● 世界の黄昏――黙示録的破滅。 三ツ池公園に『それ』を呼びこむ算段が付いたらしいこと、そしてあの『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000)がバロックナイツ盟主ディーテリヒをその手にかけたことを、アークは知った。 魔女が閉じない穴を利用して『魔王の座』と呼ばれる究極の召喚陣を生み出そうとしていることも。 無論そんなもの、彼女がどれだけの力を持っていようとも、本来はひとの力程度でどうにかできるシロモノではない。 そう、『本来は』。 神器級のアーティファクト、神を越えようと望んだ有史上有数の魔術王の技術。そして厳かな歪夜十三使徒<バロックナイツ>盟主の魔力。 それらの要素が、それを可能にしてしまったのだ。 ――しかし。 それだけのお膳立てを用いてようやく可能になる『魔王の座』とは、一体何なのか。 万華鏡にて調査した『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)の言うところによると、それは異界のミラーミスを呼び込むものであるらしい。『R-type』のことだろうという推測に、しかしイヴは首を横に振った。 もっと恐ろしいものだ、と。 アークはそれを『Case-D』呼称することとし、何が起きるのかを詳しく調査しようとしたが……ああ、はっきりと言ってしまうこととしよう。 「打つ手が無い」ことがわかった。 この世界に顕現すれば全てが消し飛ぶと、それくらいしかわからなかったのだ。 出現=GAMEOVER。 ああ、なんとわかりやすい。召喚そのものを止める以外、できることなどなさそうだ。 されど魔女もただこちらの邪魔を指をくわえて眺めるなどはしてくれないだろう。 どうしたものかと案を練るアークの手元には、しかし、一本の白槍があった。 神秘を殺す槍。 もしかしたら、――ああ、もしかしたら。 この槍で、破滅に楔を打つことができるかもしれないとしたら。 世界の破滅を願う魔女から閉じない穴を奪還することで、それを。 であれば、一も二もない。 世界に生きるものとして、それこそ指をくわえてみていられるものか! ● 老人の首が呆気なく落ちた。 喉が引きつる。飛び出そうになった悲鳴を必死にこらえたから。 騒いではいけない。だってほら、手にした刃物でひとの首を切断して見せた初老の男は、暴れる者や騒がしい者から順番に■していたから。 「想像してみて欲しい。油虫であるとか、あるいは百足だとか――そう言った生理的嫌悪感を伴う害虫が、見渡す限りそこら中に蠢いているとしたら、君はその世界をどう思うだろう」 淡々とそう言いながら、男はたった今自分が殺した老人の、胴体の方の傍らにしゃがみ込み、背に手を回して持ち上げる。くびのないからだは、どこかおもちゃめいてみえるけれど、まだ■をふきだしている。 どくん、どくんと、見覚えのあるペースで吹き出すものは、徐々にその量を減じながらあたりを濡らす。 「有体に言うと、悪夢か地獄だよ。只管に不愉快で、苦痛だ」 神経質そうなやせ気味の顔を僅かに顰め、それから男は淀みの無い仕草で壊れたホースのように液体を吹き出す場所へ指をねじ込む。何度目かにその行動を見た時、種のような物を埋め込んでいるのだと気がついた。 「つまり、私にとってはつまり、全ての人間がその害虫なんだ」 遺体から手を離し、ひょろ長い身体を立ち上がらせた男はそう言って、こちらを見て来た。 「え、ぇえ」 声を裏返らせながらも、必死に相槌を打つ。 ――今の言葉で確証を得た。先ほどから始まったこの男の口舌は、二人目が■された時にわたしが漏らした『何でこんな事を』と言う非難への、返答なのだ。 であれば、少なくとも、この会話が続いている間はまだ、わたしは■されないかも知れない。 ただほんの僅かでも息をする時間が長くなるかもしれない、と言うだけの、もしかしたら誰かが助けにきてくれるかもしれない、と言うだけの、儚い思いだけで、何とか会話を繋げようと必死で返事を探す。 「ああ、気にしなくて良い。