●らぶ・れたー 「ヤッホー! リベリスタちゃん達、エブリバデイ! 毎日が日曜日、ハッピー、ラッキー、ヨミガツジー。 京ちゃんゲイムはっじまるよー! 強い強いアーク御一行様じゃ、ただ暴れてもつまんないよねぇ? だから俺様ちゃん、色々考えました。 考えて、考えて、考えて、考えて……あれ、何回考えたっけ。 兎に角考えましたYO! つまり、アークちゃん達は俺様ちゃんが大嫌い。 アークちゃん達は一般ピーポーの皆を守りたい。 守りたい一般ピーポーが俺様ちゃんみたいになったら、 義務と嫌悪、果たしてどっちが勝つのかなーって…… ああもう! 狂ちゃん、うっさいYO! 今盛り上がってるから黙ってて! ……まぁ、説明が面倒だから細かい話は同封の資料を見てNE! 週間黄泉ヶ辻、創刊号は三百八十円! 書店にて!」 ●黒い太陽の置き土産 こんなときだからこそ。 ある意味フィクサードらしいというか、黄泉ヶ辻京介らしいというか……。 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)のブリーフィングは溜息とともに始まった。 「あ~、黄泉ヶ辻京介はウィルモフ・ペリーシュとの契約で入手したアーティファクトを東京都心で暴発させるつもりです。ということで、お手元の『週間黄泉ヶ辻』のコピーを開いてください」 京介が趣味でもない傭兵仕事の見返りに得たアーティファクト、名を『悪徳の栄え』という。ドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド――つまり、マルキ・ド・サドという人物が著した『悪徳の栄え』と呼ばれる作品の原典だ。 それは所有者の狂気を培養して大気中にばら撒き、感染したものを狂わせるという狂人ウィルス生産機のようなもので、悪意の塊のような……いかにも『黒い太陽』の作品らしい作品だった。 その『悪徳の栄え』を黄泉ヶ辻京介が手にしている。 狂人は狂人。されど狂い具合にもさまざま程度はある。通常の使用者ならばまず、狂気ウィルスは拡散するにしたがって希薄化、人々は殆ど影響を受けない。せいぜい使用者の手の届く範囲にいるものの精神に悪影響を及ぼす程度。 しかし、使用者が京介ならば話は別だ。 京介の狂気ウィルスは、いくら広がろうと消えてなくなりはしない。どこまでも、どこまでも広がって、瞬く間に日本中が『黄泉ヶ辻京介の予備軍』に埋め尽くされてしまうだろう。 「そうなれば日本終了。バロックナイツの盟主が、あの魔女が、公園の閉じない穴をどうこうする以前に日本は終わりです」 狂気ウィルスに感染したからといって『覚醒』するわけではないが、京介と同じ程度に狂い、同じ思考で動く者にまっとうな日常が送れるはずがない。遠からず日本の社会システムは破城し、治安は悪化、国は滅びるべくして滅びるだろう。 「ご静粛に。対策がないわけではありません」 冒頭の犯行声明文を見ての通り、黄泉ヶ辻京介は敢えてアークに『ゲイム』を仕掛けてきた。これが『ゲイム』であるからには、きちんと阻止するルールも設定されているという訳だ。 「あの『黒い太陽』の作品には珍しく、『悪徳の栄え』には対の効果をもつアーティファクトが存在します。『美徳の不幸』という名だそうですが……。このアーティファクトによって生み出されたワクチンを接種すれば、京介の狂気に感染することはありません。というか、ない、と思われます」 あくまで送りつけられてきた『週間黄泉ヶ辻』に書かれていたことである。信用出来るかどうかは微妙だが……そこは京介の面白がりの性格に賭けるしかないだろう。 「みなさんがやらねばならぬことは二つ。一つ、黄泉ヶ辻たちが『悪徳の栄え』で生成された『京介ウィルス』をばら撒く前に撃破、ウィルスを回収すること。二つ、彼らが持っているはずの『美徳の不幸』によって生み出されたワクチンを回収すること」 健一はすっかりぬるくなった湯呑を手に取った。