●魔神 闇の中に一つ灯る蝋燭の火。ゆらゆらと揺れるか細き火が照らし出すは質素な机上の半分にも満たない。その上に置かれた分厚い魔術書がぱらり、とページをめくられる。 「こんばんわー」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)の若干能天気とも取れる声が机に向かって放たれる。ぱらり、魔術書がめくられる。 「また、貴女ですか」 「キース様じゃなくて申し訳ないんですけれどね。でもほら、悪魔って契約できれば働いてくれるじゃないですか。あの方も当分動けないでしょうし、今がそのチャンスだと思いまして」 ぱらり。声の元には男が居た、蝋燭の灯が来客を歓迎するかのように一際強く燃え盛りだした。声を掛けられた男は振り向くことなく淡々と魔術書をめくる。アシュレイはそれを意に介することなく用件を切り出す。 「どうでしょう? 例の件」 ぱらり。 「私も戦列に参加して欲しい、とのことですが。あいにく」 ここにきて男が椅子をきぃと鳴らしアシュレイにその姿を向ける。赤い肌に黒い長髪の美丈夫。その手には魔術書の代わりに水の入ったグラスが握られている。そして、魔力の発動。二人の間の空気に変化が起きてもアシュレイの表情は緩やかなままで。 グラスの水がだんだんと赤に変化する様を見守る。 「見ての通り私には水をワインに変える程度の力しかないのです」 「さすがに今回ばかりはこちらも出し惜しみをするわけにはいかないんですよね。誠意を見せる為にも隠し玉の投入が効果的なんですよ」 「聞こえのよい言い方をしますね。ですがこれから幕僚に加えようとする者に、確約のない以上その時点で隠し玉とは呼べませんよ。つまり私は出し惜しみすらされない程度の存在でしかない。他にも切れるカードはあるでしょうに」 「今回の戦闘は大規模なものになります。三ツ池公園、ご存じですよね? 彼等も、彼等以外も対抗するために最大限の戦力の投入をしてくるでしょう。私達の狙いは内部に入る必要がある為挟撃を防ぐ意味合いも兼ねて公園の外周を制圧して頂きたいのです」 会話を噛み合わせようともしままなおもアシュレイは続ける。 「彼らを侮ることなかれ、と。これまで『見て』いらしたように今回の『相手』は一寸の余裕も一分の隙も見せたくはないんですよ。それに、こういう戦い得意ですよねぇ。ハーゲンティ様」 この男、名をハーゲンティという。ソロモン72柱の魔神、序列第48位にして悪魔の賢者。 『魔神王』キース・ソロモンが行使するその異世界の神もその全てを完全に支配しているわけではない。勿論『ゲーティア』を通して顕現するよりもさらにその力を制限されるが、魔神の住む世界からこちら側にアクセスすることも可能だというのは先例が示している。 ハーゲンティは『水をワインに変える程度』しかできなくなる程度にまで実力を落とすことにより力の消耗を抑え他の魔神よりも長くこの世界を見てきた。 「……貴女が、ここに来るのも3回目ですね」 「ええ。三顧の礼、というやつですよぉ」 「ご自分でそれを言いますか……ふむ」 しばしの沈黙、そして。 「三ツ池公園外周部ですか。悪くても相手側を釘付けにしておく必要がありそうですね……わかりました、数はこちらで用意しましょう。繰り返しになりますが『魔神王』の助力もない『私の側』からの顕現になります。今程ではないとはいえ本来の実力からは程遠い。よろしいですね」 「モチロン、歓迎いたしますよ。それとこちらからも戦力をお貸し出ししますから、何かの足しにでも使ってください。」 緩やかだった彼女の表情がついに晴れやかなるものに変わる。尤も、通過儀礼のような会話を挟んだがこれは決定事項でもあった。この部屋が、歓迎した時点での必然。 「初めて貴女に誘いを受けてからこれまで、ここでその様子を傍観させて頂きました。この私が見ても貴女の行く先は闇ばかりで見通すこと叶わない、私はその先に興味があります。それは……貴女に惹かれるには十分足る理由。我が力、お貸ししましょう」 関わったものに破滅をもたらすという塔の魔女、しかしそれは『関わらない』という選択肢をなくしてしまうほどに魅力的なのだ。 ●水際 「最悪の災厄」 アーク・ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達にそう告げるのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE00001)、その表情は何時にも増して堅い。 「バロックナイツ盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒがついに行動を開始したわ。彼に付き従うは『黒騎士』アルベール・ベルレアンと『白騎士』セシリー・バウスフィールド。そして……『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア」 揃いも揃ったビッグネーム、この日本の神秘世界、いや世界全体を見渡しても今現在その名は最大のカリスマであることに疑いはなくそこに付き従う実力者がいるとするならば、バロックナイツ序列第一位であったウィルモフ・ペリーシュによって行われた先の惨劇を上回る事も容易に浮かび上がる。 「その狙いは三ツ池公園の『閉じない穴』。敵は精鋭中の精鋭、戦力を集中させる意味でもこちらは公園内部の各所で迎撃を予定しているわ。でもそれだけではダメ、公園外部の陥落も避けなければいけない。外周が瓦解してしまえば内部にさらなる混乱が起こるし敵の増援にもなる」 あまり考えたくはないのだけれど、とイヴは目を細めて俯いた。 「万が一占拠されてしまうようなことがあった場合、外周まで固められてしまっては手も足も出なくなる可能性だってある。防衛できれば最上の結果なのだけれど同時に最悪の事態も想定しなければいけない。少しでも敵の戦力を減らして備えをしなければ」 あなた達にお願いしたいのは、と一呼吸置いたところでモニターに公園の地図が表示される。三角形の丁度底辺と呼べるラインが赤く点滅している。 「三ツ池公園の正門付近、仮に正門を6時の方向とするのであれば4時から8時までの辺り。その場所にはオルクス・パラスト、梁山泊、スコットランドヤードからのリベリスタが各10人、警固に参加してくれている。それでも……」 敵の戦力が正直どれ程のものか想像もつかない上に今回はこちらをよく知るあの『塔の魔女』が敵として絡んでくる。『万華鏡』によるアドバンテージも得られない。 「向こうも今回に関してはこちらに全面的に協力してくれると言ってくれたわ。必要によってはこちらの指示に従うとも。彼らと力を合わせてなんとかこの状況を切り抜けて欲しい」 「とても厳しい戦いなることは間違いないの。それでも、無事に帰ってきて欲しい。気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:久遠 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月01日(日)22:19 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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●開局 「あはははっ、アタシが裁いてやるよ!断罪!断罪ィッ!」 開戦の合図はフィクサード・水底くららの2丁拳銃による派手に号砲とともに鳴らされる。広範囲に降り注ぐ弾丸は容赦なくオルクス・パラストの面々を打ち抜き受けた傷を癒す間も与えられずに飛竜と獣の波状攻撃。 事前に連絡を受けた、アークの到着を希望になんとか時間を稼ぐ。 時間にして30秒。メンバーには永く、永く、感じられた、たったの30秒。隊員の精神は削り取られ集中力も落ちた。その隙を相手は見逃さない、素早い動きで撹乱し喉元に牙を立てようとする。 「待たせた!よくもってくれた、礼を言う!」 地を割る威力の衝撃と共にビーストの牙は『はみ出るぞ!』結城”Dragon”竜一(BNE000210)の大牙の前にあえなく散る。 「来てくれたのか!」 