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<Baroque Night Eclipse>Gladsheim Garden


「赤い月か」
 男――マリウス・メルダースは剣を磨く手を止め、天を仰ぐ。
 崩界の夜『バロックナイト』に浮かぶ月が、地上を禍々しい光で照らしている。

 男は、かつて性質の正邪を問わず吸血鬼を狩るというスペインの秘密結社に属していた。
 組織の過激な思想はリベリスタ、フィクサードを問わず多くの敵を作った。
 今は轡を並べるエミリオ・ルイスと死闘を繰り広げたのは百年以上も昔の話だ。
 本質的には朴訥で直情的な性格のマリウスは、当時ただ素朴に吸血鬼というものは悪なのだと信じていた。
 それが多分にカルトな思想であったとしても、彼にとってそれは正義そのものであったのだ。
 だが己が出自を恥じて隠し、神の栄光を信じて戦い抜いた男は、やがてヴァチカンと刃を交える事となる。
 その当時の彼は、どちらかといえばヴァチカンは信念こそ異なるとはいえ、本質的に味方だと考えていたのだ。
 それは手ひどく裏切られた思いであった。
 彼の信じていた正義は砕け、狂信的な仲間達は命を落としていった。
 極端から極端に走り、彼はヴァチカンについて、そして人の世の正義について深く思案した。
 そしてリベリスタが必ずしも、総ての面において善良でない事を知った。彼は二度裏切られたのである。
 若き日、ひどく単純な性格であったマリウスはその日、ヴァチカンとの戦いを決意したのだ。
 そうしてフィクサードとして行動してから、転げ落ちるのは早かった。
 理念も理想も失い、悪鬼の様に闘い続ける彼がバロックナイツの盟主という存在を目の当たりにするのは、それから少し後の事だったのである。

「首尾は順調か?」
「ああ。問題ない」
 マリウスの問いにエミリオ・ルイスは口だけの肯定を返しながら首を振る。
 部隊がアークに敗北を期した以上、己が思い描く完璧が通用しないことは理解している。
 さりとてこれ以上、今の段階ではどうにも出来ないというのも実情であった。
 後は実際にもう一度戦ってみる他ないのだろう。今は一息つく他ない。

 こうして座っていると、様々な思いが去来する。
 かつて異端審問間として名を馳せたエミリオという男が、その信念を歪めたのも同じくずいぶん昔の話だ。
 当時、奇しくもヴァチカンの中で過激な集団に属していたエミリオは、その傲慢なやり方に我慢が出来なくなってきていた。
 正義とは何か。信仰とは何か。道往く果てにそれを失った者というのが、二人の大きな共通点だった。
 敵をヴァチカンと定め、やがてバロックナイツ盟主の元へと馳せ参じた二人の再開は、さぞ意外なものだったのだろう。
 互いに殺しあった仲である。盛大に皮肉りあったのも今は昔。それから永き時を、彼等は世界の深淵の中で生きてきた。
「俺は暴いてみせる。聖書の偽り。神の欺瞞を」
 エミリオの野望は、神という存在を現世に引きずり出す事だと言う。
 神という存在のメカニズムを、神秘の世界で公にする。
 それによって全知全能など有り得ない事を証明してみせる。
 神の権威を失墜させ、最終的に傲慢なヴァチカンを葬るというのがエミリオの最終目的なのである。
 今回盟主が動く事でそのチャンスが必ずやってくると信じている。
「くだらない悩み」
 口を開いたのは、おそらく両者よりよほど下らない野望を抱くドレスの少女である。少女に見える女である。
「永遠であればそれでいい」
 花園の乙女(シェオール・メイデン)と呼ばれる傭兵フィクサード組織の首魁、その名をアリス・マリス・アマランスと言う。
「アマランス様は永遠をお望み」
「アマランス様のはからい」
 薄気味の悪い部下達の唱和がちりちりと耳に障る。
 この女。実の年齢など知れたものではないが、マリウスやエミリオとて人の事を言えた年齢ではない。コマは一流である筈だ。
「まあ、そう言ってくれるな」
 エミリオが苦笑する。これで全てが終わるのだ。神の欺瞞を暴き、絶対なる存在から引き摺り下ろす。
 フィクサード達はこの時もまだ、この戦いの意味をそういうものだと素朴に信じていた。
「何もかも、ただ永遠であればいいでしょう」
「永遠などあると思うかね、お嬢さん」
「さあ?」
 みすぼらしい衣装を纏うザハブという男の言葉に、アマランスは先ほどもぎ取ったダフネを手渡した。
「栄光、不死、不滅。歓楽。永遠。けど、また足りない。だってこのダフネは今手折られてしまったから」
「アマランス様のはからい」「アマランス様のはからい」
「むごい事をなさる」
 緊迫した空気の中でなされる会話は妙に間が抜けている。各々様々な計略を張り巡らせているであろう中での会話など、所詮は物のついででしかない。
 そうしたバラバラなフィクサード達を纏め上げているのはマリウスの手腕ではあるが、それ以上にこの崩界の夜が彼等の目的に沿うという事でもあるのだろう。フィクサード達は、盟主が齎すであろう崩界の極限に立ち会う事。そこから何かを得る事を望んでいる。
「マリウス――」
 何事か言いかけたエミリオの肩を小突き、マリウスはゆっくりと立ち上がった。
「何か来る」
 突如眼前を覆った光は人の形へと収束し、男達を見下ろした。
『聞け』
「これは、ヴァルハラの――」
『我が名はシグルドリーヴァ、貴卿等に勝利を齎す者』
「それは戦場の霧を吹き飛ばす。勝ったな」
 微かに笑うエミリオにマリウスが頷く。
 彼等はアークとの戦いの中で多くの兵を失った状態だ。何より主力とも言えた二体のフェーズ3エリューションが既に存在していない。
 ただでさえアークを相手に手痛い敗北を期した戦いの中で、やがて来るアークの反転攻勢に勝たねばならないというのは頭の痛い問題だった。
 対策の一つはマリウスが雇った傭兵組織首領の緊急召喚である。
 恐らくアマランスの戦闘能力は、一流揃いのフィクサード達の中でも頭一つ抜けている筈だ。とはいえフェーズ3エリューション二体という痛手の穴埋めが可能かどうかまでは未知数である。
 そこでこの援軍――ヴァルキリーが登場したという事になる。
「これほど心強い事はなかろうな」
 当然、盟主じきじきの援軍であるに違いないだろう。マリウスは遂にここまで来たという万感の想いを抱いた。
 永く深淵を生きたフィクサードと言えど、どこまでも人間に過ぎない彼等から見ても盟主が遣わしたヴァルキリーという存在は別格なのである。

 けれど。この蟠る不安の正体は未だ――


 暖かなブリーフィングルームの中で少女は震えていた。
「どうした?」
 陶器の様に白い顔を俯かせる『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)にリベリスタが声を掛ける。
「何があったんだ」
「――はい」
 喉の奥から搾り出すように答えるエスターテの怯え方は尋常ではない。
 平素、彼女は年齢の割に冷静沈着だ。大人しげな外見通り、物静かで落ち着きがある少女だ。とは言え、こと依頼を伝える際には意外と強情で、時に勝気な面もある筈だった。
「え、と。えと」
「大丈夫だ、一からゆっくりと順を追って話せ」
「はい……」
 一つ目にエスターテが述べたのは、バロックナイツ本隊が占拠した三ツ池公園に関する悪いニュースだった。
 彼等はこの世界に黄昏を告げる黙示録的破滅を呼び込む算段を立て終えたらしい。
「まあ、想定内ではあるが」
 由々しき自体ではあるが、それでけで彼女の怯え方は説明出来ない。

 二つ目はどう受け取るべきか悩ましいニュースだ。
 世界最強最悪たるバロックナイツの盟主が、アシュレイによって殺害されたらしい。
 二人は行動を共にしていたが、アシュレイの裏切りはほぼ確実と思われる情勢であった。しかしこれまでの経緯からその成功率は極めて低いと目されていたのだが。
 どんな手品を使ったのか知れたものではないが、アーク最大の障壁となる可能性の高かったディーテリヒは突如盤上から消えたのである・
 このニュースはどちらかといえば首を傾げる類のものであり、やはりエスターテが怯える理由にはならない。

