● 「さくら?」 首を傾げた『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) は冷え込む三高平の空を眺めて小さく息を吐く。 ちらつく雪からはあまりに不似合いな花の名前に蒐が疑問を覚えるのは無理もない話だ。 彼にその花の名を呼ばせた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は「そう、さくら」と疑問符を浮かべた蒐に何の説明もなく、念押しするように告げた。 揺れる提灯の灯りがぽつぽつと並んでいる。 柔らかなその灯に照らされて、舞い散る白は柔らかな花弁であろうか。吹く風も肌を刺す事はなく、春の気配を感じさせた。 ――それが、世恋の見た風景なのだという。 フォーチュナたる彼女が見た以上は、未来にあり得る風景なのだろう。しかし、寒波の到来する現状ではどうにも考え難い。「見た」と言われてしまえば信じることしかできないのだが……。 「善性のアザーバイドなの。春の妖精のようね。 優しい夜を運んできてくれるわ。たった、一晩限り。郊外なんだけど――桜の花が咲いて、暖かなひだまりをくれる。それって、素敵じゃない?」 だから、「さくら」と世恋は幸せそうに笑みを見せる。 柔らかな明かりの下、舞う桜の花びらは古き詩人たちが詠った美しさにも勝るだろう。 流れる川のせせらぎが、心を洗う様に静かにその存在を主張する。 アザーバイドが運ぶのは春だけではない、その夜限りの優しい魔法。 かのミラーミスがもたらした加護のように――癒しの力を持つ善性アザーバイドは己の咲かせた花を愛でる人々へとその加護を分け与えるのだという。 「夜桜しましょう。きっと、素敵な日になるでしょうから」 珍しく、大人びた笑みを漏らして見せた世恋は動乱の情勢を思い浮かべ、少しでも休息をとれる方がいいと小さく呟く。 「あーちゃんもお誕生日でしょう? ね、楽しみましょうね」 はらりと舞う、桜の花びら。 大切な人と過ごす掛け替えのない時間は何物にも代えがたい。何気ない日常が、唐突に奪われてしまわぬように、休息の時間は大切だと――その日を満喫することが出来るようにと、幼い風貌のフォーチュナは小さく笑って見せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月20日(金)22:19 |
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■メイン参加者 26人■ | |||||
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● はらり、と。 宙を滑るように落ちた花弁へと視線を向けてアリステアは「わあ」と感嘆の息を漏らす。 傍らの涼の腕へとするりと回した小さな掌は初めてそうした頃よりは幾分も自然で。 「一夜限りの桜かぁ……。アザーバイドさん、皆こんな風に善性のものならいいのにね」 ボトムチャンネルに齎された『春』。幻想的な桜並木は小さな桜色のアザーバイドが齎した奇跡であるかのよう。ぽつりぽつりと灯された提灯の下、涼は柔らかく笑みを浮かべたアリステアへと視線を落とし口元だけで笑って見せる。 「最近は面倒臭い事が多いからな。こういう平和なイベントはほっとするな。 ま、こうやってアリステアとゆっくりできるのは最近特に幸せだな、て思うよ」 臆面もなく告げて見せた彼にアリステアの白い肌に朱が差し込む。