闘う気力を取り戻す隊員の辺りを柔らかな風が包んだ。味方を護る風、しかし敵には容赦なく吹き荒ぶ烈風、その中心は『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)。オルクス・パラスト隊員を護るように立つ姿は雅にして剛。 「アーク、連携します! ホーリーメイガスの皆さんは私達も回復してください!」 力強く蹴り出すと味方を巻き込まないよう敵陣深く切り込んでゆく。 「まずは数を減らさなければいけないね」 『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)の放つ必殺の魔弾は一匹に、確実な致命の一撃を。本来前線での戦闘は向かない筈のセッツァーがそのまま傷ついた隊員の壁となり立ちはだかる。 「のこのこ前に出てカッコつけやがってこのバカ、もらったっ!」 セッツァーを狙ったくららの弾丸はその展開された障壁によって同じ軌道で撃ち返される。見開かれた瞳のままくららの頬を赤い筋が伝う。 「ワタシはマグメイガスだが後衛と侮ってもらっては困る。バリアシステムの反射と絶対者による様々な無効能力で十分前に出ることも可能なのだよ」 「そいつが印章かい、悪いが破壊する」 共鳴印章、魔神より施されたそれ。まずはこれを破壊し魔神と分断する。『ファントムアップリカート』須賀・義衛郎(BNE000465)の研ぎ澄まされた直観はそれを見逃さない。攻撃を反射されたことにより一瞬硬直したくららの印章に向かって正確に斬撃を繰り出す、が。 「なっ」 信じられない光景だった。ビーストの一匹がくららの前に身を挺し庇いたてたのだ。 「相手は獣といえど統率の取れた動きをするね。Mr.結城、Miss.柳生、頼むよ」 「まかせろ、まとめて吹っ飛ばしてやる!」 「竜一君! いくぞ!」 溢れ出す戦気を込めた竜一の攻撃は敵を圧倒し、麗香を中心に巻き起こる烈風と暗黒に近づけばそれだけで引き裂かれ呑まれる。 戦局は簡単にリベリスタ達へと傾いた。もっと攻撃的だと思っていた獣の攻撃ではホーリーメイガスの癒しの力の前にその牙は形無く、飛竜の刃を兼ねた翼の薙ぎ払いもアークのリベリスタを捉えるには至らない。唯一印章持ちのくららだけは相応の攻撃を仕掛けてきたが、それでもリベリスタを追い込むことはできない。攻撃範囲は広いが一点を突破する力に欠けている。面倒な事と言えばくららへの攻撃はビーストが庇いたてるせいで一気にカタをつけることができないくらいで、粘りはされたが勝敗はほぼ決した。 「覚悟っ!」 麗香のメガクラッシュがくららを掠め表情を青に染めた。 「あーもう! 無理無理! やってらんないよ!」 大きく跳躍し乱戦の中から抜け出すくらら、追いかけようとした者に威嚇射撃をしながら公園から離れていってしまう。 「おいおい、逃げちまったぞ!」 「追いかけたいが仕方ないね、罠の可能性もある。それにワタシ達にはまだやらねばならない事があるはずだよ」 セッツァーの言葉に己の使命を再度確認する竜一、その瞳に宿る炎はなおも燃え盛る。 「ありがとう、助かったよ」 「こちらこそ、協力感謝する。柳生麗香だ」 「悪い、随分時間を喰ったから先にいかせてもらう」 「任せた。皆さん、義衛郎と共に梁山泊の救援に向かって欲しい」 「了解、しかし援軍の可能性もある。僕と数名はここに残って警備を固めたい」 義衛郎はその持前の速さで次の戦場に向かって駆け出し、麗香の提案に燐が賛同した。 その間にも竜一は再び戦気を高めセッツァーは神力を充電し万全に態勢をつくる。 オルクス・パラストの面々も負けてはいられないと傷を癒し、次の戦場へ向かう準備をする。麗香、竜一、セッツアーは頷くと魔神のいる正門前へ駆け出した。 ●右翼 「はあ、はあ、はあっ」 「大丈夫か」 梁山泊の救援に向かった義衛郎、その眼前に広がっていた光景は目も当てられないものであった。既に半数以上のリベリスタが地に伏せ秦・蓮花はそれなりの実力者にも関わらずかなりの消耗を強いられており、肩で荒く呼吸を整えようとしている。 