 状況から考えれば『塔の魔女』アシュレイの目的は、単純に世界の破滅であるのだろう。
「荒唐無稽だな」
 第一、世界の破滅などという目的では大抵のフィクサードは従うまい。彼等の定義はあくまで己の為に世界を侵せる者ではあるが、往々にして単に浮世で利己的に振舞う人種でしかないからだ。
 所詮は金儲け。権力。力の誇示。魔術研究。真理の探究。理由はともあれ神秘の力を悪用し、己が目的の為に行使する存在なのである。世界そのものが滅んでは元も子もないのだ。
「で、どうやって滅ぼすんだって?」
「はい」
 アシュレイはこの『閉じない穴』を利用して『魔王の座』という究極の召喚陣を生み出す心算らしい。
 馬鹿げた程の魔力(キャパシティ)を要求する召喚陣は彼女と言わず、そもそも人間には通常到底制御出来る代物ではない。
 ないのだが――そこに彼女がアークと結んでいた理由があったという事だ。
 バロックナイツの面々が持つ神器級のアーティファクトを蒐集した彼女の目的は、ウィルモフ・ペリーシュの持っていた魔力抽出技術を利用して召喚陣の燃料を得る事だったのである。
 バロックナイツ打倒の理由は『邪魔者を消す事』『神器を奪う事』『ペリーシュの技術を掠め取る事』の三つであったと言えるのだろう。
「なるほどな」
 まあ。うすうすそんな事だろうとは思っていた。アシュレイが不倶戴天の敵であろう事など――
 故にアークのリベリスタ達は、魔女に一泡吹かせようといくつかの神器奪取を阻止していた。恐らく結果として召喚陣稼動の時間を遅らせてはいるのだろうが、その程度にしか作用していないのには事情があった。
 どういう事情か知れたものではないが、ディーテリヒがアシュレイに与えたと見られる魔力で、彼女が必要としている魔力は確保されてしまったから。
「まあいいや、その魔王の座ってのは何なんだ?」
 リベリスタの呼びかけに、エスターテはびくりと縮こまる。
「え、と……」
 それは異界のミラーミスをこの世界に引き込む儀式であると言うが、その呼び出される存在が問題だ。

 それは。この世界を『無かった事』にする存在である。

「無かった事?」
 その力はかのナイトメアダウンを引き起こしたミラーミス『R-type』を凌駕する。
 この世界そのものを完全に吹き飛ばし、塵一つ残さない存在。
「アーク本部はそれを『Case-D』と名づけました」
「は?」
 その存在がこの世界に顕現した場合、この世界は全てが消し飛ぶ。
 ただの出現そのもので、この世界は消えてなくなってしまう――それが万華鏡の答えだったのである。
 きっとこれが。エスターテがひどく怯える理由なのだろう。

「シャイセ! そんな暴挙を。許して、おけるか!」
 勢い良く手のひらを机に叩き付けたアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)が叫んだ。
「まあ、お嬢さん。とりあえず攻略の糸口を探さないとな」
 これは不確定要素の大きい情報ではあるのだが、ヴァルキリーの一体がアーク本部に捩れた白い槍を届けたらしい。
 研究開発室の分析結果では、総ゆる神性と神秘を殺す因果律の槍は、この世界の末期病巣――つまり『閉じない穴』を殺す可能性を秘めている可能性が高いという事である。
 アシュレイの計画を阻止し、『閉じない穴』を奪還すれば破滅に楔を打てるチャンスは必ずある筈だ。
 そうして公園中央に乗り込んでアシュレイを止めるにも、盟主配下のフィクサードや魔物達の対処は必要となる。
 まずは公園中央の『閉じない穴』たどり着く為に、すべきことを考えなければならない。

「なあ、エスターテ。おかしくねえか?」
「え、と」
 リベリスタとフィクサード等という区分論はさておき、とにかく世界を滅ぼす存在が召喚されようとしている時勢だ。往々にして利己的であるフィクサードが黙って従っているものだろうかというのは、当然非常に大きな疑問として浮かび上がってくる。
「おそらくそこまでの事情を知らないのでしょう」
 アークには万華鏡があり、フィクサードにはアシュレイがいる。だが向こうの陣営、ことアシュレイにしてみればそんな情報まで共有する必要はない。
「なら、どうにか説得して一緒に世界を守るなんてのも、ありなのかもな」
 利に聡いであろう敵である。どうにか共闘する方法もあるかもしれない。
「そんな利己的な連中と、わざわざ共闘するなど、私は、反対だ!」
 頬を膨らませるアウィーネにリベリスタは苦笑一つ。
「とりあえずクールに。クレバーに行こう」
「む。わかった」
 アウィーネの言にも一理はある。ネゴシエイトするとしても双方の目的がどの地点で一致するかを考慮出来なければ意味はない。妥協点を見つけられないか、どうしても相容れないのであれば倒すしかないからだ。
 それにそもそも。
「俺達が言った所で、そもそも連中が『アークを信じるか』という問題もあるしな」
 戦いながらでも、どうにか説得しきれれば最良なのだろうが。彼等にとっては寝耳に水の話であろう。むしろいきなり信用すれば、そんなものは相手が極度の馬鹿か、それとも罠であるかだ。さすがに有り得ないだろう。
「どうするのか決まったら、私も、それに従うが」
 仮にフィクサードと手を結ぶという作戦を決行するとして、若いアウィーネが己の感情を納得させるのは難しいのかもしれないが。彼女がアークのリベリスタ達に向ける視線は憧憬そのものであり、素直な彼女はいざそうと決まれば快く応じるに決まっている。
 だから問題はあくまで味方ではなく、敵だという事だ。やはり突然、今までの敵が『世界が滅ぶので戦いをやめましょう』等と述べた所で、信頼性が薄いのは分かりきっている事なのだから。
「エスターテ。敵のデータ、あるんだろ?」
「はい。前回の戦いで収集できた情報も踏まえ、かなりの精度を確保することが出来ました」
 撃破の上に、相応の成果があったという事である。
 頭が痛い事に変わりは無いのだが、これだけが現状で唯一の朗報らしい朗報であるのだから、きっとそれこそがリベリスタの勝ち得た成果というものなのだろう。

「戦闘能力はさておくとして、まずはプロファイルか」
 まず敵のリーダーと副官。マリウスとエミリオについてだ。
 彼等の目的は西洋文化における神という絶対の存在、その権威を公然と失墜させる事だと推察される。
「それであの何言ってるかワカンネェ盟主サマとやらと一緒に居たって訳だな」
 しいて言うならマリウスは直情、エミリオは神経質なきらいはある。だがどちらも理性を重んじるタイプではありそうだ。
 とは言え彼等が戦い続けてきた相手はヴァチカンである。これまでの行動も、信念の為に手段を選ばぬと言えば聞こえは良いが、結局の所として善良さとは程遠いと言える。
「さすがに世界滅亡を目論むってえタイプじゃあねえな」
 けれどこの世界にとって正真正銘の悪人には違いない。

 次に呪術師のザハブ。東アフリカでいくつもの村を支配するフィクサードであり、その支配地域を拡大することが彼の目的であると推察される。
 おそらく傭兵活動は資金集めとコネクション形成の為なのであろう。傭兵としてはどちらかというとビジネスライクにも仕事をこなす様だが、信頼を最良とする面もある。そして恐らく彼はマリウスに一定の信頼を感じていると思われる。
 彼の話の根はアフリカに由来するとの事で、日本にとって対岸の火事とまでは言いすぎだが、少なくとも世界が滅ぶ事は彼の目的とは相容れないであろう事は推察可能だ。
「こっちはずいぶんと俗世的な訳か」
 だがこれもやはり明確に悪人ではある。

 最後にフィクサード傭兵組織『花園の乙女』と、その首魁アマランスである。
 アマランスの見た目は無垢な少女だが、実際にはかなりの高齢であるようだ。
 世界中で身寄りの無い少女を蒐集し、薬物と魔術で忠実なフィクサードに仕立て上げる。
 少女達には独特の価値観を植え付け、世界各地の紛争地帯に放り込む。そうして紛争を長引かせ、今という世界が永く続き、時に退行する事すら望む。
 私的な面はどうだろうか。とかく美しく、銭湯で傷を負わず、高い能力を持った少女を尊ぶ様である。そしてその力、美しさを奪い己が物とするのだ。そして哀れな死骸にエンバーミングを施し飾り付ける等の噂もある。
 その名にも、築いた組織にも、その思考にも。多分に趣味的な部分と性格の悪さが垣間見える。
「意味わかんねえが、キメェって事だけは分かるな」
 どう考えても邪悪そのものにしか見えない。

 さて。軽く検分した所で結局どいつもこいつも悪人である。全員倒せればこの世界にとってこの上ない朗報に違いない。
 それは可能だろうか。それとも不可能なのだろうか。
 不可能を可能にしてきたリベリスタ達であるから、やってやれない事はないのかもしれないが至難であることは言うまでもないだろう。
 では説得か。話が通じるかどうかと言えば、いざやってみれば通じそうな連中ではある。
 その場合とりあえずの課題は、フィクサード達が明確に『分かりやすい悪人』であるという事だ。信用や信頼はしようもないが利用か、あるいは世界破滅を防ぐという目的の一時的共有は出来なくもなさそうではあるのだろうが。はてさて。悩ましい所である。

