●リゼーグ238c。船内にて 「あ~、俺、家族旅行でこんな場所に行ったことあるわ。ウンコだったっけ?」 それを言うならウニ湖だ。 長旅を終えたばかりで疲れているのか、誰も突っ込まない。かくいうオレ、佐田 健一(nBNE000270)も、実際に突っ込みを入れる気力は残っていなかった。ため息をつくことさえ億劫で、脇にヘルメットを抱え持ったまま、巨大なモニターに映し出される風景を注視し続ける。 夜が明けたのは3分前のこと。早くも太陽に似た恒星の光が地表を覆う分厚い氷を炙って溶かし、薄い水の幕を作りだしていた。いまはまだ四角い影にしか見えないコンクリートむき出しの終生刑務所だけが、唯一、だだっ広い氷原湖のアクセントだ。 「マジでクソみてぇな場所だな」 その通り。オレを含む伝説のジジババ7名と、ケツに殻をつけたままのヒヨコども50名で早急に穴を閉じないと、マジでクソみたいな場所になる。クソはたちどころにこの不毛の惑星から溢れ出して、45.7光年も離れた地球へ流れ着き、地獄に変えてしまうだろう。 いや、地獄程度ならまだマシか。 あれから千年が過ぎたが、ラトニャ・ル・テップとその眷属たちはアークのリベリスタたちから受けた屈辱を忘れてはいまい。 「しっかし、いい迷惑だぜ。俺たちの故郷は関係ねぇ話なのに」 関係ないと言い切ってしまうあたり、生まれつきおつむが弱いとしか思えない。ここから地球への最短航路上に火星ステーションがあることをコロッと忘れているようだ。これだから火星生まれの“ゆとり”世代は……。 オレは外気温がマイナス50度から25度へ上がったことを確認し、ゆっくりと振り返った。リゼーグ238c、本日の予想最高気温は48度。クソ熱くなりそうだ。 「これよりブリーフィングを始める。以後、私語は慎んでもらおう」 ●出撃 ずらりと並んだ鈍色の重戦闘服たちを前にして、一瞬、言葉を失う。 オレの見た目は働き盛りの青年時代そのままだが、中身は千と30を超えている。時々、記憶が飛ぶというか、自分を失って呆然としてしまうのは、爺としてごく自然なことだろう。 この時は幸いにも、たった10秒で自分を取り戻せた。 出し抜けに強く手を叩いて、火星生まれの兵士たちの前にパイプ椅子を並べて座るジジババたちを起こす。ふぇ、とか、ほええ、とか、間の抜けた声がいくつか上がった。 「ここから1キロ先にある、あの終生刑務所の地下5階にD・ホールが開いたのは我々がここに来る2時間前のことだ。穴からアザーバイドたちが這い出たのが約1時間前。恐らく、一部の凶悪なフィクサードを除き、駐屯兵らは全滅しているはずだ」 この星から一番近いとこにあるリゼーグ軍事ステーションが、30分前に発信された刑務所からの緊急事態をキャッチするのは今から5分後になる。支援のため、ステーションから海兵隊がやって来るのは更にその1時間後。オレたちが海兵隊よりも早くこの星にいるのは、地球にあるスーパー・カレイドシステムの未来予知のおかげだった。 オレはモニターに刑務所内部の見取り図を表示した。 ・地上1階~2階は管理事務施設。 ・地下1階にシャトル格納庫と武器庫。職員並びに兵士宿舎。食料 ※格納庫には緊急避難船と囚人護送用のシャトルが2機。 ・地下2階から5階までが受刑者の檻(冷凍カプセル)。 ※地下3階でフィクサード1名と雑魚B2・C3(計5)体が交戦中。 ※地下4階でフィクサード2名と、雑魚A10・B8・C2(計20)体が交戦中。 ※地下5階にD・ホール。雑魚C5体が穴の周辺でウロウロしています。 ・地下6階は半分が発電所、残り半分が生活用の貯水池になっています。 ※ボス格アザーバイドの位置は不明です。 ※各階を結ぶエレベーターは稼働していません。 各階への移動は非常階段を使います。