腰に下げたべレヌスの灯りを頼りに状況を正確に把握し、残された戦力からオルクス・パラストが到着するまでの時間を計算しこの場を立て直す算段を立て指示を出す。 「覚悟!」 「どこ狙ってるんだよ」 鬼崎竜堂の攻撃は軽口をもって躱すが思っていたより随分鋭い、これも戦術号令の効果か。 倒れている同胞の変わり果てた姿の中にホーリーメイガスを見つけ舌打ち、回復手が足りない。 (こいつは、しんどいな) それでも、戦局は義衛郎の登場でなんとか持ち直した。本来は印章持ちを探し出し魔神の号令から分断したかったのだがそれでは梁山泊の面々が持たないと判断、目の前の竜堂の攻撃を捌きながら雷撃でビーストを攻撃し数を減らす。フィクサードを抱えながらも奮闘する姿は挫けかけた心を立ち直らせた。 しかし。 アザーバイドの狙いは的確すぎる。知能があるようには見えないしタワー・オブ・バビロンでも会話らしきものは拾えない。しかも4体いる飛竜は相手から生命力を奪う。己の身の安全など省みない程に激しく、それでいてなお統率のとれた動きで攻め立てる戦術がこの飛竜の能力とマッチしているため先程の飛竜より余計に質が悪い。 そして義衛郎は飛竜の1体に魔力の揺らぎを見つけた。 最早意図的という他ない程義衛郎から離れた位置に、囲むようにビーストに守られて。 (やってくれるぜ)。 「貴様、どこを見ている!」 「どうやらお前さんに用はないみたいだ。蓮花っていったな、手を貸してくれ」 「わかった!」 (持つか……?) そうしている間にも、飛竜は実力のない者から容赦なく生命力を吸い上げていた。 ●正門前 「でえやあああっ!」 全力疾走の勢いでついた慣性をそのままに闇騎士に一撃を叩きつける竜一、同時にその手応えから対象の力量を探る。なるほど、魔神の配下というだけのことはある、と感じた。 「よく耐えた! 態勢を立て直し俺に続け!」 「応援、感謝します」 スコットランド・ヤードより派遣された聖騎士隊は団結し守りを固め魔神相手によく奮闘しているといえるがアークの登場によっていやがおうにも士気が高まる。 「来ましたね。さて、それでは私も前に出るとしましょう」 魔神ハーデンティが一歩、前に出る。ゆっくりと歩くその姿とは裏腹に放つ威圧感はさすが魔神と十分に思わせる説得力を持っていた。 「ハゲと糖尿病は治らんのかあ!それが運命というのかあ!」 先陣を切ったのは麗香、リベリスタ達の動きを気取られないように、魔神の注意をこちらに向けされるように、そして次に繋がるように、一切の力を殺さず放たれる斬撃は魔神とその守護騎士を巻き込む。麗香の狙い通り二人は別々の方向に避け分断に成功した。 「面白いことを言うお嬢さんですね。私を前にしてからそのような言葉を口にするのは裏に何かあるのでしょうか?むっ」 麗香が舞うように身を流すとその後には竜一が続く、既に攻撃態勢に入り強靭な脚力で魔神との距離を一気に縮め渾身の一撃を振り下ろす! 「くらい、やがれええええっ!」 黙示録の名を持つにふさわしい死を告げるその一撃、しかし魔神の表情はそれを目の当たりにしてなお変化することはない。 「残念、それはすでに『見て』います」 「なんだとおっ!」 突然の出来事、痛みよりも視界の回転に驚く、背中に強い衝撃を受けそれが地面によるものだと悟った。しかし、どうしてこうなったのかが理解できない。その間にも魔神は竜一を見下ろし手刀を振りかざしていた。 「まずは一人」 間一髪、手刀を振り下ろすその腕はセッツァーの放った魔弾をブロックする為に使われる。 「司令塔が落ちれば戦局が崩れるのは容易い。狙うは大将の首、だね」 ほう、と声を上げた魔神にすぐさま麗香が追撃を加え竜一をフォロー、これは避けられるが体勢を立て直すには十分な間。 「ハッ! やってくれんじゃねえか!」 「待って、竜一君。おかしい」 麗香は見た。 魔神は竜一の攻撃に対し予め着弾点を知っているかのようにその範囲、叩きつけられて発生した爆風と飛礫の全てを受け付けないぎりぎりの位置を知っているかのように回避、そのまま間髪入れずに足を払って体勢を崩した。 