● 武蔵トモエ(たけくら・-)が三高平の軟禁場所から外に出たのはおよそ3か月ぶりのことだった。しかし、その間にも神秘の情勢は執着に向けて絶え間なく動いていた。 (結局、自分は何が出来たんだろう?) そんな想いが、フィクサードとしての生き方を選んだ少女の胸を締め付ける。 だが、状況はそれすらも許さない程に切迫していた。アークからの通信が彼女を呼んだのだ。フィクサードとして動き、立場上軟禁されていた彼女が解放された理由は2つ。旧『剣林』のフィクサードと連絡を付けるため、そして自身が決戦の戦力となるためだ。 事実上の死兵扱いではあるが、トモエにとっては是非も無い話である。かつてジャック事件で大事な人々を喪った彼女にとって、バロックナイツだけは不倶戴天の敵なのだから。 「えぇ、大丈夫です。間も無く、接触します」 アークの連絡員と会話をしながら、自身の覚悟を研ぎ澄ますトモエ。 こうして、決戦の夜は近づいてくる。 善も悪も呑み込んで。人々の願いも呑み込んで。 ● 風が春らしさを帯びてきた、それでも不吉な何かを感じさせる3月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。場にははっきりとした緊張が漂っている。ブリーフィングルームの中には『風に乗って』ゼフィ・ティエラス (nBNE000260)の姿もあった。 そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は今回の件への説明を始めた。 「これで全員だな。あんたらに頼みたいことは簡単、三ツ池公園奪還の作戦だ。ある意味では安心してくれ。ここまで来れば、もう変な横槍は入らねぇよ」 フォーチュナの言葉に覚悟の眼差しで応えるリベリスタ達。それを確認すると、守生は先の戦いで失陥した三ツ池公園に起きた大きな動きを放し始める。 1つ目は悪いニュースだ。三ツ池公園を制圧したバロックナイツ本隊はこの世界に黄昏を告げる黙示録的破滅を呼び込む算段を立て終わったらしい。 「ある程度は予期されていたことだが、こう聞くと何ともだな」 何のかんのと言いながら、過去直接的にここまでの直接的な破滅の予言は無かった。いっそ、現実味すら吹き飛んでしまうほどだ。 「もう1つはどう受け取るべきか難しい所なんだが……バロックナイツ盟主ディーテリヒがアシュレイに殺されたらしい」 こちらの方が驚きの話ではある。そして、守生の語る通り、丁半どちらに転ぶのか判断付けかねる内容だ。 2人は行動を共にしていたとはいえ、アシュレイの裏切りに関してはほぼ確実な情勢だった。しかし、これまでの経緯からその成功率は極めて低いと目されていた。どのような手段で成功したのかは分からない。だが、最強無敵と思われたバロックナイツ盟主ディーテリヒはアーク最大の障壁となる可能性の高かった存在だ。それが付き従う両騎士と共に盤上から消えたというのは大きい。 その一方で、良いことばかりでもないのは事実だ。 「どうも『塔の魔女』アシュレイの目的は、この世界全ての破滅ってことだと推測されている。そんな奴が今の三ツ池公園にいるってのは、素直に喜べない所だぜ」 フィクサードは己の為に世界を侵せる者であると定義されるが、彼女の場合は究極だ。極個人的事情からこの世界の存続、この世界の存在自体が許せなくなった彼女は『閉じない穴』を利用して『魔王の座』と呼ばれる究極の召喚陣を生み出す心算らしい。 「馬鹿げた量の魔力(キャパシティ)を要求する魔術だ。さすがのアシュレイでも、というかそもそも人間には制御不可能なレベルのものになる。だけど、それをどうにかするために、あいつはアークと手を結んだ」 バロックナイツの持つ神器級アーティファクトを蒐集した彼女の目的は、ウィルモフ・ペリーシュの持っていた魔力抽出技術を利用して召喚陣の燃料を得る事だったのだ。つまり、彼女のバロックナイツ打倒の理由は『邪魔者を消す事』、『神器を奪う事』、『ペリーシュの技術を掠め取る事』の三つがあったと言える。アークは幾つかの神器の奪取を阻止したが、それは召喚陣稼働の時間を遅らせる事までにしか作用していない。どういう事情かディーテリヒがアシュレイに与えたと見られる魔力で彼女の必要数値は確保されてしまったからだ。 「『魔王の座』によってアシュレイは異界のミラーミスを世界に引き込もうとしている。識別名『Case-D』と名付けられたそのミラーミスが顕現すれば……この世界は『無かった事』になるレベルで消し飛ぶ」 イブのお墨付きだ、と付け加える守生。 出現が消滅と等しいというならば、止めなければ待つのはゲームオーバー以外の何物でもない。 「つまり、あんた達にはアシュレイの計画を阻止し、『閉じない穴』を奪還するため、三ツ池公園に向かって欲しい」 守生の言葉にそれぞれの反応を返すリベリスタ達。アシュレイの戦力は盟主と本人が用意した魔術的仕掛けやエリューション、召喚した魔獣の類、フィクサードがメインだ。傭兵達は彼女の目的を理解しているかどうかは知れないが、ディーテリヒの戦乙女(ヴァルキリー)は現在彼女を守護している。それを突破できるのは、リベリスタ達しかいない。 「そこであんた達に向かってもらうのはここ。北門に陣取っているアザーバイドの排除だ」 守生が機器を操作すると、スクリーンには巨大な石の巨人が表示された。