● 先日、バロックナイツの盟主たるディーテリヒ率いる敵軍に方舟が敗北を喫したのは記憶に新しい。 最終防衛ラインを突破されてしまった以上は公園に留まり、戦い続ける事が難しいと判断した本部は公園からの撤退の判断を下し、再起の時を待つ事となったのだ。 しかし、その様な状況下でありながらも時は留まる事を知らず、最悪の展開へと歯車は回り続ける。 バロックナイツ本隊はとうとうこの世界に黄昏を告げる黙示録的破滅を呼び込む算段をつけてしまったらしい。 想定内ではある、あるのだが最悪の事態には間違いないだろう。 その様な情報が流れる中、何故その様な結果に収まったのか解らないニュースも紛れ込んでいた。 盟主ディーテリヒが、アシュレイの裏切りによりその命を落としたのだ。 アシュレイが盟主を裏切る所までは方舟も予想は出来ていた。しかし、その結果は予想と大きく違う物となる。 恐らくは多くのリベリスタが最大の障害であると認識していた盟主ディーテリヒはあまりにも呆気なく舞台から姿を消したのだ。 ──彼に付き従っていた、白と黒の騎士も同様に。 しかし、かのバロックナイツ三名を欠いてなお黄昏は留まる事を知らない。 既に世界の終末を告げるラッパは鳴らされたのだ、そう言わんばかりに。 ● 「公園の件、続報が出た」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は何時に無く真剣な表情で、その場に集ったリベリスタ達へと言葉を投げた。 「欧州に飛んでいたリベリスタ達からの報告によるとアシュレイの目的はこの世界の全ての破滅……らしい」 「随分と大きく出たな、いや……今の状況だと笑い飛ばせないか」 それを行うに足るだけの力は魔女には既に整っている。 バロックナイツの持つ神話級アーティファクトを蒐集した彼女の目的はウィルモフ・ペリーシュの持っていた魔力抽出技術を利用してとある召喚陣の燃料とする為だったのだ。 幾つかの神話級アーティファクトについては方舟が奪取の阻止を行ってはいる。 「……皆の頑張りで、全てのアーティファクトがアシュレイに奪われた訳じゃない。けれど……」 本来であれば、それで少なくとも召喚陣の発現は食い止められる可能性があった。 しかし、ここで誤算が起きてしまう。かの盟主、ディーテリヒがアシュレイに魔力を与え、必要な準備が整ってしまったのだ。 「アシュレイが作り出す召喚陣『魔王の座』に関しては恐らく、異界のミラーミスをこの世界に引き込む効果があると予想されている」 「ミラーミス……あの『R-type』みたいな奴らがまた現れるって言うのか?」 かつてパラドクスの果てに激闘を繰り広げたナイトメアダウンを引き起こした元凶を思い出しながら問うも、イヴは首を横に振って返す。 「──『R-type』ですら、この世界を無かった事に何て出来なかった。つまり、アシュレイはそれ以上の物を呼び出そうとしていると本部は結論した」 その言葉にブリーフィングルームは静まり返る。 つまり……あの魔女はかつての歴戦のリベリスタ達と、現代に生きるリベリスタ達の力を合わせて漸く撃退に追いやった化け物よりもおぞましい何かを呼び出そうとしているのだ。 「『Case-D』……私達方舟はその存在をそう名づけた。“アレ”がこの世界に顕現してしまえば……世界は、消し飛ぶ」 見れば、イヴの身体が僅かに震えている。彼女は今、『Case-D』を“アレ”と称した。 つまり、その存在を既に未来視によって捉えていると言う事でありその結末も当然知っている。 ならば、たった今告げた彼女の言葉は真実に相違無い。 「……けれど、俺達が集められたのならつまり、そういう事なんだろう?」 黙っていた一人のリベリスタが口を開く。わざわざブリーフィングルームへと集められたのだ。 つまり、幾らかの打開策を本部が見出したという事に間違いは無い。 「……実は、盟主に従っていた戦乙女が本部に捩れた白い槍を届けた、という報告があるの」 槍? 首を傾げたリベリスタは、直ぐに目を見開いてその槍が何であるかを理解する。 「まさか、その槍ってのは……」 「そう、神話級アーティファクトにして盟主ディーテリヒの持ち物だった筈の物。かの聖人を突き刺し、その血によって聖遺物となったと噂されている物──『ロンギヌスの槍』に間違いない筈」 イヴが言うには研究開発室の分析結果で、総ゆる神性と神秘を殺す因果律の槍であると判明した『ロンギヌスの槍』はあの『閉じない穴』を殺す性能を秘めている、と結論が出されたらしい。 最も、それは可能性の話であって、絶対の確信ではない。 その上、その『ロンギヌスの槍』を『閉じない穴』へと使おうとしようとしても、当然アシュレイ達からの邪魔が入る事は明らかだ。 「それでも、誰かがやらなきゃいけない」 イヴの瞳にはハッキリとした意思が宿っている。そして、この場に集められたリベリスタ達もまた同様だろう。 「──俺達は何をすれば良い、教えてくれないか、イヴ」 力強い意志を宿した言葉を発したリベリスタにイヴは笑みを返して、今回の任務の概要の説明を開始した。 「今回、皆にお願いしたい任務は──」 ● 魔術師にとって、強大なる力を持つ存在を呼び出す事が可能な召喚術は大きな力となる事が多い。 とはいえ、強大な力を持つ存在を呼び出すにしても召喚術の規模が大きければ大きいほどその代償は比例し、より複雑な術式が必要となる。 目の前に描かれている複雑な模様をした召喚陣の中央に置かれたそれは一般人から見れば、只の粘土にしか過ぎないだろう。 しかし、魔術の知識を得ている者であればその只の粘土を得る為にどの様な労力であろうとも構わないと断じても不思議は無い。 “神々の土塊”と呼ばれたそれは、召喚儀式の触媒として大きな力を持つ。 神は人を土から創造した、その言葉に聞き覚えのある者は少なからず居るだろう。 つまり、目の前にある土塊こそがかつて、神々が世界を創造した際に使用された物だと言い伝えられているのだ。 ──最も、それが事実であるという確証は何処にも存在はしない。 この場で優先されるのは、この目の前に存在する“神々の土塊”がどれだけ召喚術という術に親和性を持つかどうかだ。 それだけを見れば間違いなく、このアーティファクトは最高の品であると言うという確信が術者である老人にはあった。 