●必ずしもたがわない誤報 深夜、リベリスタ達に任務が与えられた。 曰く『牧場にエリューション・ビーストが出現し、家畜を襲っている』。 結果から言えば誤報だった。暴れていたのはエリューション・ビーストではなくただの羊で、襲われていたのは羊によく似たアザーバイドだった。 ●蝶ネクタイの羊は和やかに笑う 「いやー、いや、いや、いや。有難うございました、リベリスタの皆々様!」 「気にすンな、怪我も無くて何よりだッ」 にっこりと目を細めて両の蹄を揉み合わせ、その生き物は深々と頭を下げた。ひらりと片手を振っていなした『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)へと、いやいやいや、とアザーバイドは同じ言葉を積み重ねる。そんなアザーバイドの背後では、すっかり毛を刈られてつんつるてんの羊達が不満げに『黒き獣』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)達の手で羊小屋へと追い立てられていた。「さっさと戻ってさっさと寝ろー」と尻を叩かれた数匹が、メエーメエーと猛抗議中だ。 ともあれ彼女達が牧場に到着するなり発見したのは、侵入者が逃走する為に解放しっ放しだった羊小屋とそこから飛び出して獲物に襲い掛かる羊達、そして襲い掛かられている『誰か』だった。 家畜に襲われていたアザーバイド、それが何かといえばやはり羊なのだろう、恐らく。少々毛並みが膨らみ過ぎているし、二足歩行をしているし、後ろ足には蹄型の靴を履いているし、首元には蝶ネクタイがきりりと飾られてはいるが。 だが少なくとも巻き毛気味の白い毛並みは雲のようだし、小さな尻尾はぴるぴる左右に振られているし、両耳の辺りには立派な巻き角が生えている。角がランプのように光って瞳孔がハート型という辺りが少々一般的な羊とは違うが、全体的なフォルムで言えば、それは確かに羊だった。 名を、フィーフィーフィフィーという。いや、フィーフィーフィフィフィーだったかもしれない。どちらにしても大した問題ではなかった。 「いやはや、それにしても参りました。まさかいきなり不法侵入者の汚名を着せられるとは。ボトムとは怖い所で、いや全く」 汚名を着せたのは先程までアザーバイドを襲っていた羊達らしい。妙に人間臭い素振りで溜息をついた羊もどきが、毛皮の中からハンカチを出していそいそと顔を拭う。 「さてさて! そんなことより、皆様にはお礼をせねばなりませんな!」 「そんな大げさな事は……」 「いえいえ、どうぞお受け取り下され。恩だけを受けておめおめ帰られるほど、ワタクシ図々しくはございません!」 戸惑った声を上げる『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)が意見を口にし終える前に制し、フィフィはなぜか誇らしげに胸を張った。 「お礼……」 「何の話?」 丁度羊を小屋へと戻し終えて戻ってきた『無色の魔女』シエナ・ローリエ(BNE004839)が、聞き取れた言葉を繰り返して心持ち首を傾けた。後から追い付いた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、明確な疑問として尋ねる。 よっこいせ、とやはり人間臭い調子で姿勢を戻したアザーバイドは、蝶ネクタイの角度を直してにこりと笑んだ。 「そうですとも、ワタクシからのお礼の話で。とはいえワタクシ、戦いは苦手でございましてな。平和が第一、さあさ、こちらをご覧あれ!」 カチン、と手拍子のように両手の蹄を打ち鳴らしたフィフィが、傍に植わる大きなモミの木へと近付いてその幹に触れた。 