● 人形劇。 くるりくるり、お姫様。 くるりくるり、王子様。 おどるおどる、舞踏会。 ゆれるゆれる、乙女心。 零時の鐘が鳴りまして、お姫様はどこかへお隠れに。 きらりきらり、置土産。 さがせさがせ、お姫様。 わいのわいの、城下町。 いたぞいたぞ、想い人。 祝福の鐘が鳴りまして、二人はめでたし幸せに。 スポットライトを浴びる二対の人形を、魔法使いは一人、群衆にまぎれて祝福する。 ぽたり、ぽたりと涙を流して。 清く美しきサンドリヨンの幸せを、魔法使いは誰より願ってやまなかった。 けなげで、ひたむきな灰かぶりの乙女のことを、応援せずには居られなかった。 願いは叶う。 そう、これでよかった。 魔法使いはどこ。サンドリヨンが探している。お礼を述べたい一心で。 純白のドレスに彩られた花嫁と漆黒のローブに覆われた魔女。 白と黒。 灰色の乙女はいつまでも真っ白く、幸せに暮らしましたとさ。 ●会議室:前 ――最後の舞踏会より、数年後のこと。 「百合依頼です」 作戦司令部第三会議室。 フォーチュナー『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)は艶やかな姫百合を背景に飾りつけている。 この駄狐が予知する依頼はことごとく悪質だ。 その悪狐に『他に適任者もいないので』と半ば強制召集されてしまった本日の被害者がこちら。 月草・文佳(BNE005014) 院南 佳陽(BNE005036)。 セリカ・アレイン(BNE004962)。 セレア・アレイン(BNE003170)。 雪白 桐(BNE000185)。 京凪 音穏(BNE005121)。 さて問題です。この中にひとり、仲間ハズレがいます。それは誰でしょう? 3、2、1、さて、正解は――。 『雪白 桐』……ではなく。 『京凪 音穏』でしたー。お一人だけショートヘア&眼鏡ということで。 男子? やだなー、アレイン一家は心に生えてるだけですよ皆さん。 「百合依頼です」 大事なことなので二回、言いました。 「……百合、ですか」 院南 佳陽は凛然として落ち着いているが、多少の困惑の色を見せていた。 ちらっと横目に文佳を見やる。 「ふえ?」 「察するに――」 アイコンタクト。アレイン姉妹(?)は空気を読み、ササッと文佳の真後ろに間仕切り壁を展開した。 『ドン!』 文佳は呼吸を忘れる。 いきなり壁面に追い詰められて、佳陽が迫っていた。 ――摘まれる。 そう錯覚するほどの近すぎる距離感と圧迫感、そして鼻孔をくすぐる佳陽の香水の薫り。 パブロフの犬。 条件反射的に、文佳は必死に目を閉じてしまった。闇の中、次に訪れる感触を待つ。 ――けれど、来ない。冷静になってみる。そう、化かされたのだ。時々、佳陽はこうやってタチの悪いイタズラをしてくれる。 「じょ、冗談は――」 文佳は目を開けて、抗議の言葉を紡ごうとしたけれど、不意につづきは途切られてしまった。 舌を奪われて、どうして喋れよう。 「――!」 あの“間”がフェイントだと今更に悟っても、遅すぎた。微熱に支配された文佳は何もできない。 どれだけ時が経ったのか。 ぷぁ、と熱情の余韻を吐き出して、そのままくらくらと文佳は恍惚のうちに溶け、崩れ落ちる。 「ふぅ」 誰一人、言葉すること許されぬ二人だけの時間が終わっても、未だ誰も声を出せずにいた。 一室に響くのはただ、浅く早き文佳の呼吸音のみ。 「――と、こうやって戯れるだけの手軽な依頼というわけですね」 「上の上、理解が早くて助かります」 「いえ」 「依頼本番は全年齢ギリギリを見極めた上でおねがいします」 「わかりました」 淡々と、何事もなかったかのように進む両者の会話に一同、心の中でつぶやいた。 『……この依頼、ガチなの?』 ●会議室:後 ブリーフィングはつづく。 なお、体調を崩して文佳は医務室へ運ばれることになった。 「すみませんが、誰か付き添いを」 「はい」 「では、院南さん」 佳陽は涼しい顔して医務室へと意識の朦朧とした文佳を抱きかかえて、会議室を後にした。 