加えて、現在儀式を行っているこの場は崩壊度が極めて高く、神秘を用いるにこれ以上ないとされる『閉じない穴』の空いた三ツ池公園。 仮にどの様な存在が呼び出されようとも、その存在に対抗すべくあらゆる呪いを用意した。 さあ、準備は整った。この“神々の土塊”を己に寄越したディーテリヒが望んだ事は一つだけだ。 来るべき時、方舟の勇者達に相対する存在を呼び出す事。それを条件に老人はアーティファクトを譲り受けたのだ。 召喚陣へと、己の全生を以って蓄えて来た魔力を流し込む。 それと同時、血がまるで何も通って居ない血管へと通る様に、赤い光が召喚陣をなぞる様にして輝き出す。 召喚陣は咆哮をあげるかの様な轟音と共に、天へと光の柱を出現させる。 凄まじい魔力の奔流に吹き飛ばされそうになる老人は、同時に驚愕していた。 止まらない。一度流した魔力が己の体内から流れ出て止まる事がないのだ。 既に何度も魔力の流れを閉じようと試みているにも関わらず“強引に魔力を奪われ続けている”。 巨大な光の柱から現れたであろう存在は、毛むくじゃらの体を持った──四足の獣。 何かしら動物の様な影を携えているのが霞んで行く視界の中で見える。 だが、どうした事か。魔力を吸収するにつれて、その影はどんどん人間の様な形へと姿を作り変えていく。 長く伸び切った髪はその身体から抜けてしまい頭だと思われる部分のみに留まり、四足だった立ち姿は人間と形を同じくした二足の物へと変化する。 その光景に、もはや残り僅かな命すらも奪われ様としている老人の頭の中で一つの伝承の様な物が思い出される。 そして、同時に“在り得ない”とも。 目の前の存在はかの、ソロモンの魔神にすら匹敵する力を備えている。 この様な存在を呼び出すなど、それこそディーテリヒ自身が行えば呼び出す事すら可能ではあったかも知れない。 あの盟主であれば殆どの劣化もなく、原典に限りなく近いそれを再現出来る何かを呼び出せただろう。 しかし、これは間違いなくイレギュラー。 「──……」 光の柱が消え、召喚陣の輝きが失われたその場に残されたのは魔力を吸収され尽くし、対抗する為の魔具すら使う暇を与えられる事が無かった哀れな魔術師の老人の亡骸。 そしてもう一人は、地面にまで届く銀の長い髪を携え、身体には申し訳程度にボロボロの布を巻いた中性的な顔立ちをしたヒトだった。 その容姿は、美男、美女の両方の言葉を使っても差し支えないと言わんばかりに整っている。 呼び出された世界に吹く風を身体に浴びながら、その存在は目を細めて『閉じない穴』を見やった。 「随分な戦場に呼び出されてしまったみたいだ。……本来なら、僕は──あれを止める為に動くべきなのだろうけれど」 四肢を動かしながら、その存在は自らの身体の状態を確かめる。 「……駄目だ、触媒になった何かに細工がされてあったのかな。僕が一番嫌いな呪いが染み付いてる」 それは死に至らしめる呪い。彼を作り出した者達が、彼に対し罰として与えた呪いに極めて酷似していた。 そして、その呪いは同時に彼に対し絶対の命令を下している。 この様な強力な力を持つ存在がこの世界に存在する、そう考えると同時に彼の脳裏にたった一人の親友の姿を思い起こした。 「こんな状況、彼が見たらどう思うかな……」 あの『閉じない穴』へと足を進めていき、相変わらずの傲岸不遜な態度を周囲に振りまきながら世界を救って見せたりするのだろうか。 最も、救う気など全く無いだろうとも思うのだけれど……世界が壊れるよりはあのどうしようもない暴君の命令を聞いていた方が救いはあるだろう。 けれど、その彼は存在しない。恐らく、この世界には。……自分は彼を置き去りにして先へと行ってしまったのだから。 「──呼ばれてしまったからには、やるしかないか」 自分に出来る事は、恐らく限られている。ならば、この場を用意した何者かの舞台にあがろうじゃないか。 ──曰く、神に届きし力を持つ者。 ──曰く、神が作り出した道具。 人類最古の王にして、かつて世界の全てを手中に収めたとされる男が居た。 その傍ら、その王がたった一人認めた友が居る。 ──その英雄の名前は。 ● 「あ、それといい忘れていたのだけれど。……今回、任務に友軍がつく。知っている人は知っているかもしれないね」 イヴから資料が配られると同時、ブリーフィングルームへと二人のリベリスタが入室してくる。 「相変わらず方舟は危険な任務ばかりだな」 「いや、お前も似た様な状況掻い潜っては来てるだろ! その度に俺達は辛いんだぞ、リーダーとしての自覚をだなぁ……」 隣から言われるお説教を聞き流す様に挨拶をする橘和輝、そしてその相棒である大井道重だ。 彼らはテンペストと呼ばれる小規模リベリスタ組織のメンバーで以前、方舟にその命を救われた恩を返しに来たのだと言う。 「──皆の動きは、決して無駄じゃなかった。そういう事だね」 微笑んだ様に見えたイヴからは、既に先ほど見せた怯えは欠片の見えない。 イヴの言葉にリベリスタも力強く頷いた。今、こうして彼らの力添えになろうとする者達は何れもリベリスタの働きでその運命を変えられて来た者達だ。 ならば、同様に世界崩壊の運命とて変えられる筈だ。 「流石に毎回、危ない役目を押し付けるのもどうかと思うからな。俺達なりに力になれれば、と思ったんだ」 それで、改めて詳しい話を聞かせてくれないか? と、和輝がイヴに話を振る。 「例のアザーバイド……彼、彼女かはわからないので、仮に……彼、としておくね。彼はとある伝承に出てくる英雄に限りなく近い能力を持っていると思われる」 「……しかし、間違いないのか? さっきの話は」 友軍リベリスタを紹介される前に受けた説明を思い出し、未だに信じられない、とでも言う様な表情のリベリスタにイヴは間違いない、と返す。 「彼を本物だとは言わないよ、本物だったらもっと大騒ぎになって居たかも知れない。──けど、間違いなく、この場に居るリベリスタで全力で戦っても勝てるかどうか解らない。そういう相手」 “神造英雄”エルキドゥ、その力の断片を背負ったアザーバイド。 