●『ナウル潜入調査員の記録』より抜粋。 潜入記録一日目。ナウル共和国での三尋木ネットワーク維持のため、先任調査員と交代。 怪盗スキルによる変装と情報操作により、完全に国民になりすますことに成功した。この国のセキュリティは恐ろしくゆるい。あまりに平和になりすぎて脆弱性までも育ってしまったということか。 二日目。この国は狂っている。誰もが怠惰に生活している。どうやら労働という概念自体が無いようで、国民の八割がたがニート化しているという。そのことに全く危機感をもっていないようだ。 早くもやることがなくなったので国について説明する。 ナウル共和国は人口一万人以下。面積20キロ平方メートルというごく狭い島国だ。人口もその密度も少ない。人種はポリネシア系とメラネシア系。 古くはリン鉱石の採掘で財を成し黄金国家ぶっていたが、資源を掘り尽くした今ここはただの島である。ただ当時の名残で生活費の大半が無料化しており、余った資産を持て余した国民が『島単位の引きこもり』と化している状態だという。 言われてみれば、右も左もゆる顔の肥満体質ばかりだ。 なんでこんな場所に飛ばされたのか。私は左遷されたのだろうか。 ○日目。島をスクーターで走り回ることしか趣味のないバンクスが労働をし始めるという。天変地異だ。 だが労働の概念が分からず、私のところへ『お金が欲しいのだけれど何をすればいいのか?』と尋ねてきた。 聞くところによると、若者たちの間で『仕事』というブームが起こっているという。国民に労働の概念が生まれ始めたのだ。なんて喜ばしいことだろう。 私は早速配達業の内容とその方法を伝え、彼を送り出した。 ○日目。ビール豚のギルタが見ないうちにすっかりスリムになっていた。他の女性もそうだ。なんでもダイエットが島中で大流行したのだという。彼女たちは競い合うように身体を磨き、身ぎれいに着飾ろうとしている。そのためにもっと金が必要だと気づき、自ら労働に出る者まで現われた。 この国が徐々に浄化されようとしている。 まるで引きこもりの子供がアルバイトに出るかのようだ。なんとも涙ぐましい気持ちになった。 ○日目。国民は生まれ変わったのだ。誰もが朝日より早く目覚め、スーツを着て出勤し、馬車馬のように働き、深夜になって家に帰る。そのことに強い遣り甲斐と生きがいを感じているようで、以前よりずっと幸せそうだ。島有数の政治家(名ばかりの豚だったが今はよき施政者である)も国家滅亡の危機はまもなく去るだろうと言う。 □日目。何が起こったのかよくわからない。事実だけを書く。 労働のしすぎでイデルダが倒れた。無理をして働き過ぎたのだろう。あまり働き過ぎては身体によくないと伝えると、彼女は烈火の如く怒って私に掴みかかった。 彼女は、労働は国民の義務であること。人民は国家のためにあること。より多くの資源を国家にもたらすことが至上命題であること。誇り高い死を迎えるため努力を怠ってはならないこと。これらを私に多くの罵声と共に浴びせると、熱にうなされた顔のまま仕事場に戻っていった。誰もそれをとめようとしない。私だけが異常者のように扱われていた。 □日目。みんな狂っている。眠る時間をゼロにしてまで働き続け、倒れた者は自ら火葬場へ歩いていく。そんなことはやめろと諭すと、葬儀は金の無駄だと言って突っぱねられた。どころか、みな私と会話する時間すら無駄だという。無言で働き、無言で死ぬ。みんな狂っている。 □日目。いやだもう嫌だこんなところは嫌だはやく出してくれ日本に帰りたい日本に帰りたい。 □日目。私の頭がおかしくなるまえに書き残しておく。 この国は明らかにおかしくなった。皆機械のように一日20時間以上労働し、それを最大の幸福として感じている。 カニバリズムをはじめとするあらゆる禁忌が撤廃され、病気の者や重負傷者は自ら望んで食肉加工を施されるようになった。人口の増加を効率化させるための施設を建造し、毎日のように子供が生み出されている。彼らはそれをさして『生産速度の工場』と述べた。 テクノロジーやネットワークは私の赴任時と比べ大幅に向上したが、人々の顔から表情が無くなった。 この国で一日中働いていないのは私だけだ。疑いの目が私に向けられている。もう限界だ。 △日目。原因を突き止めた。虹色のあいつだ。虹色の髪と目をしたあいつ達がすべてを変えたのだ。私は彼を許さない。絶対に許さない。笑顔のまぶしいバンクスを返せ。話し上手なギルダを返せ。たおやかで優しいイデルダを返せ。 私は今より任務を放棄し、奴を抹殺することにする。 自分にエリューション能力が備わったことがこんなに誇らしかったのは、生まれて初めてだ。 ●新生ナウル共和国、苦牛中兵衛の潜入記録。 ナウル共和国に唯一の空港から、わらじを履いた和服の男が現われた。 