●先触れ ―Case D― なぁるほどなぁ。 狐――同類までいるのかよ。乾坤圏持ちも。 私にぶつかってくるとは、中々気が利いてるじゃないかよ。え? アーク? ――――『黒虎の高弟』マリアベル・リー 三ツ池公園の空に、赤い月が浮かんでいる。 ぬらぬらと墨液の様な闇が辺りを覆い尽くし、殺気立つような光を湛えながら、ぽかんと浮かんでいた。 上の池には赤い水月が映っている。 赤い水月の真ん中で、ふと、ぱしゃん――と一匹の魚が跳ねた。 波紋がひろがって、ゆらゆらと水月を歪ませる。 水面下で魚は悠々と泳ぎ、泳ぎ疲れたかかの様に水底で動かなくなる。 誰も気にもとめない存在である。誰も気にもとめない事柄だ。 しかし、自然なる営みのここから、コトが始まった。 魚は口を開く。 可動部の限界を越えて開かれる。 ついには内臓も吐き出して、まるでぬいぐるみを裏返したかのような恰好となる。 はらわたが蠢いて、粘土のようにこね回されて、次には一回り大きい魚の形になる。 変化はすぐに来て、またハラワタを吐く。繰り返される。少しずつ大きくなる。少しずつ変わっていく。 両生類――牛一頭ほどのガマの形になる。 池の水は、粘度を帯びて、そのガマと同化するようにせり上がっていく。 ガマもハラワタを吐く。吐いたハラワタがまたガマになる。また少しずつ形が変わっていく。ガマの次はトカゲになる。また同じことが繰り返される。 ついには、いびつな形で翼が生える。枝のように。鱗が羽毛となっていた。 羽毛もやがては細くなり、ただの毛となる。 様々な生き物が蛇のように連なり、とぐろをまいて、ついには樹木のように縦にそびえる。 先端が2つに割れて、ミミズのようなうねりを見せ。先端から粘液とともに出て来たものは巨大な人の顔の如きものであった。 巨面は唇を動かす。 歌をうたう。 ひたぶるに歌い続ける。 男面が奏でる声。女面が口ずさむ音は。 "And now we will make human beings; they will be like us and resemble us. They will have power over the fish, the birds, and all animals, domestic and wild, large and small." ●Dの呼び水 ―The Tower― 「三ツ池公園に大きな動きがあった」 ブリーフィングルームに集ったリベリスタ達に、『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は一呼吸置いて話を続ける。 「話は三つ。一つ目。バロックナイツ盟主――ディーテリヒが討たれた。アシュレイの手によってな」 ブリーフィングルームを沈黙が支配する。 かの二人は、行動を共にしていたとはいえ、隔絶した力量差があると目されていた。 どういう経緯か。最早、直接本人に問うしかないのだが。 「二つ目。欧州に行っていたリベリスタ達の報告によれば、そのアシュレイの目的は単純にこの世界全ての破滅だ。『魔王の座』と呼ばれる召喚儀式によって行う心算らしい」 一体、何を考えているのか。 フィクサードとは己の欲などの為に、崩界につながるような行為も辞さない存在と定義されているものであるが、極端過ぎる。何が塔の魔女をここまで駆り立てるのか。 バロックナイツの持つ神器級アーティファクトを蒐集し、ウィルモフ・ペリーシュの魔力抽出技術を得たことで、魔女は、その召喚儀式成就のための全てを手に入れた格好である。 「『魔王の座』で、一体何が呼び出されるんだ?」 「その存在を、アークは『Case-D』と名づけた。 かつて『R-Type』――15年前の記録の上でも、現地に降り立った時にも、その出現時には、神秘の歪みを観測したのだが、この『Case-D』は規模が桁違いだ。顕現したら即滅びる」 つまるところ、アシュレイの目的――全世界の破滅をもたらす――を叶える存在という事である。 「結論から言って、三ツ池公園に殴りこんで、アシュレイをどうにかすれば良いという話だ。アシュレイの戦力には召喚した魔獣の類、フィクサード、バロックナイツ盟主が遺したものが居る。