● もしも世界がおわるなら、と。 ふと。そんな空想をしたことがあるだろうか。 例えば今日明日、今月、来月滅んだらどうするか。 原因は何だっていい。 突然巨大隕石がふってくるとか。 急に核戦争になるとか。 地磁気が反転してどうのこうのとか。 はたまたガンマ線バーストの直撃をくらうとか。 あるいは実はこの世界は夢であるとか、ゲームの中であって、本当の現実世界で目覚め呼び戻されてしまうとか。 遠い夏のあの日、まだ世界が二十世紀の頃。 オカルティックな世界滅亡論が世間を騒がせていた頃。 1999年の災厄『ナイトメアダウン』の事など、世間の人は字らなくて。結局の所、多くの人は空からなんて何も降ってきやしなかったと信じたまま、今も生活を営んでいるのだ。 ともかく。 ふとそんなネガティブな空想を描く事はないだろうか。 全くどうでもいい、すぐに頭を離れていく空想だ。 世界が滅んだら、自分が死んだら、大切な人が居なくなったら。 そんな時に、やり残したことは、どうしてもしておかなければならないことはないだろうか。 ―― ―――― 『あー、あった。あったよ』 そんな事を思いながら、おっさんは『ピっ』とLEDのルームライトにスイッチをいれる。 すっかり風呂を終え、晩酌の時間だろうか。その手には空のグラスと缶が握られている。 今日は週末。疲れたのかウィスキーとチェイサーでビールをやるらしい。 なんか。 あれだよ。 煉瓦造りの瀟洒な佇まいは、遠く明治の昔を想い起こさせる。 隣の敷地に大学を持ち、中学高校から一貫して教育を行うこの学校は、かつては華族の令嬢の為に―― そうそう。女の子同士の友情。憧れ。 挨拶なんか『ごきげんよう』って。 今度はね、そういうのももちろんあって、もう少しライトなのを含んでもいいよね。 お弁当交換したり、ぎゅうぎゅう抱きしめあったり。 二月だよ。二月。もうすぐお姉様達は卒業しちゃうんだよね。 悲しい。ああ、悲しいなあ。 そんな妹達の心も知らず、お姉様は未来の大学生活に想いをはせて。 これが日常系アニメなら、終わりのほうなのかな。 あーー。軽音楽部に入部して毎日お茶会して過ごしてえなあ。ちっきしょう。 ● ブリーフィングルームに集ったリベリスタが眉をひそめた。 「申し訳ないけれど、説明してくださる?」 「え、えと。はい」 尋ねられた『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)自身も、困惑しながら状況を伝えた。 映像に映ったのはなんだか上位世界か何かの事らしい。 「イメージ映像です」 まあ、万華鏡で覗ける世界ではない訳だが。とにかく非常に申し訳なさそうに説明するエスターテの姿は少々痛々しかった。 そんな世界の影響を受けてしまったこの世界『ボトムチャンネル』、この日本に。なんだかどっかに学校が出現したらしい。それはもう突如出現してしまったらしい。神秘である。 「結びつきませんわね」 お姉さ――リベリスタの問いにエスターテはすみませんと答えた。 恐らく存在するであろうとある上位世界は、この世界と比較的似ており、崩界度の影響で神秘的事象の起き易い日本のどっかに、力が投影されてしまったとか、なんとか、きっとそういうもっともらしい理屈で出現したのだ。 日本のどっかっていうのは、なんかまあ、依頼に都合がいい所だ。深く考えてはいけない。 そこはなんか中学だか高校だか、とにかく女学校で、中に入ると美少女はそのまま制服姿になるのだ。楽しく過ごせるのだ。 美少女でなくとも、ひげのおっさんでも誰しも美少女になって生活出来るそうなのだ。 いろいろな意味で神秘的には非常に困った事態なんだけども、万華鏡の観測ではそこで楽しく過ごせば飽きた頃にいつの間にか、ふっと消えて解決するそうだ。 