腕を抱く指先に些か力が入ったのは恥ずかしさから。 「あの頃よりは私、大人っぽくなった?」 2年前の日と比べて、こどもが少女に、少女が女性に変わって行くその瞬間を。 涼は「まあ、確かに大人っぽくなった、かな?」と見上げるアリステアのかんばせを眺める。2年の月日が彼女を大人びた思考に変えたのは確かなことなのだろう。戦乱の最中、少しずつ軋みながら変わっていく事を涼は良く知っている。 「自分も歳食ったもんなあ……でも、まあ、アリステアは綺麗になったよ」 「……ふふ、本物の桜が咲いたら、今度はお弁当持ってお昼にお花見しようか。 気持ち良くお昼寝しちゃいそうだけど、それも楽しいよね?」 舞い散る桜の中、彼女は瞳を輝かせる。神秘の花と、普通の花。傍らの彼と一緒ならばそれ以上に嬉しい事はなくて。 「ちょっと遠出して桜の名所、とかに行っても良いしな」 考えるだけで楽しいと歩を止めて見上げた涼の眼前に淡い桃色がひらりと舞っていた。 「早咲きの桜かあ、良いねえ。夜桜ってのは風情があって俺は好きだぜ」 春を目前に咲き誇った花を目にして猛が頷けば、リセリアは「春も目前ですしね」と同意を零す。 桜の開花も近付き、暖かな気候は桜が咲く頃よりもずっと先の季節を思わせる。その節目に齎されるからこそ『今』見れる桜なのだろうと彼女は柔らかに笑みを浮かべる。 「んー、それにしても良い景色だ。手元には愛妻の手作り弁当、これ以上望むべくもないな」 手にしたおにぎりの丁度良い塩辛さに猛は快活な笑みを浮かべる。料理を嗜むようになってから、リセリアの料理スキルの高さを思い知った。まだまだ経験の足りない自分と比べれば愛情補正も相まって優秀な料理人の作品の様にも思えてしまう。 「お弁当は、そこまで大げさなものではないですけど……」 曖昧に浮かべた苦笑に猛がからからと笑えばリセリアは気を取り直したように顔を上げる。掌に落ちた桜の花びらが、淡く灯った光に照らされて神秘的に思えてならない。 「確かに、良い光景です。夜の桜は綺麗ですね」 小さく頷いて、リセリアの横顔を眺める猛は「あと何年、こうして一緒に居られるか解らないけどさ」と彼女の肩を抱き寄せる。 「一緒に居られる限りはこうして色んなとこに一緒に行こうな」 「何年、か……。もっと色々と、一緒に」 簡単に死ぬ心算は無くても、何が起こるかは分からないから。目前の事を乗り越えなければいけないとリセリアは猛の掌をぎゅ、と握りしめる。 一瞬一瞬を大事にして、瞬きさえも勿体ない位に二人の時間は充実していく筈だから。 「とりあえず、孫の顔くらいは見れたら満足できるかな?」 「3、40年位ですか……」 冗句めかして笑った猛にリセリアは成程、と頷いて満開の花をつい、と見上げた。 「櫻霞様」 手招いて櫻子は己と夫の名に入る『さくら』を慈しむように色違いの瞳で舞い散る花弁を追う。 緩やかに揺れた尻尾はこの平穏と――『天城』の名を名乗ることになってから初めてだという緊張が洗われていて。 「もう、何年目でしょうね。毎年、二人で桜を見られるというのはとても幸せなこと……」 「これで三年目だったか? 一年に一度だけの桜の月だ。 しかも今年は夫婦になって始めてだ、色々と新鮮な気もするな」 つい、と桜を見上げる櫻霞の一言に櫻子は頬を淡く染め、「櫻霞様」と抱えたバスケットを差し出した。 折角の花を愛でる機会に、夫婦となったその幸せを分かち合う為に。白ワインのボトルとグラスが二つ。白身魚のキッシュは食べやすい大きさに切り分けられている。 