戦乙女と呼ばれる神性存在も、アシュレイを守護しているので簡単ではないのだが――」 と、デス子がおもむろに端末を操作した。 「エリューション『Dの先触れ』を撃破する」 たちまち、スクリーンには樹木の如きナニカが映し出された。 表面は、細かくささくれているが、よくよく見れば、その一枚一枚が生物の頭をしている。下は魚類。上にいくにつれて、両生類の如き緑の皮が見えたり、爬虫類の様な鱗のようなものが見える。また、枝のように鳥の翼が歪つに生えている。 もう少し上では、幹が二股に分かれていて、Yの字に右に大きく伸びる。 先には、頭髪のない人面――女の顔がある。 二股に分かれた左側も同様だが、こちらは男の顔とみられる。 根本から頂まで全高30mはあるか。 「どういう経緯で生まれたものかはわからん。 フォーチュナが『Case-D』と同質の何かを感じたというから、便宜上『Dの先触れ』と識別名をつけた。六道 紫杏が作ったエリューション・キマイラに近いか」 異様さを漂わせている。またそれ以上に、超常なる気配を発している。 巨大な顔は歌をうたっている。 ひたぶるに歌っているだけにみえる。 しかし、池の中央に生えたそれは、既に世界を侵食しているように、水を黒いタール状のものに変えている。池が固形物のようだ。 「二股に分かれた先端の顔を両方倒せば消滅する筈だが、逆を言えばそうしなければ無限に再生するらしい――このエリューションの撃破は、16人で行う。先割れの片方の『女面』が目標だ」 他の部屋でも『Dの先触れ』と戦うブリーフィングが行われているという。 「最初に『Dの先触れ』と接触する者は、『恐山』と『梁山泊』だ。両組織も、かなり本気に近い精鋭と見て良い」 恐山は、国内のフィクサード組織である。謀略の恐山と称されているが、外交の席を武力でひっくり返されない程度の戦力はある。 『梁山泊』は、大陸のリベリスタ組織である。古都である長安から出てくる戦力。 どちらも虎の子を出してきたという事らしい。 「私では力が及ばない。せめても『魔王の座』の影響で出現する公園周囲のエリューションを掃討する予定だ。――済まないが頼んだ」 と、デス子はオートマチックのスライドを引いて、カシャンと、オートロックを外した。 ●友軍 ―600 Words of Nexus― 「キリがねええゾ!」 上海語訛りの日本語で悪態が飛ぶ。 恐山派フィクサード、『黒猛狐』マリアベル・リーは、狐の様な目を見開き、悪態を掌に載せるように掌打を放った。 浸透する気が、たちまち巨大なエリューションの体表の一部を爆ぜさせて、一気に燃え上がる。 が、そこで終わった。 木の枝の様なものが、無数に生える。貫かんとする。ここへ枯れ木の様な老人が割って入った。 枯れ木の様な老人は、鞭の様なものに貫かれ、貫かれた所から引き裂かれる。 「ジジイ! 甘蝿!」 血味噌の如きものが場に残る。頭上から『Dの先触れ』の女面が見下ろしている。 固形化した水――地にイソギンチャクともヤツメウナギの頭の様な肉の穴が生じて、老人だった血味噌を飲み込む。 すぐにスパンという乾いた音が鳴った。 「痛ってえ。――たくっ、師匠の師匠のくせに。偉ぶって、あっさり死にやがってよぅ!」 マリアベルの右足が、鋭利な刃物で切断されたかのように、宙を舞う。 「気が利かねェな! クソが!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●流動 ―Sees on the way― 硬質化した黒い池が広がっていた。 赤い月の他には風すらない。歪なる夜である。 上を見ると、聖書をうたう魔物が見下ろしている。戦いの気魄はまだない。…… 「マリアベル!」 最速で『救世境界線』設楽 悠里(BNE001610)が、怪物の触手と友軍の間に割って入った。 恐山の狐目――マリアベルは、何が起こったか分からないかのように、尻もちをつく。 「お前、氷使い」 悠里とマリアベルは何度か拳を交えた間柄である。 「こんなところで死なれちゃ困るよ。君との決着は、まだつけたとは思ってないんだから――まだやれるよね?」 「当たり前だろぅ」 「なら一度下がって、回復を」 狐目は、まだ戦えると言うように舌打ちをした。 