沈黙する一同。 ――お察しください。 「さて、ここからは詳細説明を行いませう」 仕切りなおして、佐幽は紙の資料を配り、立体映像を映し出して解説をはじめた。 Eフォース:フェーズ2『黒妖石』。 西洋人形の破界器『黒曜石』を素体とした“叶わぬ恋”を礎とした想念の集合体である。 『黒曜石』そのものは自律行動する人形――すなわち、人造人間の完成形を模索して著名な人形使いが作り続けてきたシリーズのひとつにあたる。 この『黒曜石』は“心”に等しいものを得たものの、創造主たる人形使いの少女へ不都合なほどに愛情を抱いてしまい、結果として心のバランスを欠いた失敗作として破棄、売り捨てられた。 人形使いの少女は心を育むために、『黒曜石』に童話を読み聞かせる試みを行った。そのうち『黒曜石』が一番に興味を示したのはサンドリヨンの魔法使いであった。なぜ魔法使いは主人公を助け、そのまま何処かへ消えてしまったのか。その物語の空白を、『黒曜石』は自分と人形使いとの関係から補完、自己投影していた。 叶わぬ恋。 壊れた心。 自律する破界器と想念の集合体、その融合体である『黒妖石』の特異能力は驚愕に値した。 “固有空間の創造と支配” 黒妖石の領域に侵入したが最後、誰もが黒妖石の夢見る物語の登場人物を演じねばならない。 おとぎ話。 日常生活。 なんでもいい。報われぬ禁断の恋、成し遂げられなかった想いを、代わりに叶えてほしいのだ。 ハッピーエンドを遂げてほしい。 終止符を打ってほしい。 そうすることによって自ずと『黒妖石』は安らかな滅びを迎えることができる。 「――と、背後関係のみを言ってしまえば至極なんとも美しい悲哀の物語なわけでせうけども」 佐幽は言い淀む。 セレアは重々しく言葉した。 「……カプ厨なのね」 「つまり、どういうことですお姉様!?」 「わかる? 悲壮な過去にかこつけて自在にシチュとカプイジり放題! 妄想を実現できるのよ!」 「!! そ、それはつまり! 掛け算パラダイス……! なんてうらやましい!」 その勢い、猛烈。 「……だけど、許せないことがある」 「お姉様、それは一体!」 息を呑む妹、引っ張る姉。 雪白と音穏(まともなひと)はこういう時、ただ黙って見守る他ない。 「この依頼は、百合限定ってことよ」 「……!!」 一条の稲妻が落ちた。 否、雷鳴轟き大海荒む。夏の祭典という薄い本波打つ夜ノ海は大嵐に荒れ狂った。 世界の終わり。 神への冒涜。 姉妹は、人類の果て無き夢の結晶をこの手に取り戻すことを天地神明に賭けて決意した。かも。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年06月28日(日)23:09 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●Ⅰ むかしむかし、ある屋敷に不幸な少女が暮らしていました。 名はサンドリヨン『※演:『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)』。 その不幸指数は95、赤いフォックスのカップうどんを開けると50%の確率で生のキツネが入っている程度である。さらに10%の確率で生のネコ『※演:京凪 音穏(BNE005121)』が異物混入しているという、極度の不幸体質であった。 「にゃあ」 「なんだネコか」 熱湯だばー。 「ぎにゃあ!」 「はぁ、今日も私は世界一不幸な美少女だわ」 フタを閉じて3分、砂時計を計る。途中で開けてはいけません。 サンドリヨンこと文佳の食事は、いつもこのように粗末で呪われている。それもこれも意地悪な継母(※演:『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170))が1食5円という怪しすぎる激安品を買いだめしているせいだ。 「おーほっほっほっ! 文佳、食事を済ませたら早く仕事に戻りなさい」 「でもお母様、またネコが」 「イリオモテヤマネコじゃなければ毒はないから食べても平気よ」 「ヤマピカリャーには毒あるの!?」 