● アークにとって、三ツ池公園の失陥、それに次ぐ幾つかのニュースは、それをどう処理すべきか……正直、理解に苦しむ者だった。 バロックナイツ本隊は、この世界に黙示録的破滅を呼びこむためにかの地を奪いに来た。その算段がほぼ終わったとなれば、いよいよ世界の危機は眼前に迫ることとなった。ただ、それは想定の内であり。問題はそれにつづく報である。 バロックナイツ盟主・ディーテリヒの戦場からの消失。 アシュレイの手にかかる、という非常にショッキングな経緯から、盤上からいきなり、最悪に近いみっつの駒が転がり落ちたこととなる。 それでも、この世界に破滅的な事象は続く。『塔の魔女』の最終目的は、ディーテリヒのそれに等しく、世界破滅を願っているからだ。 アシュレイが『神器を奪い』『ペリーシュの秘術を掠め』『邪魔者を消した』今、目下彼女が理解するところの障害は無い。準備は、十分に整っているからだ。 「『魔王の座』なる儀式は、異界のミラーミスをこの世界に呼びこむことを目的としています。……かの『R-type』を超えるであろうそれ、『Case-D』は世界全てを消し飛ばすでしょう。出現が、イコールでこの世界の終わりということです」 とんでもないことだ、とざわつくリベリスタに静かに頷いた『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は三ツ池公園の地図を改めて指し示す。 「彼女の戦力のメインは、盟主と彼女自身による魔術的仕掛けやエリューション、召喚した魔獣やフィクサードが主体となります。尚、彼女をディーテリヒの戦乙女(ヴぁるきりー)が守護していますから、防護は相当のものと思っていいでしょう。 気になるのは、戦乙女が持ち込んだ『ロンギヌスの槍』ですね。研究開発室の分析で、総ゆる神性と神秘を殺す因果律の槍……つまり、『閉じない穴』をも殺すことが出来る可能性があります。ですから、あれを確実に届かせる為にも皆さんには戦局を覆してもらいたい」 言うなら簡単だが、と抗議しようとしたリベリスタの一人は、夜倉の表情が異常なまでに硬いことに気づく。何事か、と声をかけようとして……びくりと手を止める。 「皆さんに、心強い……というか、残念な……というか、お知らせが、ありまして」 「……なんだよ。制圧に行く場所はアタリ付けてるから今更だろ」 「いえ。それが、友軍として、一人のフィクサードから助力を受けることに、なったんですけ、ど……」 「うん」 「……後ろから撃たないでくださいよ?」 「うん?」 ごとり。置かれたスピーカーからがなり立てるのは、確かに一部のリベリスタが聞き覚えのある声だった。 『アー……テステス。聞こえてんだろアークのいい子チャン共? 俺だ、俺。みんな大好きあっちの昆虫共の味方の俺だよ。 なんつーの、世界? 終るんだってな。それは困るわ、実際。俺は兎も角、手塩にかけた連中をよく分からねえままには失いたくねえしな。うん。取り敢えず一枚噛ませろや、それから話は聞いてやっから! アデュー☆』 「おい」 「『テラーナイト・コックローチ』……嫌がらせばかりしてますが、交戦経験のあるリベリスタからはそれなりの戦力であると報告を聞いています。繰り返します、友軍です」 ● 多分に。 目の前に鎮座するアザーバイド『哀鴻遍野』――正確には、その残骸の役割は、ただ一箇所でも『神秘の終着点』たる三ツ池公園に自らの存在を打ち込むことにあった。 それは布石であり、それは原石であり、それはただの存在証明。 ある種それは『玉座』に似通った場をそこに生み出し、その地に似つかわしくない程に華美に見えもした。 失陥しつつあった三ツ池公園を撤退したリベリスタ達が最後に見た、一人のフィクサード……『貪狼』の命は既にない。正確には、自らを『哀鴻遍野』にくれてやる、とばかりに投げ出して命を落としていた。 