● ニーチェは言った、『神は死んだ』と。 それはニヒリズムの精神から出た言葉であって、勿論社会通念的に存在するリアルな肉体を持った神が死んだ、という意味ではないけれど敢えて宣言しよう。 バロックナイツ盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンこそが、神であると。 「神は、此処にいるのだ!」 誰になんと言われようと、人から皮肉の言葉を貰おうと関係ない。彼らにとってこそ神は死んでいるのだから。 今は、ただ彼の神が望むことを達成するだけ――。 ● 三ツ池公園、滝の広場。訪れる者がいなくなった今でもその場所は獏大な量の水を流してそこにある。 中央に閉じない穴が開いたというただ一つの事象が故に、此処には数多くのフィクサードが訪れた。 そして、今もまた一人。 青年の手には丸い球が握られていた。まるで宝石の原石をそのまま丸く削りあげたかの様な深い藍色をした球。 それを両手で掬い、自らは跪くようにして掲げる。 「サモン」 短い魔法の起動ワード。その何でもない一言で青年が手に持った玉が自ら輝き出す。 そして世界が割れる。空間に亀裂が走り、まるで卵の殻を割る雛のようにそこから化物があふれ出す。 あふれ出した化物はそれぞれ様々で、それでいてまるでゲームに出てくるような姿形をしていた。 上半身が美しい女性の姿で、下半身が蛇の者はラミアか。 鶏の上半身に蜥蜴の躰を持つ化物はバジリスク。 石で出来た大柄な人形はゴーレム。 光の不定形であるウィル・オ・ウィスプに首の無い鎧騎士はデュラハン。 それぞれのモンスターが持つ力は傍目に見て解るほどの強大さ。 青年、パジルカとて尊敬する神同様優れた術師ではあるものの、流石にこの数を相手にしては一たまりもなくラミアに締められ、バジリスクの吐く炎に焼かれ、ゴーレムの掌でつぶされウィル・オ・ウィスプの放つ光に貫かれ、デュラハンの持つ剣に切って捨てられるであろう。 誰かがこの場にいたとしたら一瞬後におこるであろう惨たらしい光景を想像して目を背けたに違いない。 しかし、そうはならない。皆一様に彼に付き従うような姿勢を取る。 大凡真っ当な術師であればその光景に目を背けるのではなく目を剥くだろう。自分より力量が上のエリューションを召喚しておきながらその全てを十全に従えるというのは聊か異常が過ぎる。 青年が彼の『魔神王』程優れた術者であるわけではない、ただタネも仕掛けもあるだけだ。パジルカの持つ玉、名をコアという。それこそが彼の異能を支える大黒柱。 嘗て世界の壁を越えて来たアザーバイドを討伐した際に心臓が結晶化したものであり持つ者に魔力の増大と、強力な配下を呼び出すスキルを与える。 「さあ、来い。リベリスタ。私の信仰の糧にしてやろう神の偉大さを知らぬお前らに教えてやろう お前らは今まで神の気紛れで生かされてきたのだと、ただディーテリヒ様の寛大さ故に今までのうのうと生きさばらえてきたのだと」 それを持ってパジルカは神の代行者、手足となって神の望むことを読み取り、達成してきた。 神の望むアーティファクトを奪取し、神を敵視する無知蒙昧なる異教徒を殺してきた。 パジルカには自分など無い、第二位『黒騎士』アルベール・ベルレアンと第六位『白騎士』セシリー・バウスフィールドの様に傍に仕えたいわけでもない。 パジルカは見返りを求めない。ただ、神が気まぐれに欲する何かを為して、只管神に無垢なる信仰を捧げ続けることこそ、神の望みこそが青年の、パジルカの望み。 「ただ頭を垂れろ、リベリスタ。ディーテリヒ様に、神に刃向かった己を恥じて心から神を信仰して死ね。 理解せぬというのなら、我が身の肉の一片、骨の一欠片、血の一滴まで用いて教えてやろう!」 パジルカは頭を垂れるエリューションの中心、滝の袂に立って呟く、神への祈りと神の偉大さを理解せぬ者への呪詛を。ただ、呟き続ける。 ● 「さあ、諸君。言わなくても解っているな?」 衣更月・央 (nBNE000263)は、リベリスタ達が今回の事件を知っている前提で話し始める。それはフォーチュナーとしては失格かも知れないが動いたのがバロックナイツ盟主のディーテリヒである以上ある意味でこの態度は適切といえた。 