● 「ワルキューレがロンギヌスの槍をアークに託しに来た話はもう聞いていますね。バロックナイツ盟主が、裏切りの魔女アシュレイに殺されたことも」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)はすでに問いかけていない。この場にいる全員が知っているものとして、淡々と話を進めて行く。 「アシュレイの目的はどうやら単純にこの世界全ての破滅であるようです。冗談じゃない。バカな女の自殺につきあわされてたまるかっていうの。みなさんもそう思うでしょ?」 健一はモニターに映し出された地図を赤いレーザーで指示した。 「みなさんはここ。北から公園に侵入して橋を渡り、アシュレイが世界を滅ぼすための儀式を行っている丘の穴を目指していただきます。当然というか、邪魔ものが多数配置されています。敵の主力は……このあたりが分からないんですが、なぜかディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンが呼び出したワルキューレとアザーバイド、それに公園で死んだフィクサードやらアザバやらの怨霊が立ち塞がります」 蹴散らしてきてください。こともなげに言い放ったフォーチュナの顔は怒りで歪んでいた。 「みなさんが絶対に勝つと信じています」 ● 木々の葉を揺らして冷たい風が吹き抜けた。赤い月の光がアスファルトの上にまだらの影をおとしている。 後ろに不穏な一団を従えて、赤と青の両騎士は数日前にリベリスタたちと戦った橋の手前まで来ていた。 両騎士の目の前には血の溶け込んだような黒い湖面と、どこまでも平和で穏やかな公園の風景が広がっている。景観を損ねているものがあるとすれば、橋の上に放置されたままの潰れたトラックとその手前と後ろにある腐りかけた凶馬の死体―― 『止まりなさい』 冬戻りの風に負けず劣らず冷たい声が後ろからかけられた。召喚者が残した戦乙女の一人だ。 『そこで止まりなさい』 スルーズという名だと聞いた。だが、両騎士にはただの記号でしかない。 両騎士は数日前にたどり着いたところまで歩を進めた。あの時は北から、今度は南から。きっかり橋の四分の一、渡ったところで立ち止まる。 『止ま……』 両騎士はやおら岸を振り返ると、武器を構えた。 戦乙女とはずいぶんと勇ましい名称だが、見ればまだほんの子供かと思うほど見かけは幼い。短くした髪の裾が頬の横で柔らかくカーブを描いており、うっすらとバラ色に色づく頬を縁取っている。後ろに百をくだらない、ここで命を落とした死霊たち――この世界の定義によるとE・フォースというらしい――の禍々しさと対比すればするほどスルーズの幼さが際立った。 が、スルーズが侮れない存在であることは間違いない。後ろに従えた死霊たちはさながら動く壁のごとく、見事に統率されている。個体としての強さはもちろん、異常に高い指揮能力が驚異的だ。 まずアレらを片付けねば、スルーズへの攻撃は通らない……。 この世界の者が「青」と名付けた騎士が口を開いた。 「ひとつ聞かせてもらおう。貴様はこの戦いに何を見て、何を望む」 『愚問。わたくしたちが戦い意味を考え、語ることはありません。 ただ、主の命じるまま……主が身につけた装備の如く主の意に歩みをあわせ、力を尽くして使命を果たすのみ』 この世界の者が「赤」と名付けた騎士が口を開いた。 「その主はもういない。何故主君の仇につくす。あの女が勝ったところで得られるものは何もないぞ。何もないどころかすべてが無になる」 『だから何だというのです? 主命は絶対。貴方たちも召喚された身ならば、契約を果たしなさい』 「……ふむ。ではまず、戦いの場を清めるとしようか」 「……うむ。そうしよう」 青騎士が踵を返した。きん、と空気が凍る。 凍てついた波を受けて、凶馬の死体が粉々に砕けて流されていった。 赤騎士が踵を返した。ぐん、と手にした槍が伸びる。 橋の上に放置されていたトラックの残骸を池へ突き落した。 程なくして橋の北に数名の人影が現れた。 『両名ともこちらへ。戻ってきなさい』 両騎士はスルーズの命令を無視した。ゆっくりと距離を詰めてくるリベリスタたちとまっすぐ向き合っている。 まるで旧友を迎えたかのように、両騎士の口元が微笑みを形作った。 ゆっくりと、赤騎士が前に進み出た。後ろに青騎士を置いて戦いに備える。 「……貴様らに問う。貴様らはこの戦いに何を見て、何を望むや?」 第一撃は赤騎士が放った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:41 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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● 問いかけの言葉とともに、赤騎士が伸ばす槍の先が橋板をついた。 