客観的に見て狂っているのは自分だと言う事ぐらいは、私も自覚している」 恐怖と焦燥に狼狽するだけのわたしに、男は訳知り顔で頷いた。 「だが、事実そうなのだから仕方がない。物心ついた時からそうなんだ。 赤の他人は勿論血の繋がった家族まで、人間であれば全てが例外なく私にとって生理的嫌悪感の対象であり、ただただ不快で苦痛で不気味で異物で――出来る限り駆除したい。そんな存在なんだ」 ため息を吐きながら男は周囲を指し示す。まだ息のある人も含めて、十数人が転がされている。 さらわれてきたのだろう、皆、わたしと同じように。 「人体を理解できればあるいはと、医学を学んで見たりもしたけど。 無駄だったなあ。まあ、御蔭で切除は上手くなったけれど」 そう言いながら男は、だいぶ前に失神してしまった人の傍らに無造作にかがむ。あ、それは。一切の躊躇なくその首を斬り落とされて、わたしの妹もまたいびつになった。 ……バターの様に気軽に切断される肉と骨の様は、それこそ悪夢か地獄の様だった。 「それで、私としては出来れば駆除したいんだよ。……あ、人類をね? 勿論、一匹残らずだよ。……いや、それが難しい事は分かっているさ。 分かってはいるが、まあ目標は常に高くあるべきだし、心底望む事でもあるからね」 ――悪夢は加速する。 首の無い人型が……そう、あれは、最初に首を落とされたのは、父だ。ちょっと前、誕生日にプレゼントしたセーターがすっかり赤く汚れてしまっていた。お父さん喜んでくれてたのに、洗って落ちるかな。 ああ、だけど、どうして立ち上がるの、お父さん。首もないのに。 悪い冗談の様なその様から目を離せない。 首の切断面。種が植えられたそこから、肉が生え出して来ている! 「アザーバイド……と言っても分からないか。異世界の存在なのだけど。ロイコクロリディウムを知っているかな。蝸牛を操って鳥に食べさせることで移動する寄生虫だよ。さっき植えていた種を見せたね。あれはそういうものの一種だと思えばいい。異世界の化物の種だ。首を落とした人間に植えると、見ての通り元々あった首に擬態して寄生するんだ。死体との相性があるみたいで、寄生生物は数日でダメになったり何年ももったりマチマチなんだけど……」 無感動なその説明の通りの事が起きている。生え出した肉は趣味の悪いスプラッター映画で顔を溶かされた犠牲者の逆再生の様に、■される前の父と寸分変わらない形へとなった。 「……ああ、あああ……」 その口から、虚ろな声が出る。 「寄生して直ぐはそんな調子だけど。少し時間が経てばもう少し人間っぽくなるよ。頭は切断しているのにどういう理屈なのか、多少の知識は引き継ぐみたいだしね。ただ……」 「あああああ!」 「ひっ!?」 父が――いや、男の説明を元にすれば寄生生物が突然、こちらに飛びつく様に迫って来て、溜まらず悲鳴を上げた。縛られた四肢を必死に動かしもがいても、まったく紐は緩みそうにない。 「止まれ」 が、男がたった一語発しただけで、寄生生物はその動きを止めた。 「すまないね。彼らは寄生した相手の本能に引っ張られるんだよ。理性のタガも無いから、君の様な女性を前にするとどうしてもさ……何時もなら去勢処理をするんだけど、今回はそんな時間は無いからなあ。 ああ、でも大丈夫。今見たように、最低限のコントロールはできるようになってるから」 短く切り揃えた白髪交じりの頭をぼりぼりと掻いて弁明しながら、男はどこまでも平静だ。己が作り上げた化物と、人型と、生首に囲まれて。どこまでも平静。 たった今襲い掛かって来た、父の顔をした寄生生物より、この男の異常な精神性の方が余程恐ろしい様に感じた。 「続けようか。まあ、彼らを使ってこう、絶滅は無理にしても少しは人を目減りさせれないかなと思ってさ。 昔、クリーブランドって言う町で実験した事があってね」 そう言いながら男は、今度は妹の■体に種を植える【処理】を続け、話を続ける。世間話のように。 「目立たない様にスラムにさ、彼らをどんどん仕込んで行って。 