● 「『疾く暴く獣』。……『歪夜の使徒』を束ねる『盟主』。 なんて、呼ぶと仰々しいわよね。バロックナイツについての説明はもう必要ない位だと思うけど」 緊張を滲ませながらも、相も変わらずの『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は言う。 騒がしいアーク本部で、世恋が告げたのは『バロックナイツ』による三ッ池公園襲撃の報だった。 「バロックナイツは基本的に個人主義者の集まりだけれど……まあ、個人個人に部下を持ってるとか、ね。 バロックナイツ同士で手を組んでいるのは相当に珍しいわよね。キース・ソロモンとケイオス・カントーリオが友人同士だというのもコミュ障、失礼、個人主義者の中では珍しい例のようなものだけど」 キースにコミュ力があるだけよね、と茶化す世恋は緊張を絆そうとしていたのだろう。 本題はバロックナイツの彼らの人となりではなく、『個人主義者』であるということだ。 「でも『盟主』……ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンにはバロックナイツの使徒に二人の従者が存在している。例外的な存在だものね。全てを束ねる世界最強。その名を欲しい侭にする彼にフォロワーが付くのは必然でしょう」 アークと戦場で見えることも多かった『黒騎士』と『白騎士』。 アルベール・ベルレアンとセシリー・バウスフィールドの二人は偵察任務を終え、ついに動き出したということか。 「『盟主』と『黒騎士』と『白騎士』――それから、『塔の魔女』。 彼らは三ッ池公園の制圧を目的に日本へと進軍してきたわ。目的は……何でしょうね」 伺う様に告げる世恋。『閉じない穴』を作りだしたアシュレイがその場所を狙う事は明確な意図と必然性があるのだと推測される。彼女がアークに害為す危険性は100%と示唆されたこともこの状況に起因しているのだろう。 「彼女の狙いは閉じない穴でしょうね。けれど、どうしてなのかは分からない。 ……けどね、閉じない穴が出来た頃よりも、三ッ池公園は危険な場所になっていることは、私にも解るわ」 フォーチュナとして過ごした時間が、彼女に確信を与えているのだろう。 幼さを感じる表情に緊張を乗せたまま、彼女が指し示した指標は『崩界度』。 その進行度は危険水域に達し、対応が急がれていた。それゆえに、この報は神秘界隈のトップニュースとして報じられていたのだ。 「特ダネよね。重い腰を上げなかった『世界最強』たる男と、数々の人物を不吉へと連れた『塔の魔女』。 彼らの狙いが『特異点』である閉じない穴――三ッ池公園。流石に、世界中のお偉いさんだって黙ってらんないわ」 盟主を宿敵と位置付ける『ヴァチカン』や世界各国の神秘組織からの支援の声は多い。 しかし、ここは日本だ。そして、この日本で強大な力を誇るリベリスタ組織は『アーク』、只の一つ。 「皆の力が必要となることには変わりないようね。厳しい戦闘になると思うわ」 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアが居る事で、万華鏡の恩恵は万全ではない。 そして、彼らはラトニャ・ル・テップやウィルモフ・ペリーシュの様な慢心もなければ此方を危険因子として認識している事だろう。 「今回の作戦の最上は公園防衛、最悪でも敵戦力をそぎ落とし、情報収集を行う。 それは今後へと繋げる為の、私達のできる最善でもあるわ。けれどね、私の我儘だけど」 一度言葉を切る。それ以上にはなにもないと言う様に。 「――死なないで、戻ってきてね」 最善はそれだと、告げてフォーチュナはリベリスタへと資料を手渡した。 ● 唇が動き、唱えられた魔術の呪文に白い鎧盾のリベリスタが息を飲む。 「相も変わらず、可哀想に」 書物の上を走る羽ペンにスワヴォミルが不安げに瞳を揺らす。怯えの色は嘗て彼らの母国ポーランドを襲った混沌事件と似て非なる現状を目の当たりにしたからなのだろう。 