●赤い月が輝く時 ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマン、堕つ―― 三ッ池公園を占拠したバロックナイツ軍はその事実に困惑する。『閉じない穴』を占拠するアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア。彼女の目的は『世界の破滅』。その手段として『穴』から破滅を呼ぶミラーミスを召喚しようとしていた。 数百を生きるアシュレイであっても、その召喚術は容易ではない。だが彼女にはペリーシュから掠め取ったいくつかのアーティファクトとディーテリヒから与えられた『ヴァルハラ』があった。これにより、彼女は召喚に足る分の魔力を有する事になる。 この世界を跡形もなく破壊するミラーミスを召喚する術――『魔王の座』と呼ばれる儀式。それにより呼び出されるのは『Case-D』と命名されたミラーミス。 召喚されれば世界が終わる。ならば召喚される前に叩くべし―― ●南門攻防戦 ――三ッ池公園の戦いは熾烈を極めていた。 アークリベリスタが如何に歴戦の戦士であるとはいえ、三ッ池公園は広く全てをカバーできるわけではない。幾分かの場所ではアーク以外の戦力で戦わなくてはいけなくなる。 対して敵はディーテリヒに付き従っていたフィクサードだ。数も質も敵方が勝っている。地の利を相手に取られ、ましてや時間制限つき。一旦引いて態勢を整えようにも、再戦を行うための世界がなくなりそうなのだ。 防壁を敷き、遠距離攻撃でこちらを牽制する敵陣。うかつに飛び込めば魔法と弾丸が降り注ぎ、防壁を登ろうとしたところで敵に刻まれる。こちらの攻撃は防壁に阻まれ、満足いく効果を得られない。 三ッ池公園の南門入り口。ここを封鎖されたままでは、満足に応援や救援部隊を送れない。何とかしてここを突破する必要があるのだが、それは敵からすれば押さえておきたい拠点でもある。相応の戦力を置いたようだ。 時間は刻一刻と過ぎていく。せめてあの防壁を突破できれば……。 「お困りのようですね、皆様」 突如かかった声に、リベリスタ達は驚きの表情を浮かべる。それもそうだろう。今までそこに誰もいないと思っていた場所に突如人が現れたのだ。否、それは人ではない――星のような頭部にシルクハット。燕尾服をつけた奇妙なアザーバイド。 「グッッッド、イブニング! 世界崩壊の夜に始めまして。ワタクシ、デカラビアと申します。お忙しいとは思いますが、先ずは挨拶を」 ソロモン七十二柱の六十九位。宝石と植物の知識を持つ悪魔――デカラビア。 突きつけられる刃に顔色一つ変えずに……そもそも顔色が在るかすら不明なのだが、デカラビアは指を立てて言い放つ。 「策があります。少数ですが、貴方達を気付かれずに壁の向こう側に送る方法が」 言葉と共に黒い宝石を見せる。『JET』……黒玉と呼ばれる鉱物。厳密には長年高圧をかけた樹木なのだが。 「黒玉の宝石言葉は『忘却・沈静』……苦痛や争いからの解放が主な意味ですが、ワタシの魔力で効果を拡大し、『争いの目標から除外される』……つまり敵の的にならないことが出来ます。ああ、流石に自分から攻撃すれば相手は気付きますよ。あくまで御守り程度です。 八個在ります。どうぞお使いください」 敵の的にならない。それは敵の妨害を受けることなく防壁の向こう側に行く事が出来る事を意味している。少数のみだが、この効果は大きい。 「まぁそれだけでは不十分でしょうから、私が囮になっておきましょうか。私が撃たれている間にお進みください。倒れてもワタシ本体じゃないから死にませんので。痛いですし力も削がれますが、ノォォォ、プロブレム! ですよ」 囮部隊を用いて気を引き、その間に潜入。作戦としては悪くない。