巧妙に偽装したケースの中から刀を取りだし、手にしっかりと握る。 「感じぬ。悪の気配をとんと感じぬ……」 『ほほう、悪が無いとな?』 「然様」 男の耳に装着されたイヤホンマイクから声がした。声の主は『いい悪代官』緑狸呑兵衛。アークに協力するリベリスタにして正義の政治家である。 一方、和服で帯刀している彼は『おしかけ侍』苦牛中兵衛。悪人を斬りたくてしょうが無いという困った癖をもつ男だが……。 『おぬしの妖刀をもってしても感じぬ悪とは一体……。慎重にいくのだぞ』 「無論。見敵必殺でござる」 『慎重にといっておろうに!』 彼らが協力してこの土地に降り立った理由は他でもない。 ナウル共和国の異常な治安向上、工業分野のみでの生産力向上、逆に医療や娯楽に関する産業が死滅し、『マネーロンダリングのボーナスステージ』でおなじみの外貨開放にも消極的だ。 そのことに疑問を持った呑兵衛は中兵衛を潜入させて現地調査を謀ることにしたのだった。 「ややっ、悪……? いや、なんだ、この気配は!?」 鼻を動かし、中兵衛は虚空を見上げる。そしてまるで蜜に誘われる虫のように歩き出した。 『どうしたのだ中兵衛。何を見つけた』 「悪だが、悪ではない……悪ではないが、悪の……なんだ、なんだ……?」 中兵衛はふらりと、ある建造物の前で立ち止まった。 見た目は学校の体育館だ。大きくて、窓が多く、屋根が広い。 だが看板には現地の文字で『新生児棟』と書いてあった。 「この中か……」 正面のとびらはまずい、裏からだ。 そう思って回り込み、扉に手をかけた……その時。 「そこで何をやっている」 声をかけられた。と同時に銃声が六発分。 中兵衛は素早く身を翻して抜刀。飛来した銃弾全てを切断し、自らの周囲に散らした。 「なにやつ!」 「貴様こそなんだ。日本人のようだが……っと、そいつの持ち主だったか。丁度いい、待っていたんだ」 相手は女だった。ビジネススーツをきっちりと着こなし、サングラスをしている。 かたわらには秘書らしき格好の女がたち、眼鏡にそっと手を当てていた。 その場にいるのは彼女たちだけだが、不思議なことに銃らしきものがどこにも見当たらない。 中兵衛は戦闘姿勢のまま名乗りをあげた。 「我こそは『おしかけ侍』苦牛中兵衛! 悪の臭いを放っちゃおられぬ、悪人斬りにござる。このにおい、おぬしが原因か」 「そうだと言ったら、どうする」 「斬る!」 高速で飛び出す中兵衛。 彼の刀が相手の首をはねようとした、その時。 秘書らしき女が割り込み、彼の刀をカトラスでもって受け止めた。むろんそんなものは持っていなかった。 彼女の腕がまるごと剣に変化したのだ。 もう一方の腕を巨大なチェーンソーに変え、中兵衛の剣を腕ごと切り落とす。 「ぐぬっ、お、おぬしは……!?」 『中兵衛、様子がおかしい! 一旦退けい!』 「しかし『悪斬』が!」 『命より惜しいものなどないわ! 急げ!』 「お、おのれ……覚えておれよ!」 片腕を失った中兵衛はよたよたとよろめきながらも、全力でその場から逃走した。 ちらりと振り返った中兵衛には、刀を拾い上げる女の姿が見えていた。 虹色の髪をした女の姿が。 ●アークによる潜入任務 「……以上が、三尋木連合から提供された調査結果となっております」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は一連の資料を提示してから、改めて説明に入った。 「ナウル共和国が何らかの神秘侵略を受けていることは明らかですが、その全容が掴めていません。この後三尋木諜報員による十七回の追加潜入調査を行ないましたが全て失敗。連絡が途絶えており、戦死扱いになっています。何らかの強力な神秘能力者もしくはアザーバイドによるガードが考えられます。三尋木の所有する戦闘力では限界と判断し、アークに任務が移譲されました」 眼鏡に手をあてる和泉。 「皆さんにはこれより、現地潜入任務に当たって頂きます」 まず参加リベリスタには巧妙な特殊メイクが許可されている。これにより現地住民に近い容姿を維持できる。無論神秘性変装スキルに勝るものではなく、周囲の顔を知る人間に出会ったりよく観察されれば看破されてしまうだろう。 次に島に対し、非常に隠密性の高い方法での潜入が行なわれる。これは三尋木スタッフによる非常に信頼性の高いもので、現地の人間に潜入そのものを気づかれることはない。 ただし調査時間は10時間。朝から夕方までしかない。それを超過すことはあまりに危険であり、許可されていない。 また、調査時間終了前に現地住民に『一人でも』正体が発覚した場合、即刻現地から撤退すること。これを逃した場合高確率で死亡するか、それ以上の不利益が予想される。 