「ふふっ、折角なのでお酒と手軽につまめる食べ物を持って来ましたの」 グラスにワインを注ぎながら櫻霞は満足そうに頷く。見事な出来栄えの料理は櫻子が料理を得意とする証しだ。共に暮らす中で、食事がどれ程大事なものかと思い知らされる気がしてグラスを手渡しながら櫻霞は視線をキッシュへと向けた。 「相変わらず料理が美味い、毎日楽しみにさせてもらっている」 「……ふふっ、櫻霞様、2年後、それか3年後位には『三人』で桜を見に来れるといいですね」 色違いの瞳に乗せられた甘い雰囲気は自分へだけ向けられるもの。幸せそうな櫻子の言葉に櫻霞は「そうだな」と彼女の頭を撫でながらふと、唇に意地悪く笑みを浮かべた。 「私は何時でも構いませんし、それに何人増えてもかまいませんけれど……。 だって、櫻霞様と私の子供ですもの、何人いても足りない位ですわっ!」 笑みを浮かべてぎゅ、と抱きつく櫻子の尻尾が幸せそうに揺れている。髪を梳く指先に心地よさそうに目を細める彼女へと櫻霞は小さく笑みを漏らし、笑った。 「子供もいいが、たまには俺も構ってくれ? こう見えて意外と独占欲は強いんだ」 用意したのはサンドイッチ。定番のツナや卵サラダにはじまって、デザート代わりのフルーツサンド。 「あ、うさぎりんご!」 夏栖斗の用意したサンドイッチへと視線を落とした紫月が顔をあげる。瞳を輝かせる彼に用意したのはおにぎり、からあげ、卵焼き、うさぎりんごといった遠足定番の品々。 子供っぽく嬉しそうに笑う夏栖斗は「美味しい」と素直な感想を述べて見せる。 「こゆのはさ、お互いがお互いの事を思って作ってるから美味しいんだろうな」 「そうですね、味もそうですが……他の要素もそれを引き立ててくれるのだと思います」 同い年の二人は手料理を眺めて視線を絡めて笑い合う。どんな物でも相手が作ってくれたのだと思うだけで最高のスパイスだから。弁当にひらりと舞う桜を掌で受けとめて夏栖斗は紫月、と彼女を手招いた。 ゆっくりと肩を抱き寄せて、凭れる彼女の体温にほっと息を吐く。 「それがきっとし――」 幸せなんだろうな、と何気なく唇から毀れそうになる言葉を堪えて曖昧に笑う。 告げる事が、彼女を上手に愛する事が出来ないのかと罪悪感の渦巻く中で、紫月は「あなたは、桜のようですね」と小さく告げた。 「桜?」 「春になっても、蕾の侭の桜の様なものです。咲き誇る事は無く蕾の侭、生涯を終えていく。 手入れが難しいですが、咲いた時は綺麗なのだろう、と思うのですよ」 淡々と告げる彼女の唇に浮かんだ笑みに夏栖斗は「紫月」と彼女の名を呼んだ。腕に力を込め抱き寄せたその華奢な身体は、大人びた言葉を発する彼女からは余りにかけ離れているようで。 「なんか面倒でごめん、ちゃんと咲く日、来るようにする」 「今は病気に掛かって居るので、ちょっと元気が無い感じなだけです。楽しみにしていますね?」 「あと、桜に例えられるのは君だからね……あ、違うか、桜より綺麗なのが君だ」 顔を上げ、悪戯っ子の様に笑みを浮かべた夏栖斗に小さく、その目を瞠った紫月は「お上手ですね」と笑って見せた。 騒ぐ気分にはなれないと周囲に挨拶を一つしてから快はゆっくりと歩を輪から外れた処へと向けた。 春霞の様な薄濁の新酒はこの春に丁度良い。手に馴染む形になった錫のぐい呑で傾ければ、桜の花びらがひらり、と盃へと落ちた。 「秒速5センチメートル、なんて話だったかな」 桜の花の落ちるスピードはまるで、雪の様で。もう一度煽る盃は空。 淡く吐いた息は、何処か切なさが込み上げる。