ひとくち茶をすすり、喉を湿らせる。 「みなさんの担当は千代田区の古書街です。回収するウィルス、ワクチンあわせて10。それではよろしくお願いいたします」 ●千代田区 「ざーんねんでした、ハズレだよ~ん。きひひ」 そう舌を出されてみれば、なるほど顔の前でまき散らされたのは『京介ウィルス』ならぬ小麦粉だった。小悪党の胸の上に馬乗りになったまま、ひとしきり咳き込む。 「おいおい、顔にツバを飛ばすなよ。きったねぇなぁ」 うるさい。そういって思いっきり横面を殴った。 殴りつけた顔もおしろいをはたいたように白ければ、殴った己の拳もまた白い。あたり一面、小麦粉だらけだ。 「ウィルス、それにワクチンはどこだ! 『ゲイム』のルールによれば、お前たちが両方持っているはずだ!」 「ん~、持っていた。けど、ずっと持ち歩くのもダリィじゃん? だから置いてきたよ、弟分と一緒に」 フィクサードは切れた口の端から血を流しつつ、へらへらと笑う。 さらに拳で問い詰めると、京介より分け与えられたウィルスとワクチンは『本』に偽装して古書店の書架へ入れたと吐いた。 「ただ置いてくるのもなんだからさ、ふへへへ……一時間後に爆発するようにしといた。はやく見つけ出さないとワクチンごとドカーンだぜ」 いわば、『ゲイムの中のゲイム』。 「ヒントぐらいやろうか? 本のタイトルはそのまんま――あ、正式なほうな。略してないほう。んで、本のタイトルや内容とかにメッチャこじつけた場所へワクチンとウィルス本をセットにして押し込んである。起爆装置を持った舎弟たちも近くでウロウロしているはずだ」 ま、せいぜいガンバレや。そう言ってフィクサードは笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月20日(金)22:24 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「爆発とか、よして欲しいもんだ」 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)は、野球のボールを握った手のモニュメントをしげしげと見つめながら呟いた。 かつて七派あった国内フィクサード組織のうちの一つ、黄泉ヶ辻が最悪なタイミングで動き出していた。よりにもよって、とため息をつきたくなるのは何もフォーチュナだけとは限らない。 「うん。迷惑だなぁ。ほんと迷惑……」 胸の前で腕を組んだ奥州 倫護(BNE005117)が、俊介の横でうんうんと頷く。 「公園のほうを何とかしなきゃいけないのに、黄泉ヶ辻の人たちってナニ考えてるんだろう?」 「チコは黄泉ヶ辻の人たちをよく知らないのだ。だけどものすごくダメな人たちの集まりなのはよーく分かるのだ」 二人のすぐうしろで、『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)は淡いピンク色のチラシに目を落としている。チラシには大きく『春の古本まつり・さくらみちフェスティバル』と書かれていた。 「さっさとお片付けして公園に行くのだ!」 「どうしようか。とりあえず、探すしか無いね。人も、物も」 柔らかそうな唇に人差し指を軽くあてての思案顔は、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)だ。通りを行き交う人の流れに目を向けながら、それにしても、と言葉を繋ぐ。 「木を隠すなら、森の中ってやつ? 探しにくいったらありゃしない」 「古書店か……三高平大に編入する前は、ここも世話になったな」 辞書や教科書とか高いからね。探しまわって歩いたもんさ、と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は革醒以前の生活を懐かしんだ。 「今度は、探す本が変わっただけだってね」 快は探し物については特に危ぶんでいなかった。 