大きさはざっと5~60メートルはあろう。 「召喚されたアザーバイドだ。識別名は『ネピリム』って呼ばれている。先日の戦いの際には、こいつの腕だけが現れていたな」 このアザーバイドは『陣地作成』に似た能力で、リベリスタ達の道を阻むように結界を構築している。結界のある地点を通れば、先への侵攻は叶わず、ネピリムとの戦闘を余儀なくされることだろう。結界を破壊する方法は極めて簡単で、作成者であるネピリムを殺すことだ。 「だが、簡単に行く相手じゃない。本体毎乗り込んできたこいつは、冗談じゃない戦闘力の持ち主だ」 能力はいくつかあるが、特筆すべきは階位障壁だ。ネピリムの防御力は極めて高く、神秘の関わる力であろうと威力を半減、ともすれば打ち消してしまうのだという。かつて『ヴァチカン』が敗北した背景にはこうした理由もあるのだろう。 この階位障壁を破る可能性は、戦うものの意志にこそ存在する。 世界を護るため、戦いを楽しむため、自身の欲望のため。戦う理由はそれぞれのリベリスタ達の心の中に在るだろう。その想いの強さこそが、階位障壁を破り得るのだ。 「ここに関してはあんた達を信じるしかない……いや、信じている。こいつを倒して、破滅も止めて、無事に帰って来るってな」 現場にはディーテリヒに雇われた傭兵フィクサードもいる。恐らくは状況を理解出来ず、防衛のために出てきた者達だ。こちらについてはゼフィを始めとした友軍のリベリスタ達が対処に当たる予定だ。フィクサード達にしろ、アザーバイドの大雑把な攻撃に巻き込まれたくは無いので、時間がかかり過ぎない限りは気にしなくても良いだろう。 あえて言うなら、傭兵フィクサード達は正しい情報を与えれば説得できる可能性もある。基本的には利害で動く性質の者達だ。 「友軍には七派のフィクサードもいる。流石の連中も、『世界の危機』ともなれば話は別らしい」 一部の過激派連中はともかく、フィクサードも人間だ。己の欲望のために動く以上、敵の敵は味方と言える。その中には『剣林』派残党の姿もあった。 実際、間に合わなければ全てが終わってしまうのだ。一応、非常に不確定要素の大きい情報ではあるが、希望もある。戦乙女の1体によって、アーク本部に捩れた白い槍を届けられた。本物の『ロンギヌスの槍』と見られるこの物品は、研究開発室の分析結果で、総ゆる神性と神秘を殺す因果律の槍はこの世界の末期病巣――つまり、『閉じない穴』を殺す性能を秘めている可能性が高い、という話だった。 アシュレイの計画を阻止し、『閉じない穴』を奪還すれば破滅に楔を打てるチャンスは必ずあるとみている。 説明が終わった所でゼフィは立ち上がると、決意を秘めた表情で、リベリスタ達を促した。 「行きましょう、わたしも微力を尽くします」 それに続けて、守生もいつものようにリベリスタ達を送り出す。 「これ以上は今更だな。あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● ネピリムと呼ばれる巨大なアザーバイドが生まれた世界は、全ての生物が相争い続ける世界――言わば修羅の世界だった。戦い以外に他者と分かり合うことが出来ない世界に生れ落ちたネピリムは当然のように他の生物と戦い続け、気付けば残った生き物は彼だけとなっていた。 彼の胸に去来したのは、戦い続けたことへの後悔などでは無かった。 これ以上戦うことが出来ないことへの寂しさだった。 そんな折受けたのが、ボトム・チャンネルに棲む魔術師からの交信である。異なる世界での戦に興味を示し、異界の知識の代償として魔術師へ三度の助力を約束した。 一度目は期待には及ばないものの、暇つぶし程度にはなった。 だが、二度目は違った。よもや、自身の腕を奪うほどの存在がいようとは思ってもいなかった。 そして、三度目。魔術師は魔女への協力を求めてきたのだ。 『魔女、か……』 ネピリムの第6感は関わらない方が良いと告げていた。 既に魔術師の存在を感じることは出来ない。相手がいなくなった以上、約束を反故にしても良いのかも知れないと言える。既にネピリムの能力と、与えられた智慧を持ってすれば、さらなる世界と戦を求めて旅立つことも叶うのだから。 しかし、『世界に愛されしもの(リベリスタ)』との戦いは、それ以上に魅力的なものだった。ネピリムは過去、自身の世界にいた同種のものとの戦闘でそれを知っていた。先日戦った『世界に愛されしもの』は、紛れもない強敵だった。他の世界を巡った所で、同等のものと出会える可能性は低いだろう。 魔女が呼ぶ地は、ボトム・チャンネル。 過去に故郷も無く、現在に安住の地も無く、未来に約束の地も無い。歩まねば死するもの達が、傷つきながらも歩み続ける世界なのだから。 『決めたぞ、魔女よ』 ネピリムが咆哮を上げる。 世界を揺るがす叫びだ。 そこに生まれた揺らぎにネピリムは飛び込んだ。先に在るのは、ボトム・チャンネルだ。 黙示録の扉は既に開かれている。ならば、その水が尽きる時まで水車は回り続けるしかないのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月31日(火)22:35 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 荒涼とした大地を舞台として、リベリスタ達は巨大なアザーバイドと戦っていた。 ここは三ツ池公園。 