暖かくなっていた。 そう、感じたときが春である。 さむいときに降りそそいだ雨や雪は、そのまま土のうちに貯蔵されて、春になると地面から昇って、空にかえって行く。 たとえば、道をふらふら歩いている時に、フウっと土の香りがしたらこれである。 『文筆家』キンジロウ・N・枕流と、『かっぱ門』塵芥 辰之進は、クーラーボックスを担いできた。 どことなく旧千円札の肖像の人物ににている容姿をした枕流が、腕を組んで満足そうにうなずく。 「やはり空いていた」 「まったく、穴場です」 横から相槌をうつ辰之進は、頬杖がよく似合いそうな浪人のごとき頭をした背広である。 この両者はアークのリベリスタであったが、主な活躍の場は荒事ではなく、文壇や小説執筆といった所にある。非戦闘員に近い。 「では、枕流先生」 「うむ」 若草がちらちらと顔をのぞかせている空き地で、辰之進は河童のようなキャラクターが描かれているシートをひいた。 土の匂いを呑んだり吐いたりしながら、冷酒やビール缶をならべていく。 「今日はちょっとだけ寒かったですかね。枕流先生」 「なあに、三月です。酒瓶と酒の肴を担いできたもんだから、火照って、このくらいが丁度いい」 辰之進が酒を並べる間に、枕流はカセットコンロでカワハギのあぶりモノをつくる。謎のフグ肉も紙皿にのせていく。 さてと、腰をおろして、まず一杯。 周囲を見ると、空き地のすみっこに桜の木が一本ある。 花をつけるには少し時期がはやいのか、ツボミがひらかんとして未だにひらかざる様子だった。 これもまた趣がある。 ぼんやりと見つめる。 いつまでも眺める。 ぼーっとして、二人は自らがどこにいるのかすら忘却するほどまでに、何もない空を眺め続ける。 眺めていると、ここで声がした。 『ごにゃー』 奇妙な鳴き声が二人の瞑想を破る。 見れば、枕のように肥えたぬこが達が平べったく座っている。二人を囲むようにして、油断ならない。 『かぱー?』 また、妙な声がした。 首をむけると、土管の中から30cmほどのタマゴのような形をした“かっぱっぱ”が顔を半分だけ出している。 頭には申し訳程度の皿をのせて、背中の甲羅はメロンパンのように小ぶりである。手は三角に切ったハンペンのようだ。 なんだ、ただのぬこまくらとかっぱっぱだ。 「そういえば、かっぱっぱが出る時期ですね、先生」 辰之進は、かっぱっぱとぬこまくらを交互に見て、最後に枕流のほうに顔をむける。 枕流は重々しく、うむ。とだけ頷く。 かっぱっぱは、恐る恐る枕流の近くに寄る。 枕流は、ひょいっと持ちあげて、重さをたしかめるように両手でふよふよする。 ぷにぷにと指でつついたりしてみる。 すると、土管の中から、50cmのかっぱっぱ大やら、20cmばかりの小さいのも列をつくって出てきた。 『かぱー』 「これはなかなか。見事なかっぱっぱです」 枕流は、かっぱっぱを置く。 つぎにはぬこまくらに手を伸ばす。 途端に。 「ごにゃー!」 刹那の間、ぬこまくら達が一斉にとびかかった。 「ぬわーーー!」 「あばばばば!!?」 修学旅行の枕なげかフライングキャットか。枕のようなぬこのボディプレスが、容赦なく降りそそぐのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月22日(日)21:59 |
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■メイン参加者 3人■ | |||||
