●とある道化の戯言 この病める世界を死なせるために――。 この世の終わりについて。人が文字を得るよりも前から数多くの予言がなされてきたが、それらはなに一つ実現することなく消え去った。 にもかかわらず、『ヨハネの黙示録』は二千年という時の流れを経てもなお、決して消え去ることはなかった。 それはなぜか? 遂行者がいるからである。 世界最強のフィクサード集団バロックナイツの盟主にして、予言の書に記された『疾く暴く獣』。 遂行者は人の名をディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンという。 獣が『ヨハネの黙示録』を手に歴史の表舞台に姿を現すその時。 予言に隠された真の意図が明らかになるであろう。 世はたちまちのうちに獣がまき散らす赤い闇に包まれ、 人の子らは苦しみの中で死を願うが叶わず――。 救いはない。 繰り返す。 救いはない。 人の子らがいかに祈り、神に助けを求めようとも。 得られるものは絶望のみ。 ●かくして箱舟は死の海へ 「あまりに事が大きすぎて、なんだか現実味がないんですが……」 巨大モニターを背にした『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)の顔は、吐いた言葉のとおり緊張感に欠けていた。 対するリベリスタたちの顔は一様に固い。ここへ来るまでに、大体のところは耳にしたのだろう。結んだ口に、眉間に刻んだ皺に、決めた覚悟が透けて見える。 健一は受ける視線に力むことなく、さらりと切りだした。 「バロックナイツ盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンがついに動き出しました」 やはり、と噂が真実になったところで固かったブリーフィングルームの空気が更に硬化した。空で指を弾けばキンと音がなりそうだ。 「盟主と同時に動くは第二位『黒騎士』アルベール・ベルレアンと第六位『白騎士』セシリー・バウスフィールド。それに『塔の魔女』アシュレイです」 健一が体を横へずらすと同時に、もはや馴染みとなった三ツ池公園の地図がモニターに映しだされた。 頻繁にフィクサードたちから襲撃を受けるため、アークに所属する大部分のリベリスタたちは公園内を隅々まで覚えてしまっている。あえて映したのは、新人たちに対する配慮である。 赤い光点がモニターの上に現れ、マップ中央を丸く囲むようにして動いた。 「バロックナイツ本隊の狙いはここ『閉じない穴』でしよう。研究的利用が目的というよりは、もっと直接的で危険な意図があると推測されます。崩壊度が危険域にまで高まっているいま、我々はなんとしても『閉じない穴』を守りぬかねばなりません。さて――」 地図の尺度が変わった。公園だけでなくその周辺地域も広くモニターに映し出される。 健一は赤い光点を公園の外へ動かした。 いくつかのエリアを示した後、キーを叩いて地図の上に小ウィンドウを開く。 「敵の圧倒的大多数は魔術的に召喚されたとみられるエリューションやアザーバイドの類です。それらは海外、国内からの援軍組織やアークの一般戦力で可能な限り抑え込んでいただきます。しかし、主力と見られるいくつかの精鋭部隊を水際で食い止める事は実質不可能」 再び地図の尺度が変わった。 今度はモニターの半分に公園の一部が大きく映しだされ、のこり半分に巨大な馬にまたがった二騎士の姿が映しだされた。 「みなさんには公園のここ、中の池と下の池の間にかかる橋の上で公園外周の第一防衛ラインを突破して来た精鋭部隊を迎撃してもらいます。敵の識別名は『青騎士』と『赤騎士』。人の姿を成していますが、どちらもアザーバイドです。彼らがまたがるのはフェーズ3のエリューション・ビースト。恐らくはアシュレイの妨害でしょうが、それ以上は詳細が掴めていません。どうか、敵部隊をここで食い止めてください」 言うは易し行うは難し。 「ええ、非常に厳しい戦いになるのは間違いないでしょう。倒せ、とはいいません。もちろん、倒したうえで公園の防衛に成功するのが最上です。