体の正中線に沿って振り下ろされていく剣によって視界が歪み、物理的に寄った虹彩が自分の脳を断ち切っていく様を暗くなっていく映像の中確かに見た。 「ああ、私が此処で死ぬのならばそれこそディーテリヒ様の望んだことに違いない」 自らが信奉する神にありえないことが起こることなどありえない。 即ち、自分がこうして死ぬことすら折込み済みでなるべくしてこうなったのだろう。 自分はリベリスタに負けて死ぬのではない、神の望みのうちに死ぬのだ。 自分が死ぬ一瞬を切り分けた刹那の中、微かに繋がった神経で、焼き切られていく脳の中でパジルカは自らの死すら供物に出来た喜びに浸り、安寧に至った。 ● ――最初に感じたのは違和感だった。肌を撫でる風も三月の澄んだ夜の風も感じない。 世界からの隔絶。自我だけが世界に取り残されている。 パジルカは死んでいた。死んでいたけれど世界にいた。 安寧の中で残った信仰が世界を歪めたのか。或いは世界で最も不安定な『閉じない穴』の近くにいたことが関係したのか。もしくは他に原因があったのかも知れないが判然としない。 ただ一つ確かなのは神への信仰の為に死んだ男はエリューションとして蘇ったということ。 だが、一度死んで舞台から転げ落ちた自分が何をすべきなのか。生を捧げ終えたパジルカにはそれが解らなかった。 『教えましょう、導きましょう。魔術師よ』 立ちつくすパジルカの元に天使が、正しくは戦乙女<ヴァルキリー>が舞い降りる。 『我が名はレギンレイヴ。貴方をヴァルハラに導く前に、もう一度啓示を授けましょう』 神の側近手ずから渡されたアーティファクトは見憶えがあるものだった。 自らと長い間共にあり、そして自らと共に破壊されたアーティファクト。<コア>。 『これと、私レギンレイヴが貴方への贈り物ですよ』 何かを為せということに他ならなかった。ただ安寧と死ぬだけにしてはこの啓示には血と戦いと死の匂いが染みつき過ぎていた。ディーテリヒは、死んで尚パジルカに戦えというのだ。 「しかと」 コアの重さも感じない掌でアーティファクトを受け取る。 死んで尚戦えという無茶をパジルカは即断で受け入れる。寧ろ悩むことすら馬鹿らしい。 「私がこうなることすら神は解っていたに違いない」 解っていたなら自分が死なないようにしてくれれば良いのに、とかそういう一般人染みた思考は既に無い。 もう一度舞台の上に上がる。神の望みで。それだけが三千世界全ての中で一等重き一事。 「この体は、要らない」 ならば貧弱な、一度負けた人の姿でいる必要など最早ない。人の姿にしがみ付く意味はない。 神より頂いた拳大の大きさのコアを飲み込む。生前の名残で顎が外れるが蛇のようにずるりと嚥下した。 世界に残ったたった21グラムが肥大化する。 体の中で召喚された配下を全て21グラムの中に取り込んだ。痩身の人型が沸騰する水のようにボコボコと膨らむ。 エリューションになったが故にむき出しの痛覚に直接焼き鏝を当てられるような灼熱と共に存在が全て造り替えられる。 まず、体が巨大に。腕は弾け飛んで多数の触手になった。瞳は十対を超え、口腔が体中に発生した。ずるりと生えた一際太い腕は剣を取った。腹からは爬虫類の頭が生えた。 異形と言うほかなかった。痩身の男を頂きに抱いた巨体は男の腹の下から膨れ上がり魔力をつかわねば動くことすらままならない。 子供が粘土で作ったような見ているだけで不安を感じさせるその姿。 「「「ふしゅるるるるる」」」 多数の口が生前のパジルカの声そのままに同時に言葉を発した。 ● 「さて、何処から話したものか」 衣更月・央 (nBNE000263)が集めたリベリスタの前で一つ溜息をついた。 これは彼女にしては珍しいことだった。何時も本題から入り、どんな任務であっても端的に説明してきた央らしからぬことだった。 「まずディーテリヒがアシュレイの手にかかって死んだ」 世界最強の最強無敵とも思われたバロックナイツ盟主ディーテリヒがどういう因果かアシュレイの手にかかった。 それがどんな意味を持つのか解らぬリベリスタではない。つまり、アシュレイは今までやってきたように裏切りを為したのだ。 三ツ池公園をめぐる戦いにおいて最大の障壁と目されてきたディーテリヒが死んだとなればその盤面に大きな動きが出ることが想像できぬ者はいない。 「そこで動いたアシュレイによって引き起こされる世界の滅びをイヴが見た」 騒ぐリベリスタが目線で制する。 「どうやら世界の滅びはアシュレイ動きの副次効果ではなくそれ自体が目的であるらしい」 イヴの見た景色を万華鏡が焼き切れるほど酷使して見たそれを伝えなければならない。 「行うのは『魔王の座』という儀式。つまり異界に座す魔王――ミラーミスを呼び込む儀式だ」 『世界をなかったことにする』程の存在を呼ぶと決意するに至ったアシュレイの個人的感情は理解できない。 だが彼女は揃えたのだ、永い裏切りに満ちた生の中で自らの目的を達成するためのピースを。アークを使って。 邪魔者(バロックナイツ)を打倒させ、神器を掠め取り、ペリーシュの技術を手に入れた。 全ては、この一瞬の為に。 「途方もないな、戦闘能力も持たない一介のフォーチュナーには理解できんよ」 首を横に振るう。 「だが、世界の滅びを予知したからといって落ち込むことはない。そうだろう、諸君」 そうだ、リベリスタにとってイヴが見た予知は最悪の一言で最高の一言。 彼ら彼女ら、フォーチュナーが見る予知はいつだって自分達が覆してきた。 つまり、滅びは確定足り得ていないのだ。 「世界の滅び。