●試練を乗り越えし者たちへ それは突然現れ、平和な町を恐怖と絶望で満たした。 虚空に開かれた穴から溢れた異形の集団は、家々を壊し、人々を殺した。 だが……異形に抗すべく、勇気を奮い起こし立ち向かった者たちも存在したのである。 犠牲者は出たが、人々が死に絶えたという訳ではなかったのだ。 突然の事態に動揺した者たちも一旦落ち着いたのちには忍耐を発揮し、戦う者たちを手助けした。 王の、将の下で。 人々は力を合わせ、門から現れた怪物たちを倒し続けた。 だが……現れる怪物たちには限りが無かった。 門へと侵入しその内側を探るべきだという意見が出されたのは、戦いによって多くの犠牲が払われた後である。 残った者たちは門の中に広がる迷宮へと挑みはしたが……最深部へと達する事がやっとだった。 その原因を、元凶を打ち滅ぼす事は叶わなかった。 勇敢な騎士も力ある魔法使いも、続く戦いに傷付き……次々と倒れていき…… 最後には、戦う力を失った者たちを……異形の集団は、最後の一人まで殺し尽した。 「我等はそれを、『ゲートデーモン』と呼んだ」 「個体としても強力な戦闘力を持つが、その悪魔の最も強力な能力は、迷宮を造り、その中で自身の配下を創り出す能力である」 「そして自分の創り出した迷宮を、世界の何処かと繋げるのだ」 「自分の世界から、他の世界へと侵攻する為に」 「この『試練の迷宮』は、悪魔の創り出す迷宮に挑む者たちのために造られた」 「だが、我々の力では悪魔を打ち滅ぼす事はできなかった」 「だから我々は、このアーティファクトに記録を残す」 「『ゲートデーモン』の力と、その力が創り出した迷宮についての記録を残す」 「この記録が、これを見た者たちの力となることを願って」 「世界を滅ぼす悪魔が倒され、どこかの世界が、人々の営みが、守られる事を祈って」 「我等の知識と力を、この試練の迷宮へと託す」 「悪魔の巣窟が完成する前に、その迷宮へと挑む力を」 「そして迷宮より帰還する力を」 「この試練の迷宮へと、託す」 ●アザーバイド『ゲートデーモン』 「疑うというのは良くないのかもしませんが……念の為、今迄の情報や資料等を調査して頂きました」 そう前置きしてからマルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)は、少なくとも現状では記録された情報を疑うような証拠は発見できませんでしたと説明した。 ゲートデーモンと呼ばれるアザーバイドが存在し、試練の迷宮を造った文明が滅ぼされたというのは、ほぼ間違いない事実のようだ。 自身の世界を造り、それを他の世界と繋げる事で侵攻するアザーバイド『ゲートデーモン』 そして、アザーバイドの造り出す迷宮を突破するために、乗り越える為の訓練として……造られた魔器。 アーティファクト『試練の迷宮』 「滅ぼされた文明が他の世界に存在していた可能性もありますが、試練の迷宮の存在を考えると、この世界の一地方に存在していた可能性が高いと思われます」 アザーバイドの侵攻が再び行われれば、大きな被害がもたらされる事だろう。 「その前に、アザーバイドが力を蓄える前に……迷宮に侵入し、アザーバイドを撃破して頂きたいんです」 フォーチュナの少女は集まったリベリスタ達に、そう切り出した。 アザーバイド『ゲートデーモン』は、他の世界へと侵攻する為に自身の迷宮内で配下を造り、迷宮の入口を目的の世界へと繋げ、創り出した配下たちを攻め込ませる。 つまり門が繋がる前に迷宮に攻め込む事ができれば、敵の態勢が整っていない状況で戦う事ができるという事になる。 「試練の迷宮には、中にいる者たちをゲートデーモンの迷宮へと転移させる力があるようです」 加えて送り込んだ者たちが危険に晒された際に退避させる力もあるようだと、マルガレーテは説明した。 試練の迷宮に備わっていた戦闘不能者を強制転移させる力というのは、その力の研究のために賦与された物なのかも知れない。 「時が経つほど敵の力は増して行きます。できるだけ早期に撃破しなければなりません」 そう言ってフォーチュナの少女は、スクリーンにデータを表示させながら詳しく説明し始めた。 ●悪魔の迷宮 「ゲートデーモンの迷宮の基本的な構造は、試練の迷宮と変わらないみたいです」 実戦訓練の為にと可能な限り似せて造られたのでしょうと、フォーチュナの少女は説明した。 