歪んだ夜の黙示録において、常に中心として語られた場所である。もちろん、元の公園にこのような場所があった訳ではない。アザーバイドの力によって生み出された特殊な空間だ。しかし、この場と黙示録の戦場全てが断たれたわけではない。 その証拠に、空には赤い月が輝いていた。 災厄を司り、不吉を告げる魔性の輝きだ。 月が赤い光を放つ夜、パンドラの箱に閉じ込められた神秘が世界を覆い尽くすと言われている。 そんな夜、何度目かの巨大な衝撃が大地を揺るがした。 「あんの魔女は、この世界をぶっ壊すって言ってるのに!」 青島・由香里(BNE005094)が若さのままに怒りを吐き出す。その目の前には、大きく体勢を崩したアザーバイドの姿があった。何を隠そう、彼女の仕業である。投げ飛ばしたのだ。 柔良く剛を制する、とはよく言ったものだが体格差があるという次元の話ではない。常識的に考えて、人間程度の大きさで投げ飛ばすことが出来るようなものでないことは、見れば分かる。 だが、それを押し通すのが神秘というものだ。 「それを防ぐのに、こんな木偶の坊1つ壊せないんじゃ、話にならないのよ!」 由香里が叫ぶと、再び巨体が浮かび上がり、大地に叩きつけられる。 彼女にだって細かい理屈が分かっている訳じゃない。ただ、貫き通すという愚直なまでに真っ直ぐな意志があるだけだ。 しかし、それだけで勝てる相手でないことは、リベリスタ達の血塗られた身体を見れば明らかなことだろう。それでも、リベリスタ達は動きを止めない。 だっと手近な岩を駆け上り、『ラック・アンラック』禍原・福松(BNE003517)は跳躍するとオーバーナイト・ミリオネアの銃口をアザーバイドに向ける。 一夜にして持ち主が殺害され奪われる、という経緯で所有者を転々としてきた曰く付きの逸品は神秘の世界において『一夜大尽』の象徴として神秘の世界において語り草となっている。 しかし、ここ数年。銃は福松と共に在り続けた。それが幸か不幸かは誰にも答えられまい。その答えを持つのは、やはり粗末な美学を背負い続けた若き暗黒街の盟主にこそふさわしいのだから。 悪夢もかくやという脅威の抜き撃ちにより、弾丸がアザーバイドに突き刺さる。 これで止めをさせるような相手なら、既に終わっている。だが、今は勝利のため、確実に積み重ねるだけの話だ。 「はいは~い、中々グーな位置ですよ」 巨大なアザーバイドを射程に納め、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は円を描くように白翼天杖を振るう。すると、多重に描かれた魔法陣は裁きの炎を生み出す。それは神の領域にも踏み込む浄化の炎。異界の存在であろうとその罪を燃やし尽くす。相手が「落ちた者」の名を持つのであれば、効果は十二分だ。 その身に刻まれた逆十字の聖痕が光を放つと、黙示録の炎は一層威力を増してアザーバイドの身を焼く。それでも相手の体力を削り切れないことは、海依音自身が良く分かっていた。それでも、彼女は歩みを止めようとはしない。 案の定もうもうと煙を吹きながら、アザーバイドは何ともなかったかのように立ち上がる。そして、それをやすやすと許してやる程、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は優しくなかった。 「この弓鳴りからは逃げられない……」 雷鳴を思わせる強烈な弓鳴りが戦場を劈いた。 七海の持つ弓は、この長きに渡る戦いの中で培ってきた技術の結晶とも言うべき破界器(アーティファクト)だ。自身の羽根をあしらって作られた矢は、雷光の速度にまで達するという。 故に弓の名は雷。 単純であるが故に、何物をも超える。 それに導かれるかのように現れた誘導魔弾は、物量による飽和射撃を以って巨大なアザーバイドを覆い尽くす。 「強運だけで勝てればラクなんだが、まあ、気休め程度にはなるだろうさ」 少なからぬ手傷を負いながら、『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は不敵な笑みを浮かべる。彼に加護を与えるのは、運命を司る不条理なルーレット。運命に挑むリベリスタ達にとって、これ程皮肉な加護もあるまい。だが、彼はルーレットが与えてくれる神がかった運にすら頼っていない。 「此処で躓いているワケにはいかない」 闇に溶けるような鴉の濡れ羽色のロングコートをはためかせ、跳躍する涼。 両手の袖に剣呑な刃を光らせ、行く手を阻むように飛んできた飛礫を叩き落とす。 そして、そっとアザーバイドに触れる。 直後、爆発音。 効きが浅いのを確認すると、涼はすぐさま次の攻撃の準備に取り掛かる。相手が如何に強固であろうと、いずれ崩れ去る時が来る。敵に生まれるわずかな隙間も見逃すまいと、『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)は五感を研ぎ澄まし、アザーバイドを観察していた。 SHOGOの名で知られる彼は、自他共に認めるチャラ男だ。軽佻浮薄で通しているし、言動も行動も浮ついたものが目立つ。その彼が――内心がどうあれ――魔弾の射手としての才覚を全力で振るっていた。 カードから魔力防壁を展開させながら銃を構える。ふと、武器の名前をアルファベット表記にしておけば良かったという、今更などうでもいいことが頭を走る。 