否、それ以上の作戦を考えている時間もない。これに賭けるしかない。 だが、疑問は残る。黒玉の効果、少数精鋭で倒せる事が出来るか、そして何よりも。 「何故、魔神が手を貸す? この世界がどうなろうがお前たちには関係のない話だろう」 魔神はアザーバイドだ。このボトムチャンネルが滅んでも影響はない。『見る番組が一つ減った』ぐらいの損失しかないはずだ。 「頼まれましたからね。その時はやむなき事情で断りましたが、それが可能な程度に力を貯めましたので」 疑問符を浮かべるリベリスタ。だが追求を重ねる時間はなかった。時間は千金なのだ。ようやく掴んだ蜘蛛の糸。勝利を手繰り寄せるには正直、これだけでもまだ足りない。最終的にはバリケードの向こう側に送り込まれた戦士の活躍なのだ。 黒玉を手にしたリベリスタは、効果を信じて敵陣に足を進めた。 ● 『デカラビアさん。空間操作を使って三ッ池公園の『閉じない穴』をどうにかできないかしら?』 それは2014年9月10日、京都駅屋上。 戦闘中に交わした会話の一つ。たったそれだけの頼まれごと。 「やれやれ。『閉じない穴』には届きそうにありませんが、まぁ仕方ないでしょう。魂を貰ったわけでもないですしね。 さて、参りましょうか。イッツァ、パァァァテタイム!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:24 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「中々に漢気のあるヒトデではないですか。悪くありません。むしろ良い」 予想外の援軍に頷いたのは『黒と白』真読・流雨(BNE005126)。デカラビアから渡された黒玉を手にして、敵陣を見た。その心意気に答えなければ女にあらず。どう攻めるかを頭の中で思考しながら、二本の刃を手にする。 「デカラビアか。前に名古屋城で暴れてくれてたな」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は愛知県出身として言いたい事があるが、それは後にする事にした。魔神はキースの命令に従ったという事情もあるが、何よりも時間が惜しい。義衛郎はこの好機を個人的感情で流すような性格ではなかった。 「デカラビアさんですね、初めましてっ! 二年前名古屋で相対した、嶺の妹です」 両手を上げて挨拶するのは『非消滅系マーメイド』水守 せおり(BNE004984)だ。姉の時は相対し、今は手を結んでいる。奇妙な縁だが今はそれに構っていられない。折角やってきた味方とチャンス。それをうまく生かそう。 「相変わらず面白い人だ。いや魔神か」 魔神の行動に人間臭さを感じた『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は微笑み、弓の弦を指で弾く。終末の夜とはいえ、リベリスタと魔神が手を組むなどなんと小気味いいのだろう。高揚した気分で戦場に顔を向ける。 「元気よく行って見よ~」 とあるチャンネルの結晶体を模した結晶を手にして『Eyes on Sight』メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)は元気よく拳を振り上げる。壁の向こうから一方的に撃たれると言う陰険な戦いはもう御免だ。とっとと突破しよう。 「まさかこのタイミングで手を貸してもらえるなんて、ね」 予想外だったわ、と『全てを赦す者』来栖・小夜香(BNE000038)は言う。戦闘中に交わした会話を守りにこようとは誰が思おうか。世界の存亡がかかったタイミングの援軍。魂をあげるわけにはいかないが、きちんとした形で礼をしたい。 