上あるいは下への移動に1分かかります。 「我々の任務は3つ。 1つ、急速に知恵をつけるアザーバイドたちが自己転送装置のついたシャトルを奪って地球へ向かう前にそれを破壊すること。 2つ、邪神ラトニャ・ル・テップが出てくる前に穴を塞ぐこと。 3つ、這い出て来た化け物たちすべて倒すこと」 スーパー・カレイドシステムが予測したアザーバイド数は31体。ほとんどが火星のヒヨコたちでも始末できる雑魚だが、中に1体だけ、とんでもなく強いアザーバイドが混じっている。それに、味方になるかどうか分からない凶悪なフィクサードたちが3人。いずれもまだ革醒者がそれなりにいた頃に暴れまわっていた連中だ。つまり、実戦経験豊富で強いということ。一般兵士より少しはマシという程度のヒヨコたちには荷が重い。 ゆえに…… 我々、伝説のリベリスタたちが呼び集められたというわけだ。 「残念ながらステーションからの援軍は間に合わない。スーパー・カレイドシステムが導き出したラトニャ・ル・テップ出現までの予想時間は40分後だ。30分ですべて終わらせくれ。でないと帰る船を失うことになるぞ」 万が一の時には、船に残ったオレが自爆スイッチを押すことになっている。乗っ取り防止のためだ。自殺なんて御免こうむりたいが、しかたがない。 「では、武運を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年06月05日(金)22:19 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● ホバークラフト型揚陸舟艇がリゼーグ238cの鏡のような水表面を、この星唯一の建物である終生刑務所に向かって滑走する。 「まだあったんだね。しかも現役。おじさん、びっくりだよ」 緒形 腥(BNE004852)がしゃべるたび、ヘルメットのシールドがまるで口のように動いて太陽光を反射し、車両甲板に整然と並ぶ火星生まれのリベリスタたちの目を射す。ボコボコに腫れた顔を一瞬しかめるが、誰も文句は言わない。 「コレもおじさんたちと同じぐらい“年寄り”だけど、仕掛けはすごいんだろうね」 風にはためく黒ネクタイを手で抑えながら、嫌みをたっぷりの声で、“ゆとり”と命名した火星生まれの若者たちに話しかける。 斜め下から返事があった。 ≪普通の揚陸舟艇ですよ。フライング・カーみたいに反重力で浮かんでいません≫ パイプ椅子に腰掛けた白頭の好々爺、奥州 倫護(BNE005117)が膝の上で手にもつ白い骨ツボ、いや、ポッドの少し上に『ゲーマー』ソニア・ライルズ(BNE005079)の立体ホログラムが浮かんでいた。 鉄黒の服を着た腥、椅子に座って俯く老人の倫護。その膝の上に白いポッドのソニア。 三人の絵図らがやばい。戦う前から終わった感が半端ないが、それがまったく当たっていないのは、誰よりも“ゆとり”たちが身をもって知っていた。 実は、ゆとりたち。出撃前に伝説の六名たちと作戦指揮権をめぐってもめ、たったの五秒で完敗していたのだ。 空を流れるはぐれ雲を見送って、腥はゆっくりと首を下へ傾けた。 「ライルズちゃん、それ、どこ情報?」 ソニアは、乗ってきたシャトルのデータからと答えた。 倫護の右隣で長く髪を伸ばした雪白 桐(BNE000185)が体を折り、ソニアと目の高さを合わせた。 「それにしても、どうしてそんな姿に?」 両膝の上でミニスカートの裾を押さえながら、指で髪を耳にかけあげるしぐさが妙に乙女チックだ。とても千年越えのじいさんには見えない。 ≪広域宇宙ネットワークとリンクしたメタルフレームの実験で。実験中にウイルスエラーが発生してこうなりました≫ 「……フュリエですよね?」 ≪はい!≫ 意味が分からない。フュリエがなぜメタルフレームの実験に? 