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●カレー、太刀魚、最高の美酒 ぬこまくら達が枕流と辰之進に襲いかかっている空き地に、三人のリベリスタが這入る。 「どうも、先生方。おじゃましますよ」 枕流の顔にはりつくぬこまくらを、べりっとはがしたのは快である。 酒屋の倅である。手には酒瓶を携えている。デイアフタートゥモロー。 「なんと、諸君ではないですか」 枕流が驚いたような顔をする。 「今年の『三高平』の純米吟醸です。蔵に行って直汲みしてきました。無濾過、生原酒ですね」 「これはありがたい。謹んで」 辰之進がぬこまくらを剥がして脇において礼を述べた。 烏が挨拶を交えながら、持参した荷物を紐解く。 「春間近、と云う所ですかな枕流先生。今回は気楽にやれそうです」 ゆで卵のにんにく醤油漬けが入ったタッパーに、氷の詰まった袋――中は太刀魚であった。 「これは七輪しかありませんな」 「塩焼きなんか良いですかな」 「無論」 追加のゴザをひき、コンロを足す。 続いて小梢である。 「カレーにで損ねたので、カレーにきました。カレーを持ち込みです。カレーカレー」 追加のカセットを設置した小梢である。 小梢の荷物はいうまでもない。カレーに生きカレーと共に在る、カレーの女。 自慢のカレーを拵え始めると、辰之進が。 「確かに米も欲しくなる」 「なんか文豪さんがいますね、リベリスタとしては微妙っぽいですが。『川の流れを枕として……』つまり訳すと『カレーうまい』ってことですね。わかります」 「哲学ですな」 と、小説家二人は顔を向け合って首を上下に振って肯定をする。 まず冷で一杯。 太刀魚の塩焼きに、醤油タマゴなど玄人好みな肴である。 「七輪で焼ければよかったのですがね」 「枕流先生、これだけでも贅沢過ぎるってもんです」 「ワハハハハ、確かに」 一方で米を欲していた辰之進もチラチラとカレーを気にしている。 「カレーが出来ますか」 「もうすこしー」 「これは待ち遠しい」 ●ぬこまくら 春ののどかと かっぱっぱ 小梢カレーが完成する。 小梢が作っている最中、かっぱっぱ達が輪になって興味深そうにカレー鍋を覗きこんでいたので小盛りのカレーを渡すことにした。 『かぱー』 『かぱー』 『かぱー』 かっぱっぱ達はちまちまと食べ始める。 「生酒といえば冷や、となりがちですが。コイツは燗もいけるんです。そのカセットコンロ、お借りしていいですか?」 ええ、ぜひぜひと促された快が、徳利を湯に火にかける。出来上がる熱燗。おちょこに注がれる透明な液。 枕流がこれを口に含む。 「どうです? ふくよかな米の味わいがぐわっと広がる、力強い燗酒になるんですよ」 快が感想を問うと。 「余は甘党なのですが、これは実にいけますね。ふわふわとした綿のようなものが口中に現れたような。あれですね、心持ちまで良くなる」 「でしょう?」 烏が持ってきた太刀魚や醤油漬けも、酒の肴として乾坤を建立している。 「いやあ美味い」 「花鳥風月、書を語るもよし。酒を傾けぼんやりとつぼみを眺めるのよし。かっぱっぱやぬこまくらと戯れるもよし」 烏の近くに、ぬこまくらがふと寄ってきたので、太刀魚の身をほぐして出す。ごにゃごにゃ口を利きながら平らげる。かっぱっぱにはきゅうりを出す。 「どうぞー」 「これは美味いカレーだ!」 米が欲しいと言っていた辰之進が絶賛する。 小梢は一様に、ぽけぽけとして、だるだるーんとカレーを食べる。 辰之進からのお返しは芋粥であったが、すぐカレーがかかり、芋粥カレーライスへと変じた。 風邪をひいた時に、しょうがを入れても美味いものであるため、スパイスの塊であるカレーとの合わせは、一種の功徳を帯びているようだった。 「のんびりとしすぎるのもたまには良いものです」 快の酔いも出来上がる。 「ええ、暑苦しいものを忘却して、何もせず目的もなく何もしない功徳は尊(たっと)いものだと平生からの主張です」 「木のもとに 汁も膾も 桜かな とは行きませんがこれもまた乙なものですな」 春は、猫すら鼠をとることを忘却する。人間は暑苦しさを忘れる。 酒談義に世間話。酌を交わして酔いを回し、ぬこまくらで一寝入り。 「ほかのことなんかなーんもやる気おきない。まあのんびりカレー食べるのもいいよね」 カレーをはむはむしながら、小梢が言う。 春の天下はいよいよである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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