雪にはいつだって記憶が付きまとうものだから。悲しく、切ない記憶も。 桜の花が舞うのを見遣れば、先に逝った戦友たちの顔が浮かんでは消えていく。感謝と悔恨の情が混ざり合って、落ちる所が無い。 辛い記憶を忘れる事が幸せだということもあるけれど、毎年桜の季節に思い出す事が出来るのも、きっと幸せなのだろうと彼はゆっくりと瞼を伏せた。 桜並木のベンチで呑む抹茶は風流を思わせる。日本人は桜が好きだなと茫と考えるのは、こうして桜に纏わるイベントが開催されるからだろうか。 「昼の桜も良いけど、夜桜も風情があるなあ。……こんばんは、妖精さん。桜、ありがとうございます」 お名前は、と問い掛ければ妖精は義衛郎にふるふると首を振る。 折角だから名を呼びたいと提案する彼に「決まった名称は無いの」と妖精はヴェールの下で笑って見せた。 「名前がないなら、そうだなあ。『ケルスス』ってのはどうだろうか。死ごく単純にラテン語で『桜』って意味なんだけど」 ――すてき、このお花の名前でしょう。 己の身体の色をじ、と見つめながら妖精は嬉しそうに笑みを浮かべる。ケルススと呼び掛ける義衛郎の手元で、飲みほした抹茶の器に花弁がゆっくりと舞い落ちた。 「月鍵さん、こんばんは。今日はどちらに?」 「のんびりとお散歩中なの。こんにちは、義衛郎さん」 にこり、と浮かべた笑みに義衛郎は頷く。妖精と遊んでいたと告げれば、予知者である世恋は素敵だわと涼の手を打ち合わせる。 「しかし、こうしてみると姉妹みたいですね、ケルススと月鍵さんは」 「そうかしら? もしかして、小さいから?」 「月鍵さんも妖精の様に愛らしいから」 冗句めかして告げる義衛郎に「お上手ね」と唇を尖らせた世恋は妖精と顔を見合わせ小さく笑った。 春と癒しを齎すアザーバイド。滅すべしと考える結唯にとっては『粋な計らいを行う奴もいる』と驚愕に値する存在だった事だろう。 敷かれたブルーシートの上で、快の用意した酒をくい、と飲んだ彼女は運命を得る前と比べれば酒に強くなった物だなと曖昧な笑みを浮かべる。 「お前、件のアザーバイドか?」 ふわり、と揺れたその姿に結唯が瞬けば、彼女は小さく頷いて見せる。名前は、と問う結唯に決まった名称は無いのだと彼女はヴェールを持ち上げてみせた。 「スプリング・エフェメラル――長いならエフェメラルでいいだろう。どうだ?」 ――すてき、ね。 「意味は春の植物の事でな、直訳すると『春の儚いもの』とか『春の短い命』になるんだがな。 もう一つ別の意味がある。それは春の妖精、というものだ。お前に最適だと思うが」 ● 「妖精と……幻想の桜。春を告げる風。もう、時期的にも境界は越えていますね」 茫、と眺めた桜の花を悠月は詩的に表現して見せる。少し早目の花見の季節も、庭の風景と違って良い物だと拓真はぼんやりと呟いた。 「見事な桜だ、春の季節はやはりこうでなくてはな」 「ええ、一足早くの夜桜、見事な景色です」 互いに同じ言葉を漏らすのはもう長らく共に居るからだろうか。後少し、時間がたてば桜の開花と共に春の訪れをその身を以って体感できる。しかし、幻想の桜と名のつくものだからこそ、こうも特別に見えるのか。 思い入れのある花だと拓真はぽつり、と零す。傍らの悠月は彼の言葉に耳を傾けゆっくりと目を伏せた。 「喩え、咲き誇る時が長く無くとも……最後の散る瞬間まで鮮やかな――桜の様な人生を歩めればと思ってはいたが」 一時、一時、大切に生きていきたいと願った自分はどうだったのだろうか。 言葉を返さずに、彼に寄り添う悠月は拓真の言葉を待つ。