●Important things are invisible. (魚の目に水見えず、人の目に風見えず) ――世界各地に伝わることわざ ●エンヴォイ・フロム・『ギルド』 2015年 4月某日 某所 神秘の世界にまつわる珍品を収集するフィクサード組織――『キュレーターズ・ギルド』。 その一員である三鷹来人は、ある相手との待ち合わせ場所を訪れていた。 「可愛い子がこんな所に一人で突っ立ってるなんざ、襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ?」 丁度待ち合わせの時間になると同時、来人に声がかかる。 声の主は、ごく普通に見える青年だ。 「もしかしてツッコミ待ちかい?」 対する来人は口元に小さな笑みを浮かべて言い返す。 青年が言ったことは間違っていない。 整った顔立ちは中性的で、肩まである髪は癖がない一方で艶のある綺麗なものだ。 全体的に線の細いシルエットに、それを象徴するように小作りな肩。 そして、それが強調される、肩まで露出した上衣。 確かに、来人の見た目が『可愛い子』であることには違いはない。 実際、変な気を起して襲ってくる輩がいても不思議ではない。 ただし、襲った方がただでは済まないだろうが。 フィクサード組織の一員である以上、彼もまた異能者だ。 重力を操る能力者である彼は、時に敵として時に味方としてアークのリベリスタ達の前で大立ち回りを演じてきた。 青年により先程のジョークはそれを知っての上だ。 なぜなら彼はアーク諜報部の一員なのだから。 「で、また内部告発でもしにきたのか?」 相対しているのがフィクサードとは思えないような気さくさで青年は問いかける。 すると来人はスキニージーンズのヒップポケットに手をもっていく。 「今日は『キュレーター』直々の命令で、伝言の為に来た」 上衣の裾をまくりあげ、ポケットから僅かに突出した『中身』に手をかけ、慎重な手つきでそれを取り出す来人。 そして来人は一通の封筒を取り出す。 封筒は古風にも蝋で封がされており、またこれも古風なことに蝋には紋章が捺されて割印としてある。 それを相手が受け取るのを待って、来人は告げた。 「――僕達『ギルド』はアークと休戦協定を結ぶ」 ●アークズアンサー・イズ―― 同日 アーク・ブリーフィングルーム 「みんな、集まってくれてありがとう」 集めたリベリスタを出迎えたイヴは、早速切り出した。 イヴの横には同じくリベリスタの三宅令児・静兄妹が立っている。 彼等が予め呼び出されているのを見て、リベリスタ達はおおよその事情を察した。 きっと今回は、かつて兄妹が関わっていた『キュレーターズ・ギルド』関連の事案だろう。 「ついさっき、『キュレーターズ。ギルド』から休戦協定の申し出が届いたの。組織のトップからの正式なもので、アークとしても無視はできない。彼にも聞いてみたけど、本気の可能性が高いらしいの」 イヴが言うと、後を引き継ぐように令児が口を開く。 「『キュレーター』のヤツは時々何を考えてるかわからねェ奴だが……無暗に争いたがるタマじゃねェのは確かだしな」 令児の言葉がリベリスタ達に染み渡るのを待ち、イヴは二の句を継ぐ。 「手紙に理由が書かれてたけど、それもあながち嘘じゃないみたい」 前置きすると、イヴはその『理由』とやらを列挙していく。 ――令児や来人がかつて幾度かアークと共闘を果たしたという事実。 ――令児の投降とそれに伴う静救出作戦で、双子のフィクサード――メイフォン・メイレイ姉妹が倒されたこと。 ――結果的に、姉妹を武力として使っていた上層部の過激派が戦力を削がれることになり、影響力も低下したこと。 ――加えて彼等が独断専行を封じられ、穏健派が台頭したこと。 ――そして、アークが先の一大決戦に勝利したこと。 彼等の内部事情もそうだが、大きかったのはアークが大きな戦果を挙げたことだった。 先の勝利をもって、ギルドはアークに対する認識を『争わずに済むならそれに越したことはない相手』に改めたのだ。 「『ギルド』の出した条件は、表の社会や一般人に影響や危険が及ぶようなやり方でアーティファクトを狙うようなことはしない。その上、もしもの時は戦力を貸してくれるって。もちろん、アーティファクト絡み以外でもアークに敵対する行為はしない」 それを聞き、リベリスタ達は三者三様に驚きをあらわにする。 彼等がまさかそんな条件を受け入れるとは意外だ。 「その代わり、条件の範囲内でアーティファクトの収集や研究を認めることと、条件を守っている限り不当な攻撃や妨害はしないとアークが約束すること、そして、今までアークに身柄を拘束された『ギルド』のメンバーの解放と、その人達のアーティファクトの返還を求めてきてる」 今度は頷くリベリスタ達。 確かにこれは妥当な条件だろう。 「そしてもう一つ――」 言いながらイヴはコンソールを操作する。 すると、ブリーフィングルームの大モニターに映像が表示される。 映し出されたのは一枚の絵画だ。 青々とした空と草原の中に、落ち着いた印象の家が建つ景色を描いた風景画だ。 「昔、リベリスタでもあった芸術家――リオンドールが描いた絵……その最後の一枚。