爪先でコンクリの破片がはじけ飛び、奥州 倫護(BNE005117)が慌ててスニーカーを浮かせる。 それが本気の撃ち込みでないことは容易に知れた。その証拠に、橋に穴は開いても崩れてはいない。そこで止まれと、と暗に示したところか。 「……ぅわぁ」 後ろへ傾いだ学生服の背中を片手で軽く受け止めてやったのは、『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)だった。 そのまま倫護の体をそっけなく押し戻すと、肩にかかった長い黒髪を真っ白な手で後ろへ流す。 「何を見た? 何を見る?」 艶を乗せて真っ直ぐ伸びる声。だが、巨体の騎士をひたと見据えた眼には底知れぬ闇が宿っている。 精神が狂気に蝕まれる以前の真名は、優秀なフォーチュナだったと言われている。力を失う原因となった忌まわしくも恐ろしい予知が、先のナイトメア・ダウンのことであったのか、それとも今回のことであるのかは誰にもわからない。 だが、己が手にする力で世界の破滅を回避せんとする気概は、デュランダルである今も同じであれ、劣ることはない。 故に。狂いながらもここにいる。 「大層な事を言ってるけど、要するに『世界嫌い、だから壊す』と『後の事は全部任せた』の丸投げの二点よね。巻き込まれた私と世界こそが不幸だわ」 真名は軽く顎を上げると、赤い月を抱く夜空に虚ろな笑い声を響かせた。そのままゆっくり首を傾けて、瞬きひとつしない、正気と狂気のはざまに泳ぐ目を閉じない穴のある丘へ向ける。 脳裏に浮かべた姿はアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアか―― 「世界が思い通りにならないから世界を壊す?」 すっと目を細め、はん、と嘲りひとつ、裏切りの魔女へ投げつけた。 バカな女。どうしようもなくバカな女。アークはもっと早く、このバカな女を切り捨てしまうべきだったのだ。 思いながらもなんら行動に出なかった自分にも罪はある。だが、狂人にそれを、理性ある行動を求めるのもまた罪な話。 そう都合よく心でまとめて真名はころりと首を転がした。 前に立つ男たちの頭の間から、異世界の騎士に目を向ける。 「なら仕方ないわねぇ、私の愛する子が世界で生きてるから壊そうとするの壊すわ」 衣擦れの音とともに、手甲の爪が夜気を切り裂く。 唐突に繰りだされた鋭い一撃は、受けた赤騎士の腕に三本の筋を残した。 「ふむ。愛する者のために戦うか。至極もっともな理由だな」 「それのどこがいけないのだ?」 「悪いとは言っていない。声からしてまだ幼子のようだが、どこにいる?」 赤騎士は目蓋を薄く開くと、背筋を伸ばして声の主を探した。 三列目、最後尾から声を上げたのは『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)だ。 横で依子・アルジフ・ルッチェラント(BNE000816)が翼の加護を発動させた。 チコーリアの小さな体が、魔法の翼を得て、赤い月を抱く夜空に浮かぶ。杖を両手で構えた姿は、いつでも反撃できるぞ、と強い気を発していた。 「前の戦いにもいたな」 赤騎士は視線を下げると、燃える瞳で最前列のリベリスタたちを睨み付けた。 「幼いからと言って我らが相手を見くびり、手加減することはない。我らの後ろで控える他界の女も、その女が従える百の怨霊も然り。これが最後、と武器を手にできる者なら誰――」 「チコはこれが最後だなんて思っていないのだ!」 倫護が口を開くよりも早く、チコーリアが叫んでいた。 青騎士の発した凍てつく波がリベリスタたちを飲み込み、抜けていった。 前列と中列に立っていた者は、氷漬けこそ免れたものの、体の熱をあらかた波に吸い取られてしまった。呻くように白い息を吐きして、かち、と歯を鳴らす。 前回の戦いで、両騎士の戦闘速度はリベリスタたちのそれを大きく上回っていることが判っている。こちらの攻撃が一巡する間に、どうにかすると騎士たちは二度三度と手を出してきていた。 果たして、赤騎士が熱して白光りする槍を構えた。 最前列に立つ四人は、何があっても自分たちの後ろへ攻撃は通さぬ覚悟をして、冷えた体を身構える。 「――――よ、とりあえずあの者の答えを聞こうではないか」 止めたのは青騎士だった。最初に赤騎士の名を言っていたようだが、強い風が吹いたためリベリスタたちには上手く聞きとれなかった。 「あらあら、お喋りに時間を割いてくださるの? なんと、お優しいこと」と真名。 へらり、笑った顔の横で、冷たく痺れる指先をひらひら振って茶化す。 「問うたのは我らゆえ。答えを聞く時間は取ろう」 言葉を返した青騎士といえば、生真面目な性格であるのか真顔だった。 「ただ、後ろを動かさぬためにも闘いながらの事となる。そこにいる者すべてが述べ終わるまでに、死人が出ぬとは限らんぞ」 「気づかい無用。