●私が三十路になっても 「とうとう私、オバサンさんになっちゃったわね……」 雪の降る冷たい夜に蘭子は一人ぼっちだった。思わず零れた白い吐息が夜の帳の中へと消えていく。思えばアークに来て長いような短いような歳月だった。 三十歳になるまでに結婚ができると思っていた。 ここに来れば素敵な人に出会えるかもしれないと思ったのはもう遠い過去。 蘭子はつい先月、ついに独身のまま大台に乗ってしまった。 あまりの重いその事実と厳しい現実に胸が張り裂けそうになる。 「売れ残った私に、もう女の価値はない。せめて、あの時にもっと早く渡していれば――」 蘭子は、学生時代を思い出していた。 好きな先輩のために一緒作った初めてのチョコレイト。 料理が苦手だった蘭子は悪戦苦闘して作り上げた。形はいささか崩れているが、愛は一生懸命込めて作ったつもりだった。 だが、先輩は蘭子が渡すよりも一足早く、ある可愛い後輩の女性に告られて、付き合うことになってしまった。それを偶然体育館の陰から見ていた蘭子はショックを受けた。 蘭子は悔しくて自分で作ったチョコレイトを自分で食べた。 焦げて形の悪いチョコレイトの上にさらに涙が伝わって味はとても苦かった。 あの時のチョコレイトの味は一生忘れられない。 蘭子はあの時の思いを忘れぬために、そしてあの時の若さを取り戻すために、セーラー服をついに着込んだ。アークのみんなのもとへ息を切らせながら向かう。 三十路のとてつもないミニスカートに誰もが度肝抜かれた。 「みんなで青春の恋の気持ちを味わって若返りましょう!」 今年のバレンタインは、私のようにさびしい思いをしている人のために祝ってあげたい。もちろん幸せなカップルも一緒になって盛り上がりたい。 蘭子は膝上三十センチ以上のギリギリのミニスカートを翻して決めポーズをした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月24日(火)22:31 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● 静かに降り積もる雪を校庭に見ながら蘭子達は調理室へ向かった。 中は暖房が効いていて暖かい。短いスカートでも十分に動けそうだ。蘭子は早速、チョコレイトの材料と調理器具を皆に分けてお菓子作りに励む。 義弘はのんびりとマイペースに材料を広げて手を動かしていた。見た目からはあまり器用そうには見えないが、細かい作業の手際がいい。 「祭くん、意外に細かい作業が得意なのね、見直したわ」 蘭子が感嘆するほど、義弘が作った和風チョコレイトは形が整っていた。 甘さ控えめなあずきを団子状にして、湯煎したチョコレートをコーティングされている。 出来上がったチョコレイトにきなこと黒糖をまぶしてとてもおいしそうだ。 「よかったらこれ、蘭子姉さんに――実は、昔からこういうの作るのは好きだったんだが、いかんせんこのナリでな」 苦笑いしながら義弘は思い出話を語る。 作っている間に、昔のことを思い出して義弘はなんだか楽しかった。 自分が作ったチョコレイトをその場で美味しそうに食べる蘭子を見て思わず笑みが零れる。「しかしまあ、すごい格好だよな、姉さん」 今更のように義弘はそのすごい蘭子の恰好をまじまじと見つめた。ぱっつんぱっつんの今にも胸のボタンが弾けそうなセーラー服に中が見えそうなほどの激ミニスカート。とても三十路の妙齢の女性がするような格好ではないが蘭子はまったく気にしていない。 そのとき蘭子は向こうから誰かに呼ばれた。 そちらに行こうとする蘭子に向って義弘は自分の着ていた上着を差し出す。 「――体冷やすなよ」 お礼を言って去っていく彼女の後ろ姿を見てふと思った。 あの頃は喧嘩ばかりしていた。今みたいにもっと素直になっていれば、今こうやって一人でチョコレイトを作っていることもなかったかもしれない。 相変わらず不器用な生き方しかできないと義弘は思う。それでもほんの少し、昔のことを思い出すことができて義弘は蘭子に感謝した。 「良かったら蘭子さん、一緒に作ろう?」 可愛いエプロン姿のアンジェリカが蘭子の傍に近寄ってきた。