「本当に、『相も変わらず、可哀想に』という言葉が似合う女だと思わない? 黙って居ればとっても素敵なレディなんだけれどね。どうやら人を不幸にするらしい」 大仰な独り言に返す事もなく。軍服姿の男はぶつぶつと素数を数えている。 公園を制圧せんとする『盟主』を撃退すべくこの地での戦闘を行っていたリベリスタにとっては『運が悪かった』ようなものだ。彼らが脅威に感じていた『死霊使い』がまさかこの場所に訪れるとは思っても見なかっただろう。 「ああ、この技術を御存じなのか。大方あの趣味の悪い『楽団』のものだろうねェ。 僕と彼等を一緒にするのは止めて頂きたい。僕の方がより高位だ」 黒いローブを揺らした男が胸を張る。飴色の眸を煌めかせ、楽しげに笑ったその猫の様な瞳は何処かの女を彷彿とさせる様だった。 高位の魔術師だと自称する彼の事を「ジョン」と呼んだ軍服の青年はリベリスタ達の向こう側に見える影に警戒する様に刃を握りしめる。 「いやはや、お出ましかい? どうやら、君は運が良かった。だが、『可哀想だ』」 羽ペンを滑らせてへらへらと笑った魔術師は座り込んだスワヴォミルへと笑みを浮かべる。 走り寄るリベリスタ達の影に、大仰に一礼し男は柔らかく微笑んだ。 「いやァ、そう堅くなりなさんなよ。俺の名前は『ジョン・ドゥ』。勿論偽名だ。 お仕事は黒魔術を使うこと。それからアシュレイちゃんと少しだけ恋人をしてたこともある」 ぴくり、と。アークのリベリスタが反応したのは仕方がない事だろう。 誰もを不吉へと招く『塔の魔女』。そんな彼女と共にいて、不幸にならなかったこの男はいったい何者なのか。 「のめり込まない、未練もない、それって不幸にならない良い事じゃァないか」とからから笑って見せた彼が羽ペンを書物へと滑らせた。元恋人にとって『嫌がらせ』のような存在だった彼は楽しげに両手を打ち合わせからからと笑って見せる。 「春の日に、彼女と出会った事を思い出すよ――あの日も、誰かが死んでいたねェ」 むくりと起き上がる白い鎧盾のリベリスタ。死骸の瞳は虚空。起きあがった怨霊達の姿に喜び、青年は手招いた。 「――踊って下さるかな? 答えは、勿論イエスと言って頂こう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月27日(金)22:10 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 土色の膚に流れる赤は、無機質な水を思わせる。 同じ誉れを胸に、英雄達の戦いに加担した友人を目にした時、彼らの唇からは只、叫声が漏れ出して居た。 耳につくその声に唇を噛み締めた『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は愛銃の引き金へと指を添える。木々に覆われた三ツ池公園の西門は公園内に広まった不穏な空気とはまた別の雰囲気を宿して居た。 「あはは、次々と怖い人たちが押し掛けてくる。ほんっと楽しいな、アークって」 地面を踏みしめて、華奢な腕で投げ込んだ三日月。夜を切り裂く様にエンネアデスと名付けられた亡霊たちを切り裂くその刃を黒い瞳で追った『疾く在りし漆黒』中山 真咲(BNE004687)の表情は喜色に染められている。 やや紅潮したかにも思える頬は幼いかんばせをより子供らしく見せていた。 「ご挨拶にしては少し不躾だ」 「じゃあ、こんにちは! 死霊使い、かぁ。ボクは『楽団』を良く知らないんだけど、ビフロンスと闘った事はあるよ」 にこりと微笑む真咲に敵陣の最奥で書物を手にした男は頷く。元から最前線で戦うタイプでもないのだろう。やけに饒舌な男は「素敵な経験をしたね」と真咲の戦歴を讃える様に拍手を一つ、小さな子供とのトークを楽しんでいるのであろう。 柳眉を寄せた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)はくん、と鼻を鳴らす。まだ新しい鮮血の香りがやけに鼻に付く。