もとより覚悟の上であれば、こちらも一切手加減しない」 両名ともそのつもりで、と『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)が毅然とした態度で言い放つ。 最前列に紅一点。スッと伸びやかに立つ姿からは、斬ることの宿命を背負って剣に生きる柳生一族の業を感じることはできない。それでも古より連綿と受け継がれてきた剣豪の血は、剣を向けた相手の足を容易に前へ踏み出させぬものがあった。 麗香を好敵手と認めて、赤騎士の口元が微かに緩む。 「では、同意が取れたとみてよいのかな」 返事の代わりにチコーリアが天使の歌を口ずさんだ。歌声がいまだ仲間にまとわりつく冷気を払い落し、知らず縮こまらせていた体をほぐしていく。 回復を受けながら、『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)は物理防御のシールドを張った。 「構わんよな? 打てる手は打たせてもらうぜ」 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)と『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)もまた、いまこの時に、と心身の強化を図った。 「真名おねえさんの次はチコの番なのだ。赤さんと青さんの問いにお答えいたしますのだ」 聞いてください、とチコーリアはいつになく真面目な顔で切りだした。 チコーリアは異界より召喚された騎士たちに、ボトム世界における四季の美しさと楽しみを、短く分かりやすい言葉で語った。変わることなく繰り返されるようでいて、決して同じではない。ここはまさに宝箱のような世界なのだと。 「もっとこの世界を知りたいし、もっともっと楽しみたい。だからチコ、全力で守りきってみせます」 アシュレイおねえさんの絶望は強いけれど、チコたちの希望はもっと強く固いのだ。そう言ってチコーリアは小さな胸を張る。 「赤さん、青さん。壊わして終わりにするのは簡単なのだ。この世界が再生して明日を迎えるためにも、どうかチコたちに力を貸してください」 それがだめならこのままお帰りください、と言葉を重ねる。 「こんなわけの分からない戦いで、ふたりが死ぬことはないと思うのだ」 「確かに。召喚者は我らをこの世界に呼び出したまま、何をしろとも命じず身罷った。だが、随分と勝手な奴だと思いはすれ、騎士としての務めは果たさねばならぬ」 赤騎士は強く左の足を踏み出した。手にした白熱の槍の先が火の粉を落としながらぐんと伸びる。 「冗談じゃない!」 吼えたのは倫護だ。 倫護は固く組み合わせた両手を振り下して、胸に迫っていた槍の先を叩き落とした。 じゅっ、という音とともに焦げた肉臭いが辺りに漂う。 「冗談じゃない。勝手に絶望して、勝手に世界を滅ぼすなんて……ボクは絶対に許さないよ」 兄、奥州一悟が命をかけて守った世界である。それもほんの数か月前のできごとだ。むざむざと破滅させるわけにはいかないのだ。 倫護は赤騎士の手元に引き戻される槍の先を追った。 走り寄りながら、怒りを戦斧にまとわせて振りぬく。 「ぼくが求めるのは世界の存続。すべての人に『可能性』を残すこと!」 ――この命続く限り。 気迫の籠った一撃が赤騎士のみぞおちに決まり、巨躯をぐらつかせた。 最前列のリベリスタたちは、体を折った赤騎士の後ろで青騎士がレイピアに似た細身の剣を指揮棒のように振るうのを見た。 とたん、耳の中で膜が張られたような違和感を覚える。 「――っつ!!」 急激に圧縮されて冷えた空気中の水分が集結し、倫護やアラストール、影継、麗香の周囲にいくつもの氷柱が出現した。氷柱はあたかも意識を持っているかのように中で回転し、鋭く尖った先をリベリスタに向けた。 耳に痛みを感じてから氷柱の先が自身に向けられるまで。 それら一連の流れが瞬きひとつの間の出来事であれば、体が反応するより早く無数の氷柱が四方から体に突き刺さる。 倫護は下がる暇を与えられず、赤騎士のすぐ前で膝を折った。歯を食いしばり、苦痛にゆがんだ顔を上げる。 目の前に赤騎士の大きな手があった。 天に向けて開かれた掌のうえで炎が渦巻を巻き、火球が形作られていく。 「……できれば壊す側じゃなくて、大切なものを守るために戦うボクたちを助けて欲しい。だって、ふたりとも騎士なんだろ?」 守るべきものがあってこその騎士ではないのか。異世界の理など何一つ知る由もないが、このボトム世界において騎士とは「保護者かつ守護者」である。彼の世界においても、騎士とはただ単に多くの敵を殺せばいい雇われの戦士と違うはずなのだ。 そうした理屈をぶつけておいて、倫護は立ち上がるなり腕を広げた。膝を震わせながらも、ぶつけるならぶつけろ、と全身で意思を表す。 「盟主さんは中立的立場で、アークにロンギヌスを、アシュレイさんに魔力とワルキューレたちを与えた。だったら、ふたりも自分で戦う側を選んでもいいんじゃない?」 「ああ。