突然、倫護が大声を上げた。 「メタルフレームをアバターにして遠隔操作するアレか! しし座星系独立戦争に投入予定だったけど、人権問題がクリアできなくてお蔵入りしたって話だったけ?」 ≪よくご存じで≫ ニュースで見たよ。はしゃぐ倫護を遠くから強い咳払いの音がたしなめた。 「プロトタイプは投入されておった。余が全部倒したがな」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)だ。ゆとりたちの前で腕を後ろに回して立ち、白い眉の下からとがった目だけを倫護たちへ向けている。 見た目は倫護と同じく皺くちゃだが、特殊メイクで老人に化けているだけで、実体は千年前と変わらぬ若さを保っているらしい。 「帝国のシャドー皇帝。やはり貴方だったのですね」、と桐。 影継はフン、と鼻を鳴らすと、視線をゆとりたちに戻した。戦場ではいかにふるまうべきか、細かく行動指示を与えていく。 桐にはその姿が、古い映画に登場する悪の帝国の指導者とかぶって見えた。いまにも光線剣を振り回しそうだ。 「ずいぶん変わったね、斜堂ちゃん」 ≪ぶっちゃけると、あたしがこうなったのは影継さんが作ったウイルスが原因です。まあ、恨んでいませんけど。こうなってからいろいろ面白いし、楽しいし≫ ポジティブだね、と倫護はソニアに笑いかけた。それから顔を横へ向け、影継の経歴をざっくり腥に説明する。 「リベリスタとして長年活躍した後、宇宙開発の技術者に転身。しし座星系の開拓事業に従事していましたが……」 「なんだっていいさね。過去は過去。仕事してくれれば、おじさん、別に斜堂ちゃんが悪の科学者でも、帝国の皇帝でもかまわないよ」 腥はもはや凶器の左手をひらひらと振った。敵意を向けてきたなら屠るまでのこと、とさらりと言い放つ。 「変わらないのはナイトオブライエンちゃんだけかな」 桐は頭をあげた。揚陸舟艇の左側前部、見張所の硝子越しに千年前と変わらぬ『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の姿が見える。 「おじさんと一緒で長く異世界をさまよっていたそうだけど、びっくりするぐらい変わってないねえ」 そうかしら、と首をかしげた。自分にしてもただ髪が伸びて女っぽさに磨きがかかっただけではない。みんなと違って特にこれと言った大きな出来事はなかったが、戦いを重ねるうちに自分だけの必殺技を持つに至った。きっと彼女も―― 大型推進プロペラが止まり、風が止んだ。艇前方の傾斜路がゆっくりと倒れていく。 影継が上陸を命じると、ゆとりたちが動き出した。最後尾のアークリベリオンたち十名を残して、外部点検及び補修のための非常口から刑務所内へ粛々と入っていく。 ソニアを手にした倫護が腰を上げた。 「ボクたちも行きましょう」 ● 「そこへ」 地上二階。暗い管理指令室の中で、桐はなるべく血で汚れていないところを探し、倫護にソニアの精神を内蔵する白いポッドを降ろさせた。 強化セラミック製のポッド側面が薄く開き、内部から青い光が漏れ出る。 目に見えぬ波が体に障りでもしたか、傍にいた腥が微かに身じろいだ。 空調の止まった所内は耐え難いほど蒸し暑く、殺された職員たちの死体が腐臭を放っていた。暑い、暑いと零しながら、倫護がハンカチで首筋を流れる汗をぬぐう。 「ボス格が来たことは間違いないようですね。しかし、いまどこに?」 「斜堂さんが見つけ次第、連絡をくれます。ですが、こうも暗いと。ライルズさん、この暑さと明かりはなんとかなりそう?」 暗視能力があるは桐だけだ。窓がある地上階ですらこのありさまなのだから、地下はほぼ真っ暗に違いない。照明がつかなければ、ほかの者は動きに制限がかかる。影継にしても千里眼を生かしきれていないはずだ。 ≪施設全体を意のままに動かすには電力が足りません。壊されている所も多いし。非常灯ならなんとか。空調の再稼働は……まあ、できる限りやってみます≫ 「ソニア殿の電力は持つのですか?」 桐はアラストールの声に驚き、暑さ対策で持参していたペットボトルから水をこぼした。驚いたのは倫護も同じだったらしく、汗をふく手を止めて首を回す。 「戻ってから……ずっと気分がすぐれなくて」 「分かる。おっさんもあっちじゃとばっちり続きだったから。少し休憩させて?」 いうやいなや、腥はデスクの端を掴んでしゃがみ込もうとした。とたん、金属の潰れる音が暗い室内に響く。 「あらま」 ≪……あたしのことはご心配なく。それよりも時間がありませんよ≫ 「地下三階へ。急ぎましょう」 桐にせかされて、リベリスタたちは管理指令室を出ていった。 一人になると、ソニアは周りに次々とウィンドウを開いた。ざっと内容に目を通してから、赤、黄、青と、色で優先度をつけていく。 ≪まずはこれ≫ 花びらの舞う袖を揺らし、背伸びして右上の赤いウィンドウに触れる。ウィンドウが腹の高さまで落ちてきて水平に広がり、刑務所内の全配電線を立体化した。電気が通っているところは明るい白。断線しているところは暗い灰色。全体的に灰色っぽい。発電機が壊れているためだ。 ソニアは手を軽く振って緊張をほぐすと、光る指で断線部分に触れ、そこから新しく迂回路を作って予備電源とつなぎ始めた。 一分後、所内の非常灯がついた。 ● 「我が瞳は全てを見通す魔眼なるぞ!」 ゆとり四十名を従えた影継は、高笑いを金属製の巨大な扉に響かせた。厚みが五メートルもある耐熱、耐衝撃の、放射能をも遮断する扉だが―― 「我が視線を遮ることはできん!」 芝居めいたしぐさでAFの全通信ボタンを押す。 「ボス格を発見した。彼奴はシャトル格納庫の前通路……応援? いらぬ。余を誰だと思っておる!」 一方的に通信を切り、今度はソニアにだけ通信を開く。 「いますぐこの扉を開けよ。余はいま――」 ≪把握しています。しばしお待ちを。ですが、手動で開けられますよ?≫ 急げ、と言って通信を切った。人力なんて恰好が悪い。却下だ。 ゆとりたちと向き合うと、二班に分かれて連絡路の左右で待機、と命じた。 「一気に格納庫まで走り抜けよ。彼奴の背後をとったら直ちに反転、フォーメーションBだ。よいな?」 扉の横の警光灯が回りだした。黄色い光が壁に反射して流動的な光の帯となり、未熟なゆとりたちに危険な雰囲気を与える。 「少しはマシに見えるではないか。では余も。銀河を統べる暗黒皇帝の真の力、魅せてくれよう。真シャドウブレイダー、ダークロードフォームッ!」 神秘の光が老人の仮装を掻き消す。扉を振り返った時には若々しい肉体に漆黒のメタルスーツを纏っていた。 扉が開く。 「異世界の虫ケラが。余の手にかかることを光栄に思うのだな!」 120%ならぬ240%の肉体からほとばしるエネルギーが、水蒸気を伴ってアザーバイドに襲い掛かる。 もう一発。合計480%の破壊力は火山のマグマ爆発に匹敵し、厚いコンクリートの壁に深い亀裂を入れた。 破片が雨のように落ちる中、もうもうと湯気たつ通路の両端をゆとりたちが駆けていく。 白煙のベールにゆらり、立ち上がる異形の影―― 「そうでなくては。せいぜい余を楽しませよ」 ● 影継からの通信が切れたとたん、下で「ドーン!」と巨大な音が鳴り、階段室全体を揺るがした。 握りつぶした手すりから頭をつきだし、下をのぞく腥のヘルメットが黄色に強く輝く。 「あの、作戦は?」と上の段からゆとり。 「死にたく無いならおじさんたちの後ろで大人しくしておいで」 体を戻し、倫護と並んで階段を降りていく。 「ボクがあの子たちのお守をしています。