●俳 ―hito ni arazu― 「自らの臓腑を日本橋の真中にさらけ出して、 恥ずかしくないようにしなければ修業を積んだとは云われん――と、言ったのは漱石でしたか」 和服姿で、形のくずれたお釜帽をかぶった男が、日本橋の高架下をあるいていく。 歳は三十ほど。とがった顎を丸メガネがやわらかくしている様な顔である。やがて、日本橋そのものの上に立つ。 「せっかく、熊本から東京に出てきたのですから、浅草でノンキに雷おこしを評したり、新宿の寄席を見るのも良いですね」 黄泉ヶ辻の穏健派と云える男がいる。 とかく首領の黄泉ヶ辻 京介がアレだから。組織としての財務、他組織への外交――最低限、組織がその組織として立ち行くための部分に、終始している者が、『俳座』巡 三四郎という、この男である。 橋の上から川をみて、首をひねる。左袖の中に右手をつっこんで、試験管のごとき物をだす。 「よくかんがえれば、命令らしい命令をうけたのは、先代以来でしたかね」 とり出した管に目をやる。 うすいガラスの中に、丸められた紙片が一枚。か細く神秘のひかりをたたえている。 「Les Infortunes de la Vertu――『美徳を守ろうとする者には不幸が降り掛かり、悪徳に身を任せる者には繁栄が訪れる』。まったく、どれだけ西洋の小説は、愛だの自由だの、なさけだの、不運に悲劇。詩的にして、美的にして、コトをおおげさにして情をさそいますかね。どこぞの高架下も、無職も、家族もちのリストラ組も、にたような苦みがあるものでしょうに」 ガラスの管を、また袖にもどす。 「まあしかし、しばらくでも世間の暑苦しさを忘却できるわけですから、よしとしましょう」 首を正して、右足を出しかけて、また止める。 「おっとそうだ」 四次元かとあやしまれる袖から、携帯電話の如きものをとりだす。 「日本橋ナウ」 送信先は、アークの何名かである。 「係長もやってくれたよねぇ。愚生が機械に疎いのを逆手にとって、ぷろばいだ買収? 愚生がアークにちょっかい出すの防いでたとかね。ま、たしか恐山のあたらしい黄泉ヶ辻担当は大陸人でしたか。いずれ漢詩でも――」 向こう側で、餓鬼が喰らい合うように、一般人同士で狂気の声が大きく上がった。 三四郎は、瞑想から我に返る。 次に左足を出し、右足を出す。三四郎のうしろから、多数の一般人がついていく。 「とりあえず浅草へ」 いずれの一般人も、ロンドンとパリを両方みるような眼をして、口角に泡を宿したものや、狗のように舌を垂らしているもの。 まるで百鬼夜行とも形容できる尋常ではない光景が広がっていた。 ●黄泉ヶ辻の首領のメッセージ 「ヤッホー! リベリスタちゃん達、エブリバデイ! 毎日が日曜日、ハッピー、ラッキー、ヨミガツジー。京ちゃんゲイムはっじまるよー! 強い強いアーク御一行様じゃ、ただ暴れてもつまんないよねぇ? だから俺様ちゃん、色々考えました。 考えて、考えて、考えて、考えて……あれ、何回考えたっけ。兎に角考えましたYO! つまり、アークちゃん達は俺様ちゃんが大嫌い。アークちゃん達は一般ピーポーの皆を守りたい。 守りたい一般ピーポーが俺様ちゃんみたいになったら、義務と嫌悪、果たしてどっちが勝つのかなーって…… ああもう! 狂ちゃん、うっさいYO! 今盛り上がってるから黙ってて! ……まぁ、説明が面倒だから細かい話は同封の資料を見てNE! 週間黄泉ヶ辻、創刊号は三百八十円! 書店にて!」 ●非人情の狂気 ―Do not need to Humanity― 「破界器『美徳の不幸』から作られた『ワクチン』奪取する」 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、黄泉ヶ辻 京介のビデオレターが終わると同時に目的をつげた。 黄泉ヶ辻派は、国内に現存する主流フィクサード組織の一角であり、何を考えているか分からない、一種『不気味』とひとくくりにできる集団である。 この黄泉ヶ辻派の直近の動きとしては『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの依頼で、マジックブースターの収集を行っていた記録がある。 