そう考えたからこそ、先の問いかけだ」 いまや火球は赤騎士の掌よりも大きく膨れ上がっていた。倫護の頭と同じぐらい、いやそれよりも一回りほど大きい。 赤騎士の唇が一文字に引かれて、掌から火球が浮き上がる。 「――え?!!」 次の瞬間、倫護は後ろへ引き倒されて尻もちをついていた。 すぐさま影継に助け起こされて前を見れば、獄炎の帯を全身にまとわせた遥平が仁王立ちしていた。 「よ、遥平さん!」 「大丈夫だ。見た目は派手だがシールドのおかげでまったくダメージを受けちゃいねぇよ」 さりげない口調の一方で、遥平は怒りを帯びた鋭い眼光で赤騎士をねめつけていた。 赤騎士もまた、遥平を睨み返す。 ――と 麗香が遥平の体から風に流されて四散していく炎を破って切り込んだ。上段から振り下された剣の先から強力な魔力の球が放たれる。 赤騎士が火球なら、麗香は氷球だ。 不意を突かれた赤騎士は、顔面に氷球をまともに受けてあとずさった。 入れ替わって青騎士が、青い波動を放ちながら前へ出て来た。 剣を戻して自然体の麗香を見下ろしながら、「あれが顔を張られたところを初めて見たぞ」、とさも愉快に笑う。 青騎士の肩の後ろで、赤騎士が顔の半分を手で抑え隠しながら呻いた。 「では、聞かせてもらおうか。女、貴様はこの戦いに何を見て、何を望むや?」 「この世界を護り抜くための戦いだ。母親が子を守るために戦うのに理屈など必要はない」 「子を守るための戦い?」 そうだ、と麗香は顎をひいた。 まっすぐ切りそろえられた前髪の上で、赤い月の光が滑る。 「狂気の中で非常なる暴力が振るわれるとき、真っ先に被害を受けるのは母と子である」 大義を失えば、戦いは単なる暴虐である。我らアークの戦いとは、家族を守ることに他ならない。家族を守るために戦うからこそ、リベリスタは結束し、強固なのである。その根源は母の愛である。 アシュレイは暴走トラックだ。愛を見失い、多くの命を巻き添えにしながら破滅に向かって突き進むトラックに他ならない。それを止めるには多くの暴走車、すなわち母の愛をぶつけて止めるしかない。 故に―― 「ここで立ち往生するわけにいかぬのだ。ここは退いてもらいたい」 「『母の愛』か。だが……」 青騎士が顔を上げた。 アザーバイドが向けた視線の先を追って、麗香も遥平も振り返る。 「我が見たところそこに一人、『愛』も『信念』ない者がいる」 あたかも視線が実態を持って通ったかのように、倫護、影継、アラストールらが列を割った。そのまま、見えない視線を追って後ろへ首を回す。 真名が顔を横へ向けたその時―― 「危ないのだ!」 「クリスさん!」 二人の叫びは間に合わなかった。 チコーリアは左半身に、依子は右半身に、『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)の背から噴き出た血と肉と骨片を浴びた。 「……あ、ああ……あ…………っ」 一拍遅れて、槍から噴き出た炎の衝撃でクリスの体が後ろへ飛ばされた。ふたりは飛んできたクリスの体を避けきれずにぶつかり、橋のうえに押し倒された。 ● 身を屈めた青騎士の頭の上から、白熱の槍が長く伸ばされていた。 白熱の槍はクリスの心中を貫いて血肉を背の後ろへまき散らすと、炎を吹きあげて体を焼いた。 クリスは大きく空いた傷口の縁からいくつもの煙の筋を引いて吹き飛ぶと、後ろにいたチコーリアと依子を巻き込んで倒れた。 「クリスさん! チコちゃん、依子さん!」 倫護が三人を助けに走った。 麗香と遥平が下がって前列と中列に開いた穴を埋める。 戦いの場に残る者たちは仲間の安否を確かめることなく、目の前の敵に意識を集中させた。 クリスの命は後ろの三人にあずけた。自分たちの役目は敵を倒し、丘への道を切り開くこと。 ――ああ、しかし、よくもやってくれたな。 遥平は体を伸ばした青騎士へ銃口を向けた。が、真の標的はその後ろにいる赤騎士だ。赤の波動を発動させていない今なら、青騎士を射抜いた後であっても十分なダメージが期待できる。 「この戦いに何を見るのか――随分と世界を捻くれて捉えた盟主様とやらが仕掛けた、まさに世界が滅ぶが否かの瀬戸際ってヤツさ。俺は戦いに意義なんざ求めちゃいねえよ。守るモン背負ってるから戦う。それだけだ」 頭上に展開した高位魔方陣が収縮し、遥平の腕を通じてリボルバーの弾倉へ流れ込む。 「この戦いに何を望むか。愚問だな。俺が望むのは世界の存続。ただそれ一つだけだ」 引き金が絞られた。 手首が跳ね上がった。 銀に煌めく弾丸は青騎士の胸を撃ちぬき、赤騎士の肩へめり込んだ。 「頭下げてお願いしてお前さん達に帰ってもらおうなんざ、考えて無いんでな」 銃身に刻まれた不殺の誓いが、この時ばかりは恨めしい。 不殺の誓いは尊い命を守るため。悪であっても命続く限り改心の、更生の余地はある。だから殺生はしないと誓った。ああ、そうだ。 ――あの街に暮らす人たちを守るために、警察官の道を選んだ。 ――この世界に生きる人たちを守るために、リベリスタを選んだ。 