もちろん大変な事態だし、放っておくと神秘的な事件を誘発したりするかもしれないが、やる事自体は『中で遊んで来い』という事だ。 なかなか要領を得ないエスターテの説明を要約すると、だいたいこんな感じになるだろうか。 「一体、どういう事態なのだ、これは」 眉をしかめたアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)は、全く状況に理解が追いついていない。 「えっと、ゆりゆりすればいいそうです」 「シャイセ。まるで意味が、わからない!」 「え、と、これが資料だそうです」 「ふむ」 手渡されるのは、なぜか十冊の文庫本だった。女の子だけの学校で、女の子達が華やかに楽しく過ごすという内容だ。 最もアウィーネにとって、そんな事は知る由もない。 「一応、読んでおこう」 怪訝そうな表情のまま曖昧に矛を収めたアウィーネを放置して、エスターテがリベリスタに向き直る。 「え、えと。お願いできるでしょうか?」 「よろしくってよ?」 「え、と、よろしくお願いします」 リベリスタの頼もしい返事に、エスターテは桃色の頭をぺこりと下げた。 自分自身も数に入っていることなど、このとき静謐を讃えるエメラルドの瞳は知るよしもなかったのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月01日(日)22:01 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「ごきげんよう」「ごきげんよう」 澄み切った空を流れるそよ風の様に。少女達は爽やかな朝の挨拶をかわす。 かつて華族の令嬢の為に作られたこの学園は、伝統あるミッションスクールの面影を遠く明治の昔から伝えている。 そんな背の高い門をくぐるのは『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)だ。 『この校門をくぐるのもあと少しかと思うと、なんだか複雑な気持ちがするわ』 二月も終わり、この学校に通うのもあと僅か。もうすぐ卒業式なのだ。 「ごきげんよう、義衛郎お姉様」 細い腰にかかる義衛郎の巻き髪がふわりと翻る。 「あら、ごきげんよう」 きらきらとした朝日が、白磁の肌に淡い髪色を照らしていた。彼女は美しい顔立ちと、古風でどこか男性的な名前も含めて下級生から人気のあるお姉様なのである。 彼女が上履きに履き替え教室に入ると、いつも通りクラスメイトの数は疎らだ。 通常の授業は夏前には終わりを告げ、今はみんな入試や卒業旅行などで忙しいから。とはいえ入試などとっくに済ませてしまった義衛郎お姉様にとって、本来的にはもう、学校にくる意味はないのだ。もしかしたら彼女は、教室の窓から差し込む淡い陽光に別れを告げる為に、ここに居るのかもしれない。 一年を共にした席に座り、彼女はそっとマルセル・プルーストを開く。 講堂の方から静かに聞こえてくる歌声は校歌にいくつかの聖歌。きっと卒業式の練習をしているのだろう。 耳をくすぐる風と共にこみ上げてくる実感。この生活はもうすぐ本当に終わってしまうのだ。 「おはよー! じゃなかった。ごきげんよう?」 「え、と。ごきげんよう」 首をかしげた『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)に『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はそっと挨拶を返す。 まさかエスターテと授業を受ける事になるとは思ってもみなかったルアであったが、かれこれ入学して一年。そんな彼女達も春には新入生のお姉様になるのだけれど。 純粋培養の大和撫子が箱入り出荷されるこの学園生活を、南欧出身の彼女等は少しむずがゆく感じてしまう事もある。 