何もかもは、ただひとつの、ただ一人の相手を引き立てるための舞台装置として、立ちまわってきた男である。 「全く、愚かさで言うなら『七天』随一の大馬鹿野郎だね、あいつは」 さも当然といわんばかりに彼の死に唾するのは、未だ年端もいかぬように見える少女である。外見に、人外らしき影はなく、遠目に見て一切の違和感がなく『この世界の人間』なのだが、ならば何故。 その少女は、そこまで恐るべき闇を湛えて立っていられるのか。 足元でぐつぐつと煮え立つように泡を吐き出す闇は、さながら質量を持った影である。だが彼らには実体がない。 肩の辺りを浮遊する無数の球体には艶どころか、光の反射を許さない闇で包まれている。僅かに舞った木の葉や飛礫が、その球体に触れて跡形なく四散した様子からも、物理現象という常識から遠くに在ることは間違いないだろう。 間違いなく、彼女こそが世界に仇なすであろう『闇』そのものである。 間違いなく、彼女には神聖を見る者が居るだろうことは疑うべくもない。 彼女の名は、『輔星』という。 フィクサード組織『七天』首魁、又の定義をして『運命を得た異邦人』。 数十年の雌伏をして立つ、闇そのものである。 それにしても、と彼女は醒めた目で視界の端にその男を収める。 フィクサードだった男を。死と運命の逆流に押しつぶされた、一人の男の成れの果てを。 「馬鹿な男どもを従えてしまったね。……そう思わないかい、『破軍』……いや、ジゼル」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 闇の中は、狂気にまみれている。 それを誰が狂気と語り始めるまでもなく、一片の隙もない闇というのは、人間が耐えられるものではない。故に、それは狂気である。 黒々とした影を従え、最早『闇色』以外の表現を持たない球体を侍らせた少女がこの世の正気に触れるものではない、そんな事実は何より明らか。その世界の悪意は、誰より正直にそこにいる。 「あそこにいる『違和感たっぷりの女の子』を倒せばいいんでしょう?」 「ええ。……終わらせましょう、七天との縁も全て」 あれが最終目標か、といえば彼らにとってはそうでもない。アシュレイとその麾下となる手勢への攻勢を前にして全力を尽くす、という目的意識を持ち、並び立つ『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)と『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)は、しかし目の前の相手、それが統べる組織との因縁も十分過ぎるほどに持ち合わせているのである。だから、最後の戦いを前にしてそれを断つことの重要性は考えるまでもなく、その尽くを討つという目的意識に曇りもない。……だが、それ以上にシュスタイナが聖に向けた視線の鋭さは、向けられる側からしても『理由』をやや理解しているからこその重苦しさがある。 当然、ここで無様を晒す気はない。 過去と対峙するという意味で、同じく因果を絡めた相手を知る『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は、異界の少女から視線を切って、流れのフィクサードだったものに視線を向ける。ほんの数秒、ちりと脳裏に焦げるような違和感を覚え一歩後ずさると、ひきつるような笑いが、闇から吐出された。 「何を驚いているのか知らないけれども。君は彼の姿に『何』を見たのだろうね? 彼女はもう、愛したこの世界にすら居ないというのに」 冗談めかして手を広げた『輔星』の身振りひとつ、存在一つが心より疎ましく思えたが、彼女単体にはそこまで重苦しい激情は沸き起こらなかった。