● それは超新星の如く現れた。 それはこの世界に誕生して僅か数年という組織であった。 かつて時がまだ二十世紀だった頃。 ナイトメアダウンという未曾有の危機がこの国を襲った。 古くから神秘の大国であった日本という国のリベリスタは、その悲劇で壊滅的な打撃を被る事となった。 以来、極東の空白地帯とまで揶揄されたこの国に、アークという名のリベリスタ組織は産声を上げたのである。 取るに足らない小さな組織だったそれは、世界最強最悪たるバロックナイツの使途を刈り取る事で、その名を世界に知らしめた。 一度だけならただの奇跡だったのだろう。だが数々の苦難を乗り越えながら、瞬く間の内に力をつけていったアークは、使途を次々に打ち破る戦果を刻み続けている。 『前代未聞。そう、前代未聞だ』 男は脳裏に過ぎった言葉を二度続けた。 前代未聞ではあるのだが、その程度の話ではない。 アークは既に世界に比する者のない戦歴を、栄光と挫折の中で刻み込んでいる。 ―― ―――― 「アントワーヌ=アンリ・ジョミニ。慎重なことね、ダンピール」 そう述べて艶やかに微笑む赤ドレスの少女を、『ダンピール』マリウス・メルダースは半ば無視するように資料を広げる。 「基礎の基礎。クラウゼヴィッツ。そんな所から作戦まで、何もかも結びつける事に意味はあって?」 「いや?」 マリウスは首を傾げてみせる。そのあたりは彼の忠実な副官『インクイジター』エミリオ・ルイスの趣味である。 最も、人の思考とは時に偏りがちであり、集中には限界がある。人はそうした中で無意識中に人為的過誤を引き起こす。 その為の対策はエラーを前提とした対策であり、その他の対策はこうした談笑だ。その談笑程度の価値は存在することをマリウスは認めている。 後はタバコだ。マリウスは細巻き(シガリロ)に火を灯し煙を弄ぶ。ラムの香りが鼻腔を擽った。 「言いたいことがそれだけならば、作戦は以上でよろしいか。お嬢さん?」 この日、彼等フィクサード達の敵はそういう存在だった。 「つれないのね、ダンピール」 少女の言葉を受け流しながら、フィクサード達は小型通信機の確認を行う。 古式ゆかしい魔術師というものは、得てして近代文明というものに目を向けない傾向がある。時代を軽んじて、油断する傾向にある。 けれど彼等は違った。 マリウスは幾重にも張り巡らせた情報伝達の手段に、近代的手法を盛り込むことを躊躇しなかった。 そうしておけば、どれかがダメでも他方が生きる。念には念をいれた。 マリウスは扱いづらい傭兵とも腹を割って、綿密な作戦を立てる事も躊躇しなかった。 彼の生きてきた世界では、持てる力をさらけ出す事を嫌う傾向がある。フィクサード同士など、いつ敵対関係になってもおかしくはないからだ。 だが彼は己が持つ情報の総てを傭兵風情と強固に共有した。 故にか、彼の雇った『呪術師』ザハブの態度は大きく軟化した。 「いいだろう、任せておくがよい」 作戦を聞き、東アフリカの呪術師が鷹揚に頷く。彼はいくつもの村を支配する一流の呪術師だ。 身体中に前時代的な文様を塗りつけ、みすぼらしい装備を身に纏う壮年に見える。 だが彼の操る言語はスワヒリ語、英語、日本語、フランス語。部族のエリートであり英国へ留学した経験を持つ国際派である。 近代的なザハブの思考は、信頼が力になることを知っているのだ。 「では、わたくしめはこちらのお嬢様方と共に最後尾を努めましょう」 「そうしましょう」「それではそうしましょう」 少女達の唱和に合わせて慇懃に頷くエミリオ。かつてヴァチカンの異端審問官であったが、盟主に傾倒して破門された経緯を持つ。 彼もまた一流の力の持ち主だ。 そしてこの少女達。花園の乙女達という傭兵集団。強引な強襲を得手とし、死を厭わない特殊な訓練が施されている。 中東の紛争地帯、北アフリカ、地中海沿岸地域を中心に、世界各国で幾度も死地を重ねている集団だ。 身体に『消えない傷を負わずに』生き延びた者だけが上層へと上り詰める。そんな一風変わった組織だが戦闘能力はピラミッド状のピンからキリまであり、当然この戦場に立ったのは最上のピンである。 そんな彼女等もまた、この仕事を二つ返事で引き受けた。 「総てはアマランス様のはからい」「「アマランス様のはからい」」 必ず対価を要求する彼女等にしては珍しく無償で、最高級の兵を寄越すとまでは思いもしなかった所ではあるが。 「この世界で生きる総ての存在にとって、これほどのニュースはないでしょう?」 否。マリウスは思案を振り捨てる。ここに対価はあるのだ。 世界最凶最悪たるバロックナイツ。その盟主が動くという事がいかなる意味を持つのか。考えればすぐに分かる事である。 盟主の狙いなど、考えなど誰も知らない。 だがただ一つ、誰にでも分かる事がある。 この日――世界は必ず変革の時を迎える―― 「アークはこの作戦を知っている」 「アークはこの作戦を読んでいる」 だから。 「変えましょう。幾度でも」 「魔女殿の言う通り。アマランス様の為に」 かの魔女アシュレイが居るならば。彼等はアークが誇る神の目『万華鏡』とも互角に張り合える。 アークが歴戦の勇者揃いであるならば、彼等も最大級の手ごまを揃える。 アークの数が多いならば、飽和火力をぶつけてやる。 マリウスはただ全力を。一心不乱の全力を尽くす。 精神的要素。才、信頼、心は充足しているか。答えは応。 物理的要素。戦闘力は満たされているか。答えは応。 数学的要素。作戦線角、時間と空間、兵力集中の計算は終えているか。答えは応。 地理的要素。戦場の地理総てを把握したか。答えは応。 統計的要素。兵站は整っているか。答えは応。 総ては揃えた。総ては磐石。 