アークはこれを『Case-D』と呼称することに決めたが、『Case-D』の召喚を阻止する手段は奇しくもディーテリヒからもたらされた」 彼が使役する戦乙女(ヴァルキリー)から手渡された白い槍に本部の解析は、あらゆる神秘を殺し尽くす力を秘めている可能性が高いということをはじき出した。 これを持ってきた戦乙女の言が正しいのならば確かにこれはリベリスタ側の希望足り得るだろう。 「つまり、今回の本題はこれだ。この槍をアシュレイのいる閉じない穴に打ち込むための道を諸君らに切り開いてもらわねばならない」 央が展開するビジョンは三ツ池公園の見取り図、滝の広場を示している。 「諸君らに私が任せるのは此処だ。敵は先日打倒したパジルカ、それに戦乙女が一体」 その言葉に何人かが首を傾げる。無理もない、報告書によるとパジルカは確かに殺されたはずなのだ。 「パジルカは、今やエリューションフォースとして蘇った。まったく、パスカルの賭け、とは言うが死後の世界に行くまでもなくこうして復活されると辟易するしかないな」 確かにヒーローになった者達がいたというのに、それすらも嘲られていうようで胸糞が悪い。 「パジルカは今、復活した後閉じない穴とアーティファクトの影響を受けてフェーズ3の異形のエリューションになり果てた だから、もう一度これを、倒してきてくれ。 私にできることはこうして予知をして、諸君らに頼むことだけだ。だから、最後に一番大きな任務を頼もうと思う」 目を伏せる。そこには先程言った戦闘力を持たない身、ということに対する悲しみと怒りがあった 「生きて、帰ってきてくれ。私は諸君らの帰りを此処で待っているから。どうか、どうか生きて帰ってきてくれ」 ●そして21グラムの鐘がなる。 「「「「ああ、貴方様が戦えというなら骨一片、血一滴を超えて! 魂すらも捧げて見せましょう!!」」」」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:吉都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:29 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●まるでそれは英雄譚みたいに 始めに、砂利を踏みつける足音があった。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)だ。 彼は自分の身を隠すことなど端から考えてはいない。既にマグマのように滾る戦意がそのまま迸るオーラになって表れている。 「来たか、リベリスタ」 答えるは良く言えば線の細い青年を、悪く言えばヒステリックさを感じさせる男の声。それが、いくつも重なって全く同じ音域、全く同じ声量の不思議な合唱になってリベリスタ立ちの耳に届いていた。 「パジルカ」 その名前とこの声の持ち主は死んだ筈だった。賭けたっていい。だって、今死んだはずの男の名を呼んだ『輝鋼戦機』鯨塚 モヨタ(BNE000872)こそが数日前、自らの手でもって自分の剣でその男を殺したのだから。 「パジルカ」 モヨタがもう一度名前を呼んだ。そこにどんな意味と内心があったのかはわからないけれど、確かにモヨタがパジルカ、と呼んだ彼の姿は数日前と様変わりしている。 胸から下はまるでそこから弾けた柘榴みたいに真っ赤に染まって肥大化した肌のない肉の塊に埋まっていた。 胴体の恐らく左腕が生えていたであろう場所からは数えるのも馬鹿馬鹿しくなるような数の光沢のある粘液に塗れた触手が互いを擦り合っている。 左手は生えはじめからそこだけ皮膚が張り付いた一本の腕。構えるは生える腕と同じ長さの長大なる剣。 肉の中からは爬虫類の頭が生えている。爬虫類独特の鱗と縦に裂けた瞳孔は濁り切っていて光を移すようには見えない。 異様だった。子供がぐちゃぐちゃに粘土で組み立てたような。 「パジルカ、また会うことになるとはな」 三度、名を呼んだ。この異様を前にして敵の名前を。また、と。即ちモヨタは二つのパジルカの同一性を認めて、この場に立った。 ――つまるところ、リベリスタとパジルカではベットするルーレットのポケットが違ったのだろう。 リベリスタ達はディーテリヒの三ツ池公園奪取を阻止する為にパジルカを打倒することに賭け、パジルカはその全存在を神への信仰に賭けた。結果、リベリスタ達は勝った。運の介在する余地無く実力で勝利を引き寄せてみせて、パジルカをこれ以上ない程に打倒し、殲滅せしめた。 だが、パジルカは神へ賭けたが故に払った死をもう一度テーブルに乗せることになる。かくてタロットのX番、運命の輪に乗るように一度パジルカの魂は盤面を回りはじめた。 「神が私に望んだことであるが故に」 この戦いは、パジルカにとってこれまでの全ての戦いも、神の偉大さを示すための聖戦。それだけが戦う理由。 先の戦いで負けたことは償えるならば命で償うべきものだが、それすらも神の思惑通りであったのならば。否、神のすることに仮定を置くことはそれすら反逆行為に等しい。即ち、今此処にこの姿で立ち、リベリスタと戦うことがあるべき形。 正しいから神なのではなくて、神だから正しい。 (これが神を信じた魔術師の末路、か。いや、本人が望んでいるのだから末路というのはおかしいか) パジルカを初めて見た拓真はかみ合っているはずの会話に確かに外れた歯車を見たし、それ姿と精神性にそれ以上の自分との乖離も見えた。 「お前が信じてる間に、お前の信じる神は魔女の裏切りに掛かって死んだんだぞ!?」 自分の持つ姿よりも狂いきった思考から紡がれる言葉を吐くパジルカにモヨタが一つ鬼札を突き付ける。 