彼らはその時ばかりは『仕事』をし、怪しさがにじみ出ていたのであったが、今日において、ついに動きをみせたのであった。 先の頭痛をもよおすビデオレターの話と、同封されていた資料を要約すれば、つまるに―― 『ウィルモフ・ペリーシュとの契約で入手したアーティファクトを東京都心で暴発させる』という予告である。 デス子が口を開く。 「京介がペリーシュから得た破界器は、『悪徳の栄え』というシロモノらしい。 サド侯爵――Donatien Alphonse François de Sade、という人物が著した作品の原典、これが破界器化している」 スクリーンにその効力が表示される。 『悪徳の栄え』は使用者の狂気を他者へと拡散するモノだという。 ふつうの使用者ならば、希薄化した狂気はほとんど影響しない。しかし狂気の黄泉ヶ辻――その首領が使い手となったとき、あまりにもよくない結果が推察ができる。 狂気の伝染、狂気のウイルス、狂気のパンデミック――人口の密集する地で解きはなたれた場合、日本は『黄泉ヶ辻京介の予備軍』に埋め尽くされかねないのである。 「だが、京介はこれをゲイムにした。阻止するルールも設定されている」 「さっきの『美徳の不幸』の『ワクチン』というものか?」 「ご名答だ。『悪徳の栄え』と対になる破界器『美徳の不幸』。そこから生成された『ワクチン』を、黄泉ヶ辻派のフィクサードが持っている」 ならば他の部屋でも、黄泉ヶ辻派の難敵の名が読み上げられていることだろう。 ではこの部屋は。 「敵は、黄泉ヶ辻幹部、『俳座』巡 三四郎。 黄泉ヶ辻の穏健派、裏方。我ながらいってて矛盾している様な気がしたが、気触れがおおい黄泉の中では、話が通じる部類だ」 トラブルメーカー(黄泉ヶ辻)が起こした神秘事件は最多であれ、それほど名も立たない、凶悪さも残忍さも耳にしないフィクサードである。 「力量が低いから裏方にいるわけではないんだ。裏方という以上、こまった時の駆け込み寺という性質ももちあわせている。かなりの呪詛師だ」 デス子が端末を操作して、一枚の写真を表示する。 「以前、四国動乱――『裏野部』派が解体された際、切り捨てられた者達が黄泉ヶ辻に流れた。だが折合いのつかない者、黄泉の害になった者も一定数いた。そいつらがどうなったと思う?」 写真には、木箱が三つ映っている。 横にあるアルミの灰皿との比較からするに、成人男性の握りこぶし大ほどだ。三つの木箱は、木にしては湿ったようにドス黒い。 ただの水では、ここまで黒くはならない。 「『箱に詰められた』んだ。フィクサードの家族も。この巡という男にな」 どうやって? デス子は、わからん、と短く返してくる。 「インヤンマスターとしての高い力量、得体の知れん力、得体の知れんものまで引き寄せる相手だ――充分に気をつけてくれ」 再び現場の映像に切り替わる。 映像にふと目をやると、異様に長身な人影が、百鬼夜行の最後尾あたりに一瞬だけうつったような気がした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月21日(土)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愉快なメールの送り先 人垣が、閃光を浴びて倒れ伏す。 駆け出してくる人は八人。此度の事件を請け負ったリベリスタ達である。 「愉快なメールに呼び出されてきてみれば」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、Dの魔女の杖が誂えた杖を構えて、三四郎へ言った。 「トントン、という事でご容赦ください。うち(黄泉)を飛び出したままの弟子を捕まえて送るくらいしてます」 誰の事を言っているのか定かではなかったのだが。 「何か心当たりあるけど、今は良いや!」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が最前線へと躍り出て義妹と三四郎間の射線を、まず遮る。 「ワクチンを素直に渡してよ、全部が京介みたいにクレイジーになられても、話が通じなくて、あんたもこまるんじゃないの?」 