それでも戦場では計算違いが出る事を、マリウスは知っている。 絶対に想定通りにはいかない。軍事学において、それを戦場の霧、あるいは摩擦と呼ぶ。 立ち向かう決意は、裏打ちされた経験は、情報は、強さは、才覚は。総て整えられている。 これは狩りではないのだから。これは闘争。戦争であるから。 歪夜を切り伏せ、ミラーミスさえ打ち破るアークに全力を賭さぬ意味はない。 油断一つせず。慢心一つせず。 マリウスはそっと十字を切る。 彼はたった今、命を投げ打つ覚悟さえ決めた。 ―――― ―― フィクサード達が目指すのは神奈川県の三ツ池公園。 魔女がこじ開け、この国を蝕み続ける『閉じない穴』がある場所。 アークはこれまでこれに抗う手段を講じ続けていたが、上昇し続ける崩界の音色はいよいよ予断を赦さぬ所にまで差し迫っている。 そんな中で動き出したバロックナイツ盟主は、紛れもなく最大脅威の一つなのであろう。 マリー・アントワネットが、ロベスピエールが、ジャック・ザ・リッパーが、そしてグレゴリー・ラスプーチンがそうであったのと同じように、彼女と深い縁を結んだ者達が辿った道を、アークもまた進もうとしているのか…… それを決めるのは、これから転回する大きな運命ばかりに違いない。 ● ブリーフィングルームによそぐ空調の乾いた風に、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は小さく咳をした。 孕む緊張の色合いは、どこまでもいつも通りの絶体絶命を告げている。 風雲急を告げる事態は、バロックナイツ盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンが動き出したという事。 個人主義者の集まりであるバロックナイツにおいて、彼だけは第二位『黒騎士』アルベール・ベルレアンと第六位『白騎士』セシリー・バウスフィールドを従えている。一人でも未知数な『盟主』に加え、二人の『使途』。そして行動を共にするアシュレイが加われば、この脅威は絶大と言って余りあるだろう。 「彼奴等の狙いは、件の三ツ池公園の制圧か」 述べたアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)に、リベリスタは頷いた。 「狙いは、わかんねーけどな」 とは言え、『閉じない穴』を作り出したアシュレイがこの期に及んでその場所を欲っしているというのはどういった状況なのであろうか。 「問題は、来やがる魔女はあの穴を開けた当人だって事かね」 リベリスタが考えたのは、魔女の意図だ。 これまで穴を狙ったフィクサードは、研究的利用を目的とすることが多かった。 だが穴を生み出す当人が干渉する以上、その目的は有り得ないと推測出来る。 つまり明確かつ、危険な意図があるのではないかという事だ。 「こんな時期に……」 日本の崩界度はいよいよ危険水域(レッド・ゾーン)に突入しており、これは最早日本だけの問題ではない。 世界各国のリベリスタがアークに対して救援を申し込んできている。 とは言っても、先の『黒い太陽』の大暴れは各国のリベリスタ組織に深刻な影響を与えており、それらの救援を加味してもアークの力がこの戦いで最も重要になるのは言うまでもないだろう。 「敵はフィクサード、エリューションの混成部隊と思われます」 「思われる、か。そうか。そうだな」 リベリスタの言葉は重い。 敵にアシュレイ(強力なフォーチュナ)が居る以上、万華鏡による未来予知の一方的なアドバンテージは得られない。 情報はどこまでも曖昧でしかないと見ていいだろう。 「尋常な数じゃねえな」 公園全体を包囲する敵の数は、筆舌に尽くしがたい。 「ですが、こちらはアークの一般戦力。そして友軍でどうにか出来る範囲です」 エスターテはそう言うと、モニタ上の地図を拡大する。 「これは。敵主力の一部隊、か?」 「この戦域は、どうにもなりません……」 リベリスタ達は絶句する。敵はこちらの精鋭さえも完全に上回っているように見えたから。 「俺達にしかやれないって訳だ」 「……はい」 だが、リベリスタはあえてそう続けた。 そう言う他なかった。 これまでにもアークは、彼等は。数々の厳しい戦いを経験してきた。 けれど今度の敵は。 「油断も隙もないってか」 彼等は――間違ってもアークを侮る事はない。 「最上は公園の防衛です」 「一応聞こうか。最悪は?」 「敵の戦力をそぎ落とし、情報を収集し、反抗作戦の足がかりを作る事です」 鼻でわらってやる。 「上等だ。ドイツのお嬢さんはどう思う?」 「それを私に問うか? 答えは一つ。蹂躙してやるだけだ」 「ハっ、それでこそ」 席を立つリベリスタに、エスターテは静謐を湛えるエメラルドの視線を注いだ。 絶対―― 「絶対に、無事で戻って下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月27日(金)22:15 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● じゃららと鎖の音がする。 携えたのはつがいの戦斧。戦いと血、彼自身の概念武装――リーガル・デストロイヤー。 仲間達より僅かに一歩前へ出て、『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)戦場を睨め付ける。 「こんな展開になるとはな」 最初も最後もこの因縁の地で。 リベリスタ達は世界最強最悪たるバロックナイツ、その盟主が率いる最高の部隊に包囲されている。 彼等の狙いは分からないが、恐らくかつて始まりの時、この地にこじ開けられたディメンションホールなのだろう。 