世界に名だたる悪の集団の、その盟主が二位、六位、そして一三位と共に動いたという"意味"を。理解していないものなどアークには一人だっていやしない。 バロックナイツのうち一人が動いただけで、世界の神秘史のトップニュース。惨憺たる歴史の一ページが出来あがるのだから。 「率直に言って、世界の危機だろう」 それが四人、動いたのだ。それも明確に自分達の敵として。こんなにも恐ろしいことはなく、央のセリフは大仰でも大袈裟でも何でもなかった。 「ディーテリヒ達は三ツ池公園を制圧することで『閉じない穴』を手に入れようとしている」 世界と世界をつなぐ閉じないバグホール。それを悪意を持った者たちが、特にディーテリヒが手に入れようとしている。 何をしようとしているかは侵攻されている今を持って解らないが恐らくは、いや、確実にロクなことではないだろう。 「諸君らに頼みたいのは公園に侵攻してきた敵の撃破だ」 央がデータを表示する。 「敵、といっても明確に敵対しているのは一人だ。名をパジルカ。 ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンの圧倒的に隔絶した力と闇に心を奪われて彼を神と心酔している」 データが切り替わる。 「パジルカ自身も優れたマグメイガスであるが、仮に諸君らが複数で彼に当たれば一方的にやられることはないだろう。 それだって、諸君らを複数相手に取れるというのはそれはそれで問題だがそれよりももっと問題なのははパジルカが持つアーティファクトだ」 「パジルカが持つアーティファクトは力の総量として自らの力量以上のエリューションを使役することを可能にしている。 それに、戦場全体を覆う極大魔術の行使も、だな」 使役するアーティファクトというより、獏大な容量を持つ外付け魔力、といった方が適切かもしれないな、と央は続ける。 「これによってパジルカは分類するのが億劫なほど多種多様で力の強いエリューションを使役している 詳細なデータは諸君らのAFに転送しておく、任務に向かうまでに確認しておいてくれ。 諸君らはこれを打倒しなければ公園の一部が制圧されることになる、そうなればディーテリヒ達の思惑を潰すことはさらに困難になるだろう」 これだけだ。言葉にすればたったこれだけだがその一事が重い。 「敵にアシュレイが居る、万華鏡を知る彼女がいる以上、それよってこれ以上の確度のある情報を引き出すことはできなかった」 敵はアークの精神と不屈の闘志と其処に集うリベリスタを理解したフィクサード。故に油断もない。 今まで戦ってきたフィクサードと同じように確実な乾坤一擲の策もない。ただ、遅い来る敵を倒す以外には。 このままでは噂に名高い災厄の魔女を抱え込んだアークは沈む。 今までの彼女が辿ってきた足跡、それに踏み潰された。もはや過去になってしまった誰かと同じように。 私はお前達にこういうセリフを言うことしかできないが、と央は前置きした。 「諸君だけが世界を救えるんだ」 バロックナイツが動けば世界に名前を刻むというのならば、過去それを幾度となく打倒してきたアークがこの四人の思惑を阻んだとするならば、それはトップニュースどころではない、この先幾年、数十年にも渡って語り継がれる伝説になるだろう。 「世界を、救ってきてくれ」 君達がこのミッションを終えた頃になるのは文字通り、世界を救った者。救世主だ。 さあ、ヒーローになろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:吉都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月27日(金)22:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 一秒でも早く、戦場へ。 「こう何度も世界の危機に立ち会ってると、感覚が麻痺してくるな」 その為に走りながら滝の広場へ向かう途中、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)がぽつりと漏らす。 実際の所そうなのだ。既にこの場にいる全員が少なくとも一度は世界を救っている。 ただ、世界は脆くて壊れやすくて、悪意にとても弱くて何度も何度も何度も壊れかけただけ。 