彼らが自力で繁殖できるように、人間の首の斬り方を仕込んで……でも、駄目になった死体の処理をおざなりにしたせいで、厄介なのに気付かれてねえ……」 言葉と並行し、行動は続く。正しく作業の如く切り落とされる首、首、首。ひとがどんどん■んでいく。そしてつぎつぎとばけものがおきあがっていく。 発狂しそうだった。いや、寧ろ発狂したかった。今わたしは、妹がひどく羨ましい。 「……まさかスラムごと焼き払われるとは思わなかったよ。本当、滅茶苦茶をするよなあ彼も。 お蔭で逃げる羽目になってね。それ以来、害虫……あー、人の殆どいない所に隠棲していたんだ。 色々この道具の研究もしたかったしね」 気づいてしまった。発狂できないままに、気づいてしまった。 もう、自分以外の全てが【処理】されている。残ったのは、も■、わたし、だけ。 「な、なら……なんで出て来たんですか? それも、そ、その、クリーブランドって、か、海外ですよね。それがなんでわざわざ日本なんかに……」 「ああ、その逃げる時に手を貸してくれた女性から久しぶりに連絡が来てね。 なんか、世界を滅ぼすんだそうだ」 あっけらかんと言ったその言葉に、絶句した。 この男は狂っている。わかっていたけど、確認してしまった。 会話は通じても、意思が通じている様にはとても思えない……! 「彼女には世話になったしねえ。 何より、世界を滅ぼしてくれるなら願っても無い。害虫の全てが駆除できるんだからね」 ここで初めて男は表情を見せた。それは笑顔、晴れやかな笑顔だ。 えがおのおとこははものをてに、む■うさにこちらにあるいてくる。 「ま、待って! ちょっと待って、おかしいです! 世界が滅んだら、貴方も死んじゃうじゃないですか!」 その歩を一秒でも遅らせようと、必死に言葉を紡ぐ。 「……? それはそうだ。だって、私も人間だよ?」 おとこのあゆみはほんの■こし、とまった。け■ど、すぐにさいかいする。 「人間は、全部駆除しないと」 おとこ■えがお■、はもの■ふりあげて。 「あ、あああ、あな、貴方は、一体なんなのよ!」 さけぶ。こわい。やめ■。いや■! 「何と言われてもなあ……名前なんてとっくに捨てちゃったし……ああ、そうだ。 メディアにつけられたニックネームならあるよ。中々小洒落ていて嫌いじゃあない」 すぐに、おとこはえがおにもどった。にっこりと。 「キングズベリー・ランの屠殺者って言うんだ」 そして、おと■ははものを■■■■■―― ● 急ぐリベリスタたちの道行きを塞ぐように、男が立ちはだかる。 その背後には『五体満足な』人影たちが付き従うように並んでいる。 「ここから先は通さないよ……とは行かないんだろうけど。 足止めぐらいはさせてもらうよ。害虫駆除には根気も必要だからね」 敵であることを隠さない男は、ナタのようなメスを手にして目を細めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:09 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● アメリカの連続殺人者、キングズベリー・ランの屠殺者について、わかっていることはあまりにも少ない。 スラムから被害者を物色するという手法はそれだけ、効果的に過ぎたのだ。死体はあってもそれがいったいどこの誰なのかがわからない――結果、理由も目的もわからない殺人を防ぐため、スラムの人間を収監しスラム街そのものを焼くというかなり強引な手法が取られた。これを指揮していた『アンタッチャブル』と呼ばれた男はこの男は以降、評判を落としていく。 だが、しかし。エリオット・ネスは間違っていなかったのだ。 繁殖地を失った寄生生物は、確かに一掃されていたのだから。 ● 「よう、来てやったぜ。『キングズベリー・ランの屠殺者』。 今夜のエリオット・ネス役は、俺が引き受けてやるよ」 警察手帳を見せながら、『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)は啖呵を切った。 「80年前は運よく逃げおおせたようだが――今夜は、そうはいかねえよ。 