「もう一つ問題があります」
「ヴァルキリーか」
「はい」
 こうなることをまるで予想でもしていたかの様に。ヴァルキリーはフィクサード達の闘争を強力にサポートする様子を見せている。
 もちろんヴァルキリー自身が驚異的な戦闘能力を保持し、この戦場で最も強い敵であることにも違いはない。
「フィクサード連中と一緒にタコ殴りって訳には……いかねえらしい、か」
 恐らくこれが最大の問題なのであろうが――この『ヴァルキリー』シグルドリーヴァは、ヘイズルーンの蜜酒という能力を持っている。
 これは対象を強制的に支配下に置くという、あえて区分するのであればバッドステータスに近い固有能力であり、たとえフィクサードが裏切ったとしても再び強制的に戦わせようとするであろうと考えられる。
「知っていたみてえだな、まるで」
 偶然なのか。盟主の策か。それとも盟主が誇っていた『ヨハネの黙示録』とやらの能力か。知れたものではないが、ずいぶん厄介な能力だ。
「そんな能力があるなら。むしろ連中が話を理解したら後はさっさと失せて欲しいぐらいだが」
 仮に説得に成功したとして、共闘するか、退散させるかという点も悩みどころではある。
 だがそれよりなにより気になるのは。
「俺達が対象になることはあるのか?」
「それは大丈夫なようです」
 ヴァルキリー自身が味方であると認識する相手、つまりフィクサードだけに行使するようだ。そこも含めての能力なのだろう。
「非常に強力な反面、闘争の相手方への魔術的制約があると見るべきだろうか」
「よくわからねえが、そういうモンて事だな」
 絶対的なものではなく突破口もあるようだが、一筋縄ではいかないことだけは確かだ。

「それから……」
「おいおい、まだあんのかよ」
 いい加減にうんざりしてくるが。
 極度の神秘的な乱れが観測される崩界の夜『バロックナイト』の事だ。
 アシュレイや盟主配下の怪物が、現場で跳梁跋扈しているであろうことは想像に難くない。
「全て倒せば、良いのだろう!?」
 そう言って拳をふりあげるアウィーネはさておき、非常に厄介な戦場であることに違いはなさそうだ。
 とにかくどうにかしてこの戦場を突破して、最終決戦の場へ乗り込まねばならない。
「ま、どうにかしてみせるさ」
 どのみち、どう転んでもリベリスタ達が事態をどうにかする他ないのである。
 後は作戦を詰めるしかない。
「はい……」
 俯いたエスターテは静謐を讃えるエメラルドの瞳でもう一度リベリスタを見つめた。
「どうか。私達の手で、世界を救いましょう」

 そんなこと。是非もないだろう。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年03月31日(火)22:31
 pipiです。
 最後なんですね。ファイナル。

●目標
・エリューションの全滅
・ヴァルキリーの撃破
・フィクサードの撃破、または説得

●ロケーション
 おなじみ三ツ池公園。花の広場で迎撃します。
 歪夜。光源、足場、広さには問題ありません。

 事前付与一回可能です。するしないに関わらず、敵もしています。
 敵は強烈です。全力で闘争して下さい。

●敵
 シグルドリーヴァ、マリウスを最前衛とした突撃陣形です。
 右翼にサクラ、左翼にカサブランカ。中央にザハブ、アマランス。
 最後尾にエミリオとロサ・マレッティという布陣です。

 ヴァルキリー撃破まで2ターン毎に、1~3体のエリューションが戦場に現れます。フェーズは2です。

『ヴァルキリー』シグルドリーヴァ
 バカ強いです。
・神界剣技:物近複、ダメージ大
・レーヴァテイン:神遠2域、獄炎、ダメージ極大
・ヘイズルーンの蜜酒:神遠2複、対象を従える(※:後述)
・グングニル:神遠2貫、致命、必殺、感電、ショック、雷陣、ダメージ大
・飛行戦闘(P)に相当する能力
・自身と味方の戦闘力超補正(P):仮にフィクサードが裏切ればその分は消えます。

 ※:ヘイズルーンの蜜酒で対象となるのは自身と本来的に同陣営と認識する存在(つまりフィクサードだけ)です。回避を試みる事は出来るようですがBS無効パッシヴスキル等による無効化は出来ません。通常のWP判定や、BS解除スキル等は有効です。

『ダンピール』マリウス・メルダース:ダークナイト
 盟主に従うナイトバロン。
・ダークムーア(禍々しい両手剣)
・ゲインブラッド、リリム・ナイトメア、黒螺旋、無明
・穴のない傾向。絶望の咎(EXP)

『インクイジター』エミリオ・ルイス:プロアデプト
・メメントモリ(装飾されたライフル銃)
・物神攻型。遂行者。
・プロジェクトシグマ、アデプトレボリューション、天使の歌、神気閃光

『呪術師』ザハブ:マグメイガス
 ハーフムーン獅子。
・獅子のキジーツ(複雑な形状のナイフ)
・魔神+魔王型。
・ハイマナバースト、チェインライトニング、シルバーバレット
・フィキリ・キス・ヴィス(EX):神近単、防御無視、ブレイク、凶運

『永遠の』アリス・マリス・アマランス:プロアデプト
 花園の乙女首魁。ハイジーニアス。
・ナイトフォール(ネックレス)
・シェオルブレイズ(EX):神遠単、獄炎、呪い、致命、呪縛、石化
・ルーラータイム、サタニックプロフェシー、ブレインドミネーション
・超越絶対者、エターナルグレイス(EXP)、ハイスペックオールラウンド型。

『カサブランカ』:クロスイージス
 花園の乙女幹部No.3
・ラディウス(美しい片手剣)
 花園の乙女幹部。五本指の実力者。
・シェキナの光:神遠2貫、雷陣、致命、必殺
・聖骸闘衣、ジャスティスクロス、ラストクルセイド
・闘神技巧型、アブソリュートグレイス(EXP):精神、呪い、態勢無効。ステータス上昇。

『ロサ・マレッティ』:ホーリーメイガス。
 花園の乙女幹部No.4
・ラヴィアンローズ(美しい大鎌)
・デウス・エクス・マキナ、ジャッジメントレイ、翼の加護、
・祝福のレストリツィオーネ(EX):神遠複、雷陣、呪縛、ブレイク
・穴のない傾向。アブソリュートグレイス(EXP):精神、呪い、態勢無効。ステータス上昇。

『サクラ』:デュランダル
 花園の乙女幹部No.6
・カーサストランキルス(美しい両手剣)
・120%、ジャガーノート、暗黒、ハードブレイク
・アンラックタイプ、アブソリュートグレイス(EXP):精神、呪い、態勢無効。ステータス上昇。

『ベイビーズブレス』:クロスイージス
 花園の乙女幹部No.8
・グリムラース(美しいヴォウジェ)
・ヘビースマッシュ、ブレイクイービル、ジャスティスキャノン、ラグナロク
・指揮官タイプ(極技のみ活性)、アブソリュートグレイス(EXP):精神、呪い、態勢無効。ステータス上昇。

●敵増援
 2ターン毎に1~3体出現します。いずれもフェーズ2相当です。下の奴ほど強いです。
・セルキー:アザラシのきぐるみを着たような美男美女です。弱いです。
・グレムリン:貧弱ですが、飛行能力を持ち、ファンブルを増加させるBS攻撃を行います。そこそこ数多くでます。
・イグニス・ファティウス:脆いですが、炎系の攻撃力はなかなかです。一番数多くでます。
・ヘルハウンド:すばしこく、噛み付き攻撃を行います。範囲対象に火も吹きます。そこそこ数多くでます。
・ブラックドッグ:すばしこく、噛み付き攻撃を行います。咆哮により雷陣を撒き散らします。そこそこ数多くでます。
・ナックラヴィII:強烈な肉弾攻撃の他、死毒の呪いを撒き散らします。水が嫌いです。
・ライネック:総じて高スペックの強敵です。物理神秘遠近オールラウンドの戦士です。

●味方NPC
・アウィーネ
 相談の傾向やプレイングの指示で行動します。命令はそれなりに危険があっても素直に従います。
 神秘系速度回避型。能力はアークのエースに及ばない。フェイト使用。ソウルクラッシュとゲヘナの火を変更可。

●他、友軍。
 その辺で戦っています。絡んでも絡まなくても構いません。
・夜想鏡示
・宮部茜(!?)
・ネームレス・ソーン
・魔神グレモリー
・黒縄地獄

●重要な備考
 <Baroque Night Eclipse>の冠を持つシナリオの成功数は、同決戦シナリオの成功率を引き上げます。
 失敗は成功率を引き下げませんが、成功する事で決戦シナリオの実質難易度が低下します。
参加NPC
アウィーネ・ローエンヴァイス (nBNE000283)
 


■メイン参加者 10人■
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ノワールオルールナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ハイジーニアスソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ハイジーニアスホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
ハイジーニアスダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ハーフムーンホーリーメイガス
綿谷 光介(BNE003658)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
アウトサイドデュランダル
蜂須賀 臣(BNE005030)