名前は『やがて帰る場所』。これを最後にリオンドールの足取りはわからなくなったの」 イヴの操作で画面がズーミングする。 「絵具のアーティファクトで描かれた彼の絵は他にも確認されてるけど、アークが別件で確保したこの絵はちょっと違うの。普段は人の心にささやかに影響を与えるだけのほぼ無害なアーティファクトだけど、波長が合った人がこれに触れると、その人を絵の中の世界に取り込む――」 言いながらイヴはコンソールを操作し、過去にこのシリーズの絵画が関わった事件のデータを見せていく。 「けど、この絵はまだ『波長の合う人』が発見されていないの。だから、絵の中の世界がどうなっているかはわからない」 リベリスタに向き直るイヴ。 「『ギルド』はこの絵を持ってくること、そして会談場所をこの絵の中にすることも条件にしてる。一般人ならともかくフィクサードが触っても危険なものじゃないから、持っていく許可は下りたけど、一応気をつけておいて」 そこまで語ると、イヴは一人一人の顔を見つめながら言う。 「アークとしてはこの申し出を受けるつもりでいる。今回はそのための話し合いに行ってほしいの。無暗な争いはやめてほしいけど、もしもの時は戦う覚悟も決めておいて。でも、一番は平和に済むことだから、お願い」 彼女に続いて、静も控えめに口を開いた。 「前の仲間と戦うのは、お兄ちゃんにとってきっとつらいと思うんです……。だから、争わずに終われるなら――」 様々な反応を示すリベリスタ達。 彼等に向けてイヴは告げた。 「いろいろあったけど、一つの戦いが平和に終わるかもしれないの。だから――お願い」 ●ヒー・ミーツ・リベリスタズ 某日 某時刻 某所 会談の場所として指定された場所に到着したリベリスタ達。 相手は既に来ているようだ。 見たところ相手は二人。 一人は来人、そしてもう一人は年端もいかない少年だ。 少年は来人を伴ってリベリスタ達に歩み寄る。 各々彼を見つめるリベリスタ達の中で、令児一人が驚きのあまり、静かに声を上げていた。 「おゥ……これはまたトンデモねェ大物が来たモンだ」 その呟きが聞こえたのか、少年は令児をじっと見つめる。 そのまま彼は子供っぽくも大人びているようにも見える微笑みを浮かべると、リベリスタ達へと向き直る。 そして彼は、ゆっくりと口を開いた。 「はじめましてだね。『キュレーター』だよ。よろしくね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年05月18日(月)23:31 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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●カンファレンス・イズ・スターテッド 「初めまして、キュレーターさん。戦場ヶ原舞姫です」 指定された『絵』を安置し、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)はキュレーターと来人に向けて一礼する。 「よろしく。君のことは色々と聞いているよ。僕の仲間が何人も世話になったみたいだしね」 冗談めかして言うキュレーター。 その物腰に敵意は感じられない。 「はじめまして、エルヴィンです」 舞姫に次いで自己紹介するのは『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)だ。 「貴方達とはずっと戦ってきた間柄ですが、俺としては遺恨って程のものはありません。実りある話になるよう願っています」 誠実さと友好の意を感じさせるような丁寧口調で告げ、彼は握手の右手を差し出す。 「よろしくね。君の事も知ってるよ、ウチのリィスが世話になった人だね」 対するキュレーターも快く握手に応じる。 彼の手はエルヴィンのそれに比べて随分と小さく、まさに子供の手そのものだ。 敵意の感じられない物腰と相まって、彼がフィクサード組織の長だとは傍目には思えない。 「ってことで次は僕だね。来人は久しぶり、キュレーターは初めましてだね」 負けず劣らず気さくな調子で話しかける『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)。 口調もさることながら、軽く手を挙げてまでいる。 それだけ見れば休戦協定の会談とは思えないが、キュレーターは特に気にした風もない。 むしろ気に入った様子で、同じように軽く手を挙げ返している。 「もしかして夏栖斗くんかな? 来人がよく君のことを話してるよ。ってことで、僕ともよろしくね」 彼等が和やかな雰囲気で会話を済ませたのを見計らい、『足らずの』晦 烏(BNE002858)は口を開いた。 「さて、若人達の挨拶も済んだみたいだし。ここらでおじさんも挨拶させてもらおうかね」 自分の方を向いたキュレーターと正対し、烏はゆっくりと名乗る。 「姓は晦、名は烏。稼業、昨今の役戯れ者で御座いってな」 言い終えて仁義切りをする烏。 それを終えた後、烏は打って変わって気さくな調子で握手の右手を差し出す。 