この国にもアンタッチャブルは健在だってことを、教えてやるぜ」 自分がマッド・ブッチャーだと言った男は渋面で呟いた。 「帰りたくなって来たなあ……と言うか、あんな凄いのが国ごとに居るとか嫌過ぎる」 軽口とともにリベリスタもフィクサードも、ほぼ同時に戦闘配置を展開する。 先陣を切った『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)が、首虫たちの前へと飛び出していく。 屠殺者の側は、寄生された死体たち――首虫たち――が前に出た。屠殺者自身は、少年の死体に己をかばわせるつもりだろう。旋回する細剣が生み出す烈風は何体かを切り刻むが――これは。 深い手応えに、メリッサは気がつく。弱い首虫ほど、前方に配置されていることに。 ――リベリスタたちの基本的な狙いは、適合性の高い首虫から潰すことだった。 それは、強敵ほど後に残せば面倒だという判断――裏を返せば、敵がそれを狙うのも道理。 突出したメリッサに、明らかに動きの素早い死体が3体、組み付いてくる。一般人の肉体を操作しているとは思えないほどの速度。 引っかかれ、殴られ、噛み付かれ、それらを振り払い敵陣の中に引きずり込まれるのを避けたメリッサは眉をしかめて吐き捨てる。 「肉体のリミッターが掛からないならば、なるほど。その機動力も頷けますね」 いのちを顧みない動き。身を削り、命を削る術を得たメリッサの剣技とは対極の、力任せのそれ。 配置を指揮し後衛に下がった『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、しっかりと前を見た。 不可逆の絶望――世界を揺るがす猛毒たる甘い破滅。 それを望む者と敵対する彼女の目の前には、守りたいものがいた。 広い背中をふたつ。見つめて頷く。 この世界は大切な人がいる――世界は絶対に守りぬく。 「來來、氷雨!」 呪力の雨が屠殺者たちに降り注がせ、雷音はしかし、いっそ火であればよかったかと思う。 「ネス警部も、無茶をする程度に君に強い不快感を覚えたようだな。 彼の行動は褒められたものではないが、こんな様子を見せられては焼き払いたくなるというものだ」 「どうかなあ。私見だけど、彼は感情や好き嫌いで動いていた様には見えなかったけど」 屠殺者は妙に生真面目にそれに返答する。どうせなら彼にも寄生させてみたかったんだけど、などと続けながら。 「心臓が先に死んだのでは、種を植え付けても動かせないんだよ」 「悪しきモノは流し祓い清めるべし、トヨタマヒメの裔なれば」 知った事か。そう言葉で切り捨てる代わりに前に出て太刀を抜き放ち、誇りを、魂を燃やした『非消滅系マーメイド』水守 せおり(BNE004984)は口ずさむように呟きながら、襲いかかってきた首虫を振り払う。 無秩序――おそらく、今は屠殺者に大した指示を受けていないのだろう死体たちは、まさにその言葉が示すような曖昧さで、前衛たちに掴みかかってくる。一撃一撃が深い傷になるほどではないが、5体――『それなり』と言われた奴らだろう。寄生生物の数がとかく多いのを、目を細めて漆黒の刀を構えた『日本最強を殺した男』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が睨みつける。 「根本が狂ってやがるな……流石というべきかなんてぇかな……哀れだな」 闘争。 それは相手がいて初めて意味を持つことだ。強者への敬意を払う虎鐵はそう考える。 彼は間違いなく、人間が好きな部類に入る。 「好きじゃなかったら家族なんて作れねぇしな」 後方の愛娘(義理)を思い、僅かに口の端を笑みの形に歪める。 守る。そのために、今この場でできる最善を行えるのは、自分だ。 「最大の火力を以って挑ませてもらう!」 虎鐵の生命力が暗黒の瘴気となって首虫たちを蝕む。真似事の呼吸を阻害されたのか、苦しそうな姿を模す死体たち――火事場で酸素を求めてもがくかのような行動は、擬態なのだろう。 苦しんでいるのを助けようとする人を、次の寄生先にするための。