「確認したいことがある」 麗香の中に生まれた疑問、麗香だけが知っている事実と合わせ浮かび上がる質問をぶつける為に剣を構える。使う型は決まっていた。 「そうきましたか。ですが……よい機会です。戦に勝つには味方を知り、敵を知り、己を知ることが必要。その力、見せて頂きましょう」 麗香の構え、そして始動から魔神には何を考えているのか全てを掌握していた。そしてそれは麗香も承知の上。思惑通りにメガクラッシュを放つ麗香はやはり紙一重で回避され、その力は逆に自身に跳ね返ってくる。追撃を受けないようセッツァーに妨害を、と目配せで伝えておいた彼女はなかなかに周到だ。 「確認はできましたか?」 「印章」 「いいですね、わかりますか」 短いやりとりだが麗香は確信を突いた。自身の言動の不一致と竜一の黙示録を『見た』とこの魔神は言った。どうやら己の施した印章を通して遠くの出来事を『見る』ことができる。一度見てしまえば完全に見切れる。技と呼べるものは見切られ確実に繰り出すカウンターは厄介極まりない。 かといって必殺の一撃足りえない攻めは魔神のその強大な魔力で自らの軍団ごと癒してしまう。 なまじ魔神の攻撃も致命に至るようなものがない為、消耗ばかりが先行するし、 理由は単純、『見た』ことがなければいい。 そして、魔神に対抗する切り札を持つ人物もそれをよく理解している。 「うおおおおおおおおおっ!」 竜一を覆う闘気がこの上ない強さを帯びる。 この時までにとっておいた奥の手、全力を超えた魂の一撃! 「知を武で圧する、それが武の極みだ。知恵者はあらゆるを見通すがゆえに、俺のような愚者を取りこぼす」 咆哮と共に地を蹴り、地面が弾ける。その全身は理性を断ち切る刃と化しハーゲンティを打ち抜いた、手ごたえは十分。しかし、魔神は倒れない。 「ふふふ……成程、まだ手を隠していましたか。しかし残念、まさか一太刀程度で私を殺せると思いですか?だとすれば随分安く見られたものです」 いかに『端末』、いかに賢者とはいえソロモンの魔神。これで倒れようものなら自らの沽券にかかわる。ここでさらに追撃ができればあるいは。しかし己を犠牲にした魔神はその先が続かないことまで見通している。だからこそ、その身で受けた。 「終わりですね。時間は十分に稼げました。頃合いでしょう」 手のひらの上に作り出した印章がキンと鳴りハーゲンティの体を淡い光が覆う。 「何! 逃げるのか!」 「ええ、そう捉えて頂いて結構です。このまま続けるのも一興ですがこの『端末』といえども殺されてしまえば随分と痛いですし、何より個々の力量で勝敗が決まるというのはなんとも私らしくありません。それに、この時の為に狙われるのを承知で私が前線に出たわけですし、注意を引く為にあれこれ種明かしもしたわけですから。」 「貴様! 全ての禿に成り代わり髪の毛ごとたたっ斬る!」 「私の髪の心配はありがたいのすが、それよりもまずお友達の心配をしたらいかがです?」 「まさか、Mr.須賀に……」 「では、アークの皆様、ごゆるりと」 甘かった、この場にいる誰もがそう思った。魔神はどこまでも勝利にのみ固執していた、しかしそれに気が付いた時はすでに遅し。 「させん!」 虚空に消えた魔神を追う為に走り出そうとした瞬間、フィクサード・カールと闇騎士が立ちはだかる。ハーゲンティにばかり気をとられていた、スコットランド・ヤードとは小競り合いをしていたようだがまだまだ余裕が見て取れる。 「お前の相手は私だ!」 (義衛郎君……) カールのランスによる一撃を寸での処で麗香がいなす。そのまま素早く居合いを繰り出すが鋼鉄の鎧を貫くことはできない。これはカールではなく麗香の問題、気持ちに揺らぎがある為。 「皆さん! こういう時こそ焦っては敵の思うツボ。確実に、冷静に戦況を打破しなくては!」 セッツァーの上品で張りのある声が正門前に木霊した。その声が折れかけた心を奮い立たせる。 「ああ、わかってらあっ!」 再び目に光を宿したリベリスタは敵陣に切り込んでいく。 絶望的な運命に立ち向かう、それがアークなのだから。 ●終局 「ぐうっ……む、無念」 即席にしてはよく出来た連携だった。