彼が信奉する神であるところのディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンそのものがアシュレイの手で亡き者にされたという事実。 万華鏡により予見されたそれをフォーチュナーに伝えられたリベリスタであっても世界最強とされるバロックナイツの悪辣さを悪い意味で信じていたディーテリヒの死には少なからぬ衝撃を受けたのだからパジルカにしてみればその衝撃は言語に絶するものだろう。 「それで?」 帰ってきた答えは端的かつ揺るぎなく淀みない。モヨタの言っていることを嘘と断じたわけではない。 「パジルカは盟主が好きなんでしょ? 貴方は知らないかも知れないけどこの道の先にいるのは盟主じゃなくてアシュレイだよ? 今貴方は自分の神を殺した相手を手助けしようとしてる! 盟主を殺したアシュレイに加担するの?」 理解できない、という風に一瞬口を開けて固まったモヨタの代わりに『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)が叫ぶ。 ことこの一戦に限れば自分達は同じ側に立てるのではないか 「自分が信じる神を殺した者に付き従うのはおかしいでしょ? もし私達の言葉が信じてくれないならそこにいるレギンレイヴにでも聞けばいいの!」 ふわふわとした緑色の神を威嚇する猫のように逆立てながらなおも続ける。 なぜ貴方はそちらに立っているのか。アシュレイへと叛旗を翻し此方側にいるべきではないのか。 「私の信仰を子供の好き嫌いのように語られるのは心外だが、今は許してやろう。で、そもそもおかしいとは思わないのか?」」」 「え……?」 声は無常、パジルカはまるで一足す一は二であることを説明してやる教師の様に。 「私如きの魔術師でさえ、ディーテリヒ様から与えられたアーティファクトがあればこの様に不完全ながら黄泉より立ち上がることが可能なのだ」 ―――なぜ、神が黄泉返りごとき、出来ないと思っているのだ? 神の子に出来て神に出来ぬ道理がどこにあろう。 そもそも世界の頂点に立つバロックナイツの中にあってなお更に実力に天と地の差がある神が魔女に討たれたというのならば其処には実力差を覆すなんらかの要因があって然るべきだろう。それもとてつもなく大きなものが。 そして、仮に裏切りが成功したとして、パジルカが信じる神であれば戦乙女に送られるヴァルハラへの道を引き返すことなど容易である。 結果アシュレイがディーテリヒの怒りに触れていたならば、即座に細胞の一片すら残らず彼女はこの世界から消滅しただろう。 未だそうなっていないのならば、殺されたことも、ヴァルハラへの旅路を往くことも許したということ。 「ならお前は、神は魔女が裏切ることを知っていて殺されることだって望んでいたって言うのかよ!」 「然り」 「故に私も神の啓示によって此処に立ち」 「お前達と矛を交えよう」 「狂信者のナレノハテもいっそここまで来ると相当だな」 拓真と同じくパジルカと初めてあいまみえた『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は片頬を吊りあげる。 「俺は此処まで出来ないけど、すごいと思うぜ。 迷惑この上ないけどな」 信奉者を間違えなければこうはならなかっただろうに。 肩を竦める涼の腕。そのコートの袖口の中にある見えぬ刃をその動きでセットした。 元より狂うほど何かを信じた者を一言二言であっさり此方側に引き込めるとは思っていない。 「そろそろ戦わんとさ、禅問答で時間を稼がれましたじゃシャレにならねぇし」 彼の動きは至極自然であったが彼と長くあったものも、そうでないものも涼の動きを契機にして己の武器を構える。 準備は既に済ませて来た。後はこの一歩。パジルカの射程に入るだけで、戦いが始まることを皆が感じ取っていた。 ルアやモヨタ等はまだ少ししこりが残ったようだったが、時間が惜しいのもまた確か。 「行こう」 (負ける心算は無い、今日と言う今を勝ち抜き…俺達は明日を手に入れる) 拓真の想いは尊い。 「乗るか反るか。やってみないとわからんね」 涼の笑みは力強く。 「簒奪を始めよう!」 『原罪の仔』フェイスレス・ディ・クライスト(BNE005122)はこの瞬間も野望に満ちていた。 醜悪極まりない化物、それを先導する戦乙女。相対するは自らの鍛えた力を頼りに背中を預けるに足る信頼で結ばれた仲間と共に戦うリベリスタ。 或いは神話の様の神々の戦いの様な、もしくは古代の戦士の逸話の様な、例えば子供に語られる寝物語の様なその姿は。 ああ、そう、それはまるで、まるで一つの英雄譚<サーガ>みたいに。 ● 月が、月が赤い。 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は前衛が踏み込む一瞬、引き延ばされた戦闘開始の刹那を後衛に位置するが故に戦場全てを見ることに使った。 超直感、或いは戦いで磨き上げた第六感は戦場にある不要な情報を排除し、必要な情報だけをそあらに伝える、はずだった。 本来ならば、月の色なんて最初に切り捨てる情報だ。でも、その月の色がいやに頭の中で引っかかったのはどうしてだろうか。 幾夜のバロックナイツを超える中でこの三ツ池公園が戦場になることも多々あった。本来ならばのんびり過ごせたであろう場所には戦場としての思いでしかない。 でも、なぜだろう、こんなにも月が赤い夜が不気味で、気になるのは。 或いはこの不吉さが、不気味さが、自分の感覚が伝えたかったことなのかもしれない そあらは愛用の杖を強く握る。