●if もしもの物語である。 これより語られる物語は可能性として実在しうる、そう遠くない未来のことだ。 神秘の世界――。 フィクサード、あるいは他の脅威となる異世界の因子こそがリベリスタにとっての“敵”である。 しかし、そのリベリスタとて分類上はエリューションに過ぎない。 “人間ではない”と、そう考えることもできる。 もし、人間とエリューションの戦争が起きたとすれば――。 あなたは、いかなる決断を下すのだろうか。 ●天寿法 202X年、北欧のとある小国が消滅した。 203X年、国連は人型エリューション人権条約を制定した。 204X年、欧州連合はバチカン市国へ宣戦布告。神秘社会と人間社会との対立は決定的となる。 205X年、バチカン市国、滅亡。 約40年という歳月によって、科学は神秘を凌駕しうる領域に達しつつあった。 人類は石器を、鉄器を、銃器を発明してきた。それと同じだ。破界器もまた、通常の人間が扱える、神秘とは程遠い凡百の道具へと進歩していた。40年前である1970年に初めて発明された携帯電話らしきものは、201X年の携帯端末へと格段に進歩した。現代における40年の歳月は、それほどに速い。 その進歩を促したのは北欧のとある小国が消滅した大異変である。 詳細は未だ諸説あるが、問題は、その大異変の元凶はバチカン市国であるとされたことだ。 “世界を滅ぼしかねない怪物を倒すために、小国ひとつという最小限の犠牲を払った” 小を捨て大を救う。 リベリスタの行動理念を守り、自らの勢力を激減させ、最大限に世界全体へ寄与したバチカン市国に対して列強各国――表社会の支配者達が抱いたのは恐怖に他ならない。 かねてより、各国は自国のリベリスタ勢力を養い、神秘防衛に務めてきた。裏返せば、遠く古より神秘なくして国家は成り立たず、その盟主たるバチカン市国による間接的な支配下にあった。 バチカンは最小の国家にして最大の権威で在り続ける。いつまでも。 ――そう、神秘に属するものの大半は信じていた。 しかし反旗は翻された。 エリューションにまつわる情報は次々と表社会の白日の下に晒されてゆき、ついに国際法により人型エリューションが定義づけられ、通常の人間と同等の人権を保証することになった。 しかし、全てにおいて人間より秀でた人型エリューションに人間と同等の権利を制定すれば、そこに生じるのは埋めることのできない“格差”だ。なにせ、寿命さえもまるで違うのだ。 だとしても圧倒的に数において勝る人間には、民主主義の名の下に“格差”を埋めることができた。これまで人型エリューションが享受してきた特権を制約する法律が次々と定められていく。 ついには『人型エリューション天寿法』といわれる“限りなく平等な法律”まで登場した。 “我が国は人型エリューションが人間の平均寿命に達した時、その天寿を全うさせねばならない” 人間と等しい人権を得るならば、人間と等しい寿命を以って死なねばならない。 これは即ち、百年余りをすでに生きた人型エリューションへの死刑宣告でもある。厳密には、基本条文に付随して“莫大な納税”ないし“過酷な役務”といった免除の手段はあれど、それらは勝手に与えた人権を根こそぎ奪い返すものにほかならない。 この法律が悪法か、否か。 それはより後世の判断に委ねられるとして、この天寿法は人型エリューションの勢力を二分した。 『俗人派』 『超人派』 俗人派は天寿法を受け入れ、人間社会に埋没しつつも日々平穏を謳歌したいと願った。 超人派は天寿法を受け入れず、神秘社会に隠れてあるがままの自分を謳歌したいと願った。 205X年、超人派の総本山となるバチカン市国はついに滅亡した。 これから語られる物語は、そんな世界での、小さな事件である。 ●犬 『告死局』第二作戦会議室。 ここは天寿法の名の下に、天寿の強制執行を行っている行政機関の一室である。 あなたは『告死局』に属する執行官だ。制服規定はないものの、職業柄、黒いスーツ等を選ぶものが多いのか、同席する仲間や職員の服装も黒を基調としている。 会議室の内装は、さりとてそう大仰でもない。どこの企業にもありそうな、観葉植物が枯れない程度に日差しの届く一室だ。