「とまあ、堅苦しい挨拶もいいが、ここはひとつ砕けた感じでいこうじゃないか。そもそも今回は互いに仲良くしようって場だ。礼節も確かに大切だが、それを気にし過ぎてがちがちに固まったまま終わりましたじゃあ本末転倒ってもんだしね」 言葉の端々に大人としての余裕と落ち着きを感じさせる烏。 するとキュレーターも、見た目に似合わず大人の余裕と落ち着きを感じさせる物腰で、烏の右手を握り返す。 「それは僕も賛成だよ。だからこそ、今回の場を設けたわけだしね」 アークの面々がキュレーターとの自己紹介を済ませると、来人がおもむろに口を開いた。 彼が見つめる先にいるのは、令児と静だ。 「久しぶりだね、令児」 「ああ、そうだな。来人」 微笑を浮かべたまま来人は更に問いかける。 「静ちゃんともども元気そうで何よりだよ」 「まァな。アークのお人好し連中とはよろしくやってる。俺も静も、な」 「それは良かった」 「お前のおかげだ。ありがとよ、来人」 「ま、詳しい話はこの会談が終わった後にでも聞かせてよ。それより今は――」 来人の意図を察し、令児は小さく頷く。 令児の首肯を確かめ、来人は全員に目配せする。 あえて口を開かず、目配せだけにとどめる来人。 彼の言葉を引き受けるようにして、キュレーターが口火を切る。 「では、会談を始めるとしようか」 宣言するなり、キュレーターは安置されている『絵』へと歩み寄る。 カンバスにかけられた布をおもむろに剥ぎ取ると、キュレーターは現れた画面にそのまま触れる。 画面に触れた途端、彼の手はまるで水面に突っ込んだように吸い込まれていく。 それに驚いた様子もなく、キュレーターは手を引き抜くと、周囲の面々へと振り返る。 「どうやら問題ないみたいだね。さ、入ってよ」 自分と『絵』を見つめる面々へとアイコンタクトを返し、キュレーターはなおも告げた。 「会談の場所はこの絵の中だからさ」 ●ア・ハウス・イン・ザ・ピクチュア 絵の中へと入った一行が最初に降り立ったのは草原だった。 青々とした草原の『青』。 澄み渡る青空の『青』。 二つの青色が絶妙なコントラストを描き出す風景の中、一行は少し先に建つ一軒家を見つめる。 ――描かれた風景にまつわる感情を、絵を見た者の心に喚起する。 リオンドールの絵が持つアーティファクトとしての力の一つだ。 その力のおかげか、先程から一行は故郷に帰ってきたかのような懐かしさと安らぎが、心の底から湧き上がってくるのを感じていた。 この絵を『外』から見ていた時も感じていたことだが、『内』から見たことでより一層それが強く感じられる。 その気持ちはどうやら全員同じようで、各々、自分でもわかるほどに穏やかな気持ちになっていた。 そんな中、キュレーターは迷いなく歩いていく。 目指す先は一軒家だ。 その足取りには一切の迷いがない。 まるで勝手知ったる我が家に向かうかのようだ。 草原に建つ一軒家。 そのドアの前まで来たキュレーターは、やはり迷いのない手つきでドアノブを掴む。 そのままドアを引き開けるキュレーター。 あたかも、鍵はかかっていないと知っているかのようだ。 ドアを最大まで引き開け、彼は一緒に来た面々を振り返る。 「さ、入って」 キュレーターに招き入れられた一行。 彼が一行を案内したのは、リビングだった。 そこに置かれた木製のテーブル。 その前に並べられた椅子を勧められるまま、一行は席へとつく。 「ここを使わせてもらうことにしようか」 リビングの奥に見えるドアを見つめるキュレーター。 この家の奥に繋がるドアなのだろうが、キュレーターは特に気にせず席につく。 彼が席についたのを合図としたように、こうして会談は始まった。 最初に口火を切ったのは烏だ。 「さて、答え合わせの前にだ」 全員の視線が集中する中、烏は令児と静を見つめ返す。 「令児君、静君。君達兄妹は、彼――キュレーターに言うべき事があるんじゃないかい?」 烏の言わんとすることを察したのか、令児はゆっくりと立ち上がる。 自分に続いて静も立ち上るのを見て、令児はキュレーターをまっすぐに見つめた。 「俺と静を拾ってくれたのも、静が目覚めるのに必要なトールツィアの情報をくれたのもアンタだ。色々あったが、本当に感謝してる」 そう言って深々と頭を下げる令児。 次いで静も、ゆっくりと気持ちを声に出していく。 「お兄ちゃんから話はすべて聞きました。本当に……ありがとう、ございました……!」 兄と同じく、深々と頭を下げる静。 そんな二人を、キュレーターは微笑みとともに見つめるだけだ。 ややあって彼は一言だけ告げる。 「兄妹揃って元気なようで良かったよ。これからも仲良くね」 キュレーターからの言葉を受け、席へと座り直す令児と静。 一連の様子を見つめる一行は目頭が熱くなるのを感じていた。 しばらくその余韻に浸っていた一行だったが、丁度良い頃合いを見計らって烏が再開の言葉を投げかける。 「さてさて。大切なことも済んだことだし、そろそろ本題に入ろうと思うけど、いかがかな?」 烏の問いかけに対し、キュレーターは静かに頷く。 「まずは単刀直入に言おう」 一拍の間を取る為にそう前置きし、烏は告げる。 