最初にこの島に来た時のことを思い出そうとして――京子自身の、落書きされた紙が入ったボトルをぶん投げた記憶と、作った曲をCD化されてしまった姉の記憶。そのふたつの記憶があるのだと、京子は感じる。
 沢山の思い出があるのだな、と。
 その積み重ねに思いを馳せた。
「凄惨な戦いもあれば、楽しくて仕方ない日常もあった。
 間違えも沢山した、でもそれでも助けられた命があるという事実には勇気づけられた」
 言葉にしてみればそれは、より確かな実感として胸に去来する。
(失ったものは戻らない、代わりにその先にある未来に希望を抱かずにはいられない――)
 まるで、とめどなく溢れる桜の花が舞うように押し寄せる想い。
 それは――桜が散った後の寂しさをも思わせた。
 まだ終わりじゃない。
 それはわかっていても。京子は今、ここで言いたかった。
 すぅ、と息を吸って、深呼吸して。
 声を張り上げることはせず、それでも、しっかりと音にする。
「大好きです。この先も近くでお役に立ててくださいね。
 次の作戦、成功したら、またデートしてくださいね、沙織さん。
 私は、私とおねぇとアークと戦場ヶ原先輩と沙織さんと友達が大好きでした。――ありがと」
 長くしなやかな猫科の尾を、一度だけぱたりと振って、京子は笑った。


 花火の音が始まった。
 船の中でその音を聞いた高原 恵梨香は船内の、戦略司令室長の部屋の窓から外を見た。
(沙織さんと一緒にさえ居られれば、それだけで)
 幸せだと。
 決して口にはせず、それでも恵梨香はそう思っている。
(幸せな時間を胸いっぱい堪能できれば、最早言うべき事はありません)
 窓の外の花火を見ているように見えたとしても、恵梨香が本当に見ているのは、そこではない。
 目を伏せることも、そらすこともなく、恵梨香はただその光景を瞼に焼き付ける。
 ずっと、忘れないために。

「部屋の明かり落とした方が見やすいかな」
 窓ガラスにはっきりと室内が映っているのを見て、アリステア・ショーゼットは慌ててルームライトを消した。飲み物やお菓子などはテーブルの上だから、よほど慌てない限り転がしてしまう心配もない。アリステアは神城・涼が腰掛けているソファーに近づいて、少し笑いかけながら彼の膝の間におさまる。涼もそれを当然のこととして受け止め、後ろから彼女の体に腕を回した。
「ここからでも十分綺麗に見えるね。
 少し遠いかな? って思ってたけど問題なし! だった。良かったー」
 嬉しそうに笑うアリステアを抱きしめ、大輪の花火を見ながら、涼はアルコールを傾ける。
「もうそろそろ夏も終わりか、て時期だから少し感傷的な気分になるな」
「うぅん……今日、眠っちゃうのが勿体ないなぁ……。起きたら帰らなきゃだもん」
「起きたら帰らなきゃいけないけれども。帰った後も何かしら楽しいことがあるよ。
 いっそ涼の寝顔眺めながらずっと起きとこうかなぁ、なんて言いだしたアリステアの髪を軽く撫でて、涼はゆっくりと言い聞かせる。だから無理はしないの、と。
「あのね。一緒にいてくれて……私を好きになってくれて、ありがとうなの。大好きだよ、涼。
 ……何でかな? 改めて伝えたくなったの。だいすきです、って」
 見上げるように首を傾け、アリステアは涼にそう伝える。
「ん、いや、それは俺のセリフでもあるけど……」
 抱きしめる手の力を少しだけ強めながら、涼は笑う。
「アリステアが此処に居てくれて良かった。これからも末永く宜しくね」

 新田・快は朱鷺島・雷音を連れ出して、海上にいた。
 ふたりでオールを漕いで進めば、この小さなボートでだって、どこにでも行けそうな気がした。
 水着の上に、軽い上着だけを羽織った二人は島からそこそこ離れた場所で手を止める。
「すごいね。海と空と、花火しか無い」
「綺麗だな。たまやーなんてな」
 ぱらぱらと。海に落ちる前に消えていく火の粉のひとつひとつがよく見える。
 その無常に、言葉がふいに雷音の口をついて出た。
「快、この先も、ずっと一緒にいてくれる、のだよな?」
 打ち上げ場所から遠ざかった分だけ、花火の光と音は、少しずつずれてて届く。
 熾火と残響。
 どうしてか、それに激戦の終わりを思い起こして、快は表情を引き締めた。
「雷音が18歳になったら、言おうと思っていた言葉があるんだ――――結婚しよう」
 その言葉に、雷音の周囲から一度、すべての音が消えたような気がした。
 次の花火の音が彼女の耳に届くと同時に、満面の笑みが溢れる
「こんなシチュエーションで、こんな、ときに……君はいつだって、完璧がすぎる」
「海の上だから、指輪とかはまだだけど。……今すぐだなんて、焦るつもりも無いけれど。
 ただ、ずっと一緒だって約束は、今ここで交わしたかったから」
「もちろんだ。よろしく、お願いします。……快」
 雷音は勇気をだし、快の首元を引いて口付けた。
「ボクも、君を愛している」
「愛してる。ずっと」
 快もまた、それに応える。