最上ですが……」 これまでにもラトニャ・ル・テップやウィルモフ・ペリーシュ等、どうしようもない敵は居たが彼らは隙だらけだった。自分たち以外を低く見くびる彼らの慢心がつけ入る隙を生み、それが辛くもアークに勝利をもたらした、といっても過言ではない。 が―― 此度は勝手が違う。 敵にアシュレイが居る以上、万華鏡による一方的なアドバンテージは得られない。 敵にアシュレイが居る以上、彼等は間違ってもアークを侮る事は無い。 「最悪でも敵の戦力をそぎ落として情報を集め、反攻作戦の足掛かりを作らなくてはなりません。それには、みなさんが無事に生きて戻ることが大前提です。いいですね。どのような結果になろうとも、必ず生きて戻ってきてください」 ●赤と青 燃える瞳を伏せたまま、赤騎士が呟いた。 「あれか」 問いを受けて青騎士が蒼ざめた唇を開く。 「あれだ」 狂い馬の尻の後ろには、数多の屍でつくった血の道が長く伸びている。 狂い馬の鼻の向こうに、またも人の子らが作る壁があった。 どうやら『閉じない穴』を得るためには、このうえ更に道を開いていかねばならぬようだ。 是非もなし。 どちらともなく漏らしたつぶやきに、狂い馬が嘶きで応える。 「行くか」 「行こう」 両騎士は拍車を馬体に当てた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月01日(日)23:09 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 前に四人、中に四人、後ろに二人。 リベリスタたちは橋の北に箱型の陣形を敷き、人の壁となってバロックナイツ盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンが召喚したアザーバイドたちと対峙していた。 ――池越えの絶対阻止。 リベリスタたちの緊張が高まる。 ありありと。見るからにありありと、巨大なアザーバイトたちは全身から禍々しい闘気を発散させていた。 先頭を行く赤騎士の顔はまったくの無表情だ。燃える眼はまだ伏せられていた。こちらの緊張を更に高めるつもりなのか。赤騎士は一歩、一歩、ゆるりと駒を進めてくる。 後ろにやや間をあけて青騎士を乗せた凶馬が続く。こちらの顔は赤騎士の後ろに隠れて見えない。 「サイズを除けば……見た目はただの騎士と馬ですね」 『全ての試練を乗り越えし者』内薙・智夫(BNE001581)は踵を降ろした。とたん、前列に立つ男たちの背に視界が遮られる。 地を踏んでいた蹄の音が、乾いて高くなった。同時に橋が揺れた。 開戦まであと少し。 いまのうちに、と智夫は翼の加護を唱えた。 中列から少し離れて、智夫たちの後ろでは、『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)がアクセスファンダズムからトラックをひっぱり出していた。 チコーリアが用意して来たのは、後ろの荷台がむき出しの平車ではなくハコ車だった。 こちらの着地は乱暴で、どん、と大きく橋が揺れた。 「ちょっとしたバリケードなのだ」 多少の足止めにはなるだろう。前列が崩れた際、立て直しの時間ぐらいは稼げる。過度な期待はしていないが、それが藁であったとしても打てる手は打っておかなくてはならなかった。 敵がこちらを侮っていないというのなら、こちらもまた敵を侮ってはいなかった。 穴に近づけさせてはならない。盟主の元へ行かせてはならない。なんとなれば、『疾く暴く獣』ディーテリヒは長きにわたり世界を、アークを苦しめて来たあのバロックナイツを束ねていた男なのだ。 実力は未知数。だが間違いなく世界最強。 ただでさえディーテリヒひとりにアークの精鋭が多数立ち向かわねばならぬというのに、そこへアザーバイドの増援が加わるなどとんでもない話だ。 ゆえに、いま丘の上へ盟主の助太刀に行かせてなるものか。 静かに、それでいて激しく闘志を燃え立たせ、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)がエネミースキャンを開始した。 敵騎士たちの戦力分析を試みる。 (ああ、まずい――) あばたの分析結果は即時、ハイテレパスで仲間たちに共有された。 前衛たちの背が強張る。 早かった。四体の内、一番スピードの劣る赤騎士ですら智夫のそれを遥かに上回っている。アーク神速の男には遠く及んではいないが、そんなことは慰めにもならない。実際に目の前に立つアザーバイドは四体だが、下手をすれば一度に八体分の攻撃を受けかねないのだ。それも先制攻撃で。 (オマケに彼らからとてつもなく『強固な意思』を感じます。俗にいうウィルパワーってやつですね。バッドステータスに掛かってもすぐ回復。そも、かかりにくい……と、神よ。なんの嫌がらせだ、これ) 戦いの前に自己能力を高めることに集中していた奥州 倫護(BNE005117)だったが、『神』という単語に反応して思わず顔を横向けた。 「あばたさん、クリスチャンでしたっけ?」 「いえ」 怪訝な顔をしたところへ、熱い風が横頬に吹きつけて来た。赤騎士を乗せた凶馬が、大きな鼻の穴から激しく息を吹き出したらしい。まだ数メートルは距離が離れているというのに、中列にまで届かせるとは大した肺活量だ。 たじろぐ倫護に対して、まともに息を吹きかけられたはずの、前に立つ四人の男たちの肩は少しも揺るがなかった。その男たちの頭のずっと上に巨大な馬面が浮かんでいる。 「うわぁ、で、でかい……。馬は嫌いじゃないけど、コレはちょっと……可愛くないなぁ」 ねえ、と今度は反対側、倫護は中列端で紫煙をくゆらせる『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)へ話を振った。 遥平はわずかに眉の端を持ち上げると、内ポケットから携帯灰皿を取りだした。 「可愛い、可愛くない、のどちらかと聞かれれば……まあ、確かに可愛くねぇな」 やれ、しばらくお預けかと、咥えていたタバコの火を消しにかかる。 いまや各地で路上喫煙禁止条例や歩きたばこ禁止条例などが施行され、喫煙者の良心やモラルを問われる時代になっている。ヘビースモーカーでもあり現役の刑事でもある遥平は間違ってもポイ捨てなどしない。そこが過度に緊迫した戦場であったとしても。 「それで? 赤騎士と青騎士か……ってなると、白と黒はバロックナイツの二人、ってわけかい?」 問いかけを受けた形の赤騎士は沈黙したままだ。遥平にしても返答を期待して言ったわけではない。 「――が、愛想のねぇ連中だ」 「赤、青、白、黒。黙示録の、ね……まったく冗談じゃないな」 トラックの後ろで『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)が呟いた。 遥平は「ああ、そうだな」、と受けて携帯灰皿を背広に戻した。 「だが生憎と、俺達はここで黙示録の騎士に滅ぼされました、ってわけにはいかないのさ」 「まぁやれることをやるしかない、か」 クリスは両脇のホルダーから二丁の魔力銃を抜きだした。己に課せられたのは最後尾からの支援。的を狙いやすいように、魔法の翼でトラックの上へ出る。 「――死に支度は済んだか?」 橋の上に硬質な声が落され、跳ねた。 それは冷たくも深い響きを持って、あまねくリベリスタたちの鼓膜を震わせた。人ならざるものの声なれば、魔法じみた音の伝わりも納得できる。 が、それと吐かれた言葉の意味を納得するのとはまた別。 ここにきて身動きひとつせず、壁に徹していた男たちが動き出した。 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)だ。 だん、と橋を踏んで、怒気を発すると、返答代わりに中指を立てて見せた。 「生憎と。消化しきれない煩悩を万と抱え込んでいる身でな。この世にゃ、まだまだ未練があんのよ」 竜一の熱に当てられたか。 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)はふっ、と笑いをもらすと背負った対戦車砲に手をかけた。体の前へ回す。 「獣に先立ち現れるは黙示録の四騎士か」 笑ったことで入りすぎていた力が程よく抜けた。身構えに隙がなくなり、どんな攻撃にも対応できるだけの柔軟を得た。そのことが影継の心に余裕をもたらした。 