そんな想いを頭の隅に追いやるとSHOGOは引き金を絞る。 星の煌めきを宿した弾丸は、狙い違わず軸足を穿ち、アザーバイドに体勢を立て直す暇を与えない。 それでも、リベリスタ達の過剰にしか思えない攻撃を受けてなおアザーバイドは動く。振り上げた拳がリベリスタ達に襲い掛かる。遠目にはゆっくりに見えるがとんでもない。極大の質量と速度を備えた一撃だ。衝撃だけで一軍をも壊滅させてしまうだろう。歴戦のリベリスタ達と言えど、無事で済むようには思えない。 そうはさせじと術式を紡ぐのは、『ホリゾン・ブルーの光』綿谷・光介(BNE003658)だった。 慎重に敵との距離を測りながら、仲間の回復を行う。一歩間違えば仲間に届かない、一歩間違えば自身が潰される。ここもまた生と死の境界線だ。 彼が操るのは近代以降の合理主義のもとで確立された“万式実践魔術”。簡略化された「術式」や「術印」を用いて、神秘の技を発動する技術だ。支援系魔術の触媒として、優れたパフォーマンスを発揮する魔導書「羊幻ノ空」の効果もあり、癒しの術の行使には一家言がある。 顕現する癒しの息吹が傷ついたリベリスタ達の怪我を消していく。 あるいは、足元に転がるフィクサードの亡骸のように、リベリスタ達もまた屍を晒すことになっていたであろう。 癒しの風が吹き抜けた後、リベリスタ達は敵の攻撃が止んだことに気付く。普通なら、追撃が来てもおかしくないタイミングだ。何があったのか、と問いかけはしない。『銀の腕』一条・佐里(BNE004113)の策が成功したことに相違ない。 既に次の攻撃に移ろうとしている仲間達の姿を確認して佐里は軽く頷く。赤い気糸はたしかにアザーバイドの巨躯を捕えていた。だが、いつ抑えきれなくなってもおかしくない手応えも感じている。その有様は、崩界の瀬戸際で抗うリベリスタ達の姿そのもののようにも見えた。 だからと言ってはいそうですかと従ってやる義理は無い。再び緋色の刀剣を振るい、戦場に異なる赤を刻み込む。次なる罠を準備するために。 止めの極大を得意とする者は別にいる。 「コヨーテくん! 一緒だと心強くて嬉しい。勝つ気しかないね! そんで必ず一緒に、帰ろ!」 「いちやも一緒。へへッ、心強ェじゃんッ! オレが殺すまで絶対ェ死ぬンじゃねェぞ? 派手にかましてこよォぜッ!」 『腐敗の王』羽柴・壱也(BNE002639)と『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)は、天にも届けとばかりに気勢を上げる。いくら怪我を回復していると言ったって消し切れない傷は無数にある。ましてや体力までも回復できるわけではない。事実上の満身創痍だ。 それでも2人を止めることは出来ない。 壱也は兇悪な印象を与える幅広の太刀を振り上げる。外見に違わず、常識外の威力を誇る彼女の愛用の武器だ。戦場を共にしたことがある者であれば、裏腹に不殺の剣であることも知っているかもしれない。だが、今宵はその姿を見せる必要は無いだろう。 コヨーテは両手に付けたアタッチメントをカチカチ打ち鳴らす。機械と化した彼の身体は、文字通りの戦闘マシーンだ。これらのパーツは指先から肘にかけての硬度と殺傷能力の向上を目的としており、己の身体を「負けねェ」ための武器とする。 「さあ、暴れるぞー!」 「覚悟しろよォ。オレは絶対ェ……生きて、勝つッ!」 2人はタイミングを合わせてアザーバイドへと突撃する。 歪んだ赤い夜、リベリスタ達は命を賭けて決戦へと挑んだ。それぞれの心の中に、それぞれの願いを抱き。人はそれを無謀とも言うのかも知れない。それが誰のための戦いなのかは、彼ら自身にしか分からないのだ。 ● 時間はほんのわずかばかり遡る。 公園内に突入したリベリスタ達が、アザーバイドの結界内に突入した直後だ。何が起きたのかはすぐに分かったし、見えたフィクサードの存在が何をするべきなのかを教えてくれた。何より、アザーバイドの巨体はここが戦場に変わることを教えてくれた。 そして、フィクサード達は遠巻きにリベリスタ達の様子を伺っている。アザーバイドの攻撃に巻き込まれるのを嫌がったのだろうし、弱ったリベリスタを倒すつもりなのだろう。だが、それはリベリスタ達にとっての好機だった。 「よォネピリム、また会ったなッ! デカくなった? 成長期?」 『なるほど、その様な姿をしていたのだな、お前は』 のん気に挨拶するコヨーテを横に、光介は魔術で声を大きくすると、あえて場にいる者すべてに聞こえるようにアザーバイドへの言葉を口にした。 「貴方は召喚に応じるのですね。召喚主が『もうこの世にいなくても』」 『いかにも。それが奴めとの最後の約定であれば。なにより、この地には強敵がいる。奴の生死は問題ではない』 アザーバイドが声を返してくる。知性はある程度高いと推測されていた以上、驚くほどのことではない。だが、光介の狙いはアザーバイドの知性の有無を知ることではなく、盟主不在をフィクサード達に知らせることだった。わずかにフィクサード達はどよめく。 「アンタ等の雇い主は何処かに消えてしまったぜ」 福松の口にした言葉は最初、フィクサード達の失笑を買う。誤情報で混乱させる、というのはよくある話だ。そこで口を挟むようにSHOGOも続ける。普段から居酒屋などで見知らぬ人と話すのも苦手ではない。海依音も同じようにフィクサードへと話を続ける。