「わっ……!」 蹄が触れた瞬間だ。まるで地中から凄まじい勢いで水を吸い上げるかのように、木の根元から枝葉の隅々に至るまで煌々とした光が灯って『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)が小さな歓声を上げた。 光は瞬く間に樹木の内を満たし、しゃらん、と微かな音を葉擦れにして柔らかに夜の牧場を照らしだす。さながら木の形をしたランプのようだ。 葉に紛れて満開に咲いた小振りな光の花からは、雨か雪のような光が降り注いで地面に積もっていく。枝には果実のような物が鈴生りに実り、周囲には柔らかそうな球体が幾つも漂った。 色も形も様々な光が、渦を描くかのようにリベリスタ達の周りで鮮やかに揺れる。星のような強過ぎない光の群れが地上に満ちるのは、幻想的な光景だった。 やがて光達の持つそれぞれの特性をリベリスタ達へと伝え終え、姿勢を正して天を見上げたアザーバイドは、穏やかに彼らへと視線を戻した。 「今宵は星がよう映える……。皆様どうぞ、良い一夜をお過ごし下され」 蝶ネクタイをした羊はそう和やかに微笑んで、一礼をして帰っていった。 溢れんばかりの光の渦を、リベリスタ達への置き土産にして。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年07月15日(水)22:24 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 柔らかな芝を踏むと、積もった光がふわりと舞い上がった。 決して強くはない明かりが、再びはらはらと舞い落ちながら周囲をぼんやりと照らす。 「あの羊さん、凄い素敵な残し物をしてくれたね」 積もる光からそっと足を引いたシエナの傍らから、光を含んで放つ木の幹に触れながらシンシアがユメノミを一つ、採った。 「ロマンチック、っていうの……かな?」 「そうだね。……本当はあの羊さんをモフモフしてみたかったんだけど……」 叶わなくて、ちょっと残念。 それほど落胆した様子でもなく肩を竦めるシンシアに、羊小屋の方へと視線を送ったシエナが頷いた。 「ふわふわ、だった……ね」 もっふりとした豊かな毛並みを思い出して、ぎゅっと握り込むように指を曲げてみる。 周囲を漂うように舞う青と紫の小さな光、フィアキイ達を見上げてシンシアが光る果実を掲げて見せた。 「エリクシル、これは食べれるかな?」 手の中のユメノミを差し出すと、ふわりと近寄ってきた青い光が興味深げに光る実へと触れる。 「ユメノミは、食べられる、もの?」 「確かそう言ってたと思うよ。君も食べてみる?」 小さく首を傾げたシエナへと、シンシアがまた一つユメノミを採って渡した。 それをしげしげと眺めた末に、端に歯を立てて。シャリッ、と軽い音を立てて、齧る。 「うん、しゃりしゃり。おいしい……ね」 「私も食べてみようかな。リャナンシーも……って、チック、どれだけ後ろに引っ付けてるの?」 つい先程まで傍に居たフィアキイの一方を探して周囲を見回すと、宙に浮く球体を幾つも身体に連ねた姿が目に入ってシンシアが小さく噴き出した。リャナンシー自身は疲れたように上下に漂っているのだが、それに合わせてスフィ・チックもまたふわふわと上下に追い掛けている。どうやらひらひらと舞う動きに合わせて、周囲に居た球体達を纏めて引き連れてしまったらしい。 「試しに一個触ってみてよ」 「シンシアさんは、触らない、の?」 ほら、とリャナンシーをスフィ・チックに触れさせようとするシンシアを見上げて、シエナが小首を傾げる。 「え? 私? ……うん、実はシェルン様に、ね?」 