短いプリーツスカートから伸びた細い脚がとても三高平学園高校の制服によく似合っている。アンジェリカはその陶器のような白い指で器用にチョコレイトの元をボウルに混ぜる。作り慣れているからか、手際がよくすぐに次の段階へと移っていく。蘭子は不器用でなかなか泡立てることができない。 蘭子がチョコを湯煎で溶かす段階で、思わず間違えそうになるのを指摘すると、見本を見せるように丁寧に動かした。 「アンジェリカちゃん、すごい上手ね。もしかして誰かに?」 「ボクも毎年チョコを作るけど、渡したい人が何処にいるか解らなくて」 口元を綻ばせて意味ありげに蘭子は問うた。アンジェリカは作りながら、苦笑いを零す。蘭子は女の勘を働かせてなんとなく意味がわかった。 アンジェリカちゃんもきっと苦しい恋をしているに違いない。それでも彼女の真剣な横顔からは落ち込むのではなく前向きに頑張っている健気な気持ちが伝わってきた。 「きっと見つかるわ、アンジェリカちゃんなら大丈夫」 蘭子の言葉にアンジェリカは大きくうなずいて笑顔を零す。 「蘭子さんも年なんか関係ない、渡したい人がいるならその時が渡す時だよ」 アンジェリカの言葉に蘭子は勇気を貰う。ようやく作り上げたチョコレイトは少し歪だけれども味は美味しそうだった。 「渡ししたい人がいるならやっぱり渡した方がいいのかな」 蘭子は独り言をつぶやいた。形はやっぱり歪になってしまったが、味はあのころに比べて進歩した気がする。自信をもつことが大事なのかもしれないと思った。 「ありがとう、アンジェリカちゃんの言うとおりね」 アンジェリカに勇気を貰った蘭子は早速作ったチョコレイトを綺麗にラッピングした。 そんな様子を遠くから見つめていた敏伍がおもむろにやってきて、シャッターチャンスとばかりに皆の様子を記念に収めていく。 老人とは思えない身のこなしで次々にシャッターチャンスを捉えていく。なぜか敏伍は蘭子の後ろに張り付いて彼女の姿を中心に写しているように見えた。 もちろん、蘭子のぱっつんぱっつんのセーラー服や今にも中が見えそうな激ミニスカートの写真をブログにアップしてアクセスアップのネタにしようといわけではないので念のため――そう心の中で言いつつ、敏伍は蘭子の写真ばかりを撮っている。 「写真ばっかり撮ってないでこっちを手伝って、ああっ!!」 蘭子がまたドジをやらかしそうになるのを見て敏伍は大きく息を吐いた。楽しそうな姿を見ていると何故かこちらまで手を動かしたい衝動に駆られてくる。 ついに早速カメラの代わりにボウルとケーキの元を持ってそちらに向かった。 「作っても差し上げるあてがないのがさびしいのですが、自分へのご褒美と言う奴にしておきましょうか――」 ● 銀色に光る雪の雫がグランドに光る。誰もいない高校のグラウンドは白銀の野原に覆われていた。今日訪れた場所は廃校になった高校。義弘に貸して貰った上着を着込んだ蘭子は思わず昔を思い出して立ち止った。あの頃の苦い思い出と淡い恋心を思い出す。 「運動部の彼はそう言えばいつもボールを追いかけていたっけ」 そう思って何気なく振り返った時だ。 その時グラウンドの向こうに誰かいる気配がする。 「高校生の頃かあ……思えば、部活ばっかりだったなあ」 ラグビージャージにラグビーボールを持った若い男がいた。蘭子はこの雪の最中に思わず信じられないといった目で凝らす。見間違えることのない快の姿に蘭子は驚いた。 ラグビーボールを片手に蘭子に向かって突っ込んでくる。 「ヒューッ! マブい子見っけ……って、これは時代が遡りすぎかな」 颯爽と現れた快は何事もなかったかのように口を開いた。なぜこんな誰もいない雪のグランドでラグビーの練習をしているのか――もう意味がわからない。 「一瞬、誰か分からなかったわ。聖○郎かと思ったじゃない」 「えっ、やっぱり顔の角度が?」 どこからどう突っ込んでいいのか分からず蘭子は茫然とその場に立ち尽くす。 「雪のグラウンドだと、スパイクもジャージも泥だらけになったっけ」 快はそんな蘭子に構わずラグビーボールを持ちながら、誰かが作った雪だるまを敵に見立ててタックルの練習を繰り返したり、パントキックで蹴りあげてキャッチしたり一人でなぜか懸命に練習を繰り返していた。