ピンポーン。 チャイムが鳴ると、煙突から煤だらけのOL『※演:『物理では殴らない』セリカ・アレイン(BNE004962)』がけほけほ咳き込みながら落ちてきた。 「お、お姉様、その、そろそろ玄関の修理は終わりませんか……?」 「ごめんあそばせ。サンドリヨン、食事が終わったら玄関をちゃんと直しておくのよ、いいわね」 「は、はいっ! お母様!」 継母セレアは高圧的に文佳へ命令すると、一転してOLセリカに朗らかな笑顔をみせる。 「で、今日のお買い得セール品はなにかしら? あたしのかわいい妹、セリカ」 「はいお姉様! 本日ご紹介いたしますのはサバの味噌煮の缶詰です。お値段なんと1缶7円!」 缶詰はパンパンに膨れ上がり、今にも爆発しそうだ。 「安い! 10ダースお願いするわ」 「まいどありー」 「これでまた食費が浮いたわ、ああ、節約家のあたしったらマジ良妻賢母」 継母とOL、悪の笑いが木霊する。 がんばれサンドリヨン! 負けるなサンドリヨン! 戦え、賞味期限と! 「……この設定でよく今日まで生きてこれたわね、サンドリヨン」 文佳はネコをよそって二階の窓からポイ捨てすると、ずるずるとカップうどんをすするのだった。 ●Ⅱ 嗚呼、なんて哀れな灰かぶりの少女よ。 魔法使い『※演:院南 佳陽(BNE005036)』は嘆く。 「健気でひたむきなサンドリヨン、私はいつでも貴方のことを見守っています」 トンテンカンテン。 文佳は狐耳にハチマキを巻いて、口に釘、手にトンカチを握って玄関を修繕している。 じーーーーーーーー。 飽きもせず、手伝いもせず、魔法使いの佳陽は心の中だけで応援している。 (……手伝って) (まだよ、まだその時じゃない) 演者の哀願も泣く泣くスルーして脚本通りに佳陽はただただ見守っている。にやにやと。 ある時、風雲アーク城よりお屋敷へ矢文が届いた。 「お姉様、危ないっ!」 「セリカ!」 直撃。 意地悪な継母セレアをかばい、OLのセリカは凶弾に倒れ伏す。 「セリカ! なんで……なんでなの、セリカ!」 「お姉……様、労災と生命保険、降りたら受け取ってください、ね」 「何をバカなことを言っているの! 当然でしょ!」 「ふふっ、お姉様……らしい、ですね」 吐血するセリカ。 姉の腕に抱かれて、セリカは穏やかな表情のまま、そっと頬を撫ぜて微笑んだ。 「セリカ! どうして、こんな意地悪な私をかばって……!」 「だって、お姉様は――あたしのお姉様ですから」 一輪、花が散る。 「愛しています、あたしの、たったひとり……の」 継母、セレアは最愛の妹の最期を静かに看取りながら振り返っていた。 安定した生活を求め、サンドリヨンの屋敷に後妻として嫁いだ日のことを。それも全てはまだ幼い妹を育てるためのこと。幸いにして打算まみれの愛なき生活はすぐに終わりを迎えたが、短くとも屈辱の日々だった。十分な教育を受け、最愛の妹が一流企業のOLとして巣立ってくれたことでようやく薄汚れた継母セレアの人生に確かな価値が生じたというのに、これでは、元も子もない。 「――許せない」 復讐せねば。 風雲アーク城にて待ち受ける宿敵――王子様『※雪白 桐(BNE000185)』への復讐を遂げねば。 セレアは妹の亡骸を、たっぷりの重石をつけて湖の底へと沈めて埋葬した。 ふと水底よりセレアの名を呼ぶ妹の声が聴こえた気がした。「たす……け、泳げ……な」そんな幻聴に惑わされている猶予はない。 意地悪な継母セレアは家に帰ると豪華絢爛なドレスの下に杖やナイフ、手榴弾を隠して戦支度を整えると、弔い合戦のために舞踏会へ出かけることにした。 「サンドリヨン、お前は屋敷に残ってあたしの書斎を掃除するのよ、いい?」 「……はい、お母様」 真実を知らない文佳は、またいつもの意地悪だと思い、渋々と書斎の掃除をはじめた。 継母セレアの書斎は、それはそれはおぞましく淫猥な薄い本ばかり。継母は華やかな舞踏会で優雅に過ごし、文佳は薄暗い書斎で……まぁ、これはこれで見応えがあるけれど。 