あれから四半世紀。 「お前らには短い時間かもしれねぇが、俺はその生き方に人生を預けたんだ」 腹を押さえる青騎士の肩に手を置いて、下がれ、と言いながら赤騎士が再び前衛に立つ。 赤い波動が広がった。 騎士が槍を構える前に、と速射砲を抱えて飛び出したのは影継だ。 はち切れんばかりに盛り上がった全身の筋肉が、溜めにためたエネルギーを砲身に込めて赤騎士へ撃ち放つ。 激しく荒れ狂うエネルギーの嵐を内に秘めた光の玉が、赤騎士の全身をすっぽりと飲み込んだ。 なおも敵へ速射砲を向けながら、影継は口を開いた。 聞きたいというのなら聞かせてやるぜ。何を見て、何を望むだと? 「決まってんだろうが、『未来』だ!」 リベリスタたちがどんなに頑張っても、未来は相変わらず不透明で、暗雲が立ち込めている。いくらかマシにはなっているだろうが、バラ色とは言えない。 だが未来は無限だ。さまざまな可能性と変化をはらんでいるのだ。 「強い奴も悪い奴も居て、アークだって永遠不変じゃない。神秘を持たぬ一般人すらガンガン世界を変えていく。混沌として……だからこそこの世は面白い」 光の玉が消え去った。 影継は、全身傷だらけの赤騎士に不敵の笑みを向ける。 「強者の一存で世界を終わらせる、そんなのは退屈だ。そうだろ?」 「終わってしまえば退屈もなにもなかろう。思うにこの度の事、何があろうと永遠に時は続くというお前たち人の『驕り』が招いたのではないのか?」 ああ、と返された問いを素直に受けた。 速射砲の口を下げる。 「俺達は世界をR-TYPEから護り抜いた先人達の屍の上に生きている。過日の事件はそれを変えられない過去として俺に刻んだ」 朝、目が覚めて起きると、夜、目を閉じて眠りにつく前と同じ世界にいる。これがどれほど奇跡的なことなのか、あの日を知る者たちにはよく分かっているはずだ。 だが、人間は安易に過去を忘れる生き物でもある。 「もしかすると、人々が『この世は不滅ではない』という真理を受け入れ、前進するためにこの裁きは必要なのかもしれないな」 影継は二歩、三歩と後ろ向きに下がりながら、騎士たちの遥か後ろにある怨霊の壁へと目を向けた。 これまでのところ、ヴァルキューレたちは傍観一方でまったく動く様子がない。赤と青の両騎士で決着がつくならそれでよい、とでも思っているのだろうか。随分と消極的だ。魔女の手先となって積極的に世界の滅びに加担するつもりはないらしい。 だとすれば、バロックナイツ盟主、ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンの意図がどこにあったにせよ、それは単に善悪のレッテル張りのために仕掛けたものではなかったのだろう。 人類が裁かれること自体に意義がある、と。 得心したが、口にして言うべきことは言わねばなるまい。 「だが、黙示録の『審判』という苦難が在ろうと世界は変わりながら続く!」 それは改めての宣戦布告に他ならなかった。 赤騎士の後ろで青騎士が高々と腕を上げた。 強い風に吹かれて細雪が飛び、赤い月が支配する夜にもかかわらず、クリスを除く八人の頭上に偽りの陽光が降り注がれた。 魔光を弾いて黄金色に輝く雪が、リベリスタを閉じ込める冷たい太陽の柱となる。 柱に閉じ込められた全員がしたたかにダメージをうけ、うちクリスを取り囲んでいた三人が幻想的な魔術に心捕らわれてしまった。 依子が大切なパートナーである「ナナシ」の魔導書を、意識のないクリスの上に振り上げる。 その顔には、自我を持つ魔道書のアーティファクトに唆されて悪事に手を染めていたころと寸分変わらぬ狂気があった。 チコーリアも倫護も武器を構え、虚ろな目でクリスの蒼ざめた顔を見下している。 「三人とも、気を確かに!!」 三人を包み込む狂気の幕を取り払わんと、アラストールは祈った。 魔導書がクリスの頭蓋を砕く寸前に、真名が依子の腕を取る。 「私、狂人、入ってるのに、なんとか出来るってある意味凄いわね」 「わ、わたし……」 真名を見上げた依子の目の縁に、みるみると涙が堪っていく。 「あの、ありがと――」 「礼なんていいから。仕事をしなさいな。そこの二人もね」 アラストールは、依子たちがクリスの回復に戻ったことを確認して前へ体を向けた。自責の念に駆られて強く噛んだ唇から、歯を離すことを己に許す。 超直観を活性化させ、ほぼ仲間を守ることに専念していたにもかかわらず、両騎士の計略にはまり槍の一撃がクリスを貫くことを許してしまった。もしも『祈り』が間に合わず、仲間の手でクリスを死なせていたなら、絶対に自分を許せなかっただろう。 右手に祈りの剣、左手に祈りの鞘を構えて赤騎士の前に立つ。 アラストールの手にあるものを見て、赤騎士が微かに眉を寄せた。 青騎士もまた、じっとアラストールへ視線を注ぐ。 「なれば問い返そう両騎士よ! 貴公等はこの戦いに何を見、何を思う」 鞘から薄くにじみ出た光が、体にまとった英霊のオーラと混じりあった。