回復は任せてください」 「それじゃあ、おじさんが絡新婦に殴りかかるよ。雪白ちゃんたちでまだ生きている雑魚を片付けてくれる?」 「一人で大丈夫ですか」 相手は『逸脱者』だ。千年前にE・ビーストと融合した人食いの女。目覚めたばかりで能力の一部が使えないらしいが…… 地下三階フロアに出た。空調は止まったままなのに、なんとなくひんやりする。見ればフィクサードを閉じ込めていた冷凍シリンダーの大部分が割れており、中の液体窒素が気体になって、床に白く冷たい煙を広げていた。 ほの暗い闇の中で、赤い目が熾火のように光る。 「――なに、コイツは深淵を覗くまでも無い。ただの女さね」 「ただの女? いってくれたわね。後始末に来た役人風情が!」 “絡新婦”真雪が腕を横に払った。 渦まく闇がリベリスタたちに襲いかかる。 桐とアラストールがゆとりたちの前に壁を作り、倫護がバイタルウェイブでダメージを癒す。 腥は混乱して殴りかかってきたゆとりの胸を肘でついて押し倒すと、床を蹴って跳躍した。 タコのようなアザーバイドの足を越えて真雪に肉薄する。 「アークのリベリスタだよ」 真雪の腹に手刀を深々とつき入れた後ろで、桐のまんぼうを彷彿とさせる幅広の得物が烈風を巻き起こし、足元の冷たいガスを吹き飛ばした。細切れになったタコの足が、ヘルメットの横を掠めてフロアの奥へ飛んで行った。 ガーゴイル似のアザーバイドが急降下して来たので飛び別れる。 腥は着地と同時にB-SRRを放った。 ガーゴイルは消滅した。 「アーク。あのグズ組織、まだあったの。ところで、いま何年?」 「さあ。おじさんも穴の向こうから舞い戻ってきたばかりでねえ」 世間話をしながら互いに技を放つ。 腥はすばやく真雪の後ろに回りこむと、長い黒髪で隠された首を刈りにかかった。 が、屈んでかわされた。 互いに距離をとって再び向きあう。 真雪の腹の傷がきれいに消えていた。 「超回復か。厄介だねえ」 まだ地下四階と五階に敵がいる。戦いを長引かせるわけにはいかない。それに、とっておきを使うはずだった相手は影継たちが仕留めているだろう。 使うとするか。 腥は軽く腰を落とすと、深く吸った息を吐きだしながら臍に意識を集中させた。気が満ちるのを待つ。 「なにをやろうとしているのか知らないけど隙だらけ!」 真雪の蹴りがヘルメット側面をもろに捕え、シールドがひび割れた。 発動まであと少し。 「おじさんからのプレゼントだよ」 腥の体がぶれて増えた。 [出血][流血][失血][圧倒][混乱][呪い] 自ら傷つきながら少しずつ異なる動きのセルを作りだしては重ねていく。圧縮された濃密な時間の中で、複数の腥が真雪を取り囲んだ。 死の恐怖に直面して、真雪は目を大きく見開いた。回復が追いつかない。体からとめどなく血が噴きだす。肉が飛び散り、骨が砕ける。 「マインドスプラッター。食った男たちへのみやげ話にどうぞ」 腥が背を向ける。 “絡新婦”は地獄に落ちた。 ● 「雑魚はボクたちに任せて」 ゆとりたちにも少しは経験を積ませてやらないと、と倫護は笑いながら桐たちを送りだした。 地下四階フロアは静まり返っていた。 上の階の戦闘音で第三の勢力が現れたことに気づいたのだろう。フィクサードもアザーバイドも、物陰で気配を殺している。 冷凍シリンダーの柱の間を進み、フロアの真ん中で立ち止まった。 「ラトニャ・ル・テップがここに復活しようとしています」 静寂を破って声を上げたのは桐だ。 「私達に協力し、速やかに対処できれば恩赦が与えられる可能性もあります。約束はできませんけどね。でも協力してくれた旨はちゃんと伝えます」 返事がない。 桐がため息を堪えて一歩踏み出したその時、暗がりで小さく声がした。 ――糞ババア 「はあ?」 いきなり銃撃が始まった。 