身に纏わりつくようなこの不吉さを振り払うように。 戦場に星が流れた。 勿論それは比喩であって実際に星が落ちて来たわけではないけれど、流れ星の正体。戦場で最も早く動く『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)の姿は間違いなくそう見えた。 先の戦いでは蝶の羽の様な輪郭で姿勢制御をしたスラスターリボンもFALCO-RUSTYCOの象徴する猛禽の翼のめいた緩く弧を描く直線になっている。零れる燐光が残像を伴って流星の尾そのものだ。 レギンレイヴを避わして、地面を蹴る。一蹴りで数メートル、細身で軽いメリッサの体を浮かせた足はそのままパジルカの凡そ着地できるとは思えない躰をしっかりと足場にして更に上へ。 「お久しぶりですね、パジルカ。 私を覚えていますか?」 足音軽くパジルカの胴体の前に着地すればメリッサの声に答えるようにパジルカに生えた十二対二十四の瞳がメリッサを睨み付けた。 「私の配下を一体殺した奴だったな。 御蔭で私の配下は敗れたのだ」 一番近くにあった口が開く。 「そうですか、記憶に残ったようで光栄です。 私のやることは変わりませんが」 昇ってきた時と同じような気軽さで駆けて左腕、触手に細剣を向ける。巨体故近接範囲で狙える場所は一つの部位しかなかったがそれで十分だ。 不安定な足場の上でも彼女の卓越したバランス感覚は攻撃の威力を十二分に発揮させる。 触手の根本、太さ故に斬り飛ばすまでは行かないが複数の腕に幾つもの痕が残る。 そして、それ以上に大きな戦果を得たことを彼女は手ごたえから確信した。蜜蜂卿の称号からは想像もできないほど強い毒。神経を侵すようなそれは彼女が突き出した針の様な細剣から流れ込み、左腕の動きを縛ったのだから。 「やりました、ブリーフィング通りに、このまま!」 戦闘が始まって数秒で大きな契機が訪れる。今彼女の御蔭で左腕は麻痺し、右腕は動かない。パジルカの持つ異形になった四つの部位の内二つが沈黙する。このような好機は狙って得れるものではない。 「心得た……!」 「いいね、早速ツキが回ってきたぜ」 それを逃す愚者はこの場にいない。 メリッサに続く速度で走った拓真が動きを見せぬ右手を断つように渾身の一撃を叩きこむ! 涼の極々薄く鍛え上げられた刃が食いこんで筋線維を一本ずつ切り進む断続的な手ごたえを返す。 「パジルカ、貴方が人の身のままでいれば避けれたかもしれなかったですね」 「何をぬかす」 前の戦いにおいてのパジルカは魔術師でありながらリベリスタの一線級の前衛、それも速度に秀でた者を抑えるだけの速さを誇っていた。異形になったことで失ったものの大きさ故にアドバンテージが此方側に転がってきた。 「もしくは、これも神の意思なのですかね?」 続く仲間の攻撃を横目に見ながらパジルカの本体に最も近い場所にいる彼女は冷たい声で言葉を紡いだ。 「パジルカ! でっかくなりましたね! 成長期ですか? にぼしでもたべましたか?」 『南斗』イーリス・イシュター(BNE002051)もたどり着いたパジルカの下、引っ繰り返らんばかりに異様を見上げた。 「パジルカ! 幸せなのはいいことです。 イーリスも幸せだと幸せなのです! でもごめんなさい、イーリスがパジルカの幸せを終わらせます」 いーりすすまっしゃーが言葉と同時に炸裂する。唸りを上げたハルバードが大木の様な右腕に突き刺さり拓真のつけた傷をさらに広げる。 「お前が人をやめてまで、死して尚、手に入れた力、それを打ち滅ぼすのは楽しいですよ、パジルカ。イーリスも幸せなのです」 「ならば、私は私の幸福に従いお前達を倒そう!」 幼い体に見合わぬ重量武器を重心の移動で巧みに使い、二擊目をイーリスが繰り出そうとした時、戦場に太陽が落ちた。 龍頭、パジルカの内臓という人の身であれば生命維持に最も必要な機関全てがなりかわったモノは落日の名に恥じぬ威力を発揮した。 目を焼く灼光、遅れて遅い来る音、炎、熱。 仮にこれを公園内にある池に向けて放てばまるでモーセのようにとはいかないまでも一瞬で多量の水を蒸発させることは想像に難くない。 「ぐうう、あっちいぜ!」 モヨタは自分の身体、その金属の部分が熱されて自分の躰が焼ける匂いが鼻腔をかすめることに眉を寄せる。確かに気分がいいものではない。 攻撃力と引き換えにした回避の低さが今は少しだけ恨めしい。 モヨタの後、未だ燃える火を払う影は椎橋 瑠璃(BNE005050)その人だ。 「ありがとう、瑠璃さん」 未だその身を守る護りは二つ故に、苛む炎こそその身に受けた者の彼女の鍛えに鍛えあげたその護りは後に控える『静謐な祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)。 「気にすることはありません、わたくしは務めを果たしただけですので」 瑠璃の舞は絶大な威力を誇る炎を全て受け流すことは出来ずその身に受けたがそれが攻撃を無力化することが役目ではない。 舞、踊り、戦場で味方に襲いかかる災禍から皆を守ることこそが自らが背負った役目であり、貴族としての自負がそうさせている。 「ですから、貴女も」 彼女の白い肌には煤が付き黒く汚れ、花をあしらった着物もそこかしこが燻る音を立てている。 だが、アリステアは守った。此処までが自分の役目で、此処からはアリステアの戦場だ。 「うん、すぐ治すからね!」 炎と熱波を押し返すような優しく、労りを感じさせる涼やかな風が吹く。 まるで少女の心をそのまま反映した癒しが優しさを感じさせるのは一重に彼女の心根の御蔭だろう。 