試練の迷宮に施された力を利用する事で、転移を望んだ者たちはゲートデーモンの迷宮の入り口部分へと瞬間移動される事になる。 「転移される場所は門のようになっています。ゲートデーモンが侵攻を行う際に他の世界と繋げられる箇所になりますが、現時点ではどこにも繋がってはいません」 迷宮の全体構造は立方体型で、門があるのは角となる8ヶ所……最上層と最下層の四隅である。 各層の広さは縦横同じの正方形で、層の数は分からないものの全体の高さも縦横と同程度のようだ。 「到着するのは立方体のどこかの角部分、門の1つで、ゲートデーモンがいるのは立方体の中心部です」 その過程を、無数の悪魔たちが徘徊しているらしい。 「内部の見た目も、ほぼ試練の迷宮と同じのようです」 壁や床、天井は5m程度の四辺を持つ石のような板が繋ぎ合わされたような造りになっている。 通路の幅や曲がり角は基本的に石畳1枚分と同じ5m区切りで、階層1つの高さも5m程度。 上下の移動用に階段が多数設置されている他、吹き抜けになっている箇所もあるので、飛行等の能力を用意できれば、それを利用して移動する事も可能なようだ。 迷宮を構成している石のような物体は極めて頑丈で、全力で戦闘を行っても壊れるどころか傷も殆んど付かないようである。 「透視や透過のような能力は通用しますが、同等の能力を持った敵も迷宮内に存在しているようですので、注意してください」 迷宮の外側に関しては空間そのものが無いようで、透過や透視を用いても天井や床、壁の厚み分にしか効果は適用されないようだ。 また、迷宮内の通路や部屋にも同じような空間があるようで、透過や透視が阻害されるらしい。 「幾つか存在している部屋は、扉で通路と仕切られています」 扉は木材に似た見た目の素材で作られているが、こちらも並の攻撃で傷付かない程に頑丈である。 鍵等は付いていないが、この扉が閉じられている限り悪魔たちは室内に侵入しないようだ。 もっとも入ってこないというだけで、既に室内にいる敵を追い出したり弱体化させるような効果は無い。 「ゲートデーモンのいる迷宮中央の部屋も同じで、扉を閉じれば他の敵が室内に入ってくることを防ぐ事ができます」 そう言ってマルガレーテは、迷宮の構造についての説明を一旦区切った。 階層の多さなども考えると、今回の迷宮はこれまで以上の広さがあるようだ。 「全体の正確な広さは分かりませんが、一日では踏破できないくらいの広さがあります。飲食物等も用意しますので必要なだけ持っていって下さい」 無理をすれば敵との戦闘ではなく、探索の方で消耗してしまう可能性もある。 「迷宮内部にはゲートデーモンが創り出した配下がいますが、罠の類は設置されていないようです。睡眠不要等がないのなら部屋を利用して休息を取りつつ探索を行ってください」 そう言ってからフォーチュナの少女は、続けるようにして迷宮内に出現する敵の事を話し始めた。 ●悪魔と眷属 迷宮内で遭遇する悪魔たちの種類は、全部で4種類。 それに加えて迷宮の創造主であるゲートデーモンの計5種が、リベリスタ達の戦う相手となる。 「ゲートデーモンは迷宮が完成し充分な配下たちを創るまでは、迷宮の中央から動く事は無いようです」 創り出される配下たちの方は、迷宮内を徘徊しながら敵を探すか、潜伏場所を探して侵入者を待ち伏せするか、どちらかの手段を取るようである。 「待ち伏せを行う敵は、資料によると1種のみですね」 マルガレーテはそう言って『潜伏者』と名付けられた悪魔について話し始めた。 多少の個体差はあるものの針金を束ねて生物の形に真似たような外見をしたそれは、物質透過と面接着に似た能力を持つようである。 壁や床、天井などに潜伏して待ち伏せし、敵が近付くとそこから飛び出して奇襲してくるのだそうだ。 周囲の敵を一斉に攻撃する能力を持ち、攻撃に耐える力は無いものの機敏で攻撃能力は高いらしい。 「残りの3種は全て徘徊型で、単体か少数の群れを作って迷宮内を移動しているみたいです」 彷徨者と呼称される亡霊のような外見をした悪魔は飛行能力を持ち、耐久力は低いが遠距離まで届く広範囲の神秘攻撃を行ってくるようだ。 