「『戦って倒す』ことに秀でたアークにも、勿論潜入調査を得意とするリベリスタは多く存在します。皆さんのお力を、どうか貸してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月15日(日)23:37 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●ナウル共和国へようこそ 「このたびはナウルへお越しいただきありがとうございます。失礼ですがこちらを利用するのは初めてでしょうか?」 知的な雰囲気のあるメラネシア女性が、微笑みかけてくる。 非常に流ちょうな日本語だ。 日本語である。 最初は気遣いがちに英語を話していた彼女だが、こちらが日本語圏で生活していることを知るとすぐに言語を切り替えてきた。 こう言ってはなんだが、メラネシア系の人物に知的なイメージを持ったことは無い。むしろ素朴で純粋なイメージばかりがあったものだが、彼女はパンツスーツを身ぎれいに着こなし金縁の眼鏡を違和感なくかけていた。内外共に知性があふれている。 最初はこちらを三十代男性だとみてきれいどころをよこしてきたのかと思ったが、彼女は外交において適切な能力を有しているようだ。 私は自分が貿易商を営んでいることと、ナウル共和国との貿易に目をつけていることを話した。ここへ来るのも初めてだとも。 証明のために会社の資料と自分のパスポートを提示すると、彼女は快くこちらの質問を受け付けてくれた。 彼女が話すには、ナウルは水や穀物、家畜類を充分に自給しており輸入に頼る心配がないそうだ。 宝飾品や芸術への関心は薄く、自動車やオートバイなどの輸入も考えていないという。 その代わり鉄や鉛などの資材を多く必要としているそうだ。 まるで戦時中の国ではないか。しかし島からそういった空気は感じない。 国民はあまりお金を使いたがらないのかと尋ねると、彼女は先刻の笑顔のままこのように述べた。 「お金はみんなのものですから。個人の欲望のために浪費することはありませんね」 私が鼻白んでいると、彼女は取り繕うように席を立った。 島を案内するという。 願っても無いことだと言って、私は彼女と共に社屋を出た。 振り返ると、見渡す限りにボックス型家屋が並んでいる。二階建て連棟型のプレハブである。 「奇岩地帯とリン採石場跡、どちらをご覧になりますか?」 私はどちらなりとと応え、車の助手席に乗った。 ●区画整理 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)と『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は出来るだけ目立たないようにスクーターで町を移動していた。 鷲祐が詳細に記憶した資料によれば。 ナウルの市街地は島外縁部に密集している。少しでも内側に入ろうとすれば木々ばかりとなり、更に中央へ行けばリンを掘り尽くした残土のむなしさだけがある。 富裕層はプアダラグーンという唯一の湖を中心とした土地に屋敷を構えており、ある程度の差別化がはかられている……筈だが。 「まるで違うな」 鷲祐が今走っている道路は綺麗に舗装されたアスファルト道路で、道は碁盤の目のように綺麗に敷かれていた。仕切られた土地にはそれぞれプレハブ小屋が並び、小屋にはそれぞれナンバリングされていた。 島の外縁をぐるりと回った感想はひとこと、『整いすぎている』である。 産業革命が起きようが独立戦争が起きようが、ここまで土地が整形されることはない。 これが独裁者による支配の結果だとしても、変化があまりにスムーズすぎた。 空港前でスクーターを降り、涼子はヘルメットを外した。 「そっちはどうだ」 「わたしの嫌う臭いがする」 思い出すのは三年前。『プラント』と呼ばれた住宅街である。 全ての家が全て均一に整形され、『ごく普通の家庭』を大量にコピーしたような住宅街があった。 長い調査の結果、それらは『特別超人格覚醒者開発室』による模範的市民の製造工場であることや、製造ラインから外れた子供たちをリサイクルしたものが『巡り目』と呼ばれるフィクサードにされていたことがわかったが……現在その生き残りは涼子が知る限り一人しかいない。 識別名称613番。愛称は『ムー』。 最終的に巡り目にされた315番に至っては、涼子自身の手で決着をつけたことがある。 それらを管理していたであろうフィクサード鎌ケ谷禍也は千葉炎上事件で死亡し、事件は完了した……筈だったが。 「知ってる臭いだ」 アークには大量の情報が編纂されている。その中にはかのプラントの家庭にあったあらゆるものの情報も含まれている。 