それだけ痛手を与えているということなのだとは理解できるが――それでも、不快感にいっそ無表情になった『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、その後方で雷音と、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)のカバーに入る。敵の手数の多さに加え屠殺者の特性を考えれば、回復手や射撃手の守りが必要だ。 「バラバラに戦うなよ。敵の数が多い。 全く話が通じない相手だと、却って冷静になるね……無論、許すつもりも見逃す心算も無いけれど」 あばたは快の背後(あんぜんけん)から、呼吸を整え首虫を見据える。 首虫を、だ。 死体ではなく、それを操る擬態――万華鏡はどう映していた? 神速の抜き撃ちで死体の顔、つまり『虫』そのものに、二丁拳銃からの銃弾を食らわせる。 何体かの、どこかぎこちない動きだった死体が倒れたのを見て頭部を狙うことに意味があると確信しながら、遥平は魔力の障壁を展開する。これで遥平が警戒するのは屠殺者の一撃だけに絞られる――リベリスタたちは後衛の防御態勢を、かなりの水準で完成させることに成功した。それを把握し、屠殺者は顎を撫でる。瘴気や射撃が厄介だが、数の有利はまだ屠殺者にあった。 「――うん。まず数を減らすのが先決だね」 うぞり、と動き出す首虫達の一体を己の護衛にした屠殺者がふらりと歩き出し――せおりの側で立ち止まる。いつの間に。そう過った思考が、心が、侵食される。憎悪の鎖が首に絡みついたのを感じ取ったのは、せおりも屠殺者も、同時。目を見開き睨みつけたせおりに、屠殺者は無表情な目を向け――突出した二人を示して指を鳴らす。 「先ずはお嬢さんたちから駆除しようかな」 よし、と言われた犬のように。首虫達がせおりとメリッサに殺到する。 ● 怪我は浅くない。だが、支障はない。口の中に広がる血の味は内腑からのものではなく、歯が頬肉に刺さっただけのものだ。飲むのも不快なそれを棄て、メリッサは顔を上げた。囲まれている。だが、メリッサはまだ良かった方だ。呪いを受けたせおりなど、10を越える数に襲われている。その一撃ごとは高適合や『それなり』たちよりも弱かったが、数だけは如何ともし難い。一掃を狙おうと思っても、あちらの集団にはせおりがいる――巻き込まずに済むはずがない。 不意に、せおりを囲んでいた動きの鈍い死体たちが動きを止める。そこに割り込もうとしている動きの素早い3体を認めてリベリスタたちはその意図を理解する。『数』を減らす――集中的に、狙われている! メリッサは咄嗟に、ブリーフィングで見た、最後に殺された少女の頭を狙って苛烈な真空刃で斬り散らそうとした。素早い動作の首虫は、しかし蜂の一刺しを容易に回避するほどではなく――首を切り落とされるほど鈍でもない。動きを止めることなくせおりに噛み付いた。 ろくな身動きの取れなくなる呪鎖を引きちぎったせおりの、それでも噛みちぎられる肩の肉。その頬を骨ばった拳で打ち据えられ、ネイルの剥げた爪を腹に食い込ませられる。運命さえも立ち上がる力に変えたせおりの、意志は折れていないけれど。 二人の怪我に雷音が福音を呼びかけ響かせる――回復量は大きくとも、全てを癒せるわけではなかった――のと同時に、せおりが小さく口ずさんだ歌が大量の水を召喚し、彼女の敵を唐突な激流に呑ませる。 「私にも嫌いな人、消したい人だっているよ。そのせいでアークに捕獲されたんだもん私。 でもね、全部消そうとは思わないよ……世界のために、おじいちゃんには消えてもらうから!」 「……火も嫌いだけど、水も好きじゃないなあ」 先ほどまで自分を庇わせていた死体が死体に戻ったのを見て、屠殺者は『それなり』の一体を自分の側へ呼び寄せ、他の『それなり』たちにもせおりを狙わせた。 「テメェを倒して、こちとらとっととアシュレイのクソ野郎の所にいかねぇといけねぇんだよ……!」 白虎の如き咆哮とともに、虎鐵が再度放った瘴気は動きの鈍い死体達を一掃する。 敵の狙いは明らかに各個撃破だが、数を減らしたいのはどちらの立場も同じこと。