黄泉ヶ辻は、心底から考えている様に眉毛を八の字にする。 「そうですねえ。愚生も人間の一人ですので、どれだけ好きでも長く続ける訳にはいかない」 なら! と、夏栖斗が一歩踏み出る。 その夏栖斗の横をすり抜けて、躍り出るのは『縛鎖姫』依代 椿(BNE000728)であった。 「メール見て急いでこっち来てみたんやけど……まぁ、なんや、相変わらずオカルト側にいらっしゃるようで何よりや」 ぴらぴらと携帯を見せつけるようにして、懐に仕舞う。 「さて、ワクチン渡してもらうまで色々お話させてもらおか!」 「しかし、物足りないのも好かないわけですよ。美味しいもの少しだけだと物足りない。たくさん食べると胃もたれする」 和服の男は、首を傾げる。傾げてズレた丸いメガネの位置を中指で整えて、笑顔で続ける。 「二三日後くらいなら、喜んでさしあげます」 「今!」 夏栖斗と椿の声が重なる。 『うおアアアアアア!!!』 足を止めて会話を交わした結果、ウィルスにやられた狂人達が、黄泉ヶ辻に追いつき。また、リベリスタ達にも襲いかかった。 「おおっと。忘れていました」 敵は逆さの逆さの晴明紋を描く。 術式が完成する寸前に、雷音が星占いを当てる。 「……君もご存知のとおりボクたちも暇ではないのだがな」 「おや。お見事」 リベリスタ達に襲いかかったる狂人に『もっそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)が不殺の閃光を放つ。 九字を切る様に、手を上下にぱたぱた。光を一旦払う。倒れた一般人を見て。次に三四郎に目をやる。 「どうして無理矢理一緒にしてしまうなんて考えたのでしょうか。酷い事を、肩代わりさせるのでしょうか」 「愚生もよくわかりません。が、まあいいじゃないですか」 「良くないと、まおは思いました」 真っ直ぐ見る意思を込めた視線。対する黄泉ヶ辻への返事は、どこまでも柔和な視線であった。 「嫌いではないですよ。やはり若者はこうでなくては」 別方向より不殺の閃光が照射される。 「日本橋ナウ、じゃねぇぞー! 田舎暮らしが好きそうなフィクサードさんはココですか」 「はいココです」 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)が、後方から来た一般人を払う。 「俺、霧島俊介。アンタの事は知ってるけど、あえて聞く。アンタの名前は?」 「巡 三四郎といいますよ。霧島さん。人情に篤い方だと心得ています」 俊介は、黄泉ヶ辻が起こした神秘事件との関わりが深い。敵も裏方。双方耳に入れていてもおかしくはないのだと怪しまれる。 そこへ『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、紫煙を吐き出して、ゆるやかに長銃を肩にかける。 「巡君は随分と久しぶり。こんな場じゃなきゃ再開を喜び友誼を深めたいもんだがねぇ」 「お久しぶりですよ。お茶屋がいいところですが、生憎と今回は敵みたいですかね」 烏は、眼前の男がいくつかの黄泉ヶ辻絡みの事件に寄与している事を知っていた。 奇妙な兵器の作成者への協力である。 ボトムガード事件――Wシリーズ――W00の協力者、裏方である。 「――どうにも面倒くさい状況だが、ちゃちゃっと終わりにしようかね」 「ほんとうに……あぁ」 烏に同意する様に『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は吐き捨てる。 「帰って布団に入って本でも読みたいですねぇ。くだらないというか、しょうもないというか、うん、格が低いですねぇ」 興味がまるで沸かない。無論、聞えるように言葉を続ける。 「ゲームで言うなら、二三番目の街に入ったら起きる序盤イベント的な」 黄泉ヶ辻は「成程」と返事をする。 「面白い事も、ただ面白いと見れば、詩になります。つまらないことも、ただつまらないと見れば、画にもなります。例えばちょっと怒った時に怒りを、帳面の端っこで俳句や画に変える。すると己から離れ、一寸、冷静になります。次に、自分は自制出来る人間だという嬉しさだけの自分になる。