爪先は宙を掻き、感情を宿さぬその瞳には僅かながらの余裕が溢れてる様にも見えた。 「千客万来千辛万苦で盛況だな? ミーハーな餓鬼でもあるまいし盟主の名に惹かれてやってくるとは」 相も変わらぬ『毒』は彼女の挑発の術。エンネアデスと共に親衛隊の軍服を纏った『時代遅れ』の軍人を呼び寄せる。その中でも、ユーヌに誘われるでもなく、茫と虚空を眺める『白い鎧盾』の青年の姿に杏樹が「会いたくなかったよ」と小さく呟いた。 「見知った顔が向こう側に居るのは、胸が苦しくなる」 「同感だ。再建した直後にトラウマたぁ、試練が厳しすぎやーしねぇかい神さんよぉ……」 ブロードソードを手にし、頬を掻いた『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の言葉に白人の男はからからと笑う。死を忌避するのは誰しも同じだろう――死を弄ぶケイオス・カントーリオやこの『ジョン・ドゥ』には到底理解し難い感情なのかもしれないとツァインは考えるに至る。 立ち竦み、恐怖をその顔一杯に溢れさせたポーランドの『白い鎧盾』の行為をツァインは否定しない。生物が死を忌避し、畏れる事は当たり前の感情なのだから。ブレードソードを手に、巡る考えを切り裂き、彼は座り込んだ白い鎧盾の前へと滑りこむ。 「大丈夫か?」 「――……」 「調子はどうよ……って、少し遅かったかクソッ」 悪態を吐いた『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)はテスタロッサの感触を確かめながらも座り込んで目を赤く腫らしたポーランドの青年・スワヴォミルの顔を見遣る。情けない顔をしているのは何時もの事なのだろうが、此処まで脅える訳が目の前にあるというのは前知識から其れなりに知っている。 一度ならず二度までも、仲間の死体を相手にとることになるのは『ツイ』てない部類の出来事だ。 不安定な土を蹴り上げたヒールの爪先は砂を蹴り飛ばす。告死の蝶が宙を舞い、後方へと下がった仲間達よりも前へとその身を乗り出した『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)の瞳は刃を手に瞳を煌々とさせた軍人へと向けられる。 興醒めした赤い瞳には常の様な愛情深さは無く、只、怜悧な色だけが乗せられていた。 「死体繰りにも親衛隊にも興味はないわ。今日の続く明日の為。明日の繋がる未来の為に……。 過去なんて、私には必要ないけれど。今回は少しばかりお痛が過ぎるわね。ちょっとばかり本気で行くわ」 「ダンスを踊ってくれるそうだよ、ヴォルター。素敵なレディじゃないか、エスコートは十分にね」 笑みを浮かべた男の声に『約束のスノウ・ライラック』浅雛・淑子(BNE004204)は唇を尖らせる。マイナスイオンを纏った彼女は背後の鎧盾の面々へと励ましの声を掛けながら、ヴォルター・クリストフ・ブルクハルトへ向けて歩を進めた。 (お父様、お母様。どうかわたし達を護って――) 天の両親へ向けた祈りは常と変わらず。桃色の瞳は只、信念だけを宿すかのように青年を見据えている。 両親への祈りと共に、与えた加護は戦闘を容易にする為の一歩。舞台は整った、と両の手を叩いて見せた陽気な白人にも視線は向けぬまま、少女は唇を揺れ動かせた。 「大丈夫。まずは、そうね――体勢を立て直しましょう。ここからが始まりよ?」 ● 「その姿、久しぶりに見たわね、親衛隊の生き残り。ねぇ、貴方、貴方は私の知る戦争犬より強いのかしら?」 「勿論、と言ったなら?」 レースに覆われたスカートを揺らしながら糾華はヴォルターへと一直線に突き進む。彼の軍服に掲げられた紋章。それは、糾華がこの場所で目にしたものと同じなのだろう。 唇は吊りあがる。強いならば必ずしもその喉笛を掻き切って見せる。弱いならば、打ち倒すだけ。 死線を幾度も越えたというならば、この場の己たちをも打ち倒す――それが『戦争犬』に求められる只、一つの生の象徴。 