それがリベリスタ達がこれより戦う事になる敵の概要だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ナガレ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:32 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「相変わらず厳しい任務ばかりだな、方舟は」 現場へと赴く前のブリーフィングルーム、和輝が呟いた言葉に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は笑って返した。 「だろ? 橘。ほんとアークの仕事はきっつい。今回なんて女の子の八つ当たりの後始末だよ──でもね、それが世界を救うためなら、やるしかない。君も僕も」 「……そうだな、過程はともかく結果は求められる物だ」 でしょ? と和輝へと夏栖斗は拳を向ける。 「正義の味方も大変だよね。それに今回は英雄が相手だ、全力でいくしかないね」 当然だ、と言葉は短く。されど力強く和輝は夏栖斗へこつり、と拳を返す。 「遅れなんて取るんじゃないぞ、御厨」 「当然! 橘こそ、僕より先に倒れたら駄目だからね」 無茶言うなよ、と肩を竦める和輝に夏栖斗は何時もの様に笑う。 今回、友軍として参加する和輝と道重に対して『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)より、情報が共有される。 万華鏡で事前に得られる情報こそ、今の方舟を支えて来た物だ。共に戦うならその重要度は決して低くはない。 「和輝さん、道重さんよろしくね。無理はしないで、退いたり身を守ったりしてね。誰も落ちない事が大切だから」 「……橘さん、大井さん。無理はしないでくださいね」 そして、かつての任務で知り合いになっていた『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)もまた彼らへと言い聞かせる様に言葉を掛けていた。 「なあ、道重。俺達はそんなに危なっかしい戦い方をしていたかな?」 「二、三発本気で殴らせろ。痛くない、痛くないからな」 その二人の様子に、イーゼリットとリセリアは顔を見合わせてくすりと笑う。 二人の戦い方に関しても、異論は無い、と素直に頷いた。 そもそも、方舟の援軍が無ければ二人ともこの場には居なかったかも知れないのだ。彼らの作戦に異議を唱える事など在り得ない。 打ち合わせをしている所で、後ろから二人に声を掛ける存在がまた一人。 『深蒼』阿倉・璃莉(BNE005131)である、彼女もまたリセリアと同じく彼らを助けた立役者の一人だ。 「この前は情報有難う! 身体に悪くて美味しいお店見つけたから、今度行こうね。お給料で奢るから!」 道重はその言葉に、俺の情報何かで役に立ったなら良かったなあ、と笑みを返した。 「それはそれとして、奢られるのはどうかな。俺達も一応年上なんだし……」 和輝はそれは大人としてどうなんだろう、と苦言を呈するが、良いから私の言う事を聞けば良いの! と押し切られてしまった。 「……それじゃあ、この戦いが終わったら、だな」 「うん! あ、それと逆境好きでも無理は駄目だからね!」 先程、似た様な事をリセリアとイーゼリットに言われていた二人は……少しばかり今後は考えを改めないと行けないかも知れない。 そう思わされるのであった。 その傍ら、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)もまたこの戦いに思いを馳せていた。 (文字通り、世界の命運をかけた戦い、その前哨戦がこれか) 最古の英雄が相手だとは豪華な物だと思いもするが、同時にそれだけ厳しい戦いになるだろうと苦笑いが浮かんでしまうのも仕方が無いだろう。 ブリーフィングルームの外へと踏みしめる足に僅かに違和感を感じながらも、彼は足を踏み進める。 既に彼のリベリスタとしての寿命は限界へと近づいて来ている。自分の身体の事は何より自分が解っていた。 それでも尚、戦わねばならない理由が彼には存在する。 例え、この身体が壊れ様とも彼のやることは何時もと変わる事は無い。 彼は不滅の剣、デュランダルだ。ならば──どの様な相手が立塞がろうともその極めた神すらも喰らう力で捻じ伏せるのみ。 同様にこの戦いへと思いを向ける『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)だったが、その思いは複雑な物だ。 (どいつもこいつも負の感情で良くもここ迄イラつく事ばっか仕出かしやがる、こんな場面はあくまで前座か……言う様になったモンだなぁ) ギリギリと拳を握り込み、今は大穴の真下に居るであろう魔女への苛立ちを隠せずには居られない。 (んじゃまぁその通り、ちゃっちゃと片付けるとすっか) 方舟と魔女、前座はどちらかをハッキリさせてやる必要がある。 彼が望んだ居心地の良かった世界は既に過去の戦いの際に失われてしまっている。 だからといって、現状を許容してやれるほど彼はお人よしでは無い。ならば、容赦なく叩き潰すまでの事だ。 理は歪み、神秘の力はまさに理不尽を体現し、世界を崩壊へと誘う。 されど、まだこの世界には戦う意志を持った人間達が居る。 最後の決戦を終える為の物語を始めよう。──結果は彼らがどれだけ足掻き、どれだけ望む物に近づけるかどうかで全てが決まるだろうから。 ● 三ツ池公園、里の広場。 幾度と無く決戦の舞台となった三ツ池公園の一画に長い銀の髪を持った男女のどちらとも取れるまでに整った容姿を持ったヒトがこの場に現れるであろう誰かを待っている。 「……あぁ、漸く来たみたいだね。いらっしゃい、君達が僕の相手と言うことかな?」 敵意らしき物は向けずに、ただ現れた相手に柔らかな笑みを浮かべてエルキドゥ──過去、英雄と呼ばれた存在の影は挨拶を投げる。 別段、その返しには期待はしていないのか悠然とその場へと佇んで現れたリベリスタ達を見回して。 「驚いたな、僕の戦い方を知っているのかな? 少なくとも、出会った事は無い筈だし、この世界に僕の細かな足跡何て無い筈なのに」 リベリスタが取ろうとする陣形に、不思議そうに首を傾げながらも表情を引き締めていた。 リベリスタ達が自分の全力を賭してでも勝てるべき相手であるかどうか解らない、そう察したのだろう。 