死に支度ではなく、戦支度に今少しの時間がもらえるならば、ありがたく頂いておこう。いいな、といって自身にジャガーノートをかけると、アークの守護神に目配せして行動を促した。 「黙示録の騎士か――不吉が過ぎるって話だね」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は天を仰ぐと神に勝利を祈願し、戦士たちへの加護を求めた。技が発動し、リベリスタたちの体が黄金色の淡い輝きを放つ。 これでしばらくのあいだ、わずかではあるが全員が自己回復する。 快は首を回して遥平がルーンシールドを張ったことを確認した。すべて準備が整ったことを赤騎士に告げようと、前を向いたそのとき―― 世界が死に瀕するからどうだと言うのか 黙示の予言が何であると言うのかね 知らぬ知らぬどうでもよい 強く。慢心無く。質すら勝る敵 それこそが、それだけが私の望んだ世界だッ! 聖骸闘衣を纏った『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が、気高くも堂々と、戦いの開始を唄う。 その顔は狂気すれすれの喜びに満ちて輝いていた。 一歩前へ出ると、この喜びは誰にも渡さないと言わんばかりに両腕を広げる。 さぁよこせ騎士共! 私に! 剣呑なる闘争を!! 「ただの壁にあらず、か。その意気やよし。よかろう。ならば我らも全力で戦い、望みに応えようではないか!」 赤騎士が目蓋を開いた。凶馬がいななき、高々と前脚を上げる。 「この日この時、この地におけるこの戦いを、冥土の土産話とするがよい」 第一撃がシビリズの胸に撃ち込まれた。 ● 挑発は計算づくの上だった。 避ける余裕こそなかったが、あらかじめ来ると分かっていれば防御しやすい。 シビリズは巨大な馬蹄が肋骨を砕く前に、胸の前で腕を交差させていた。攻撃を受け止めてすぐ、そのまま前脚を掴んで凶馬の動きを奪う算段だったのだが……。 ぐっ、と呻いたが最後、交差させた腕を解くこと叶わず、シビリズはそのまま橋へ押しつけられ踏み潰されようとしていた。 普通の馬でさえ、まともに蹴られれば運がよくて重傷、運がなければ死んでしまう。それが、蹴りをくれてきたのがフェーズ3のエリューションともなれば、計算外のパワーとスピードが導き出した答えをあっさり無にしていた。 耐えるシビリズの上で赤い波動が、続いて青い波動が広がっていった。 「シビリズさん!」 智夫はシビリズのコートの襟を掴むと、強く後ろへ引いた。 なおも脚を引っ込めないでいる凶馬の首へ、最後尾からチコーリアが死に神の鎌を振り下す。 「この橋は渡らせないのだ! お帰りくださいなのだ!」 翼を得たあばたが、凶馬の側面に回り込む。二つの銃口を向けて引き金を絞った。これでもかと魔弾を撃ちだす。 いまだ片足立ちのままであることも幸いしたか。数と質の猛攻を受けてエリューションの巨体が東へよろめいた。 (このまま一気に池の中へ押し落としましょう!) あばたはハイテレパスで激を飛ばすと同時に、様子見していた青騎士の凶馬がピアッフェ――その場で足踏みした。 踊るように、更に音を重ねて目に見えぬ空気の波を起こす。 前列距離にいたほぼ全員が、死の蹄音2二重奏に打たれて膝を折った。 倫護は急遽、組み立てていた戦いのプランを変更せざるを得なかった。 予定では戦闘が始まると同時に敵の相手を仲間たちに任せて、自分は馬を池へ落としやすくするために橋の欄干を壊すつもりだったのだが、その前に防衛ラインが崩壊しては意味がない。首尾よく赤騎士ごと一頭目を池へ落としても、後ろに控えた青騎士が全速で中央突破を仕掛けてくる。必ず。 そこまで見通して、倫護はあげた拳を降ろした。ここは仲間の回復が最優先だ。 「燃えろ、ボクの命。みんな、再生の炎に包まれて燦然と輝かしく立ち上がれ!」 倫護がしようとしていたことを察して、遥平が仕事を受け継いだ。不殺の誓いをかけた リボルバーで橋の欄干を撃って木端にする。 「ま、これも地味に必要なら仕方がねぇな。さあ、空けたぜ。さっさと水浴びに興じてもらおうじゃないか!」 遥平の言葉を受けて、クリスが池の上へ出た。 