『無神論の盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)が、悠然と歩み出る。 「私達はただ勝つ為やって来た訳ではありません。これは、未来を生きる誰かの為の戦いであります。血気に早って命を落とすなど、私だけは絶対に許しません!」 「わーったよぅ。――お前等の力は分かってるしナぁ」 狐目とラインハルトの位置が入れ替わる。 『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)はひらりと低空飛行をする。 「『神は、自らに似たもの…私達「ひと」を作り、地上の物を支配せよとのたまった』――聖書とかよく分からないけれど、神様ってこんな上から目線なの?」 私が『何』から作られたかなんてどうでもよい。私は私の意思でここにいて、目の前の可哀想な物体を片づけたい。 低空飛行のまま魔曲を唱える。 四色の奔流が走り抜けて女面に刺さり、魔力の爆発が起こる。 「おや? 中辛カレーのと、コーヒー兄ちゃん?」 シュスタイナの瞑想を破ったのは、下がってきた狐目である。 『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)も、眼鏡の中央に中指を当てて、「ええ」と二文字で応答し、次に敵を見る。 「さて、旧約とはいえ、聖書の一節を口ずさみながら蠢く化物ですか……」 聖にとって、まさに、ぶち殺さずにはいられない敵とは、こういうモノに他ならなかった。 「速やかにお帰りいただくか、もしくは息を引き取っていただくか……いずれにせよ、早々にこの場から立ち去っていただきましょう」 神罰、そのものの銘を刻む双刀を、弾丸の如き速さで投擲する。 顔面はやや硬い。肉と比較すると、圧倒的に顔面が有効とあやしまれる。 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が、身を低くして走り、翼の加護を受けて飛翔する。初手は敵の分析に費やす。 「関わりたくなかったというのが正直な所だが縁とはわからないな」 途中、狐目とすれ違った。 「テメぇ、あれか! 乾坤圏の野郎!」 伊吹にとって――娘を持つ身としては冴島と娘の最期を思うとゾッとしない相手であったのだが。 「どういう風の吹き回しか、共闘するからには死ぬなよ」 狐目が更に後方に下がる。 『二つで一人』伏見・H・カシス(BNE001678)が早速とばかりに聖神の息吹を施す。 「これで大丈夫だと思います」 「お、腕がいいじゃあないか」 飄然と狐目は振る舞って礼を言う。 途端、カシスは、カチっとスイッチが入る様に女面を睨む。 「神様の本を口ずさんで、何を考えているの? 歪んで捻れて、世界を裏返すなんてさせない!」 「お、おう、そうだねぃ」 狼狽である。 如月・真人(BNE003358)はヘッドセットを装着した。要請をいつでも受け付けるためだ。 「出来る限りがんばってみます、凄く怖いですけど」 上には赤々とした月。逃げ出す選択肢はない。 「行ってきます」 最後衛から飛び出すように、前衛より10mから20mの距離を目指す。 振り絞った勇気と、自らの鉄の腕で出来る事をただやるために。 『無色の魔女』シエナ・ローリエ(BNE004839)は、この月を眺めていた。 「――魔女さんの怨嗟の月。赤くて昏くて。素敵な色……だね」 世界を消すほどの怨讐の色は、眩しくて、羨ましいと胸裏につぶやく。まだ自分の色、自分の生がない。 「だから、月明かりをいっぱいに浴びながら、戦う……ね」 赤い闇に踊るかの様に、最前線へと飛翔する。 「構成展開、型式、毒花の幽香――composition」 解き放つ、秘術アムネシア。毒花の嘲笑を甘い香りが女面へと注がれる。 ラインハルトが、盾で触手を切り拓く。後方から敵の分析をする伊吹をサポートする。 「これまで多くの戦友が逝きました。ここが最後の境界線。もう誰一人喪わせない。リベリスタも、フィクサードも、同じ世界を生きる仲間であります! 私は盾。この場の全てを護り抜く!」 ラインハルトが鼓舞の言葉を高らかに告げた。 そこへ、短い通信が入る。 