スフィ・チックによって再会を模した出会いをしてみたくない訳ではないのだと、自身の種族の長の名を口にながらシンシアが振り返り。 「――君。体、どうしたの?」 ぱちくりと瞬いたシンシアを見返して、シエナは齧り掛けの木の実を見下ろした。そこから少し視線をずらした先にある自身の手を見て、彼女もまた、感情は淡くとも心なしか驚いたように瞬く。 「ん、わたしの体も、光ってる?」 「ユメノキみたいな光り方だね。強くなくて、ぼんやりとした……」 「ルーンシールドの、戦いの光とは、ちょっと違うかんじ。こういう優しい光も、あるんだね」 少しだけ目を伏せるようにして、シエナが眼前に手のひらを広げる。ぼんやりとした柔らかな明かりが少し動くキラキラと揺れて、その様子に仄かな吐息を零した。 「また1つ、覚えた……よ」 独り言よりも小さな、穏やかな呟きだった。 「二人とも、こっち。レイニーを使ってカクテルを作ったから、飲んでみてくれないか?」 重くはない沈黙が光に包まれて落ちた所へと、少し離れた位置から快の声が届いた。その単語に反応して、シンシアがパッと振り返る。 「え? カクテル? 呑む! 呑みます!」 君も行こう、と微笑んでシエナを誘いながら、ふとシンシアはユメノキを振り返った。 「……レイニーって食べられたっけ?」 「ユメノミは、美味しい、から……」 「そっか、それならレイニーも食べられるのかな……?」 その辺りは、試してみなければ何とも言えない。 とはいえ夜空の元で淡く輝く芝を踏み、光に降られながらの光景は、立ち入ることに何の躊躇も浮かばせなかった。 ● シエナとシンシアに声を掛けた快から手元のグラスへと視線を落とし、ノアノアは一口酒を含んだ。 「いやー、どいつもこいつも眩しいねえ」 グラスを揺らすと、硝子と透き通るカクテルの中で、ハッピー・レイニーが柔らかな光を放ちながら静かに鳴った。ごく小さな鈴のような音がグラスの中で幾重にも反響を繰り返しながら、夜のしじまを微かに渡っていく。 彼女が視線を流すのは、快がバーテンを務める即席のドリンクバーから幾らか距離を置いた場所だ。離れた位置に寄り添う影を二つ、赤い瞳が穏やかに眺める。 「ぼかぁ捻くれ過ぎて、もうジェットコースターの一回転ゾーンみたいになっちゃってるからさ」 グラスを傾けて一気に煽ると、喉の奥へと微かな鈴の音が溶けるように弾けていく気配に、ノアノアは少し目を伏せた。 「アークに来てからは結構経つけど、連中は眩しすぎて未だどうにも直視出来ないよ」 お代わり、とグラスを置きながら、煙草を取り出して火をつけ、フィルターへと唇を寄せる。 「そうかい? ノアノアさんも、そんなアークの一員じゃないか」 「偶然縁があったってだけの話さ」 ウォッカとアップルジュースとをステアし、林檎の代わりにカットしたユメノミを添えたビッグ・アップルがノアノアの元に置かれる。 「まぁ、あの二人が眩しいっていうのは同感だけどね」 コヨーテと壱也のいる辺りを眺め、快は口角を緩ませた。スペシャル・ラフを作ろうとシェイカーを振る動きにつられたのか、追ってきたスフィ・チックを見て微笑む。 「……集めて寝転んだら、素敵な夢が見れるかな」 きっと夢の中に出てくる恋人は、そんな素敵な時間に自分を呼ばなかった事を怒るだろうけど。 そんなことを思いながらカクテルをグラスに注ぎ、シンシアへと差し出した。用意したカクテルはどれも、ユメノミの芳香に合わせて快が選んだものだ。 「快さんのそれは、飲み物?」 近付いてきたシエナが、表情は希薄ながら興味深そうにグラスを覗く。 「宝石みたいで、とてもきれい。よかったら1つほしい……な」 「勿論。後で感想を頼むよ」 未成年であるシエナには、トニックウォーターにレイニーを降らせ、ユメノミを添えたノンアルコール・カクテルを滑らせた。