 空にふたりきりの場所を見出したのは、シュスタイナ・ショーゼットと鴻上 聖だ。
 もっとも、シュスタイナ自身はその場所を選んだ理由を「人混みが煩わしくて」と言うのだけれど。
「……最初に空中散歩をしたのは一年くらい前だったか」
 聖がぽつりと呟いたのを耳にして、シュスタイナも思い出すものがあった。
「ああそう言えば……『異性を魅了する腕輪』とやらをつけて一緒に飛んだ事もあったわね。
 あの時、少しは魅了されてくれてたら面白かったのに」
「……魅了されてたら、どうなってたんでしょうね?
 私としては、今のこの状況はあの時があったからこそだと思いますが」
 怪訝そうな顔のシュスタイナが「分かりやすく言って頂戴」と言うのを聞いて、聖はふむ、と唸る。
「ちょっと魅了されていたのなら、今こうして空中散歩することも無かった……という事ですよ」
 聖はちょっとだったら。だけは言葉にせず、自分の胸に秘める。
 シュスタイナは困惑する。――たまに聖の言い回しは、ややこしい。
「ちょっとだったらこうなってなかった。って事はとても魅了されていた……と」
「さぁ? 私としては、AFの影響は無かったと思うんですが」
 わざと芯を外すような。そう感じたシュスタイナは、思いつきであえて微笑んでみた。
「じゃあ、今は?」
 聖の真正面から、目の奥を覗き込まんばかりに、まっすぐに見つめて。
「魅了されてないとでも? 今の私にとって、シュスカさんは一番大切な人ですよ」
 くすっと笑った聖は、今度ははぐらかさなかった。

 甘い空気を醸す人たちが多くても、そうでないひとだって当然、いる。
 柘榴石の名を持つ兄妹も、その中に混じっていた。
「なーんか久々だな、レイとこうやってふたりで居るのは」
 レイチェル・ガーネットは兄の言葉に、ふと思う。
 ただ立って眺めている、そんな時でも。
 兄は同じ目線のつもりでも、レイチェル自身はずっとその後ろに付いてきていると思っていた。
 そして今、エルヴィン・ガーネットの隣に並んで立っていても、結局目線の高さは違うのだ。
 家族であっても――兄妹であっても。
 大切なのは、同じ場所をみて歩いていけるかどうか。
 その時、傍にいて欲しいと思うのは。
「……まあ、最近は彼と一緒にいる事が多かったからね。
 そっちこそどうなの、先生って大変じゃないの?」
「俺も忙しかったし、お前はずっとあいつんトコに入り浸りだったろうが。
 大丈夫、仕事の方はなんとかやってるよ、リベリスタ業も今は大して忙しくないしな。
 で? わざわざ改まって、どうしたんだ?」
 エルヴィンがそうして、促すでもなくただ言葉を待つ様に、見透かされていたことに気がついて。
 それに驚くと同時に安心感をおぼえ、レイチェルは深呼吸した。
 兄の方へと、まっすぐに向き直って。
「……私ね、彼と結婚しようと思うんだ」
「結婚、か。ハッ、なんだろうなこの感じ。寂しいような、ホッとしたような……複雑な心境だ」
 レイチェルもまた、同じようなものが胸中にあったことに気がつく。
「反対とか、しないの? こう、お前にレイはやれんって殴ったりとか」
「するわけ無いだろ。いや殴んねーよ、そんな残念そうな顔されても困るっつーの」
「あはは、冗談だって」
 兄は笑いながら、妹の髪をわしゃわしゃっとかきまわす。
「……ま、俺から言えることはひとつだけだ。幸せに、な」
「うん、ありがとう、兄さん」
 レイチェルも、微笑みを返す。
(これまでずっと、私をひっぱってくれた兄さん。
 誰よりも優しくて、誰よりも暖かかった。……これで私も、ようやく兄離れ、かな)