あばたの攻撃で馬の胸はすでに東に向いている。あともう一押しすれば、前脚から池へ落ちるは―― 西から凶馬の斜め前に位置取り、銃を構えて狙いをつけたところに白熱の槍が火の粉を散らしながら飛んできた。いや、赤騎士が手元から伸ばした、というのが正解か。 槍はクリスの右脇腹斜め下した入り、臓腑を焼いて左の肩胛骨の下から抜け出て消えた。一連の動作があまりに早かったゆえに、リベリスタたちには槍が縮んで元のサイズに戻ったのではなく、あたかも消えたように見えたのだ。 クリスは頭をユラリ、後ろへ倒すと、そのまま冬の池へ墜ちていった。 水柱が立つ。 竜一が吼えた。 「くそ! いまのがお前か危惧していた謎の貫通攻撃か」 「そのようだ――と、くるぞ、結城! 新田!」 クリスの安否を確認する間もなく、体勢をととのえなおした凶馬が突っ込んできた。 シビリズが抜けでできた穴を、竜一と快が移動して埋める。 「馬だろうが何だろうがここは通さない。スクラムを組んだラガーマンは、強いんだぜ?」 進路を閉ざされるすぐに、赤騎士は馬を馬体ひとつ分だけ後ろへ下がらせた。体を前に倒して馬の首を押す。 「上だ!」 前脚を折った状態で、青騎士を乗せた凶馬が赤騎士を越えて飛んできた。 「俺は、お前らを呼んじゃいないぜ! アポカリプスはまだ俺の手の中だ。とっととお帰り願おうか。お前らの出番は、まだまだ先さ、この俺がいる限りはな!」 竜一の闘気が暴走して渦を巻く。大気を揺さぶる雄叫びとともに繰りだされた恐るべき一撃は、凶馬の分厚い筋肉を捉えて激しく波打たせた。 勢いを殺された凶馬は、距離を稼げずそのまま落下する。が、リベリスタ側もまた、小さな譲歩を強いられていた。 その巨体を避ける形で、前線を後退させざるを得なかったのだ。 下がらずに留まって、浮いている下をくぐり抜けられでもしたら、回復手が敵の前に立つことになる。さすがにそれは避けなくては、と判断が働いた。それに、多少下がったところで問題ない。まだ橋の半分も渡らせていないのだ。 それでも影継は、これ以上先へ進ませまいと、ハニーコムガトリングの弾幕を張って敵を牽制した。 「ここの通行料はちょいと高くつくぜ。精々楽しませろよ、騎士ども!」 前列に復帰したシビリズが凶馬に向けて破邪の十字を放つ。 雷荒れ狂う中をもう一度、十字が飛んだ。 ● 智夫は水面ぎりぎりまで体を落とした。 クリスが撃ち落された場所はまだ、ギリギリ底に足が届き、水面から顔を出せた。それなのにクリスは池に沈んだままだ。かなりの深手を負ったに違いない。 血で濁った池の表面に立つようにして、届けと念じながら天使の歌を歌った。 願いが叶ったようで、池の底からプクプクと空気の泡が浮かび上がってきた。程なくクリスが水の上へ頭を出した。 「ああ、よかった」 翼が消えてしまった、とクリスが腕を伸ばしてきた。 智夫はすっかり冷たくなった手を取って、水の中からクリスを引き上げた。脇から濡れた体を支えつつ、橋にいる快へ声をかける。 「快さん、翼の加護の再寄与をお願いします」 そろそろ最初にかけた魔法の効果が切れる頃合いだ。機動性を失わないためにも継続さる必要がある。 すっと、池周辺が暗くなった。 大きな雲が空を覆ったわけではない。この青みがかかった不自然な暗さは、日の出の刻を思わせる。 白い息をはいてクリスが体を震わせた。 いつの間にか、細雪が舞い始めていた。 「ふむ。ただ打たれるのをよしとせず、必ず手を返してくるか……。なかなか手ごわい。だが、我らを呼んだ者ほど強くはないな」 青騎士が手を上げると、リベリスタたちの頭に陽光が降り注いだ。 まわりを舞い飛ぶ細雪が光を弾いて黄金色に輝きだす。いま、遠くからその光景を眺めることができたなら、狭い範囲で空から金粉が撒かれている様に見えるはずだ。 冷たい太陽の柱が十本―― 「きれい……なのだ……」 リベリスタたちを埋め込んだ太陽柱は更に光度を増して、次第に七色に染まり始めた。一層色鮮やかに。そして、さらに激しさを増しながら、虹色の雪の刃が柱中で舞う。 それはほんの一瞬の事だったが、絶望的に美しかった。 