眼前にじりじりと迫る敵とて、恐らく世界最高峰の部隊である筈だ。 不動と呼ばれる盟主だが、彼が動く時には必ずとてつもない事件が巻き起こっている。 かのヴァチカンでさえ宝を奪われるという事態に陥っているのだ。 この戦いでも入念に入念な準備を重ね、これまでアークを侮ってきた数多くのフィクサード達とは違い全力を賭してくるのであろう。 だがそんな状況を前にしても、ランディには後悔や恐怖など微塵もない。 言えることはただ一つ。 ――俺らはやりすぎたのさ―― 連戦連破のアーク。栄光の歴史を刻み続けた超新星のアーク。 彼もその最前線を担い続けてきた一人であるからこそ思い、理解出来る真理かもしれない。 アークが誇る類を見ない勝率。それもこれも万華鏡の加護と思いきや、それが無くとも勝利という結果を叩き出し続ける。 圧倒的なキルレートとて、運命の加護を差し引いても、もはや奇跡では済まされない。 始まりの日から、わずかほんの数年足らずで――確かにこれはやりすぎだ。 そうして彼等はいま、世界最高峰の舞台に立っている。幾度もの死線を踏み越え、超越的な死地に立っている。絶望の淵に立っている。 闇を喰い千切る獰猛な笑みを浮かべ、ランディは吼えた。 鬨の声を皮切りに、両軍は一斉に動き出す。 既に互いは能力を引き出す技を身にまとい、万全の状態だ。 「アフィーネちゃんはファウナさんを庇ってね」 「アウィーネ様、宜しくお願い致します」 「わかったっ!」 二刀を携え眉根をきりりと近づけた『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)と『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)の言葉に、アウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)は力強く頷いた。 まだ約束を果たせていない、と。『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はアマーティレプリカでイタリアの曲を演奏するとアウィーネに頼まれていた。 これが終わったら必ず等と、変なフラグを立ててやるつもりなんて微塵もありはしない。 「必ず敵を撃退するよ!」 「ああっ!」 プロセルビナの大鎌を構えたアンジェリカの横で、アウィーネも細剣を抜き放つ。 「行くよ!」 僅かに背を屈め、大剣をふりかぶりながら迫る鎧騎士達の合間を、ルアは誰よりも速く駆け抜ける。 「くっ、速い」 「閃光は白く速く高みへ――」 L'area bianca/白の領域。 視界を覆う純白の氷霧が騎士達の身体を引き裂く。完全に決まった筈だった。 「――ジャガーノートね」 予想はしていた。驚くにも値しない。ただの二人。名も知らぬ剣士さえもアーク一般戦力を大きく上回り、ルア達アークのエースに迫る水準の戦闘力を有している。 この場は間違いなく、いくつかある最大苦境の一つなのだろう。 敵の動き、戦闘能力は驚くべき水準だ。推測されるのは遥か前方で戦場を指揮する花園の乙女(シェオールメイデン)のベイビーズブレスが、恐らく個別戦闘に関して極技の神謀を誇っている事だろう。 『私達にしか出来ないと言うなら、ただ事を為すのみでしょう』 「覚悟は出来ていますね?」 「もちろんだミリィ。そなたが居てくれて本当に心強い。私達は。必ず、勝つ!」 アウィーネと共に、リベリスタは応と答える。 問うた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が指揮する覚悟は死ぬ事ではなく、希望を、明日を掴み取る覚悟である。 敵が最高の指揮能力を誇ろうとも、ミリィには及ばない。彼女であれば同類の極技神謀のみならず、鬼謀神算、最高の指揮能力がある。 そして何よりも彼女には絶対勝利への渇望と証明。リベリスタ達を逸脱させる力があるのだ。 「――ならば、進みましょう。暴虐を成す者達に災厄を。 願いを込め、送り出した者に祝福を与える、其の為に」 任務開始。 さぁ、戦場を奏でましょう。 ――希望は、此処にある。 透き通った身体の風精が、そっと中空に息を吹きかけた。 妙齢の女が褥の上で、恋人の首筋にそうするような仕草一つ。それで氷の嵐が巻き起こる。 だが『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)、ランディのいずれも辛うじて軽症。直撃を被った『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)とアンジェリカはそれぞれの能力で難を回避することに成功している。 エース達の中、個体戦闘能力では一歩譲るアンジェリカだが、こうした耐性と非戦闘能力も含めた状況適応能力は群を抜いている。 ともかく端からきわどい状況にはなりつつある。 風精の能力は、恐らく現状ではどの敵よりも強力である筈で、この一撃もリベリスタ達にとって明確な痛打ではあった。 「だから、どうした!」 ランディの膨大なエネルギーが収束し、燃え盛る闘気は巨大な砲弾となって風精を討ち貫く。 慟哭にも似た絶叫が誰の耳をも劈いた。 並のフィクサードなど、この一撃で跡形もなく消え去っているであろう。だがフェーズ3のエリューションというのは強大だ。 『一人一人が強力な上に、油断なく仕掛けてくるとは厄介に過ぎる』 分かりきっている程に苦境である。間違いなく。 『しかして、この苦境を乗り越えねば世界を守れぬというならば乗り越えよう』 ずんと足が沈んだ。