「殺戮者と命名された悪魔は逆に物理攻撃を得意とする近接型のようです。伝承に出てくる悪魔らしい外見をしていて、能力そのものは全体的にバランスよく高いみたいです」 それらの攻撃型とは対極的に、守護者と呼ばれる存在は攻撃能力を持たず味方を庇う存在らしい。 耐久力は低いものの直接的な攻撃を無効化する能力がある為、他の悪魔たちと共に出現すると対処が難しい相手といえる。 「配下の悪魔たちはゲートデーモンが倒されない限り、ゆっくりとではありますが増加していくようです」 加えてゲートデーモン自身の耐久力も時が経つほど増加するようだ。 「可能な限り早く迷宮の中央に辿り着けた方が戦いの方も短く済ませられると思います、が……無理は禁物です」 そう言ってフォーチュナの少女は、ゲートデーモンについての情報を説明し始めた。 戦闘能力に関しては大きな欠点は無く全般的に高い水準にあるようで、序盤では能力低下をもたらす異常効果のある神秘攻撃を使ってくるようである。 もっとも物理攻撃の方も強力なようだ。 こちらは異常効果はダメージを与える程度だが、威力の方が高めらしい。 異常を伴う攻撃で弱らせ物理攻撃で止め、というのが戦法なのだろう。 巨躯ではあるが動きは素早く、一度の動作で二度の攻撃を行ってくる。 また、一度受けた状態異常に対する耐性を得るようで、同じ異常は二度と受ける事は無いようだ。 「そして最も問題なのが、『迷宮内で使用された皆さんの力をコピーして使用する』という能力です」 マルガレーテは難しい顔をして、言葉を選びながら説明していった。 コピーするといっても、全ての力を真似られる訳ではない。 覚えられるのは能動的に使用された能力のみで、『習得する事で常に効果を発揮している能力』や『自身に加えられた効果によって受動的、自動的に発動する能力』をコピーする事は不可能なようだ。 「あと、コピーするにはある程度の時間が必要なようです。一度戦闘になってしまえば、その最中に使用したスキルを真似て使う事はできないようですので」 逆に探索時に使用した能力の場合、新たに創り出した配下たちに自身がコピーした能力を使用させる事が可能らしい。 「迂闊に能力を使用すると、ゲートデーモンとの戦いのみでなく探索そのものが極めて困難になる可能性もあります。充分に御注意ください」 急ぐあまりに力を揮えば、それだけ様々な能力を揮える敵と戦う事になる。 とはいえ慎重になり過ぎれば、逆に消耗や被害が大きくなる可能性もある。 「配下たちを倒す事で、僅かですがゲートデーモンの耐久力を減少させる事ができるようです。時間が掛かりそうでしたら、確実に配下を撃破していくというのも良いかもしれません」 ただ、ゲートデーモンは配下たちを増やす際、最も倒されていない種の悪魔から増やしていくようなので、戦い方によっては迷宮内の悪魔たちの種別が極端に偏ってくる可能性もある。 リベリスタ達が倒し難い悪魔が増加した場合、中央への進攻は更に困難を極める事だろう。 「悪魔たちとの直接の戦闘は勿論ですが、中央へ向かう戦術・戦略的なものも、同じくらいに重要だと思います」 消耗を抑え能力の使用も控えて時間を掛けずに辿り着ければ、悪魔の撃破は容易だろう。 逆になれば……戦いの始まる前に勝敗がほぼ決まっている、という可能性も否定できない。 「困難な任務ではありますが、これまでの調査の結果……試練の迷宮によって与えられた情報が、きっと役立つと思います」 どうか、充分に御気を付けて。 マルガレーテはそう言って、リベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月01日(日)22:00 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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■サポート参加者 1人■ | |||||