義衛郎と蓮花の隙のない連撃の前に攻撃一辺倒だった竜堂はなす術もなく前のめりに倒れた。 「よし、次は」 「そこまでです」 本来は最優先だった印章持ち。目を向けるとそこには、魔法陣。印章を大きくしたような。それは、一目で解かる。 魔神ハーゲンティ。 「なんで、あんたが」 遅れて過去にも味わった魔神独特の気配が突き刺す。 「十分時間は稼げましたし印章を狙っているのは見えていましたからね。破壊される前に次の一手を打つ、それだけのことですよ」 「だったらあんたを叩くまで―」 義衛郎の切り替えは早かった、目の前に突如現れた魔神に臆することなく全力の一撃に行動を移す。見たところ無傷ではない、ならばと地を蹴る。 刹那、義衛郎の直観がけたたましく警鐘を鳴らす。 従うべき警鐘、これまでの幾多の戦場を駆け抜けた者だけが持つ防衛本能に従い瞬間的に身を翻すが完全に避けきることは叶わなかったようで金属の擦れる音と共に腰のべレヌスが弾ける。 「当たんないか。やっぱ疾いわね、アンタ」 銃口が闇夜に煌めく、月を背後にしたその姿に見覚えがある。先の戦いで撤退した筈の水底くららがそこにいた。 「逃げたんじゃ……そういうことか」 「お互い考えている事は同じということ。もちろん彼女には早めの撤退と勘付かれないように少し時間を掛けてでも遠回りしてもらいましたが。」 「ここに来るとき雑魚がいたから掃除してきたよ」 雑魚というのは無論オルクス・パラストの救援だろう、敵は一つずつ確実に見えていた道を塞いでくる。まるで自分の手足がじわりじわりと捥がれていくかのような感覚の中で、それでも義衛郎は表情も態度も変えることもなく話を続ける。 「最初の奴らも正門の奴らも全部囮だったってことか」 「制圧できることが最上の結果である以上囮のつもりはありませんでしたが、到着したあなた方の戦力とその集中具合から一点突破に切り替えました。言うまでもなく切り替えが出来る配置にはしておきましたので」 「そいつはどうも、褒めてもらってるのかね」 「勿論、この目で確かめた通りやはりアークは一味も二味も違いました。さて、あまりお喋りをして時間を稼がれても困りますので……戦いますか? この戦力差ならばいかに私といえども彼等が到着する前に事を済ませる自身はあります」 「宣言かよ。ほんっと、やりにくいな。あんた」 この言葉の裏も解っている、魔神は選択を迫っているのだ。 「歩幅を合わせず一人だけでもこちらに来たのは正解でしょう。出した指示もなかなかに的確であったと思いますが、それだけにご自分の置かれた状況を理解して頂けるのでは」 無言のまま、魔神を睨み付けるが背筋には冷たいものが走る。策は、ない。しかし最後まで足掻けば仲間達が来てくれるかもしれない。魔神もそれが拭いきれていない、だからこその選択。 「それでは詰みます。我が配下にも、もう一働きして頂きましょう」 魔神は目線の位置に破界器を構えると声高らかに号令を発する。 「今こそ好機、皆の者。我に続き其の疾きを以て速やかに敵陣を制圧せしめん」 魔神周囲の空気が変わる、弾けるように獣が吼え飛竜が猛りくららが弾丸の雨を降らせた。一瞬で淡い期待は潰される。花を毟り取るが如く生き残ったリベリスタを蹂躙していくその様に初めてこの魔神の本気を見た気がした。 帰ってきて。 ふと、義衛郎の脳裏に万華の姫君が浮かび上がる。その憂いの瞳を閉ざしてはいけないと思った。意を決すると戦場全体に注意を払いながらべレヌスを拾い上げ距離をとる。 「賢明な判断です、この度の戦は私も十分楽しめました。最後に、お名前を聞いておきましょうか」 「……須賀、義衛郎」 義衛郎は残った蓮花と共に正門前に向けて撤退を開始した。 「さて、仕上げです」 ハーゲンティは素早く召喚用の魔方陣を組み上げる。この維持がこの場所の制圧の証。 そして、召喚陣より呼びだれた黒の生き物達は森の中へと消えていった―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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