 浴衣姿もいくらか見受けられる中、少しだけ目につく二人がいた。
 妙齢の女性が紫地の浴衣を、少女が男物の藍色の着物を着ているように見えたからだ。
 実際のところは氷河・凛子とリル・リトル・リトルに二人なので、着ているものは間違っていない。
「近頃は大きな事件もなく過ごせていますね。
 自分は相変わらず、何か事件や事故、けが人がいればそういった現場へ向かうのですが」
「リルはあんまり大物がでなくなって少し暇ッスけどね。事件起こされるのは迷惑ッスけど」
 最近は、こうして交わす近況報告もあまり代わり映えしない。
 だけど、凛子がリルの背中に抱きついたのは、少しだけいつもと違っていた。
「リルさんをこうやってだっこするのも久々ですね。」
「リルもそれなりに成長してるッスからね。そろそろ抱っこは恥ずかしいッスけど」
 仕事疲れなのだろうか。凛子が癒やされているようなのでいいか、とリルはそのまま、尻尾をゆらゆらさせて凛子の好きなようにさせていた。
(そのうち、姉妹にも凛子さん紹介したいッスけど、そしたら)
 また仕事並に大騒ぎになりそうッスねぇ……と、リルがしみじみと遠い目をしている内に、凛子はリルの背中から離れ、笑みを浮かべる。
「こうして今年もリルさんと一緒に花火を見れたので私は満足していますよ。」
「リルも同じッスよ。次は、十五夜の月を一緒にみたいッスね。
 そして、来年もまた花火を一緒に見に来るッス」
「そうですね。来年も再来年もずっと一緒に見ましょうね」

 風宮 悠月と新城・拓真は、昼間に屋台があったあたりの、木製のベンチに腰掛けていた。
「あの大穴も消失しはしたが、俺達の戦いが終わる訳じゃない。
 ……が、俺達も消耗する物だからな。何時もの様に、夏を楽しむとしようか」
「早いものですね、あれからもう、半年近くが経つのだから。
 あんな事があっても、存続した世界の季節は巡る訳で、あれから来る最初の夏……。
 まあ特に何が変わる訳も無く、何時ものように過ごすものです」
 拓真と悠月の間には、様々な感慨とともに穏やかな時間が訪れている。
 花火が次々と上がるさまを静かに見つめ――やがて小休止の時間となった。
 煙が晴れるのを待つ間に、拓真はふと、まったく別のことが気にかかった。
「今頃は夏栖斗達も上手くやっている頃合いだろうか」
「……まあ。あの二人はもう、大丈夫だと思いますよ。
 心配な所もあったけれど、進展は兎も角として収まる所に収まりそうです」
 なんとなく自分たちの会話を反芻して、拓真の眉間に些かの皺が寄る。
「最近ますます、自分が世話焼きの年寄りめいた気になるが……」
 同時に、きっとそういう物なのだろうな、とも思いつつ、拓真は呟いた。
「ふむ、まだまだ死ねそうにないな。――見届ける物がまだこの世界には多く残っているから」
「勿論、です。……あの二人の事だけでは無く。
 この先、まだまだ来るであろう問題は見えているのですから」
「……最後まで宜しく頼む、悠月」
「はい、拓真さん」
 ふたりは頷き合い、穏やかに微笑み合う。

 花火からだいぶ離れた場所に行きたがった蘭・羽音に、霧島 俊介は最初こそ首を傾げたが、一緒に入られるのだからと思ううちに気にならなくなったようだった。
「今年も一緒に花火みれて、良かったな!」
「うん……♪ 一緒に来れて、本当に嬉しい」
 小休止の間に、俊介は羽音を抱きしめる。
「こう、戦いに身を置くと刹那的に生きるから、儚いよな、色々と」
 俊介と羽音も、お互い、何度も危ない目に遭ってきた。
 それはリベリスタなら当たり前のこと、だからこそ。
(この温度が、愛おしい)
 羽音は、自分を抱きしめる俊介の腕をそっと握り、へその下に触れさせた。
「ん? 腹が痛いんか? 帰る?」
「あのね……赤ちゃん、できたみたい」
 俊介が一瞬、フリーズした。
「え? 子供? あかちゃん? は?
 俺、だってまだ21歳だけど? むしろ俺が子供ですけど?」
「……ここに、いるんだよ」
 もう一度、下腹部を示した羽音に。
 今度こそ俊介は、喜びを爆発させた。
「マジで? マジでか!!
 羽音すっげーないつから!? いつ生まれる? 今何ヶ月目!!?
 女の子か? 男の子か? 名前考えないとな! みんなに自慢しないとな!」
 騒ぐだけ騒いでから、俊介は羽音を抱きしめてくちづける。
「頼りない俺だけど、絶対守ってみせるから、俺は、世界一の神聖術師になる男だからな!」
「う……凄くく幸せっ……♪ ふふっ…♪ 宜しくね、パパ?」
 頼りにしてる。と、羽音もキスを返した。