風斗が気負わないのは慢心しているわけではない、ただ決めているだけ。 この世界を脅かすあらゆる災害とを滅ぼす不滅の剣となることを。 「俺は俺に出来ることをするだけだ」 彼の心に浮かぶのはちょっとおでこが広い恋人の顔であったり若しくは今までかかわってきた友人であったり 「なあうさぎ、勝負しようか。先に倒れたほうがこの後餃子セット奢りな」 もしくは世界を救うこの時になっても肩を並べて隣にいる男か女かわからん戦友であったりした。 「餃子ですかー、良いですね。倍プッシュで寿司もつけるのはどうでしょう」 勿論、回らない奴。と付け加えながらそれに答える彼、または彼女『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)もまた無表情で返す。うさぎもまた、無表情で落ち付いているように見えるが彼の場合はこれがデフォルト。 いつでも飄々と柳の葉が風によって吹かれて揺れるように、それがうさぎの有り方。 「餃子と寿司か、高くつくな」 「はい! わたしはトロが食べたいのです!」 『南斗』イーリス・イシュター(BNE002051)が器用に走りながら右手に持ったハルバート『天獅子(ヒンメルン・レーヴェ)』と開いた右手を上げて続く。 自分の行動に名前を付ける癖がある彼女風に言うならイーリスバンザーイといったところだろうか、今日も彼女は元気一杯だ。 「あら、いいわね。私ものせてもらおうかしら」 サイドの髪を掻き上げて耳にかけるようにしながら『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)。 戦闘に赴くというよりよほどカジュアルな女性教師の様な服装に低めとはいえ公園を歩くには不適切なヒールの音を響かせる様は傍から見れば会社へ出勤しているようにも見えたかもしれない。短距離走者早い速度で走る彼女を見てそう思えるならではあるけれど。 遠足のように並びながら八人で走り、出会う。 彼の術師と配下はそこに居た。 自分の背後に池を背負って、術師は祈りを捧げるように静謐にそれにつき従う配下は整然と。 パジルカからは今までのフィクサードのような獣じみた感情を感じ取ることはできなかった ただ神により齎される奇跡に涙しその歓喜を伝える敬虔な信徒。それがパジルカを見たリベリスタ達の最初の感想だった。 彼が、パジルカが信仰する神がバロックナイツ盟主という一点においてリベリスタと一人のフィクサードは存在をかけて戦うのだ。 ● 始まりには号令なんてなかった。 あっけなく賽は投げられた。リベリスタとパジルカにとってのルビコンの川はここなのだ。 言葉解り合おうする段階はとうの昔に過ぎ去っていてそれ故に敵も味方も言葉よりも早く動いた。 「食らいなさい」 この場で最も早い『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)が最初に動く。 突貫。精緻な狙いを不可能とするほどの速さはしかし、その剣の届く範囲に敵だけならデメリットはない。 バジリスク蜥蜴の躰を細剣の突きで抉る。 風切り音が一度聞こえる間に次の突きが発射される様はさながら発砲の音が連なって一つの音に聞こえるマシンガンの様。 十度突き切ったところで視界に入ったウィスプの全体攻撃を切り裂く。 実体の無い高速で迫る雷をメリッサは切り払って見せた。電流は多少体に流れるが剣で散らした御蔭で痺れる程ではない。 パジルカの能力の高さにメリッサは内心舌を巻きながら同時に嫌悪感も抱く。 「これだけの力があってやることは子供ですね」 ただ自分の敬愛する者が言ったからという理由で手足となって数々の災厄をばら撒く手伝いをしたパジルカはメリッサの立ち位置とは決して交わらない。 「貴方にとって私は悪魔というところでしょうか」 実際にそうパジルカに罵られたところで彼女は痛痒一つ感じない。守るべきものの為に必要悪であることを決めている彼女は悪であるということを自覚しているし何よりパジルカにそう言われたところで所詮は子供のいうことだ。 この場でウィスプの攻撃によりショックを受けたのは二人。 「ごめん、貰っちゃった」 長い金髪に雷を帯電させるようにしているセレアと 「喰らった! でも大丈夫だ! 