一族理念の体現者『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)は、その鉄塊にも等しい重量を誇る童子切を抜き放つ。 「アウィーネさん。また貴女と共に戦える事を嬉しく思います」 「私もだ」 ルアの指示ですばやくファウナのカバーに入ったアウィーネが頷く。 ここは戦場だ。多くの言葉を交わすには至らずとも重要なのはたた一つ。 「誰一人欠けることなく、敵陣を食い破りましょう」 刃が煌き。踏み出す足が土を抉る。 「その構え、何者だ」 「『剛刃断魔』、参る」 「蜂須賀ならば相手にとって不足なし!」 ルアの氷霧の刃を身に浴びながらも突進する騎士の一人を臣はわずか一刀で屠り捨てた。 「さすがだな、アークのリベリスタ。我が名はマリウス・メルダース」 「リベリスタ、新城拓真。お相手願うとしようか」 壊れた正義と輝けぬ栄光、二剣を十字に合わせ拓真が仕掛ける。 極め続けた業の先にある銀光。静の威圧。 何時か、子供の頃にユメを見た。 さして珍しくも無い夢物語。 強くさえあれば、全てを救い上げる事が出来ると信じた。 正しいと思う事をすれば皆に幸福が訪れるのだと。 それは決して叶う事が無いと知ったのは、何時だったか。 しかし、全てを知った上で尚学べた事もある。 何が有ろうとも最後には笑える道を歩めと言った人が居た。 言葉を交わす事が無くとも、その業で語り果たした男が居た。 一意無き剣は閃剣足りえない、そう言い残した男が居た。 全ては過去であり、同時に今の俺という人間を作り上げて来た道だ。 『俺の道程は血で舗装されている。だが、それに故に──この重みは、誰よりも自身が知っている』 煌く双剣。 「我が剣は決して軽くは無い、決死の覚悟を抱いて来い!」 「おおお――ッ!」 閃くマリウスの剣、その斬撃を縫うように剣煌が閃き、血飛沫が舞う。 「なるほど、いい技だ」 マリウスが赤い唾を吐いた。 「――銀閃・無想天」 かわしきれなかった。微かな焦燥に、けれどマリウスは笑う。 男は僅かに後方へ飛び、禍々しい剣を覆う無明の悪意を戦場に解き放つ。 「確かに。血は滾る。願わくば決闘場でまみえたかったものだが」 その言葉は間違いなく本心ではあるのだろう。そして戦いながらでは拓真の間合いを脱する事は出来ない。だがマリウスの視線と拓真の視線がかみ合う事はなかった。 「私情は捨てた。既に我は剣士足りえず」 「それが覚悟か」 「いかにも!」 怒号にも似たマリウスの叫びは、彼自身が持つ本来の強い矜持。誇りの在り方を物語っている。 勝利への楔。己が身に絶望の咎を架して、彼はアークのリベリスタに挑んでいるのだ。 「ならば尚の事!」 拓真は想う。負けられるものではないと。 「空、真上。最後尾はほんの少しだけ前のほうかな」 五感全てを研ぎ澄ませたアンジェリカの呟き。 『ボクがやらなきゃ、だよ』 刹那の判断が明暗を分ける戦場において、観察に割ける時間というものは決して多くはない。 敵が現れるのは上からという以外に明確な情報が無い以上、どうにか出来る手段は運か、勘か――否、そこには音がある。風に運ばれる匂いがある。 空に相応しくない音。衣擦れの音。鉄の匂い。肌の匂い。 「来るみたいだよ、次。場所は――」 述べた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の通り、はるか上に滞空しているのは第二陣のローゼス隊だ。 アンジェリカの察知と、葬識による詳細な情報確認。いくつもの能力活用は一人では為し得ないものだ。 『世界最高峰の悪が群れをなして、日本に戦争しかけてくるなんて。 そもそも現代日本なんて平和ボケしてるゆるふわ系なのに大層なことだ。 まあ、それじゃあ俺様ちゃんはセイギノミカタしてみよう』 そんな首輪を付けられているくらいで丁度いい。逸脱と狂気を殺戮の刃、大きな鋏に篭めて。 ――転回する運命は殺人鬼さえをも英雄に変える―― 千里眼を操る葬識の目には号令の様子がつぶさに見て取れる。アンジェリカにはその声音が聞き取れる。 恐らくは『無神論の盾』ラインハルト・フォン・クリストフ(BNE001635)の読み通り、数秒後に降下してくる筈である。 「ぱんつの色は見なくて平気?」 リベリスタ達のかすかな苦笑。赤、白、黒、薄紫に桃色。 ふざけている様ではあるが、早くもこれで奇襲の一つは完全に免れた。 「花の広場……こんな場所を戦場にしなければならないとは、悲しい事ですね」 儚げにそっと呟いたファウナの魔力が爆発的に膨れ上がる。 彼女がフィアキィと共に生み出した重力域が、風精の身を覆い曲げ周囲の景色ごと捻じ曲げる。 一本の花がちぎれて宙に舞い、ねじ切れた事を彼女はそっと詫びた。 「報告にある。フュリエなる存在に、お目にかかれるとは、な」 マリウスが瞳を細める。機敏な上、状態異常に強い耐性を持つ風精と言えど絶大な精度に裏打ちされた技から逃れる事は叶わない。 ファウナ程の技量があれば、動きを封じる事は不可能ではない事が判明した。当面の問題はほんの僅かな反応速度の差か。矢張り一筋縄では行かないのだろう。厳しい戦況は、まだ所詮は想定の内にある。 「公園での戦いか。これで一体何度目だったっけな」 数え上げれば最早きりがない。そんな因縁の場所。 「ついに盟主とやらが攻めてきた。いや、攻めて来たのはアシュレイなのかな」 果してどちらであるのか。 「まあどっちでもいいか。俺達は、俺達の居場所を守るだけだ」 違いない。 端から『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は結論を出している。 それはアークの誰にも受け入れられるものであろう。 