大きく広がってアラストールの背で巨躯の影を作る。影は赤騎士、青騎士の姿とよく似ていた。 「なんと……もしや、貴様は?」 「私は、騎士だ!」 ああ、お前たちと同じ騎士なのだ。呟いたアラストールを纏うオーラが、細身の体を一回りも二回りも大きく見せていた。 雄叫びの如き名乗りを前に、相対する両騎士の体は歓喜に震える。ふたりはアラストールの内に同朋の気配を感じ取っていた。 「何処にどの様な在り方であろうと、私の信じる騎士である。騎士は人々の祈りに応じ、守る為、救う為に戦いに身を置く。故に、私はこの破滅を断つ―――断固として、だ」 剣の先をずい、と前に突きだして、さらに畳みかける。 「個への愛故に魔女は破滅を望み、全への愛故に盟主は果ての結果を望む。世界と方舟は存続を望む。して、貴公等はどうであるか?」 「我らもまた騎士である」 「ならば――!」 続く言葉を断ち切るように、赤騎士が炎の帯を振るった。 炎の帯は鞭のようにしなりながら、最前列に並ぶリベリスタたちを次々と打ち据えていく。その背から魔法の翼が奪い取られ、能力を高めていた力が失われた。 アラストールを覆っていた聖骸闘衣もまた切り裂かれ、消滅した。 「作りものではなかった、か……」 薄くなりはしたものの、アラストールに寄り添った騎士の影は消えなかった。消えるはずが無い。なぜならそれはアラストール自身の影なのだから。 「アザーバイド――異世界の騎士と融合した幼子の成れの果て、それが私だ」 息つく間もなく凍てつく波が中列にまで押し寄せて来た。 魔力によって極度に冷やされた空気の波が、遥平を守っていた加護の盾と翼を砕く。 真名の体が波に囚われて危なく揺れる。 アラストールは赤騎士から攻撃の気配を感じとると、すくざま真名の前へと体を動かした。 「回復を! 早く!」 前を見据えたまま、麗香が叫ぶ。 影継は一歩前へ出ると、切れるようなまなざしで赤騎士の動きを刺し止めた。 「答えを聞く時間は取る、と言っていたな。まだ、二人残っているぜ」 クリスと依子の二人がまだ問いに対する答えを出していなかった。しかし……。 チコーリア、倫護、依子の三人が懸命になって、細くなる一方の魂の尾をクリスの肉体に繋ぎ止めていた。恐らく彼女はもう立ちあがるどころか、口をきくことすらできないだろう。 依子は目を伏せた。 刻一刻と蒼ざめていく頬に熱い涙が一滴、落ちる。 「わたし、一生懸命勉強しました。この手でみんなを守りぬくために、本当に頑張ってきたんです……」 もう一滴。クリスの頬へ。 ――死なせません。絶対に。 依子は毅然として立ち上がった。 魔道書を開く。 詠唱とともに頁に記された魔文字が燃えながら浮き上がり、らせんを描くように絡み合いながら光の筋となって立ち昇る。 夜の空を突いた依子の強い思いは、天より至高の存在を呼び降ろした。 遥か高みより、慈愛に満ちた祝福の光がリベリスタたちに降り注ぐ。 クリスの顔が幾らか色を取り戻したのを確認すると、依子はあとをチコーリアと倫護に任せ、「ななし」の魔道書をしっかり胸に抱いて前へ進み出た。 遥平と真名の間を抜けた。麗香とアラストールの間も抜けると、影継の横に並び立った。 「この戦いは通過儀礼だと思います。 立ち止まっていた誰かが、また前に歩き出すための。下手をすると世界が終わっちゃうけど」 ため息で言葉を切ると、意識して魔道書を抱く腕の力を抜いた。 「……なんだかとても、遠くに来た気がします。色々なことがあって、それを眺めて、羨んで、妬んで。私に優しくない世界が嫌いで、いつの頃からか、羨んだり妬んだりしなくなって」 胸にこみあげてくる切なさに体を震わせて、だけど、と続ける。 「この世界はとても不完全で、優しくないけど、この世界だから出会えた大切な出会いがあって、別れがあって。別れた人とまた会いたいから、笑って、私は再会したいから」 だから闘います。わたしにフェイトをくれた彼が、ここへ戻ってくる未来を守るために。そういって、依子は騎士たちに笑いかけた。優しく緩やかな曲線を帯びた月の目に涙を浮かべながら。 「どうかお帰りください。これはわたしたちの戦い。できれば騎士さん達に助けて欲しいけれど……」 わたしたちの戦いと言いながら助けを請う。それは図々しい希望。だから無理は言わない。させるつもりもない。 無防備な姿を晒してみせた精いっぱいの強がりも、頬を流れる涙と震える膝が台無しにしていた。本音を言えば怖いのだ。本来は後ろにいて仲間に守られるべきホーリーメイガスという存在。いま、ここで赤騎士の一撃を受ければ間違いなく死んでしまうのだから。 その赤騎士の体が沈んだ。 依子の前に膝をついて首を垂れる。 「我が名はカリブンクルス」 つづいて後ろにいた青騎士も膝を折る。 「我が名はサフィラス。乙女らよ、勇者たちよ。熱き想い、確かに受け取った」 「我が名誉にかけて、ともにこの世界のために戦おう」 安堵から膝を落とした依子を、影継が横から腕を伸ばして支え、立たせた。 ● 「来るぞ!」 騎士たちの後ろに壁の揺らぎを見取った影継は、すくさま依子を後ろへ下がらせた。 よほどのボンクラでなければ、騎士たちが依子の前で膝を折った瞬間に、寝がえりを確信したはずだ。 果たして戦乙女スルーズは、怨霊たちに指示を出して動かし、橋を左右から挟み込みにかかってきた。 「あら、嫌だ」 慌てず騒がず。真名がおっとりとした声をあげる。 「怨霊というだけあって、凶運、呪い、呪殺、呪縛といろいろ持っているわよ」 まるで負の感情で出来た網のよう、と真名は例えた。 こちらの命と気力を直接削り取るよりも、身動きを封じることに重きを置いている、と幻想纏いを通じて全員に伝えた。 ま、恐れることはないけれど。ふふ、と薄く笑い、鉤爪の先を一つ戦乙女へ向ける。 「そこの忠犬。流石ね、でも貴女の有象無象とウチの少数精鋭だと、どうかしらぁ? 貴女が駄犬でないなら、ひとつ指揮と私の鬼謀で勝負と行きましょう?」 聞こえなかったのか、聞かなかったのか。 スルーズは真名の挑発に鉄扉面を崩さない。 「あらあら。愛想のないこと」 恨みで顔を歪める怨霊たちのほうがよっぽど可愛げがある、と真名は皮肉に笑った。 「赤さん、青さんも、ひとまず傷を治すのだ!」 両手でしっかり杖を空へ掲げ、チコーリアが天使の歌を口ずさむ。癒しのメロディは仲間に加わった両騎士にも新たに戦う活力を与えた。 麗香が静かに剣を構える。 「かかった得物を、編みの上から一匹ずつゆっくり留めを刺すか」 ならばかからなければよい。覆いかぶさってくる怨霊は、端から切り捨てるまで。 間断なく襲いかかってくる膨大な数の怨霊に怯むことなく、麗香は舞い踊るがごとく左へ右へと転化しながら己が命の刃で切りつけていく。 「これより先、「必滅の運命」を覆すまでは決して後ろを振り返る事は許さぬ。堀があれば屍で埋め、塀あらば屍を積み上げ乗り越えよ……目指すアシュレイの首獲るまでは」 麗香の言葉に応えるかのように、倫護が猛然と最前線へ走り出してきた。 赤騎士の背を駆けのぼり、肩を蹴って高く夜空へ飛びあがる。 「一悟兄ちゃんが守ったこの世界を、ボクも全力で守るよ!」 後ろへ引いた戦斧を、怨霊の壁に向けて振り下した。風を起こして唸る斧の刃から無数の意志の弾丸を放つ。 倫護の一撃は怨霊を吹き飛ばし、戦乙女を守っていた壁に穴をあけた。 いまだ目蓋をあげぬクリスの手を強く握りしめながら、依子が翼の加護を唱える。 遥平は腕に絡んできた怨霊を、こともなげに手で払いのけた。 「悪いな。呪い無効は伊達じゃあ無いんだよ」 そのまますっと夜空へ舞い上がった。 倫護が空けた壁の穴の向こうに、槍を構えたスルーズの姿があった。 リボルバーのグリップに当てた左手の親指で、魔弾の詰まったシリンダーをフレームに押し込む。 「こいつで死にはしねぇだろうが、ちったぁ痛い目にあってもらうぜ」 両手を使ってしっかり銃を構えて狙いをつけると、トリガーを引いた。官能的な射撃音が赤い月の下で鳴り響く。 放たれた銀弾は何に邪魔されることなく戦乙女に届き、その胸の上で血の花を咲かせた。 青騎士――サフィラスがデス・サンピラーを唱える。 「盟主の遺志に殉ずる、その騎士道も善し!」 怨霊を封じる無数の光柱の間を、漆黒の影が飛んだ。 「だが、それも盟主の意図を理解した上の選択でないんなら、ちょいと勿体ないがな」 スルーズが穴を埋めるべく怨霊を呼び集めた。リベリスタたちに襲い掛かっていた怨霊の内、少なからぬ数が指揮官の命に応えて影継の前に集結する。 『黙れ。貴様たちにむざむざ倒されるほど、わたしは弱くない。それに、貴様ごときが……ディーテリヒ様の考えられた崇高なプランを、さも理解しているかのような口を利くな!』 スルーズの激昂とともに闇に光線が走り、空に巨大なルーン文字が刻まれた。 とたん、怨霊たちが影継に襲い掛かった。 怨霊は体にとりつくと質量を持って硬化した。ただ体に硬化しただけではなく、互いに強く引き寄せあって体を押しつぶしてくる。 「ぐ……ううっ!」 苦境に陥ったのは影継だけではなかった。 リベリスタや騎士たちの付近にいた怨霊もまた、スルーズに魔法でその性質を変えていた。今度は物理的な力でもってリベリスタたちを苦しめる。 『そのまま押しつぶされて小石になるがいい!!』 ――まさか、このまま 意識が落ちようとする寸前、依子があげた悲鳴が影継の魂に火をつけた。 ぴしり、と音をたてて怨霊の殻の一部が吹き飛ぶ。 雄叫びとともに、殻を突き崩して無数の弾丸が飛び出した。体を覆っていた怨霊の殻がすべて取り払われても、怒涛の攻撃は収まらない。 影継は体を独楽のように回すと、仲間たちの覆う怨霊の殻に弾を浴びせて打ち砕いた。 「こいつが斜堂流って奴だ、地獄に行っても忘れるな」 再び聖骸闘衣を纏ったアラストールが祈りの鞘を掲げる。 「天よ。空に座す尊き父よ。この祈りを聞き届け、どうかこの身に破邪の力をお与えください」 アラストールの体から、眩い光が迸り広がっていく。 