行ける!!」 『輝鋼戦機』鯨塚 モヨタ(BNE000872)。 実際の所ウィスプの放つ雷撃によって付与されるバットステータスは身動きが出来なくなるほど凶悪なものではない。 ウィスプにとっての味方の与ダメージと被ダメージを僅かばかりあげる小さな毒の様なものだ。 (この場で一番貰っちゃいけないのは石化!) 速度の差を乗り越えてモヨタがギガントフレームたる所以。即ち生身の五割以上を置き換えた機械が動く。 高密度のエネルギーがマシンの性能を引き上げる。その結果モヨタに齎されるのはバッドステータスに対する絶対の耐性。 「行くぜパジルカ! 覚悟しろ!」 大剣を肩に乗せて長すぎる剣先で地面を抉るようにしながらモヨタもまた、先ほどのメリッサのように突っ込む。 「覚悟? 何を覚悟しろというのか、神にこの身を寄せている私に」 笑うパジルカ。彼の速さは魔術師でありながらリベリスタの前衛幾人かを越えるほど。 彼らが狙っていたデュランダルのバッドステータス無効の目論見が完成するよりも早くコアが輝く。水晶の様な、だがこの世界には存在しない物質で出来た宝玉が震えて音叉のような硬質で高い音を発する。 世界の軋む音が聞こえて空間に穴が開く。パジルカの左右に開いた黒い穴から溢れ出す呪の歌。 歌に押しつぶされてリベリスタ達は自分が溺れ死ぬ様を幻視した。 「言い返したくらいでドヤ顔してんじゃないですよ」 返答と同時にうさぎが飛び出す。 狙いはウィスプ。切り抉り傷口を開く仕様が無形であるウィスプに意味があるのかは少々疑問だったがそれでも11人の鬼がウィスプの炎と光を掻き消すように振るわれる。 クリティカル。うさぎは手ごたえの代わりにウィスプが体積を減らす様を確かに見た。 袈裟懸けに振りおろした武器がもう一閃。11人の刃が2回、都合二十二枚の刃が血液を流出させるように炎を散らす。 「あなたのそれは大きな自分の近くに大きな存在がいるという優越感に浸りたいだけでは?」 血の流れない炎の体を持つウィスプを切ったが故に血は付着せず、少しだけ温度の上がった刃先を向けてうさぎはパジルカに言い放つ、彼の生涯の否定を。 うさぎの傍ら『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)と『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が動く。 光介の読み準えるのは散文の詩の一節、幼き羊が雲の中で眠り疲れを癒す場面。 起動した術式は子羊がまた夜を超えて朝日の中荒野を歩きはじめる一瞬を再現する。即ち敵より与えられた戒めからの解放。 光介はパジルカの攻撃を受けてなお健在。積んだ耐性が功を奏した。 「態勢を整えてください!」 付与のための時間を生み出す術式はまた、シュスタイナも十全の形で動けるように降り注いだ。 「虎の威を借る狐みたいよねぇ」 うさぎの言葉に続いた一言。パジルカの配下の中に虎はいないがディーテリヒを何もかもを食べ尽くす虎というならば成程言い得ている。 「自分の足で立たないと意味無いのよ、私は自前の翼で飛ぶけどね?」 シュスタイナ自身は華奢とはいえおおよそ人を持ち上げるだけの揚力を生み出すとは思えぬ翼が羽ばたく。 羽ばたきごとに翼が風を叩く音が大きくなる。シュスタイナ自身の魔力を翼が起こす風で打ちだすように。 風力以上の力を得た風は局地的な台風のようにバジリスクを中心にデュラハン、ゴーレムの三体を洗濯機の中に投げ入れたように掻きまわす。 豪豪と風が唸るなか、セレアの指を弾いた音はなぜかよく聞こえた。 「八百万の神って知ってる?」 パジルカの攻撃を受けた服は所々破けたし美しい金色の髪は少し泥に汚れてくすんでいるがなおセレアの立ち姿は堂々としている。 「例えば米の一粒小麦の一掬いにだって神様がいるのよここでは」 本来なら多大な魔力を込めて長時間の詠唱を必要とする魔術が即座に行使される。原因に対して、結果は絶大。 パジルカと配下にも纏めて鉄槌の星が降り注ぐ。 「そんな国で一つの神様を信じてるから偉いって言われてもねぇ、貴方の神様なんて米一粒と一緒よ」 「寧ろ美味しく食べれる分おにぎりの方が凄いのでは?」 