「海って凄いね! 楽しかったね!」
 昼間に目一杯遊んだ浜辺で、阿倉・璃莉が名残を惜しんで砂を掴む。
 さらさらと手のひらからこぼれ落ちる白い砂はもう太陽の熱を失って、夜風に流されていく。
 歩き出そうとして、砂に足を取られた璃莉は、先導する翔 小雷に声をかける。
「……手、繋いでもいい?」
「ああ」
 ゆっくりと歩いて向かった浜辺と岩場の境目は、他に人が見当たらなかった。
 急に空が明るくなる。振り仰げば、花火が空一面に開いたところだった。
「本物の海も花火も、見るのは初めてなの。
 元々身体もあまり強くなかったし……花火が想像よりもずっと大きくて、綺麗で」
 ぱぁん、と大きな音がする。それに璃莉は少し身をすくめ、それから言葉を続けた。
「……大音量にちょっと驚いちゃう。
 凄いなぁ、としか言えないの。連れてきてくれて、本当に有難う」
 笑顔の璃莉に対し、小雷は僅かばかり、顔がこわばっていた。
 それでも、今を逃せばおそらく後はないだろうと、腹をくくる。
「話があるんだ」
「……お話? なになに?」
「来年も俺と一緒に花火を見にいかないか? 勿論、お前がいいならの話だが。
 その……できれば、来年だけじゃなくて、――――」
 決意を持って切り出した言葉は、花火の破裂音にかき消される。
 しまった、と。がくりと肩を落とした小雷に、しかし璃莉は抱きついた。
「ちょ、ちょっとそれは早いかも!? ……でも嬉しいなぁ。
 私は今15歳だから、日本で結婚するなら最低でもあと1年……待っててね?
 小雷さんに相応しい、すっごいレディになるんだから!」
 璃莉には聞こえていたのだとわかって、小雷は改めて顔を赤く染めた。

「うっひゃー、遠い南の島で日本の伝統芸が見られるとは、イキな計らいッスね-。
 四尺玉とか、こんな間近で見るの初めてッスよ。マジこれ、大砲かって感じッス。
 こんなステキな夜を、三郎太くん……、あなたと二人っきりで過ごせるなんて。
 ああ、燃え上がる二人のラブハートは、ここで頂点に達するッス!
 いけないわ、あなたはまだ未成年。いやよいやよも、好きのうち。ああん!
 夏特有のラブアフェアでも何でもいいから、レッツゴー小町エンジェル><。」

 弱点:三郎太くんが隣にいない。

「がっでむ! あー、ぼっちで花火さ。コンチキショウ!!
 酒もってこーい! 強い酒がんがん飲むぞ!」
 九曜 計都が荒れている。ええっと……強く生きてください。


 花火見てる中にだって、ぼっちで見てる人は当然、いる。
 樹の枝の上で、コウモリ気分の秋映・一樹が、花火を見ながらひとり線香花火もやっている。
 耳がコウモリ耳になるんだったら、どうせだったら手とか足とかも獣になってくれても良かったのに、とか思わなくもないけど、翼があってもビーストハーフじゃ飛べもしない。なんだかいろいろ寂しい思いにかられ、ひとり酒で思いにふける。
(結局のところ、背を預けて戦う相棒は見つからなかったか。
 だが自分達の人生はこれからだ。きっと自ずと現れるやもしれない――それまでは己の力を磨いておこう)
 一樹は木から飛び降りると、近くでやっていたバーベキューへと足を向ける。
 同じように匂いにつられて来た、サマエル・サーペンタリウスもそこにいた。
「結構いろんな事経験した。戦うことでしかどうにも出来ないこともあった。
 でも、僕は戦えるから。それでいいんだよね。……あ、線香花火。やっていい?」
「即ち、良いだろう!」
 いつもどおりのむっとした顔で、サマエルは焼けた肉をもぐもぐと噛みしめる。
 皐月丸 禍津はBBQの火の番を押し付けられている。
 ひとしきり線香花火で遊んでから、サマエルはふらりと、さっき一樹が登っていた木の枝に上る。
 ぱたぱたと、やはり飛べない翼のある手を振って。
「僕は鳥。僕は記載者。僕は、僕。
 花火が打ち上がって煌めいて消えるように、僕の人生に輝きを記載するんだ。
 いつか、僕自身で」
 歌うように、そう口にした。

 綿谷 光介は夕涼みがてら、デッキに出て船べりにもたれる。
 誰もいないその場所で、遠くから響く喧騒に、かすかに笑みを浮かべる。
「ふふ、なんだか不思議です。
 こうしてつつがない『今』を楽しむために、乗り越えた数多の戦いを思うと――」
 このひと時が、嘘みたいで。
 こんな嘘になら、何度騙されても良いかもしれない、なんてことを思う。
「ううん、わかってます。この瞬間は嘘や幻じゃない。
 血も涙も屍も越えて、皆が皆、辿り着いた場所だから。
 だからこそ……来年も、再来年も」
 光介は空に咲いた火の花の向こうに、ずっと遠い未来を見た気がした。
(読み古した文庫本をまた開くみたいに。なじみ深いこの夏を、幾度だって迎えましょう?)