この位の図々しさが無ければ、フィクサード組織の首領に求婚等出来るものではない。 「ごらんよ、あの明らかに立たされてますみたいな佇まい。君達お金出ないどこじゃないよ、下手するとあのおっぱいちゃんに召喚コストにされちゃうぜ」 「信じる信じないは勝手ですけど、裏切りの魔女が疾く暴く獣を殺して世界を壊す魔術を機動してるわ。貴方たちは本当に疾く暴く獣から今回の指示を受けたのかしらね?」 SHOGOと海依音の口から語られるのは、ディーテリヒの死とアシュレイの策謀。これにはフィクサード達にも動揺が走る。 アークが有する『万華鏡』の精密予知は、日本国内で動くフィクサードにとっては要警戒対象だ。どうやってその情報を手にしたかなどわざわざ聞くまでも無い。そして、裏切りの魔女が持つ悪名はそれを裏付けるに十分な証拠とも言える。 「功名心だか何だか知らんが、世界が滅んだら名を残せる場も無くなるぞ」 福松が締める。 場には沈黙が残された。 アザーバイドの足音が時間制限のように響く。 フィクサード達も真偽を図りかねているのだ。 その時、再び沈黙を破ったのは佐里だった。 「世界が無くなるかどうかって瀬戸際なんですよ! あなたたちは、守りたい人がいないのですか! 貫きたい気持ちがあって、それでこの状況ですか!」 佐里の目尻には涙すら浮かんでいた。 普段は真面目な少女であるが、時に暴走してしまう所がある娘だ。感情が爆発してしまったのだろう。 「お世話になった人はいないんですか! 恩人にしてあげられる事が、世界の滅亡の手助けですか!」 心の昂ぶりのままに言葉を続ける佐里。本人自身も何かを考えて話している訳ではないのだろう。 「家族の墓参りだって出来なくなるんです! 憧れた人はいないんですか! ライバルとの決着だってつけられない! 死んでしまったら、大切な人の誕生日だって覚えていられなくなるんです!」 フィクサードは人外の怪物ではない。リベリスタと同じ、ほんの少し人より力を持っただけの人間だ。そんな彼らの人間性に、佐里の言葉は痛烈に響く。 「世界なんてロクなものじゃないです! 裏の世界なんて知ってしまってから、そう感じてます! でも、そのロクでもない世界だって無くなってほしくないんです!」 そこまで一気に言葉にしてから、佐里は上がった息を整えるために呼吸する。嗚咽の混じったその様子にフィクサード達は、状況を理解する。少なくとも、リベリスタ達の言葉に嘘は無い。 フィクサード達の緩んだ空気を見て、海依音は実力者風のフィクサードに水を向ける。 「ぶっちゃけ全部まとめて倒しちゃうのが早そうですけど。貴方たちの中でお金が好きな方いますか? あ、はいワタシも大好きです。それもこの世界が続いたらのお話ですよね」 躊躇も恥ずかしげもなく、海依音は自分のエゴをぶちまける。その言葉は、フィクサード達の心に少なからず響く。元よりフィクサードとして生きる背景には自身の欲望を満たしたい欲求があるのだ。それをリベリスタの口から肯定されたのだ。 「名声が欲しいのなら目の前に特大の名誉が佇んでいる。ただそちらも一流の傭兵なんだ、引き際を心得ないというなら新人からやり直せ」 珍しく強気な口調で七海が叱りつけるように言う。 フィクサード達が望んでいるのは、金や名声と言った現世的な利益だ。それを否定はしない。代わりにそれをこそ、戦いを止める理由に用いる。リベリスタ達の方に付くことに利があることを分からせてやれば良い。 この辺りで、ようやくフィクサード達のも見えてきたようだ。自分達がどう動くべきであるのか。 ある者はこの場に残り戦おうと、ある者はこの場からの逃亡を望む。 福松は敵の能力と戦場に残るリスクを伝えるが、残ろうとするもの全てを引き下がらせることは不可能だった。やれやれと帽子を目深にかぶり直した所で、コヨーテは高らかに笑う。 「このままじゃ貯めた金も使えねェ、名誉も誇りも意味なくなるぜ。覚悟決めたヤツは一緒に来いよッ! 死ぬンじゃねェぞッ? 足手纏いになったら先に殺すかンなッ!」 先の戦いを聞いていたフィクサードの中には震える者もいたが、既に命知らずしか残っていなかった。 その様子を横目に、光介はアザーバイドを見据える。 「強敵、ですか」 苦笑とも取れる笑みを浮かべて、光介は魔術装に力を巡らせる。ゆらりと揺れる、しなやかに、したたかに。 (貴方がそう感じたのなら、その強さとはきっと……) 光介にはアザーバイドが何を感じたのか、少なくとも想像はつく。だから、彼なりの答えを返すために戦場に立つ。 アザーバイドの方もそろそろ我慢が聞かなくなったのだろう。歩を早めて、リベリスタ達に向かってくる。後は戦い抜くだけの話だ。 「どうしてもこの巨大な敵と戦わずにはいられない、なんて人は止めないよ。そんかわり、無理はしないでね!」 戦意旺盛なフィクサード達に一言声を掛けると、壱也は我先にとアザーバイドへと向かう。自分の役割を分かっているのだ。自分の一撃が道を切り開くということを。 由香里もまた鉄甲の具合を確かめるように何度か素振りをすると、同じように駆け出す。 その真っ直ぐなまでの瞳には一切の迷いが無い。 「あたしの知ってるリベリスタは、相手がデカイから、相手が強いからって理由で逃げ出すようなやわっちいモノじゃない!」 一方、涼はというと静かなものだ。 「ぶっちゃけ前も腕とは戦ったけども個人的な恨みとかは――俺は特別にはない。