莫大な質量をもつ物体が落ちたことで起きた風に乱れた髪を手櫛で整えるセレアの隣に攻撃を終えて着地したうさぎがくるりと一回転しながら着地する。 「食べ物より凄いものなんて早々ない気もするけどな」 「イーリスはトロも好きだけどおにぎりも食べたいのです!」 この時まで仲間と自分が魔術や敵の攻撃を受けようとも沈黙していた風斗とイーリスの二人が動きだす。 本来ならばいの一番に突撃し敵を薙ぎ払うべき二人がこのタイミングまで沈黙していた意味。溜めこんだ覇気の解放。 ● 嵐と嵐がぶつかり合うような戦い。 バジリスクに攻撃を集中するリベリスタ。その攻撃は熾烈を極める。 メリッサの攻撃を割り込んできたデュラハンが受ける。 構うものか、致命の毒を含んだ針の一指しは止まらず嘗て磔刑にされたという聖人の逸話を再現するように金属で出来た鎧の各部を貫く。 モヨタの全力もまたゴーレムに阻まれはしたが掌の分厚い付け根の部分を大剣が通り抜けて左の手首から先が落ちる。体力に秀でたゴーレムをして無視できぬ損傷を与える。 対する敵の攻撃もまた苛烈。 元よりパジルカ達に癒しの力を持つ者はいない。行動全てが攻撃に使われる。 パジルカの魔曲とウィスプが後衛を撃ち、光介は一度倒れた。それでも倒れる訳には行かない。 なぜならば熾烈と苛烈に差をつけるのは間違いなく自分とシュスタイナだ。 光介は敵の攻撃をその身に受けてそれを自覚していた 「術式解放!」 日の光を一杯に受ける羊。神の恩恵を諳んじれば味方全てに降り注ぐ回復の術式。それでも足りない、彼一人で回復しきるにはパジルカ達の振るう死神の鎌の刃は長すぎた。だが共に癒しを齎す仲間がいる。それもまたパジルカと光介を分かつ違い。 天使の歌が加えて降り注ぐ。 神の言葉を受けて敵を倒すしか出来ぬパジルカにはない仲間を顧みる力。攻撃のチャンスを殺してでも仲間を守る力。 「放棄せず少しは自分で考えていればよかったのにね」 バジリスクの吐いた炎。既に何度目かのそれは前衛を舐める焼夷弾の如く。パジルカを除けば配下の中でもバジリスクの一撃は群を抜いていた。それ故に回復も間に合わず一番回避と体力が低い前衛であったモヨタが倒れる。皮膚がブスブスと焼け焦げずるりと落ちる。それでも機械のハートは燃えない、溶けない、だから立ち上がる。 「まだ、オイラは倒れねぇ!!」 彼は今まさに正義のヒーロー。その心が折れることがなければ、運命を掴みとりそれを燃やす! 「無駄だ、今の俺にそれは効いてない」 追撃を加えようとしたゴーレムの掌、それをモヨタの攻撃で落ちた左手に抜けるようにしながら炎のカーテンを剣圧で開いて風斗が抜け出した。爆撃は与えられた役目を果たした。熱で炙られ風斗にだってダメージは入っている。しかしその後服に燃え移って広がり体を苛み続けるはずの炎は役目を果たせずに消えた。 炎を薙いだ剣を筋肉の力で反転させてもう一閃。 「方舟のデュランダル……!」 パジルカは風斗にそういった。それは彼の持つ彼自身の戦闘技能のことではない。 幾多の強敵と戦い生き抜いてきたその逸話、名声、そういったものを指してパジルカは風斗のことを呼称した。箱舟の誇る剣と、不滅の剣<デュランダル>と。 「イーリススマッシャー!!」 風斗の全力に続いたのはイーリス。彼女もまた小さな体に無限の力を抱えて炎を抜ける。それに続いたのはリベリスタではなくウィスプであった、が。 「ガッ」 その自慢の雷撃はパジルカに向かっていた。ショックこそ入らないものの彼へのダメージ。 「いやー、苦労した甲斐がありますね」 グッとうさぎの無表情なサムズアップ。 「自分で召喚した配下に攻撃されるのってどんな気持ちですか? ねぇ今どんな気持ちですか?」 無表情の顔と親指を伸ばして突き出された拳が、はっきり言ってとてつもなくうざったい。 「貴方の神様も自分で閉じない穴開けない位でしょ? 貴方が配下に攻撃されるくらいショボくてもしょうがないですよね」 「それは違う。ディーテリヒ様に出来ないことなど無い」 だから、閉じない穴を開けないのではなく。 「閉じない穴を開くより箱舟を蹴散らす方が手間がかからないだけだ!」 パジルカの新たなる魔曲。音ではなくそれに乗って踊るような鎖がリベリスタを絞めて撃って引き千切る。最も脆いセリアが倒れる。 