「最近は脅威となる事件も無いし、ようやく平和を掴めたんですよね」
 ひんやりとした硝子窓に触れ、セラフィーナ・ハーシェルはその向こうの花火を眺める。
 この綺麗な風景を、平和な時間をすごせるのは、私達皆が頑張ったから。
 今までの事件を振り返れば、これはきっと奇跡のような世界。
 そんな世界に、手が届いた。
 軽く目を閉じてから、ゆっくりと瞼を上げる。
 ガラス窓に映っているのは、変わらず、セラフィーナだけれど。
「姉さん、私、やりました。守りたいモノを守れました。
 これでようやく、姉さんを超えられた気がします」
(けれど、この平和が永遠じゃ無いのも分かってる。だから)
「天国から応援してくださいね。この平和な世界を、ずっとずっと、守って行きますから」

 酒を飲みながら花火を見られる場所は、個室の他にはあまりなく。
 結局、ラウンジの窓から覗くような形になっていたけれど、飲むやつはそれでいいのである。
「しかし一杯やりながら豪華客船から花火見物って、まあ贅沢だ事。
 花火は綺麗、酒は美味い。大変結構」
 飲み過ぎたか、若干やさぐれ気味の須賀 義衛郎がうだうだしている。
「それよりも外見てご覧よ、綺麗だねぇ!
 皆楽しそうだ。いい顔してるじゃないか」
 そこにちょっかいをかけているのは、雷鳥・タヴリチェスキーだ。
「……最初より、人数は減っちまったんだねェ……。
 若い人間がいなくなる世の中なんて、碌なもんじゃないよ。
 順当にあたしみたいのから退場してくのが、まともな社会ってもんさ」
「アークの本格始動から約四年、か。色々あったなあ。
 ……色々あったよ、色々。思えば遠くへ来たものだ、かねえ」
 特に何に、とは言わず。
 ふたりして、酒を同時につぎ直すと、黙ったまま何かに捧げるように、軽く杯を上げた。
 そのタイミングで、梅子がラウンジの扉をあけて入ってきた。
「こんばんは、エインズワースさん。今回は企画運営、お疲れ様です。
 そうだ。来月のお誕生日、どこか食事でも行きませんか。
 今回のお礼も兼ねて、可愛いエインズワースさんに奢りますよ。
 別に冗談とかじゃないですよ。多少酔ってるけど、ちゃんと意識はあるんで」
「……待って義衛郎、だいぶたちの悪い酔い方してると思うのだわ」
「そうそう。小皺がね、増えてきたんだ。これがほうれい線ってやつだよ。
 フシギなもんだね、大きなコトが終わった途端にこれさ」
「雷鳥、なんだか嬉しそうね?」
「……そうだね、そうかもしれないね。
 あの子達が安心して歳取れる未来がこの先も続くように、祈ってるよ」
「その辺、同意なのだわ」
 またノンアルコールカクテルを頼む梅子に、ひとりで飲んでいた遠野 結唯が違和感を持った。
「ん、お前は確かスモモだったか? 酒も飲む方だったと思ったが」
「もう今日はそのネタ連発されてるんだから、喧嘩売ってくるんだったら本当に怒るわよ!」
「……というよりスモモもプラムも同じだろう」
 八つ当たりされてはかなわんと、結唯は大人しく舌先を引っ込める。
 だが、これだけは気になっていたことだからと、ひとつ、問いかけた。
「ところでお前、妹はどうした? 三高平に置いてけぼりか?」
 その言葉に突然、表情を引き締めて、梅子はじっと周囲の人間を見回す。
「……あの子のこと、よろしく頼むわね」
「は?」
 唐突な発言に、何人かが酔いの醒めた顔で梅子を見る。
「あたしはこの後、日本には帰らないわ。イギリスに、アーク支部を作る計画があるの」
 事務方仕事をしているはずの自分の耳にも初耳だという顔で、義衛郎がもう一度、「は……?」と呟く。梅子はそれを、詳細を教えろという意味に解釈したのだろう。人差し指を立てた。
「あのね。傭兵的に世界に向かったり、超大物を倒したりしてて、アークが今までどおりに極東の空白地帯扱いで世界からまったく注目されてないまま。そんなことあると思う?」
 日本が極東の空白地帯、という言い方さえも、もう古いのだ。
 梅子はその辺りを述べると、ぴこぴこと人差し指を振ってさらに続ける。
「しかも、スコットランド・ヤードにオルクスパラスト、バチカンにまで、なんらかのつながりができたりしてるような状態よ?
 そんな大物とも縁を繋いだのにひょいひょい世界各地の色んな所に顔をだす組織に、協力のお誘いなんてそれこそ引く手あまたなのだわ。
 そうなると、日本にしかアークがないっていうのも、多少ややこしいことになってくるのよ。
 かといって万華鏡だの、その中核を担う智親だのを日本から出すわけにもいかないし。
 ――ま、妥当なところで、あたしが? あっちとこっちのパイプ役? ってとこかしらねー!」
 ドヤ顔で胸を張っているように見せかけて、それが虚勢であることを隠しきれていない様子の梅子に、結唯はため息を吐いた。
「……妹が泣くな、これは」