超痛かったけど、こっちも爆破したしな。」 涼自身もバトルマニアの類ではあるが、今この場に求めているのは戦いではない。 「とは言え――言い方は宜しくないが、『此処で躓いているワケにはいかない』」 鋭い眼光でアザーバイドを睨みつける。いや、見ている先はここではない。この先にある、世界の破滅そのものだ。 「大切な物を手の中から零さないように……全力で全速で『前座』は終わらせてやんぜ」 そう言って、涼は静かに、しかし風の如き速さで巨人と相対する。 リベリスタ達が巨人と接敵して数秒の後、場には特大の轟音が鳴り響いた。 ● 圧倒的な力がリベリスタ達に襲い掛かる。物理的な意味においても神秘の意味においても、相手は次元の違う強さを持っていた。それだけならまだやりようはある。過去にアークが戦ってきたのは、基本的に格上ばかりだ。 だが、このアザーバイドに関しては違う。そもそも、下位存在の攻撃を撥ね退ける、絶対の障壁を持っているのだ。その前には、武闘派『剣林』で幹部クラスの実力を認められたフィクサードの攻撃ですら無効化されてしまう。文字通り、『次元が違う』のだ。 その敵に対して『万華鏡』が算出した対策は、「戦いにおける強い意志」等と言う極めて曖昧なものだ。そして、リベリスタ達はそのか細い糸に縋るようにして戦いを挑む。もとより、他に道は無い。 「そうですね、あなた達も戦ってくれているんですよね」 佐里は一応、冷静さを取り戻していた。本格的に戦いが始まった以上、いつまでも激情に駆られている訳にもいかない。冷静な戦闘論理で戦況を分析する。少女の言葉に心を揺るがせたフィクサードは、彼らなりの矜持を思い出したのだろう。『万華鏡』の予測よりも有効打が与えられている。何より戦いを自分達に任せて、逃げているなんて許せない、と思ってくれる人の心が、素直に嬉しい。 同時に、そうしてアザーバイドに挑み命を散らしたものに報いるためにも戦わねばならない。 状態異常の付与は安定していないと佐里は分析する。だからこそ、全力で。 「全力で努力する、結果なんて知ったことか」 この場にいる人間達の気持ちを代弁するかのように、由香里が吼える。 所詮は可能性。どれ程努力しても報われないことだって、彼女は知っている。それでも、『ダメかもしれない』は言い訳にはなっても、やらない理由にはならないのだ。ましてや、リベリスタ達にはなんとかなる『可能性がある』。だから、今リベリスタ達はここに居る 悪く言うなら何も考えず由香里は攻撃を繰り返す。今までの鍛練を信じているのだ。邪念を持たず澄みきった心の在り方、人はそれを明鏡止水と言う。 リベリスタは無数の攻撃を加えるも、アザーバイドはそれを一撃でひっくり返してくる。 ギリギリのところで繋いでいるのは光介だ。 「綿谷さん!」 ゼフィからフィアキィの癒しが与えられる。全力で癒しの力を振るえば、気力が持たないことなど光介自身が良く分かっている。だが、限界まで振り絞らねば勝てる相手でも無い。 そんなギリギリの鬩ぎあいがどれほど続いたことだろう。 友軍や裏切ったフィクサードには姿が見えなくなったものもいた。 にも関わらず、アザーバイドは一層気力を増している。戦いに酔ったアザーバイドは、ますます手に負えない存在と化していた。 「危ない!!」 「う……す、すまん」 アザーバイドの勢いに任せた一撃の中心から逃げられなくなっていたフィクサードを庇う壱也。彼女自身の傷も深い。だが、その怪我も瞬く間に消えていく。顔を血で赤に染めながら、八重歯を見せて笑った。 「大丈夫、見捨てられるほど、自分見失ってないもの。これがわたしだから」 壱也は戦えなくなったフィクサードを下がらせると、大きく剣を振りかぶる。 「ネピリム、あんたも孤独もてあまして暴れたかったんでしょ。暴れるといいよ、わたしたちが全力で相手してあげる!」 敵の攻撃は減らず、味方からの攻撃は増えない。じりじりとリベリスタ達は劣勢に押されていた。そんな折、海依音はふと友軍として戦うフィクサードの少女、トモエの様子に気付く。その表情は以前出会った時と違い、弱気に支配されていた。 「世界が滅亡しようとしている今こそ、今から何をするかが重要だと思うんですけどね」 素っ気なく言葉をかける海依音。 しっかりと激励してやるには義理も無ければ時間も無い。少しくらいは祈りが届くかも知れない状況で、手を止める訳にはいかないのだから。自分にはやりたいことがまだまだある。それを考えれば、彼女の言葉は普通ならあり得ない程のサービスだったと言えるのかもしれない。 七海は少々違った。 フィクサードに対して過剰な敵意をむき出しにするリベリスタは珍しくないが、彼はそうしたタイプではない。と言うか、フィクサードの女相手に恋愛感情を抱いたことだってある。それに、トモエとは『あの時』だって同じ戦場にいたのだ。 「悩むくらいなら『あの人』を思い出せ。こんなところで死んで顔向けなんて嫌でしょう?」 「何れにせよ、生き残らなければこれから降りかかる理不尽に立ち向かうことも出来ん。間違っても、今この場で死んでもいい等と言うなよ。死地に赴く覚悟と、死ぬ覚悟は違うんだ」 アザーバイドの攻撃範囲から距離を取るために戻って来たのは福松だ。 そして、口にしてから少々自分の言葉が気障過ぎたとでも思ったのか、わざとらしく咳払いをする。 「……偉そうな事を言ったな。まあ、オレはお前の事を嫌いじゃない。