その意味では、虎鐵がこの戦場における最大の鍵だった。 だが。快は危険な状態のせおりに英霊の魂を光臨させる。 快自身、自己再生の能力を有しているからわかる――長期戦におけるせおりの耐久力は眼を見張るものがあるが、短期戦にはまるで意味を成さないのだ。 あばたは次々と、まだ立っている死体たちの頭部を正確に狙い撃つ。『それなり』の一体がその頭部を半分以上失い崩れ落ちた。弾の射出できない銃を両手で構えた遥平がそれに続く。何処からか響く葬歌が、死体や屠殺者の耳から入り込んで三半規管を物理的にかき乱し、脳へと到達した呪いに『それなり』がまた一体、動かなくなる。 次々と周囲が倒れる様に屠殺者はため息を吐いた。 「あっという間にこれかあ。アンタッチャブルとは別の意味でとんでもないね君達は」 軽く、まるで照れたように頭をかきながら。 「せめて一匹でも減らさなくちゃ」 耳の後にその声を聞いたせおりは、自分の胸から刃の先端が生えたのを見た。 どうして、と思う間もなく、すとん、と膝から力が抜け、急速に意識が遠のく。 先程までの方針であれば、次はメリッサを狙うはずだった屠殺者は、しかし虎鐵へと目を向ける。 「あの威力が、彼女のところで暴れたら、滅ぶ世界(もの)も滅ばなくなるね」 これだけ減らされた死体では、もう足止めにはならないと呟いて。 その足元で眠るように血の海を広げるせおりは、すぐにでも本格的な治療を施さないと、寄生生物の苗床になるのも時間の問題だろう。それを巻き込まぬよう、メリッサは居合い撃ちを繰り出す。 「貴方のような人間を排除するのが私の役目。私も貴方と同じ穴の人間なのでしょう」 一点、違うとすれば守る者の有無私の剣は守る者のために。そう断じたメリッサに、屠殺者は心配そうな顔を向けた。 「その真っ当な理由で私と同じって……君は少し気真面目過ぎると思うよ? 自分を過小評価しすぎたりせずに、褒めてあげなきゃ」 その言葉を、屠殺者が本気で心配し言っていることに気がついて、虎鐵は嗤う。 高適合の二体――男と、ネイルの女――が襲い掛かってくるのを受け止めて言い捨てる。 「俺はテメェを間違ってるとはいわねぇよ。ただこれは俺のエゴだ俺のエゴでテメェを殺す」 分かり合えない相手であると、心の底から確信しながら。 万華鏡で見た少女の死体を呼び寄せて、自分を守らせていた『それなり』――そういえば、血のついたセーターを着ている――に次の指示を出す屠殺者が、虎鐵に笑い返した。 「君はとても、正しい人だね」 ● 敵の狙いが虎鐵に変わったからと言って、リベリスタの戦法に変化はない。 メリッサが斬り飛ばし、雷音が福音の癒しを希い、虎鐵が瘴気をぶちまける。快が雷音とあばたの守りと、英霊への呼びかけを繰り返す。あばたと遥平が、抜き撃ちと高速で詠唱される呪葬歌で敵の体力を削る。回復が間に合わず、虎鐵が運命を削ることにもなったが――それでも。 メリッサの素早い動きから繰り出された居合い。細剣のそれが動く死体を続けざまに二度斬り散らし、ひとのかたちを失わせる。 あとに残るは、屠殺者と、それを庇う少女死体――万華鏡で見た、彼女――だけだ。自分の顔にかかった血を面倒そうに拭った屠殺者が、リベリスタの顔ぶれを見回して嫌そうな顔をする。 「斬りに行くことはできても、回復手にまで手が届かない。いや、鬱陶しいものだね」 徹底的にカバーした快の存在が、屠殺者には随分と厄介に感じられたらしかった。 壁役に徹するということは、仲間を引き立てるということでもある。だが、そうして仲間が十分に動ける場所を作れることが、本当は最も難しく、最も必要なことだと知るのも、壁役だ。 「一番最初に自分を殺していれば、思い悩むことも無かったろうさ」 背に小柄な女性たちを隠しながら正対し続けた快が、英霊の力を借り虎鐵を奮い立たせながらも静かに告げたその言葉に、屠殺者は目を丸くした。 「ああ、そうだね。本当だ。確かにそうだね。駆除に手一杯で、その発想は無かったなあ」 とぼけた男が、どうやら本心からしか物を言わないことはもう、皆わかっていた。 