「ほ、本当にあのエルキドゥ……なの?」 呟く璃莉の言葉が聞こえたのか、彼はそれを肯定するかの様に頷き返す。 「あの、とは何を示すのかは解らないけれどね。僕の名前はエルキドゥ、ずっと昔に居たかも知れない──王様のお供だよ」 そのやり取りに本をよく読む璃莉の血が騒いだのは致し方無い事かも知れない。 (戦わずに済めばそれは理想ではあるが――叶わないことが多いからこその理想、と思えば致し方ないか) 少なくとも、只戦いたいだけの相手では無いだろう、とリリウム・フェレンディア(BNE004970)は思考する。 しかし、それが叶うだけの機会に恵まれる事など多くは無い。望むにせよ、それを勝ち取るだけの何かが必要であると方舟に参戦してから彼女は学んでいた。 「アークのリベリスタ、リリウム・フェレンディア。対峙させていただく」 ならば、どの様な結果を求めるにせよ戦いは必定であり、逃れられない物だ。 既に戦う覚悟は出来ている。元々は事務仕事を手伝っていたに過ぎない彼女ではあったが──その横顔は既に戦士の物である事に間違い無い。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は名乗りはせず、黙ってエルキドゥへとその二挺拳銃を向ける。 神秘の廃絶を心から望んでいる彼女にとって、それこそ神話の時代から言い伝えられている様なエルキドゥは早々に退場して貰いたい存在だろう。 (油断などはしませんがね。万華鏡の情報に寄れば……相当の実力者なのは間違いないでしょうから) その為に作戦は十分に練り上げた。万華鏡から与えられたアドバンテージを最大限に生かしながら最高の一手を示し、この英雄に王手を打つ為に。 『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)もまた、目の前に現れたエルキドゥに思う所ある内の一人である。 (このクラスの伝承が人一人の言いなりなんてやるせない話よね、ミリーとしても一番嫌いなタイプの呪いだわ) 英雄と呼ばれる存在であろうとも、ディーテリヒの呪いに掛かればその生き方を制限されてしまう。 ミリーはそれが個人的に我慢が出来ずに居る。 (とはいえ最強クラスの相手に遊んでもらえるなら全力で遊んでもらうわよ! こんな時だけどドラゴンと戦う時ぐらいテンション上がるかも) 轟、と彼女の拳からその戦意に呼応するかのように炎が吹き上がる。 「じゃあ、燃えていきましょ!」 作戦通り、陣形を整えながら『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は璃莉のすぐ傍の近くに待機している。 既に他の仲間達も各々の配置について、戦いの準備はほぼ終えたと言っても良いだろう。 (いきなり呼ばれて縛られて強要されて……実際災難ですよねあなたも……。同情はしますし、世界単位で考えれば要するに内ゲバに巻き込んでる訳で) 情状酌量の余地はある様に思えてしまう、同時に申し訳が無いとも。あぁ、けれど。 (……が。でも殺します。私達の世界を護るのに、あなたが邪魔ですから) それは当然とも言える結果だ。今、彼女達の住む世界は崩壊の危機であり、この戦いを勝ち抜かねば全てが失われてしまう。 この世界を捨て去ってまで、目の前の英雄を見逃す理由は何処にも無い。 「そんな訳でやーっておしまい皆様方ー」 「ごめんなさい、宜しくね」 「最後までキッチリ守らせて頂きます。御安心あれ」 戦闘の要である璃莉を庇い続ける事を志願したうさぎが前線に出る事はまず無いといって良い。 それでも尚、この戦いに不安をそこまで感じないのは──ちょっとした理由があるからだろう。 「……信頼してますよ?風斗さん」 僅かに呟いたその言葉は、風の音に消されて恐らく届いていない。 あぁ、けれど。きっとその様な事は関係なく、彼は自らの身体をそれこそ削る様にして戦うだろう。 その事に物思う事がない訳ではなかったが……今は、この戦いを乗り越える事を優先させよう。 そう考えるうさぎであった。 「──それじゃあ、始めようか」 囲まれて尚、それらしい構えを行う事は無かったエルキドゥがこれまで発していなかった戦意を放つ。 ドンッ! と空気が爆発し、周囲へと衝撃波がリベリスタ達へと伝わって行く。 ともすれば、大自然──大きな山を相手にするかのような錯覚さえも思い起こす。 「僕は只の敵、僕は只の道具──僕は只の……終わり迎えた残滓に過ぎない。超えて行くと良い、人間達よ」 ● 遠い遠い、昔の話。 今とは比べ物にならない遠い時代に二人の英雄が戦い、自らの力を相手に知らしめるべくその武を競いあった。 「まさか、俺と同等の力を理性を得て尚吐き出すか……!」 「驚いた、君は本当に天へと届くばかりの力を持っているんだね……!」 力はぶつかりあい、そして周囲に鳴動し大地を震わせる。 かたや、神を父として持ちその大いなる力を持つギルガメッシュ。 そして、そのギルガメッシュに対抗すべく力を持たされ、神に生み出されたエルキドゥ。 ギルガメッシュは酷く驚いた。よもや、自身に対抗出来るだけの力を持つ者が神以外に存在するのかと。 エルキドゥもまた酷く驚いていた。人の身が混じりながらも神如き力を発現させる目の前の人の王に。 互いに世界に生まれ落ちてからというもの、己に比肩し得る存在がそれこそ彼らの生みの親である神々しか居なかった。 それ故に、その後の結果は落ち着くべき場所へと落ち着いたと言っても過言ではないだろう。 「面白い奴よ、よもや三日三晩の間決着が着かんとは……貴様の様な奴は初めてだ」 「君こそ人の身でありながら、よくそこまで……世界を総べし王、と言うのは誇張じゃないみたいだね」 エルキドゥの言葉にギルガメッシュは破顔して、大いに笑う。 「ハッハ! 俺の全力を浴びて、尚もその様な振る舞いをする様な奴など神以外では居なかったのだがな」 面白い奴よ、とこれまで構えていた王の宝の一つである剣を鞘へと仕舞い、これまで隠そうともしていなかった覇気を霧散させる。 普段の彼を見知る民か、側近が居ればその変わり様に目を瞬かせただろう。 「エルキドゥよ、俺は決めたぞ」 「……何だか自分で話を勝手に進める人だね、君は。