ブラックライトで照らすまでもなく、グラスの中では柔らかな光が踊っている。 そんな様子を横目にして、ノアノアはそっと溜息を吐いた。 「う~~~む、やっぱりなんともなあ」 結論を伴わない呟きを吐いたノアノアの口角が少し下がる。 また一口カクテルを煽り、ユメノキのそこかしこに生える実を幾つか採って暗い芝へと投げた。音もなく咲いた花が次々に散り、花びらの触れた辺りから新たに柔らかな光が灯る。 淡い光をガーデンのように広げながら、ノアノアは再びグラスを取って喉を潤した。 ハッピー・レイニーやユメノミを空へと投げるシンシアやシエナの様子にも視線を向け、しかしその視線をすぐに快へと移す。 「新田ちゃんはさぁ、今後はどうしていくとか決めてんの?」 疑問を向けられた快が口を開く前に、ノアノアはすぐにまた紫煙混じりの溜息を零した。 「決めてんだろうなぁ~~お前しっかりしてそうだもんなぁ~~」 「確かに何も考えてない訳じゃないけど……そういうノアノアさんはどうするんだい?」 自己完結で疑問を済ませてしまったノアノアに苦笑して、快もグラスの一つを手に取る。ぼんやりと淡く光るグラスを傾けて唇を湿らせ、また一つ、ユメノミを投げる彼女を見た。 「うーん……よし決めた!」 青々と茂る芝の上でゴロゴロと転がりながら、手にしていた最後のユメノミを放り投げてノアノアは上体を起こす。 グラスに残ったカクテルを一気に飲み干して、トン、と快の傍に置いた。 「ぼかあ特にやりたい事もないし、しなきゃいけねー事もないからアーク抜けるわ!」 「え……」 ノアノアは、あっけらかんとした口調に咄嗟に聞き直した快へとあっさり頷く。 「んでもってここで稼いだ金で世界回ってみる事にする、そうしよう!」 「幾らなんでも決断が早過ぎるんじゃ……」 よし決めた、の一言で締めるには重大な決断に快が問う。けれど当人はと言えば、ひらりと気軽に片手を振って見せただけだ。 「ぼかあいつでもこんなもんだよ。難しく考え込むより、動く方が性に合ってる。いや、そうでもねーかな?」 首を捻りながらも、結局答えを出す事を止めたのか、それともやはり自己完結で纏まったのか。 態度の割にはあっさりとした動きで立ち上がる。 「さて、そうと決まれば善は急げだな」 「このまま発つつもりかい?」 随分身軽に腰を上げる様子を目の動きだけで追う青年を振り返り、ノアノアは詫びるように片手を顔の前に上げた。 「悪いな新田ちゃん、後の事宜しく頼むわ! いちやっちとコヨーテちゃんにも宜しく言っておいてくれよな、頼むぜ!」 「……分かったよ。その内、帰っては来るんだろう?」 直に挨拶をしていくつもりもないらしい、そのあっさりとした態度に苦笑して、快は頷く。 疑問のような、確認のような言葉に返答はなく、背を向けたノアノアはやはり片手を振って見せただけだった。 ● ユメノミを高く投げ上げて、壱也がコヨーテを振り返った。 「見て~コヨーテくんっ花火だよー!」 空で弾けた実が花開き、鮮やかな光の花びらを地上目掛けて降り注がせる。 「花火! 季節もピッタリだなッ」 音も熱もなく降っては次々に芝の上へと落ち、鮮やかな光に染め変えていく花火に、コヨーテが口角を上げてユメノミを一つ摘み取った。 「自分で打ち上げるなんて最高じゃん、どっちが高いか競争なーッ!」 「いいよ、競争ね! 負けないぞ~……ふふ! 結構高い!」 「いちやのが高いかッ? くッ、勝つまでやるッ!」 投げ上げられた実が寄り添うような位置で次々と夜空に咲き誇る。 「あ、これ地面にぶつけたらはじけるのかな……? それも綺麗かもっ」 光る実を手のひらの中で転がして首を傾げた壱也が、早速足元の芝を目掛けて投げる。 