 赤い月から零れ落ちる。
 頬を染める光は鮮血の様な禍々しさを湛えて、みすぼらしい男を照らしていた。
「挑ませて貰うとするか――方舟よ!」
 しゃがれた声が耳に触る。
「呪術師ザハブ、参る!」
 各々が互いの存在を認め、その力を高める術を纏った直後。激突はすぐに始まった。
 にらみ合いなどしている猶予はない。翼の加護に身を委ね、リベリスタ達は風の様に進撃する。
 大地を舐める迅雷に身を焼かれながら、『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)、『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)、アウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)は敵陣の最先端へと一気に駆け上った。

 こうして決戦の火蓋は切って落とされる。
「此処から先は通せんな──リベリスタ新城拓真。相手になろう」
 敵陣左翼のドレス少女カサブランカへ向けて、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の双剣が唸りを上げた。
 甲高い音が盾を跳ね上げ。
「銀閃・無想天!」
 知覚を超える剣戟の嵐が少女の身を血花に彩る。
「上等じゃん!」
 見えもしなかった。カサブランカが痛打を免れたのは電撃に弾かれた様に脳髄が下した命令に従っただけだ。
「悪いけど、あの子(フォーゲットミーノット)みたいには行かないよ」
 間違いなくタフな強敵だろう。幾多もの戦闘経験に裏打ちされた拓真の直感が告げる。
「安心しろ、退屈をさせる心算はないさ」
「このカサブランカを、せいぜい楽しませてよ!」
 彼女は砕けた奥歯を吐き捨て、拓真と切り結ぶ。煌く火花。打ち合う鋼の風圧に大気が弾け、歪む。

「今日の勝負ぱんつ何色?」
 敵陣右翼を抑える『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、おどけながらもその得物『逸脱者ノススメ』に闇を纏う。
 赤い月の下。炸裂する様に膨れ上がる昏い色彩。
「懲りないのね、素敵な貴方」
 薄桃ドレスの少女サクラも細身の大剣に闇を纏い、艶やかに微笑んだ。
「そんじゃやろうか」
「奇遇ね」
 瘴気に足元の草花が急速に萎れ、枯れ行く。両者の狙いは同じか。
「ならば散らせましょう、その命」
「丁寧に、じっくりとね」
 両者の闇が弾け――

 一方で戦場の中央。
 戦乙女シグルドリーヴァへ肉薄する四者の背を、すり抜ける様に放たれた赤い光が広域の魔法陣を描き出す。
「到底理解しかねる」
 熱線をくぐりぬける様にして、シグルドリーヴァの足下へと滑り込み、切っ先を地に落とした臣はそう穿き捨てた。
「伴侶を失った八つ当たりで世界を滅ぼすなど!」
 鉄塊にも等しい圧倒的重量に、大地はたわみ、砕け。沈み込む。
(そう、わからないのだ。 人を愛したことのない僕にはわからない)

 愛とはそれほどのものなのか――

 だが例えどのような理由があろうと、世界を滅ぼすなど許せるものではない。
 神秘的害悪の根絶。それが蜂須賀の正義であり、彼はその体現者であるのだから。

 なればこの戦いは、正義の戦いそのもの。
「『剛刃断魔』、参る」
「行くよ!」
「ふん……目に物を見せてやる!」
 ルア、臣、アウィーネの刃がヴァルキリーの身を切り裂くのとほぼ同時。
 顕現する極大魔術レーヴァテインが後方のリベリスタ陣営を烈火に包み込み。

 ――

 ――――

『やれやれ、またも魔女狩りされにくるだなんて。ブラックモアちゃんて。あれ? マゾなの?』
 その日、葬識は呟いた。

 例えば世界を滅ぼすワルモノが居て。それを阻止せんとする勇者が居る。
 どこにでもある単純な話である。
 そんな話は本屋にも、部屋のテレビにも、コンビニエンスストアの雑誌コーナーにも溢れている。
 けれどそれが現実となるのは、控えめすぎる表現を用いても極々珍しい事なのだろう。

 この世界には知られざる神秘があり、今この場、神奈川県横浜市鶴見区。神奈川県立三ツ池公園に立つ誰もがその力を操る存在である。相対するワルモノとセイギノミカタである。
 そんな勇者達が公園中心部へ向けて進撃するのは、冗談ではなく世界を救う為であった。

 そも。理屈を言えばリベリスタというものは通常、世界を救う者である。そしてフィクサードはしばしば己の為に世界を侵す者である。
 だが実際その仕事を本日直ちに完遂せねば、人命や国家にとって大事になる事はあれど、その日すぐさま世界が滅ぶ等ということは、普通ない。
『そんじゃま世界を救っちゃえ』
 この日がいつもと違うのはそこだ。だからそんな何時も通りの単純な構図が、前代未聞の苛烈さを帯びているという訳である。

 今宵、解決すべき事件は一つ。
 最悪とされるバロックナイツというフィクサード組織の、最悪なる魔女アシュレイ・ブラックモアが、最悪の儀式『魔王の座』を執り行うという事。
 バロックナイツ盟主が命と引き換えに描いたプランによって、この世界へ顕現するであろう存在をアークは『Case-D』と名づけた。
 万華鏡が観測した未来予測では、『Case-D』は顕現するだけで世界を吹き飛ばし『無かった事』にするのだと言う。
 かの魔女による、吐き気すら催す心底下らない渇望の発露。その結果によって。

『神父様に出会う前のボクなら……』
 幼くして両親を失い、引き取られた先で虐待を受けていた日々。ある日ノーフェイスとなった義父母に命を奪われそうになった、あの日までのアンジェリカであったなら。
 全てを『無かった事にする』という、その存在を受け入れたのかもしれない。
『でも今は違う』
 どんなに辛く、悲しく、理不尽な今日だったとしても。
『それでもボクは……明日を見たい』
 そう思えるようになったのだ。だから――
「アシュレイさんを止めるよ、絶対」
「もちろんだ!」
 アンジェリカの言葉にアウィーネが胸を張る。
「それにまだ約束果たしてないしね」
 アンジェリカが微笑む。

 約束――それは去年の夏が始まりだった。
 やわらかな海風の中で。
 フェアリーローズの少女が奏でたスプリングソナタ、アマーティレプリカの音色が二人の出会いだった。
 音に聴き入ったアウィーネという少女は、オルクス・パラストというリベリスタ組織からやってきた。
 その組織はほんの数年前に設立されたアークの後ろ盾であり、設立者は伝説のリベリスタ組織クラウン・アクトの英雄シトリィンである。そしてアウィーネはその一人娘という触れ込みだ。若干十四歳にして魔術刻印を身に纏う天才マグメイガス。華々しい経歴のサラブレッドは、けれどアンジェリカ達アークのリベリスタに憧れていた。
 かつてのアークは金があるから。神の目があるから。アーティファクトを量産出来るから。一度だけなら奇跡だろう。フィクサード達にそう揶揄されてきた。だがアークは、そのどれもが通用しない戦場を幾度勝ち抜いてきた事だろう。
 誰にも為し得なかった歪夜狩りの英雄。ミラーミスさえ押し返す現代の伝説。それが今のアークなのである。
 それからもアンジェリカ達は後輩アウィーネにその背を追われ、時に肩を並べ、数々の困難を制してきた。
 そして冬の日。その中で交わした些細な、けれど大切な約束。
『次はイタリアの曲が聴きたい』
 アンジェリカがドイツの曲を演奏したからか、彼女はそう言ったのだ。
 世界が滅べば叶わぬ約束だから。
「その約束は、必ず守られるべきだ」
「そうだね……」
 絶対に。

 ――――

 ――


「させるかよ」
 吹き荒れる白い嵐に、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は『最後の教え』を押し付ける。
 眼前に広がるのは灼熱の純白。爆発的に高まる温度がその身を焼き焦がす。
「面倒な状況ってのは何度も経験したが」
 大抵の状況は潜り抜けてきた青年の事、生半可な事態では驚くにも値しない。
 強力なエリューション、フィクサード。その程度では彼に通用する筈もない。
 だが、聞けば世界が滅ぶのだと言う。仕損じれば消えてなくなるのだと言う。
 世界の為になんて、その程度の状況は何度潜り抜けたか知れないが。
 握り締めた淡い輝きを、エルヴィンは一気に解き放つ。
「今回はこれまででも最大級だよ、まったく!」
 この程度でエルヴィンが倒れる筈はない。
 仲間を絶対に護り抜く。『生かしたがり』で『活かしたがり』。護り、癒し、救う。そう誓うタフで快活な青年は。面倒見のいいエルヴィンは。こうして、とうとう世界を背負う事になってしまった。
 だが気負う事なくエルヴィンは拳を振り上げる。絡み合う二条の光が天を覆い、リベリスタ達を優しく包み込む。
 燃え盛る神界の炎に焼かれ、瞬く間に削られた活力が再び舞い戻った。