この感じで勘弁してください」 「はあ?」 ちょっと考えて、薬にも毒にもならない講釈だ。 時間の無駄だと胸裏で切り捨てて、緑の輝きを俊介に施す。 「初めまして、黄泉ヶ辻の穏健派さん。私は水守せおり。箱舟の過激派だよ!」 『非消滅系マーメイド』水守 せおり(BNE004984)が飛び出して、一刀を浴びせる。 敵の足元の五芒星から縦に生じた薄いフヰルムのような光の次、せおりの太刀筋は三四郎から逸れる様にダギリと地を打つ。 「これはこれは。フグ美味かったですよ」 「む」 せおりは、一寸切り返し方に苦しむ。 黄泉ヶ辻といえば、過去にも女子高生集団であったり、二重人格者の狂人であったり。それらを相手にした事があるが。ステレオタイプの気触れでもなく。 「では、ちょっとしたゲイムですが。お手柔らかにおねがいしますよ」 ●Miss.Eight Feet 攻撃が当たらない。 「――と、感じたらもう手遅れということです」 「君はともすればリンフォンも持っていそうだな」 雷音が飄然という黄泉ヶ辻に放った星占いであったが、顕現した途端に雲散した。 「欲しいのですが都市伝説っていうのはアテにならないものです」 「それをお前が言うのか! ヤマノケに八尺様、次はくねくねや姦姦蛇螺が出てきても驚かないぞ」 銃声が鳴る。 椿が放った弾丸であったが川の方へと逸れる。 「ちょっと、どんだけ運を底上げしとるん!?」 三四郎の方位、方角、風水における地の力、星読み、その悉くが攻撃を拒絶している様に。とにかく当たらない。 夏栖斗の拳も空を切る。 「っ!?」 「失礼」 スパンと大きな音がなる。 「っ痛ううう……」 振りかぶった三四郎の掌が真っ向。夏栖斗の顔面が平手で叩かれる。氷結が始まる。 「酷いチート能力ですねぇ」 シィンが独り言つ。 「隣の芝生は青くみえるものですよ。一対一ならともかく。一対多ができるフィクサードなど、首領を除いて国内なんて――」 「黙っててくださいねぇ独り言なので」 「はい」 シィンは、三四郎を黙らせて粛々と自らの役目を遂行する。 これまで空振った分の力は、即座に補填される。 「巡君、黄泉ヶ辻で上からどの位なんだっけか」 烏が放った神秘の閃光弾は、ある米国大統領暗殺が如きありえない軌道を描いて川へと消える。 「元締めも対アーク任務に関してずいぶんと渋られてましたかね」 「まあ――ゲイムにならなそうだな、と」 烏は世間話的なやりとりの次に頭を切り替える。 初手。付与前にどうこうするのが正解であったか考え。付与であるならば切れ目はあるだろうと結論付ける。 これは持久戦になる。 ちらっとシィンを見る。ならばいつかは倒せる。 そう決めたところで、一斉攻撃を再開した。 戦闘が始まって30秒の間有効打を全く与えられない時間が続く。 対する敵は、必ず最大威力を放ってくる。 そして氷結。前衛にいた夏栖斗、まお、せおりは、順番に凍らされて、次には俊介とシィンの回復で立ち直っては向かう。これが繰り返された。 「もういい下がれ! 無茶はするな!」 雷音の声が夏栖斗に飛ぶ。が引かない。 「変態兵器――の中身を作った人、どうしても思うところがあってさ!」 「ばかめ」 「わかってるよ!」 前衛で氷結した夏栖斗は、纏わりついた氷を砕いてブロックを続ける。 「そういえば物部天獄兼平はどないしたん? やっぱり扱いづらかったん?」 「弟子にあげてしまいましたよ」 椿は攻撃をしっかり交えながら、トークを加熱させていく。 「あ、ハッカイの作り方はうちも知っとるんよ。何をどうやったらハッカイを攻撃手段として使えるんかなって。制御法が気になってやね。逆星儀はこの前見せてもらったし、実際に掛けてもらったし、うちも星儀の方は昔使ってたからなんとなく仕組みはわかるわ 覚えれるならそれに越したことはあらへんけど!」 続いて「あーーーっ!」と声がした。 「よく考えたら、うちがお世話になってる百貨店の近くじゃないかー!」 「タカシマヤなどがありますね」 せおりは、黄泉ヶ辻がおもむろに懐に手を入れるのを見て、させじと掴む。 「――八開の都市伝説は知ってるよ。怨讐と血に塗れたお話、だけど。