「休戦協定はアークとしては受ける」 烏の一言が静かなリビングに響く。 それを聞いたキュレーターの表情は相変わらず穏和なまま変化はない。 だが、心なしか嬉しそうな顔をしたようにも見える。 手応えを感じながら、烏は二の句を継いだ。 「諸々条件も了解したが、此方からも条件を儲けたい」 「へぇ。条件、ね。どんな条件だい?」 聞き返すキュレーターを一瞥した後、烏は来人の方を向く。 「ギルドとの連絡役として三鷹君には常駐をして貰いたい」 自分が指名されたことに驚いた素振りを見せたものの、すぐに納得した様子で頷く来人。 キュレーターも来人の方を向き、しばし彼を見つめる。 ややあって彼は烏へと向き直った。 「いいよ。僕としてもそうしてもらいたいところだしね」 二人の会話が済んだキリの良い所を見計らい、今度はエルヴィンが口を開いた。 「個人的に、リベリスタフィクサードの区別なんてものもくだらないと思ってますので。提示していただいた条件の通りなら、休戦協定の受け入れに賛成です」 賛意を示すエルヴィン。 真面目な口調で告げた後、少しだけ冗談めかした調子で彼は続ける。 「まぁ、もし何かあったとしても、塔の魔女ほど酷い事にはなんないでしょうしね」 するとキュレーターはクスクスと笑い始める。 どうやら本気で面白がっているらしい。 「ははっ。面白いことを言うね」 場の空気が明らかに柔らかくなったのを感じたエルヴィンは、更に提案する。 「ああ、もしそちらに適齢の少年少女がいるなら、三高平の学校に通わせてみてはどうです? 私達みたいな覚醒者でも『普通』に過ごせる、良い場所ですよ?」 するとキュレーターは再びクスクスと笑う。 「なるほど。それも面白いかもだよ。今まで僕の仲間で子供っていう歳の子達はさ、表の世界の住人のフリして普通の学校に通ってたからね」 ふと来人の方を見るキュレーター。 次いで彼は令児と静と向き直る。 「令児や静はもうその学校の生徒なのかな?」 頷く二人。 そしてキュレーターは再び来人を見つめる。 「なら来人も入れてもらえばいいんじゃないかな」 ややあって深々と頷く来人。 話がまとまったのを確かめるように少し待ってから、今度は夏栖斗が語りかける。 「なあ、キュレーター。この絵の題名って、確か『やがて帰る場所』だったよね?」 夏栖斗の問いかけにキュレーターは静かに頷く。 「――やがて帰る場所。作者は、こんなふうにリベリスタとフィクサードが一つになる場所を望んでたのかもだね」 「ははは、良い事言うね。もしかしたら、君の言う通りかもしれない」 キュレーターが言い終えるのを待ち、夏栖斗は更に語りかけた。 「あのさ、いっそのこと、アークで研究したらどうだ?」 「へぇ?」 「傘下に入るとかじゃなくって、あくまで共同研究。研究施設もあるし、他のアーティファクトも研究できる」 「それは魅力的な提案だね」 「もし、そっちが狙われても、アークなら、防衛も可能だ。敵対しないなら、共同研究のほうが、いいんじゃないかな」 「確かにその通りだね。けど、君達は良いとして、研究者の人達は何も言わないのかい?」 「大丈夫。そういうのならうちの博士も文句いわないだろうし。あの、博士への抑止役もほしいところだしさ」 キュレーターの問いに快く答えると、夏栖斗は最後にこう付け加える。 「あと、どうしてそんなに破界器を集めるの?」 その問いかけに対し、キュレーターは穏やかな微笑を浮かべる。 その表情は、どこか懐かしいものを思い出しているようだ。 「――約束したからね。とある人間と」 たった一言、そう答えるキュレーター。 彼はそれ以上黙して語らず、自然とこの話題は収束する。 場が静かになったのを感じ、最後に舞姫が口を開く。 「貴方が何のためにギルドを創って、何を為したかったのか教えてください。わたしが貴方を知り、信じることが出来ればアークとギルドも、きっと信じ合える」 まっすぐな視線とともに投げかけられたその問い。 キュレーターは舞姫の視線を真正面から受け止めながら、今までよりも真面目な顔つきになって答える。 「アーティファクトを集めるため――ただそれだけだよ。もっとも、途中からアーティファクトを研究したり、珍しいアザーバイドを集めたりもしたけど、本質は『アーティファクトを集めるための組織』それは創設の時から変わってないよ」 そこまで語り、彼は夏栖斗を一瞥する。 「アーティファクトを集める理由はさっき話した通り。とある人間との約束だからだよ」 彼の答えに納得したのか、舞姫はそれ以上追及せず、次なる問いを投げかける。 「今後、ギルド内で過激派が再興しないための対策は?」 「予め伝えた通り、過激派とその予備軍みたいなのは一掃したけど。それ以外も必要かい? だったら君達アークが監視すればいいと思うよ。それで君達の納得と信用が得られるなら、僕達は受け入れるつもりだから」 「正しい判断だと思います。それに加えて監査役が必要じゃないかしら? ギルドの内情に詳しい人間とか――」 そこで言葉を切り、舞姫は隣に座っていた令児へと目配せする。 「ねえ、令児ちん?」 変な呼び方をされたのに辟易した表情を一瞬見せるも、すぐに真面目な表情へと戻って令児は答える。 