多分、その程度の相手――少女の冗句に自らの歩みを穢されたような不快感を覚えたフュリエの少女は押し黙り、敢えて無視することを返答とした。既に興味すらない相手は、すみやかに排除すべきなのだ。 「……あー、寒気がするシリアスなんざヤメだヤメ。死に損ないと長生きだけが取り柄の異人ごときがこの世の終わりにかこつけてオンリーロンリーグローリー、尊いワタクシごっこは勘弁願うぜ、エエ?」 「もう、どうでもいいですよ。敵なので」 「そりゃ結構。足を引っ張ってくれちゃったら一日二日じゃ取れないトラウマをプレゼントしちまうところだったぜ。気張れよ?」 「仲間の誰も死なさないのが、私の仕事です」 唐突にシィンと『輔星』の舌戦に割って入ったフィクサード、『テラーナイト・コックローチ』の言葉に僅かに眉を寄せた者が少なからず居たことは否定すまい。彼の活動で不快感を被ったと言うのであれば、ここにいるリベリスタが直接的にではなくとも、不快感を被ったと言えなくはないからだ。 それでも、彼への敵意を既に遠いものと割り切った『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)にとっては、今更その言動がどうあろうとどうでも良かったようだ。……この、世界に於ける分水嶺では因縁も慕情もそう大きな違いは無い。単一の撃滅目標を前に『味方』同士でいがみ合う暇は無いのだから、彼女は彼も癒すと、そう決めたのだ。 「まさか罠だったとはっ……」 そんなやりとりを背に、藤代 レイカ(BNE004942)はしてやられたと空を仰ぐ。彼のそのナリだけで数々の昆虫テロルが想起されるだけに、その『援軍』が来ることを恐れているフシがあるが、残念ながら今回の相手はそちらに振り分けるリソースは無かったようで、身一つで現れたことが伺える。 他方、小夜たちの様子を眺める『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)の思考は複雑そのもの。長らく想いを募らせた友人が、その思慕を成就させようとしているのはいい。まあ、喜ばしい。 だが、相手がダメ人間とかそういう次元じゃない相手だとなると、複雑な思いを禁じ得ないのは当然であるわけで。言葉が微妙に出ない彼女の気持ちも分からないではない。兎角、目の前の敵の脅威度に比べれば些細な問題なのだが。本当に、些細な。 「ええとこんな緊急事態にようこそ。さっくり片づけてしまいましょ」 「そォだな。戦勝パレードは派手にいきたいもんだ」 彼の言う『戦勝パレード』がどうなるかは間違いなく理解できただけに、儀礼的に頭を下げたシュスタイナは明らかに顔をしかめる。それに対し、寧ろ喜んでいるようにさえ感じるのだからこの男は底が知れない、と思った。 「……足りているかネ、今回は、今度こそ」 「答える義務は無いわ」 元は強い運命に後押しされた、悪意ある修正者(フィクサード)だった男。死を経て尚自我を持ち、リベリスタに牙を剥かんとするその男――『曼珠ヶ樒』こと繋の言葉に、『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)は多くを語ることをよしとはしなかった。 挑戦的な問いかけの意味も、それに対する答えの去来も、自らが踏みしめた屈辱も全て、その魂に刻みつけた。今更、言葉を多く語ることがよいとは思えない。 積み上げてきたものを全て崩さず吐き出すために、彼女は強く“双界の杖”を握った。 「さあ、世界最悪の少女が奥で好き勝手ヤる前に、私もひとつだけ、語っておこうか」 全身の気配を周囲に吐き出し、『輔星』が静かに片手を掲げる。今にも飛びかかろうとするリベリスタたちを片手で制し、それでも尚揺らぐ姿は底の見えない闇である。 「私はただ、この世界を『故郷』の代わりにしたかっただけなんだよ。ただそれだけ。