「敵の指揮官はかの『戦奏者』殿だ」 「させねえよ」 マリウスの指摘に、エルヴィンはミリィを背に盾を構える。おそらく集中攻撃をされる。 最後の教え――想えばこれも因縁の地で死した先達から受け継いだものだった。 そして正に同時にエルヴィンは聖なる術陣を展開する。傷つき始めたリベリスタ達を暖かな光が包み込んだ。 あの日が狂想曲なら、今日は―― 敵ソードミラージュ、ダークナイト。四名がリベリスタへ向けて一斉に突撃をかける。 「絶対に護り抜く! 何処からでもかかって来やがれ!!」 迫り来る斬撃。ミリィを狙うその全てにエルヴィンは盾を払う。目にも留まらぬ剣撃の嵐の前にその身を晒し、敵の胸に肩を打ち付ける。 「終わりか?」 細かな傷がエルヴィンの身に血花を咲かせても、強気な笑みを崩すには値しない。 ミリィと言えど、指揮し庇われているだけではない。 閃光が敵陣を貫き、彼等が帯びた付与魔術を次々に打ち払う。 そして美しい大鎌が空を切り裂き、アンジェリカは不吉の月で戦場を照らす。 リベリスタの攻勢は順調に見え――刹那の声は唐突に。上空から。 「あはっ?」 「来るのであります!」 ● ラインハルトが放つ十字の閃光に彩られ、ドレス姿の少女達が次々と降下する。 「ならば参りましょう」 膨大な魔力が戦場を引き裂いた。フィアキィが舞い、雨の様に降り注ぐ炎弾が敵陣に炸裂する。 「手厚い歓迎ね」 敵達はどうにか不時着といった所か。ファウナが誇る驚くべき精度と破壊力は、少女達が纏うほとんどの付与をずたずたに引き裂いている。 私は盾。殺すのでなく、生かす事が私の役割。 誰も殺させはしない。誰一人喪わせはしない。 「私は世界の境界線。ここからは一歩も通さない」 戦場に来る前、桃色の髪の少女に約束したのだ。必ず生きて、帰すと。 「あなたは誰? おもしろい判断ね」 浅かったろうか。そうかもしれないが、おそらく花園の乙女幹部達固有のスキルは少なくともこの技で精神をかき乱されはしない。 それが分かっただけでも良かったのかもしれないが、結果としてラインハルトはより以上の成果を得る事に成功した。 『傭兵でありながら疵を厭うなら美学には相応の矜持が御有りでしょう』 相手の素性はある程度知れている。身に負う疵を厭い、死を恐れない奇妙な傭兵集団である。 ならば敢えて、其処を突く。 「『無神論の盾』ラインハルト・フォン・クリストフ、背にし桜花の誇りに賭けて、御相手仕ります」 「私はロサ・マレッティ」 「桜色の薔薇。貴女に相応しい可憐なお名前であります」 「そう、貴女があの――」 「ですが花は何れ散る物」 ――あの子を狙いなさい。 「はい」 「私が」「私が」 「貴女を咲かせてあげる」 舞う様に殺到するドレス姿の少女達。その矛先はラインハルトである。 ラインハルトがジャスティスキャノンで狙うことが出来たのは、ロサ・マレッティただの一人だ。 だが狙われた彼女が技の影響を受けないのだから、今このタイミングでことさらにラインハルトを狙う必要はない様にも思える。戦場にはアーク部隊の指揮官たるミリィ、そのカバーをしながら癒し手でもあるエルヴィン。絶大な火力を見せ付けたファウナと、火力に劣るラインハルトよりも先に落とすべきキーは数多いのだから。 しかしそうならなかった。理由を紐解くにはいくつかのポイントがある。 第一にラインハルトが狙った彼女のプライド。これは間違いなく的確に作用した事だろう。 第二に、これはラインハルト自身は意識してのことではないかもしれないが。戦場における名声がことさらに大きいとは言えない彼女があえて名乗った事。そこで敵が知りえた情報だ。それは実のところ彼女が望んでいまいと、皮肉にもアークが誇る『神秘探求同盟』の盟主――まぎれもない要人であるという点。つまり注目に値する影響力の強さである。この戦場だけでも拓真、ランディ、葬識と言った名だたるリベリスタが所属しているのだ。 最後に敵の戦略がそこへ合致したということ。 フィクサード組織幹部の実力者ともなれば、技の影響でもなければ一事の激情にかられて戦術の運用を捨てる愚は避けたいものである。 だがロサ・マレッティ自身が影響から逃れられたとしても、仮に今後部下達が狙われた際の考慮をさせ得る技であった点。つまり戦力の的確な集中を狙う為の障害になると判断させてしまったという点。 そうなれば憂いを断つという強力な目的が生じる。言い換えればラインハルトは相手にそのような判断を強いる事に成功したのだ。 敵全体の狙いは恐らく、このタイミングでリベリスタの戦力を大きくそぎ落とす事だろう。 そして早くも大きく傷つき始めた第一陣を一端退避させ、後背の本陣で補給を行う。あとは一陣と二陣を入れ替えつつ波状攻撃を行うのだろう。 「戦力の逐次投入、ですか」 「多い数も、ずいぶんばらけているのですね」 ミリィの呟きにファウナが返す。 そんな敵の策も彼女等にかかれば各個撃破のマトとなる。 一隊一隊の数がリベリスタに劣っている以上、完全な波にはなりようもない。その筈である。 とはいえ敵の手札が全て見えている訳ではない。敵の数や戦闘能力は大まかな所まで判明している。故に敵の鍵になるのはエリューションが持つ未知の能力かもしれない。 第一絶望的な戦力差ではある。だが一縷の。ほんの微かな勝機があるとすればそこだ。 アークのリベリスタ達はその細い一本の綱を渡りきる算段を立てた。 きっとそれ以外に方法はない。ならば後はいかにして成し遂げるか。 答えは決めているのだから、走りきるしかない。 ルアは今も眼前のデュランダルと切り結び続けている。風精は再び氷嵐を吹き付ける。 ランディは再び風精に絶大な闘気をぶつけ、拓真はマリウスと対峙したまま。大きく戦況が動いている訳ではない。 