「なら、証明なさい。貴方(じんせい)というものを」 地面を蹴る。糾華へと振るわれた剣を寸での所で避けた彼女が司った『強運』。支援に回った淑子はヴォルターが後衛へ行かぬ様にと意識を払いながらゆっくりと生気を絞りとって居た。 しかし、それだけでは物足りない。数の多い敵を打ち倒せど、フェーズが高位になる存在は『地味な脅威』としてこの戦場に存在しているではないか。 「随分と不格好な踊りだな? 演技指導の才は無し。ああ、未練も何も空洞のからから頭か」 くつくつと笑ったユーヌの頬を掠める一撃。群れるエンネアデス達の攻撃は、少なからずとも体力のない彼女にとっては大きな打撃には違いない。 縛りつけ――纏め、攻撃を阻害する。繰り返しの行動を補佐する様に流れる弾幕のスタンプは周囲を叩きのめしていく。まるで拳が伸び上がったかのようにカルラはテスタロッサを器用に扱う。 「スワヴォミル! 泣いてる暇ァねぇぞ!」 解ってると声を張り上げて、青年は前線で刃を振るう。カルラの声援を受けた鎧盾の青年は震える掌に力が入らないと唇を震わせた。 「そんな鈍ら使える訳もないだろう?」 「鈍らはどっちだ。ま、アークはお人よし集団だからな! 精々満足してくたばれよ!」 元親衛隊と名乗れども、『随分と長生き』な印象を得る事しか出来ないとカルラは肩を竦める。死に場所を求めるならば、この場所は余りに場違いなのだと糾華の攻撃は物語っていた。 この場所には『死霊使い』がいるのだから――淑子の視線がちらり、とジョン・ドゥへと向けられる。 本人による直接的な攻撃が見られずとも『死者を操る』力を持つ彼は存在するだけで脅威となって居るだろう。しかし、アークの出方を見守って居るのか本人による『直接』的な攻撃は見られない。 回復手として動き回って居た死体達はエリューションをも励ました。真咲の放った斧が幾度も幾度もエリューションを傷つける。鎧盾のリベリスタの支援を受け『刹那』の煌めきをも見出す真咲はその体に受けた傷を直ぐ様に癒し続ける。 「一気に殲滅しちゃえばいい。みーんなまとめて、バラバラになっちゃえ!」 笑いながら告げる真咲に頷き、『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) はユーヌの指示通りにエンネアデスを薙ぎ払う。 死体の群れに殴られ、傷つく前線を掻き分けてツァインは「スワヴォ!」と背後で震えた青年を呼んだ。 脅えて戦えなかった男が繋いだ縁が、こうして誰かを力付けた。白い鎧盾が何故壊滅したか――そんな理由、聞くまでもないと彼は唇を吊り上げる。 「最後まで戦い続けろ。友の身体を操られたままにはしておけない。魂の尊厳を犯した者は赦せない。 ケイオス・カントーリオに最後まで立ち向かった奴らの意思を、お前らは継いできただろ!?」 その声に、青年がはっと顔をあげる。周囲を薙ぎ払わんと振るったブロードソードの感触にツァインは確かな重みを感じる。 纏う色は何色か―― 「私が戦うのは、私の仲間と友人達の為に。これ以上、死んだ彼らに仲間を傷つけさせない」 揺れる弾丸が、彼女の存在を嫌という程に思い知らしめた。爪先が土に食い込む。跳ねる泥さえ気にせずにツァインと打ち合わせた掌は確かに熱い。 前線の合間を縫う様に、後衛から放った焔の弾丸が『耳』を頼りに降り注ぐ。 杏樹の焔を宿した眸が揺れ、唇から漏れた牙は彼女の纏う聖職者の衣とはアンバランスにも見えた。 「アンジュ……」 「――大丈夫」 呼ばれた名に、彼女は答える。煌々と輝く瞳は己が何故この場に存在するのかを意識付ける様に。 流れる様に前線に飛び出して――杏樹の放った弾丸が如くツァインは敵を討つ。支援するスワヴォミルに浮かべた笑みは心的外傷の壁を打ち破れと励ます一声にも似て。 ――その盾は弱き民を護る為、その鎧は大悪に抗う為に、白き誇りを身に纏う。我ら白き鎧盾、護り抗う者なり! 張り上げた声に、青年は頷く。ツァインの刃を弾いたエリューション。