 船着場と反対側の島の端。
 打ち上げ花火は見えないけれど、ふたりきりで手持ち花火をするには、そこは良い場所だった。
「次ーッ! ……あ、今ので最後か。前半飛ばし過ぎたなァ」
「楽しかったからあっという間だったね~。ふふ、初花火終わりっ」
 コヨーテ・バッドフェローと羽柴 壱也は、ふたりきりでいることが今、とても楽しい。
「そっか、いちやと「恋人」になって、初めての花火だ。
 これから二人でするコト全部が『恋人のいちやとする初めて』になンのかァ。ワクワクすンなッ!」
「わたしも今まで以上に楽しみがいっぱいっ!
 今までもずっとわくわくとドキドキがあったけど、これからももっとだよ!」
「あッ! いちや、ちょっと……シーッ」
「ん? どうしたのコヨーテくん……」
 コヨーテは親指を立てて壱也を黙らせると、ひょいと体を屈め、短くキスをした。
「コレはオレ、生まれて初めてだッ! ……コレで合ってる? やり方間違ってねえかッ!?」
「え、あ、あ……あ、あってる、よっ!」
 ふたりともなぜか、照れた後に慌てはじめて、どんどん顔が赤く、熱くなっていた。
「えへへ、う、うれしい。初めて、たくさんだね、やっぱりドキドキすることばっかりだねっ!」
「恋人になったのはこの間でも、今思えば……二人でいるといつも楽しくて、ずっと前からスキだったんだな。今までスキでいさせてくれてありがとな」
「そんな、わたしの方こそ、いっぱい好きになってくれてありがとう!
 これからもっと好きになるよ! だからずっと一緒にいてね」
「これからも……おう、ずっと一緒だぜ!」
「ありがとう、コヨーテくん。大好きだよ!」
「オレも大好きだッ!」
 お互いの好意を伝え合いながら。
 ふたりは初々しく、抱きしめるというより抱きつくというのが近いような姿勢でハグしあった。


 現場復帰の見込みがない――というか能力を失った結城 "Dragon" 竜一とユーヌ・プロメースは、アークどころか、三高平市をも去った。
 あの事件の功労者なのだからと、三高平市に残ることを勧めるものもいたが、竜一が首を立てに振らなかったのだ。
『俺がこれ以上、世界に対してやれる事はないからね。
 これから先、俺に出来る事は平凡で当たり前のような人生の中、ユーヌたんに対して何かをしてあげるってことぐらいだからね』
 そう言い切られてしまえば、二人で市を離れるというのを止める人など、もうおらず――そして今。ふたりはまだ荷解きのできていないダンボールもある状態の新居で、絵葉書を書いていた。
 これでもだいぶ、環境は落ち着いたのだ。
 なんといっても、まず役所。これがまあ実に面倒だった。書類は平日しか受けつけないし、書式ミスとか妙に厳しいし。名字が変更で申請するような書類はなんだかんだでいっぱいあるし。
 そう。今や、ユーヌ・プロメースはユーヌ・結城・プロメースとなっていた。
「あのまま戦いの人生の中で擦り切れていくものだと思っていた俺が。
 のんびりとした日常を送るとは、人生、何があるかわからないもんだ」
「こっちは私がやっておくから竜一は南の島に行っても良かったのにな。積もる話もあるだろうに」
「皆と会っても気を使わせるだけさ」
 そう言いつつ、というか実のところずっと、竜一はユーヌに抱きついたまま離れようとしない。
「そう強く抑えなくても逃げないが、旦那様?」
 そう言って竜一の頬に軽くキスしてやるユーヌだが、その姿勢は少しだけ、苦しそうにも見える。
 それを竜一の腕が、さり気なくささえているようだった。
 まだ、ユーヌのお腹の膨らみは、目立つほどではないけれど。
「まあ、嬉しいがな。こうしていてくれるのは。
 おや、言ってなかったか? ずっとこうして竜一に触れられるのが大好きだったと」
「……むぎゅむぎゅー。
 名前はなにがいいかなー。息子だったら、竜太。娘だったら、竜子。
 ……ユーヌたん成分をいれて、竜ーヌ?」
 やれやれとばかり、ユーヌは竜一に体重を預ける。
「ふむ。だが竜一の腕は私専用だが、私の腕は専用ではなくなるな?」
「息子が出来ようが娘が出来ようが、ユーヌたんは俺のだけどね!」
「くく、お腹の子に嫉妬しても駄目だぞ? お父さん」

 その三高平市は、わりといつもどおりである。
 柴崎 遥平はその平和を見届けるとアークを去り、三高平署の捜査一課課長として勤務を絞ることとなった。
 とはいえ縁が切れたという訳ではない。そもそも三高平市という、神秘と無関係な人間の出入りを制限されている特殊な環境である以上、署員もまた、神秘に関する知識や理解があるもの、もしくは神秘をその身に宿すものに限られてしまうのだから、まったく無関係でいることのほうが難しい。
 例えば、今日だって。
「はい捜査一課……何? アークから俺への出動要請? 分かった。現場に急行する」
 内心でため息をつきながら、遥平はカレンダーの、休暇予定に取り消し線を引いた。