「可愛い女の子ばかりで食いでがあるね」 「光栄よ。可愛らしい殺人鬼さん?」 サクラと名乗るドレスの少女が大剣を横薙ぎに振るう。 「ピンクだったよね」 ドレスと同じ。下着の色。 圧倒的な膂力と速度を伴い迫る暴風に、血肉がはじけ飛ぶ。命の香りがする。 しなやかな腕から放たれたサクラの剣技。鍛え上げた技。幾多の戦場を潜り抜け、磨き上げられたであろう命。 「わお。けど人を殺す時はもっと丁寧でもいいと思うけどね」 嘯く葬識が闇を解き放ち、眼前のサクラもろとも敵陣が穿たれる。死んでやる気なんてさらさらない。 「素敵ね。もっとじっくりしてあげる」 カーサストランキルス(滅びの静謐)。桜色のドレス。 「俺様ちゃんがね」 だから、そう。食いでがある。 臣が早くも二人目、ルアと切り結ぶ剣士を切り捨てる。 「異常な力よ、あの子」 「信じられない」 二陣の小隊指揮官であるロサ・マレッティが呟く。一撃の威力は同僚のサクラすら完全に凌駕しているだろう。 「狙える?」 「可愛い子、女の子みたい。咲かせたい」 「きっと、綺麗ね」 「あはっ!」 臣は敵にとって恐るべき重要なターゲットになりつつある。だが敵には今、その猶予がない。 でミリィが放つ閃光はロサ・マレッティの術陣を打ち破ると共に、数人の敵兵を貼り付けすることに成功していたからだ。 「申し訳ないけれど、ラインハルトさん。ここで退場願えるかしら?」 ロサ・マレッティの大鎌が閃き、ラインハルトに暖かな光が降り注ぐ。 安息にして束縛――祝福のレストリツィオーネ。 無神論者の大盾へ向けて、次々と叩きつけられる銃弾と白刃に、ラインハルトの踵が大地を穿つ。 「境界線は――退かない!」 火力で劣る彼女が時間を稼げば、それだけ戦いが楽になる。 束縛は女神の盾を縛るに値しない。ラインハルトは倒れない。イージスは穿たれない。 運命を燃やして尚。彼女の持つ信念が、その身に注がれる苛烈な攻撃の中で、足を大地に縫いとめる。 戦況は堅調に推移している。 奪われた奇襲の機会は、この期に及んでもリベリスタを後退させることは叶わなかった。 「いくつかの想定外が生じた――」 そう述べたマリウスの言葉。何かが起ころうとしている。 ● 「隠れても無駄なの! そこだよ!」 木陰でじわりと動いた殺意をルアは見逃さない。 氷霧が大地を覆い、突如現れた巨大なトカゲが瞬く間の内に氷に覆われる。 幻想を殺せずとも、結果として推測が当たればいい。 刹那遅れて、トカゲの背から高く跳躍した影が戦場に雷光を齎す。 低ランク魔術チェインライトニング。だがそれを魔王が操れば絶大だ。 「『呪術師』ザハブ――覚えておくがいい。お前達を殺す者の名だ」 風切り音を立て、風精は拓真に猛烈なダウンバーストを吹き付ける。 同時に。 「一度退く、ルサリィ!」 ――ヒュォォォオオ。 呼びかけを受けた風精の奇声と共に残存するマリウスの部隊は風に乗り戦場の後方、本陣方面へと一気に移動する。 「なるほど、そんな仕掛けがありましたか」 ミリィの呟き。やはり作戦成立には鍵があったのだ。 足止め叶わぬ風精にまでここで退かれれば、戦況は大きく悪化する。 「逃がさねえ」 殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す――殺す。 圧倒的な殺意を束ね、ランディは全ての闘気を一点に集約させ、風精を穿つ。 吹き飛び、上半身から切り離された竜巻の様なエネルギーが霧散した。 だが風精は上半身だけになったままの姿で、風の様に戦場後方へと一気に移動する。 「ですが、可能性を、希望の芽を摘ませる事だけは絶対に私が許しません」 ミリィが果て無き理想を一文字に振るう。放たれたのは勝利への執念――チェイスチェイサー。 「――これで終わりです」 その技が呪われた風精の命にピリオドを打ちつけた。 こうして戦いは大きな変化を迎えた。 遥か後方で癒しを受けているマリウス隊は次手、即座に再投入されるであろう。 そうなれば完全な乱戦だ。 拓真は銃弾で、葬識は闇の力、アンジェリカは不吉の月を齎しローゼス隊を追い込み、そこへ重なるファウナの炎弾はフィクサードの命を奪った。 状況の変化からラインハルトへの集中攻撃を中断せざるを得なかったロサ・マレッティが癒しの力を放つ。だがそれがいかに絶大でも、これほどまでの火力集中には対応しきれていない。 「お嬢さん、狙うべきはアレ。あの男だ」 ぎらりと光る獅子の目。 みすぼらしい衣装に身を包んだ呪術師の言葉に、ロサ・マレッティは鼻を鳴らす。 「わかっていてよ?」 リベリスタ達を支えているエルヴィンに、呪術師が踊りかかる。 「まったく厄介だな!」 同時に降り注ぐ銃弾と白刃の乱舞は、強固なエルヴィンの身体を切り裂いて往く。 「今までみたいに、見くびって慢心して油断してくれりゃあ俺達も楽なのに!」 笑み混じりの軽口だが、事態は深刻だ。 次々と襲い来る終わりの見えない敵との戦い―― だが。 「軽いくらいだ」 エルヴィン達は、そんな状況をこれまでに何度も経験してきている。 「来いよ!」 血の味が滲んでも不敵に笑ってやる。 いつも通り、俺達が勝つ! 燃え逝く運命を力強く握り締め、エルヴィンの膝が折れる事はない。 戦況は厳しい。勝利か、敗北か。その天秤はいまだ動かぬままに。 「……負けん、負ける事なんぞ今更できん」 闘鬼が――ランディが咆哮した。 負けられない理由など、彼自身とうに覚えていない。 唯一つ言えるのは、命を奪い合う凄惨な戦場の只中は、彼に最もよく似合うという事だ。 闘気が漲る。大気が揺れ、きな臭い金属イオンが戦場を覆った。 