切り刻み、先を見据えれば虚空を見据える死骸達がエリューションを賦活する。 「ゾフィア……」 呼んだその名の切なさにツァインは唇を噛み締めた。操られた友の存在が彼らの心を傷つけた事が良く分かる。 やけに指揮系統の確りしたエリューションと死骸達は互いに『脆い』部分を狙わんとユーヌとツァインを先ずは標的に定めていた。ついで、鎧盾の面々と共に淑子を狙いに定めているのだろう。 あくまで後方へと通さんとジョンを護る様に立ち回って居たエリューション達はいつの間にか、リベリスタの戦闘対称の外にあったジョンを放置し徹底的な攻勢へと転じていた。 放たれた弾丸をすり抜ける様に、弾幕が流れる様にエリューションへと襲い掛かる。一つの攻撃に飛んだ喝采の拍手にカルラはむっとした様に唇を尖らせた。 「踊りたいなら、曲の始めから付き合える時に来てくれよ」 「ショーの飛び入り参加ではないけれどね。成程、紳士は規律に五月蠅いらしいな?」 ● 刃を振るったヴォルターの眼前で器用に躱す糾華の裾に小さく切れ目が入る。 エリューションの流れ弾は無い。数を減らし、フェーズの高いものもごく僅かとなった『勝機』を見出すのに随分な時間を費やしたと糾華は感じとっていた。 (鎧盾の皆さんが回復手であるように、『彼ら』も回復手ということなのね……) じわり、と頬に滲む汗を拭い淑子が地面を踏みしめる。癒しを与える鎧盾の面々だけではまだ足りない。淑子が声を掛け確りと支援を行う中、ヴォルターの腹へと一つ突き刺した蝶々の刃が彼の肉を断つ。 「今、貴方が死んでも死体遊びの玩具にされるだけでしょう? そんな悪趣味なモノに付き合う気もないわ。 死に場所を探しに来たのならば、此処はどうやら『似合わぬ』場所だったようね。ただ、敗北して、そのまま生きなさい」 「ッ――この、正義狂い!」 かつての上官の叫んだ言葉を、青年は言う。唸り声の様に、その刃を振るい上げれば糾華は受けとめ、抉る刃の感触にその玲瓏なる美貌を歪める。 知識を得て、ジョンの手にした書物の内容を確認する杏樹を襲った酷い耳鳴りは彼の手にする魔道書の所為か。 様々な呪文が込められたそれはクリエイターの作品なのだろうが精巧な出来を誇っている様にも思える。だが、使用されなければそれ以上の情報は得られない。 弾丸が雨の様に焔を纏い降り注ぐ。杏樹の弾丸に身を焼かれ、カルラの弾幕にその姿を霧散させる怨霊の向こう側、生前からは似合わぬ笑みを浮かべた死骸達が互いを回復し合いながらもその戦線を持たせ続けている。 怨霊達に身を引き裂かれ、傷つくユーヌの意識がぐらりと揺れ続ける。 生前のスキルを使用し遠距離攻撃と回復に勤しむ死骸達により持久戦と化したこの状況は根比べにも近かったのだろう。 「ごめんね、貴方達の仲間だったってわかってるんだけど」 肩を組めて照準を向けた真咲は白い鎧盾達に回復を願いながらもしっかりと相手にとって居た。 回復が重ねられたとしても杏樹、カルラ、真咲が打ち破ればいい。淑子は部位でさえも『痛覚を伴わない』相手では動き出す可能性を案じてか、確実に潰せるようにとその意識を払い続ける。 前線で立ち回るツァインの唇を伝った赤い一筋にスワヴォミルが「ツァイン!」と悲痛な声をあげる。 「手を汚さなくてもいい、私が」 己の手を汚す聖職者というのは余りにアンバランスなのかもしれない。しかし、杏樹は言葉とは裏腹に、優しさを以ってその弾丸を打ち出した。 呻き声をあげる怨霊達にカルラは首を振る。打ち払わんと一つ、投げ出した弾幕の如きスタンプが怨霊を霧散させ死骸の身体を打ち倒した。 糾華とヴォルターの二人きり。刃を交わし合えば会う程に、その傷は増え続けて行く。 状況を確認した様に、死角からきょろりと顔を出して真咲は爛々と瞳を輝かせた。 「いくよ、滅多斬りにしてあげる!」 背後から放った剣戟が糾華を相手に決死の斬り合いを行っていたヴォルターの背を切り裂いた。 カルラが言った『死に損ないに似合いの剣』が欠け、その破片が飛び散った。草木がざわめく感覚にヴォルターが声を張り上げる。 