「急ぎの任務か?」
 急に慌ただしくなったブリーフィングルーム周辺の様子に、斜堂・影継がいきり立つ。
 なんせ、もうすぐ『9月10日』がやって来るのだから。
「魔神王キース・ソロモンとの再戦が近いってことだ!」
 それまで、研鑽を怠るような時間など、影継にはないのだ。
 塔の魔女との戦い──おそらくは最初で最後の魔神王との共闘から、もう5か月になる。
「友を喪い、平和を手にし、それでも、俺達のやることは変わっちゃいない。
 人間がいて、他の世界もある以上、理想郷的な『真の平和』なんてものは訪れやしない。
 己を鍛え、戦い、勝ったり負けたりしながら、いつか戦いの荒野の果てに斃れる日まで、ひたすら戦い続けよう。さぁて、魔神王は、今年はどんな手で来やがる?」
 力強く手を打ち合わせた影継は、ブリーフィングルームに勇んで行った。

「夏のこの時期、甘味処のウチとしては忙しいからな。
 いつも遊びに行かせてもらっていたし、今年はちゃんと仕事しないとな。
 あんみつやかき氷、夏こそ冷たい甘味が一番だ」
 店員としてしっかり働いている祭 義弘は、口ではそう言いつつも、(あ、この新作いいな、食べたいな)とか思ったりもしている。
 休憩時間になって、その新作を試食させてもらいながら義弘は思う。
(三高平に来て、アークで仕事をして、ここで働いて。
 ……随分長くこの生活を続けている気がするな。
 最初、死にそうな目に遭って助けられ、ここの話を聞いて、アークに参加して)
 色々なことを思い出しても、結論はひとつ。
「――だが、まだこうして生きている。
 生きている限りは、この身を盾にしてでも守り続けよう。俺は侠気の盾だからな」
 そう呟いた時、義弘の幻想纏から音が流れだした。
「……ん? 呼び出し? エリューション事件か!」

「正義の味方に休息はありません! 今日も私の助けを待ってる人がいるんです!!」
 そう言って、御剣・カーラ・慧美は気を引き締める。
「それに、恋人も死んでしまいましたし……彼の意志を引き継いでいかねばならないと思うのです」
 悲しかった。悲しいけど、前を向いていくしかない。
 だって、自分は生きているのだから。
「休んでいる暇はありません。彼が守りたかったこの地を私が守っていかねばならないです。
 もうどんな敵が現れても決して負けたりはしません!
 なぜなら私は無敵の正義の味方のスーパーヒロイン、スーパーサトミなのですから」
 そう決意したその時、慧美の幻想纏が着信を示して震えた。
「はっ! また悲鳴が! 変身! スーパーサトミ、ここに参上!!」

「ふぁ……あーよう寝た……ってほんまによう寝たなわたい!?」
 足元に転がっていた、ベルの鳴らない目覚まし時計の時間を見て鈍石 夕奈は目を剥いた。
「今日は一日休む気やったからええけど……あー、確か他の人らは福利厚生でまた南の島行ってるんやっけ。……ちょっち、つか大分もったいなかったけど、昨日までクソ忙しかったしなあ」
 年寄り臭い動作で、夕奈は自分の肩を叩く。(※10代)
「これで無理して遠出なんかしたらもー潰れてまうわ……わたいも年やねえ。
 ま、ええわな。また来年があるしな。
 万一来年も無理でも再来年もその次もある、どっかで取り返したらええねん」
 そう言って二度寝を決め込もうとした夕奈だったが、幻想纏が鳴らしたけたたましく呼び出し音に飛び起きる。
 なんでこんなに大音量って、空き缶の上においていたからなのだけれど。
「……うぁ。休みのつもりやったのに。呼び出しやわ。
 はは、わたいももーすっかりアークに居着いてもうたなあ……。
 ま、今後とも末長ぉよろしゅうに、な」
 夕奈はそう言って、微妙に気恥ずかしげに、にへら、と。幻想纏に向かって笑いかけた。

「アークは今年も南の島でバカンスですか。
 ボクは引籠りだし、暑い日に暑い所にいく神経がわからないですよ」
 鰻川 萵苣はそう呻く。こっちは多分、心から本気で言っている。
「そんなことより新しいゲームの攻略とアニメの消化に忙しいです。
 羨ましくなんか無いですし、興味ないですし。
 まー、もうちょっと強引に誘ってくれる人がいたらなーって思っても無いです。
 101人中の100番めの、キリ番でしたし」
 そんなことをのたまいながら布団に転がった萵苣の、枕元で。
 幻想纏がブルブルとうるさく震える。
「む、メールきた? また依頼ですか?
 ……人出が足りないのなら手伝ってやるとしますか。
 報酬は――欲しいゲームがあるのですよ」
 そう言って起き上がると萵苣は、ううん、と伸びをした。