「これが、妹が言ってたパジルカ。盟主を神とあがめた人。」 一撃でのあまりの被害の大きさに驚く。あの日、ディーテリヒが動いたその日に傷を負って帰ってきた妹。確かに異形化する前とはいえ、これだけの力を誇っていた魔術師なのだ。妹が傷を負ったのもうなづける。因縁めいたものを感じた。 少し距離を離して布陣するそあらにも目で合図。 「いきますですよ!」 本来彼女はレギンレイヴが抑えられてさえいれば、パジルカの射程から一歩後ろに下がるだけで安全が確約される。 だが、パジルカにギリギリまで接近するメリッサや拓真、涼にモヨタを射程内にとらえ、更にレギンレイヴと戦う二人に飛び回る瑠璃を全て回復するためには自らもまた、目の前に迫る業火の中に身を投じなければならない。 (でも、甘えられないのです。) 前衛が全て攻撃に出払った以上、幾度も自分も攻撃を受けることになる。そんなことは覚悟していた。 少女二人の献身で戦線を立て直しながら、戦いは続く。 ● 戦場はもう一つ 戦乙女たるレギンレイヴを相手取るのはルアとフェイスレスだ。 『参ります』 「クク、ヴァルキューレにも不意打ちをしない程度の礼儀はあるか」 「ここは、通さない!」 そんなやりとりから始まった三人の戦いは火力を集中させることに重きを置いたパジルカ側と違い技術戦の様相を呈している。 「いい加減に踊りはじめたまえ、ダンスの誘いを断り続けるのは無粋ではないかね?」 レギンレイヴに魅了の手を伸ばす。 『手を取れば此方の手が傷つくように爪を伸ばしたような手を差し出す方が無礼でしょう』 レギンレイヴはそれを振り払うようにして傷を作りながらも研ぎ澄まされた一撃を返す。 フェイスレスはレギンレイヴの高い速度に付随する回避に手を焼いていた。 そして、魅了を与えることが出来ないがためにルアが参戦するという形になっている。 言ってしまえば、ヴァルキリーは一人を置いたからといって確実に安心できるほど容易い相手ではなかったということだ。 フォーチュナーがリベリスタ達に示唆したなかに、レギンレイヴがバッドステータスを無効にするといった情報はなかった。だから試したその一手は従前に効果を発揮し切れていない。 或いはこのことを予想して、もしくは用心のために試行する回数を決めて置くべきだったかもしれない。 フェイスレスがどちらのグループで戦闘を行うか、というのはダメージリソースの数として大事な要素だ。 パジルカの部位一つ一つに火力を集中させて行く作戦を取った時に、フェイスレスが浮き駒の様な状態になることは避けなければいけなかった。 レギンレイヴに二人の手を裂くということは結果的に、ではあるが二人こそがレギンレイヴに抑えられているという状況を作り出してしまった。 また、二人はレギンレイヴだけを相手にしていれば良い、というわけではない。 パジルカの本体による魔術や龍のブレスは戦場全体を覆う規模で、それに合わせて加わるレギンレイヴの攻撃を合わせれば表面上は一対二でありながら数の差は無い、寧ろそれ以上に広がっている風ですらある。 それはそあらとアリステアの回復を持ってしても埋めるのは難しく 『まずは一回目、といっておきましょう』 レギンレイヴの槍にてルアが貫かれるという解答が完成してしまった。が、 「通さない。そういったの」 運命が燃える。決意の炎は一度の倒れても吹き消されない。 「私はね、この世界が好きだよ、レギンレイヴ」 虚ろになった目に光が灯る。 「大切な人が居るから。だから、アシュレイの気持ちだって同情出来る」 今自分が此処で倒れれば、次は恐らくフェイスレスだろう。ではその次は? 恐らくこの指揮能力に長けた戦乙女は戦場を走りパジルカの攻撃で弱ったものから各個撃破していくだろう。 それだけは止めなければならない。 「でも、それで他人の世界を滅ぼそうとするのはおかしい」 言い切る。 アシュレイが自分の大切な人を失ったから世界を滅ぼすというのなら、私には大切な人が居るから世界を守る権利がある。と 「だから止めるよ。レギンレイヴ」 刺さった槍を握って止める。剣が落ちる乾いた音が響いた。 『なっ!』 慌ててレギンレイヴが槍を引き抜こうとするがもう遅い。それに、慌てた状態で引きぬけるほどルアの捨て身は緩くない。 「今度こそ誘いを受けてもらおうか」 そこへ、流れるようにフェイスレスのルーラータイム。 ウィスクム・アウレウスの刃がレギンレイヴの首筋にそっと触れる。 神秘否定の一節がレギンレイヴの存在に刻まれた使命を砕き尽くす。 彼とて少なくない傷を負っている、息も絶え絶えであった。だが全てはこの一瞬の為に 「戦乙女よ、己が望むまま勇者達に指示を下すが良い。されば黄昏は晴れ、楽園はその姿を現すだろう」 囁く声はレギンレイヴの脳髄を伝う。 そもそも魅了は仲間の判断を無くし、攻撃対象を向けるバットステータスであるから、フェイスレスが望む効果は表れなかったがそれでも大きな戦果である。 此処からフェイスレスの掌でレギンレイヴが動き続ける限り、三人がパジルカへの攻撃役に成るのだから。 「さぁ、此処からだ。簒奪をはじめよう」 ● 戦局はシーソーのように行ったり来たり傾き続ける。 フェイスレスの試行成功から数手の間、レギンレイヴはリベリスタ達と肩を並べていた。 「どうだね、信奉者。神より与えられたという卿の仲間が奪われた気分は」 モノクルに縁取られた瞳が細められる。彼は戦乙女という未知を既知へと至らせる快感を得ていた。 その言葉を肯定するようにまだ穂先に先程のルアの血が付いたままの槍を振るうレギンレイヴ。 