流石に関係ないと思っていた鷲祐はそれをスルーしていたが、涼子はそれらを肌で覚えていた。 「司馬、適当な家に入って」 「どこでもいいのか?」 「ああ、どこでもいいよ」 涼子は吐き捨てるように言った。 「『絵本』があるはずなんだ」 「……」 鷲祐は黙って頷いた。 「どうやら、アドプレッサの情報が役に立ったらしいな」 時を遡ること五時間前。 ナウルに潜入する前の鷲祐たちはある部屋に案内されていた。 部屋といっても立方体型の装甲コンテナで、中央には対神秘処理された通信機械とディスプレイが設置されているという場所である。 専用回線を通じてディスプレイに表示されたのは……。 「久しぶりね、曳馬野涼子。それとみんな」 「ムー? どうしてアンタが出てくる」 涼子と因縁浅からぬ少女、『613番』であった。 ここはアークと協力関係にあるエディコウン、アドプレッサと通信するためだけに用意された設備である。警備の厳重さは、エディコウンの倫理破壊能力とスパイによる介入を警戒する意図によるものだ。 更に言うなら、たとえアークリベリスタであっても原理が完全に解明していない特殊なアザーバイドへの接触をそうそう許しはしない。アドプレッサとの交渉を直接おこなった鷲祐だからこそ許されたとみて、いいだろう。 そしてここに『613番』が介在しているのは。 「私がエディコウンの干渉能力を受けないからよ」 アークリベリスタにもある程度知らされていたことだが、元々倫理観を持たず、プラントが副次的に生み出した感情や欲求を持たない半一般人であるところの『613番』はエディコウンやCCCシリーズとの接触に適しているという理由で、職員との間に立って情報や物資を受け渡す役割をもっていた。 ……といった事情をまるで感じさせない調子で、『613番』は述べた。 「さっさと済ませましょ。この会話をするのに、一秒いくらでお金がかかっているんでしょう?」 「らしいな。倫理破壊に対する研究結果と、残りのエディコウンの外見特徴についてだ」 「事前に聞いてるわ。研究結果については人体実験があまりできないから、確実な情報ではないんだけどいい?」 「現時点で確実な情報なら」 『613番』はメモを見ながら淡々と説明した。 エディコウンによる倫理破壊の影響は、エディコウンとの接触方法によって変化するとされている。 「簡単に言えば直接的コミュニケーションからどれだけ離れているかで影響が薄まるわ。最も直接的な接触を試みた場合一般人で15分、E能力者で30分で倫理破壊の兆候が出始めるわ。直接会話する程度であれば最短で30時間といったところかしら」 「えらく増えるな。会話以上の直接的コミュニケーションとはなんだ?」 「セックスよ」 「……」 鷲祐は口元を押さえて顔を背けた。 少女に卑猥な単語を喋らせたことに照れたのではない。 アークとアドプレッサの間に交わした契約の結果、彼女が実験目的で性的行為を強要されている事実に対する負い目である。 最短、と述べた以上複数人以上実験されているのだろうから。 「それと、外見特徴だけど」 「ああ……」 『613番』はなんともない口調で。 「わからないそうよ。エディコウンは同種どうしでも顔の判別がつかないみたいね」 「……そうか」 過去に接触したエディコウンのひとり、『アスター』の情報によればエディコウンはお互いに倫理破壊の影響を及ぼし合うため、可能な限り接触をしないのが常識だったという。 なれば、他人の顔も覚えまい。 「それと残りの三人。ダメリ、レペンス、グラコフィラスの目的だけど、『人類が敵に回った場合の対抗策の構築』ってことは伝えたわよね」 「ああ。細かい違いはあるのか?」 「これに関しては三人でチームを組んでいたらしいから、わからないわ。その後の足取りもつかめていないし。ただ……」 このあと、『613番』はこう付け加えた。 「レペンスが設計したっていうこの住宅街、『プラント』の設計思想に近いのよ」 ●倫理教育 一般的家庭を模して作成された民家のうち、ひときわ異彩を放っていた『絵本』。 涼子が予想したとおりに見つけた、あの時のままの絵本……と全く同じものが、ナウル ナウルの学校に存在していた。 「これが教材ですか?」 学校の教師に扮していた『BBA』葉月・綾乃(BNE003850)は、真っ赤な表紙の本をしげしげと見つめていた。 黒眼鏡の日本人男性が『それで何か問題でも?』と言うので、綾乃はゆっくりと首を振る。 特殊メイクによって現地人に紛れているとはいえ、深く観察されればアウトだ。監視状態におかれるわけにはいかない。 こうして学校教師に扮するだけでも、相当な言いくるめロールを突破している。外見だけでなく言動を完全に現地人化させることでようやく、と言ったところだ。 