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●乗り越えるべきもの 「いよいよ最後かぁ……無事にゲートデーモンを倒したいね」 今まで乗り越えてきた試練を思い出しながら、『全ての試練を乗り越えし者』内薙・智夫(BNE001581)は呟いた。 その言葉に頷きつつ……『全ての試練を乗り越えし者』四条・理央(BNE000319)も同じように、これまでの試練を、踏破してきた迷宮の事を思い返す。 (今までの迷宮は練習で今回のが本番な訳だね) 「念密な練習をさせてくれるだけ優しいのか、或いは練習を突破できなければ確実に負ける程なのか」 その答えは直ぐ目の前……薄暗い通路の先に存在しているのだろう。 「んー、ダンジョンもこれで終わりと思うと感慨深いものがあるね」 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)も呟きながら、以前探索に参加した時の事を思い出した。 (これが終われば、俺もいっぱしの冒険者を名乗れるんだろうか?) 1つの戦いに全てを注ぐのではなく、力を維持して戦い続けるという任務。 「『ダンジョンクリア型なんとか、かと思ったらアザーバイドでした!』っていうのも世の中色々よねー」 同じく以前の事を思い出しながら、青島 由香里(BNE005094)も口にした。 色々考える事はあるものの、目的はゲートデーモンの撃破である。 「単純明快だし後腐れもない、サクッといこう!」 由香里はそう結論を出した。 考えられる事は考え、それ以外の事は他に任せる。 理央や智夫らはこれまでの経験を活かし、準備を済ませているのだ。 地図を作成する為の筆記具、ロープや暗視ゴーグル。今回はそれらに加え、休むための寝袋や三日分程度の食糧も用意してある。 リーナ・ハハリ(BNE005116)も皆の準備を参考に、必要と思われる物をアクセスファンタズムに収納していた。 食料に水や寝袋。加えて照明や電池も用意し、災害時用の携帯用トイレ等も準備してある。 時間感覚が狂うかもしれないとの懸念から時計も用意してあった。 必要物資の携帯という点で考えると、AFは極めて有用な装備である。 無ければ数日分の食糧や水を持つだけでも様々な面での不便を甘受しなければならないのだ。 長時間の任務に当たる際、これほど便利な破界器もないだろう。 敵襲を警戒しつつ、一向は陣形を整えた。 『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)も仲間たちを援護し易いようにと位置を取る。 「侵略型のアザーバイドってたち悪いね~」 普段と変わらぬ調子で口にしながら、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は前衛に位置を取った。 迷宮の深部ではアザーバイドが次の侵攻の為に配下を創り出し、迷宮の入口を別の世界へと繋げようとしているのだろう。 (でも、そんなに簡単に侵略されたりしません☆) 気軽に、されど言葉の内に……強い想いを、籠めながら。 青年は御道化た調子で、口にした。 「悪いアザーバイドさんはないないしちゃうよ☆」 ●最後の迷宮へ 理央、智夫、リサリサたち3人を中列に据え、竜一は後列。由香里、終、リーナは前列という形で、一行は隊列を整えた。 基本的には進行方向から敵が現れる事を考えた陣形である。 由香里やリーナは後方からの奇襲などが多い場合、後列に回る可能性も考慮に入れている。 奇襲を受ける可能性を心配したリーナは、迷宮内の明るさについても懸念していた。 暗ければ見通せる範囲が狭くなり奇襲等を受ける可能性も高くなる……が、無暗に照明を使えば敵に此方の位置を知らせる事になる。 そう考えた彼女は暗視の能力を用意していた。 由香里や理央らも暗視の能力を自身に備わらせていたし、他の者たちも警戒する為の装備を持ち込む事で、警戒の態勢を整えてある。 智夫は千里眼の力を解放すると、まず周囲を確認した。 自分達は立方体型の迷宮の、8つある角の1つに到着したはずである。 下には別階が確認できなかったものの上方には遮られつつも複数の通路を確認した智夫は、自分たちが転移してきたのが最下層の何処かであると判断した。 そのまま見える範囲を千里眼で確認し、用意したメモに書き込んでゆく。 理央も智夫の言葉を確認しながら、方眼紙に得た情報を書き込んでいった。 千里眼の効果は大きいが、空間そのものが多数の箇所で遮られている為、見通せる範囲は決して広くない。 