重ねた掌の温かさが、優しい夜を思い出させる様で。 「……少し、眠くなってきたな」 「まあ……暖かい夜はまだこれからです。少し、ゆっくりしましょうか」 外で眠るのは褒められたものではないと苦笑する拓真に春の陽気に当てられたのかと小さく笑みを漏らす悠月はこちらで、と彼を誘った。 まどろみにその身を任せることもたまになら悪くないか、と彼女の膝を枕にして拓真は茫と桜を眺める。 段々と落ちていく瞼に「おやすみ、悠月」と呟けば、髪を梳く掌は只、優しく。 「はい、おやすみなさいませ」 舞う桜の花びらを物珍しそうに視線を向けたシエナは「夜桜、お花見……今日が初めて」と呟く。 「来てくれて有難う。さ、食べて食べて」 すとん、と座ったシエナにロアンが用意したのは重箱のお弁当。15個程度用意したのは食欲底なしのシエナに合わせたからだろう。 「お誘いありがとう、なの。お手製のお弁当、たくさんいただいちゃう……ね」 量があればそれでいい訳ではない。ロアンの意匠をこらした料理達はブレートヒェン、ボイル&グリルのソーセージ食べ比べ等の独逸風。野菜とオリーブのおかずでしっかりと栄養バランスにも考慮されている。 「ドイツ風……お肉、こんなに香ばしいんだね」 「うん、素晴らしい食べっぷりだ」 頷くロアンの目の前で瞬くうちに消費されて行く重箱達。目を瞠る彼に「これなら何十箱でも入っちゃう……よ」と嬉しい感想を彼女は漏らす。 「WICCA……だっけ」 ぽつり、と零すロアンに「育った研究所?」とシエナは小さく首を傾げる。組織と名のつくものは『ロクでもない』というイメージが強いのだろう、眉を顰めたロアンにシエナは瞬く。 「ひどいと思った事は、特にない、よ。それしか知らなかったし、不自由もなかったし」 (当事者が酷さに気付かないのは、共通かな……) 胸中に留めた言葉にロアンはシエナの言葉を促す様に彼女をじ、と見据える。 「けど、いまは前とは違う。探せるの。外に出たから。まだない、わたしの生を。わたしの色を」 「それで今一生懸命なんだね。成程」 大の大人の自分だって生きるのは難しい。失って、手を伸ばして、喪っての繰り返しは生きることさえも責め苦の様で。 それでも、彼女の人生と、自分のこれからが今日の様な桜色に染めればと祈るようにロアンは「ふふ」と笑みを漏らす。 「これで終わりだと思った? お腹がすいたらいつでもおいで」 桜ムースの春色マカロンへと視線を向けてシエナは小さく瞬いた。 己がどんな色になるか分からないけれど――この桜色の様になるのか、嗜虐の毒色か。彼の祈る色になれば、とそう考えて。 きゅ、と手を握りしめていたシュスタイナは壱和の手を名残惜しそうに離す。 微笑ましそうに彼女達を眺めていた聖の前で、尻尾を揺らした壱和はシュスタイナをぎゅ、と握りしめる。 「おめでとうございます。また同い年で嬉しいです♪」 幸福そうに笑った壱和の笑みを視界で捉えてシュスタイナは微笑んだままカルラへと視線を向ける。 「この子泣かせたら殺す」 「――おかしいだろ……互いに祝福する流れじゃねぇの!?」 シュスタイナの誕生日の祝いと、それから。良く見ればシュスタイナの瞳は笑っていない。 そんな不思議な空気の中で壱和とカルラ、シュスタイナと聖は二手に分かれる。 何処となく恥ずかしそうな彼女は「手、繋いでいいですか?」と恐る恐るカルラへと聞いた。 「繋いでいいですか、じゃなくて。繋ぎたい、ならいいぜ」 もう少し我儘で良いと彼女へと視線を向けたカルラへと壱和はぎゅ、とその掌を握りしめる。 