破邪の光が呪われた仲間たちの体を清めた。 自由を取り戻した真名が鉤爪を、麗香が剣を振るって残る怨霊を切り伏せていく。 チコーリアが星の雨を降らせた。 赤騎士カリブンクルスが白熱の槍を伸ばし、倫護が戦斧を振るう。 ――ああ、それでも……それでも半分。 余力を十二分に感じさせるヴァルキューレと五十は下らない怨霊。対するリベリスタ側は満身創痍、士気こそ高いものの力は尽きかけている。 アラストールは顔を上げて、上空のスルーズへ言葉をかけた。 「戦にて兵を半数も失えば敗北だ。死兵の率い手の戦乙女なれど、根絶も玉砕も主命ではないでしょう?」 返ってきたのは冷笑だった。 スルーズは再びルーン文字を描く。 今度は巨大な光の矢がリベリスタ目がけて放たれた。 橋が砕かれ、いたるところが落ちて細る。 「そうかい。引く気はねぇか……」 割れた額から血を流しながら、遥平は内ポケットからシュガーケースとライターを取りだした。 煙草を一本、口にくわえて火をつけた。ゆっくりと煙を吸い込んで肺を満たすと、口から離して赤い火に見入る。瞬きひとつ内に、覚醒してから今日までの事に思いを巡らせた。 「命を使う覚悟なんざ、こちとら20年以上前から決めている。安い命だが、勘定の足しになるなら持っていけ」 再び口をつける気にならず、煙草を池へ投げ捨てようとして思いとどまり、苦笑とともに取りだした携帯灰皿へ突っ込んだ。 遥平の命が暴風となって体の内から吹き、煌めき放ちながら渦を巻く。 その横に麗香が並んだ。 やはり運命の炎を体から吹きあげ、華奢な体に纏っている。 「黄泉比良坂は長い。道中の連れが欲しかろう。わたしも行いこう」 ふたりのフェイトが一つに溶け合い、夜の闇を押しのけ赤い月を霞ませる。圧倒的な、あまりにも強大なエネルギーの球が、打ちあげられようとしたそのとき―― 「ふたりとも駄目なのだ!!」 カリブンクルスとサフィラスの両騎士が遥平と麗香を抱き留めていた。 「何をする!」 「は、離しなさい! ボトムのケリをつけるのはボトム戦士の務め、外の輩は傍観しなさい」 両騎士はチコーリアの頼みを聞き入れ、身を挺して歪曲運命黙示録を止めたのだ。腕にそれぞれ二人を抱えたまま、ゆっくりと後ろへ下がる。 「どう考えても無駄死になのだ。チコたちが死ぬとしたらここじゃない、あの丘の上なのだ!」 四人。 仲間の内、四人が戦えなくなったら撤退する、とチコーリアは密かに決めていた。 最初にクリスがカリブンクルスの槍に倒れ、そして先ほどのスルーズの攻撃で依子と真名が倒れていた。 チコーリア自身も口を利くのが辛いほど疲弊し倒れかかっている。いや、全員が倒れかかっていた。 だからこそ遥平と麗香の二人は、己の命を捧げて運命の歪曲を試みようとしたのだろう。 しかし、ここで彼らが命そのものを敵にぶつけて勝ったとしても、それは本当の勝利とは言えないのだ。 ――本当の勝利。 この世界を破滅から救うためには、一人でも多くの戦士を魔女アシュレイのいる丘の上へ送り込まなくてはならない。 「だから悔しいけど撤退するのだ。ここを無理に通らなくても、他に道はあるのだ!」 『ふん。丘を目指すと聞いて、このわたしがお前たちを黙って行かせるとでも?』 スルーズの命で、残りの怨霊が一斉に動く。 「いいや、そこまでなめちゃいないとも。今しばらく、俺たちが相手をしてやろう」 影継とアラストール、倫護が両騎士の前に出た。 「カリブンクルスさん、サフィラスさん。みんなを頼みます」 「ええ、ここは私たちが盾となって食い止めます。さあ、早く行ってください!」 五十の怨霊たちが一斉に襲い掛かってきた。 その後ろから、槍を構えたスルーズも突っ込んできている。 先頭を切って飛んできた怨霊を、銀の弾丸が打ち砕いた。 「ちっ。恰好つけておいて不発とはしまらねえな。だが、俺はまだ戦えるぜ」 「わたしもよ」 暗黒のオーラが冷気を放つ魔剣より放たれ、怨霊たちを切り伏せる。 「遥平さん! 麗香さん!」 騎士たちはクリスと依子、真名とチコーリアを腕に抱いて、すでに対岸へ向かっていた。 「倫護君は下がって。みんなの回復に専念して。こうなったら全員、生きて……丘の上で会いましょう」 アラストールと影継が、同時に笑った。 傍に強い仲間がいて、目の前に強い敵がいる。 急降下してくるヴァルキューレを、世界の運命を天秤にかけて闘うに相応しい相手と認めたならば、これが負け戦であっても精々笑って愉しもうじゃないか。 影継が体でスルーズの槍を受け止めた。 アラストールが切り込んでスルーズを退ける。 倫護がバイタルウェイブを起こして、殿たちの傷を癒す。 「さあ、攻守逆転してもう一勝負と行こうぜ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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