とはいえその辺りも以前の迷宮で体験済みである。 地図を作成しながら、なるべく戦闘を避けるようにして。 一行は迷宮探索を開始した。 ●魔宮探索 「迷宮の中で、なんか魔物っぽい相手に殴る蹴るの暴行を加えた事案っ」 (あ、なんかあたしが悪人っぽい!) 「まぁいいや!」 楽しげな態度を崩さずに由香里が腕を振り上げ、魔力鉄甲を纏った利き腕を殺戮者に叩き込む。 探索を開始した一行が最初に遭遇したのは、山羊に似た頭部を持った人型の悪魔、殺戮者と呼ばれる存在だった。 能力に優れた物理攻撃型の悪魔らしいが、遭遇したのは1体である。 リベリスタ7人が相手では数十秒と持たなかった。 集中攻撃を受けた怪物は鳴き声のような声を発し、迷宮の床に崩れ落ちる。 敵の撃破を確認すると、終は強化した聴覚を用いて周囲の音を拾いあげた。 迷宮内は決して無音という訳ではない。 足を持つ悪魔たちは移動の際に音を立てるし、浮遊したり飛行する者たちも全く音を発さない訳ではないのだ。 それらを出来るだけ聞き分け、距離などを把握できるようにと終は意識を集中させる。 音を聞き取る為にというのも勿論だが、敵に此方を察知させないようにと考えて、彼は自分たちが音を立てないようにとも注意を払っていた。 勘を研ぎ澄ませた竜一は些細な変化すらも見逃すまいと周囲を警戒し、何事もなく通り過ぎた通路等に関しても、念の為にと用心する。 必要とあれば前衛にも後衛にも動けるようにと考え中列に位置を取っていた理央は、吹き抜けを確認するとそれを手元の方眼紙に書き込んだ。 ロープを手にした智夫がそれを上層から垂らそうと考え、面接着を使用して壁に足を付ける。 だが、登り始めようとしたところで終はそれを制止した。 彼の耳が近付いてくる悪魔たちの立てる音を察知したのである。 理央は一旦手を止め、素早く仲間たちに翼の加護を施した。 飛行や面接着、物質透過等で階層を移動できる敵がいる以上、飛行能力をコピーされても大きな問題は無いと判断しての事である。 敵に能力をコピーさせない為に可能な限り自身の力を使わないという方針で、リベリスタ達は能力の使用を抑えていた。 戦闘では可能な限り武器を使用した通常の攻撃を行い、それ以外に関しても回復他、最低限の使用に留める。 もっとも、使用に関しては統制というよりは自己判断という形である。 飛行能力を得て上層へと向かった7人は、吹き抜けを昇っていく最中に3体の悪魔と遭遇した。 亡霊のような姿をした悪魔、彷徨者である。 戦いは激しくはあったものの、短時間で決着した。 飛行状態による防御力の低下が、両者の攻撃の効果を高めた為である。 元々防御力の低かった悪魔たちはリベリスタ達の攻撃に耐え切れず、次々と撃破され消滅した。 広範囲を網羅する神秘攻撃を受けたリベリスタ側のダメージも大きかったが、そちらは智夫とリサリサの癒しで完治する。 一行はそのまま翼の力で飛行しながら、更に上層へと昇って行った。 ●ひとときの休息 負傷は治療され消耗も回復を受けられるといっても、昼夜と地勢の変化に乏しい中で続く探索の旅は、当事者たちを精神的に疲弊させるものである。 休息や食事は、それらを癒す事に役立った。 飲食の心配が無いというのもあるが、ストレスを軽減できるようにと嗜好品を用意した事も大きかったと言えるだろう。 扉のある部屋を利用して一行は適度に、睡眠を含めた休息を取っていた。 扉を閉め室内にいる敵を倒しさえすれば、内部は安全地帯となる。 休息だけでなく食事の方も安心して取れるのだ。 時間を掛け過ぎれば敵が強くなるが、だからといって無理をすれば逆に自分たちが本来の力を発揮できなくなってしまう。 (休む時間はバランス見ながら決めたらいいかも?) そんな事を考えつつ、由香里はキャンプ用の道具を使って温かい珈琲を作っていた。 他にもお湯で作れるインスタントのスープ等も準備してある。 少しでもストレスを減らせればと考えたのだ。 「やっぱり常温とかの食べ物って味気ないからね!」 食事の方もカロリーを重視して揃え、糖分も補充できるようにとチョコレート等も用意してある。 終もサバイバルキットに収納された食糧を取り出し、リーナも燃料を使わず温められる防災グッズの非常食で温かい食事を用意した。 