傲岸不遜だとは知っていたけれど」 ギルガメッシュの貴様の反応など知った事ではない、という態度にエルキドゥは苦笑を返しながらも続きを促す。 もはや貴様と戦う気はない、と武装も構えを解かれてしまっては毒も抜けてしまう。 「貴様は今日から俺の物となれ」 「────」 次に目の前の傲岸不遜な王様から飛び出た言葉は予想だにしていなかった物だった。 エルキドゥは理性を得てからというもの、初めての思考停止から漸くその機能を回復させて疑問を返す。 「……いや、確かに僕は性別すらも不確かな存在だけれど、そういう意味ではないよね?」 「当然だ、何を考えているのだ。この戯けめ」 エルキドゥの反応に、ギルガメッシュは眉根を寄せて即座に否定する。 「喜べ、神に造られ、そして俺を戒めに来た神の道具よ──今日から貴様は俺の友であり、轡を並べる事を許そう」 普段は高慢な笑みしか見せぬとされる王が、嘲笑すらなく、賛辞だけを浮かべた眩いばかりの笑みを向けて目の前の存在へと最高の褒美を与えた瞬間である。 ──そして、それは同時に……二人の英雄の未来を決定付けた瞬間でもあったのだ。 ● “神造英雄”と呼ばれたエルキドゥのスペックはリベリスタ一人、一人と比べても遥かに高い。 言うまでも無く、リベリスタ一人だけで挑むのであれば敗北は免れないだろう。 だが、この戦場は決してそうではない。 この場に10名存在する精鋭と呼ばれる方舟のリベリスタ達は、己の武器とも持ち味をそれぞれ有している。 方舟でも最高峰の技量を持ちえるソードミラージュの一人であるリセリアと、速度と回避を極めたリリウムは動き出すエルキドゥに先んじて動き出す。 異界に聳え立つ世界樹、エクスィスの加護を対象へと下ろす技はあらゆる物理攻撃を遮断し、外敵からその身を守りぬく力を与える。 「何処まで耐え切れるかは解らないけれど……少なくとも無駄にはならない筈だ」 物理の攻撃を多く保持するエルキドゥにとって、この能力は有効な一手には違いはない。 この加護を消す力を持っているのは既に想定されているが、庇い手であるうさぎを守る事は大いに意味がある。 ギルガメシュ叙事詩、その出典は遥か4600年前、古代メソポタミアの時代まで遡る事となる。 「エルキドゥ……ウルク王ギルガメシュの親友だったという」 「そうだね……彼は、親友だった」 その言葉にリセリアもまた確信する。目の前の存在から出される圧倒的な存在感。 影であろうと、その実力に間違いは無い、と。 「是非も無し。貴方を越えて、先に往くのみ」 エルキドゥの瞳にこの場から退くという意志は見られない。 ならば神代の英雄であろうとも今に生きる彼女らが超えていく障害に他ならない。 エルキドゥへと宣言したリセリアの身体は雷光に包まれ、その反応速度はエルキドゥよりも早く動いた今のさらに先を行く。 その速度は先程先んじて動いたリリウムをも凌ぐ。 「その気概、僕にとっては好ましい物だよ。──先ずは、凌いで見せると良い」 「! 楠神さん、巻き込まれ──」 エルキドゥが真っ先に取った行動は目の前に立ったリセリアを中心にした英雄武技。 それを察したリセリアが注意喚起を行うが、既に遅い。 古くは体躯の巨大な敵へと撃ち放たれていたそれは現在に至っては周辺を壊滅させるだけの破壊力を振りまく暴威に等しい。 彼が拳を引いた、そう思った矢先──幾閃もの光が閃いた。まるで居合いとも言える形から放たれた幾多の拳。 「早い、けれど……!」 強化された反射神経の為せた技か。風すらも伴って撃ち出されたその拳をリセリアはセインディールで撃ち払う。 「ぐっ……!」 鳩尾を殴り込まれ、後方へと吹き飛ばれた風斗は呻き声を上げながらも立ち上がる。 「まだまだ……この程度でやられてたまるか!」 エルキドゥの動きはまだ止まらない、その動きは明らかに一般的なリベリスタが行える代物ではない。 続け様、振り向いてからの同じ攻撃が警戒していた夏栖斗、和輝に降り注ぐ。 その一撃を受け、和輝は吹き飛びすぐには起き上がっては来ない。 しかし、吹き飛ばされる所か夏栖斗はそれらを全て耐え切った上で押し出されただけだ。 「──……素直に賞賛するよ、効いてないのかい?」 防御の姿勢を解きながら、笑みを浮かべて夏栖斗は自らの名乗りを行う。 「英雄には名乗らないとね。御厨夏栖斗、ただの正義の味方だよ」 間違いなく、彼の隙をエルキドゥは突いた。しかし、彼の極まった防御力はその威力を遥かに減衰した。 それでも幾度もその攻撃を受ければ倒れてしまう事は夏栖斗には解った。 けれど、此処で退く訳にはいかない理由が彼にはある。 「僕はこの世界が大切だ、大事な人がいる、沢山の人の明日がある」 例え、目の前の存在が操られた存在で戦いを強制されているのだとしても。 「君を倒して、あの大穴のところに向かわなきゃいけないんだ。だから僕は負けられない、例えそれが誰であっても!」 宣言を行う夏栖斗を何処か眩しそうに目を細めるエルキドゥ。 「“神造英雄”エルキドゥ……くすくす、とっても興味深いの」 彼の力の一端を見ながらも、脅威ではなく飽く迄も観察対象であるという姿勢を崩す事はないイーゼリット。 先程発露された武技の効果を知るが故に、それに対抗すべくマグメイガスの奥義にも等しい魔力障壁を張る。 その効果は先程リリウムが使った世界樹の加護と似ている様でまた違う。 古くから改良し、洗練され続けてきたその魔術は物理を封じ、あらゆる攻撃という術から身を守る呪いも与えられているのだ。 「よく観察させて頂戴。──それじゃあ神秘探求、はじめましょうか」 まだあなたには教えて貰いたい事がたくさんあるの、そう呟いてイーゼリットは魔術の行使を開始する。 浮かび上がった複雑な模様の魔法陣から漂う気配は死の匂いを喚起させる、不吉な気配が漂っていた。 吹き飛ばされた筈の風斗がぐっと、足に力を溜めて、一気に駆け出そうとする。 「──うさぎ、ボディガードは任せた。死なない程度に頑張れ、きつい戦場だが、頼りにさせてもらうぞ阿倉」 後ろには、二人が居る筈だ。だからこそ、此処で吹き飛ばされ様が後ろへと下がる訳にはいかなかった。 「長くはやらせん。手短に終わらせてくる!」 「え、あ、ちょっと! 風斗さん!」 返答を聞く間もなく風斗はエルキドゥへと駆け出し、デュランダルを背面に担いで突撃する。 