「女だからと加減はしねぇ、戦いで俺の前に立つ奴ァは全て絶対に殺す」 敵とて命を賭けて戦っているのだから、全て燃やして喰らうだけだ。 斧が唸りをあげ、鋼の暴風が戦場に血花を咲かせる。 悪鬼の如き獰猛な笑みを浮かべ、凄絶極まる赤に彩られる。 ランディの一撃に、ローゼス隊の少女が倒れる。死んだ。殺した。命が奪われた。殺到していた敵陣がじりりと後退する。 「突撃、だね」 アダージョ、モデラート、アレグロ――緩急をつけて。 アンジェリカが振るうLa regina infernale。 「次は幸せに産まれておいで」 リズミカルな一撃一撃が敵兵達を切り裂いて往く。 手折られる命。花園の乙女(シェオールメイデン)。誰もが身より無く産まれ、殺戮者として育て上げられる傭兵フィクサード組織。 そんな煉獄に囚われ呪われた生に、アンジェリカは死と再生の福音を捧げる。 「チェストォオオオオ!!」 戦場に響き渡る臣の声は一刀、また一刀と着実に敵を屠り続けている。 「本陣と合流を!」 「逃がさないよ!」 ルアの術陣が敵兵を捉えた。 ここで削りきる。続く僅か一手の間隙に、リベリスタ達は戦況を整え、敵兵に次々と痛打を与えて往く。 「戦場の霧、これは手厳しい。分かってはいた事ですが。やはりアークは前代未聞の力を持っているようです」 エミリオが眼鏡のブリッジに指をかける。 「私が……出ましょう」 本陣のフォーゲット・ミー・ノットは静かに宣言した。 「総攻撃を仕掛ける。ベイビーズブレス殿」 「そう。まかせて」 本陣が迫る前に、リベリスタ達は一兵でも多くの敵を打倒する必要がある。 そして強力なバックアップに支えられた、リベリスタ達の強烈な連撃は着実に敵を一人、また一人と撃破していった。 「リベリスタ新城拓真、ここでお前達を止める」 「あら。失礼しちゃう」 癒し手を退かせる訳にはいかない。瞬く二条の銀閃がドレスの少女を切り裂く。 「アウィーネ様、大丈夫ですか?」 「すまない――」 額に汗するアウィーネに、ファウナは世界樹の祝福を授ける。 「『変わらぬ永遠』の祝福を以て割賦し、癒します」 グリーン・ノア。魔王さえたじろぐファウナの絶大な魔力はリベリスタの体力のみならず、活力までをもよみがえらせる。 こうして戦場が大きく押し上げられたという事は、同時にいよいよ本陣が戦場に現れる事を意味する。 いくらかの人員を失ったとは言え、マリウスの部隊も健在だ。 ここから予想されるのは完全な乱戦だ。 それは圧倒的苦境の到来を意味すると同時に、リベリスタが勝機を見出した唯一の筋道でもある。 勝利は未だ遠く見えない。だが、道は外れていない。 蜘蛛糸を掴む様に足掻く。足掻き続ける。それしかない。 だからここからが正念場なのだろう。 ● 「……ごきげんよう」 「初めましてフォーゲット・ミー・ノットさん。私はルア・ホワイト。私のお花はネモフィラ」 打ち合わされる細剣が甲高い音色を奏でる。 「ネモフィラ……」 一撃一撃が速く、重く、鋭い。 「それではルアさん、踊りましょう」 柔らかな光のヴェールが、ふわりとルアに放たれる。 「――っ!」 それは光速で降り注ぐ剣撃の嵐。星明りのピエタ。 敵の技量は絶大。圧倒的な不利。ルアの全身を紅が彩る。 「此処はダメだよ。私は大切な人達が居る場所を守らないといけないの」 それでもルアは負ける訳にはいかない。 ルアの二刀は冴えわたる煌きとなってドレス少女の白磁に、無数の赤を刻み付ける。 目にも留まらぬ両者の剣舞は風圧さえ伴い、大地に円形の舞台を幾重にも抉りつけ、戦場の中心に赤の花園を描きあげた。 「仕切りなおし。まずはフェアリー・ローズ。貴女にしましょう」 サクラがアンジェリカの眼前に迫る。 風を切り裂く一刀。 「ボクは――負けないよ」 可憐なドレスは似ていても、瞳の輝きはまるで違う。 友人との約束を果す為、勝って帰るんだ。 アンジェリカは再び影に彩られた不吉の月を掲げた。 光と闇。相反する優しさを共に抱く女神の落とし子に、裂帛の気迫を篭めた全身全霊の白刃が迫る。血が弾け、意識が明滅する。淡い色の運命が燃え上がる。 「次で終わりかしら?」 大鋏が閃く。首を切り落とす時は丁寧に。やっと戻ってこれた。 「俺様ちゃんの前で、勝手に殺させなんてしないよ」 他人になんて? 「殺人鬼さん。それって博愛主義?」 葬識は嘯く。 「大当たり」 今はセイギノミカタだから? 違う違う。 命は全てかけがえのない大切なものだから? 「やっぱり素敵ね、殺人鬼さん」 それに理由はそれだけではない。 ここで失敗したらあの魔女――アシュレイ・ブラックモアの悪巧みが成功してしまう可能性があるのだ。 『ああ、それはいけない』 魔女ちゃんは憂いを秘めていつもいつも泣き出しそうな顔で世界の理不尽に飲み込まれている悲劇のヒロインじゃなきゃ! ――報われちゃダメだ―― 剣戟。銃弾。炎と光の炸裂が戦場を覆っている。 リベリスタ、フィクサード両陣営の苛烈な総攻撃は二手、三手、四手と続いている。 大地に淀む閼伽。大気を彩る緋。胸元に広がる紅。 肌を覆う赤。赫。 熾烈な戦いにリベリスタ達は幾度か膝を折る。 「こいつが奥の手だ、まだまだ俺達は戦えるぜ!」 手早いエルヴィンの癒しは、敵の猛攻の只中で辛うじてリベリスタ達の命を縫いとめ続ける事に成功していた。 後は確実になくなってきている。けれど、これまでリベリスタが積み上げてきた戦果も小さくは無い筈だ。 着実に敵を追い詰め続けるミリィは想う。策士、策に溺れる――眼前の事態は正にそれだ。敵の波状攻撃は失敗である。 それしきの代物を彼女に、よりによって『戦奏者』に見せたのが悪いのだ。 絶望にはまだ早い。まだ勝機は見える。 「最終最後に勝ち鬨を挙げられれば私達の勝利!」 