胸の奥から溢れだす好きに「繋ぎたい、です」と告げればカルラは彼女の掌を握りしめる。 「先月のお返し。好みの味になってるといいんだが」 忘れないうちにと差し出したのは林檎の蜜漬けを使ったタルトにもうひと手間。桜色の雨でコーティングしたスライスアーモンドで花弁のように彩りを与えて見せる。 「凄く、美味しそうで……食べるのが勿体ないです」 一口ずつ。桜色を大切に食べれば口の中に広がる優しい甘味で、凄く心がふわふわとする。 食べ終わり、傍でぎゅ、と寄り添って「カルラさん。ボク、今凄く幸せです」と壱和は小さく告げる。 「出来過ぎな位、幸せだよな」 「離したくないって、言ってくれましたから」 小さく告げたカルラに壱和は恥ずかしそうに瞳を揺らす。ぎゅ、と抱き寄せる腕に壱和が顔を上げれば、唇に一つ、温もりが落ちてくる。 「俺のって、印な」 「……はい」、としか返せなくて。今顔を合わせたら心臓が破裂しそうだから。ぎゅ、と抱き締めた彼の体の温もりに壱和は視線を伏せた。 ――一方で、「少し遅れましたが……」とプレゼントを手渡す聖は仲の良いシュスタイナと壱和の様子に少しばかりの嫉妬を禁じ得なかった。 顔をあげるシュスタイナは「え」と驚いた様に目を瞠る。 「……誕生日、覚えててくれたの? 嬉しい」 「色んなアクセサリーに変形するコサージュです。録音機能も付けてみました」 余計な機能かもしれませんがと告げる聖にシュスタイナは嬉しいと薔薇を両手で眺めて見せる。 録音機能という言葉に首を傾げ、再生ボタンを押せば聞き馴染んだ声が流れだす。 『――お誕生日おめでとうございます……………』 無音の時間にシュスタイナが体を硬直させる。思わずサプライズに唇を開きかけた時。 『最愛の貴女が生まれた日を祝して』 最後の最後に流れだすその言葉にシュスタイナは「あ、あの」と小さく零す。 カッ、と頬に上がった血の流れにシュスタイナは瞳を逸らす。不意打ちで、卑怯で、どうしようもなくて。 普段の余裕を浮かべる少女の姿は何処へやら。聖の動き一つ一つに胸が高鳴って仕方ない。 「コサージュ、最初は髪飾りにしましょうか」 落ちつかないと視線を逸らした聖の手が桜の舞い散る道でシュスタイナの髪へと触れる。 「うん、良くお似合いですよ」 「……ッ――ずっと、大事にする……」 贈って良かったと思える程に。聖が胸に秘めた言葉にシュスタイナは絞り出した言葉の後、俯いて彼の袖をきゅと握りしめた。 舞い散る桜の下で、仲間達と花見だとクーラーボックスに缶ビールを持参して、適当に購入したつまみは長い夜を楽しむ為のもの。 ツァインと影継の元へと合流する前に、義弘は世恋とアザーバイドに「こんな夜を用意してくれて有難う」と一つ礼を零して居た。どちらも慌てて「楽しんでね」と返したのはちょっとした余談だ。 「今更犯罪行為を気にするクチじゃないんだが」 未成年だと淹れた珈琲を魔法瓶に持参した影継はブルーシートにどっしりと座ったツァインと義弘へと視線を向ける。 「やっぱコレやんねぇと春って感じしねぇよな! 決戦お疲れさん、乾杯! へへ、祭の兄さん、俺も段々酒強くなってきたからよ、最後まで付き合いますぜっ! 影継と酒飲めるのは来年かー、どうなんだろな?意外と弱い気がする! 速攻で寝てそうなイメージッ」 茶化して見せるツァインに義弘は「それは頼もしいことだ」と笑みを浮かべる。 酒を飲んだ影継イメージにそんなものかと義弘と影継は二人して視線を交える。