「ああ。確かにその通りだと思うし、俺が適任だとも思う。その監査役、俺がやらせてもらうぜ。アークの人間として、な」 迷いなく告げる令児に対し、キュレーターは相変わらずの穏やかな物腰で返答する。 「僕としては構わないよ。ね? 来人」 話を振られ、来人は姿勢を正して即答する。 「ええ。僕にも異存はありません、キュレーター」 思いのほかあっさりと双方の合意が済んだせいだろう。 話が終わってしまい、場がしばしの沈黙に包まれる。 いくらかそうしていた後、やや遠慮がちに舞姫が口を開いた。 「絵の力を解放するには『波長の合う人』が必要。なのに貴方は絵しか指定しなかった」 前置きしながら舞姫はキュレーターの方を向く。 「この絵は貴方自身の『帰る場所』だったのですか? キュレーター、いえ、リオンドールさん」 静かなリビングに響き渡る舞姫の声。 もっとも、彼女の声が響き渡ったのは、リビングが静かだからという理由だけではなさそうだが。 「まさか、それって……」 舞姫の放った一言に驚きを禁じえないといった様子で夏栖斗が呟く。 「ええ。おそらくこの人がリオンドール。『絵』の数々を集めようとしていたのは、自分の描いた絵を取り戻そうとしたからですか?」 舞姫の問いに対し、キュレーターはクスクスと笑うだけだ。 「そうきたか。まさかそんな風に言われるとは思わなかったよ」 するとキュレーターは先程一瞥したドア――リビングの奥にあるドアをもう一度一瞥する。 「さて、これは個人的に聞きたいんだが」 そんな彼の所作を見守っていた烏が不意に口を開いた。 「ん? なにかな?」 振り返ったキュレーターを真っ直ぐに見つめながら、それでいて口調は気楽に語りかけるようなものまま、烏は問うた。 「――『やがて帰る場所』。リベリスタでもあるリオンドールの描いた作品って事だが、当人かとも思ったがどうにもしっくりはこない、おじさん飛躍して思うに、この絵画の中に描かれていた人物だったりしたら面白いなと」 「これはまた。さっきの説よりも随分突飛だね」 相変わらずクスクスと笑うキュレーター。 対する烏も、相変わらず気楽な調子で続ける。 「だろう。言ってるおじさん自身もそう思うよ」 「でも、面白い話だね。続けてよ」 微笑むキュレーターに対し、小さく頷く烏。 頷いた後、部屋中を軽く見回しながら烏は二の句を継ぐ。 「おじさんもおじさんで疑問に思っていたのさ。この『絵』は波長の合う人間を取り込む。逆に言えば、中に入るにはそうした者が必要だ」 確認を取るように舞姫を一瞥する烏。 舞姫はそれに頷きを返す。 「そこら辺は過去二度、実際に絵の中に入った戦場ヶ原君がよく知ってると思けどね。でだ、それを踏まえて考えると、戦場ヶ原君の説以外に、もう一つの可能性っていうのが出てくる」 語りながら煙草の箱を取り出す烏。 それを見たキュレーターは微笑みとともに小さく手を差し出し、快諾の意を表する。 小さく目礼し、烏が煙草を一本取り出した直後、その先端に火が灯る。 烏がちらりと目を向けると、その先では令児が指先から火の残滓を散らしていた。 「いつもながらすまないね、三宅君」 紫煙を美味そうに吐き出すと、烏は先程の続きを口にする。 「――『波長の合う人間が既に中にいる』とすれば、そちらが『絵』だけを指定してきたことにも納得がいく。以前アークが関わったこの『絵』絡みの事件では二度とも、取り込まれかけたのは一般人。しかも、一人は閉じ込められかけたこともある。この絵の中に入るのは危険行為だとアークが判断しても不思議じゃないし、この絵が見つかった時も、誰も中に入って確かめようとはしなかったというわけだ」 そこまで一息に語ると、烏はキュレーターに目で問いかけつつ、口を開く。 「そして、そちらさんはそれを知っていたんだろう? 実の所どうなんだい、Mrキュレーター?」 烏が問いかけると、キュレーターは拍手で答えた。 「ご名答。お見事だよ。まさかその答えに辿り着く人がいるとは思わなかった」 拍手を終えたキュレーターはそっと立ち上がると、リビングの奥へと歩みを進める。 そして、彼はそこにあったドアを勢い良く開いた。 「予定より少々早かったけど、紹介するよ――」 開け放たれたドアの向こうにあったのは一つの部屋。 窓から差し込む日差しで明るく照らされたその部屋は、大量のカンバスとイーゼルで満たされていた。 その中心には一人の青年の後姿がある。 左手にパレット、右手に筆を持つその人影は、ドアの開いた音に気付いてゆっくりと振り返る。 「え……? キュ……レーター……さん……?」 思わず声を漏らしたのは舞姫だ。 それもそのはず。 振り返った人影は、いくらか年上に見えるが、それ以外はキュレーターに瓜二つだったのだ。 キュレーターが少し年齢を重ねると、きっと彼の姿そのものになるだろう。 彼の前へと歩み出ると、キュレーターは言う。 「――久しぶりだね。リオンドール」 「ああ。久しぶり。ここに来たということは、『約束の品』は見つかったのかい?」 「そうだね。だから約束を果たしにきたよ」 周囲が驚きで息を呑む気配を感じながら、二人は言葉を交わす。 「約束の品……どゆこと……?」 