私の領域で私の世界を積み上げたかっただけなんだ。……消えてしまえば同じことなんだがね」 「この場は今これより、自分の領域です」 明確な『世界の侵食』を待望し宣言したその闇を振り払うようにシィンが応じる。身勝手な理想も無意味な最後も興味が無い。彼女はただ、リベリスタとして立つだけだ。 ゆらりと刃を持ち上げた繋に飛びかかるように噛み付くように、真っ先に『純情可憐フルメタルエンジェル』鋼・輪(BNE003899)が向かっていく。真っ直ぐに突っ込んできた少女に、しかし繋は一切の油断もなく式符を投げつける。漆黒の濁流を見守る間も無く、その背を追う格好となった数名が、2人の悪意を足止めせんと迫る。 最後を騙る前哨戦が、緩やかに死地の鎌首をもたげた瞬間であった。 ● 輪とテラーナイトが繋へ向かったのを見て、レイカはシィンの前へその身を躍らせる。一端の戦力として自分たちに与する相手を信用しない、という選択肢は彼女にはない。彼の『随伴』が存在したならどう扱うかは明白だったが、彼もそこまで暇人ではなかったようだ。動きを鈍らせた輪の脇を抜け、一太刀浴びせんと踏み込んだ動きは油断らしきものが一切無かった。 輪にさえ気を配っていなければ、2人まとめて動きを奪われてもおかしくはない条件下。一瞬の時間差が結果として彼の接敵に至らしめたのは、単に輪の即応性があっての戦果である。 背後から、張り巡らされた樹木の根幹を灼きつつティオの雷撃が繋を穿つ。自らの魔力に意識を向けつつ、彼女は抜け目の無い視線で輔星の魔力の流れを観察する。自分とは明らかに異なるレベルである為、正確に彼女の特性とレベルを測ることは相当に難しいが、それでも彼女にとって収穫だったのは、身に纏う破壊に対する斥力が然程のものではないという事実。 「……思ったよりも『普通』なのね、そのナリで」 「生憎と、この世界が脆すぎたのでね。合わせなければ綻び、修正される。それでは早すぎたんだよ」 今だってそうだ、と泰然と佇む少女の表情に何ら油断が無いのは明らかだ。証左として、真っ直ぐに低空飛行で飛び込んでくる聖に黒極星を翳し、連続した打撃を叩き込むだけの警戒心は持ち合わせている。 “神罰”の刃先が若干下がったように見えるが、それでも突撃の勢いは何ら変わることがない。 「……貴女以外の七天はどちらに?」 「終わりかけの世界で、彼らの所在を気にするのかい。随分と余裕があって羨ましいね。私はこの上ない理解者まで失って悲しみで立っているのがやっとだというのに」 冗談も大概にしろ、と心中で彼は舌打ちを鳴らす。常ならば柔和な態度を幾ばくか残し、いらだちを前面に出すことの無い彼でも、ことこの組織に対して、そして世界の窮地に対してはそう言ってられないのが現状だった。 場末の組織と切って捨てるには余りに関わり、仲間からの情報を集めすぎた。その全てが動きを止めない限り、蜘蛛の様に何れかの部位が悪徳を引き起こす。それを唯々諾々と受け容れるほど、安い決意で立っているわけではないのだ。 「破軍と文曲に廉貞と出会ったうち、文曲には止めを、破軍は仲間が倒しました……しかし、廉貞はあの後姿を見せていない」 「あの自由人が、私の許で燻っているのが問題だというのさ。こちらが、そして世界が落ち目だと分かれば、あれは好きに歩むだろうさ」 背後から流れ込むシィンと小夜の癒しを背景に、聖は一歩も引く気はなかった。下がれば、間違いなく惨状を呈すことになるだろうと理解しているだけに。そして少女の戯れの言葉には、この上ない怒りも感じていた。彼女は何もかも知っていながらまるで何も知らぬ少女のように振る舞うのである。 「……今更止める気も負ける気も端からないけど、やっぱり落ち着かないのよね」 視界の奥で、足を止めず戦い続ける二者を見守り、翼を震わせるシュスタイナの緊張は少なからず重みを増していた。 