本心からひとを嫌い、本心から破滅を願った男が、この男一人がとっとと世界に見切りを付けていれば、きっとクリーブランドの身元不明遺体(ジョン・ドゥ)たちも生まれなかったのに。 湯気を上げるほどの全力で振り下ろされた刀が抗いようのない破壊力を発揮して屠殺者を屠ろうとし――それを庇った最後の死体が粉砕される。少女の死体に目もくれず、虎鐵は屠殺者に向けて構え直す。 「よぉ、人間嫌い。殺しにきたぜ? 生理的に嫌な奴に殺されるなんて言われてどんな気分だ?」 「割りと最悪の気分かな。駆除する時に毎回、もっと酷いこと言ってあげればよかった。 そうしたらきっと、人間に生まれたことを悔やんでくれただろうから」 次の機会があれば君たちを見習うことにするよ、と笑った屠殺者に、次は確かにないだろう。 数の利は既にリベリスタにあるうえに、数を減らす戦い方を選んだ屠殺者と、全体的に削る戦い方を選んだリベリスタでは消耗の度合いも違う。 たとえ何かしらの手段で彼がこの場を乗り切ったとしても、その時はきっと世界が滅ぶ直前だ。 屠殺者は満足そうな笑みを浮かべる。 「わたしもわたしと同じエリューションという同族が嫌いだ。 もし誰かが絶滅を約束してくれるなら、それを見届けて首を吊ってもいいぐらい。 だからあなたを責めたりはしません」 あばたはそう嘯きながら音無き福音、殺意の弾丸を撃ち込む。 「ただ、仕事の障害物として扱うのみです。即ち有害なゴミとして」 その技を無音銃の狙撃手から奪った時のように、相手の技を警戒したあばたは、それを確かに見た。 気配を遮断、といえばまだ聞こえはいいが、それは瞬時、体をなにかに委ねているようだった。 ――純然たる推測。ありえない可能性のほうが高い妄想。もしかしたら、の塊が脳裏を過ぎる。 虫籠、とは、まさか、次元の穴の。 ともかくも、見た、と思った瞬間には、虎鐵がその餌食となっていた。 「虎鐵――!」 悲痛な声を上げた義娘を見て、虎鐵は思う。 父として見ても、いい女に育った。『今度こそ拙者と交際を前提に結婚するでござるよ!』『はいはい、十年後ボクに相手がいなかったらな』なんて言い合った日が、娘を誇らしく思った日が、まるで昨日のことのようだと――黒く塗りつぶされる意識の中で。 ● 屠殺者は、己の『目的達成』を確信していた。 この場で、ふたりもリベリスタを倒せただけでも、勝利に等しかったのだ。 何せ駆除するだけでも己が望みの代行者と言える魔女の手助けになれるのだから。 得物を握り直し、振り下ろそうとして。 その時初めて、おそらくこの80年で本当に初めて、屠殺者は躊躇した。 どちらを殺せば、より良いのかと。 その一瞬で、十分だった。 「こんな稀代の逃亡犯を、お巡りさんが見逃すなんてことが、あってたまるかってんだよ!」 両の腕をまっすぐに伸ばし、膝をやや曲げて腰を落し気味の姿勢で保持したリボルバーから展開される高位魔法陣。火薬でなく魔力で撃ちだされた銀の弾丸が、吸い込まれるように屠殺者の額を貫いた。 「『キングズベリー・ランの屠殺者』。逮捕するぜ」 どう、と倒れ伏した屠殺者に銃を突きつけながら、遥平はそう告げる。 そのフィクサードが新たな首虫となる可能性があると警戒したリベリスタもいたのだが――そうはなりそうになかった。屠殺者の口から足の生えた種のような物がわらわらとわき出したのだ。屠殺者の死を悟り、新たな協力者(きょうはんしゃ)を探そうとでもしたのか。 踏むだけで容易に潰れたそれらが真犯人の一部だと、死の前まで事件を追い続けたエリオット・ネスは信じるだろうか? 墓前に報告してやるのも悪くないだろう――世界の滅びを逃れたならば。 リベリスタたちは北西に目を向ける。『閉じない穴』周辺の異空間が広がっていた。 あの場所に、魔女がいる。 ――さあ、最後の戦いへ向かおう。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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