「デカラビア様、リベリスタの皆様、こちらは宜しく頼んだのです。耐えて耐えて、生きて帰りましょお!」 デカラビアと仲間のリベリスタを鼓舞する『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)。しばらく一戦から引いていたが、世界の危機と聞いて参戦を決意する。平和な明日を過ごす為に、仲間と団結して戦いに挑む。 「援軍とお守り、感謝する。ありがとう」 『red fang』レン・カークランド(BNE002194)はデカラビアから貰ったジェットを握り締める。これで敵からこちらの姿は認識できない。無茶はしてほしくないが、そうしなければ勝てない戦局でもある。今は自分の出来る事を。 レンの行動と同時にアークのリベリスタはジェットを手にして、敵の認識を逃れる。アークリベリスタがハイツにつくまで、デカラビアと援軍リベリスタは敵の目をひきつけるべく敵前に立つ。 小夜香の術を受けて飛行し、バリケードを超えるリベリスタ。デカラビアの近くで術を行使した小夜香はそこで姿を現す。囮に攻撃が集中している間に全員が配置につき、アークリベリスタが動き出す。 「なに!? 貴様等どこから入ってきた!」 瞬間転移は高度な魔術だ。それを使われたかのような不意打ちに足並みを乱すフィクサード。その隙を逃さずリベリスタは攻め立てる。 敵陣深く入り込んだ切り札が今、表に返る。 ● 「それでは行きますよ。悪いですが生かして返すつもりはありません」 飛行で相手指揮官の近くまでやってきた流雨が、二本の刃を鞘走らせる。片方の刃は短く、もう片方は長く。僅かに歪曲した二本の刃が抜刀され――た時には既に血飛沫が上がっていた。圧倒的な速度が生む二閃の斬撃。 衝撃と痛みで一歩下がる指揮官にさらに踏み込む流雨。最初の攻撃は牽制。相手を自分の有利な位置に移動させる為の動作に過ぎない。まるで親しい恋人のようにするりと指揮官の胸元に手を置いて、口を近づける。口を開け、その顎で肉を食い破った。 「どうしました? まだやるつもりならお相手しますけど」 「お前達の相手はこっちにもいるぜ」 『三徳極皇帝騎』を手に義衛郎が自分を指差し、声を上げる。声に乗せた神秘の力。それを聞いた敵フィクサードが精神を乱される。侵入を許した焦りと、後衛に入り込んだ義衛郎に対する怒り。それが入り混じる。 敵フィクサードが怒りにより攻撃をする前に義衛郎が動く。刀に稲光が走り、帯電で輝き始める。その刀を横なぎに振るい稲妻の一閃を放つ。刀の軌跡に沿うように雷は敵のホーリーメイガスを襲い、体力を奪っていく。 「おまえたちの盟主は世界の終末自体は望んでなかったようだがな」 「どちらにせよ、見過ごせるものではないわ」 終末の選択を与えるのがディーテリヒの目的で、滅亡の結果自体は望んでいない。だからといって許されるものではないと小夜香は静かに憤る。何の権利があって自分たちの澄む世界を滅ぼそうというのか。 十字架を手にして握り締める。両手で包み込むように十字架を掴む姿は、神に祈るポーズのよう。その近くにソロモン七十二柱の悪魔がいるのは、さて何の皮肉かあるいは喜劇か。祈りと共に放たれた小夜香の光が、リベリスタの傷を癒していく。 「友軍、魔神……全て支えてみせる」 「ああ。この戦い、負けるわけには行かないんだ」 レンは緑の瞳で戦場を視認する。敵陣奥まで入りきり、敵の背後を取った形。壁に狙いを阻まれることなく、敵を攻撃する事が出来る。完全な奇襲といってもいいこの状況で、だからこそ最善手を打つ。ここでの手加減は、負けの一手だ。 空に浮かぶ赤い月。その月と同じ色を持つ月を夜空に浮かび上がらせるレン。魔力に降り生み出された血の様な色を持つ月がフィクサードたちを照らす。