目の前で死なれるとそれなりにヘコむ」 少女がようやく口元を緩めた。 それに対して自分もニッと笑うと、福松は再びアザーバイドに弾丸を叩き込む。 SHOGOがわずかな違和感に気付いたのはその時だった。アザーバイドの動きが先ほどまでと比べて鈍っている。考えてみれば当然だ。あれ程の攻撃を叩き込まれているのだ。向こうだって無事でいられるはずはない。階位障壁を越えて、致命打は与えられていたのだ。 「一気にやっちゃってよ!」 傷ついた友軍を逃がすために閃光弾を投げるSHOGO。 アザーバイドの動きが一瞬止まる。 すぐさまそこに飛び込んでいったのはコヨーテだ。彼に関しては、この状況に対する恐れは一切存在しない。 「ウラァァァァァァァァァ!」 コヨーテの拳から現れた炎が龍の顎を思わせる形を取ると、アザーバイドを炎に包んでいく。 そして、炎の中を何よりも速くアザーバイドに攻撃する機会を探っていた涼が動き出した。 (思う通りならないからって世界を滅ぼしてしまえ、ってガキかよ。誰も彼もが思い通りにならないこの現実を折り合いをつけて生きてるんだ。つーか、そういうのに絶望したなら一人で勝手に死んでくんないかな) 突入前に聞かされた魔女の話がふと頭をかすめた。 と、そこまで考えてから、今はそんなことを考えている場合では無かったことを思い出す。 (おっと、まあ、こんなことを呼び出されたアザーバイドに言っても仕方ねぇんだけどさ……さて) 涼が思念を凝らすと、オーラによって1つの爆弾が生まれる。相手の未来を爆殺するハッピーエンドボム。1つで目の前のアザーバイドを倒すには足りない。だが、今なら決定打足りえる。 「この世界に、このタイミングで出てきてしまった以上お前の未来も此処で終焉だ――」 ● アザーバイドの咆哮が響くと共に、特殊空間が大きく揺れる。 先ほどまでは体勢を崩されても立ち上がっていたのが、様子がおかしい。無制限の体力を持つと思われたアザーバイドだったが、いよいよ限界が見えたのだ。もちろん、これで終わるはずもない。だが、勝てない相手でないことが証明されたのだ。 「舞踏会までの時間はまだ大丈夫かな」 七海は冗談めかした言葉と共に大きく弓を引き絞る。弓を撃つ際には無心が要求されるものと相場が決まっているが、彼の場合は真逆。雑念ばかりが浮かんでくる。 (何があったか知らないけどアシュレイも意外とかわいい所あるんだな。だけどまだ世界を壊されるわけにはいかない。愛した人との『約束』を果たしていないんだ) 好きな人を見つけるという約束も果たせていないのに、勝手にリセットボタン押されるなんて冗談じゃない。 「だからついでに、貴方を倒して世界も救ってやる。長年の愛憎が篭った想いと取って置きの矢を喰らいやがれッ!」 私的な事情に見えるかも知れないが、それは誰だって同じこと。海依音だって恋路のために命を張っている。恋に狂って世界を滅ぼす魔女がいるのなら、恋のために世界を護る聖女がいたっておかしくない。 「世界の為なんていう大仰で英雄的な願いより、自分の恋路の方が重要ですもの」 だから、思い浮かべるのはカミサマなんて曖昧なものではなく、黒いスーツに身を包んだ「彼」の顔。 折角いい感じになりつつある彼との時間をぶち壊されるのは、極めて遺憾な話だ。 「それは女の子にとっては何にも勝る力になるの。ワタシはワタシのためにこの世界を守ります」 呪いの魔弾と裁きの炎がアザーバイドの身に吸い込まれている。極めてエゴイスティックな、それゆえに真っ直ぐな想いは階位障壁を越えてアザーバイドを傷付ける。 「オレだってむしろ居酒屋でクダ巻いてたい方だけど、今日は譲れないんだよ。SHOGO、明日が欲しいんだ」 傷に塗れたSHOGOはいつになく真面目な表情をしていた。それは軽く生きる彼が、唯一譲れない願い。 福松がイケメンに育つ明日。 海依音が億が一にも嫁げる明日。 そして、 (オレがいつか、前に進むための明日。おっぱいちゃんの趣味で潰されたくない。だから、今日はどうか、こいつでお帰り願ってよ) 魔力の込めた銃に力を入れると、SHOGOの身体が淡い青に輝く。 そして、ありったけの力といつもの台詞で、弾丸を放つ。 「キャッシュからの――パニッシュ☆」 無数の魔弾が飛び交う中で、由香里と涼はアザーバイドに肉薄する。これが得意なのだから、仕方ない。 もっとも、由香里の場合は本来器用な性質だ。色々なことに手を出す口なので、周りから見れば「何をやっても長続きしない人」に見られているのではないかという自覚はある。 だが、それは真実ではない。 様々な世界に触れたい、ただそれだけの話。1つの世界に拘って、自分をないがしろにしたくなかっただけのことだ。 「この世界をもっと楽しみたい、いろんな新しいモノに接したい、って努力と願いだけは、曲げたことがないの」 だから、一心不乱に運命も捻じ曲げよと攻撃を繰り返す。美しい黒髪も血と埃に汚れている。それでも止まらない。ポジティブがネガティブに勝てるから、人間は進歩して来れたのだ。 涼は再び心を研ぎ澄ますと、新たな爆弾を複数生み出す。心の中に浮かぶのは1人の少女の笑顔。 大切なものを手の中から零さないためにも、 「こんなところで躓いているワケにはいかないんだよ!」 涼の叫びと呼応するように爆弾が連鎖的に爆発を起こす。 「此処で寝てたせいで世界が終わってました。――なんてそんな展開。