倫護たちもタコ型アザーバイド相手の戦闘に入ったようだ。 「女は十才過ぎたらババア! 死ねよ! 嘘つき糞ババア! 殺される前に殺してやる!」 フィクサード、田中太郎だ。どうやらただのリア充憎しではなく、病的なロリコンでもあるらしい。 桐は片頬をひきつらせた。 「桐殿、落ち着いて」 アラストールは祈りの剣を抜いた。 斜め後方からの風を感じて振り返る。 降ろされた長い金属片を剣の背で受け止めた。 「お前の相手はこの俺だ。男同士仲良くやろうぜ」 「私は女だ!」 剣を下げて金属片を流し、手首を返して振り上げる。大振りの攻撃はフロイド・ブライトマンに当たらず、逆に隙を作る結果となった。 腹にまともに食い込んだ金属片がフロイドの暗黒闘気に応じて爆発した。桐を巻き込んで壁まで吹き飛ばされる。 重なり倒れたふたりに太郎が魔光弾の雨を浴びせ、フロイドが金属片を振るう。息のあったコンビネーションはとても急ごしらえのものとは思えない。 「お前らとは経験値が違うんだよ!」 太郎が吼え、フロイドが突進してくる。 ≪やらせません!≫ ソニアの声が響き、冷凍シリンダーを運搬するクレーンが稼働してフロイドをぶっとばした。 桐は立ち上がると、傷を癒そうとする倫護を止めた。 「メメントモリ!」 血が白い腕を伝って剣に流れ落ち、幅広の刃で禍々しい紋を描く。死すべき定めの者を捕えた桐の赤い瞳が熱をはらんで燃え上がる。 それはあっという間の出来事だった。 太郎が体の中から切り裂かれていく。闇の中に咲く一輪の花――。 「私たちのほうが経験も年も勝っています」 桐が通り過ぎた後には血の海が広がっていた。 戦闘不能からの再起動。潜在能力を限界値まで引きだして振るったアラストールの最後の一撃が、フロイドが隠れた冷凍シリンダーの柱を粉々に打ち砕いた。 血まみれのフロイドが残骸の後ろから姿を現し、力尽きて膝をつくアラストールの前に立つ。 間一髪、駆けつけた影継がフロイドの首を刎ね飛ばした。 「斜堂ちゃん、お疲れ。シャトルは爆破した?」 「無論だ。それよりも奥州はどこだ」 ● 太陽が爆発した。 凄まじい破壊力に飛んでいたガーゴイルたちはもちろん、穴からはみ出た邪神の肉の一部が焼け、本体そのものが奥へ後退を余儀なくされる。 輝きを弱めていく太陽の中心に、老人の姿が浮かび上がった。 ギガフレアを放った奥州倫護だ。 倫護はひとりで地下五階に降りてきていた。D・ホール・ハンターの第一人者としてというよりも、もしかしたら穴が兄の落ちた異界に繋がっているかもしれないと思ったからだ。誰かに穴を壊される前に飛び込むつもりだった。 穴の向こうで少女に化身した邪悪が細く笑む。 「いや、まだまだ。とても本気になった貴女の相手は務まらない。ここに来た六人が束になってかかってもね。だからもうしばらく時間をください」 「抜け駆けとは感心せんな、奥州」 影継、その肩の上にホログラムのソニア、腥、桐、アラストールが立っていた。人相の悪い男たちが影継の後ろに控えているが―― 「あ、後ろは蘇生した囚人。ゆとりたちはラトニャちゃんの気配に震えあがって、階段の途中でうずくまっているよ」 駄目だね、ありゃ。再教育しなきゃ、と腥は笑った。 「久しいな、ラトニャ。ゆっくり話をしたいところだが生憎、時間が押している」 ≪佐田さんが自爆スイッチを押す前に戻らないと≫ 少女は関心を失ったらしく、ふいっとこちらに背を向けた。 「また、とはいいません。できればこれっきりにしたいですね」と桐。 「さようなら、ラトニャ」 倫護はホールを破壊した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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