不審な点は、部屋の片隅にケース入りのカプメンが2箱、40食も常備されている点くらいだろう。 「お集まりですね。今回の執行対象について、これより執行官の皆さんにご説明いたします」 黒田しのぶ監察官。 市松人形と影に日向にいわれる切り揃えた黒髪を除けば、取り立てて特徴のないフォーマルな女だ。 いや、黒田しのぶには最大の特徴がある。 それは“特別ではない”ことだ。せいぜい、育ちの良さとキャリア組らしいソツのない仕事ぶり、二十七歳と若くして管理職の地位にあるという程度のことだ。 黒田しのぶは異能を持たない。 百年そこら生きることも危うく、些細な骨折ひとつ治るまでに一月もかかる、それでいて未来を予見するといった長所すらない“ただの人間”だ。もっとも、現在においては“正規化破界器《ノーマライズ・アーティファクト》”によって革醒者の圧倒的優位は失われて久しいが――。 そうした通常人は常に、執行官の上に立って指揮する監察官として配置される。 建前はさておき、危険分子である革醒者にその革醒者を取り締まる組織の主導権を握らせることはできないわけだ。 毒を以って毒を制す。 ――劇毒扱いされてなお、告死機関に執行官として所属せねばならない理由があなたにはある。 その真の理由を知るのは当人のみとして、多くは“天寿法の免除”というエサの為だ。 莫大な納税か、過酷な役務か。 “常人を超越した能力を有する権利の代償に、多大な義務を負うこと” 高所得者は累進課税によってより多く税を支払うように、革醒者もまたより多くの義務を求められる。つまりは執行官という役職こそ“過酷な役務”の一例、というわけだ。 天寿法の適応は、満25歳より。免除を得る場合、告死局の管理登録を受けることと天寿の設定年齢に達するより先に納税か役務をこなしていく必要がある。 ――これらの現状に不平不満を抱く革醒者は少なくはなかった。 「今回の執行対象は旧アーク所属の革醒者、名は――」 ●狼 雑踏を、人の海が慌ただしく波打っている。 幻視を纏わず、学友と駄弁りながら歩くフェリエの混血の女学生とすれ違った。一瞬、こちらを奇異の目で見つめ返していたものの、すぐに自らの身を置くごく当たり前の日常へと戻っていった。 “あなた”は考える。 世界を救った英雄のひとりが今、救った世界に置き去りにされつつあるという現実について。 現在の崩界レベルは5%前後。極めて安定したボトム・チャネルにおいて、かつてほどに深刻なエリューション事件は少ない。こと、自然発生する怪物たちは激減した。 崩界した世界は旧来の住民を拒否するならば、崩界なき世界は新たな住民を拒否するのだろうか。 地下鉄に乗る。 あれから何十年と経って、人口減によって電車の混雑はマシになったかと思えば、採算性のために路線の運行本数を調整しているので常に快適とは言いがたい。 電子書籍より未だに紙の本が愛読されていることは車内をちらりと見渡せばわかる。 ふと広告を見やれば、どこかで観た顔が映っていた。 革醒者であることをいち早くカミングアウトしたことで話題になったアイドル(※性別は想像に任せる)で、老いることのない永遠の美貌によってブレイクから長い年月を経ても未だに表舞台で晴れやかに活躍している。 広告は、新型の“リミッター”についてだ。 各能力を常人と同等程度に抑制するリミッターは、革醒者の“自主規制”の極地というべき産物だ。日常生活において、自由に解除できないリミッターを装着していれば、革醒者は“不要な可能性”を排除できる。 透視、洗脳、幻惑――。 能力の悪用は容易い。しかし、能力を悪用していないことを証明するのは困難だ。李下に冠を正さず。国立学校は例外なくリミッター装着なしに学生は受験できない。先ほどすれ違ったフェリエ二世の女子学生はことさら抵抗感もなく、オシャレの一部として腕輪型のリミッターを着けていた。新世代の革醒者にとってはすでに日常の一部だ。 新聞の一面記事に躍る活字は『リベリスタ、飛行機墜落阻止! 乗客二百五十七名を救う』だ。 喜ぶのは早い。華やかな英雄は一握り。世に起きる大きな飛行機事故の数など、年間二桁も無い。日本国内の死亡事故に限っていえば、何十年間と起きていないのだ。