一瞬だけ芝の上で跳ね返るような動きを見せて、ユメノミがパッと花開いた。 「! 光の絨毯だ~! 見て~、星の中歩いてるみたい」 足元で咲いた光の花が、花びらを八方に散らして一気に周囲を染め上げた。 ぼんやりと内側から照らすような柔らかな光が辺りに満ち、その中で腕を広げるようにして壱也がくるりと回る。 「光の絨毯……ホントだな」 明かりを灯してはいても柔らかな芝の感触を靴底に踏み締めてみながら、壱也を見返したコヨーテが眩しげに眼を細める。 「光の中に立ってるみてェで……すげェキレーだ」 自身を見る鮮やかなピンク色の双眸を正面から捉え、壱也もまた眩しげに、はにかむように微笑んだ。彼の瞳が光を映して一段と綺麗に輝いて見え、どこか胸が苦しくなるような心地に服の裾を握る。 そんな壱也から空へと一度視線を移し、コヨーテは丸く固めたハッピー・レイニーを高く投げた。空へと留まって輝く光を見て、改まるように壱也を振り向く。 「実は、秋から1年くらい……海外にいるダディの、リベリスタ傭兵隊のトコに行くんだ」 視界の隅で、彼女が自分を見つめている事に気付いて視線を戻す。 「前ならそンまま戻らなかった。けど今は、ソレは寂しいって思う。アークの皆や……いちやと会えねェのは」 僅かな沈黙の中、雨のような光を風が攫うのが見えた。 「び、っくり、した。もう戻ってこないのかなって、思った」 ぽつりと、安堵と共に掠れかけた呟きが、壱也の唇から零れ落ちた。微笑む瞳が泣き出すかのように僅かに揺れる。 「そんな訳ねェだろッ! ――だって、いちやが大スキだ」 驚いて否定しながら、コヨーテは双眸を和らげた。 「死んでも負けねェ。ソレしか知らないオレに、死なないで勝つ……生きて帰るコトを教えてくれた」 一つ一つを口にしながら、彼女から貰った多くの物を思い返す。 「楽しいコト、うまいモン、綺麗な景色。いちやも含めて、殺し合いたくなる楽しい強敵がいるッて教えてくれた」 だから、これで縁を終わらせるなんて、そんなことは出来ない。 しないのではなく、出来ないのだ。 「よかった、わたしも、コヨーテくんがいないと寂しい……」 心持ち俯くようにして、壱也は微笑んだ。 「コヨーテくんといるとね、すごく暖かいんだ。安心とか信頼とか全部あって、全部心地いいんだろうな」 一年は、長い。遠いようですぐなのかな、と呟きながらも、壱也自身そう思っている響きではない。 「わたしもコヨーテくんにたくさんもらってるんだよ。すごく真っ直ぐな強い瞳に、何度も救われたし元気をもらったよ。暖かくて強くなれた」 手を握り締め、今も、と震える声が付け足す。 「ちょっと勇気、もらってるんだ」 しかし顔を上げた彼女の瞳は、声音とは裏腹に、凛とした光を帯びていた。 「わたし、待ってるね。コヨーテくんが帰ってくるの」 泣き出しそうではあったけれど、その奥で強い意思が見え隠れする。 「ここで、コヨーテくんの居場所を作って待ってるから。絶対、死なないで勝って、帰ってきてね」 だから、と、一呼吸置いて。 「迎えに、きて」 彼女にとって、待つ者にとって、最も大切な願いを、乞う。 「絶対ェ生きて帰るッ!」 コヨーテの、それは高らかな宣言だった。その大声での約束に、壱也がほっとしたように唇を綻ばせる。 「そン時は……色んな楽しいコト、いちやと共有して、死ぬまで一緒にいたい」 はっきりと告げ、壱也を見下ろす。 「少し照れッけど、こんな時どう言うか知ってンぜ。いちやサンをオレに下さいッ! だよな?」 「……!」 少しばかり照れたように、それでいて得意げに口角を上げたコヨーテに、大きく目を瞠って。 「……はいっ……!」 壱也の瞳が、今度こそはっきりと潤んだ。 