ツァインの中では可愛らしい影継像が出来上がって居るのだろう。 「なんだかんだで、アークに来て良かった、そう思う。 そりゃ、戦い続きだし、身体中ボロボロになったことは数え切れない位だ。左腕だって食われた事もあるしな」 はは、と笑みを浮かべた義弘に影継は何処か驚いた様に目を瞠る。「ツァインはどうなんだ?」と問い掛ける彼に彼らのリーダーは人好きする笑みを浮かべて見せる。 「やっぱすげぇ人といっぱい戦えた事だな! あとアークじゃなけりゃここまで早く力を付けられなかっただろうなぁ」 「まあ、戦いには事欠かんな」 義弘の武勲も、影継が今まで経験してきた戦線も。世界の命運をかけて世界最強の連中と闘うというのは『リベリスタ冥利に尽きる』というものだろう。 「背中を安心して……かはどうかさておき任せられる奴らも出来たしな」 「はは、そうだな。仲間と一緒に挑む戦いは充実していたし、その中で盾と自称するだけの心意気と覚悟を持つ事が出来た。好きな女も出来た。アークにきて、ホントによかったよ」 くい、とビールを煽る義弘に影継は小さく頷く。過去に渡ること、異世界へ行く事。珍しい経験は散々した。 「俺達が乱れる世界の中心にいるのか。それとも単に巻き込まれてるだけなのか。そいつを決めるのは俺達何だろうよ。 それに、なんだ――魔神王キースとも、いずれまた戦わにゃならん」 珈琲を飲む影継の言葉に瞬いたツァインが立ち上がる。興奮を感じさせる彼は「あのさ」と義弘と影継を見降ろした。 「MGKってさ、実はすげーと思うんだよ俺は。 偶然依頼で一緒になってさ、死線なんて潜ったりしてよ、何となくつるむようになってさ…… なんやかんやでここまで着てさ、これってすげー事じゃね?」 同意を求める様に、幸福そうに告げる彼に義弘がそうだなと頷く。 舞い散る桜の中、決意を固める影継の隣にストンと腰を下ろしツァインは 「ヒャッハッハ! 酔ったな、飲もう飲もう!」 ● 「わーい! ステキなせせらぎ!」 さあさあと流れる川の音にせおりは瞳を輝かせる。靴と靴下と脱ぎ、腰掛けて川へと足を差し込めばひんやりとした冷たさが感じられる。 「夜の水、って昼間の水にはない不思議な綺麗さがあると思うんだ」 傍らでふわりと浮かぶ妖精は昼の水も見てみたいとふんわりとその体を揺らして居る。 妖精が齎す桜に、真珠の様に輝く月が幻想的な夜を思わせる。妖精へと視線を向けて、せおりは「綺麗な夜で嬉しいねぇ!」と唇に歌を灯す。 歌いたくなっちゃったと口ずさむのは神話の時代の詩。メロディは彼女の即興であれど、人魚姫の歌は美しい。 ――あかだまは、おさえひかれど、しらたまの♪ 「で、この詩が歌われたお話しだけど、鮫の人魚姫が……」 妖精へと解説しようとしたせおりが息を飲む。唇を噛みしめて「あ、」と漏らせば妖精はことんと首を傾げて「あ?」と彼女へ返す。 「……あかぁぁぁぁぁん!! あかん! あかんよ!」 ――!? 「あっ、大声だしてごめんね、驚かせちゃったかな?」 びくり、と体を揺らした妖精にせおりは慌てて彼女へと謝る。口にするにも憚られる様な神話だったのだろうか、深くは聞かないでおいた妖精に、せおりは笑みを浮かべて柔らかく微笑んだ。 「こんなに綺麗な夜、また来年も過ごせるといいなあ」 舞う桜の下で「こっちだ」と手招く小雷に璃莉は「うん」と元気よく笑みを浮かべる。 「璃莉は小川沿いを散策したいのか?」 川のせせらぎに耳を澄ませた璃莉の仕草に小雷は小首を傾げて見せる。