 三高平空港に降り立った汐崎・沙希は、予定通り夏の福利厚生を避けられたことに安堵する。
 暑いところも、人が多いところも嫌なのだ。
 数日前まで致死性ウイルスはこびる南国で癒しに励んでいた人の言葉とはちょっと思いにくいが、本人がそういうからには、そういうことなのだろう。
 その足で涼しいアーク本部へと向かい、ロビーから見える景色をスケッチブックに描きつける。
(不老の身なのに心は摩耗するのかしら?
 最近すっかり心が動かない……とはいえ……仕事には忠実なのも私。
 留守番のためにわざわざアークに里帰りしたんだから。
 私 えらい えへん)
 その時だった。沙希の脳裏に、ふと、どうしてか。
 この街にかつて使者をおくってきた、歴史上の怪僧のことが頭によぎった。
 なるほど、彼が苦しんだのは、こういうことかと。
 納得した顔で、沙希はスケッチブックを閉じて、立ち上がる。
 後ろから、アークのスタッフが沙希を喚ぶ声も聞こえているけれど。
「え? お仕事? 私は弱いしお役に立てないわ」
 にっこりと笑った沙希だったが、ある事情を聞いて、仕方ないかとついていく。
 どうやらひとり、新人が参加するらしい――。

「ここが……三高平か」
 あたりをきょろきょろと見回して、塞・陽介はそう呟いた。
 役所や本部などで係の人の説明を受けながらあちこちを歩き回っていて気がついたけれど、やたら新しい建物の多い街だ。
 つい最近、なんだか急に革醒とかいう現象に出くわしたばかりの陽介は、とりあえずこの街に行けばいいから、と言われて住み慣れた街を離れた。
 なんだか急に腕力が強くなったりしたのは、その現象のせいらしい。
 フェイトがあると言われても、何がなんだかわからない。
 しかもタイミング悪く、陽介が革醒したのは夏のバカンスに向かうフェリーが出発した直後。
 全てが目に新しく、落ち着かない様子であちこちをきょきょろと伺いながら本部の中を歩いていた陽介だったが、やたら露出度の高い、占い師っぽい変な格好の女が自分を手招きしていることに気がついた。
「君が、塞・陽介――だな?」
 ぶっきらぼうな赤い髪の女は、菫だと名乗るやいなや、陽介を妙に分厚い扉の、会議室のような場所に放り込んだ。
 部屋には陽介の他に、7人がいた。彼ら、彼女らは陽介に対してにこやかに――もしくはドヤ顔で――「よろしくな」だの、「わからないことがあったら聞くようにね」だのと、陽介に話しかけてくる。何がなんだかよくわからないまま、陽介は少し、わくわくしていた。
(――いったいこれから、自分にはどんな運命が待っているのだろう?)
 そして菫が、ブリーフィングルームに揃った顔ぶれを見回すと、声を張り上げた。
「さあ、これで全員揃ったな! ブリーフィングを始めるぞ、今回のエリューションは――」

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
BaroqueNightEclipseが終了するというお話を聞いてから、
最後にイベントシナリオを出すことはずっと決めていました。
このオープニングが公開され、参加される方の名前が増えるたび、いろんなことがあったなと。
思わずにはいられませんでした。

プレイングをお預かりした日、どうしても涙が出ました。
今日までリプレイを書く手が、何度も止まりました。
こんなにも書き終わるのが嫌だと思うのは、初めてのことでした。

それでも、どんなものでも必ず、終わります。
私の書くBNEのリプレイも、これで最後です。
BaroqueNightEclipseは2015年9月末に、全サービスを終了し閲覧のみとなります。

だけど、キャラクターたちにそんなことは、関係ありません。
絶望的な日々や戦いにも負けずにあがいて、戦って。
そうして未来を掴んだキャクターたちは、これから先も、きっと。
そのキャラクターにとっての最期の日が来るまで、あがいて生きるのだと思います。

だから、ありがちですけども。
さようならとは言わないでおこうと思います。
できたらまた、どこかで、お会いしましょう。

BaroqueNightEclipseに御参加いただき、本当にありがとうございました。

今まで参加してくださったすべての皆様に、どうか、素晴らしい日々が開けていますように。
心からそう願っています。


ももんが




追伸。
ちょころっぷの次なるPBW『アラタナル』は、今夏にシナリオコンテンツが開始しました。
もう参加してくださっている方も多いかとは思います。
でももし、そちらの参加を見合わせてるという方がいらっしゃいましたら。
時間とか予算とか、諸々。都合付いたら、是非、ご参加くださいませ。
ちょっとだけ、宣伝でした。