困惑した様子の夏栖斗。 彼に振り返り、キュレーターは言う。 「この世界には本当に色々なアザーバイドがやって来る。その中には、高い知能、そして人の感情と深く関係した性質を持つものもいるんだ」 キュレーターの穏やかな声を聞きながら、舞姫は無意識のうちに呟いていた。 「インヴィディアに……アイラ……」 それを聞きとったのか、キュレーターは驚いた顔をする。 「へぇ。彼等と知り合いだったのか。ふふ、この世界は思いのほか狭いんだね」 舞姫の言葉が面白かったのか含み笑いをするキュレーター。 彼に代わって、今度はリオンドールが口を開く。 「そして、彼もまたそうしたアザーバイドの一体なんだよ。珍しい物や美しい物……そうした『物が欲しい』という感情に根ざしたアザーバイド。それが彼だ」 「そういうこと。まぁ、こうした方がわかりやすいかな。ちょっと驚かすけど、ごめんね――」 そういうとキュレーターはほんの少しだけ本気の殺気を放つ。 それを感じ取った周囲の面々は、彼の今の姿に重なるようにして、巨大な異形を幻視した。 ――人間の腕が無数に絡み合ってできている巨大な球体、そしてその中心にある一つの目。 その姿が垣間見えたのも束の間、すぐに重圧にも似た気配は消え、異形の幻も消える。 「かつてこの世界に来た時、彼は僕と出会ったんだ」 在りし日を思い出すように語るリオンドール。 「その時に彼は僕の姿を借りることにしたんだ。もっとも、化けた姿は年相応になったみたいだけどね。そして彼は僕の絵が欲しいと言った。僕の最高傑作である一枚を、ね」 「欲しがる僕に対して、彼は条件を出してきたんだ。「『最高に価値があって、代わりのないもの』を手に入れてらそれを持ってきて、僕を納得させられたら絵をあげるよ」って。その為に色々と珍品や逸品を色々と集めたよ。まあ半分僕の趣味みたいなものだけど。その一方で、この絵が行方知れずになった時は少し焦ったよ。でもって、アークにあると知った時は驚いた」 そして互いを見つめ合うキュレーターとリオンドール。 「それで、『約束の品』は見つかったのかい?」 「ああ」 そう答え、キュレーターはアークの面々と来人を振り返った。 「彼等がそうだよ」 「なるほど。確かに、『最高に価値があって、代わりのないもの』だね」 納得したように頷くリオンドール。 彼等のやり取りを見て、得心がいったように烏が頷いた。 「繋がったよ。どうりでここを会談の場所に選んだわけだ」 全員を見つめた後、最後にキュレーターを見つめて烏は言う。 「文字通り収集欲の塊、あるいは物欲の権化である君がアークに頭を下げてまで守りたかったもの――君にとっての一番の『逸品』を彼に見せたかったんだろうね」 烏の言葉にキュレーターが頷く。 「そうだよ。アーティファクトを集めるために僕は仲間を作った。そして、彼等と過ごした時間が長かったせいかもしれない。それに――」 そこで一拍の間を置くと、キュレーターはアークの面々を見つめる。 「――君達が令児、静、そして来人と解り合えたのを見たから、こういった決断をする気になった」 じっと耳を傾けていたリオンドールは、やおらアトリエの奥へと入っていく。 ややあって布に包まれたカンバスを持ってきた彼は、それをキュレーターに手渡す。 「『約束の品』は見せてもらったよ。だから僕も、約束を果たすとしよう」 カンバスを受け取り、キュレーターは微笑んだ。 「『約束の品』、確かに受け取ったよ」 ●ゼイ・アー・プロミスト・シングス 「これからも、ここにいるんですか?」 無事会談を終えてアトリエを後にする際、舞姫はリオンドールに問いかけた。 「うん。ここならずっと静かに絵を描き続けていられるからね。むしろこの『絵』はそのために描いたようなものだし」 彼にしてみれば、誰にも邪魔されず創作活動に集中していられるこの環境を手放す気はないのだろう。 リオンドールに別れを告げ、『絵』から出るべく出口を目指す一行。 出口である『穴』へと近付いた時、烏が言う。 「さて、Mrキュレーター。我々の協定が無事結ばれたことはさっき本部へと連絡しておいた」 そこで烏は手で『穴』を示し、くぐるように促す。 「おじさん達も約束を果たさせてもらうよ、Mrキュレーター」 その後、全員が『穴』をくぐって『外』の世界へと戻ってきた時だ。 『絵』の前に集まっている一行の耳に、とある少女の声が聞こえてきた。 「令児、舞姫、ひっさしぶりぃ。舞姫は前にケータイ借りに来た時以来だしぃ」 快活な、それでいて語尾の伸びる特徴的な少女の声。 それを聞き、令児と舞姫は驚いたように振り返る。 「キョーコ!?」 「キョーコさん!?」 二人が振り返った先に立っていたのは、八重歯をのぞかせる笑顔が印象的な少女。 かつて舞姫と戦い、その後、舞姫が令児の援護に向かう際には協力したフィクサード――金意キョーコだ。 彼女だけではない。 「まさかアークと和合するなんてな」 「まったく、どうなるかわからないものだね」 更に二人の青年もやって来る。 一人はクールな印象を受ける青年――甲田マトイ。 彼のベルトのバックル部分には、アークにて修復された彼のアーティファクトが見て取れる。 