超直感で目端をきかせ、幻想殺しでフィクサードのステルスを見破る。怪しい人物は、見つけ次第取り押さえる。古書店の棚も同じように探査していけば、すぐにとはいわないが制限の一時間以内に回収することができるだろう。もっとも、あのリーダー格の男―キョウスケの言が正確であれば、残り時間はすでに五十分を切っているのだが。 腕時計で時間を確認して、少し離れたところで人を待っている『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)の背に声をかけた。 「でも、柴崎さん。どうしてこんな古書街の端に?」 「ん? ああ、それはな、古書街のど真ん中で打合せなんてしたら、奴らを無駄に刺激しちまうだろ」 少し前のこと。 リベリスタたちは水道橋付近でテロを起こそうとしていた黄泉ヶ辻一派のリーダー格を捕えた。さっそく、その男が所持しているはずのウイルスとワクチンを回収しようとしたところ、男は薄笑いとともにリベリスタたちをウンザリとさせるようなことを言ったのだ。 曰く、ウイルスとワクチンを入れた本を爆弾とセットにして広く古書街に隠した、と。 悪いことは重なるもので、千代田区の古書街では区のイベントと連動した祭が開催されていた。 そこで狂人のウイルスがばら撒かれたらどうなるか―― 人的被害の拡大を恐れた遥平は、静岡県警を通じて神奈川県警に応援を求めたのだ。「三高平署の柴崎刑事ですね。御足労をおかけいたします」 呼ばれて振り返ると、そこに応援の刑事らしき人たちが来ていた。 「いえ、とんでもない。こちらこそ……」 後に言葉が続かなかった。応援に狩りだされた者たちにとっても、応援を貸し出した署にとっても、日本の危機に当然で済まされる話ではない。フィクザードたちが動く間、一般の犯罪が街からなくなるわけではないからだ。 「ご迷惑をおかけいたします」 実際に迷惑をかけているのは黄泉ヶ辻であるのだが、遥平は居並ぶ刑事や私服の警官たちに頭を下げた。 「よろしくお願いします」と後ろにいた快たちも頭を下げる。 「みなさんの中から三名ほど残っていただいて、各古書店に連絡をお願いします。『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』と『新ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』を見つけた場合は一切触らずに、俺の携帯へ直接連絡するよう伝えてください」 他の者は古書街になるべく人が流れないよう誘導してほしい。言いながら遥平は井上と名乗った刑事に名刺を手渡した。 「ま、ダメ元だが、手掛かりがない時は打てる手は出来るだけ打っておくもんさ」 「俺もステルスで一般人に化けている黄泉ヶ辻を見つけたら、すぐAFで連絡します」 魅零が快の腕をとって自分の腕を絡ませた。反対側の腕は俊介と絡んでいる。 「じゃあ張りきっていこう! 黄桜班、黄泉退治に出動いたします!」 指の先をぴしりと揃えて魅零が敬礼する。 両脇で快は大まじめに、俊介は苦笑いしながら敬礼をした。 「ああ、頼むぜ」と遥平。 「それではチコたちも頑張って行くのだ」 「それでは、解散!」 倫護の合図で全員が一斉に動き出した。 ● 翼の加護を得た快たちは、人の波の間をまさしく浮き流れながら黄泉ヶ辻フィクサードを探していた。 黄桜班……俊介、魅零、快の三人は、まず見つけやすいショータを探すことにした。そこから尋問でグンマやその他のメンバーの位置を聞きだす作戦だ。 ショータから情報が得られずとも、魅零はワールドイズマインを発動させて革醒者以外の視線を自信に集めてグンマを浮き上がらせるつもりだ。快の幻想殺しも心強い。 とはいえ、やみくもに歩き回っていては時間が足りなくなる。 前から制服を着た小学生の一団がやってきた。これから「絵本まんが祭り」の会場に行くのだろうか。 