「絵本で教育ねえ……」 この世の全部に意味が無い。 この世の全部に必要が無い。 乱暴に纏めれば、そんな内容の絵本だった。 かつてアークが『集団一家非連続自殺害事件』の際に回収した本と同じものだが、綾乃にとっては初めて見るものである。 が、なんとなく。 どことなく、既視感があった。 たとえばハッピーチャイルド事件。『どうでもよさ』を変換する技術である。 子供には成長過程において一度だけ宇宙の真理が閃く瞬間がある。実際には次元のいくつか向こう側を認識しているのだが、知識と経験がそれを覆い隠し、現在時空に閉ざされるのだ。……などと言って、世界中の何人が理解してくれるだろうか? そしてなぜそんなことを、綾乃が理解できているのだろうか? 答えはひとつ。ハッピーチャイルド及びCCCシリーズが出力しようとしていた『宇宙の真理』を断片的に理解しているからだ。 黒眼鏡の男が前を歩く。 「あなたは初めてのようですから、私のやり方を見てください。明日からは一人でやってくださいね」 「ええ……」 綾乃は自分の記憶の中にある色々なものと、目の前を歩く黒眼鏡の日本人を照らし合わせた。 残念ながら合致するものは無かったが。 見る者が見れば分かっただろう。 姉ヶ崎。アークの前から妖刀『泰廃』を持ち去った男である。 授業の内容は異常だった。 というより、学校が異常だった。 ナウルの学校は人口二千人ということもあって片田舎のそれと同じだが、学費が無料だということで出席率は悪く、識字率こそいいが学力が高いかというとそうではない……と聞いていたが。 「あなた、年齢は?」 「47歳です」 教室は満席状態となり、老若男女が入り乱れていた。 そして全員が『普通のくらし』について勉強するのだ。 合間合間で姉ヶ崎が『何か質問は?』とたずね、手を上げた人間を教室の外に連れて行く。 その繰り返しだった。 それと見ているうちに、綾乃は『疑問をもった子』の行き先が気になった。 姉ヶ崎はそれを察したかのように。 「あなたも行きますか?」 と言った。 イエスと応えておくべきか、いなか……。 ●インフラ ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が潜入調査を始めてすぐに感じたことは、この島国の貧困さである。 どうやら電気は通っているようだが、発電所は数十年単位で機能しておらず、外国からの『難民支援』としてオイル式発電機による電力供給に頼っていた。しかも島内の五割程度しかカバーしていない。 なので通信機器は勿論のこと、ガスや水道もおざなりである。この中で下水処理だけはまともに機能している所を見ると、かつて存在していた施設を長年放置し、つい最近になってようやく正常稼働させはじめたと見るべきだろう。 だとすれば最近の異常な工業面での発展はおかしい。 「ん~、これはなんだかアヤシイですね~」 パソコンという言葉すら無い頃の技術でギリギリ動いていた発電施設から出て、ユーフォリアは髪を指に巻き付け始めた。 何が困るかって、鍵は閉めないネットワークはほぼ人力、挙げ句監視や警備の人員が存在しないのだ。得意のツールドマンや電子の妖精がこれでは役に立たない。さながら樹海のスマートフォンである。 「でも~、この分だと例の発電施設が別に存在してる筈なんですよね~」 きょろきょろと見回すユーフォリア。 と、そこで、道を歩く『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)を発見した。 独特のテンションで手を振りながら駆け寄る。 朔はちらりと彼女を見た後、まるで無視でもするかのようにそのまま歩き始めた。 横について一緒に歩くユーフォリア。 「どうかしましたか~?」 「誰かに見られている気がする。そのまま隣を歩け」 小声で言われ、ユーフォリアはおっとりと微笑んだ。 「この国からは確かに悪意を感じない。すれ違う誰もが朗らかで幸福そうだ。ここまで貧困ならスラム化していても不思議では無いのだが……」 「たしかに。もっとみんな無愛想だと思いましたね~。蜂須賀さんみたいに~」 「愛想良くしてほしいのか?」 「あやや~」 笑って流すユーフォリア。 朔は自分で言っておきながら、言い得て妙だと思った。 蜂須賀一族のもつ、『必要なダメージ』という概念がこの国にはたびたび見られる。 普通一般の倫理観を持つ者からは狂っていると思われるだろうが、これもまた正常な動作のひとつ……なのかもしれない。 「私は新生児棟に行く。来るか?」 「私はアテが外れちゃいましたしね~。ほかに例のものがあるとしたら~、ソコですし~」 そう言いながら、横を歩き続ける。 ●労働力 鷲祐が感じていたことでもあるが、この国の区画はあまりに変化しすぎていた。 まあ元々、建設中の建物が何年も骨組みのまま放置されていたような国だ。自発的な労働力が得られれば変わるものなのだろうが……。 「衛星写真に頼らなくて正解、でしたかね」 高所から見下ろしつつ、『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)はぽつりと呟いた。 彼女が見ているのはナウルをかなりの高所から俯瞰したような風景だ。 本来ナウル共和国は楕円形の島の外縁部に居住区がつまり、中央部のほとんどはリン功績を掘りつくしたはげ山で構成されているのだが。 「この広大な土地すべてが『工場』だというのですか」 事前に中兵衛が発見したと言う『新生児棟』もこの一角にある。 凛子は手持ちの車を駆使し、新生児棟へ向かうことにした。 ナウル東側海岸。一応観光スポットとされている奇岩地帯に、『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)はいた。 「ふむふむ、この程度は『やはり』ですみますか」 ある程度海を進むと、神秘能力でいうところの超幻視の膜が張られていることがわかった。 三尋木諜報員が幾度も連絡不能になっている時点で予想はついていたことだ。 ただ観察するだけでいいなら千里眼でも使えば済む話だし、なんなら衛星写真だっていい。 それがかなわない、もしくは『かなっていると思い込んでいる』のだ。 「隠蔽の仕方としては上等。あとは自分の『予感』が当たっているか、外れているか……」 海から出て髪をしぼっていると、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が駆け寄ってきた。 「シィンさん。よかった」 「どうも。見ての通り生きていますけど、緊急事態ですか?」 「いやそういう意味じゃ無く……」 風斗は迷った後、頭を整理しつつといった様子で喋り始めた。 「現地人がやたら話しかけてくるんです。それもにこやかに」 「なんだそんなこと。最低限のナウル語ならレクチャーされませんでした?」 「話しているとボロが出る気がして……」 「考えすぎでしょう。不振に思ったら即通報というケースを想定してるんですか?」 まあありえない話では無いな。 という予想と反して、風斗は苦悩した顔でようやく吐露した。 「いや、その」 ちなみにシィンは彼のこういうときの顔が好きだ。 『認めたくないけど認めざるを得ない』の顔が、好きだ。 「彼ら皆、働いた自慢をするんです。何日寝てないとか、どれだけ働いたとか。それをお互いに褒め合ってるんです。やたら嬉しそうにして……なんか、そういうの、俺、分かる気がして……」 「あー……あなたみたいな年頃のコはよくそういう自慢をしますもんねえ」 外見年齢こそ年下だが、シィンは熟年層のような口調で言った。 「この国の姿勢がうまくいっちゃいそうで恐いと?」 「……まあ、はい」 労働したならお金が欲しい。 お金を使って遊びたい。 できればお金だけを貰って遊んでくらしたい。 それが一番の幸せだと言われればまあそうだが。 自分がそういった感性をまるごと消失し、労働することが幸せになったとしたら、国はずっとよくなるだろう。 きっとみんなが助け合うだろうし、一人だけ利益を独占しようとしたり、犯罪に走ったりしないはずだ。 「いや、でも、なんか違うんです! 俺、よくわかんないんですが……!」 「まあそうでしょうね。自分に思い切り敬語で話している時点で、ちょっとどうかしてますよ」 「あっ……す、すまん」 「いえいえ。楠神さんの心のお役に立てて幸せですよ」 心にもなさそうなことを言ってのけるシィン。 言った後で、表情も口調も変えずにこう続けた。 「ところでこの世界についてどう思います?」 「……は?」 「世界ですよ」 急に何を言い出すのかという風斗の顔をまじまじと見ながら。 「自分の仮説なんですが。世界って、人間が認識していないと存在できないじゃないですか?」 「あ、ああ」 シィンは構わず続けた。 「ですが逆に、世界を認識する時っていつだと思います? 『この世界』とか言われても、ちょっとよく分からないじゃないですか」 「そりゃあ、世界がいくつもあると思っている一般人はごくまれだし、俺だって別チャンネルに言ったことはそんなに――」 「い・い・え」 シィンは。 「そうでは、なく」 一語ずつ区切って言った。 「『私』たちは本当にこの世界に存在しているんですか?」 「……」 えもいえぬ雰囲気にたじろぐ風斗。 