赤い光が運気を奪い、呪いで痛みを与えていく。レンにできる、たった一つのだいじなこと。 「そのためにこの手があり、この足がある。そして心がここにあるんだ」 「ええ。アシュレイのオババなんかに負けないですわ!」 ロッテが怒り心頭とばかりに拳を握った。アシュレイの年齢を考えると、確かに正しい表現である。握った拳には鎖が握られており、その先にはリンゴのような鉄の塊があった。かわいらしく頬を膨らませながら、鎖を引っ張り鉄の塊を回転させる。 回転させながら狙いを定め、敵陣に『Giftigen Apfel』を叩き込む。リンゴの回転に敵フィクサードを巻き込み、一気になぎ倒す。『白雪姫の生まれ変わり』と称するロッテは、魔女に屈しないと言う想いを破界器に乗せて、力強く叩き込む。 「そこそこ痛いですよぉ! お覚悟! プリンセス☆ピンポイント☆スペシャリティ!」 「じゃじゃじゃーん。こんばんは、そして死ね!」 姿を現した七海は挨拶と同時に弓を構える。終末を望む者たちのくせに、がっちり壁の向こうに篭っているとは何事か。引いた弓に戦意を乗せて、射抜く瞳に殺意を乗せる。この弓からは、誰も逃れられない。 自分の羽を使った弓に指を添え、力を込める。神秘の力を込めた矢は仄かに光り、放たれた矢は夜空を走る。遥か上空で無限に分裂し、矢の雨となって敵陣に降り注いた。分裂したとはいえ、込められた力の強さは伊達ではない。敵は深く傷ついていく。 「殺られる前に殺れというのは基本だな」 「なんだかんだで敵も味方も殺意高いもんねー」 張り詰めた場の空気を和ませるようにメリュジーヌが声を上げる。状況が状況だから仕方ないが、だからこそ敢えて気楽に構える。その裏で緻密に計算を重ねて状況を整理していく。計算が終わったのかメリュジーヌの笑みが、僅かに深くなる。 指先に力を込めるメリュジーヌ。細く、細く。そして鋭く、鋭く。丹念に重ねた神秘の力をかざし、敵フィクサードと壁を意識する。全てを貫けとばかりに解き放たれた神秘の糸は、敵陣を突き進み、そして防衛の為の壁を削る。 「全力of全力! ガンガンいっちゃいましょ~」 「おー。暴れちゃうよ!」 メリュジーヌの言葉にせおりが応じる。 義衛郎の挑発に乗らなかったフィクサー度を確認し、太刀を抜く。鞘から抜かれた刀身には炎が宿り、赤い月の夜を照らす。刀を振るい、火の粉を散らす。赤く燃える刀を構え、せおりは戦場を走る。 踏み込みは強く、そして斬撃は激しく。極東に生まれたアークリベリオンの技。盟主に頼り終末を望むフィクサードたちがその存在を知るはずがない。炎と爆風、そして斬撃。せおりの一撃に驚きの表情を浮かべ、フィクサード達は壁まで吹き飛んでいく。 「全部ぶっ飛ばすぞ!」 リベリスタの奇襲は、一方的だった戦いに波紋を生む。 だが彼らも戦闘のプロ。不意打ちの驚きはすでになく、どう動くかを思考していた。 油断できない戦い。勝利の可能性は、まだどちらにも残されていた。 ● 混乱が収まれば敵フィクサードの思考は一瞬で固まる。即ち、『バリケードの中に入ったリベリスタを排除せよ!』だ。デカラビア、小夜香、メリュジーヌに向けていた銃をバリケードの内側に向け、全力で排除に向かう。壁の向こう側への攻撃をスターサジタリに任せ、デュランダルとマグメイガスが振り返る。 「一斉に――」 「はい、そこまでです」 指揮官が号令をかける前に、流雨がその喉を食い破る。不意打ちの集中砲火がかなり効いており、そのまま倒れこみ絶命する。指揮官を失った事により、敵フィクサードの統率は乱れ始める。唇についた血肉を舌で舐めとり、地面に捨てる。その後で、満足げに微笑んだ。笑みを浮かべたまま、次の目標に視線を向ける。 「流石に壁は壊せそうにないかなー」 メリュジーヌは中々形の崩れないバリケードを見て、頭をかいた。