「倒してからは本を探すけど、骨が折れそうだなあ」 すれ違いざま、魅零が膝小僧を出した可愛らしい男の子たち手を振りつつ愚痴る。 「本のタイトルや内容繋がりで行くなら、洋書、劇作家、映画、キリスト教あたりを主に取り扱っている店かな」 「見てピンと来た店があったらすぐ教えてよ。俺、さっと入って覗いて――とかいうてたら、いた!」 革醒者だ。さっきすれ違った小学生たちと同じ制服を着ている。あれがショータに違いない。 幸い、こちらの存在に気づいていないようだ。 「逃げられると面倒だな。ショータがワゴンに張りついているうちに3点で囲もう。俊介、通り過ぎてから戻ってくれ。魅零は最後、声掛けを任せる」 「了解」 快の指示に従って、俊介がショータの後ろを通り過ぎた。 さすがに真後ろを革醒者が、それもかなりの実力者が通りすぎれば気がつく。ショータは弾かれたように顔を上げると、首を回して俊介の背を目で追った。 その隙に快が素早くショータの背を取った。 仕上げに魅零が、得物を弄ぶ猫のごとく笑いながらゆっくりと近づく。 「ショータくん、みーつけた! 遊ぼー? そっちも遊んでいる途中でしょう??」 「ぅあ……ちくしょう。ずるいぞ!」 何がずるいのか。いま一つ分からないが、所詮は子供のいうことである。快は取りあわず、ショータの肩を右手で抑えた。 「ゲームオーバーだ。おとなしく起爆スイッチを――!?」 ショータは体を素早く捻って快の手から逃れると、肘にかけていたカバンを車が行きかう道路へ投げ出した。カバンと一緒に、戦隊ヒーローのキャラクターをかたどったキーホルダーも空を飛ぶ。 「あれが起爆スイッチか!」 幻想殺しで素早く偽装を見破った快が、ワゴンを乗り越えて道へ飛び出た。魅零もガードレールを飛び越える。とたん、辺り一面にクラクションが鳴り響いた。 カバンを回収する快を庇い、腕を大きく広げて仁王立ちする魅零の前で軽トラックが緩やかに停止する。運転席の窓が降ろされ、日焼けした角刈りの男が顔を出した。 「バカ野郎! 何してやがる!」 「ご、ごめんなさい。すみません。すぐ戻ります」 信号が変わったばかりだったのが幸いした。さほどスピードが出ていなかったため、急ブレーキがかけられることもなく、追突事故が起こらずに済んだ。ふたりは素早く歩道側へ身を寄せると、流れ出した車の窓に向かってぺこぺこと頭を下げた。 「おおっと。逃げようとしたって、そうは簡単には問屋が卸さんよ」 俊介が逃げしたショータを真正面から抱きしめる形で確保した。 「言っておくが、死ぬ前に投降か降参しろよな!」 「うるせいや。誰がアークのクソに降参なんかするかよ」 俊介は腹に一発、炎の拳を喰らってうめいた。が、ショータを抱きしめたまま、更に腕の力を強くする。 さらにもう一発。 「この――!?」 後ろへ引かれたショータの腕を快が掴み取った。 「これ以上の暴行は許さない。どうしても、というのなら場所を変えて全力で相手をしよう」 「ねえ、ショータくん。魅零たち相手に勝てるとホンキで思ってる? 死んだらもう大好きな番組が見られなくなるけど?」 目の前に差し出したキーホルダーを見て、ショータはあっさり落ちた。アークでの保護を引き換え条件に、本を隠した棚とグンマがいる場所を白状しだす。話によると、グンマは歴史もの、時代劇が好きらしい。 ちなみに、ショータが2冊の本を隠したのはフランス語の辞書が並ぶ棚だった。魔術知識と深淵ヲ覗クを発動させるまでもなく、俊介が装丁からして浮きまくっていた2冊を回収している。 「さて、と。どうしたものかな」 ショータをここに一人残して行くわけにもいかず、さりとてアーク職員に引き渡している時間もない。 快たちはしかたなくショータを連れて移動することにした。 ● 「やれやれ、古書街となれば、火気厳禁か。煙草はしばらくおあずけだな」 さっさと仕事を片付けて、一服休憩する時間がほしいぜ。