事故は未然に防ぐものだ。誰もがそうは輝けない。 バチカン市国での決戦にて、革醒者の自由と権利を謳って戦った者達の多くは死した。よくて国際手配の犯罪者、かつてのフィクサードと等しい存在に身を落とした。 神秘の世界では今や、フィクサードとリベリスタの垣根はより曖昧となりつつある。 凡人の世界に尽くすか埋もれることによってのみ存在を許される屈辱に、より高次の存在であると己を位置づける実力者たちは耐えかねたのだ。 あなたは電車を降りる。 一斉に動く人の潮流に埋没しながら。 真夜中の神社、その境内にて。 術式はとうに完成していた。今時期に輝く五芒星――。儀式を行えば、異界への門は開く。 地脈、月日の計算は完全だ。 月を見やれば、数十年前と何一つ変わることなく神秘に満ちた蒼白い光で輝いてくれていた。 「行こう、時間だよ」 あなた達はこの世界を去ることにした。 その理由は、各人それぞれに異なるやもしれない。 絶望を抱いて去る世捨て人か、あるいは新天地へと旅立つ冒険家か。 いずれにせよ、この世界に帰ってこれる手段も心算もない。ただ、静かに去るのみだ。 蒼月よ、誘ってくれ。 我らを拒む、この世界の外へ。 ●犬狼相対す 神社の境内の中心にて、異界門たる五芒星の魔法陣は今まさに開かれようとしていた。その時だ。 「告死局です! ただちに儀式を中止してくださいっ!」 黒服の女――黒田しのぶは拳銃型正規化破界器を構えて、警察手帳と逮捕令状を突きつけていた。 最奥に陣取る彼女が狩人ならば、獲物を四方より囲んでいるのはさしずめ猟犬だろう。 猟犬たる執行官は皆、訳あってこの現状に甘んじているものの牙たる得物は錆びれてはいない。 然るに、その標的たる革醒者たちは野犬――いや、狼というべきか。 「Dホールの不正規の出現は重罪です! 並びに、度重なる告死局の通牒に応じず出頭拒否を行ってきた件についても令状が出ています! 武装を解き、ただちに投降なさい!」 黒田の銃口は震えていた。 正規化破界器の装備があったとて、彼女の想定する敵戦力にはまるで刃が立たない代物だ。ましてや、まだ若い彼女は場数を踏んでいるわけでもない。 前任者の死亡後、転属されてきて半年、出動は十回をとうに越えているが一度は命に別状がないとはいえ病院送りにされている。 それでも怖気づかず、ハッキリと罪状を告げられたのは執行官への信頼に拠るものだろうか。 しかし、当の執行官たちにも標的たる革醒者たちにも“ゆらぎ”は生じていた。 「お前は……!」 誰ともなく零す。 旧アークに属していたリベリスタ同士の、シニカルな再会がついに果たされた。 たとえ頭でわかっていたとしても、その、当時と変化のない――あるいは面影を残した懐かしい顔ぶれに一人ひとりその胸に湧く感情もあったであろう。 状況は緊迫していた。 ひとつ言葉を間違えれば、即刻、血で血を洗う戦いのはじまりとなる。 もっとも、包囲陣形を敷いている告死局側は当然ながら必勝の構えで望んでいる訳だが――。 『誰ぞ、門ヲ開くのハ』 一変する状況。 突如、異界の門を食い破って“何か”が来襲したのだ。 『誰ゾ、門ヲ開イたのハ』 “何か”が言葉していた。 一瞬にして黒田しのぶ監察官の肉体を奪い、己が人形として。 『我ハ“シラユキツネ”ナリ。幾星霜の時ヲ経て、今まタ返リ咲かン』 操り妖狐は月夜に啼く。 人の喉を通して出るとは思えぬ甲高い咆哮と共に、妖狐は黒服の至るところより純白の耳や尾、手脚を垣間みせ、禍々しくも美しき神秘で人形を彩ってゆく。 『コの感謝、どう表シて見セようぞ』 白狐のお面がカラカラと鳴る。 混沌とした状況下、誰かの与える“正しさ”などない。 狐と。 犬と。 狼と。 三つ巴の戦いを見守り照らすのはただひとつ、月影のみ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年06月08日(月)22:46 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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