『誰かの役に立たなきゃ!』
 そう言えば。他者にはさぞ立派な志だと聞こえるだろう。よりにもよってそれが本心であり、実践しているのだから尚更だ。
 魔導書「羊幻ノ空」と共に謳われるのは散文の術式。エルヴィンによる絶対の救済。二連のデウス・エクス・マキナですら間に合わぬ苛烈な攻撃へ、更なる処置を可能とするのは彼を置いて他にない。
(償いというエゴのために戦う自分は――)
 それを強迫観念であると『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)は自覚している。
 家族が失われた大事故の中で、ただ一人皮肉にも生き残った生活の中で、培われた意識。
 十字を背負い、曖昧な境界を歩む彼の事、元より利己の白黒を、あまり区別する方ではない。
「それでも今夜は特に……フィクサードと反目してる場合じゃなさそうですね」
 赤い月の夜なのだから。

 互いに生きて帰ると約束した紫苑の恋人の事。
 帰りを待つイングリッシュフローライトの妹の事。

 守るべきもの。
 恋人を現世に繋ぎとめる優しい鎖。
 妹に、二度と家族を失わせるなどという想いはさせられないという意思。

 己が背負う十字を。
 考えずに済む場所へ逝く必要なんて、最早ありはしないから。

 光介はホリゾン・ブルーの瞳に力を篭めた。
 柔らかな、されど力強い救済の光がリベリスタ達を包み込む。
 この戦いで為すべきを為すため。二人の癒し手は有限な、けれどとてつもなく重要なタイムリミットを作り出している。

「俺もリベリスタとかフィクサードなんて枠に拘るつもりはない――正義も悪も所詮だれかの主観によるものでしかないからな」
 エルヴィンが言いのける。
「俺は、俺の信念のままに、仲間を護る。ただそれだけだ!」
 通常、己が為に世界を侵すフィクサードの望みは、ごく俗世間的な欲望に起因する。
 それは富、権力、快楽、求道、知的好奇心といった、人が人らしく抱える数々の利己の為に行動するものだ。
 どれもがある意味で正常な人の一面とも言え、突き詰めようとしても境界は曖昧で峻別出来ないのかもしれない。
 こんな赤い月の夜。根源的利己たる生存を欲求せねばならない状況であるならば、そんなものを区別してなどいられない。
 故に。
「こんな所で逢うとは」
 そんな事もあるのだろう。
 呟いた『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の横目には、バロックナイツ勢力と交戦する幾人かの存在が見て取れる。
「これは、これは。心強い限りです。バックアップさせて頂けますか」
「パパさん! 無理はダメだよ!」
「ええ。心得ております」
 後方から精神力の回復を補助すると述べ、黒コートの男がルアに微笑む。噛み含める様なバリトンの主はリベリスタ夜想鏡示。アーク所属のフォーチュナエスターテの育ての親である。かつてアークとの交戦記録を持ちながらも、小さな組織ダムナティオ・メモリアエを率いている。かつてフィクサードであった彼等の生き方を変えたのもルア達リベリスタである。
 この戦場へ来る前に、ルアはエスターテの震える指を握った。
 エスターテがアークへ来てから、彼女がそこまでおびえていた事などありはしなかった。挑むべき悪夢の決戦はそれほどに別格だった。
『大丈夫、負けない。必ず帰ってくるよ』
 けれどルアは知っている。親友の小さな肩が震えていた日の事を。
 だから今日も、あの日の様に抱きしめた。
 それは初めて出会った日。この男と戦った日の事を、彼女が忘れる事はないだろう。
 あの日エスターテはアークを求め、勇気を振り絞って駆けたのだ。
 そんな彼女へルアが手を差し伸べ、抱きしめた時。
 あたかもルアが眠れる勇気を呼び覚まし、誰よりも速く駆けた遠い日の様に。細い運命の糸は絡み合い、今を形作り始めたのだ。
「途絶えさせたりしない。今まで紡いで来た運命を断ち切らせたりしない!」

 リベリスタ宮部茜。記録によればアークがジャックを打ち倒した、赤い夜。この公園で命を散らせたフィクサードだった。
「『雷鳴の太刀』リベリスタ宮部茜。アークの助太刀に参った!」
 1999年ナイトメアダウンで力ない己に絶望した彼女は、力を求め飢えた狂犬となり戦い続け、死んだ筈である。
「『変わった』のですね――」
 過去世界に乗り込みエルヴィンの妹が引いた重すぎるトリガー、神威はミラーミスR-typeを時空の狭間に押し返した日。
 あの夏の日に、愛すべき恋人であり師でもある存在に未来への役目を与えられ、運命を変えたのはやはりリベリスタ達が世界線にパラドクスを巻き起こしたからだ。
「主戦力は此方で抑える」
「お前達、どこかで?」
 僅かに太刀を止めた茜は自身へ飛び掛る怪物、セルキーに太刀を浴びせた。
 アザラシが宙を舞う中、拓真が叫ぶ。
「俺達だけでは足りん、悪いが力を貸して貰うぞ」
「やはり……いや。話は後だ」
(しかし何故アザラシが……いや、まあ良い)
 華々しい戦績と共にアークが、リベリスタ達が培った全てが。その蕾が今、花開こうとしている。

 戦っているのはリベリスタだけではない。
 今まさにリベリスタ達が剣を交える花園の乙女に所属していた筈の、黒ドレスの少女の姿も見える。
「そう。勿忘草は死んだのね――ざまをみなさい」
 あざ笑う姿は当時と同じ。悠月は思案する。
(名無しの茨は花園乙女の所属と思っていましたが、何かあったようですね)
 首魁アマランス、彼女が目的かもしれない。
 死せる乙女で舗装される花園という名の地獄、シェオールメイデン。
「彼女は……成程、永遠に燃える地獄の炎か」
 かつてムーンシャドウという花の名を失ったネームレス・ソーンなるフィクサードが、なぜ今アマランスに剣を向けるのか定かではない。だがこの夜だけは味方であろうことにも違いはないのだろう。

 その向こうに居る存在は。前髪は眉で切りそろえ、他は地を這う異様な長さ。どこか上の空の瞳。日本人形の様な出で立ち。
「関連性0.1%、相関係数9、因果性98.78%。測れんものじゃて」
 そしてリベリスタの空白地帯と揶揄された日本で猛威を振るってきた六道なるフィクサード組織に所属する黒縄地獄なる存在までもが、姿を見せている。 目的が己が死を遠ざける求道ならば、なるほどこの場では戦う他ないのだろう。

 悠月が何よりも気になる存在。
「顕現していて大丈夫なのですか」
 涼しげに。詠唱すらなく。先のヴァルキリーの一撃と並ぶ程の極大魔術を撃ち放った悠月が問う先は。
「この身、仮初の命ならば、たとえ春の夜に散ろうとも。現の月よ」
 魔神グレモリーは寂しげに返す。
  まさか共闘とは。予想外ではあるが悪くはない。悠月は微かに思案した。
「『月詠み』を、お借り出来ますか?」
「移ろう月が如く、この夜限りは汝が望むままに」
 悠月の脳裏に纏わりつく静謐な影――今宵のルナエ・ロギアは残滓と言えど、人の身には完全なる異物だ。
 降霊とてゲーティアによる完全なる制御がなければ、そんなものは毒物でしかない。
 だがこの日なら、彼女なら。僅かな期間。この戦いであるならば。
「ありがとうございます」
 見える。瞳の裏を焼き焦がす様に。僅かな未来が。
 こうしてリベリスタ達には更に緻密な連携が約束された。

 味方を増やす形で、交戦は続いて往く。
 かつての敵達との合流。命さえ賭けて戦った筈だが、彼等の肩は驚くほど小さく見えている。
 たった今、悠月が瞬時に消し飛ばしたエリューションと戦っていた姿を見れば、彼等の力量とて見て取れる。
 せいぜい自身等と同格に見えたのは黒縄地獄一人。他の面々は当時より強くなっては居るのだろうが、この場にいるアークのメンバーには到底及ばないであろう。彼女等が弱くなった訳ではない。リベリスタ達の成長が彼等の成長速度を抜き去ったというだけの事だ。考えてみればアークの誰しも、そうなるであろう場数は踏んでいるのだから、そうなるのだろう。
 上位世界のアザーバイドであるグレモリーだけは本来別格なのかもしれないが。傷ついた魔神王は本調子でなく、そもそもこの遠い異世界(ボトムチャンネル)にアバターを顕現させる事だけでも相当な重労働である。この様子では三世を見通す力も、どれほどの精度が保てているかは分からない。
 だがその予知能力が活用出来れば有効な筈だ。
 それに。悠月は思ったのだ。力が足りぬのであれば――本業(魔神王)には及ばぬまでも、悠月と数多くの魔術記号が一致する彼女ならば支えられる筈だと。