悪いな、『英雄』。 こんな益体も無い戦いに巻き込まれて同情するよ。 俺は英雄でもなんでもない、ただ自分の身の回りを護りたいだけの俗物で、あんたの相手には相応しくないかもしれないが……。 「俺の住む世界のため、あんたを斬り伏せる!」 「面白い──やってみると良い!」 真正面から撃ち放たれた大上段は間違いなく風斗にとっては最高の一撃だ。 赤い光が縦横に輝き、その光は最大になるまで輝いている。 間違いなく、その一撃はエルキドゥへと命中し、その耐久力を削る。──だが。 「──良い一撃だ、この中で一番一撃の威力が高いのは君かな?」 間違いなく命中したそれは、エルキドゥの肉体へと確実に食い込んでいる。しかし、途中から硬い何かにぶち当たった様に刀身は止まってしまっている。 まるで、巨大な山を相手にしている様だ。 「どうかな。──けど、通用するなら倒れるまで挑むだけだ、何度も、何度でも!」 並みのフィクサードが相手であれば、今の一撃で倒れても不思議ではない攻撃を受けて尚エルキドゥは揺るがない。 しかし、一切のダメージを受けないという訳ではないのだ。──勝機は、確実に存在している。 その様子に間違いなく本物だ、と興奮している璃莉はそれと同時に相手が英雄であればそれに類する力が必要だと直感する、それ故に。 「なら、英雄には神様だね。呼んできたよ!」 傷ついたリベリスタ達を癒すその力は『全ての救い』と称される大魔術。 高度な術式により希薄な高位存在による奇跡を呼び起こすその癒しは、傷ついた夏栖斗や風斗。 そして和輝を回復させていく。 「うん! これでもう大丈夫だね!」 「(優秀な攻撃手に、回復役……個人技に頼ってばかりの僕じゃ出来ない芸当ばかりだな)」 攻撃を受けながらも、エルキドゥは戦っている相手を観察している。 恐らくは、あの羽の生えた少女の傍に居るうさぎ、と呼ばれていた存在が彼女の守り手なのだろう。 その思考を間を突いた一撃──ほんの僅かに風を切る音が聞こえる。 風斗の攻撃を抑え、押し返そうとしたエルキドゥの額へと狙われたそれを超反応で叩き落し、拳で握り潰す。 叩き潰した拳はダメージを受けたが、額に直接ダメージを受けるよりは遥かにマシだ。 「ありゃ、外れてしまいましたか。……今のを防ぐなんて化け物ですね、タイミングはあっていましたのに」 狙撃手の『音無き福音』を勘と聴覚で察せは出来たが、普通の相手であればまず防げない代物を携えたあばたにエルキドゥは視線を向ける。 「ヒヤッとさせられるね。……殺し屋か何かかな?」 「敢えて言うならば……そうですね、わたしは敵。人類と人類の敵の敵ですよ」 その言葉に答えを返す前に、周囲の景色が赤く、明るくなる。それと同時──圧倒的な熱量がエルキドゥの周囲へと襲い掛かる! 「これは……!」 龍を形どった炎が、エルキドゥの周囲を丸ごと大きな顎を広げて飲み込みながら暴れ狂う。 広場だった場所は延焼し、その大地を焼き払っていく。 「ふふっ、どう? 中々良い挨拶でしょ!」 ミリーが胸を張って、自慢の技の感想を聞くが──暴れ狂っていた火龍が弾け、中からダメージを受けていないエルキドゥが現れる。 「驚いたよ、けれど──味方ごと焼き払っても良かったのかい?」 「これくらいでやられる様な面子じゃないもの、きっとね」 「悠長に会話してる暇あんのか、えぇおい!」 轟、とミリーと同じく炎を操る拳を突き出した火車の一撃を同じく拳で迎撃して見せたエルキドゥだが、明らかに訝しげな顔をする。 「──他の人に比べて、随分遅い……いや、何か隠し玉でもあるのかい?」 「仮にオメェが切り札持ってたとして、それをホイホイ教える様な事すんのか? えぇ?」 それは確かに正論だ、と言い負かされたエルキドゥは黙るしかない。 けれど、火車の言葉は止まらない。 そもそも、目の前の存在には言いたい事が多少はあったのだ。 本物の神話の存在であるかなど、彼には知った事ではない。 だが、神話の中で都合よく殺されて、その上使い走りの様に尚扱われているのだ。 「好い加減ムカつかねぇか? 簡単に呼ばれて平々と従ってんじゃねぇよ、オメェに意地の一つでもあるってなら……クソったれな呪いに対して、せめてもの抵抗一つでも見せてみろぉ!」 止めたと思った火車の拳が再度振り被られた。 「────」 その言葉に何を思ったのか、エルキドゥは動かない。 猛る炎を宿した火車の拳は吸い込まれる様にしてエルキドゥの頬を撃ち貫いた。 ● 「何故俺を庇った、エルキドゥ! 貴様がその様な事をせずとも俺はあの様な呪いなど……!」 怒声がその場へと響き渡る。並の人間であれば、その怒声に乗せられた威圧だけでその場で怯え竦んだ事だろう。 しかし、その声には困惑も同時に交わっており、床へと伏せながらもその声を向けられた本人は弱々しく笑みを返すばかりだ。 「駄目だよ、ギル……神々の呪いだ、幾ら君でもこれには耐えられないよ」 本来であれば、その呪いはギルガメッシュへと与えられてしまう筈だった。 されど、エルキドゥが神々へと嘆願したのだ。彼は不遜の王ではあるが、今彼を失えば人の世は荒れてしまうだろう。 「僕がそう願ったんだ。だから──」 エルキドゥの手を握る、ギルガメッシュの手が僅かに震えていた。 「ギル……?」 その震えに気づき、視線をギルガメッシュの顔へと視線を向ける。 きっとその顔は怒りに満ちて、さぞかし恐ろしい顔になっているに違いない──そう、思っていた。 けれど、自らの手に落ちる物が涙である事に漸く気づいた。 ──ギルガメッシュは、涙を流していた。 この世でたった一人の友の、これからの行く末を察してこれまで一度たりとも見せた事がなかった泣き顔を晒している。 「貴様が! 貴様が望むというのであれば、共に肩を並べ、神々と戦う事も良しと俺はした!」 ギルガメッシュの言葉に、エルキドゥは言葉を失った。 それ程までにギルガメッシュはエルキドゥを失うという事実に胸を痛めていたのだ。 「俺達が共に肩を並べれば、敵になる相手など居なかった。あのグガランナやフンババですら我らには敵わなかった、そうであろう!」 此処に来て、エルキドゥは自らの判断を間違えたのかも知れない、そう思い至る。 きっと、これから先に己の為に泣いてくれる王と肩を並べる者は現れない。 