信頼していない訳ではないし、一切の事情を斟酌せず近くに居て欲しいとまでは思わない。だが、恐らく彼は無理をしていると、直感で感じていたのだ。 控え目に見て強敵だというのに、正面から受け止める戦い方は間違いなく、ひとりのリベリスタでは荷が勝ちすぎている。ならば一刻も早く、彼のもとへ誰かの手が届くように。 気が急き、心拍が上がり、呼吸が早まるのを感じる。この鼓動を愛や恋の代替品として想ってしまうにはあまりにも短絡で、余りに今までの積み重ねを無視しすぎている。 セレアの渾身の魔力が形を成して大地に突き刺さる様を眺め、杖を握る手が白く白く、時期を遅くして降る雪のように。 「あー、すぐ倒れちゃうか弱い乙女だわーあたし」 あんな戦い近づけない、と嘯きながら魔力を絶えず練り上げ、冗句を宣うセレアの姿を脇目に、小夜は自分の役割を愚直に担い続けていた。 確かに、前線で戦う相手の戦況の激化は著しい。あの戦いに身を呈して入ろうなど思いもしない。だから最善を尽くすことが第一義だが、思うところは十二分にある。誰も倒れさせず、敗北せず、前に進む。全て終わってから考えればいいのだ、その先なんていうのは。 当然、セレアだって小夜に若干の意識を割きつつも勝利には貪欲にしがみつこうと立っている。目の前の状況をして、出すことのできる全力を惜しむつもりは微塵もない。だが、それでも不気味なまでに背筋を這い上がる不穏の気配を思えば、手を、言葉を尽くして足りないことなど無いのだ。何より――小夜の思慕の成就は、互いの生があってこそ叶うものなのだ。 「うへへへへへへ♪」 「……速く、鋭く、迷いがなイ。確かにそれは戦いに於いて利点なのかもしれないネ」 動きを一瞬留められた程度では、輪の勢いを止めることは適わない。絶えず吐き出される呪力を符と儀式刀に振り分ける作業は、生を失った今であっても練度を要するものである。実力とは別のベクトルで、確かに彼女は一人のフィクサードだったものをたじろがせる程度には欲望に忠実で、目的には真っ直ぐだった。それにより生み出された隙が、他のリベリスタの攻撃へより高い効果を紡ぎだす……ああ、確かにそれは正しい戦いの在り方だったのだろう。 「ダが、それでも」 金属同士の甲高い音が響き、突進の如き一撃が打ち上げられる。儀式刀を振るって生み出された悪意のフィールドは、彼自身とテラーナイトを巻き込んで闇を伝う。 打ち上げられた姿勢のまま、糸が切れたように崩れ落ちた輪の瞳に光は微塵も感じられない。つまらなげに食い込んだ爪先がその姿を遠くへ押しやり、目の前に視線を戻す。 「――そこな娘が余程『できる』だろうと期待スるのサ。お前は、興味が無い」 「悪ィが」 「こちらを向いたまま、後ろを見る余裕なんてあげないわよ」 口を開きかけたその脇を抜けるように、『箱舟の象徴』たる戦技を用いてレイカが繋を弾き飛ばす。奇跡と呼ぶには高すぎる効率に後押しされた二歩目を以て、その姿をさらに前へ。味方に一歩も近づけさせず、絶対不変の第一義、『誰も死なせないこと』を達成しようとするその姿は間違いなく抗うための戦力である。 「今は、あなたもリベリスタとして遇するべきだと思うから。後ろから『あんなの』を撒かないでよ」 「あぁ、イイぜそういう態度。嫌いじゃ無え」 前に出たレイカの釘を差すような言葉に、くつくつと笑う男はどこか楽しげだった。戦場が今なお、混沌の中にあっても一切、彼は揺るぎない。 リベリスタならば、揺らぐこと無く戦うしかないのだから。 ● 魔力の正面からの激突、呪術の絶えず吐き出される様は間違いなく悪夢的な光景である。リベリスタ達の実力をして、接戦にまで持ち込まれるほどの個の存在感は、間違いなく終焉を実感させるに相応しい。 「闇を灼くのは火と光、どうぞ覆してみなさいな」 繰り返された熟練の果て、一人の技術を模倣した業火の渦が輔星を、その共連れを襲う。