「そうやって自分じゃなくて正しい誰かを信じてるから自分が正しいっていうの滑稽だわ」 神秘を追及すべきものが思考を放棄してどうするのか。 外れた肩を抑えながらパジルカを弾劾し血と泥に塗れてなお運命を燃やして立ち上がる彼女もまた、間違いなくヒロイン。 ● メリッサの一刺し。それは正確にバジリスクの喉元を穿った。 バジリスクがのけぞる。開いた空間に体をさらに前にやることで肘を曲げる。剣先を動かさないまま装填。そのままもう一撃。 一度の行動で二度動く神速の二連突き。それによってアナフィラキシーショックを起こしたようにバジリスクが倒れる。 「ウオオオオォォッ!」 モヨタの大剣が横薙ぎにデュラハンの腰のあたりに触れた傍から飴細工みたいに溶ける。腰椎を過ぎたところまで進んで剣を引き抜けば空洞の鎧の中身とその向こうのジルカがはっきりと見えた。 デュラハンの前にイーリスが立った。持ち手はハルバードの一番石突に近い場所、使うのはもっとも重量ある斧。 イーリスと武器が描く半月の軌跡。半ばにあった鎧はモヨタに付けられた傷を折り目のようにしてくの字になりながらひしゃげる。 イーリスは斧の刃先を地面に食い込ませたままパジルカを見た。他のリベリスタ達も確かに見た。焦燥の色を。 「なぜ、神から賜った力が」 負ける、と言わなかったのは彼の誇りか、もしくは信仰か。自分の人生の否定を彼は受け入れない。 「パジルカ、お前が神を信じようと勝手です。私はそれを赦します」 考えも信仰も世界の全て、その死後でさえも神がいると信じられることは安寧であるだろう。 「だからあなたは駄目なのよ」 シュスタイナの呆れたような一言。 攻撃に舞い戻った翼が再び風を吹き荒らす。 「完全無欠じゃないからあなたが負けることがわからなかったんじゃないですかね?」 剣と共にうさぎは言葉を撃ち込んだ。 「ふざけるなよ箱舟ェ! わからせてやろう! 私の信仰の全てを!」 パジルカは、逃げない、背を向けない。自らが負けても逃げても即ち神の否定である故に。 コアに再び魔力が集う、濃密でパジルカの中に流れる力すべてを奪うようなどす黒い力。 モヨタ、メリッサ、イーリスが吹き飛ばしに動こうとするもかなわない。 彼が持つキャストレス、セリアの持つそれと同じ力が魔曲の演奏を淀みなく開始させる。 「落ちろ箱舟!」 術式の解放は一瞬だった。 彼の持つ神秘の力を上げるスキル自体と相俟ってその威力は絶にして大。 光介を庇ったシュスタイナが倒れ、イーリスも運命を燃やさざるを得ず、セリアは起き上がれなくなるほどの一撃。 けれど、そこまでだった。 「私は私達は倒れません」 メリッサの決意を滲ませる凛とした声。彼女とて今の一撃で倒れて起き上ったことに相違ないがそれでも声には力が残っていた。 「そうだ、俺達には守るべきものがある」 風斗も運命こそ使っていないが一押しで一度倒れることになるだろう。それくらいの一撃だった。 だけど自分達の後に守るべきものがある、失いたくない人がいる、続けたい日常がある。 光介の回復が降り注いだ、彼にも大事な人がいる。 だから、それで終わりだった。パジルカはもう一度動く前に 「パジルカ! これで終わりだ!!」 モヨタの渾身の一撃で倒れた。 その後、といっても数分のだがパジルカを討った後配下を討つのに苦労はもはやなかった つまるところ最大の火力であるところのパジルカとバジリスクを失った敵のパーティーに逆転はないのだ。 そうして静かになって、水の音が流れるだけの滝の広場に平穏が戻ってきた。 一時だけかもしれないし、まだ他の場所がどうなったかは解らない。 こちらにだって傷を受けた者は多い、今からを思えばまだ安心することは出来ない。それでも解ることがある。 世界に災厄をもたらす者達を君達は確かに撃ち払った、これ以上なく打倒した。 これを救世主と言わずして何というのだろうか。 これが何度目かの者だっている。一般に知られることのない神秘の事柄に感謝されることだって少ないだろう。 それでも君達は確かにヒーローに、なった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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