掃除を忘れて、ついついによによと薄い本を読み耽っていると不意にじーーっと見つめる誰かの視線に気づき、文佳はあわてて本を隠して気配を探った。 「そこに居るのはだれ?」 「にゃあ」 「なんだネコか」 京凪 音穏の配役は今回、ネコだ。ぬくぬくルームウェア【黒猫】を着ていた為に、ト書きに「にゃあ」としか書いていない台本を黒妖石に渡されてしまった。楽な仕事かと思えば、小人サイズにされた上、カップうどんの具として熱湯ぶっかけられる過酷すぎる配役に早くも目が死んでいる。 と、文佳はソファーに腰掛けるとポンポン膝を叩いてネコ音隠を招いた。 「おいで、ネコ」 「に、にゃあ」 台本には、こう書いてある。 『サンドリヨンはネコを愛でながら己の境遇を語る』 実装された演出は、文佳のふくらはぎに頭を預けて、されるがまま耳掃除されるというものだ。 ハズい。 死ぬほどハズい。なにせ、音隠は舞台上の一点にスポットライトが降り注がれる中、観客席や舞台袖から皆が見ている中で、にゃあにゃあ猫撫で声で媚びを売らねばならぬのだ。普段ネコだ何だという扱いの文佳はこれみよがしに優位な立場を愉しもうとノリノリ。音隠はぷるぷる震え、頬を真っ赤にしながら繊細な耳の穴の中をこちょぐられる。 「かゆいところはないでちゅかー?」 「にゃ、にゃあ、にゃー…あっ! にゃあ!? あっ」 こそばゆい快感についつい嗚咽が漏れる。 ガタッ。 佳陽が立つ。舞台袖で出番待ち中、公然とこの桃色空間を見せつけられて動揺したのだ。 文佳と佳陽。 末永く爆発してください。と仲睦まじさを他人は祝福するが、当事者間では今、ちょっとしたケンカが生じていた。互いにどちらが主導権を握るのか、あるいはネコとタチ、攻め受けの関係性についての繊細な争いだ。 原因その1は明白だ。 会議室での壁ドン事件。熱烈な、いちごショートケーキに練乳をぶっかけて糖度マックスなコーヒーで流し込むような濃厚ディープキスを見せられた時、音隠はだばーっとマーライオンのように砂糖を嘔吐した。未だに口の中は甘ったるくジャリジャリしてるほどだ。 原因その2は夢、らしい。 『夜、妙に生々しい夢を見まして。文佳さんが私のことを捨てたり、あまつさえ銀髪に染めてたりして、腹立たしかったので徹底的に“いぢめて”差し上げた記憶が』 二人とも同じ夢を視る、というのは珍しい。 文佳は“文佳ヘタレ受け説”“総受け”“キツネなのにネコ”と不本意なイメージの拡散に納得がいかず、佳陽はそうしてむくれたり強がったりする文佳をおちょくって弄んでいる様子だ。 火花散る、百合喧嘩。 そう、音隠は今、濃厚な百合空間の狭間にて、耳の穴かっぽじられながら膝上に寝転んで猫撫で声をあげるというトンデモない役割を強制されているのだ。 「ネコちゃーん? きもちーいー?」 「……」 これみよがしにタチの悪い言動を繰り返しては挑発する文佳。黙して耐える、佳陽。 砂糖漬けだ。 このままではネコの砂糖漬けになってしまうと音隠は恐怖する。でも。 ――クセになる、かも。 ●Ⅲ 天国と地獄。 音隠はふにゃ~と茹で上がって舞台袖でダウンしていた。 舞台上では、サンドリヨンと魔法使いが出逢い、これから舞踏会へ赴くという段取りだ。 観客席では、まだ出番のない王子役の桐が“撮影班”の腕章をつけ、固定カメラと共にスマホで舞台を撮影している。勿論、各カメラを準備したのは他ならぬセレアだ。彼女にとっては撮影こそ本懐である。 「おーい! 誰か、手を貸してくれ!」 舞台裏の騒動に音隠、桐、セレアが駆けつけると、そこにぐったり横たわっていたのは――。 「セリカ! 生きていたのね!」 「これ演劇ですから」 「そうだったわ! でも、どうしてこんなに弱りきって……」 「重石つけて水に沈めましたよね」 「てへぺろ」 淡々とツッコむ桐、おどけてごまかすセレア。音隠はただただ、お互いの過酷な境遇に同情する。 「さて、ここは応急処置が必要よね。雪白さん、あたしの指示に従って」 「はい。