聖が巻き添えになることのない、精緻な位置へ放り込まれた魔力は確かな手応えを以て蹂躙を繰り返すが、それでも彼女があっさりと倒れるつもりがないのは明らかだった。 足元の影が伸び上がり、覆い尽くした彼女を開放する。吐き出された位置で突き出された手は聖の胸ぐらを掴み、実体のない牙をその『存在』へ突き立てる。返す刀で吐き出された範囲攻撃が黒極点を数個破壊せしめたが、その手は緩まず。底のない瞳の黒が自らを見返す様に、彼の魂が僅かに震えたように感じた。 「灼かれても照らされても覆われても、闇は何れ訪れる。駆逐された闇は光に寄り添い生まれ続ける。何もかも、自分のものとするのは願いの傲慢ではないのかな?」 「下らない願いの為に苦労してきたのよ、魔術師(わたしたち)は。世界ぐらい救う傲慢であることぐらい、当然だと思うけどね」 魔術師として、リベリスタとして、セレア一人に限ること無く。紡がれてきた事実をして彼らは戦いを戦いたらしめるのだ。勝利を求めるが為に、闇を繰り返し払うのだ。 「何年生きたかではない、と言ったわね。いいえ。何年生きたかだわ」 「……へエ?」 「一年半でも七十余年でもない。私は私如きの為に生きているんじゃない。あなたにわかるかしら。この意思が、この樹がどれほどの古に芽吹いたか」 ティオの言葉に、繋は片眉を上げ応じる。あたかもそれが、どこまでも不遜な言葉とあざ笑うように。だが違う。彼女一人の生ではなく、彼女一人の為の人生ではなく、『意思』はそれより前に生み出されたものであるという言説に、危うさを覚えたが故の不快感。何処か自らを失っている、そんな捨て身めいた魂の在り方は彼をたじろがせるに十分だった。 粘り強く戦い、繋を抑えこむレイカの背後から、声が響く。 「そいつ殺したら、下がれ」 冗談の篭もらない声に、振り返る前にその気配は霧散していた。驚きを覚える前に、その姿は遠くにあった。 恐らく、誰もが引き際を誤りかけたその勝利と敗北の水際で、興奮に冷水をぶちまけたのはやはりその男だった。 最後の球体を砕いた聖の一撃が少女に届くか、少女がぶちまけた影が彼の魂を穢し尽くしてその指を伸ばすか、二択だった勝敗に捩じ込まれたのは、その腹部に叩きこまれた蹴りである。 浅いし、軽い。到底いちリベリスタを昏倒させるには足りないそれに蹈鞴を踏んだ聖は、得も言われぬ表情で凍りついたシュスタイナの表情に諦観を覚えた。だが、違う。 「女ァ泣かせるなんざ馬鹿を若い内からやってんじゃねえよ、ハッピーなのは手前ェの頭と明日だけにしときやがれ」 「それを貴方が言うんですか」 「立てねえだろ、這ってでも歩け。逃げねえと全員死ぬぞ」 しっしっと掌を振った男に、返す言葉は持ってない。だから、従うしかなかったのだ。 (小娘……いや、小夜つったかお前) 弧を描いたその口元が、精神感応の波に乗せて小夜に届く。 あんまりにもあんまりな覚悟の篭った感情に、思わず否定を吐き出そうとして、続けざまに脳裏に響いた言葉に息を呑む。 這う聖にシュスタイナが駆け寄り、セリカが輪を拾い上げる。誰も死なせない前に、自分も、まだここでは死ねない。あの男はもう、世界の強制力より前に一人の人間になった。『個の為のエゴ(フィクサード)』になった。だから、救えない。 崩落した根と共に、影をも奪われた少女が笑う。まだやろう、と上弦を象った唇が新たな言葉を吐き出す前に、リベリスタの姿はそこにはなかったが。 「恐兵――さん――」 『誰のものとも分からぬそれの名前』を、小夜が絶望の中で吐き出した。闇はそこに、立ち止まったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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