戦場を凛と彩るラインハルトの声音は、ここで途切れざるを得なかった。 だが守り続け、癒し続け、たとえ戦場に倒れても彼女の意思が砕ける事はない。 こうして戦いは更に次のフェイズへ移行する。 「あっ、ぐ……」 「アウィーネさん!」 臣が叫ぶ。ここでとうとうアウィーネが倒れる。既に運命は燃やされ次はない。 『確かに敵は強い』 肩で息する臣が刃を振るう。超越的な重量に大地が沈み、舗装が粉々に砕ける。 『陣は厚く、兵は精強だ。だがそれだけで止められるなら、僕達はとうにこの世界にいない』 「こわいな、この子」 ベイビーズブレスが臣にヴォウジェを突き込む。 「グッ――!」 いついかなる時も、僕達は難敵を打ち破ってきたのだ! 背負っているものがある。 それを余人が何を思おうと、僕は断言する。 これこそが、正義であると! 邪魔を……するな……!! 「チェストォオオオオ!!」 ヴォウジェと打ち合い紫電が舞う。受けたベイビーズブレスの足元が抉れ、吹き飛ぶ。 圧倒的重量に更なる力を篭め、臣は刃を振り下ろす。 少女の血が舞い、肉が裂ける。 「そいつを受けきるなら上等だ」 上段から叩きつけられるランディのリーガル・デストロイヤー。左は横薙ぎに振るう。 乱れ咲く血の花。鼻を突く錆びた金属の香り。 「強い、のね」 「泣き叫ばねえのは褒めてやる」 逃がさない。絶対に殺す。 彼女に罪があるとすれば、己が眼前に立ちふさがった事だけだ。 「『変わらぬ永遠』の祝福あれ――貴女を拘束させていただきます」 ファウナの宣言。乱戦の中で強烈な癒しを振りまくロサ・マレッティを確保すれば、戦況が優位に働くのは間違いない。 「フュリエ、ミステラン……」 ロサ・マレッティの呻き。歴戦の彼女と言えど、フュリエとの戦闘は初めてになる。この世界ではアークにしか存在しないのだ。 「いいわ、貴女を片付けましょう」 アウィーネという壁を失った今、降り注ぐ銃弾とエネルギーの奔流を浴び続けているファウナには厳しい状況だ。 「言うのね。けど、これが拘束というものよ」 祝福のレストリツィオーネ。暖かな光がファウナを蝕み、だが彼女は運命を燃やす。真綿で首を絞める様な光が霧散した。 「それなら――」 「な――っ!?」 大気が歪む。ファウナが放つ圧倒的重力の楔は、戦闘経歴を上回るであろうロサ・マレッティさえも捉え引き裂いた。 「戦場の――霧が濃い」 エミリオが吐き捨てる。 極技神謀を誇るベイビーズブレスが落ちれば、それはそのまま同じ技を持つミリィ達のアドバンテージとなる。 ロサ・マレッティを失えば回復力までもがリベリスタの優勢となる。極めて厳しい状況だ。 「マリウス。決断しろ」 「あわせる顔がない!」 「ディーテリヒ様を、思えばこそだ!」 「――退く。俺を最後尾にしろ。石のニヨカも置いて行く」 「従おう、マリウス殿」 「退くか? 退くならば追わんぞ」 そうは言うもののリベリスタとて限界をとうに越えている。 「クッ……!」 拓真の言葉にマリウスは奥歯をかみ締める。 「マリウス。いけません……貴方は生きるべき方。総てはアマランス様のはからい」「アマランス様のはからい」 「フォーゲット・ミー・ノット、貴様」 フィクサード達がじりじりと撤退を開始する。 「貴様の命は無駄にせん!」 「さあ、かかってきなさい。まとめてお相手しましょう。アークの勇者達」 怒りを誘うフォーゲット・ミー・ノットの技を受け、ルアは彼女の前面から離れない。 放置しておけば彼女は間違いなく命を失うだろう。ならば敵が撤退するまで戦いを継続する他ない。 指揮官とホーリーメイガスは落としておきたかったが、命には代えられない。 リベリスタ達の集中砲火にニヨカが倒れ、フォーゲット・ミー・ノットの華奢な身体を無数の創が覆う。 正面に立っていたのがルアでなければどうなっていたか。ふいに彼女のターゲットに据えられていたとすればぞっとする。 「ネモフィラさん、貴女の剣では星明りには届かない」 「まだ、だよ――!」 ネモフィラの花言葉は可憐。どこでも成功。何処にでも咲き誇る強い花。 傷ついても。 踏みつけられても。 「絶対に負けないから!!!」 だがフォーゲット・ミー・ノットはルアの刃をかわし、細剣を叩き込む。ずるり、内臓が傷つけられた。 激痛に頬が歪む。震える。脳髄を弾かれた様に視界が明滅する。 されどルアが操るのは二刀。左手の刃がフォーゲット・ミー・ノットの腕をなぎ払う。 淡蒼ドレスの少女は大きく腕を跳ね上げ―― 「貴女の名前を教えて」 血が舞う。 Forget-me-not(私を忘れないで) 「これが私の、アマランス様に頂いた大切なお名前――」 「私は貴女の事を忘れない」 全力で――手折るよ。 花風を纏った二刀で百閃。閃光は白く速く高みへ――L'area bianca/白の領域。 氷が舞い、ルアは少女を永遠の彫像へと変えた。 ―― ―――― 「そっか」 アンジェリカの瞳が微かに曇る。 「次があるんだね……」 数多くの情報と共に。言葉ならざる記憶が伝えるのは、戦いの予感で―― 「アンジェリカ、約束は忘れていない」 「大丈夫。絶対、だよ」 力なく。けれどしっかりと見つめるアウィーネに、アンジェリカは微笑んだ。 「その傷で。大丈夫……か?」 そう言ってへたり込むアウィーネに戦う力はまるで残されていない。 「大丈夫です、アウィーネさん」 次の要請を受け、臣はそっと戦場を後にする。 「貴女のご両親と共に、必ず帰ってきます」 「約束、だ。必ず」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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