青騎士が仕掛けた魔法に魅了されなかったものですら、術が終わってから一時のあいだ、柱の中でダメージを受けていたことに気づかなかったほど心捕らわれていた。 「な……ん!?」 快の耳たぶを熱いものがかすめた。とっさに手をあてる。振り返ってみた光景に、目を見張った。 前衛の四人と倫護を除く半分が、互いを攻撃しあっていた。快を撃ったのはあばただ。 初手かけておいたラグナロクのおかげか、引き金を引く寸前に僅かなりとも理性のブレーキがかかったらしい。そうでなければこの至近距離で、あばたが的を外すことはない。 竜一とシビリズが体を張って青騎士を留める後ろで、影継が遥平の腕を取り抑える。撃たれても死ぬことはないが、弾が当たればやはり痛い。 チコーリアがトラックの上に立って、星おろしの呪文を唱え始めた。 本来は長い詠唱を必要とする魔法なのだが、高い技術をもつチコーリアの場合は半分以下になっている。敵に向けられる分には頼もしいのだが、味方へ向けたれるとなると話が違ってくる。 「よせ!」 快はブレークビルを放った。 「あ、れ? チコは何をしていたのだ?」 間一髪セーフ。ほっとしたのはつかの間のこと。快は後ろから凶馬に噛まれた。 赤騎士の凶馬が後ろで蹄を鳴らす。 「これしきの事で! アークのリベリスタは倒れない、倒させない!」 再び倫護が命を燃やして分け与え、仲間の傷を癒す。 持ちあげられた凶馬の前脚を、クリスが遠方より狙い打って弾く。 竜一とシビリズ、それに影継が一緒になって馬の胸にぶつかった。 馬体が大きく揺れる。 青騎士はあわや落馬寸前となるが、上手く捌き切って橋の上に踏みとどまった。 遥平は、まいったな、と首に手を当てた。影継に、すまなかったと詫びを入れて離れると、何気なく後ろを確認した。 チコーリアが再び詠唱を始めていた。 今度は正しく敵へ星の鉄槌を落とす気らしい。 「年寄りにゃキツイが……。時間は稼いでやらあ!」 前へ押し出ると、遥平は気迫とともに練り上げた強大な魔力の球を凶馬の腹の下へ撃ち込んだ。 巨大な肢体が地を離れて飛ぶ。 「あばたさん!」と倫護。 「ここでやらなくては女が廃る。このツインテールにかけて、見事落として見せましょう!」 殺意で固められた無数の銃弾がひと塊になって凶馬に襲いかかる。 凶馬はヒン、と情けなくも短く鳴いて、青騎士を乗せたまま池へ落ちた。 派手に水しぶきが上がる。 「チコからもお返しするのだ!!」 冷たい水がリベリスタたちの上へ落ちてくるより先に、空より遣わされた星々が異界の騎士たちを打ち据えた。 ● リベリスタたちは一時的に敵の戦力を殺ぐことに成功した。水中ではリベリスタたちに対して優位であった機動力が落ちる。それは凶馬に限っての事だが、騎乗している騎士もまた手綱さばきに腐心して防御、ましてや攻撃するどころではなかった。 いまだと、四方から集中攻撃を浴びせる。 「無効付与効果? 消し飛ばす!」 シビリズが青騎士の纏う青いベール――物理無効の魔法を十字に切り裂いた。 怒りで強張った青騎士の顎に、倫護が強烈な拳の一撃を見舞う。 高低差が逆転したために、馬の首を邪魔されることなくすべての攻撃が騎士へ入っていた。相手は逃げの一手で一切反撃してこない。 ――もしかしたら? 過信という名の小さな悪魔がリベリスタたちの心に囁きかける。 ――倒せるぞ! はっきりとした勝ちを求めて。 リベリスタたちの意識が青騎士へ集中する。 それはほんのつかの間のこと、時間にして数秒。 だが、致命的。 赤騎士が突撃を仕掛けて来ていた。 気づいたときにはもう、巨大な鼻面に生えた毛の一本一本が見えるところまで迫っていた。 赤騎士は走る馬の背から黒くねっとりとした帯のような炎を一振りすると、池の上にいた者たちの体を焼き、その背から翼を奪った。 ぼとぼとと池へ落ちるリベリスタたちを横目に、凶馬を回頭させる。 「がっ……!!!」 今度は凶馬の後ろ脚で、橋の上にいた影継と快の腹を蹴り飛ばした。傍にいた智夫を巻き添えにしてトラックの横にぶつかった。 赤騎士はまた凶馬を回した。腹に強く拍車を入れて棹立ちさせる。 「わぁ、なのだ!」 高々とあげっていた両の馬蹄が、トラックの側面へ落された。 