先日、彼女から掛かった誘いへの礼だと花見に誘ったは良い物の喧騒で目的を忘れてしまわないようにと小雷は静かな場所へと彼女を誘った。 二人きりの夜桜は小雷にとっては心配を解消する為の――ちょっとしたイベントの一つ。 昏くも暖かな空を眺める璃莉の横顔を眺め、小雷は彼女に気付かれぬ様に小さく息を吐いた。 (これまでの普通の中学生だった生活から一変、日々激化する戦いに身を置かれ、それが負担になっているのではないだろうか……) 小さな彼女の面影に玲瓏なシスターが重なる。小雷は唇を震わせ「璃莉」と小さく呼んだ。 「アークには、馴染めただろうか」 「うん、大きい事件続きだけど、なんとか。小雷さんとか、いい人が多くて良かったの」 さあさあと鳴る川へ視線をやって璃莉は爪先で蹴った小石を見詰める。自分がそれだけの存在だったと思っていた――けれど、癒す事が出来る、『自分が出来る』事があると知れた事が何より嬉しく。 「お婆ちゃんのお導き……かな? あ、小雷さん、妖精さんがいるよ」 見て、と手招いて璃莉の声に反応した桜色の妖精は柔らかに一礼して見せる。 「桜って春の雪みたい。『春雪』さんって呼んでもいい?」 ――すてきな、ことば。 とぎれとぎれに璃莉へと返す妖精の姿に璃莉はお婆ちゃんの知恵の一つを思い出す。 掌を伸ばしゆらゆらと舞い落ちる花弁を掴まんと腕を伸ばす。幼さを感じるその姿に小雷は瞬いて見せた。 「落ちてくる花弁をキャッチ出来たら、願い事が叶うらしいよ! 私も挑戦!」 掴めたらお友達が出来たとお婆ちゃんに伝えると躍起になるその姿に小雷は安堵した様に笑みを浮かべる。嬉しそうに笑みを浮かべ桜の中を舞う小さな彼女の笑顔を護らなくては、と固めた決意をそのままに小雷は「よし」と意気込んだ。 「璃莉、弁当を作ってきたんだ。とても胃に悪そうなやつをなエビチリや炒飯はどうだ」 「な、なんて胃に悪いお弁当! 胃に悪いお料理って、美味しいの……幸せすぎるよね」 靴底が木の枝をぱきり、と踏みしめる。髪を揺らして佐里は息を吐き揺れる桜の木々をその視界に収める。 佐里が三高平に訪れた頃、秋の紅葉を眺めながら夜祭りに足を向けた事が記憶にしっかりと残っている。 「懐かしいですね、なんだか、凄い昔のよう」 それは心が復讐を求めたあの日と同じ。川沿いをゆっくりと歩き、心の整理を行えればと彼女は小さく息を吐く。遠巻きに聞こえる仲間達の声も、記憶の中に存在している。黒い瞳は仄暗い空を捉えて、静かに揺れていた。 「復讐、……」 未だ、復讐を果たせていない。佐里の目的とは外れた人助けや異世界の散策、フィクサードの計略を阻止する。こうしてぼんやりと華を、紅葉を愛でてみたり。 それは復讐を忘れた訳でも、復讐を止めた訳でも無くて。 胸の中に渦巻く憎悪に佐里の唇がきゅ、と吊り上がる。言葉にすれば溢れだしそうなそれは、この桜の前では穏やかになる様な気がして。 「楽しかったんです、寄り道って。……当然楽しいことばかりじゃなかったですけど。 でも――悪くなんてなかったんじゃないかな、って」 誰にも言う訳でもない独り言。佐里の胸中から発されたその言葉に自分で度肝を抜かれた気がして、唇に笑みが浮かぶ。 視界に収まった桜の花びらが、何時もよりも綺麗に見えて。追うだけの日々じゃなくて、穏やかな日々も大事なのだな、と彼女は柔らかく瞳を伏せった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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