一生懸命におすまししてみるけれど、つい吹きだしてしまったり―― そんなこんなで一限目の授業が始まった。 黒板に数式を書き付ける先生の身体が揺れている。 『先生の頭見て』 そんなルアからの手紙を受け取ったエスターテは先生とルアとを見比べる。 そしてピースと共に送られてきた二通目。 『今日はちょっと散らかってる』 困った様な顔で俯いたエスターテの肩が震えたから、もうルアは耐えられない。 ぷくくく。 授業中に笑ったりなんてしたらダメなのだけれど。 「ホワイトさん、何かおもしろい事でも?」 「ひょあ!」 注意されてしまった。 「何でもないでーす」 ゆるやかに流れる時間は、チャイムと共に二限を迎える。 ルアがふと窓からグラウンドを眺める。 すらりとした足。あの豊かな胸の二人は―― ふと視線を落とすと。 「うう……」 げんなりしてしまうルアなのであった。 さてそんなグラウンド。 留学生である『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)は、まだ日本に来て日の浅いアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)の面倒を見る事が多い。 同郷のよしみか。二人は共にドイツ名家の出身なのである。 グラウンドのトラックを不機嫌そうに走るアウィーネと併走するリセリアだが、日本のスポーツ授業はドイツとはずいぶん違っているものだ。 ドイツでは授業と言えど自主的なコース選択を行い、自由闊達にスポーツを楽しみ、その知識やプレイに関する指導を受ける気風がある。 自由な服装で挑み、疲れたら休むのだから、こうして体操服を着て延々と走るという事はあまりないのかもしれない。 「私は、出来れば剣術がしたいな」 「まあ――」 そう言うアウィーネをリセリアは優しく諭す。 こうしてこの日本で――本当の意味で、極普通の学生の生活というものに触れる機会と捉えるならば。 結局の所、常にリベリスタでしかない彼女達にとって。 「そう悪い経験でもないのでは、と思います」 「なるほど、そんなものかもしれない」 ともかく。二人は息を切らせ、走る。 発育もよければ、どうしても揺れるものはある。 震える胸。 じっとりと張り付く衣服。 竿は握り締めて離さない。 豪雨に。揺れる。揺れる。甲板に踏ん張る。 はちきれんばかりの筋肉に力篭めて。横薙ぎの波相手に、一発気合を入れる。 男一匹『Dead Aggressor』ザイン・シュトライト(BNE003423)。船駆る相棒、逢坂・弥千代(BNE004129)にたった一つの命預けて、大間を発ったのだ。 私たちは――いったい何尾釣り上げればよいのか。 ● 「楽しい船旅と行こうや」 あの日。弥千代の言葉にザインは応じた。 「何、そうだな……船いっぱいに積んで帰ればよいか」 船旅は順調だった。昨今の自動操舵と弥千代の操船技術があれば向かう所に敵はない。 雨が、風が。一体何だと言うのか。いつだって逆風の中に生きてきた。この程度、どうという事もない。 今頃、連中はどうしているのだろうか。 逢坂弥千代。三十二歳。雄。女の園に興味がないかと言えば、ありありではある。だが女装やら美少女扱いというものに、弥千代はこれまで散々曝されてきた。 革醒して以来、ピンクゴールドの髪に枯れたアンティークゴールドの瞳。ともすれば少女と見まごう美しい顔立ちとは言え、そもそもはいい歳こいたおっさんである事を弥千代は自覚している。 『混ざっていい場じゃねんだよ』 勤勉なリベリスタ諸氏に閲覧されるであろう報告書になる事も、後ろめたく居た堪れない。神秘は秘匿されるべしと。それでいいのだ。 そもそも美少女になって学園で過ごすか、鮪を釣っていれば事態は解決する。