『うん、勝とう』 向こう側でも戦っている――いや、それ以外にも戦っている者はいる。 一体感と共に、聖書をうたう者との戦いに火が灯る。 ●創世を使い、破滅をうたうもの ―Devil― キンキンで悲鳴のようなソプラノ声が『Dream』と言った。 女面である。 たちまち、黒い池の中から、イソギンチャクのような顔をした花が次々と生えてくる。 甘い毒と触手はシエナのアムネシアの毒を吸収するかのようだった。 「そう」 シエナがぽつりと声を出し、魔術文字の障壁を展開する。 「これでもっと触れる……ね。怨嗟が呼ぶ赤色に」 ただの匂い、花粉、肺臓を腐らせる悪意に満ちた甘い匂いは、一時深刻な被害をもたらす。 もたらしたが、次には、機械じかけの神の愛が場から悪意を消し去る。 「ふ、雰囲気が世紀末モードで物凄く怖いです」 真人は浮ついた声であるものの、しかと回復のタイミングを見極めている。 「こっちも大丈夫!」 カシスは、友軍の対応に動いていた。 聖神の威光を放って、友軍の状態異常をことごとく祓う。 彼らには、乱入していくるエリューションの掃討と、先触れへの援護を要請している。 『こっちに何人か恐山か梁山泊、これないかい?』 「頼んでみる!」 カシスが恐山の方を見ると、バケツを被った半裸の筋骨隆々の男が立っていた。 「話は聞かせてもらった!」 カシスの中のスイッチがうっかり切り替わる。 「お、お願いして良いでしょうか」 「私の名はキングパイル!」 会話になっていないのだが、きっと恐山の芸人だろう。 シュスタイナが低空飛行でふわりと忠告する。 「基本は自分の身を護りなさい。無駄死にする必要はないわ」 「応じよう」 バケツ頭はそこらへんにいた梁山泊含む5人に勝手に指示出した。 女面の動きに合わせて、戦場が入り乱れる。 時々、男面側に近づいたり、離れたり。戦いは進んでいく。 「力が足りんか」 伊吹がエネミースキャンから見る敵の状態を告げる。 足元からくる鞭の様な触手、毒の粉。攻撃方法は大体把握した。 その威力といえば、耐久力が最も高いラインハルトでなければ、そう何発も耐えられるものではない事も。 拳を大きく引く。踏み込みと同時に乾坤圏を繰り出し、女面を叩く。 『今はどういった状況ですか?』 後ろに隔てた位置から、幻想纏いごしに、聖が問う。 「ダメージの8割が自然回復されている」 『不味いですね』 応答した聖が、刃を構える。 「異形の化物ですら聖書の一節を唱えられると言う点に関しては、素直に神の威光はすげーなと感心しますが……胸糞悪い」 ゴルゴタのNo.13、死神に抱かれるが良い、と放つ刃は、女面に深々と食い込んだ。 シュスタイナの魔曲が、何度も女面を打ち、攻撃を重ねる。 「自己回復しようが、それ以上のダメージを叩きこんでやればいい事。シンプルでいいじゃない?」 致命の付与。異常の付与。シエナのアムネシアも残っている。 好機と判断したラインハルトがマントを翻す。 「要請! スケフィントンをください!」 この翻したマントが、ラインハルトの幻想纏いそのものである。 すると。 「あーーーーーそびまっしょおおおおおイエーーーーーーイ!」 上のほうから、ハイテンションな影が差し込み。女面に蹴りこむようにして、飄然と男面側へ戻っていく。 悠里は、頭痛を催したように額をおさえて言う。 「――ともかく、これで止まったかな?」 冥い正方形が収束して、一気に女面の異常が蓄積された。 「ああ、回復は止まった。畳み掛けるぞ」 伊吹が分析する、『致命』の二文字は、強大な自己回復を退けている。 「うーっし、待たせたねぇ」 マリアベルも前線に加わる。 「片足を失ったぐらいでどうにかなるようなやわなタマじゃないっていうのは、僕は良く知ってるからね」 「女にタマっていうカァ、普通?」 ラインハルトが、うむと頷く。冷静さを取り戻したようだと断じた。 「総攻撃――あなたの炎、私に見せて頂けませんか」 狐目は首を傾げる。 「んあ? 良いよ。ただ、覚えるつもりなら、ちっと厳しいんじゃねぇかな」 「甘く見ないで頂きたい。私とて神秘探求者、目にした神秘は忘れない」 「アッハッハ、ま、見るだけならタダだなのと、一日に何百回もばかみたいに業炎撃やってりゃ誰でもできるんじゃないかぁ?」 