で、何を」 「まずは人工呼吸よ! 京凪さんの唇を奪って!」 カッ。 集中線が走る。 「早く!」 カッ。 「急いで!」 カッ。 「事態は一刻を争う!」 カカカッ。 集中線+ドアップで懸命に、勢い任せにセレアは叫ぶ。――でも、騙せませんでした。 「あーらら、ざーんねん♪」 「悪びれる暇があったら天使の息を使ってください」 「そ、そうにゃあ!」 冷静な桐をよそに、音隠はちょっとだけキスシーンを妄想してしまったのはここだけの内緒だ。 一方、舞台上は魔法のオンパレード。 煤けた服は、瞬く間に綺羅びやかなドレスに早変わり。 かぼちゃの馬車は――かぼちゃが台所に無かったのでカップうどんの馬車(かつお出汁)にした。 そして肝心の馬車馬は――ネズミも台所に無かったので代用品を用いる他なかった。 「では、サンドリヨン。ネコを、ここに連れてください」 「わかりました、親切な魔法使いさん」 佳陽はちらっと目配せして、暗に文佳をおちょくっていたものだから返す言葉も少し刺がある。 「にゃあ」 ネコ役の音隠が連れてこられる。 魔法使いの佳陽は、おもむろに呪文らしきものを唱えながら音隠に首輪をつけ、馬車に固定した。 そして御者台に座ると、九尾鞭を手にして号令する。 「さぁ行きましょう、サンドリヨン」 「ありがとう、親切な魔法使いさん」 「……え?」 パシンッ。鞭が撓る。御者台にて見下ろす佳陽の眼差しに音隠は戦慄する。ちゃっかり馬車に乗ってる文佳もさりげに鬼畜だ。 「返事は“にゃあ”よ、いい?」 「にゃあ!」 走る。走る。優雅に走る。 猫力馬車は舞踏会へ向けて走るのだった。 ●Ⅳ 舞踏会に先んじて潜入していた意地悪な継母セレアは、遂に妹の仇、王子様――桐を見つけた。 「おいで、子猫ちゃん達」 キラリ☆流し目。 「きゃーっ! 王子様ぁ~!」 夢銀河アイドルじみた熱狂の渦に守られた桐。機を見計らっていると不意に王子自ら、継母セレアへ話しかけてきた。 「お嬢さん、よければ一緒に踊ってくれませんか? ――マンボウの第五を」 「ええ、よろこんで」 陽気すぎる音楽に合わせ、桐とセレアは踊る。一瞬の隙を突こうにも流石は王子様、ラテンのリズムに乗りながらも隙は見せない。 「不思議な人ですね、この私と踊っても何ら胸をときめかせないとは」 「ごめんあそばせ。――わたしが愛せるのはホモォとユリィと、そして最愛の妹だけよ」 「でしたら」 鏡よ鏡、鏡さん。 桐王子は呪文を唱えて、魔境“とりかへばやの鏡”に自らを映した。 何ということでしょう。 劇的なビフォー・アフターを遂げ、凛々しい王子様は可憐なる王女様へと変身を遂げたのです。 悪魔にも等しい魔性を秘めた、魅惑の幼き姫君に。 大事なシーンにつき、変身バンクはしっかりと観客席のセリカが舐めるように撮っています。 「お姉様、撮影はお任せを!」 「GJ妹!」 やがて桐王女はにぱっ☆ と誰てめぇレベルで表情豊かにも輝かしく微笑ってみせた。 それはもう神々しく、万物を萌やし尽くす。 「おねーさま、大好き♪」 激突! きゅーてぃくるたっくる。 ちんまりとした身長差を活かして胸元に顔を埋めるように抱きつき、その純真無垢な眼差しで、自然と上目遣いになるように見上げてくる。――このあざとさ、死ねる。 「おねーさま、わたくし、ひとつお願いしてもいいですか?」 「い、いくら妹属性で推してきても無」 スカートの裾を掴み、もじもじと太腿を擦り合わせ、雪白姫は恥じらいがちに哀願する。 「一緒に、お花摘みに来てくれませんか……?」 「か は っ !」 一撃で、理性は消し飛ばされてしまった。 その破壊力は観客席のセリカさえも余波だけで一瞬失神させるほどだ。爆心地で直撃したセレアは無事で済むはずがなかった。 「あっちよ、あっちで行きましょう!」 「えへへー、はーい♪」 プリンセス雪白はぺろっと舌を出して“チョロい”と小悪魔めいた表情を垣間見せた。 舞踏会――それは雪白ハーレムという野望の第一歩に過ぎない――。 ●Ⅴ 番狂わせはあれども、黒妖石の物語の終着点はひとつ。 