コルゲーションパネルという波状のアルミ製素材の側面が、蹄の形にあっけなくへこんで歪む。内側のベニヤ板がばりばりと乾いた音をたてた。衝撃でゆさゆさと車体が揺れた。 チコーリアがトラックの反対側へ転げ落ちた。 続くに2撃目で側面のアルミ製素材が細かく割れて落ちた。衝撃に耐えかねてタイヤが破裂する。 快は智夫の腕をとると体を低くしたまま凶馬の脚の下をかいくぐり、皮膚を切りつくアルミ片の雨から逃れた。 影継は戦車砲で頭を庇いながらその場にとどまった。 さらに蹄が打ち落とされると、ついにトラックの屋根が墜ちた。踏み固められて車高は半分以下になっている。こうなればもはやバリケードとして役に立たず、普通に乗り越えられてしまうだろう。 だが、さすがのフェーズ3もへばっていた。赤騎士が何度も命ずるが、どうしても潰れたトラックの上に後ろ脚を上げることができずにいる。 「俺の上を越えて行かせるか!」 影継は得物を構えると、躊躇うことなく凶馬の腹を吹き飛ばした。熱い臓物が顔に、胸に降り注ぐ。 竜一は橋に戻るとすぐに立ち上がり、己の持つすべての力を二振りの剣へ注ぎ込んだ。馬の背から飛び降りた赤騎士には目もくれず、今まさに友の上へ落ちて押しつぶそうとしている肉塊へ巨大なエネルギー弾を放つ。 影継は横へ転がって逃げた。 赤騎士はトラックの残骸の上に立って北を睨んでいた。 次々と、リベリスタたちが橋に戻ってきた。 ずぶ濡れのまま、水をしたたらせる武器を構える。 「散れ!!」 突然、遥平が声を上げた。 今度は北から青騎士が迫ってきていた。 落とした場所は岸から近く、深さがなかった。底に脚がとどいて立つことができたのだ。リベリスタからの攻撃さえなければ、落ち着いて凶馬を御すことができる。すばやく岸へ戻ることができたのだ。 青騎士を乗せた凶馬はリベリスタたちを蹴散らすと、そのままトラックの上を飛び越えていった。 ――と、トラックの上に立っていた赤騎士の姿が見当たらない。 あわてて立ち上がって見れば、馬上は青騎士の後ろに赤騎士はいた。 追撃を封じるように、凶馬に後ろ蹴りされてトラックの残骸が橋の上を滑ってきた。 「おいおい、冗談きついぜ!」 今度はリベリスタ自ら池へ飛び込んでいく。 「まだまだ!」 クリスが水の中から、馬の尻へ一発ぶち込んだ。 「ここは通さないのだ!」 チコーリアは小さな胸を命いっぱいそらして、騎士たちの前に立ち塞がった。杖を掲げ、宇宙の彼方から星々を呼び落とす。 凶馬の前脚が折れた。次いで腰を落とす。 赤騎士は馬の背から降りると、大股にチコーリアへ近づいた。一人、アザーバイドと対峙するチコーリアは恐怖で足がすくんで動けない。 赤騎士の手に火球が出現した。 「死ね」 「――!!!」 チコーリアの前に快の姿があった。火球を受けた左腕が燃えている。 「間に合ってよかった」 快はチコーリアに笑いかけた。 「ふぇぇぇ……こ、こわかったのだ。快おにいさん、ありがとうなのだ」 ● ふたりの後ろに、白い翼を広げたリベリスタたちが次々と降り立った。 青騎士がゆっくりと馬の傍を離れて、赤騎士の横に立つ。 「さて、また振出しに戻ったな。そっちは乗りものを失ってはいるが……」と、シビリズ。 「ふむ。われらはまだ余力を残しているぞ。対して貴様らは……」と赤騎士。 ふたりはにらみ合いながら、互いに距離を詰めた。 赤騎士の肩を青騎士が掴んで引き戻す。 「いや、我らの負けだ。遅参のうえにこの成り、しかも騎馬を足無い代わりに敵は誰一人として仕留めておらぬ。どの面下げて召喚者と会う?」 遥平は内ポケットからタバコを取りだした。水でダメになったのを見て、また戻す。 「それじゃあ、ここは痛み分け、ということにしようや。ま、こっちは死ぬ覚悟はできているがね。そっちがその気ならとことんやってもいいんだぜ?」 「いや、また改めてにしよう」 両騎士はゆっくりとリベリスタたちに背を向けると、悠然とした足取りで橋をわたり、北の森へ消えて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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