「しかし卿は本当に滑稽だな」 「……何?」 だが、それを高いWPにモノを言わせ麻痺から回復した左手が防ぐ。 せめぎ合いの中でもフェイスレスの余裕は崩れない。 「わからないかね? 神と崇めておきながらその人物からの要請に答える。 真実神であれば卿の死んだ卿を態々引っ張り出して助勢など求めぬよ」 宗教の矛盾を突く科学者のように。否、デザイナーズチャイルドであり、無神論者であるフェイスレスの言葉はそれよりも舌鋒鋭い。 「だから、卿の全ては無駄なのだ。 大人しくその力を寄越すがいい」 「まぁ、仮にお前に大義があったとしても、本当に神が望んでいたとしてもお前の信仰なんて心底どうでもいいし、黙ってやられるつもりもないけど」 この戦場に至るパジルカの経緯をまるで紙屑を破るように切って捨てる。 彼が見るのは傍らでパジルカと武器を交えるヴァルキューレ。 「ディーテリヒからアシュレイに乗り換えてそんでお前を攻撃して反撃されて。ホント戦乙女ってのは尻軽だな」 涼のハッピーエンドボムが断罪の傷痕を刻む。 返すパジルカとてただやられているわけではない。 眼光はメリッサを石に変え動き始めた右手は剛力にてモヨタに剣を叩きつける。 (似てるな、オイラの剣に) 真実それは最後に受けたモヨタの剣を模倣したものであるのだから当然だ。 「お前から貰った傷、同じ傷を返そう」 「へっ、意趣返しって奴かよ!」 モヨタの機械の躰が音とスパークの二重奏を搔き鳴らす。 だが、モヨタはあの時倒れたパジルカと違い、燃える心とまだ生きるべき運命がある。だから、まだ剣を握るのだ。それより何より、オリジナルがコピーに負けるなんて有り得てはいけない。 ノックノックノックは前衛の間をまたたくまにすり抜け、回復のそあらをしたたかに打ち据える。 「ッ!」 筈であった、が来るべき衝撃はそあらを襲うことはない。そこには役目を果たし続ける瑠璃の姿。遥か後方のアスファルトに叩きつけられ、震える膝で立つことを捨て翼でとび、また戦線へ舞い戻る。 「ありがとうございます!」 「大事ない、御身の方こそ無事か」 瑠璃が受けた傷は軽くないが、それだって勿論そあらが受けるよりは軽かった。 流星が二度煌く。 メリッサのダブルアクション。 左腕を一指し、飛んで本体へ向かう 「煩い口を縫い付けて差し上げます」 人間としての腕もなく、体を揺すりメリッサを落とすことも出来ないパジルカは生えた瞳で口内に剣が付きこまれる様を見るしかなかった。 奥から血が溢れ、下が垂れる。 「本当に、牢獄に繋がれているようですね」 安心もつかの間、即座に口が動きだす。 パジルカが取り込んだコアの魔力は高い賦活性を与えているが故に、長時間の拘束が期待できない。 それは、右腕も、本体も、左腕も同じだった。 「「「「――――!!」」」」 それは一瞬の詠唱。 紡ぐべき詠唱を一つの口が一節ずつ詠唱することで即座に完成された魔術。 一度死出の道を歩き、復活したパジルカの魔曲は生前のそれの威力を大きく上回る。 死、死、死、死。 最早生者の道を歩まぬ者の歌は生への否定を歌い、死の美しさを詠い、そしてディーテリヒを賛美する。 それはもはやフェイトという理論を超えた要因でしか復活を許さない。 「ククク、死という未知を踏まえた歌か。悪くないが全て聴き取れなければ片手落ちだ」 フェイスレスの復活は運命を燃やした厳然たる証だ。 「ならばもう一度聞かせてやろう」 「! もう一度来ます! アリステアさん!」 独演多重奏。パジルカが得た技術は二度連続して大魔術を放つことを可能にした。 そあらの超直感が迸る。 止めることは出来ないそれから皆を守るのだと。 絶妙なタイミングでのデウス・エクス・マキナ。機械仕掛けの神がパジルカの神への賛美を阻む。 再びの魔曲の蹂躙に二度晒された拓真はそあら達の回復を持ってしても立っていることが出来なかった。涼も同じだ。先程のフェイスレスと同じように運命が燃えた。 「例えお前が神への信仰という道を歩こうと俺には俺が選んだ道がある! 阻もうとしても無駄だ!」 拓真の道は理想の道。彼は自らを犠牲にして世界というソノタオオゼイを守れるならば。今こそお伽話の様な、『誠の双剣』との約束が守れるのならば。 「リベリスタ、新城拓真。俺は、まだ倒れていないぞ」 命の砂時計が流れていく音が聞こえた気がした。気がしただけだ。だって理想が守れずに死ぬくらいなら。理想を守って死ぬべきだから。 「存分に受け取れ!」 Broken Justiceが今この時の為に振るわれる。 交差する二本の剣は伸びた左腕に阻まれるが、押し込む。インパクトの瞬間が手前に映って尚会心の手ごたえ。 障害となるもの全てを斬り伏せるための刃が剪定ばさみのように触手を纏めて斬り飛ばした。 反動と反撃が同時に襲いかかり拓真の口腔が血で溢れるがそれでも彼は立っている。 「イーリストマホーク!」 墜落したメリッサの代わりにイーリスが左腕へ飛びかかる。 予想以上に厄介だったのが左腕だ。 麻痺していない間は常に動きまわり、後衛を射程外に押し出そうとし、攻撃を全て受ける。 幾度の混信の一撃もこう防がれては堪らない。 爪先でパジルカの体を蹴りあげ大上段に持ったヒンメルン・アレスを振り下ろし、パジルカの感覚が狂うほどの衝撃を与える一撃。 「どうですか、パジルカ。この一撃の重さが、お前が捨てた重さです」 仲間の傍に着地する。 「些細なものだ、それにしがみ付いてどうなる?」 バットステータスをない混ぜにした酸性のブレスが龍の頭から吐き出される。 「貴方には解らないでしょうね」 アリステアの息吹がブレスとせめぎ合うように放たれ拮抗する。 