食糧も水も、余程の事がなければ不足する事は無さそうである。 何人かが食事を済ませたのを確認すると、竜一も腹八分くらいを目安に食事を取った。 探索中もすぐ呑み込めるくらいの大きさに千切った塩気の強いジャーキーを齧ってはいたが、やはり食事となると気分も違う。 食事を終えると一行は交代で見張りを立てながら、そのまま休息に入った。 扉がしっかりと閉まっている事を確認した理央も、寝袋を引き出して横になる。 (やだなぁ、普通に寝てるところ見られるの何か恥ずかしいなぁ) そんな事を考えていたリーナも蓄積された疲労があったのか、すぐに瞼が重くなった。 透過等で潜んでいた悪魔もいないらしく、何事もなく時は過ぎてゆく。 交代で見張りを終え休息を済ますと、リベリスタ達は探索を再開した。 ●最深部へ 終は超直観を活かすようにして迷宮内を観察し、マッピングを行っていた。 些細に見える事が戦闘を回避する切欠になるかもしれない。 例えば埃の溜まり方等で、敵の巡回ルートが判別できるかも知れないのだ。 ODS type.Dを通して周囲を確認しながら、終は迷宮を進んでいった。 音には変わらず注意を払い、敵が近くにいる時はジェスチャー等で味方にそれを伝え、可能な限り部屋や通路の交差や曲がり角等を利用してやり過ごす。 それでも発見され、あるいは進路上で避けられない場合にのみ、戦闘を行う。 由香里は後方の者たちが狙われ難いように、敵の射線を遮るように位置を取りながら戦い続けた。 後方からの奇襲を警戒する竜一は最後列に位置したまま刃を振るい、生み出した真空波で悪魔たちを攻撃する。 優先目標は守護者に庇われていない悪魔だ。 盾形の悪魔、守護者への対処は味方に任せて。 竜一は彷徨者や殺戮者に攻撃を集中させた。 潜伏者は他の悪魔と共に襲ってくる事は殆んど無かったが、敵との遭遇が増加した為か他の悪魔たちは複数で現れ、連携するように攻撃を行ってくる。 智夫にはその理由の1つを、悪魔の様子から察知した。 新たに生み出された悪魔の何体かは千里眼の力を得ているのだ。 つまりは間に空間の断裂が無ければ、姿を確認できるという事である。 新たな悪魔たちが創られるのが迷宮の中心部であり、自分たちがそこを目指しているというのも、遭遇の機会が増えた理由の1つだろう。 深刻なダメージは発生しないものの遭遇率の増加によって、一行の移動速度は若干減少する事になった。 後方から敵が現れ挟撃を受ける状況が発生した為、智夫は敵をブロックする竜一を援護するように後列へと移動する。 他の悪魔たちを庇う守護者の動きを封じるように、終は氷の力を宿した刃を手に戦い続けた。 リーナも力は使用せず、死神のような大鎌を悪魔たちへと向ける。 直撃を可能な限り避けられるようにと機敏な動きで立ち回り、負傷は仲間たちに癒してもらう。 距離を取って能力を使用する機会は幸いと言うべきか、今のところは訪れなかった。 ダメージの蓄積した味方をフォローするように理央が前後衛に位置取りを調整したのも大きかったかも知れない。 こと防御力に関しては、彼女は非力な攻撃など受け付けないだけの力を所持しているのだ。 加えて攻撃の一部を反射する能力も有している。 ジャベリンに賦与された氷の力で敵の動きを封じ、或いは式符で生み出した鴉を用いて悪魔を攻撃しながら。 理央も皆と共に迷宮の最深部へと歩を進める。 迷宮中央の部屋の前へと到着したのは、睡眠の為の三度目の休息を必要する前の事だった。 この時点で襲撃は寧ろ一行の進路とは逆方向、後衛側からの方が多いという状態である。 部屋の扉は開かれており、入口付近には新たに誕生したらしい悪魔たちの姿が見えた。 そして後方からは、複数の足音らしきものが響いてくる。 態勢を整えようとすれば、更に敵が集まってくるかも知れない。 それを避けるために一行は部屋前の悪魔たちを倒すと、更なる追撃を避けるようにして、室内へと飛び込み、両開きの扉を固く閉じた。 ●ひとつの終焉 扉を閉めた時点で室内にいる配下の悪魔たちは、リベリスタ達に迫っていた。 態勢を立て直す時間は無い。 リベリスタ達はそのまま、悪魔たちとの戦いに突入した。 攻撃が届かない事を残念と思うべきか、攻撃を受けない事を幸いと取るべきか? 迷宮の創造主であるゲートデーモンは部屋の中央におり、その間には数体の悪魔たちがいる。 