恋人の胸へと飛び込んで、強く抱き着く。 「お土産、待ってるよ。楽しい話も、たくさんしてね。コヨーテくんの好きな料理、練習しとくから」 「任せろッ! いっぱい土産持って帰って来るぜッ」 大きく頷いて、コヨーテはちらりと頭上を見上げた。 「だから……あんな風に、ずっとオレの一番星でいてくれよ。いちやを目指して生きる限り、オレは絶対に迷わねェ!」 背に回される腕に、強く抱き締められる心地に、新たな雫が壱也の瞳を濡らした。彼の示す先を見上げ、くすっと笑って目尻をを拭う。 「嬉しいときも、涙って出るんだね。自分の気持ちに気づくの遅くなっちゃった……」 星よりも大きく、星よりも近く。けれどはっきりと空に輝くそれは、コヨーテの投げ上げたハッピー・レイニーだ。 「これからはもう迷わないよ。コヨーテくんと一緒にいたい、これからもずっと一緒に色んなものを見たい。離れててもこの気持ちは変わらないし、色あせないから」 泣き声に変わりそうな声を落ち着けようと、深呼吸して壱也は一層彼に縋り付いた。 「好きになってくれて、ありがとう」 抑え切れない想いの先にあるのは、ひとえに感謝の言葉だった。 「ありがとな、いちや」 それは、コヨーテも変わらない。より強く壱也を抱き締めた。 「大好きだッ、誰よりも、世界で一番ッ!」 夜に吼えるかのように、堂々とした告白が響く。 「わたしも、好き。好きだよ、コヨーテくんっ!」 ぎゅ、と恋人を抱き締めて、壱也もまたはっきりと、その言葉を夜空に放った。 「大好き!」 ● ノアノア自身が作り出した光のガーデンを通り抜ける寸前に、彼女はふと、動きにつられて寄ってきたスフィ・チックへと腕を伸ばした。 指先でちょん、とつつくと音もなく球体が溶け落ちる。――しかし、それだけだ。 「……ハッハー成程成程! こいつは中々大変な旅になりそうだ」 目の前の現象、というよりも現象が生じなかった事を確かめて、口角を持ち上げる。 「多少は歩いた人生だと思ったが、まだまだゼロスタートって事か」 これから。まだ、これからなのだ。 もう一つチックをつついて溶かし、止まっていた足を軽やかに運び出す。 光を後に、友を背にして、流れる髪を方へと払い胸を張って。 「楽しくなりそうだぜ」 先への期待と、未だ知らない世界への憧憬にも似た心地を抱いて、ノアノアは一人歩き出す。 「ここで、たくさんの『生』の色に触れたの。嗜虐にも。愉悦にも」 研究所を出て、アークに流れ着いて、1年半。淡く光の灯る手のひらを見つめて、シエナはその間に得た多くの過去を、思いを、記憶を振り返る。 「そして今夜は、優しさにも」 青い瞳が向く先には、壱也とコヨーテが居る。 「あの二人の、お祝いにも、なったらいい……な」 優しい奇跡の起こる夜、だから。 そんなことを願い、握っていたユメノミを投げる。トライアルロッドを用いて、高く高く、遠い空へと。花火のように咲いた花を見て、ゆっくりと瞬く。 「わたしには、全部新鮮だったから。その全部を糧にして――次はもっと、わたしらしさを、わたしの『生』を探さなきゃ……だね」 だから、そろそろ。 東の空が、世界の縁取りが仄かに色付き始めるのを見て、シエナは歩き出した。 今日を旅立ちの朝にして、また探求の旅へ。振り返る先にその地が見える訳では無かったけれど、それでも少女は、そっとその瞳を和ませた。 「ばいばい、アーク。今日までありがとう……だよ」 別れと感謝とを、小さな囁きに乗せて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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