この防衛線のために築き上げた壁だ。簡単には壊せないだろう。仕方ないと割り切って、バリケード越しにフィクサードたちを狙い撃った。味方に当てないように意識しながら、細く鋭い一撃を放った。 「オレにはお前達が、自分の望みを叶えてくれそうな相手に縋ってるだけに見えるな」 義衛郎は挑発を重ねて自分に攻撃を向けさせながら、稲妻を放つ。世界の破滅。それを望んでいるディーテリヒの配下達。義衛郎には彼らが盟主のカリスマと目的に従っているように見えた。返答はない。ただ怒りの表情のままに義衛郎に襲い掛かってくる。それを避け、刀でいなし、そして返す刀で切りかかる。 「お兄ちゃん! こっちは任せて!」 義衛郎の義妹であるせおりが兄妹ならではの連携取った攻めを繰り広げていた。義衛郎が一部をひきつけ、残りをせおりが攻める。せおりが駆ける度に炎が生まれ、緋が走る。灰色の髪が夜にたなびき、赤き剣閃が轟音と共に戦場を走る。その後に響くせおりの声が、浄化するように美しく響いた。 勿論フィクサードも無抵抗ではない。指揮官こそ倒れたが、数の優位を生かして一気に攻めたてる。 「……くそ!」 「こんな程度じゃ負けませんですわぁ!」 「どうした? 本音を言い当てられたか」 レン、ロッテ、義衛郎が運命を削るほどの傷を受ける。 「この程度では負けません」 「結構きついかなー」 壁の向こうで囮になっている小夜香とメリュジーヌも運命を燃やした。 「デカラビアさん、向こうを援護する為に最大火力で攻めてください」 肩で息をしながら小夜香はデカラビアに語りかける。小夜香自身は壁の向こう側のリベリスタに回復を飛ばすために下がる事はできない。危険な場所にあってなお、彼女は仲間の事を支えようと行動する。もう誰も死なせはしない。その為ならこの魂さえも惜しくはない。いざとなれば、と近くに立つ魔神を見た。 「平和を取り戻して、おじいちゃんとおばあちゃんとずっと一緒に暮らすのです」 ロッテはホーリーメイガスを攻めながら、帰るべき家の事を思う。自分を拾ってくれた老夫婦。紙と木で出来た和風の家屋。慎ましく、だけど大切な日々。それを壊されてなどなるものか。放たれた糸はフィクサードの肩を貫き、意識を奪う。目が覚めたらお仕置きしちゃおうかしら、とロッテは含み笑いをした。 「この世界を譲るわけにはいかない。俺たちにしか、できないから」 呼吸を整えながらレンが赤い月の光で敵を攻める。世界の全てが優しいとは思えない。故郷でレンが経験した事は、一生忘れられないだろう。それでもレンはそれを不幸と思った事はない。この世界が滅びていい理由など何一つないのだ。世界を守るため。正にここがそのための最前線。鉄戦斧勲章を握り締め、レンは自らを鼓舞する。 「悪魔が律儀に約束を守りに来たんだ。良い所見せなきゃこの先やってけない」 七海はわざわざやってきたデカラビアの方を見て、弦を鳴らす。魂をくれてやるつもりはないが、その律儀さには応じなければならない。弓を矢に番え、去年の九月にデカラビアと相対したときの講義を思い出す。本当に面白い魔神だと頬を緩めながら、矢を解き放った。敵陣に降り注ぐ矢の雨。一人、また一人と倒れていくフィクサード達。 実力という意味では、フィクサードのそれはけして低くはない。 だが義衛郎が指摘したとおり、彼らはディーテリヒに縋る二流だ。実力こそあれど、必ず勝たなければならないと言う気迫はない。 対して、リベリスタは負けるわけには行かない理由があった。世界の為、仲間の為、わざわざ出向いてきた魔神のため。その心が行動となって、フィクサードたちを追い詰めていく。 「この程度で倒れてやるわけには行かないんですよ」 「人魚の歌は止まらないよ!」 