彼女の眼には今し方倒れ、立ち上がった最愛の人の背中があった。 「確かに自分の全てを誰かに捧げるっていうのは幸せかもしれない」 けど、もし自分が自分の重さを全て誰かに預けてしまえば生きていくのは楽かもしれない。けれどそうしていたらあの大きくて暖かい背中に守られ、腕に包まれるあの愛おしさも手に入らなかった筈だ。 そして、それは神を信じる過程で思考を放棄したパジルカには伝えきれないだろう。 「貴方に大切な人がいたら解ったかもしれないけどね」 「そういうこと。俺も後に彼女が居るんでね、格好つけさせろよ」 アリステアの言葉を繋いだのはやはりというべきか、彼女の恋人である涼だ。 口元の血を拭いパジルカを指さす。 「お前にハッピーエンドは訪れんよ?」 その言葉を言い終わった時には涼の攻撃は終わっていた。見えない刃故か、もしくは彼の卓越した技量がそうさせたのか。 返り血すら寄せ付けず涼は立ち塞がる。 「そんなものは望んでいない」 右腕の剣が涼の目の前にあった。 「わたくしを忘れないで貰いましょう」 側面から瑠璃が飛び込む。 巨大な剣からすれば箸のように頼りない鉄扇を突貫の威力そのまま剣に押し付ける。 押し寄せる多大な圧力に体が軋む。 (受けては、駄目) 右手で押し付けた鉄扇を軸に回る。 外に向けて回った左手で自分の後にいる涼の体を少しでも横に押しのけた。 一瞬だけ保った均衡はすぐに崩れる。 鉄の扇は削られ、耳障りな音と戦場に流れた血を覆い隠すような鉄の匂いが立ち込める。 「無駄なことを」 土煙りが晴れた後、そこには倒れ伏した瑠璃が居る筈だった。 ただ順番が変わっただけ、無駄な抵抗。 だけれど、二十四の瞳の内一つが見てしまった。そこには立つ瑠璃の姿を。 涼を推し潰すはずの軌道を描くはずの大剣は瑠璃によって受け流されていた 「無駄かどうかは、これを見れば分かるのでは?」 実際は余裕はなかった。多分少しでも躊躇っていれば今頃首と胴、もしくは四肢と永遠に別れていたかもしれない。 「貧弱に見えても、脆弱に見えても、これが21グラムになる前の力ですよ。パジルカ」 イーリスは戦場に見合わず、笑っていた。 ● 『屈辱です』 「ほう、ヴァルキューレは屈辱も感じれるのか」 戦況は再び鼬ごっこに戻る。 リベリスタ達の約半数がフェイトを削った状態でルアとフェイスレスがレギンレイヴの相手に戻ったからだ。 「お前も倒れろ!」 片やパジルカ側も、メリッサが雲耀に至るほどのパジルカの右手の一撃を受け、運命を燃やした。 彼女もまた、常に自由に動く時の左腕を狙い続けていた。右手へのダメージを蓄積することが出来ているのは偏に彼女の蜜蜂の毒の御蔭だ。 「死ぬほどの、死んでも変わらぬその底なき信仰心と献身は認めましょう」 地面に叩きつけられても取り落とさなかった剣の切っ先がパジルカに向かう。 構えて、突く。それを繰り返す彼女の愚直なまでに清廉な剣は躰を駆動させるべき血液の大半を失ってもまだ冴えわたる。 「ですが、そろそろ死者は死者らしく、静かに眠るべきです。土くれから生まれた者は土くれへ還りなさい」 そうしてまた、彼女の毒がパジルカの左腕を戒める。 自らの命を絶った剣を模した腕を断ったのは、またもやモヨタだった。 大剣の一撃は数日前にパジルカの躰を断ち割った時と同じように右腕を切り離す。 「へっ、やっぱりコピーはオリジナルには勝てないんだな」 返事は眼光で返された。 ジャガーノートのオーラが石化こそ防いだものの本来ならば心臓があるべき位置を撃ち抜かれたモヨタの鼓動が一瞬完全に停止する。 だが、パジルカは知らない。モヨタの鼓動は機械で出来ていることを。生み出される血潮とオイルは彼の意志が続く限り止まらないことを。常人なら、例え革醒者でも殺したはずのその一撃はその一撃だからこそモヨタを戦闘不能には出来ないことを。 彼の立ち上がる姿は奇跡的だが奇跡ではない。革醒者ならば誰にでも起こりうる。意志が限界の肉体を叱咤し動かすことは。 「来いよ、パジルカ。ヴァルキューレじゃない。オイラが神のもとへ導いてやるぜ」 語りかける。レギンレイヴの相手は片手間でできることではないけれど、それでも言わければいけない。 レギンレイヴが魅了の影響で移動し、パジルカの傍で戦っている今だからこそ。 「盟主は私達にロンギヌスを託したの」 レギンレイヴの槍を潜り抜ける。声は切れぎれだったけど辛うじて文章になっていた。 「貴方が言うとおり、盟主は望んで死んだのかもしれない。 だけどロンギヌスを託したことが貴方の神の意思なら、盟主は救われる世界も、みたいんじゃないかな」 滅ぼすことだけが絶対じゃない。そう伝えたかった。 「だから、どっちについても貴方は盟主を裏切るわけじゃない。私達と一緒に、アシュレイを倒しに行こうよ! 貴方の魂の重さなんて、私達が背負うから」 「違う」 ルアの精一杯に対するパジルカの答えは非情だった。 「神はお前達に世界を救う力を与えて、私に新しい力とアシュレイにつき従う戦乙女をお与えくださった」 「つまり」 「神は救いと滅びを天秤にかけたのだ。世界を決めるのはどちらかと、問うているのだ」 アシュレイの心臓(願い)とアークの羽根(正義)。天秤に乗せて傾くのはどちらか? 世界の滅びを願う罪と世界を救おうと行う善はどちらがより重いのか。 「だから、私はこの戦いをやめない」 再び失った右腕から体液を流しながら、パジルカは宣言する。 ●まるでそれは悲劇みたいに 『無礼の代償です』 フェイスレスへレギンレイヴが槍を突き出す。 