大いなる神性を宿した王の次代の世代は、彼の様な人が生まれる事が無い様に神々は画策するだろう。 エルキドゥの様な者を作り上げたとて、既に一度失敗している。同じ事を繰り返すとも思えない。 「ギル……」 「……この期に及んで、この俺に言い残す事があるならば一つだけ覚えておいてやる」 最早、指先すらも動かすのが難しくなって来ている。遠からず、この身体は動かなくなるだろう。 その様子を察してか、ギルガメッシュもまたエルキドゥの口元へと耳を寄せる。 「何時か……もう一度、出会う事があるならば、あの時の続きをやろう……」 それは、彼らが出会って間もない頃の戦いの話。 今となっては──彼らを形作った大切な記憶の欠片の一つ。 「……良いだろう、俺の生涯にただ一人存在した友よ。その言葉、確かにこのギルガメッシュの心に刻んでおくとしよう」 その言葉を聞き届けると、ふっと、身体が軽くなった様な感覚に囚われる。 耳元で自分を引き止める様な声が聞こえる気もするが、それもこの身体には届かないだろう。 作り上げられた自分が冥界へと落とされるのかどうかは疑問ではあるが、この場に至っては既に瑣末な事だ。 彼の矜持を傷つけないが為に、言えずに居た言葉を最後に心中に思い浮かべる。 ──ごめん、ギル。君を、一人にしてしまう事を……許して欲しい……。 ● 戦いは中盤へと差し掛かっていく。出会い頭の序盤の流れは申し分無い物だった。 しかし、それでも尚“英雄”は倒れず、リベリスタ達の戦力を確実に削いで行く。 「いい加減、苦しい表情の一つくらい見せても良いと思うんだがな……!」 既にフェイトを使用し、次に倒れれば後がない和輝が飛燕幻影斬──超高速で生み出した幻影と実像から構えた剣から音速にも近い速度で、剣の結界を発生させ、エルキドゥを閉じ込める。 ──彼の仲間である道重は既にその場へと倒れている。方舟のリベリスタと比べて実力が低い彼らが最後まで戦場に立つ事は十中八九在り得ない。 しかし、それ故に倒れるまでの間に全てを吐き出す気概で臨んでいた。 「今だ……!」 大して効果は望めない、強いて言えば足止め程度──しかし、それでも十分だった。 結界を強引に力で破ったエルキドゥの頭上に漆黒の鎌が現れる、収穫の呪いが刻まれたそれは通常よりもさらに遠い位置からの攻撃が可能となる魔術。 「あなたは負けてもいい……ううん、きっと負けたほうがいい。けど私はね、負けられないの……! なぎ払いなさい、収穫の魔鎌……!」 漆黒の鎌がエルキドゥへと振り下ろされる、性能で言えばエルキドゥの防御力は決して低くは無く、寧ろ高い。 それでも尚、魔術に寄って生み出された漆黒の鎌は幾度も彼の身体を引き裂いていく。 (哀れなものね、強いられて……戦い続ける。ううん、私も同じなのかな) 戦いを強制させられるその姿は、強迫観念にも似た何かを持ち得ている彼女にとって、決して他人事では無いのかも知れない、だが──。 「見届けずに倒れる訳にはいかないの……私にはまだ、やることがあるから!」 負けてはあげられない、それでも、見せて欲しいとも願うのだ。かつてギルガメッシュという王が只一人認めたという英雄の力を。 「うおおおおっ!」 「火車きゅん、相変わらずスロースターターだね。そろそろ着火した?」 「……安心してヤれ! どうだろうと、ケツ持ってやっからよぉ!」 風斗が120%を炸裂させる、それとほぼ同時に夏栖斗と火車が踏み込んでいく。 こういった連携も既に幾戦も共に死線を乗り越えて来た彼らにとっては既に難しくは無い物だ。 神を喰らう一撃を受けたエルキドゥに対し、背面から幾打ものトンファーの連打で襲い掛かる。 総ゆる格闘武技を修めた武道家が到達する心技体の究極は、標的と定められた相手の抵抗を許さず、奈落へと叩き落とす閻魔の裁定にも等しい乱打。 続けて放たれる拳は、先程とは違いさらなる大きな炎を宿し、燃え上がった消せない炎。 言いなりなんて真平御免!神だのなんだのクソ食らえ! 邪魔なモンは全て散らして意思達成すんだよ──! 「無抵抗の言いなり野郎は退場してろぉ!」 拳がエルキドゥの腹部に命中する。 運命を引き寄せる事に長けた火車は、例えどのような状況であろうとも活路を見出し、主人公足らん状況を自然を作り上げる術を見につけた。 それは自らがやろうとして行うものではなく、自然と世界が彼を後押しするのだ。 その連携した攻撃に思わずたたらを踏むエルキドゥだが、それでは尚攻撃が止む事は無い。 ──そのどうしようも無い隙をこの戦場に待機している掃除屋が逃す等在り得ない。 先程は防がれた『音無き福音』は真っ直ぐエルキドゥの脳天へと直撃──したと思いきや、ほぼ同じ弾道を伴って更なる追撃が襲い掛かる。 運命すらも否定し、嘲笑せしめるその技量は致命的な一撃を呼び込む事も既に難しくは無い。 「ブルズアイ、良い所に決まりました。──あぁ、嫌になりますよ、全く」 まだ、あれでも倒れませんか。言外にそう読み取れる言葉に、エルキドゥがまだ生命活動を停止していないのは明らかだった。 どの様な構造をしているのだか……。 「笑っていられる様な状況でも無くなって来たね……!」 まだエルキドゥはその力を残している。既に彼に与えられた攻撃は防御を鍛え上げたリベリスタであろうと、数名は致命傷を負っても可笑しくは無い。 その攻撃を与えるにしろ、エルキドゥは容易く作り上げた陣形を崩し、突破せしめる技を持ち得ている。 実際、既に何度か危ない場面があったがうさぎの献身的な璃莉への防備。そして、呪縛を与える神獣遠吼への対処法を持ち得ていた事が大きい。 また、中衛を配置しフォローを重ねた事も良い采配だったのだろう。 「英雄、か、どうしてそう呼ばれるようになったかは知らないが」 その様子を見ながら、リリウムは呟く。彼女が主に行うのは庇い手であるうさぎへのフォローと、後衛へエルキドゥを通さない事だ。 故に、刃を交える事はそう多くは無い。 (彼がやってきた世界での戦功、あるいは何かの成果なのかもしれないけど) この世界を壊す事に大義があるとは思えない、彼女自身が英雄でありたいとも思っては居ないが……目的も無く戦う相手には負けてはやれない。 事実、エルキドゥは呪いに寄って、戦いを強制されているだけであり、そこに大義も目的もあるかどうかと言われれば疑問でしかない。 ──或いは、何か望みの様な物はあったのかも知れないが。 「ねえ、エルキドゥ。退屈かしら?」 「まさか、これだけ連携の取れた相手と戦うのは経験も無いし……僕も必死だよ」 そう、良かったわ、とミリーが笑顔を浮かべる。 「あのね、私は英雄には英雄らしくカッコつけてて欲しいわけ!」 エルキドゥに言い聞かせる様にして、ミリーは言い募る。 「──英雄か、何時からそういう風に呼ばれる事になったんだろうね」 生まれた時はただの獣の様な物だった、出自は神々が作り出した道具でしかない彼が英雄と呼ばれる様になったのは……間違いなく、かの王と出会った事が起因するのだろう。 「だから、無様な結果だけは許さないのだわ!」 既にミリーはこの作り上げられた舞台を壊してやろうと呪いを見極め、解呪しようと試みていた。 だが、結果は芳しくは無く、世界は彼女の呼び掛けには頑なに答える事は無かった。 「先達としては、何かを残してあげられればそれで言う事は無いよ。僕は既に言った通り──只の、残滓に過ぎないのだから」 戦い、この結果の果てにある物が自身の敗北であり、消滅であったとしても勝利者は君達であるべきだと彼は言う。 だからこそ。 「続きをやろうか──まだまだ殴り足りない、って人も居るだろうからね」 「勿論よ、私達の力……見せてあげるんだから!」 願いが叶わずとも、なればこそ全力で。 ミリーの炎がさらに強く、赤く輝きを燈した。 ● 戦いは中盤を乗り越えて、終盤へ。フェイトの恩寵を使用しての戦いへと場面は移り変わる。 既に友軍である和輝もまた道重と同じく戦場で倒れている。 方舟のリベリスタ達も前衛はフェイトを既に消費し、後衛も無傷であるとは言い難い。 それでもトドメをエルキドゥが刺さないのは、彼が呪いへと対抗している可能性を示していたが──。 リベリスタ達が消耗が激しい中、エルキドゥもまた既に身体には相当のダメージが溜まっている。 見れば、身体の一部は欠け、動きに当初の様な精細さは見られない。 もう、終わりが近いのだろう。 リベリスタ達の全力の攻撃がエルキドゥをに襲い掛かる。 「うおおおおおおっ!!!」 それを死に体の身体で弾き返し、神をも穿つ力を持つ最大の攻撃が連続でリベリスタ達に放たれる。 その鬼気迫った攻撃に回復の恩恵を受けながらも堪らず、数名のリベリスタ達がとうとう地面に倒れ伏す。 しかし、まだ全てのリベリスタが倒れた訳ではない。 「何度やられようが、んな攻撃で倒れてたまるかぁ!」 火車が運命を引き寄せ、再度立ち上がる。幾度倒れても彼はその度に立ち上がった。 必殺、まさしくその威力を体現する攻撃ですら彼を止めるには既に値しない。 「……これでっ!」 リセリアの身体が加速する。絶影の魔獣の姿を連想させる凄まじい速度を保ちながら蒼の閃光が尾を引いていく。 最早、目に止まる事すら許されない剣戟は容赦なくエルキドゥの体を引き裂き、刹那という時間の中に置き去りにする。 だが、それだけで彼女の剣戟は止まらない。 続け様、蒼銀の輝きを放つセインディールが再度空間へと閃く。 その輝きは先程の一閃とは違い、さらに輝度を増し目が眩む程の輝きにまで段階を引き上げている。 一閃、二閃──数え切れない程の剣の軌跡が時の棺を薙ぎ払う。 その剣戟に耐え切るだけの術をエルキドゥは持ちえていない。 それが舞台の終幕。繰り出された必滅の剣の前にエルキドゥは倒れたのだった。 既に倒れ、身体が所々崩れてしまったエルキドゥへと璃莉は言葉を投げる。 「エルキドゥさんは、死ぬのが怖い人?」 ふと、耳元へと届いた問いに英雄は繕わず、ただ事実を述べる。 「そうだね──彼を置いて行ってしまった事をとても後悔しているよ」 「そっか、でも、ごめんなさい。今はもう、神話(あなた)じゃなく人間の時代で……貴方(しんわ)を倒さないと、前に進めないんだ」 「……神様っていうのは案外気まぐれで残酷なのも多いからね、気をつけて」 それは神の力を借りる彼女への、神に人生を狂わされた彼なりのアドバイスだったのかも知れない。 「うん、だけど……そうじゃない、力を貸してくれる神様もいるの。お婆ちゃんもそう言っていたから──」 亡くなった祖母は彼女の根幹であり、今を支えてくれている。 「……良いお婆ちゃんだったんだね」 「うん!」 要である彼女を守り続けたが故に、傷だらけのうさぎもまた、消え行く運命にある彼へと話しかけた。 「私は、あなたの様な英雄ではありません。てーかぶっちゃけ俗物です、視界が狭くて世界がどうのこうの何て意識の外」 単に己の居場所が大事で、友人が大切で、仲間を喪いたくない。 だからこそ、足掻いて護ろうとするのだ。しかし、だからこそ。 「必死なんです。それだけは、保証しますよ」 全てを聞き終え、エルキドゥは微笑んで、そっと目を閉じた。 「……じゃあ、そろそろ僕は行くよ。迷惑をかけたね──感謝しているよ、あの時の様に楽しい戦いだった……」 これから、君達は世界を救いに行くのだろう。だから、どうかその結末が自分と同じ様な結果にならない様に。 可能な限りの幸福を掴んで欲しい、そう彼は願う。 ──風が吹く。エルキドゥの身体は、まるで世界に抱かれて行くかのように砂となって消滅する。 かつて英雄と呼ばれた者の影は、恨み言も何も言わず只黙ってその場を去った。 「残念ね……もっと色々聞きたい事がまだ残っていたのに」 神秘を探求するという目的を持つイーゼリットは残念そうに呟く。 神々の土塊、その所在も結局はっきりとしないまま終わってしまった。 それ以外の事も聞けるチャンスでもあったのだが。 「それじゃあ、行こう。僕達は……世界を救いに行くんだ」 夏栖斗の言葉に皆が頷く、此処で立ち止まっている訳にはいかない。 既にエルキドゥの物語は終わり、その結末を迎えている。 しかし、彼らの英雄譚はまだ続いていく。それがもう直ぐ終わりとなるのか、未来を繋げ、先へと続いていくのかは誰にも解らない。 ──世界の終焉は、直ぐそこまで迫っているのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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