多数派の信じる“幸福の最大公約数”に至ること。 魔法使いはサンドリヨンを舞踏会へ送り届けた後、ひとり、帰路につきました。 ――夢見ていた舞踏会。 ――誰もが憧れる王子様。 やがてガラスの靴に導かれて、ふたりは末永く幸せに暮らすことになるでしょう。 めでたし、めでたし。 ――等と、すんなり終わるはずもなく。 「幻滅、しちゃった」 十二時の鐘が鳴るよりずっと早く、文佳は馬車へと戻ってきてしまった。 御者台で待っていた佳陽は驚きの余り、鞭を落とす。 「どうして? 文佳、あなたには幸せになる資格があるの。私は知っている。文佳がどれだけ苦労してきたかを。貴方はきっと王子様に見初められる。正室にだってなれる。そうすれば、何不自由ない豊かな暮らしが送れるのに」 「……あたしの屋敷は昔、裕福だったの。家族三人、とても幸せだったんだけどね。お金があっても大切な人は帰ってこない。――どれだけ王子様が素敵でもあの人は本気で誰かを愛してはくれない。そういうの、大事でしょ?」 「例え、それでもよ」 御者台を降りて、佳陽は文佳へ詰め寄った。刻一刻、十二時の鐘が迫っている。 「舞踏会に出なさい。文佳、わたしの魔法があなたの明るい未来を示している。この機会を逃せばまたあの暗く惨めな暮らしが続くのよ」 「でも……」 「逃げないで、文佳」 「なん、で」 一滴。 滴り落ちた煌めきに、思わず、佳陽は手を離してしまった。 すると次の瞬間、佳陽の頬に紅葉が刻まれていた。涙目の文佳に引っ叩かれていたのだ。 無我夢中。なぜ叩いたのか、文佳自身、理路整然とは答えられなかった。舞台設定と現実の状況が混濁してしまったのか。――例え演劇の仲だとしても、あんな夢をみた後だからか。自分がいつか佳陽を裏切ってしまうのではないかという不安が膨れ上がっていた。 「逃げてるのはそっちのクセに……!」 それらの情緒が、最愛の人に見捨てられた黒妖石の想念から流れてくるものだとはまだ文佳には知る由もない。――思考の可視情報化。ハイリーディングを有する佳陽の視界には明瞭に、文佳を縛る黒き茨糸が視えていた。 「――もし戦うのならば、ごっこ遊び程度で事足りるつもりでしたけど」 二対の扇を手に、佳陽は疾駆した。 ゆらり。 虚空を刻む、五芒星。文佳の小刀“ほおづき”は瞬時に、絶大な銀光の奔流を解き放つ。 「“いぢめて”あげる、佳陽」 「“いぢめられて”あげます、文佳」 全身全霊を賭け、防戦一方に徹する。黒妖石の黒き想念を、文佳を通して吐き出させてやる。ついでに文佳をスッキリさせて機嫌を直させる。一石二鳥だ。 これでも文佳の欲求不満が解消できねば、あとは夜のお楽しみにとっておく他にないだろう。 そして……。 「ごめんなさい……あたし、佳陽の肌、こんな傷つけちゃって……」 文佳は泣きながら謝り、深く反省した様子だ。傷だらけの佳陽にしおらしく治癒を施すところまでは可愛げがあっていい。目薬の嘘泣きはまだしも、黒い茨糸に影響が解けた後も素知らぬ顔してストレス発散とばかりに乱射してたことがバレていないと信じているところなど、じつに文佳らしい。 九尾鞭を撫でつつ、佳陽はぽそっとつぶやく。 「――ホテル、予約してありますから」 ぶわっ。 月のお狐様の尻尾は大きく膨らんだ。そこに詰まっているのは期待か、不安か。 「さぁ演劇を続けましょうか。例えば、そう、魔法使いとサンドリヨンのキスシーンまで」 ●おまけ 真夜中の上映会。 会議室の闇にまぎれて淑女たちはソレを堪能していた。 題名は『百合(自棄)』。 『にゃあ』 京凪 音穏は羞恥心で死にかけていた。百戦錬磨の雪白 桐でさえ虚ろな目をしている。 そんな両者の肩をポンと叩く、アレイン姉妹。 「せーの! 京凪さん×雪白さんを、れっつ★ぷろでゅーす♪」 京×雪、演ずべし。慈悲はない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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