 一手。二手。
「貴女が鍵なの、おいでなさい」
 一人、一際豪奢なドレスを纏う少女が首を傾げる。
 操りの気糸がルアを捉え、光介が絶大な癒しと共に解き放つ。
 アンジェリカの大鎌がヴァルキリーを捉え、光の粒子が飛散する。
 敵味方共、指揮官と癒し手を有し、壮絶な削りあいからの攻防は一進一退。力の天秤は端からシーソーの様に激しく揺れ動く。


「邪魔をしてくれる!」
「仕掛けて来たのは彼方」
 爆風の向こうから突進するマリウスの横をすり抜け、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が哂う。
 そもそも手を出してきたのはバロックナイツの陣営なのだから、魅零達アークはいつも通り売られた喧嘩を買わされたに過ぎない。
「こっちは何時も平和にって言ってるじゃないの馬鹿ねえ」
 そんな単純な理屈を履き違えさせるマリウスの激昂は、言わば気迫の発露に過ぎず、故にそれはマリウス等が目標を達成するのは困難であると認めているという事だ。
 だが無論、させる訳には行かない。
 彼等の達成を許せば。アークが勝たねば世界が終わる。
 手段は問わない。問うてなどいられない。

 何を犠牲にしても明星を掴み獲る。
 敵を全滅させてこそ勝利とす。

「嗚呼、神様。此の密猟区の世界に産んでくれて感謝します」

 楽園で蝶よ花よと生きるのは性に合わない。
 深紅差す空の下で血濡れて生きるのが私『鬼桜魅零』よ。

 ザハブの眼前に突如現れた魅零に、彼の背筋が凍りつく。
「アーメン! ギャハハハハハ!!!」
「来たか……!」

 獅子のキジーツを振りザハブは手短に紋様を描く。先のグレモリーとは違うが、ザハブとて魔神と呼ばれる手練の持ち主だ。いかに術師と言えど並の戦士はおろか、一流の剣士とも渡り合って生きてきた。
「感じさせてよ、生きる実感。私が私である為の戦いを――!」
 だが宙に浮かぶ印章の間隙。刹那の間合い。大振りの鋭い刃に十重の苦痛を纏わせて。
 魅零が放つ奈落の剣は防げない。
 此の世全ての呪いは呪術師さえをも蝕み、離す事なく。

 突進するマリウスは舌打ちする。一人浸透された。そして己一人が敵陣に孤立したか。
 だが。道というものは切り拓くものだ。
「勝たせて貰う!」
 マリウスは大剣に絶望の闇を纏い、眼前に立ちふさがる青年へ無明の悪意を解き放つ。

 身体を蝕む漆黒を打ち払うのは、幾つもの勲章に輝く男だ。
 この非常識な神秘世界の中で、非常識なほど常識的に構築された男だ。

「精兵だね。練度も高く、連携も巧みだ。戦術は隙無く、多重に構成されている」

 誰一人奪わせはしないと言う、我武者羅で不恰好な理想(ユメ)を刻み込む男だ。

「何より、戦う理由を持っている奴だけが見せる決意を感じる。アークを向こうに回してなお戦う理由を」

 かつてフィクサードが幾多の血を啜らせた短剣を佩び、理想と言う名の死神に抱かれる男だ。
 魔術の欺瞞を嗅ぎわけ、その幻想を殺しながら、何者にも砕けぬ勝利の幻想を掲げる男だ。

「そんなに世界を滅ぼしたいのか、アンタ達は!?」

 その男の名は――『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。


「リベリスタは、皆そう言うものだ!」
 そう叫ぶマリウスを前ににして、快は―両手に光を宿す。
「来い!」
 究極の幻想――エクスカリバー・イマージュ。壮絶な輝きがマリウスの身体を真一文字に切り裂いた。
「強いじゃないか、方舟の守護神。新田快!」
 甲冑の下から滲む血液に、マリウスの手が赤く染まる。

 悠長に戦っている場合ではない時勢、この戦いに早期の決着をつける必要がある。
 フィクサード達にいかなる目的があろうとも、まさか本当に世界を滅ぼす筈がないというのは常識という名の鎖だ。
 この鎖に囚われた敵の思考を開放する事が可能であれば、状況を大きく好転させるのも不可能ではない。
 目的が向く方向が、一時的にであれ一致させればいい。簡単な事ではないが、やりようはある筈だった。
 故に快達リベリスタにはいくつかの策がある。

「さて――」
 頃合か。
「――盟主亡き今、アシュレイの守護が貴女達の使命なのでしたね。ヴァルキリー」
『然り。そして我はこの者等に勝利を齎す天上の使い』
 悠月の問いかけ。リベリスタ達に緊張が走る。まずは一つ。これは当然の事だ。
「我等が盟主は死なんよ!」
 一進一退の攻防は続いている。
 フィクサード達にとって、盟主が既に死んでいる事など知る筈もなく。
「魔王の座、ミラーミスの召喚によるこの世界の消滅……』
『貴卿の問いに答える必要があろうか』
「では。主の、ディーテリヒの遺命は貴女達自身と『ヴァルハラ』の消滅さえも受け入れるのですか」
『我等はあらゆる使命を果たすべき存在。そこに理由は必要ないのだから』
 煙に巻くか。だが想定通り、と悠月の表情は変わらない。
 相手が誤魔化そうとも揺るがぬ確信を篭めて、悠月は問う。
『しかしてヴァルハラは滅びぬ』
 これが答えか。
 まあ、こんなものだろう。
 この場で戦乙女から満足な回答を得られるとは思っていない。
 この問答はフィクサードに聞かせる為に存在しているからだ。

 ここで現れる情報は、戦乙女がなぜ『そのポイントへ回答しないのか』というものだ。
 最低でもフィクサード等に疑念を与え、不安を強める事が出来ればそれで十分だと悠月は思案する。

 それから十秒、二十秒。三十秒。
 けれど戦いは尚も続いている。
 一つ一つの言葉をぶつけ合うには、戦いの中で語れる事、それらを咀嚼吟味する時間も足りはしない。
 持久力はリベリスタ陣営に、火力はバロックナイツ陣営にそれぞれ軍配が上がる。そういう戦いだ。
 どう転んでも不思議はなく。互いに互いを圧倒するには足りないまま、限られた時間だけが過ぎて往く。

 魅零によって押さえ込む事が出来たザハブは兎も角、ヴァルキリーは臣、ルア、アンジェリカという一流のリベリスタに、アウィーネまで足した四人がかりでもどうにもならぬ。厳しい戦いだ。
 とはいえままならぬのはフィクサード陣営とて同じ事。アマランス自慢の火力も操りの気糸も、エルヴィンと光介、時に快によって多重に張り巡らされたリベリスタ達の癒しの前には上手く効力を発揮出来ていない。拓真とカサブランカ。葬識とサクラ。快とマリウスは完全に膠着状態を迎えていた。
 時折飛び出す雑魚はアンジェリカ、悠月、そして友軍によって瞬く間の内に葬り去られている。
 戦況を覆す要素は非常に少ない。
 危険と言えたのは、時に反応速度が覆る時、癒しの大小、敵火力の大小という不可抗力的な要素であり、リベリスタ達はいくらかの運命を焼きながらもこれに対抗していた。
 癒し手であるエルヴィンや光介を落とそうにも、なかなか上手くは行かない。リベリスタ達が圧倒的な速度ですばやく敵陣とぶつかり合った事で、光介が後衛位置を無事に確保出来たこと。そしてエルヴィン持ち前のタフネスが功を奏したと言える。
 ここでキーになるのはルアの指揮能力だ。彼女を落とせば戦局が一気に覆ってもおかしくはない。
 グングニル、シェオルブレイズ、暗黒等による一斉攻撃に彼女は一度膝を折り――
「グレモリー! お願い!」
「悪魔への願い、代償は高いぞ、娘」
「助けて!!」
「そなたらに恋する金色の獣と再び見える時、必ず戦うと誓うか」
「誓うよ!」
「よかろ」
「やっぱり、優しいのね」
 蠱惑的な肢体が、突如眼前に現れる。
 頼れる程の戦力でなくとも、殺しても滅びぬ仮初の肉体なら盾になる。単純な理屈ではあるのだが。
 とはいえ単純に魂そのものを削られるに等しい魔神にとっては、たまった願いではない筈だ。
 ならば願いを聞いた彼女もまた、リベリスタ達を、そしてこの世界を愛しているのだろう。

 そんな戦いの中で悠月が立て続けに放つマレウス・ステルラと、ヴァルキリーの放つ両者の火力が着実に両陣営の体力を削り落としてきている。
 これほど戦力が拮抗していなければ、あるいは悠月には終歌・千年呪葬という技もあるのだろうが、ヴァルキリーの指揮が生きており、フィクサード達の命中回避能力が極端に高い以上は確実な効果が望めない。