もう一人は中性的な顔立ちと、一本の三つ編みにした腰までの髪が印象的な青年――葛木ミドリだ。 相変わらず身体に異界の植物を共生させているようで、彼の手首からはツタがのぞいている。 令児が二人との再会を喜んでいると、その背に声がかかる。 「よう、令児。久しぶりだな。静ちゃんの方は、初めましてだね」 名前を呼ばれ、はっとなって振り返る令児。 振り返った先にいたのは、一人の青年だ。 その青年は気さくな調子で右手を軽く掲げて挨拶をすると、令児へと歩み寄った。 「良三!」 かつて令児と静のことを案じ、二人のために『キュレーター』からの依頼を果たそうとした青年――狩矢良三。 彼は4年前の12月24日に『雪降る月夜の幻獣フロステューン』を守るための戦いで舞姫とも相まみえている。 そのためか、彼は舞姫に対しても右手を軽く掲げて挨拶をする。 「久しぶり。どうやら君達が令児のために奔走してくれたみたいだね。きっと、令児も助かったと思うよ。ありがとう、僕からも礼を言うよ」 「ええ。でも、一番頑張ったのは彼――令児です」 もはやかつてのように敵同士ではない。 舞姫と良三の間にある雰囲気も、二人の表情も和やかだ。 そんな舞姫の肩がふと叩かれる。 彼女の肩を叩く感触は手よりも柔らかい。 何か柔らかい棒状のものの感触を肩に感じて振り返る舞姫。 すると目に飛び込んできたのは、包装されたチョコバーだった。 「元気そうだね。舞姫」 「アイリさん!」 咄嗟に振り返った舞姫に向け、チョコバーを差し出した少女が笑いかける。 かつてアーティファクトをめぐってアークと戦ったフィクサードにして、大食いアイドルの少女――黒山アイリだ。 舞姫が受け取ったチョコバーをアイリのそれと乾杯のように打ち合わせている中、今度はシルクハットにタキシードという格好の若者が声をかけてくる。 「また会いましたね。こんな形でお会いするとは思いませせんでした」 彼――マジック我妻はアーティファクトであるシルクハットから一輪の花を出すと、それを舞姫へと手渡す。 「ありがとうございます。これからは真っ当な手品師として頑張ってくださいね」 「魔術師、と言ってください」 大仰に両手を広げ、芝居がかった動作で一礼する我妻。 そんな彼を見て、苦笑半分微笑み半分の笑顔を浮かべる舞姫に、また新たな声がかけられる。 「まあ、そんな顔しないで。彼等も拘束が解けて自由になったからはしゃいでいるんだよ。かく言う私もだけどね」 声をかけてきたのは二十代と思しき女性だ。 格好は上は丈の短いチュニック、下はローライズで七分丈の白いチノパンである。 身柄の拘束から解放された仲間達を見ながら、彼女――風間帆波は舞姫に微笑みかける。 ウィールのないスケートボードを思わせるアーティファクトを小脇に抱えているあたり、これも返還されたらしい。 「そんなこんなで、これからは味方ってことでよろしくね。あの辺の連中も含めて、さ」 マトイやミドリ達に混じって立つ一人の男――成金趣味な格好の男を目で示しながら、帆波は言う。 舞姫が彼の姿に気付いたと同時、彼も舞姫に気付いたようだ。 「まさか組織のトップが『金では買えないものがある』なんて思想に行きつくとは思わなかったが」 苦笑しながらそこまで語ると、彼はどこかまんざらでもない笑顔を浮かべる。 「まあ、組織のトップの意向がそうだというなら、俺も従わざるを得まい」 彼――金城一成が言うと、舞姫も微笑を浮かべる。 そして彼女は、帆波と一成に向け、もう一度微笑んで一礼した。 「ええ。今後は協力者同士として、よろしくお願いしますね」 その様子を烏が微笑ましげに見つめていると、その背にも声がかけられる。 「ご無沙汰してたわね。相変わらずの愛煙家なのかしら?」 「おや、その声は。どうやら君も解放されたらしいね、煙山博士」 烏が振り返った先にいたのは、綺麗に洗濯された白衣の背中に黒いストレートロングヘアが良く映えている美人だった。 彼女――煙山葉子は微笑を浮かべ、ひらがなで銘柄が表記された煙草の箱を烏へと差し出す。 書かれている銘柄を見て、烏は嬉しげな声をもらした。 「おお。これはこれは。おじさんの煙草を覚えていてくれたのか、嬉しいもんだね。では、ありがたくいただくとするよ」 烏が箱から一本取り出して煙草をくわえると、葉子はオイルライターでそれに火を灯す。 「あの時とは逆ね」 怜悧な印象の強い印象とは裏腹に、彼女はどこか冗談めかしたように笑って言う。 すると烏も小さく笑い声を漏らし、今度は自分のポケットから同じ煙草の箱を差し出す。 「せっかくだ。再会と解放、そんでもって協定の締結を祝して、一本どうだい? たまには煙草もいいってもんだよ」 すると葉子は真面目な顔になって煙草を見つめ、口を開く。 「煙草の煙に含まれる有害物質は自分が吸い込む主流煙よりも、実を言うと周囲に撒き散らす副流煙に多いの。たとえば高い発癌性を持つジメチルニトロサミンは――」 そこまで言いかけて、葉子は柔らかな微笑みへと表情を変える。 「――まあいいわ。たまには煙草も悪くない、一本頂くわね」 烏から煙草を受け取り、彼女も一本くわえる。 