私の家はきっとそれ以上の血を浴びてきたから」 呪詛などに負けない。という意思の力もあるだろう。 せおりは掴んだ腕を離す。 瞬息の間に、下段構えから銀線が跳ね上げられた。 「――成程。朱鷺島さんの星儀ですか」 雷音が『最初に当てた陰陽・星儀』は、これを意図したかは本人のみぞしる所である。 最速でかの逆星儀の付与が展開される前に不吉、不運を付与すること。この結果、せおりの攻撃が当たる。 ステアウェイトゥヘヴン。すなわち三四郎の逆晴明紋が雲散する。 「付与砕いた!」 せおりの声に応じる様に、まおが三四郎に肉薄する。 「ロイヤルストレートフラッシュを――ドカンです」 5つの光が糸の様に細ってレイザーの様に三四郎を穿つ。更にもう一撃。 「いやーこれはピンチですね」 ふらつく三四郎――と。 この瞬間を境に周囲の景色が、まるで色を失ったかの様に、ひどく退廃的に思えた。 目に映っているものが数瞬前と全く異なる場所のような感覚である。 「来る……?」 俊介が言う。 「あちゃあ。背の高い綺麗なおねーさんは嫌いじゃないんだけどね!」 夏栖斗は遠間合いの俊介から回復を受けながらが言う。 「来たか」 烏が新しいたばこを咥える。 「ええ!? うちまだあんまり話ししとらんのに」 椿は話し足りない思いを口に出し。 シィンはあくびを噛み殺す。 普段の町並み、普段の景色であるのに川のせせらぎが狂人のうめき声も耳に入らなくなった。得体の知れない焦燥感が、うなじの辺りを焼いたと思った時には、独特の低誦が耳にはいる。 ――po Po pO pPO po popO いた。 橋の手すりの間隔から、前髪は長い女の顔が出ている。下は川だ。 瞬きをした瞬間に消えている。 次には、四つん這いに這入る様に長身の女の形をしたエリューションがリベリスタ達の背後をつく形で居た。 神気閃光が届かない範囲である。狂人が残っている方角である。 「逃げてください逃げてください」 まおは、思わず叫ぶ。 寄ってくる狂人達の男声側が一歩ずつエリューションに近づく度に縮んで。縮んで。万力で圧縮された様に。染みとなった。 「……痛い思いをさせてごめんなさい」 「いやあ、人情ですね。ごほ」 血反吐を吐きながら立ち、懐から木箱を出す三四郎を、まおはまた真っ直ぐな目で見据える。 ●呪詛ト廻レ8&8 ―Curse of Curses― 「いやあ怖い怖い。ま、一度くらい非人情で良いでしょう。『八開』」 柔和な表情を崩さずに放たれる秘術は、えげつない呪詛の奔流である。無味無臭無音の呪い呪縛不吉不運凶運毒毒毒。異変はすぐに巻き起こる。 自らの内蔵が食道を通ってせり出てくる。 吐き出しそうになるほどに暴れている。比喩ではなく。自然と勝手にねじれて行く。 肺臓が吸気を拒む様な息苦しさが支配する――それは女性と未成年のみが対象だ。 「これが……――やのこれ!?」 深淵を覗く目は、しかと観る。 8つの黒い人影が笑いながら泣きながら消えていく。 雨の様に黒いものが降り注ぐ。魔術知識を持つものにとっては、絶大な魔力が空から降ってくるように感じる。 強靭なリベリスタでもこの状態であるのだから、一般人はたまらない。 一定の範囲内にいた女子供がことごとく中身を吐いて苦しみ抜いて死ぬ。 一方で後衛では。 長身のエリューションが迫りきて、俊介が狙われる。 「お帰り下さいお帰り下さい!! ――チッ!」 振りぬかれたエリューションの手が掠める。掠めただけで、自らのその神秘的な余力をごっそりと削られた。 構わずご都合主義の神の威光を唱える。 消耗した女性陣と未成年を蝕む呪詛や毒は、ことごとく消え去った。 「ったくオネショタするには歳食い過ぎてねーか、三四郎! 田舎からとんでもねーもん連れて来やがってからに!」 その俊介をまるで赤子の様に高らかに持ち上げるのは、かのエリューション。 「もう動くのか」 深淵を覗く目から、そのエリューションの眼を観る。途端、巨大な手に上から圧縮されているかのような痛みが走る。 「はいはい。凄い凄い。昨日あたり新刊出てましたっけ、本屋さん行きたいなぁ」 シィンが世界樹の力を放つ。俊介の余力はこれにて補填される。 まおはもぞもぞと死体へ這寄り、謝罪するように。 