アーク本部から受けたのは素っ頓狂な説明ではあったが、ならば乙女の園は任せて、鮪の一本釣りと洒落込むのも悪くないだろう。幸い見た目は兎も角、引き篭りのインテリ一辺倒だった覚醒前より力だって溢れてる。 防寒対策は入念に行った。 カッパに長靴。防水装備にカイロ。己の身体以外に頼れるのは、こいつと船と相棒一人。いや、そいつが何よりデカいのか。 船が揺れる。足を捌く。太腿一杯に力(リキ)入れる。 ポイントに到着さえすれば、弥千代とて一心不乱に竿を振る。 骨髄の神経と血抜いて氷詰。手際よく処理してやる。 目標は見逃さない、ザインが最後に賭けるのは男の勘だ。 男二人。後は信じる他ない。 一尾。三尾。 男の戦い。力こぶに気合が漲る。 汗が流れて。雨に濡れて。かかった、大物だ。 船が傾き靴底が滑る。糸がきりきりと泣叫ぶ。 「ザイン!」 二人で握って、力いっぱい踏ん張る。吼える。 雨音が声、吸い込むなら。男二匹はそれ以上に吼え猛る。 全身全霊、ありったけの力をぶちまけて。 ――――これで十尾。 ひとまず。頃合だろう。 やりすぎないのが鉄則だ。ザインと弥千代は船室の戸を開け顔を拭う。 男の海は体力勝負だ。無理をしたらすぐに倒れる。 「ふむ……」 着替えを済ませたらコーヒーと、何か口にいれておいたほうがいいかもしれない。 そんな風に思っているのか否か。窓際の席で所在なげに座っているアウィーネを義衛郎お姉様は発見した。 きっと体育の後で疲れたのだろう。義衛郎お姉様はお見通しなのだ。 「さて、今日のお昼は、誰かと一緒に食べたい気分だわ」 手作りの可愛らしいお弁当を持って。お友達と一緒に。 今日は、そんな風に思った。なぜだろう。外は肌寒いとは言え、きっと春本番も近いからだろうか。 限りある今。失われて往く現在。この日常。 少しずつ膨らんで往く桜のつぼみが綻ぶと共に――彼女はこの学校を去るのだ。 「ごきげんよう。ご一緒してもよろしくて?」 「あ、ああ。もちろんだ」 同じ軽音楽部でベースを操る義衛郎は、ドラマーであるアウィーネに一目置いている。生真面目で頼りになるのだ。 定食を持ったベーシストのリセリアも戻ってきた様で、リズム隊の三名が揃った。 「お昼休みなのー! エスターテちゃん学食いこ!」 「はい」 風のように現れた二人も軽音楽部で、いつものメンバーが揃っていく。 「今日は、タコさんウィンナーとひよこさんがいるよ! うさちゃんのリンゴもあるから!」 ひとつあーんと。 「エスターテちゃん、やっぱりパンよりご飯がいいよ!」 「え、えと」 「私、前世は日本人なんだよ!」 「ど、どないやねん」 くすりと。 「賑やかね――」 いつもなら、上級生である義衛郎お姉様は、はしゃぐ妹達へ注意一つしなければならないのかもしれない けれど。こんな日だから、静かに微笑んで。 「あら。少し、じっとしていてくださる?」 「む?」 アウィーネのほっぺにご飯粒が。 「はい、取れました」 頬を染め俯くアウィーネ。お箸で戴くご飯は、留学生にとって不慣れなのだろうか。 けれど可愛らしい姿が見られて、今日はラッキーだったのかもしれない。 お弁当と定食のおかずを交換して。 みんなで食べれば何倍も楽しくて。 定食のお魚は、あっさりと優しい塩味で。 新鮮な旨みがぎゅっと濃縮されている。 「――美味い」 そんな日に語るのは、きっと故郷の話だ。 「妻と娘を失ったのも……これくらい寒い日だったか……」 ふと。そう述べたザインは会話がなければ息が詰まる、という性分ではない。 けれど荒海の中で命を預けあう仲間との食事なら、多少の味気があってもいいのだろう。 あの日――彼は死んだ。 ノーフェイスとなった妻の手は、娘と己の命を奪った。 けれど皮肉な運命はザイン一人にもう一つの命を与えた。 血まみれの身体で探した妻は、故郷ドイツのリベリスタに討たれていた。 守るべきものは消えうせた。