「死んだら急に白いベッドで目を覚まして、今まで起きたことを忽然と忘れるんじゃないですか? それとも『私』たちは水槽の中の脳に管が沢山ついているだけの存在で、コード一本引き抜いたら何もかも消えて無くなるのでは? それともこの島に入って調査をしているなんて全部嘘で、実は自分たちはとっくに洗脳されて外から来るであろう味方を迎撃しようとしているのでは?」 「ちょ、ちょっと、ちょっとまってくれ! わけが分からなくなってきた!」 「でしょうね」 目を瞑って手を振る風斗。シィンはにっこりと笑った。 「今のが『世界観の混濁』という話術ですよ。一般人でもこの程度は出来るんです。確か……なんでしたっけ? ハッピーチャイルド? あの寄生アーティファクトも似た感じだったんじゃあありません?」 困惑する風斗をよそに、シィンは勝手に歩き始めた。 「世界というのは認識が全てですから、例えそれが夢や幻であろうとそこが全てなんですよ。少なくともこのナウル共和国は元から『閉じた世界』でできていましたから、エリューションなんていうスーパー不思議テクノロジーを使わずして世界を変えることもできるんです。『この程度』の変化、別にたいしたことないんです。問題はその速度ですよね。人間が急に変化する理由は大きく分けて二つ。はい、なんでしょうか?」 「せ、洗脳?」 「一個目からしてハズレです」 「じゃあ、心を入れ替えて……ん?」 「あー、それですそれ」 歩きながら手を翳し。 「入れ物だけが同じで、中身が違うパターン。あともう一つは、『裏の世界』が切り替わっているパターンですよ」 「…………」 頭を押さえる風斗。 脳内を色んなものが巡った。 健全化した市民。 急速に変化した国。 異常に向上した工業力。 風斗が目をつけていたタルパロイドとコアという技術。 精神の具現化と、生命のエネルギー化。 そこから導き出される『入れ替え』とは。 「国民を全部……入れ替えてるのか? タルパロイドに?」 「さあ? 今からそれを確かめるんですよ。ねえ?」 丁度そばにとまる凛子の自動車。 ウィンドウが開き、凛子が顔を出した。 「新生児棟へ?」 「よろしければ」 ●妖刀『歪(ゆがみ)』 人に言わせれば、『歩く廃刀令』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)はごうつくばりの迷惑者である。 よその人がめぼしい刀を持っていればそれを欲しがり、何本手に入れても足りぬという。 そんなことはやめろと誰かが言っただろうし、迷惑だと誰かが言っただろうが、リュミエールが考えを改めたことは今まで一度としてない。 彼女が彼女たるゆえんであり、いわば証明のようなものである。 だから今回もナウル共和国の異常や他者の嘆きを全て無視して、ここへ来たのだ。 目指すは妖刀『悪斬』。そしてきっとここにあるに違いないと踏んだ、妖刀『泰廃』。 悪を斬る刀と、悪を食う刀。 「ソイツは多分、アザーバイドを呼び出して利用するための道具なんジャネーノカ? 悪と次元を斬る斬界悪、悪と不幸を喰う難泰廃、世界を味方につける驕、世界を敵に回す厄、全てを写し取る乱……このパズル、どう考えても世界をコントロールする技術ダゾ。ただ一個不思議なのが『悪』の要素なんだよな。だから引っかかるンダヨ。引っかかってタンダ。でもエディコウンが関わってハッキリした」 リュミエールは目の前の箱を指さした。 高さ2メートル程度のタワー型コンピューターらしきもの。メインフレームとも呼ばれる巨大な箱である。 真っ白い箱で、側面には『機械仕掛けの神』。その下には『System/Yard/Narrative/Computer』。と刻まれている。 「悪は倫理が決める。倫理を作成するのがアンタだ――」 箱。 いや。 「アヤカシカカシ、もしくは『ホワイトマン』、もしくは妖刀『歪』。誰かの夢を叶える刀……ダロ」 『まあ』 接続されたディスプレイに日本語の文字が表示された。 『お前はいずれ俺を見つけると思ってたよ、廃刀令』 「私はオマエを見つけると決めていた。刀クレ」 『この期に及んでブレねえなあ』 どっしりとその場に座るリュミエール。 ここは新生児棟と呼ばれる施設から更に北に行ったところにある名称の無い施設である。 ナウル中央は五つの棟からなり、ここはいわゆる『特殊倉庫』にあたる棟だ。 「エディコウンは悪斬を知っていて回収してヤガッタ。何が目的ダ?」 『考えを聞かせてくれよ。お前の考えを聞きたい』 一秒ほど、沈黙。 「他のエディコウンを探してる?」 『半分は正解だ。この世界に流れ着いたエディコウンはフランチェティイ、ラクテア、アドプレッサ、ダメリ、レペンス、グラコフィラスの六人。そのうち二人は死亡。一人はアークが保護監視し、残り三人はこの国に集結してる』 「グラコフィラスは知ってる。カンボジアにもいた奴ダナ?」 