その内の1体に組み付いた由香里は、次の瞬間悪魔の体を、受け身の取れない体勢で石畳に叩きつけた。 終も味方を巻き込まないように標的を定めると、斬撃によって生み出した氷刃の霧で悪魔たちを包み込む。 味方を庇おうとしていた守護者を含め、2体の悪魔が動きを止めた。 一方で由香里の攻撃でダメージを受けた殺戮者は跳ねるように立ち上がり、鉤爪を伸ばした腕を彼女に向ける。 その攻撃を躱すと、由香里は俊敏な動きで次の攻撃を仕掛けるべく構えを取った。 智夫が仲間たちを癒す福音を響かせた直後、彷徨者たちが放った身を蝕む闇の雲がリベリスタ達に襲い掛かる。 膝を付きかけた終は運命の加護で、その攻撃を耐え凌いだ。 同じように加護の力で攻撃を耐え抜いたリーナは、黒のオーラを集束して悪魔たちへと反撃する。 この戦いでは自身の力を抑える必要は無いのだ。 竜一は己を強化し障害を退ける破壊神の闘気を身に纏い、理央はゲートデーモンの攻撃範囲から離れるように位置を取ると、癒しの力を持つ式を打ち出した。 由香里は中衛たちを庇えるように位置を取り、終は転移するかのような高速 移動でゲートデーモンへと距離を詰め、速度を上乗せした斬撃を繰り出す。 そのまま勢いを殺すことなく青年は刃を振るい、更なる一撃を悪魔へと放った。 その斬撃を耐え抜いた悪魔は不気味な声で囁くと、周囲を闇色の雲で包み込む。 続いて鉤爪の生えた腕を振るって、悪魔は強烈な一撃を終に叩き込んだ。 智夫が再び福音を響かせようとしたものの、悪魔の攻撃はそれより早かった。 殺戮者の1体が振るった鉤爪が終を捉え、それでもと青年が力を籠めた刹那……転移の光が彼を包み込む。 他の殺戮者たちの攻撃を由香里が避け、竜一が耐え抜いた直後に癒しの力がリベリスタ達を包んだものの、味方を巻き込む事も構わず放たれた彷徨者達の攻撃が、再び一行を限界近くまで追い込んだ。 直撃を避ける事でかろうじて戦線離脱を逃れたリーナが一時的に後退し、前線を支えようと理央が盾を手に前進する。 道を切り開くべく竜一の放った衝撃波が悪魔たちを薙ぎ払い、彷徨者の1体を消滅させた。 リサリサは全ての救いと称される大魔術を用いて仲間たちを癒し、理央は運命の加護も用いて前衛の1人として戦線を支えながら、癒しの符で自身を、仲間たちを回復させ続ける。 その癒しに智夫も加わり、由香里、リーナ、竜一たち3人は悪魔たちを攻撃する。 危険な時間は、実際には数十秒程度だった。 配下の悪魔たちが倒れた事で、戦局はリベリスタ達の側に傾いたのである。 守護者に続いて彷徨者たちも全滅し、対してリベリスタ達の側に更なる戦線離脱者が出なかった事で大局は決した。 ゲートデーモンの力は強力ではあったが、本来持つものだけではリベリスタ達を打ち倒すほどの力はない。 内側から対象を蝕む夢魔の力を受け、自らの肉体をも破壊する威力を籠めた狂戦士の斬撃を浴びせられ……迷宮の主は部屋を揺るがすような咆哮をあげると、石畳に崩れ落ちた。 ひとつの世界に終焉をもたらしたアザーバイドは、こうして終焉を迎えたのである。 そして、主を失った小さな世界も終焉を迎える事になった。 迷宮は悪魔の咆哮を受けるようにして揺らぎ始め、同時に存在そのものを薄め始める。 だが、その結末を見届ける前に……残ったリベリスタ達を、転移の光が包み込んだ。 世界の終焉を感知したのか? それとも、迷宮に挑んだ者達の危険を感知した故か? リベリスタ達は悪魔の迷宮を抜け、彼らを異界へと送り込んだアーティファクトの創り出した迷宮へと帰還する。 心配げに迎えられた一行は、迷宮と悪魔の最後を報告した。 試練の迷宮はもう二度と、悪魔の迷宮へと繋がる事は無いだろう。 アーティファクトは今、己に課された使命を終えたのである。 こうして破界の悪魔と1つの世界が滅び、1つの世界は守られた。 リベリスタ達たちの力によって。 世界を崩す可能性を秘めた力は今、1つの世界を守り抜いたのである。 それを揮う者たちの、意志によって。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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