だから彼は、何かを守れる身になるべきだった。 その日。死した男は髑髏の仮面を身につけた。 悪意の総てを捻じ伏せる、死せる侵略者の誕生だったのだ。 「こちらの世界に身を置いていれば、どこにでも転がっているような話だ」 ぽつり。呟くザインの声に耳を傾け、弥千代が眼鏡を外した。手ぬぐいで顔を拭う。 「酔狂だな」 「酔狂、と言われてしまえば、まぁ……そうなのだろうな」 炙った鮪肉をもう一切れ齧る。 見よう見まねの解体でも、意外とどうにかなるものだ。 これだけ釣り上げたのだから、この程度は役得だろう。 「なぁ、ザイン……」 「どうした?」 「この釣りがひと段落したら、鮪丼やろうな……」 それもいいかもしれない。 その時は――弥千代は思う。サビ抜きだ。 そうして。 時は。ただ静かに流れて往く。 朝日と共に訪れる新世界の足音は、結局の所今の世界の終わりを奏でるものに変わりはなくて。 湧き上がる期待と、消しきれない未練とを抱え。 わたくしは―― ● 「――いえ」 彼女が――『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)が戴く聖箱舟女学園の青百合の名は重い。 全校生徒の憧れを一身に背負い、妹(プティ・スール)達の模範、規範として振舞う身の上。 『青百合の名に憧れてくださっているみなさんに、このような姿を見せてはいけません』 かつて彼女の姉(グラン・スール)もそうだったように、最後の最後まで凛とすべきだ。 有終の美を飾れずに――青百合を名乗る資格はない。 ―― 「きゅうけー!」 ルアはぎーたん――チェリーサンバーストカラーのヴィンテージギターを立てかけ、ぎゃんとひと鳴き。 「えへへ、ごめんね」 「御茶会も良いのですが……」 何せ練習して三分なのだ。 心配そうにため息をつくリセリアは、明確にバンドの技量不足を感じている。 鍵盤系共々、もともと楽器というものに心得のあるリセリアとて真面目に練習をしているのだ。 比較的勤勉なエスターテのキーボードはどうにかなるとしても、完全に弾きこなせているとは言いがたいルアに、走りがちなアウィーネのドラムとも一体感を出さなければならない。タイムリミットも近づいているから頭の痛い問題だ。 「アウィーネさんはタム回しからサビに入る直前、一呼吸いれましょう」 「むむ、分かった」 「ルアさんはソロのアルペジオに入る前、マイクから口が離れています」 「え、そうなのかな。えへへ、ありがとう」 「ではもう少しだけ練習しましょうか」 「はーい」 ―― ―――― それから三十分。 音が止んだ。頃合だろうか。 職員室で書類を提出し終えた寿々貴お姉様は、音楽準備室への階段を登る。 きっと彼女は、何も知らないふりをして。 優しげな微笑みを絶やさず。丁寧に仕上げた沢山のお菓子を持って妹達の元へ向かう。 これまでであれば生徒会室でいくつもの書類に目を通す時間ではある。 誰にも公平な姉として――いえ。 けれど、せめて最後くらい。いいではないだろうか。 生徒会役員とは言え。 「わたくしだって、軽音部員です……よ?」 本当にゆとりある時にだけ、お菓子を持ってお茶をしに行っていただけなれど。 「あら、寿々貴さん」 「ええ、義衛郎さん」 二人は小さく息を吐き、木の扉をゆっくりと開く。 「わっ。義衛郎お姉様と寿々貴お姉様っ!」 「ごきげんよう」「「「ごきげんよう」」」 「お誘い、ありがとう」 もうすぐ卒業生となる二人が部室に足を踏み入れるのは、実は久方ぶりとなる。 「実はお姉様達にプレゼントがあるんだよっ」 「何かしら?」 夕日と共に。窓から優しい春風がやってくる。義衛郎お姉様の長い髪が頬をくすぐった。 プレゼントと言いながら妹達が楽器を準備することは――知っていた。 可愛い妹達のやることだ。知識として知っていたというのではなく、彼女には分かっていた。 