 大気に亀裂が走る。突如として空中に現れたのは、割れたガラスの様な裂け目だ。這いずり出すのは数体のエリューションである。
 戦場に魔女が施した罠。魔術的なからくりに違いない。
 悠月はため息一つ。月の光の剣を振るう。眼下に広がる極大の魔法陣は長尺の詠唱を必要とする大魔術の筈だ。
 だが詠唱らしい詠唱一つ伴わず展開される絶技の式が弾け、戦場に降り注ぐ流星がヴァルキリー、フィクサード諸共にエリューション達を打ち砕く。
 とるにたらぬ敵とて、数が増えれば厄介に極まる。絶大な威力の星落しを続けるのは極めて懸命な判断と言えるだろう。

 大地が鳴動する中で、早くも両者に限界は近い。

(速さだけが力じゃない……光速の世界で見ていたものを基に)
 能力を大きく組み替えたルアは、これまで同様自身も最前線に立ちながら仲間を指揮している。
 たとえ拙い言葉でも。極技の神謀――人としての頂点である技量の果てに、究極へと到達したルアには理解出来る、ヴァルキリーが誇る桁違いの指揮能力。もはや指揮と呼ぶより加護か呪いか。その影響は尋常ではない。

 友軍とて大部分が個々の能力に劣り、連携出来る訳でもない以上は頼りとまでは言えない。面倒な雑魚の掃討を任せたのは正解だったろう。
 そんな中で拓真とカサブランカ。葬識とサクラは壮絶な削りあいを見せている。
 カサブランカの剣を紙一重でかわし、拓真はglorious painを叩き込む。
「くっ――」
 盾が火花を散らて浮き上がり、その間隙にBroken Justiceを突く。
「言ったろう、退屈はさせんと!」
「まだ。まだ。欠伸が出るな!」

「もう少し、こっちを見たら?」
「サクラちゃんもね」
 互いに互いを射程に収めながらも、葬識とサクラは敵陣に闇の波動を浴びせている。こうする他ない膠着。
 どちらにとっても、往なすには強すぎる相手なのだろう。

「強い……ね」
 上空から迫る斬首の刃。上空という死角から繰り出されるのはプロセルピナの大鎌。
 非情なる慈悲と共に刻まれる死神の口付けを幾度も食らえば、並のフィクサードなどひとたまりもない筈だ。
 炸裂したエネルギーと共に、ヴァルキリーの身体から血液ならぬ光の粒子が零れ落ちた。
「アンジェリカ!」
「うん……!」
 刹那の視線を交え、横に飛び退るアンジェリカにかわり、アウィーネが左手をヴァルキリーの胸甲に手を当てる。
「ソウルクラッシュ! ――なっ!?」
 純白に輝く甲冑の手ごたえはなく。掻き消える様に跳ねたヴァルキリーへ向けてルアが二刀で追い込む。

 花風を纏った二刀で百閃。閃光は白く速く高みへ――L'area bianca/白の領域。

 数々の打撃を受けながら、表情一つ変えぬヴァルキリーの圧倒的神聖に。それでもリベリスタ達が膝を折る事はない。
「チェストォォオオ!!」
 裂帛の気合と共に、臣は童子切を振りぬく。つま先が石畳を砕き、蜘蛛の巣状に亀裂を走らせる。
 強烈無比な打撃は、この戦場において誰よりも殺傷力が高く。数々のフィクサード達は僅か一刀の元に屠られてきた。
 確実に通用している筈だ。だがヴァルキリーは尚も倒れない。

「貴様らの過去を知った。その上で問おう。貴様らは何をしている」
「伝えてどうなる。蜂須賀のリベリスタ!」

 かつて正義を信じ、人々の幸せを願ったものが何をしているのだ。
 神の欺瞞を暴いて何になるのだ。
 貴様らがすべき事は己の信じる正義を行うことではないのか。
 今また、自分に都合の良い真実だけを信じて過ちを繰り返そうと言うのか

 下がれ下郎。
 人々を護るも、悪を討つも僕がやる。
 貴様らの如き輩が正義を口にするな。

「それでもなお貴様らが己の正義を信じるなら、僕らの言葉が真実か偽りか、己の目で見極めろ」

 純然たる若い意思。その発露。
 青く。多くの人間からいつしか失われてしまう、初夏の様な彩り。

 言葉を聞き、最初に疑念を形にしたのはザハブであった。
「魔女の、目的と言ったか」
 彼はそもそも忠誠とは無縁。単独で傭兵となった男である。己が命を守れるのは己しか居ない事を強く自覚している。
 それに信義を重んじる彼とて、立て続けに浴びた石化の呪いで思うように身体が動かないのでは焦りもする。死んでは元も子もないからだ。

「貴方達は強いね。間違いなく」
 なのに。
「なぜ、一番最初の肝心な事に――魔女の目的に気付かないんだ?」
「ザハブ、荒唐無稽な流言だ」
「であろうよ」
 だがフィクサード達の眉間に刻まれた皺が消えない事を、快の目は見逃さない。
 商社の荒波に揉まれた営業技術だろうか。命のやり取り、真剣勝負そのものの交渉に勝利する力。ここで生かせず何が売れるというのだ。

 そして。こんな事もあろうかと。
「あのやり取り、役にたつかな」
 葬識がおもしろいからと録画していたのは、ロンギヌスを託す戦乙女の姿。そしてあの時、戦乙女が見せた盟主殺害の現場である。

「盟主がロンギヌスをアークに託した意味は世界を救えという事だよね」
「ロンギヌスが貴様等の手に、だと。ヴァルキリー、魔女は何の為に」
『卿等も魔女も、方舟も。全ては主の望む審判のキャストに過ぎぬ。
 麦が刈られる定めから、自ら逃れる必要があろうか。
 パンは石窯から逃れない。
 日が沈み、また昇るが如き定めが覆される事はない。
 すべては盟主が御心のまま。卿等がそれ以上を知る必要はないのだ。勝利を信じ進撃せよ』
 脳髄を抉られ、闘志に漂白されるが如き戦乙女の指揮。その中で湧き上がる小さな疑念。

 ――まどろみの時を願うのか、全てを洗うのか。

 それは公平にして公正なる審判。

 この世界が崩界を認めるのか、そうでないのかを。神の寵愛を保証した聖書(じだい)になく、この現世に。果たして人間(ひと)がどちらを選び取るのか――

 それでもマリウス等が尚も盟主に従うならば、彼等は戦い続ける他ない。
 そして彼等は道を違えるには、長く生き過ぎているのも事実ではあるのだ。


「君の主、ディーテリヒは聖書の嘘を暴き、世界存続を賭けた審判の夜を演出した。既に彼は目的を遂げている」
「遂げられたと、言うのか」
 リベリスタ達は。彼が敬愛し、忠誠を捧げる盟主の目的は、既に達成されたと告げている。
 マリウスの脳裏がチリチリと焼け付く。口が渇く。
「では、今君が従う魔女の目的は何なのか?」
「貴様は何が言いたい。何がしたい」
 揺らいだ。
「問われるまでも無く、アークは世界の存続のために戦っている。なら、魔女の目的はその対極にあることも自明だろう」
「……貴方達は知らないのね。アシュレイによって盟主が殺された事を」
 ルアの呟き。
「嘘だと思うならそこの戦乙女に聞いて見るといいの。神格の位にある戦乙女は嘘を付かないはずよ」

 目配せする快に頷き、光介は件の場面を空中に投影する。
 僅か数秒。
 戦いが、止まった。

 盟主は既に意図を成立させた。
 裏切りの魔女アシュレイは己が職務を遂行させた。
 アークはリベリスタとして為すべきを為している。
 そのどれにも矛盾がないとすれば。
 この戦いの中での道化は、盟主配下である自身等に相違ないと。

「ねーねー」
 葬識が手を叩く。
「どうしたの?」
「サクラちゃんも聞いて。あのさー俺様ちゃんも。
 究極的には花園乙女ちゃんたちの願いと一緒。
 ずっとずっと、いっぱい争いごとも戦乱も続いていて欲しい」
「素敵ね。アマランス様のはからい」
「だってそのほうが人殺せるじゃん、でも世界が終わればそれもおしまいなんだよねー」
「嘘?」
「ばっかばかしい。俺様ちゃんたちが嘘つくメリットないじゃん」
「アマランスさま。永遠は来ないの?」
 なるほど、フィクサードとリベリスタの境界など、曖昧なものだ。
「千里眼持ってる子いない? みてみ、大穴んとこにいる盟主って名前のカカシ」
 その言葉にマリウスの肩が大きく震える。
「いつもみたいに動いてないでしょ?」
 持っているか定かではない。
 効果が弱められているとは言え、アシュレイが築いた回廊の中で。それが如何程の効果を持つかは定かではない。
 だが証拠の提示に揺るがぬ姿勢こそ意味がある。