遥平はすり減った革靴の踵でタバコの火をもみ消すと、携帯灰皿に吸殻を入れた。 アークの依頼だけを受けて稼いでいるわけではない。普段は静岡県警三高平署の捜査一課所属の刑事として犯罪者を追っている。ホシが革醒者であろうと一般人であろうと、足で歩いて証拠を集めまわるのが仕事の基本だ。だからすぐに靴の底がすり減ってしまう。 (いま起こっていること全てにケリがついたら、新しいのを買いに行くか) 遥平は、革靴と同じぐらいくたびれた感のある背広の内ポケットへ携帯灰皿をしまい込むと、チコーリアと倫護を伴って歩き出した。 一行が目指すは「丸木古書店」だ。 シャレで本を隠したというのなら、洒落にひっかけた名の店に本を隠すかもしれない。もしや、古書街に「丸木」と「佐渡」があるのでは、と思ったのだが、残念ながら「佐渡古書店」は存在していなかった。 ともかく。手がかりがない以上、どんな小さな可能性もあたって調べようとするのが刑事の性だ。もちろん、通りすがりの書店にも千里眼を向けて本を探す。 「チコ、甘酒が飲みたいのだ」 「あとでな」 街の一角で甘酒とお菓子の無料配布が行われていた。古書を目当てに来た人たちの休憩所にもなっており、人垣ができている。 「甘酒って、未成年が飲んでも大丈夫でしたっけ?」と倫護。 「酒粕で作ったか、米麹で作ったかで変わるな」 酒粕で作る甘酒は、酒粕と砂糖と水から作るので酒粕のアルコールが残る。対して米麹から作る甘酒は、米麹ともち米と水を発酵させて作るのでアルコールは含まれない。 へええ、っと倫護が年上の男に尊敬のまなざしを向ける。 「もっとも、イベントで不特定多数に配るんだ。米麹で作った方だろう」 「だったらチコたちも飲んでいいのだ」 チコーリアが遥平の手を取って走り出した。寄り道の許可が出たものと勘違い、いや都合のいいように解釈したようだ。確信犯である。 「いや、だから――!?」 前方で悲鳴が上がった。 甘酒を楽しんでいた人垣の一角が崩れて、紺色の制服を着た男たちが現れた。右上腕部にエンブレム。警察官だ。どうやら誰かを囲んでいるらしい。 「あれ! おまわりさんたちに囲まれているあの人、革醒者ですよ。もしかしたら?」 「もしかしねぇでもそうだろう。行くぞ」 近年、革醒する者が多くなってきたとはいえ、この狭い範囲でそうそう覚醒者に出会うものではない。 はたして囲まれていたのは、ハンニバルと呼ばれる黄泉ヶ辻フィクサードだった。わかりやすく、他人には見えない人に向かってメスのようなものを向けながらブツブツと話しかけている。ブレイン・イン・ハーレムを活性化しているという情報だったが。 「というか、ありゃホンモノじゃねぇか。完全にいっちまっているな」 「ふぇぇ……本当に1人で喋ってる。ちょっと怖いのだ」 大丈夫だ。病気にしてもスキルにしても、見ただけではうつらない。遥平はチコーリアを安心させながら警察手帳を取りだした。 「静岡県警、三高平署。アークの柴崎です」 手帳を見せた相手はかって、それと知らずに革醒者が起こした犯罪と関わったことでアークとは少なからぬ縁があったらしい。とくに説明も求めず、すんなりと遥平たちを囲いの中へ通した。 チコーリアは警官の後ろにとどまった。私服の倫護はまだ、若手の刑事と言い張れるだろうが、さすがに11歳のチコーリアは誤魔化しがきかないからだ。 「遥平さん、ここでやるのはまずいですよ」 「分かっている」 遥平は先ほどの警官に声をかけた。 「囲んだまま、あそこの路地へ誘導します。ご協力願えますか?」 フィクサード、というよりも警官たちには一般人よけになってもらいたい。それに神秘秘匿のため、なるだけ人目につかない場所へ移動する必要があった。 うまい具合に行き止まりへハンニバルを誘導したあと、警官たちの後ろからチコーリアがマグスメッシスを放った。 虚ろな目を泳がせるハンニバルに倫護が全力で仕掛ける。 「時間かけるわけにはいかないんだ!!」 