戦乙女の一撃、瀕死であるフェイスレスの体力を消し飛ばして余りあるその一撃―― 庇ったのはルアだった。そして、最初に膝をつくことになったのも。 レギンレイヴと渡り合い、パジルカに言葉を投げかけ、そして同じく瀕死であるフェイスレスを庇った。 『助けられましたね。無礼の人よ」 レギンレイヴ風切り音を立てて槍を払う。 「ルア!」 拓真とて一度運命を使った身ではあるが即座に交代の為に、何より倒れたルアを助けるために走る。 息はある、大丈夫だ。 「非常事態だ、赦してくれよ」 力まかせにルアの体を抱えあげ後衛へ向かって投げ飛ばす。 「ルアさん!」 投げ飛ばされ、転がるルアの姿は悲壮の一言に尽きた。 意識なく伸ばされた手足、体中泥に塗れ、特に最初に貫かれた胸の槍傷は黒々とした穴になっている。 アリステアがくったりとし呼吸も薄いルアに駆け寄り膝を突く。 「今、今治すから!」 聖なる少女の祈りがルアをもう一度立たせる。 「そあらさん!」 「はいなのです!」 そあらの回復がタイミングを注がれる。 ルアの目が再び開く。 「ありがとう……ごめんね」 それだけ言ってルアは再びレギンレイヴへ駈け出した。 アリステアは泣きそうになりながら飛び出すルアの背中に手を伸ばそうとした。 止められない、どれだけの傷があっても、此処にいるのは自分達だけだから後ろに逃げて、なんていうのは彼女に対する最大の侮辱になってしまうから。 傍目にはそれまでに少しの時間をおいてそれまでに戻った戦場、だが今の一瞬の前と後でその意味は大きく違えた。 ルアを復活させたことでアリステアの切り札が無くなり此処からは倒れた者は復活出来ない。 後がなくなったリベリスタ達は今、窮地に立っている。 再び太陽が落ちる。 「パジルカ! 私はまだ、負けていないのです……!」 夜の闇を払う炎の中、メリッサのフォローと火力役にと動いていたイーリス、 「そあらも、まだ立ち上がれます」 そあらが一発の攻撃で倒れた。 彼女達もまた、其れだけで寝ていることはできない。 「お前が頼る神の意思に私の振るうヒンメルン・アレス(天意の総て)は! パスカルにかけたお前には負けないのです!」 「そうだ、俺達にはお前に負けれない理由がある」 拓真が歯を食いしばり剣を振るい続ける。 もう復活出来ないから何だ、元より命を張ってこの戦いに赴いている。 血に塗れ刃は毀れても最後まで諦めることだけはしない。 覚悟の一刀は確かに届いた。遮二無二振った剣は無数に生えた左腕の触手をその一本まで切り捨てて見せた。 だが、彼が覚えているのは此処までだ。 パジルカと視線がカチ会った。それが、拓真が最後に見た光景。 「寝ていろ」 自分もあそこまで人を捨てれば自分の道が貫けるのか――。 「だるまみたいになってるぜ、ざまぁみろ」 ようやく、此処まで来たのだ。 攻撃力を持つ右腕を切り離し、攻撃の邪魔をする左腕は削ぎ取った。 涼の目には映るのは龍頭。仲間が此処まで自分を進めた。だから、自分も仲間の為に刃を振るう 幸福な結末は、目の前にあると信じて。 それでも一人一人、仲間が欠けていく。 パジルカが魔術を振るう度に。龍が炎を吐くたびに。 「畜生ぉ……」 オーバーヒートしたモヨタの鋼鉄の心臓は二度目の奇跡を起こせなかった。 死への福音がが、臓腑を鷲掴みにした、 「ああ、素晴らしい力だ。是非とも手に入れたかったが……」 最後までパジルカへ向けて手を伸ばし続けたフェイスレスの手が力なく地面に落ちた。 こうなった理由を述べるならば、右腕を落とすのが遅かったのだ。 フォーチュナーをして絶大と言わせるその攻撃力は全体攻撃の後、もしくは前に振るわれた時。それは時たまでしかなかったが、回復が間に合わず一人ずつリベリスタを打ち倒した。 バッドステータスを与えては解除されの繰り返しも総量としてのダメージ量に差をつけた。 僅かなボタンの掛け違いが結果を変えた。 ―――。 最後の魔曲が終わる。スコアの終止符、フェルマータの余韻。 「これが、神に御照覧頂く結果だ」 声は震えていた。本体こそ顕在だが、両腕は落ちている。仮にレギンレイヴが居なければ負けていたのは自分だっただろう。パジルカにはその確信があった。 黙示録の先、神すらも見通せぬ戦いの決着はついた。 リベリスタの半数はまだ立っていたが、自分達を倒せるほどではない。 このまま殺そうかとも考えたが神が望んでいるのはこのさらに先の結果であって、此処でリベリスタ達の命をヴァルハラに送ることではない。 だが、勝者には権利がある。この先の結果に僅かでも関与する権利が。 だからもう、結果が出たこの場にとどまる必要も、パジルカにはない。 「余裕ぶったことを後悔させてやるのですよ、パジルカ」 ゆっくりと移動するパジルカを見ながら、イーリスの手が土を掴んだ。 傷を負いながらも唯一無事であった椎橋にアークへの連絡を任せ、倒れた者に肩を貸しながらイーリスは彼方を見ていた。 イーリスだけではない、意識がある者も倒れた者だって考えは同じだという確信があった。 死んだ者には解らない、生あるが故の執念を。 パジルカには解らない、幾度も立ち上がり人の強さが。 これが終わりではならない、パジルカが歌った歌を世界の終止線にはしない。 その決意だけが傷だらけの躰の中で燃えていた。 だけど、この一幕だけは、リベリスタ達は敗北を味わった。 まるで英雄譚みたいな戦いは、まるで悲劇みたいに幕を下ろした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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