「軽音部としての一大イベント、ですね」 振り返るリセリアは頷くと、アウィーネがスティックをカチカチと鳴らし――演奏が始まった。 義衛郎が瞳を細める。 F、C7。どうにか繋げるコード。つたないタップ。へんてこな歌詞。 生真面目で熱心で、故に逸りがちなドラム。 優しく控えめなキーボードライン。 それらをやさしく、けれどしっかりと支え、束ねる安定したリセリアのベースライン―― ――部室の片隅で、歌声と旋律に耳を傾けているだけで、十分だった。 多忙な寿々貴にとって、休憩時間にお茶をしながらの談笑に混ざる事が、どれほどの安らぎだったか。 今となれば遠く、けれど大切な思い出になってはいるけれど。 贔屓に見えぬ様、陰ながらステージを支える事は、誰にも言えない誇りでもあった。 そんな何時もの、暖かで優しい場所は――今日で最後なのね。 二人にだけ贈られる演奏と歌声―― 先の世界がどんなに険しくても、これを力にきっと踏み越えていけるから。 「素晴らしい演奏だったわ。みんな、ありがとう」 「あぁ……須賀さん、夢では、ないのよね?」 いけない―― 暖かな涙が、二人のお姉様の手のひらに零れて。 桜と。飛び立つ鳥と。青空と。少し珍妙な歌詞だけど、想い出は目一杯に篭めたから。 部室で、皆で一杯。一生懸命練習した曲だ。旋律だってまぁまぁって想う。 『でもね……』 ルアの涙が一粒。ぎーたんにこぼれ落ちて―― 「リセリアさん」 素敵なプレゼントを頂いた所で、軽音楽部部長――義衛郎お姉様には最後の仕事が待っていた。 彼女は夕日に煌くサンバーストのジャズベースをゆっくりと胸に抱く。 「私のベースを受け継いでくださるかしら」 伝統に則って。 「はい――」 柔和でしとやかな義衛郎が奏でるJazzyでテクニカルな奏法は、しっかりとリセリアに受け継がれている。 同じ部室で過ごせなくなっても、あなた達は私の心から大切な仲間よ―― 「わたくしからも、お返しをしなければね」 寿々貴がそっと席を立つ。 彼女に出来るお返しは勿論。 とっておきで、最後のお茶会で―― ● さて。 頃合かな―― 暗闇の中で寿々貴が天を仰ぐ。 世界の深淵。 そこには彼女一人、他には何もなく。 「ここでは皆少女、なんでしょう?」 そういう場所だ。そういう空間だ。理由なんて言い訳のようなもので、とにかくそうだと決まっていた。 「おいでよ」 寿々貴が手を伸ばす。 「すずきさんが許す」 だが――それは待ってほしい。 そもそも『ピ』とかいうふざけたイレギュラーは出すぎだ。ぶっちゃけこういうの禁じ手だと思うし。 ――やり残したままでいいのなら、構わないけどね。 寿々貴の言葉は、どこまでも温かかった。 目を閉じ。キーボードから指を離し。その存在はしばし黙考する。 けれどこういうものは、やはり地の文で良いのだろう。 弥千代だって言っていた。おっさんが混ざって良い場所ではないと。眉目秀麗な義衛郎はともかくとして。 見ているだけでいいのなら、構わないけどね―― 第一にナンセンスなメタもやり過ぎてはいけないのではないか。 だがそんないい訳ばかりを書き綴るより―― 「いいから楽しみたまえよ」 ―――― ―― ● 「ごめんね、遅くなっちゃった」 あらあらと、寿々貴が微笑む。 こぽこぽとお湯が沸く音がする。 ティーポットに注ぎ、ティーコジーをかぶせて。英国のルールは最後の一滴まで注ぎきるのが鉄則だ。 夕焼けの中。風にたゆとうダージリンの香りの中で。 終わりの時はしずかに、けれど歩みを止めずにやって来る。 桜が――もうすぐ花開く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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