すると烏は自分の煙草を先を彼女の煙草へと押し付け、火を点けた。 二人並んで煙を美味そうに吸い込み、吐き出す烏と葉子。 すると、葉子の吐き出した煙が空中で形を作り、小さな固形物となる。 それが握手をする手と手の形を成していたことに気付いた烏は、小さく笑い声をもらす。 「お見事。随一の頭脳は遊び心も一級品ってなもんだな」 その頃、夏栖斗は来人と言葉を交わしていた。 「これからは僕も三高平の学校に通わせてもらうよ。夏栖斗や令児の同級生としてね」 来人が言うと、夏栖斗は嬉しそうに微笑む。 「おっ! いいねいいね! 俺としては大歓迎だよ! よろしくな、来人!」 上機嫌で言う夏栖斗に向け、来人は更に告げた。 「それでさ。実は僕以外にも夏栖斗の同級生になるのが――」 彼が言い終わるよりも早く、夏栖斗は両サイドから腕を掴まれた。 「へ?」 驚く夏栖斗の両サイドにいたのは、二人の若い女性だった。 一人はメタリックグリーン、もう一人はシャンパンゴールドのチャイナドレスを纏った二人。 彼女達の見た目の違いはドレスの色と、それと同じにしたアイシャドウの色だけ。 それ以外は顔も声もまったく同じな二人――双子のフィクサードである李美風、美雷姉妹は、左右から互い違いに喋りかける。 「あの時は」 「遅れをとったけど」 「今度は」 「そうはいかない」 「今度こそ」 「貴方の武技を」 「私達の武技で上回る」 「だから」 「私達が」 「貴方を」 「倒すまで」 そこで双子は一拍置くと、声を重ねて言い放った。 「「逃がしはしない」」 凄まじいライバル心を剥き出しにされ、夏栖斗は苦笑するしかない。 あまつさえ、双子の周囲にはそれぞれ風と雷が渦巻いている。 冷や汗をかきながら、なんとか双子から逃れようとする夏栖斗。 だが、双子はがっちりホールドしていてなかなか手を放してくれそうにない。 「ははは……。まあ、その、お手柔らかに頼むよ」 苦笑しながら言う夏栖斗。 そんな彼等のやり取りを、来人は屈託のない笑顔で見つめていた。 思わぬ形での再会に驚き、喜ぶ仲間達を見つめながら、エルヴィンはふと呟く。 「かつては敵同士として戦った間柄だってのにな。いろいろあったが、こうなれて良かった――いいもんだな。こういうのって」 微笑ましげに見つめ、しみじみと語るエルヴィン。 仲間達をじっと見つめていた彼に、やおら誰かが背中から抱き付く。 急に抱きつかれて驚くエルヴィンの鼻孔を百合の香りがくすぐり、長くしなやかなブロンドの髪が頬や肩口を撫でる。 芳香と髪に加え、柔らかく丸みを帯びながらも、細くすらりとした腕と豊満な胸の感触が背中に伝わってくる。 それで背後にいるのが誰なのか気付いたエルヴィンは、その相手を振り向くこともしなければ、振りほどくこともせずに声をかけた。 「よう、リィスさん。元気そうで何よりだぜ」 すると背後からクスリと笑う声とともに、とびきりの美声が聞こえてくる。 「ふふ。お久しぶりね、エルヴィン」 長身でほっそりとした手足と、対照的に豊満なバストとヒップ。 小作りで端正な顔に、絹糸のような髪。 モデルのような美女がそこにはいた。 彼女――リィス・アンフルールは前に会った時と同じく、黒のハイネックセーターにブルージーンズというシンプルな服装だ。 そしてやはり、そうしたシンプルな服装ながら、彼女の華やかさは少しも衰えていない。 二人を見つめた後、キュレーターはエルヴィンに向けて言う。 「さて、ここで僕から追加でアークに要望を出したい」 冗談めかして笑い、彼はリィスを見つめる。 「今回、めでたく休戦協定が結ばれた結果、僕達『ギルド』の面々はアークの協力者になった。けど、そうなると他のフィクサード組織の中には、『フィクサード組織の者だった身でありながら、リベリスタに味方する奴』として敵視する輩が出てくるかもしれないよね? 特に、リィスみたいな美人は気をつけないとだよ。だから――」 そこでもう一度彼は、殊更いたずらっぽい笑みを浮かべると、エルヴィンに告げた。 「――今度は彼女の監視ではなく、護衛をお願いするよ。あとこれは、「アークには、とびきりクールでクレバーな男がいる」って言ってたリィス自身からの直々の指名だから、よろしくね」 思わず吹き出したエルヴィン。 まんざらでもなさそうに笑うと、彼は親指を立てた。 「そこまで言われちゃあ、断るわけにはいかないな。ってことだから、任せとけ! 改めてよろしくな、リィスさん」 アークとキュレーターズ・ギルド。 長きに渡る戦いはここに終わりを告げ、二つの組織は手を取り合うことができた。 ――神秘の世界は、何が起こるかわからない。 かつて、とある少女がそう言った。 それに違わず、彼等は変わり、敵から友となった。 とある少女の言葉通り、予想だにし得なかった未来。 だが、神秘の世界にも変わらないものはある。 変わりゆくものと、変わらないもの。 願わくば、二つの組織の絆が後者であらんことを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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