笑い話にもなりやしねぇ。そうだろ? なぁ。」 爆風を利用し大地に着地すると、誰にともなく語る涼。 その眼差しは既に次の攻撃のチャンスを見定めていた。 敵の攻撃が減ったことはリベリスタを勢いづける。だが、アザーバイドの耐久力が底を突いた訳ではない。依然として、リベリスタ達の前に高い壁として立ちはだかる。それでも、リベリスタ達は止まらない。既にどれ程戦ったことか。 その中で、いよいよアザーバイドもケリを付けに動き出す。防御を捨てて、全力攻撃の構えを取ったのだ。 しかし此の時遅く彼の時早く、佐里の罠が発動した。 気糸の罠――それは神秘の世界においては基本も基本、初歩も初歩。だが、一度はまってしまったのなら脱出することは困難な罠でもある。 佐里は最後の気力を振り絞って気糸を制御する。 メガネのレンズに罅が入り、視界が歪む。でも、この手だけは放さない。 「私は、生きているんです! 生きるという事は、命を張って意地を通す事です! 仲間の、友達の、恩人の笑顔を守るんです! 明日だって明後日だってその先だって、ちゃんと笑っていてもらいたいから!」 アザーバイドが決着をつけるために取った全力の構え、それは皮肉なことにリベリスタが攻撃を行う余裕を生み出す。リベリスタが防御を捨て、攻撃に回る瞬間が生まれたのだ。 「貴方が思う強さを、皆が宿すわけじゃない。少なくともボクは違う。弱く在る」 魔法陣を展開しながら光介は過去に思いを馳せる。 父や姉でなく、自分を生かした世界の選別を呪いながら、生きても赦される瞬間を求めて戦うだけの自分を思う。 それは強さではない。贖い、もがくだけの泥臭い生き様だ。 「でも、それでもこの生き様は――貴方にはない力」 光介の言葉と共に光の矢が放たれる。小さな、例えるなら巨大な象に対する蟻のひと噛み。だけど、惑い続ける弱き強さ。それが彼の答え。そうやすやすと砕かれはしない。 「理不尽な世界で、もがき続ける意志そのものだから……!」 小さい矢の一撃がアザーバイドの身を大きくのけぞらせる。 そこに福松は好機を見出した。 トモエと目を合わせると、彼女も頷き返してきた。そして、同じ構えから星の魔剣を召喚する。 それは所詮屑星の輝きかも知れないが、紛れもない命の光だ。 (最初はただ死にたくないだけだった。生きて行くのに必死なだけだった。だが、最近は自分以外の誰かを護るというのも、悪くは無い気がしてきたんだ) 福松は慎重な少年だ。決してロマンを求めず、着実に出来る範囲で自分の望みを叶えようとする。 それでも、心の底で望んでいる。ドラマを掴み取ることを。 (オレは生き残る。生き残って、この世界を救う) 星の双剣を叩き落とそうとするアザーバイド。 「ドラマは求めちゃいなかったオレだが、今この時だけはそんな大それた事を思ったっていいだろう!!」 福松の雄叫びと共に、星は新星の輝きを発する。 アザーバイドの腕を砕き、天にまで星は駆け上る。 なおもアザーバイドの戦意は衰えない。そして、それと同様にコヨーテもまた傷だらけの身体で、運命の炎を燃やしながら戦意の衰えを見せない。 いや、どちらも一層戦意を滾らせている。 「死ぬより負けるのが怖ェって思ってた」 気を制御し、戦いの構えを取りながらコヨーテはアザーバイドに語る。 「ンでもさ、ネピリム。お前ェと戦って、世界にはオレの想像を超えた、もっともっと強ェヤツが、まだいるンだって分かった。今ココで死んだら、そいつらにも会えなくなるッてコトだろ? それってつまんねェよなァ。強ェヤツと戦える。ソレ以上に楽しいコトってあるかよ?」 アザーバイドの唸り声は、同意か肯定か。いずれにせよ、異なる世界に生まれた2人の戦鬼が、どちらも同じ思いを胸に抱いていたことは明らかだ。 「だからッ! 『死んでも負けねェ』のは……オレが、世界で一番強くなってからだッ! ソレまで世界は終わらせねェし、オレも生き残るッ! 覚悟しろよォ。オレは絶対ェ……生きて、勝つッ!」 拳を大きくぶつけ合うコヨーテとアザーバイド。 焔の中でコヨーテは壱也に叫ぶ。 「負けねェし死なねェッてのは、前にいちやが教えてくれたコトなんだけどさ。結構悪くねェな!」 「わたしは……こわくて帰りたいときもあった」 同じく、壱也も想いを口にする。 コヨーテと違って彼女のメンタルは普通の少女に過ぎない。それがここまで戦ってこられたのには、明確な理由がある。 「でも強敵だって、今まで立ち止まりはしなかった。みんながいたから、わたしは強くなれた。 この力はみんなの力。わたしは何よりも重い、想い、剣! この体が動く限り、最後まで、精一杯振りぬく、だけ!」 壱也は限界を超えた力を振り絞る。 己自身を剣(デュランダル)に変えて、想いの丈を叩きつけた。 「みんなで勝って、帰るんだ。その場所を、護る。大切な人がいる、この世界を!」 アザーバイドからリベリスタ達に向かって光が放たれる。 しかし、今更立ち止まる者はいない。 七海が、涼が、壱也が、福松が、光介が、SHOGOが、佐里が、海依音が、コヨーテが、由香里が! それぞれの願いを胸に戦う。 そして、いつしかリベリスタ達の前に道は開かれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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