レンとロッテが倒れて、七海とせおりが運命を削る事になるが、戦いの趨勢はほぼ決まっていた。 「思ったよりも骨がない」 流雨はため息混じりに二本の刃でフィクサードに襲い掛かる。その動きの速さについていけず、破界器を弾き飛ばされた。それを拾おうと落とした方向に視線を向ければ、そこには流雨の顔があった。僅かに開かれる唇。 「少し残念ですが、これで幕としましょう」 顔を近づけ、噛み付く流雨。ぞぶり、という小さな音と共に地面に崩れ落ちるフィクサード。その倒れる音が、戦闘終了を告げる鐘となった。 ● 敵全滅を確認し、援軍リベリスタはバリケード撤去にかかる。南門が使用可能になれば、物資運搬などの兵站面でかなり有利になるだろう。 「グレェェェト! いやはや皆様、正に破竹の勢い。一気に攻めきりましたな」 手を叩いて勝利を祝うデカラビア。場違いなことには違いないが、勝利を祝ってくれる好意を無碍にするつもりはない。事実、勝ちの目ができたのはデカラビアの御守りのお陰なのだから。 「時に其処のヒトデ魔神。魔神が魂も持たずに帰ったというのでは沽券に係わるのでは?」 「色々イレギュラーですからね。仕方ありません。お気遣いありがとうございます」 流雨の台詞に手を振る魔神。今回は約束を守りに来ただけだ。魂の回収は初めから諦めている。 「魂は無理でも終わったらお茶の一杯でもご馳走したい所だわ」 「嬉しいお誘いですね。この世界の産物は実に美味ですから」 小夜香の誘いに一礼するデカラビア。見えないところでリベリスタが『彼女の料理はやめておけ!』と手を振っているが、ご愛嬌。 「よっし、次はあっちに向かいますわ!」 治療を終えたロッテが公園内を指差して宣言する。最終目的のアシュレイのところまでどう進むか。幻想纏いとの情報を確認し、進路を決定した。 「ああ。付き合おう。世界を救うために」 レンはロッテの指差す方向を見て、力強く頷いた。先ずは一歩。世界を救うにはまだ足りないが、それでも一歩踏み出せたとレンは身を引き締める。 「デカラビアさん、キースさんによろしく言っといてくださいっ!」 「あ。マスターソロモンならアシュレイの所に向かいましたよ」 本当ですかっ、と拳を握ってせおりが嬉々とした声を上げる。恋する乙女の原動力。もっともあの戦闘狂にラブやロマンスが通じるかは、魔神でさえわからない。 「礼はいわない。キースの命令とはいえ、地元で暴れた事は忘れちゃいないからな」 「はい。言い訳はしません。なんならこの場で斬っても構いませんよ」 昔名古屋城を占拠した事を怒る義衛郎。刀の柄に手を伸ばし……ため息をついて柄から手を放す。腹立たしいが、この魔神がいなければこの場は突破できなかった。それは事実なのだ。 「ねぇ魔神さーん、フォルネウスたん元気ー?」 「元気ですよ。こちらで何かあったらしいのですが、あの人から本音を聞くのは一苦労ですから」 そっかー、と頷くメリュジーヌ。かの魔神は弁に秀でる。まぁ機嫌が悪かったわけではないのだから、ひどい目にあったわけではないのだろうとデカラビアは推測していた。 「今回はありがとうございます」 「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです」 七海がデカラビアに握手を求める。それに応じる魔神の手は、少なくともリベリスタの手と変わらなかった。世界が滅びそうになる夜なら、魔神と人間が手を取り合うこともあるのだろう。 南門の攻防は、リベリスタに軍配が下る。 後処理を援軍に任せて、アークリベリスタは次の戦いに向かう。 戦いはまだ終わらない。赤い月は、変わらず三ッ池公園を照らしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|