「行こ」とシエナの声に、前衛が一斉に構えを改める。 「再試行。again、構成展開、型式、毒花の幽香――composition」 後衛もまた、そのとおり。 シュスタイナも杖を握り、聖も刃を構え直す。カシスの根回しも周到――恐山の銃口は全て女面へ向く。 真人の回復が合図か。女面に攻撃が飛ぶ。 悠里の拳が衝撃を浸透させる。続き、もう一度揺るがした所から、女面の表面、右頬から鼻にかけてヒビが生じる。 ヒビに向かって、シュスタイナの魔曲が突き刺さる。爆ぜてそこから垣間見える、筋繊維。 筋繊維に、伊吹が乾坤圏を撃つ。右頬から左の頬へ貫通し、腕に戻るや、残像が見えるほどに石灰質の側を完全に粉砕した。 現れる中身。 中身の筋繊維に向かって、聖の刃が吸い込まれていく。 「おらよ、コーヒー兄ちゃん」 マリアベルが炎を握りこんで深々と『火竜鋲』を拳とともに打ち込んだ。埋まってた聖の刃を引き抜き、ひょいっと返す。 そこから、盛大に血が吹き出した。 雨のように。月を彩るように。 「赤い、赤い、赤色。感情の色……ね」 シエナは、温かい肉にそっと手を触れる。 たちまち甘いがむわりと放たれて、装甲無き肉を腐らせていく。 攻撃に次ぐ攻撃。最大火力を叩きこむ。 『真人クン、デウス・エクス・マキナ、お願い』 ここで真人に要請が入った。戦況も今なら大丈夫だ。 「わ、わかりました! がんばってみます!」 既に男面側との境界が曖昧になりつつある中で、機械じかけの神の威光を放つ。 『ありがとう。すごく助かったよ』 ――AAAAAAAAAAhhhhhhhhooooooooaaa!! 要請による回復から程なくして女面が咆哮を上げた。 女面の口から、どろどろと、黒い水を吐き出す。 次には黒い濁流となる。 先の花粉など生易しいような威力がリベリスタ達に襲いかかった。 「倒しきれなかった」 黒い濁流を眼前に、重ねた異常が次々と解消していく様子。 咆哮は、まさに戦いはまだまだ続く事を、告げるものであった。 ●決して折れない心 ―One's nature― 女面の口からは黒い濁流。 イソギンチャクの花々は、毒の粉をまき散らし、触手を振るってくる。 下顎を地面につけて、削り食らうようななぎ払いもある。 狂ったかのように女面は暴れ、攻撃が激しくなった。 救いは、シエナの障壁が削り食らうなぎ払いを完全に無効化し、また濁流にも真人の障壁が間に合った事である。 前衛はラインハルトの細かな聖骸凱歌によって、辛うじて戦況は保たれていた。 そのギリギリの戦況において、真人やカシスの近くに黒い球体が湧いて出る。 「男面側の攻撃!?」 カシスが悲鳴の様な声を上げる。ビーストハーフによる能力により危険を察知した。 「私のすべてを使い切るくらい、魂を重ねて。あたしのすべてで、未来を描いてみたい――お願い、運命。力をください」 マジックアローを放つ。放つも、球体は少し揺らいだだけ。 凄まじく硬い。 『こちら側』では判別できていないが、デュランダル二人が全力で叩いてようやく壊せる耐久であった。 誰も止められない。 シュスタイナか、聖か。庇わんと身構える。その時、横の方から声がした。 「「「うおおおおおおおお!」」」 力をくれたのは運命ではなく、人であった。 恐山と梁山泊が全力で球体に攻撃をしかける。球体の力が発動する。友軍が身を挺して壁となる。先のバケツ男もその通り。カシスの壁となり、親指を立てて倒れ伏す。 シュスタイナが驚いて、その方向を見る。 「手を緩めないでください」 たちまち、聖の言葉が飛んできた。 「我々は我々に出来ることを全力で行いましょう」 シュスタイナは頷く。断腸の思いで魔曲の姿勢をとる。 敵の歌。既にかなりダメージは与えたはずなのに。まだ聖書を謡う。 「私の気持ちは、こころは。私のものであって、それは決して「誰かに作られた」ものじゃない。好きな人も好きなものも。決めるのは私――」 聖も敵を睨む。 「二度とその口利けぬよう、貫き穿って物言わぬオブジェにしてやるよ」 真人は絞りだす様に言う。 「足りない、もっと、もっと回復しなくちゃ――」 鉄の拳見る。大きく握る。先の通信。 