『正義狂い』の名が良く似合う男は前線で刃を振るい続け、彼を傷つける攻撃が『死体』達のものである事に杏樹が唇を噛み締める。 「誰も奪わせるものか――!」 「成程、アークの少女の表情も中々だ! 可愛い魔女に嫌がらせの心算で来たんだけれどね、思わぬ収穫だよ、レディ!」 杏樹の弾丸に瞳を爛々と輝かせたジョンが声を張り上げる。攻撃を行わない彼はそれでもエリューションや肢体を操るというその行為だけをし続けた。 「ジョン・ドゥ! 貴様、戦場で立ち竦む等……!」 「余所見しちゃ駄目だよ?」 飛び散る朱に「イタダキマス!」と元気よく挨拶を零した小さなこどもに背筋に走った気配に親衛隊が振り仰ぐ。 「――レディを前にして後ろを向くだなんて……酷い事をするものね?」 小さく笑みを浮かべる糾華の声が鼓膜を叩く。揺らぐ視界に青年が倒れ込むのと同時、幾人かが膝を付き小さな拍手が二度鳴らされた。 「実に勇敢だね。いやぁ、実に素晴らしい。そして実に、『可哀想』だ」 積極的に戦闘に参加しないのは死霊使いとして理に適っていた。彼にとって、己が手出ししなければリベリスタは攻撃対象だと認識しないのは幸運な出来事だったのだろう。 ジョンの動きを咄嗟に悟った淑子が地面に落ちたユーヌの身体を抱え上げる。肩で息をし、朦朧とした意識で眺める蒐とツァインの身体を捕まえて後退した杏樹がバーニーの銃口を青年へと構える。 「此方の観察には飽きてしまったのか?」 「十分に見させて頂いたよ、レディ。実に――勇敢だ」 フェーズ2のエリューション10体とフェーズ1のエリューション10体。そして一人のフィクサード。 そして、その十分すぎる戦力に『死霊使い』の操る死骸が7体存在していた。じっとりと、掌に滲んだ汗を感じながらも糾華は唇を震わせる。 「そう……、敵戦力の減少を測るなら最初から数減らしに手を裂かずに貴方を狙えば良かったって?」 エリューションの指揮系統を破壊する事が出来れば。気紛れに動くでは無く意志を持ち動く怨霊を指揮していたのは紛れもなく背後で棒立ちになっていたこの青年だったのだろう。 杏樹は知って居た。エリューションを撃破する事に手間取る程に、青年は楽しげに笑っていた事を。 「薄気味悪い」 「はは、これはまた、可愛らしいレディから素敵な褒め言葉だよ」 無慈悲な毒は陽気な青年からは想像もつかない。肌が粟立ちあと一息かとその足に力を込めたカルラをジョン・ドゥと名乗る青年はじっと見つめている。 「一つ、気になる事があるんだよね、生を汚す事を厭うというのは実に面白い。 僕が君達を操ればどれ程の脅威になるのだろうか、と。屈辱に歪む顔と言うのは大好きなんだ。 ああ……『操る』とは言ってもね――僕と『楽団』を一緒にはしないでおくれよ」 僕の方が高位だ、と。 再三口にされたその意味に悟った杏樹が地面を蹴る。錆びた白色がジョンの指先にぶつかる。跳ねる様に瞬時に放った射撃を掌で受け「痛い」と笑って見せた青年に彼女は小さく歯噛みした。 誰も奪わせんと両の手を開いた杏樹の眼前に青年の顔が近寄った。 夜闇に揺れた黒いローブの隙間から、飴色の瞳がじ、と覗いている。楽しむかのような青年は地に這い蹲ったヴォルターへと視線を落としてから小さく笑う。 無傷の青年の一寸した悪戯。だが、それはヴォルターや死体、エリューションをまともに相手した後では分が悪すぎる。 「実に可憐で勇敢だったよ。それだけじゃ、『俺』は逃げ出さない――さぁ、踊って下さるかな?」 トン、と地面を踏みしめる。これからが勝負の始まりだと告げる彼に向けた銃口。 咄嗟に地面を踏みしめた糾華が「杏樹さん」と鋭い一声を発しながら蝶々を宙へと投げ入れた。 背を向けて、糾華が顔をあげる。嗚呼、そういえば、今日の空はこんなにも暗かったのか―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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