遥平が渋い声で低く呪い歌を突き当りにひびかせるとハンニバルは膝を折った。 間髪入れず。倫護が鋭く踏み込んでトドメの一撃を打った。 反撃らしい反撃もなく、あっさり終わってみればさて、近くに古本屋がない。 遥平はいつもの癖で白手袋をはめると、倒れたハンニバルの手からメス型の起爆装置を回収した。他に手がかりになるようなものがないか、注意深く遺体をあらためる。一通り調べて得るものがないと分かると、肩越しに手元をのぞき込んでいた倫護に声をかけた。 「すまないがひとっ走りして、この辻5つ先の丸木書店へいってくれ。精神医学の本を多数そろえている店だ。そこにこいつが隠した本がありそうな気がする」 「はいっ」 刑事ドラマの若手よろしく元気に返事をすると、倫護は駆けだした。 「遥平おじさん、ちょっと」 警官の股の間からチコーリアが手招きしていた。 「あのお店、あやしくないですか?」 チコーリアが指示したのは、ドラマ・シャトーという名の店だった。通りに面した窓に、古いフランス映画に出てくるような女優のポスターが張られている。 「シャトー。しゃと……さど、というのはいくらなんでも苦しすぎるだろ?」 「いいから。調べてみるのだ」 またしてもチコーリアに手をひかれて細長い店内へ入る。 入れ違いにバラの花束を抱えた若い女が一人、店を出て行った。耳に携帯をあてていたが、真っ赤なルージュをひいた唇は閉じられたままだ。 刑事としての感にピンとくるものがあった。 「チコ、ここにいろ」と遥平がいうと同時に、「あったのだ!」とチコーリアが声を上げた。 女が店の中を振り返る。 遥平は駆けだした。投げつけられたバラの花束をものともせず、携帯のボタンを押そうとしたアケミに肩からぶつかって道へ押し倒す。 「犯人確保! ……じゃねぇ、黄泉のアケミだな。大人しくしろ」 腕に本を抱えたまま、チコーリアが呼び出した死に神の鎌をアケミに振り降ろす。 丸木書店で2冊の本を回収した倫護が戻ってきたのは、それから1分あとのことだった。 ● ショータの情報通り、グンマは歴史書を数多く取り揃える古書店の横にいた。ショータの顔をみるなり裏切りを察したグンマは、唾を吐き捨てると快たちを裏手の空地へ誘った。ワクチンをばら撒くことに興味はない、ただ死ぬまで戦えればいいと。 まるで剣林のような言い草を魅零がちゃかすと、グンマは人を切り刻んで血を見るのが好きなだけだ、と顔にひどく歪んだ笑顔を浮かべた。 「俺が、アークが、全部止めるから。存分に遊んでいいぜ、それで被害を出さずに終わりにしてくれるなら……!」 「そうかい。それじゃあ、切り刻まれてもらおうか!」 グンマが二振りの刀を高く掲げた。気を吐くと同時に俊介に襲い掛かる。 「おおっと。俺を無視しちゃ困るな」、と快が俊介の庇いに入る。 「魅零のことも忘れないで」 華奢な体に不釣り合いな大太刀が繰り出したのは奈落剣・終――。 派手な鍔せり合いで火花を散らした戦いは、快のエクスカリバーで幕を閉じた。 グンマを助けられなかったことを悔やむ俊介のAFに遥平から連絡が入ったのは、ウイルスとワクチン、それに起爆装置を回収したあとのことだ。 <応援を頼んでいた神奈川の刑事から連絡があった。キョウスケが隠した本は倫護とチコーリアが回収している。そっちはどうだ?> 俊介は四冊の本とショータを保護したことを報告した。 倫護からの通信が割り込んだ。 <俊介さん、グンマは残念だったけど……それでも一人、命を救ったんですから。さあ、胸を張って戻りましょう!> 京介ウイルスの本が五冊。箱舟ワクチンの本が五冊。合計十冊の本は、リベリスタたちの勝ち役によって爆破されることなくすべて回収された。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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