向こう側からの通信、『助かったよ』という言葉反芻して、猛然と前へと走る。 「ホーリーリザレクション!」 直接の癒しの注入を最前衛たる悠里へ、次に再動。ラインハルトへ。 たちまち、真人は女面の顎に跳ね上げられる。マギウス・ペンタグラムは神秘の無効。この攻撃は通してしまう。 「ありがとうございます。――魂を燃やしてでも打ち勝ちましょう」 ラインハルトは自らの膝を奮い立たせる。 「自然回復されようと――攻撃の手を緩めなければ、いつかは倒せるという事だ」 伊吹が口角の血をそのままに、乾坤圏を握る。 「お、そうだなー、乾坤圏。泥クセェ話だがよぅ」 マリアベルの声。片足が吹っ飛んでここまで元気なのか定かではない。 「構わんだろう。元よりお前からは死臭がする」 伊吹は、自分もそうだと内心に秘めながら、『あちら側』を見る。遠目に男面側の顔が十字に割けるのが見える。 悠里が言う。 「向こうは済んだみたいだ――」 泥臭い、と狐目は言ったが、泥臭くても掴み取らなくちゃいけない。 「この世界は終わらせない。良いことばかりじゃない。辛い事や悲しいこともたくさんある。それでも、この世界が好きだから」 ラインハルトも盾を掲げる。 「勝利と生還を! 境界線は、揺るがない!」 女面が下顎を開いて、再び削りとろうとしてくる。 迎え撃つ様にラインハルト。すれ違いざまに光を帯びた盾で打つ。 「これは効かない……よ」 空中で、ロッドをくるりと回し、空気を足場の様にコンコンと小突く。ソニックエッジ。続くアムネシア。 絞りだす様な、底力の攻撃である。 マリアベルの炮烙が、『数』を底上げし。シュスタイナの魔曲が、更に積み上げる。 悠里は氷、そしてゲインブラッドによる流血を積む。 巨体でも耐え切れない異常の数を成就させる。 カシスが声を張り上げる。 「恐山の人も、梁山泊の人もたくさん傷ついて――だから、混ぜて答えになるまで戦います。あんたなんかに『負けられない!』」 聖神の息吹が下る。 魂をすり減らすような応酬。 倒れた真人がイソギンチャクの如きものに飲まれんとした刹那に、シエナが、襟首をつかんで救出する。 シュスタイナを狙ったかの様な触手を聖が庇い――それが最後。 毒、炎、氷。 ある瞬間を境に――女面はその場に崩れ落ちた。 ●最終戦 ―to be continued― 「きっと君みたいな人をライバルっていうんだろうと思う」 悠里が言う。戦後の小休止である。 女面はもう動かない。男面側も片付いていた。 「氷使い。こういう時でないとお前さんの、本気ってやつぁ見れないんだろウねぇ」 「そうかな?」 伊吹は木に背中を預けて腕を組みながら言う。 「マリアベル、そのまま行く気か?」 「いや、継戦は無理だ。任せたよぅ」 16人で相手をするエリューション。つかの間でも休まなければ、次で果ててしまいかねない。 「……今はしばし、戦友に」 ラインハルトは恐山や梁山泊――カシスと真人から手当を受けている――方向を見て黙する。 事実、男面側からの攻撃により、引きちぎられて亡くなった者もいたのだ。 「あの、バケツを被ったみたいな人、知りませんか?」 カシスは友軍面々の手当をしながら尋ねたが、彼の行方は誰もしらなかった。名のあるフィクサードに違いないのだが。 「池に飲まれていないと良いのですけど」 真人が言う。球が発動していたらと思うとぞっとする。 「ただ、いまは、目の前のできることから」 真人は鉄の腕を見つめる。吹っ切るように、友軍の治療を続けた。 シュスタイナも聖の手当てをする。手をかざして柔らかい癒しの光をあてる。 「聖さん、あまり無茶しないで」 「私は、貴女が傷付き倒れる方が嫌なんですよ」 「もう」 シュスタイナの手に、聖は自らの手をそっと重ねた。 シエナ、無色の魔女は、激戦の後にもかかわらず、何事も無かったかのように空を見上げていた。 世界を消すほどの怨讐の色は、眩しくて、羨ましい――赤。 まるで詩のなかの出来事のよう。 歌はもう聴こえてこない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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