 ヴァルキリーの瞳が光介を射抜く。
 背中にじっとりと汗が滲む。
「真偽の判断はお任せします。でも、そろそろ……状況に違和感を覚えませんか?」
 だがヴァルキリーが、いかに彼の手にある機械を壊そうとも、既にリベリスタ達はそれをシェアしているのだ。
 それに機械的な映像などというものは誤魔化しが効く、つまりそれだけでは完全な決め手にはならない以上、交渉というものが必要になっている。
 リベリスタ達の言葉が止められない以上、いかに機械を破壊しようと有効打にはなりえない。

「もっと近くで見る?」
 葬識もまた、動画を再生した携帯電話をマリウスへと放る。
 リベリスタ達による誠実な回答と、ヴァルキリーによる不誠実な回答は、疑念の芽を大きく成長させるには十分であった。

 そして。
 ヴァルキリーはそれを止めはしなかった。

「わかるでしょこの状況!?」
 魅零が声を張り上げる。
「言葉なんかいらないでしょ! 貴方達なら見極める目があるはず、私より遥かに頭いいはずなんだから! 何が真実で嘘なのかを、見極めて!!」
 魅零や葬識。ベクトルは違えど戦いに美学を持つ両者の言葉は重い。
 リベリスタかフィクサードか。曖昧な境界を切り開く葬識。
 リベリスタと言えど、人を殺す事に躊躇のないバトルマニアの魅零。
 人が決めた。ルール。その境界線。
 この赤い月の夜に、それを守り続ける意義はあるのか。

 今、言葉なんか意味をなさないの!
 あるのは『明日が欲しい』って意志だけよ!

「私は欲しいよ!! 明日が!!」
 彼女は叫び続ける。
 葬識先輩に撫でて貰いたいし。
 臣くんにもっと興味持ってもらいたいし。
 見たいテレビあるし。皆と馬鹿して遊びたいし。
「いっぱいやりたい事あるの!」

 物として生かされていた彼女が知った、生きる意味を篭めて問いかける。

 やっと自分が人だってわかったんだから!

 独りの都合で世界が終わるってんなら。斬神の私が全部切り開いてやる!

 答えは。

 拓真が問う。
「あの魔女は全てをリセットしようとしている。この世界を消し去って、な」
 俺にはそれを許す事など到底出来はしない。
「例え、自らの望む結果を掴めなかったのだとしても。この今を作り上げて来た過程がある」

 貴様らだってそうだろう。
 親しい人が居る筈だ、この世界の中に。
 託されて来た物だってあるだろう。
 踏み躙られても良いのか?。
 理不尽に、世界の終末と言う結果で俺達が積み重ねて来た物を。
 俺は納得など出来ない、だからこそ──あの魔女を止めねばならんのだ。

 答えは。

「私はネモフィラ。ルア・ホワイト」
「綺麗な子。滅茶苦茶にしてあげたい」
「貴女は世界が滅んで永遠の美しさが失われても良いの? 永遠が消滅しちゃうよ?」

 嫌だよね。
 私は滅ぼされるのなんて嫌だ!!
 だから。
 一緒に行くよ。

「ネモフィラ。私は貴女が大嫌い」
 答えは。

「力を貸せ、マリウス・メルダース! そして、花園の乙女達よ!」
 この場での争いの勝敗に意味は無い
「世界が無くなれば……勝利の手向けの花も、求めた果ての全ても無為に帰すだけだ!」

 今、真に戦うべき相手はあの大穴の真下に居る。
 それとも、奴が恐ろしいか。

 答えは。

「貴方ほど聡明な人なら、状況が物語る『真実』が見える筈だ」
 勝った。快に自信が漲る。フィクサードの表情は一変していた。これで商談は成立だ。
 さあ、もう一度聞くぜ。
「そんなに世界を滅ぼしたいのか、アンタ達は!?」

「……よかろう。乗ってやる」
 乾いた喉から搾り出すような声。

 だが。

『神闘の放棄は赦さぬ――勇者達よ』

 ――

 ――――

「戦乙女、か」
 男として少し期待していたが。
「正直興醒めもいい所だな!」

 簡単に主人を乗り換える、その尻軽っぷりにだよ。

 嘯くエルヴィンが笑う。

「知っての通り、魔女と盟主の戦いの結末は見せてもらった。
 だからこそ、いくら命令とはいえお前がその魔女に従ってるのは驚く他ねぇよ」
『なぜだ。人間? 神闘の裁定は既に成された』
「そう。人間。人間なら、主人の敵って怒りを露にする場面だぜ?」
『ならば続けさせよう。人間よ。そのように畏れを抱く必要はないのだ』
「畏れないね」
『ならばヴァルハラへ導かれるその時まで、この神々の黄昏を謳い躍れ』
 端から。徹頭徹尾。エルヴィンにそんなもの、ありはしない。
「かかって来やがれ!」
 彼等は、そんなものを終わらせに来たのだから。

 ヴァルキリーが騎兵槍を天高く掲げる。
「これについて聞くまでも無い事でしたね、グレモリー」
 悠月は苦笑一つ。これほど分かりやすい事もない。
「そのようだ。現の月よ」
 悠月が借り受け見通す未来は、リベリスタ達の連携精度を上昇させているのだろう。
 だが僅かな先が見えて尚、当初警戒した事象が純然と理性に導かれた通りであるなら、現代の月詠みとでも呼ぶべきか。それはそれで因果なものだが。
 ヴァルキリーの放つ黄金の煌きがフィクサード達を照らし。
「内容はともかく……人にはそれぞれの生き様があるのですよ、戦乙女さん」
 無下に操らせはしない。
 光介が打ち払う。

 ヴァルキリーそのものは壮絶なまでの火力を誇っている。人ならざる体力とて尋常ではない。だがフィクサードが敵の主戦力にならなくなった以上、幾らでもやりようはあるものだ。
 フィクサードを操るヘイズルーンの蜜酒は厄介な能力だが、リベリスタ達はそこへ十分な対策を施していた。万全である以上、操られたフィクサードにさほどの脅威はない。そしてそれを行使する際にはヴァルキリーの火力が減少する。
 更にこれで三枚になった癒しはヴァルキリーの火力を完全に凌駕し、これ以上運命を焼く必要もなくなった。
 精神力の回復とて十分に整ったのだから、傾いた力の天秤を動かす要素はな消えうせた。こうなれば最早勝利は単純に時間の問題である。

 戦いの終焉は近づき。

 主を殺され、それでも尚その名に主を殺した者に従う存在。それがヴァルキリーなのだとすれば。
 アンジェリカは想う。

「君はディーテリヒとの思い出が無くなってもいいの?」
『それが主の命ならば』

 全てが無に帰すというのは、そういう事だから。

「それでも、アシュレイさんに従うの?」
『然り』

 フェアリーローズの瞳に映る、神性の権化は答える。
 機械の様に、感情そのものが無いのだろうか。それとも、それすらもディーテリヒの望んだ事だと言うのだろうか。
 ヴァルキリーの言葉通り。主の命ならば消えても良いとするならば。それはつまるところ極度の忠誠であり、心が存在するというのに。

 ひどく哀しい事だと思う。

「それでも……ボクは」

 一粒の涙を零し、死と祝福。最後のくちづけを捧げて――


「サクラちゃん」
 一行が歩み去る中、葬識とサクラは立ち止まる。
「ね、さいごまでやろうよ。殺し合い」
 だってもったいない。
「そのほうが素敵でしょ?」
「そう。それは素敵なことね」
「ちゃんと解体しなきゃ、サクラちゃんに失礼だよね?」
「言葉の向きが逆なんじゃない?」
「そうかな?」
 この日。早咲きの桜が散ったのは、きっと別の物語なれど。

 ――

「マリウス、決断しろ。ここからは退くか、進むかだ」
 満身創痍のエミリオが、赤い月を睨む。
 限りなく近く限りなく遠い、捻じ曲がった空間の中心へ向けて。
 この呪われたグラズヘイムに、血反吐混じりの唾を吐き捨て、出来る事はせいぜい露払いかと自嘲する。
「今宵、貴様等にこの剣を預けよう」
 フィクサード達がロクでもない連中であることを、リベリスタは百も承知している。
 いつかまた剣を交える日も来るのかもしれない。
 だが、こんな赤い月の夜、崩界の宴であるならば。世界の全てを背負い、ただ一人の敵へ向けて。
 敵と味方。正義と悪。リベリスタとフィクサードは交じり合う。

「毎度毎度、何なんだ貴様は!」
 ぎゅっぎゅはすはすと抱きついてくる魅零(てんてき)を、臣は振り払う。
「女性なら慎みというものを持て!」

 ひとまずの救いに、誰かが苦笑混じりのため息をもらした。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 極めてスマートな勝利だったのではないでしょうか。
 クールな戦術、お見事です。

 これで全体依頼も最後なんですね。
 寂しい気持ちにもなりつつ、最終決戦の行方を楽しみにしております。

 それではまた、皆さんとお会いできる日を願って。pipiでした。