そのあまりに馬鹿馬鹿しいまでに真剣な表情の快を見ていて、蘭子も思わず見惚れてしまう。 「その好きな先輩って、運動部だったの?」 さっきの独り言を聞いていたのか、快は単刀直入に切り出した。 「残念ながらラグビーじゃないわよ、サッカー部」 ぶっきら棒に答えた蘭子は昔のことを思い出していた。彼はサッカー部のエースストライカーで背が高くてカッコよかった。いつも雨の日も泥だらけに頑張っていた彼の姿を思い出して蘭子は少しだけ胸が高鳴る。 「年とか、あんまり気にすること無いよ。例えば、統計によれば東京都の女性の平均初婚年齢は30.1歳って話だからね」 「それ、ホントね? じゃあ私、今年中に結婚できるかも!」 快の言ったことを真に受けた蘭子は早速チョコレイトを取りに、一旦中へと戻る。その途中で校庭に悠里が一人で散策しているのを見かけた。物思いに耽りながら佇んでいる。 悠里は白い息を零しながらまだ見ぬ春のことを思い描いていた。 もうじき春が来れば自分も先生になる。そういえば、その昔、覚醒したせいで高校を一日で中退したことを思い出して何だかせつない気持ちになった。 ふと誰かの気配を感じて悠里は振り返った。 「あ、あの……。蘭子さんは魅力的な女性だと思うけど……その格好はちょっと……」 悠里は蘭子の姿を見て正気に戻った。 さすがに30歳のセーラー服姿は異様だった。 あの頃の若い気持ちを取り戻すため……その考え方自体がすでに、いたいたしく、余計に年を取ってしまうような感じがしてならない。だが、悠里はもちろんそれを口にしない。 「そういえば、悠里くんは学校で魅力的な場所とか知ってる?」 蘭子の質問に悠里はドキッとした。今更よく知らないとは言いづらい。自分もかなりお寒い青春時代を過ごしたことがバレテしまうとさらに空しくなりそうだ。 「えっと、見た目……?」 悠里はしどろもどろに声を発した。 蘭子が怪訝な顔をして顔を詰め寄ってくる。 「もしかして、今、私に魅力的な所は皆無だとか思ってたんじゃないでしょうね?」 心の中を透かされそうになった悠里はさらに追い詰められた。辺りを見回すと歩きながら後ずさりをしていて体育館裏に来てしまっていた。このシュチュエーションはマズい。 いやな予感がした。これはもしや。 不意によく見ると蘭子の後ろ手には綺麗にラッピングしてある包みが見えた。 もしかしてじゃなくて――あれはチョコレイト……。手作り。 「悠里くん……」 心なしか蘭子さんの頬が上気しているように見える。 いつにもまして上目づかいで見つめてくる蘭子に悠里は緊張を隠しきれない。 まさか……いや、そんな馬鹿な…… 緊張で頭がおかしそうになってくる。迫りくるその豊満な胸に目が釘付けになった。 今日はバレンタインだった。それにこの状況はまさしく放課後の体育館。 放課後の男女が体育館裏のバレンタインの日にすることといったらアレしかない。 いくら鈍い悠里でもそれが意味することはわかった。 駄目だ、駄目だ、僕にはもう心に決めた人が―― 悠里は唇が渇いて思わず、 「あ、知ってると思うけど僕は彼女いるから……」 悠里がそう言いかけた時だった。 向こうから帰りが遅い二人を心配して快がやってくる。それを見た蘭子がほほ笑んで、後ろにもっていたその包みを快に向って差し出した。 「はい、これさっき作ったバレンタインのチョコレイト、よかったら食べてね」 そう言って颯爽の如く蘭子はミニスカートを翻して去っていった。 「――えっ、俺?」 快は渡されたチョコレイトを茫然と握りしめて悠里に視線を寄こした。どうすればいいのかわからないといった表情で視線を寄こすが悠里もどう答えていいかわからない。 ただ言えることは―― 蘭子が履いていたのは紛れもなくチョコレイト柄のTだったという事実だけだ……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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