「痛い、思いを、させてごめんなさい。避難間に合わなくてごめんなさい。全員助けられなくてごめんなさい」 先と同じ言葉を反芻し。 眦を決して、三四郎を見る。次には立ち上がって駆ける。 「三四郎様はひょうきんにみせてやっぱり黄泉ヶ辻なんだと、まおは思いました」 「ええ」 ええの二文字の次に、まおは気糸を複数放ち、束ねて三四郎を絡めとる。 「巡君。『ワクチン』出してこの辺で手打ちにしねえかね。これを倒すの手伝うがね」 「ゲイムは興じるものですね」 烏の長物が火を噴いて弾丸が『八開』を貫いた。 中にはWシリーズを用いて集めたリベリスタの死体が8つ。使った弾丸は焼夷剤入りである。一瞬で木箱を焼きつくす。 せおりが構える。 「東夷だった時、鎌倉の御世も、乱世の時代も、藩主だった時も、華族だった時も、そして今の時代も。養女ながら次代に立つ私もそれは同じ。現にこんなに血を浴びてる。だから、ちっとも痛くないっ!」 もう一度。ステアウェイトゥヘブン。駆け上がる天への階段の太刀が下から上へと軌跡を描き。 「伝播する狂気だなんて厄介にも程がある。絶対に食い止める!」 雷音の手から放たれる星占い。一手が確実に運命を突き崩すように。 「ちょっと痛いかもしれへんのやけど」 椿が放った弾丸が、天運の意趣返しの様に最大火力で突き刺さる。 「羅刹!」 夏栖斗が大きく息を吸う。今は攻撃は届く。 貫手、肘鉄、鍵突き、手刀――繰り出された覇界闘士の絶技が、黄泉ヶ辻を上へと跳ね上げ。 「あ、部屋の電気消してきましたっけ?」 シィンが指を振る。 ダメ押しとばかりに、天から降り注ぐものが黄泉を滅ぼした。 ●中央区日本橋クリア シィンは幻想纏いを通じて、本部へ報告した。 「自分自身は唯一であるからこそ素晴らしいのに。なんで増やそうとするんですかねぇ……」 「ねね、あそこ。今着てる和服を誂えたのもここなんだよね」 せおりの言葉にシィンは静かに『中央区日本橋、回収完了』の一文を送信し。 「付き合わされる皆さんお疲れ様です。打ち上げにお鍋あたりが食べたいですねぇ」 横を見ると大の字になって倒れた和服の男。が興味はない。 「ほんとに黄泉ヶ辻づいてる」 夏栖斗は巡という黄泉ヶ辻を推測しながら。ワクチンを携えて周囲の治療にあたる。 「ハッカイを持っているのは、コトリバコを伝承したとされる。島帰りの一人だったとか。あんなクレイジーな呪いを世に出せるとか」 まおが続く。 負傷者に応急手当をしながら。 「全員助けられませんでした食い止められてよかった、とまおは思いました」 「ま、ね」 雷音は先ほどから星占いを繰り返す。 「むむむー」 秘術を得とくしたかったが、逆廻しでもどこまでも星儀である。 「直接聞いた方が早いな」 そちらを見れば椿が。 「三四郎さん。八尺様は、やっぱり熊本でお会いしたん? 見初められる辺りが三四郎さんらしいというか――三四郎さん。仮に黄泉ヶ辻が無くなったとしたら…アークとかどうやろ? とりあえず、うちは大歓迎やよ? だから」 三四郎は血溜まりを地面につくりながらそっと目を閉じる。 「……まあ、化けて出るのも楽しそうですね」 「怖っ!」 烏が新しいタバコを咥える。 「黄泉ヶ辻も戦後処理で忙しくなるだろうからな、巡君がいてくれないと困るだろうしね。依代君、ちょっと」 椿を人一人分退かせる。 入れ替わる様に俊介である。 「俺は殺したくないからな、自分の手は汚したくないし――」 俊介が全力で回復を施す。 施しながら、巡というフィクサードの名前を聞いたのは何時だったかを少し考えていた。 ブリーフィングの時に聞いたか。いやさ、それより遙かに以前。 『そうよ! 巡さんは信用したいのよ! だからやめて! やめてよ! 見逃してよ! 見逃してくれれば私達は』 俊介が掘り返した記憶には、あるツインタワーでの少女の嘆きに着く。 「――死ぬところを見るのも嫌だ」 癒しの光が日本橋の上に大きく輝いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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