『あと二人は誰だと思う』 「………………姉ヶ崎?」 『そのこころは』 「アイツ、悪を食う刀を持っても言動が変わらなかった。倫理観が最初から無いか、親和性があるかダ」 『まあそんなところだ。あいつの本名はレペンス。もとの世界へ帰れない場合を想定して、この世界にエディコウンを適応させることを目的としてる。人間とエディコウンを配合させてアスターっつう亜種を作ったりもしたが、最終的には人民を管理することの価値に行き着いたらしい』 「フーン」 どうでもいいな、という顔で生返事をするリュミエール。 『じゃあ、ダメリは誰だと思う』 「……」 リュミエールは考え。 考え。 考えて。 沈黙の果てに、ぽつりと述べた。 「オマエ?」 『正解』 ●新生児棟 ナウル中央プラント。五つある棟のひとつ、新生児棟。 ここにたどり着いた凛子たちは、警戒しながら通路を進んでいた。 幸いなことにセキュリティは甘く、警備もろくにされていない。 「それだけ自信があるのか、それとも潜入されることを考えていないのか」 「両方じゃないですかねえ」 通路を進みながらも、ぱたりと足を止める。 十字路の脇から足音がしたからだ。 顔を見合わせる凛子たち。 足音は二つ。速攻で片付ければバレないかもしれない。 凛子は深く深呼吸をしてから、絶妙なタイミングで飛び出した。 手袋をした手刀が相手の首筋で止まり、同時に日本刀が凛子の首筋で止まる。 「……ほう」 相手は、朔だった。 ため息をつき、手を下ろす凛子。 「出会ったのがあなたでよかったです。人によってはこのまま首を切られていました」 「いや、相手が誰でも斬るつもりだったが」 「……」 「彼女にとめられた」 「ど~も~」 後ろから顔を出すユーフォリア。 彼女は朔の腕をギリギリの所で掴んで止めていた。 「そちらは~、おひとりですか~?」 「いえ……」 目配せをすると、シィンと風斗が顔を出す。 「ここからは一緒に行きますか」 「その方が、リスクは少ないだろうな」 施設内はあまり広くない。脱出の難しさを考えるなら……。 「じゃあ~。ご一緒に~」 して。 屋内のマップを手に入れたというユーフォリアに案内されて来たのは、窓のついた小さな部屋だった。 窓からはより大きな別の部屋を覗けるようになっており、ここが古くは監視や指示のために使われていたことがわかった。 窓からのぞき見てみる。 「なるほど、これはいい観測ポイントですね」 凛子はそう言ってカメラを起動した。 窓の向こうには虹色髪の女が数人の助手をつれて作業をしていた。助手についているのは、見る限りだとこれまで潜入を試みた三尋木諜報員たちのようだ。 「エディコウン。グラコフィラスか」 「相手の性質から考えて、三尋木諜報員は洗脳されてるとみて間違いないでしょうね」 「なんだか、思っていたのと違うな。洗脳ってもっとこう、無理矢理あばばばーとやって目つきの悪いジャンキーみたいになるものかと」 「あなた宗教って単語をテロリストと同じ意味にとらえるクチでしょう」 「そんなことはない」 「しっ、黙って」 部屋にはいくつものキャスターつきタンカが置かれ、その上には妊娠していると思しき女性が一人ずつ寝ている。 グラコフィラスはその腹をひとつひとつ十手のような道具で『切り開いて』いった。 作業としては帝王切開だが、道具が明らかにおかしい。 「あやや~」 「あの性能、妖刀『泰廃』と見て間違いないな」 「つまり悪を吸っていると? 女性から? それとも胎児から?」 「へその緒の切断も行なっているところからして、おそらく両方でしょう。ですが一番影響があるのは胎児のほうです」 とりあげられた胎児はそれぞれ箱に入れられ、運ばれていく。 「さて、これから先はどうしますか」 「一旦引き上げよう。深入りすれば気づかれる」 朔たちはそう言って、その部屋をあとにした。 ●転生児棟 学校で『疑問をもった子』を選び出して連れてくる場所が、ここである。 それを知った時点で、綾乃は『やっちまいましたな』と脳内で思った。 施設の名前が『転生児棟』だったからというのもあるが、姉ヶ崎のことをついに脳内データベースから見つけ出したからというのが大きい。 そういえばこのデータ、姉ヶ崎が一般人かE能力者か明確に記載されていない。 今綾乃は、何者か分からない人物に案内を任せているのだ。 「ん?」 「おや?」 と、そこで、二人組と遭遇した。 知的な現地の女と、三十代前後の日本人男性である。 姉ヶ崎は彼らへにこやかに話しかけた。 「おや、一号さん。そちらのかたは?」 「どうも、自分は日本で貿易商をやっておりまして……」 「この国との貿易に興味をもったそうです」 名刺を差し出してくる男。綾乃は『これ以上人が増えて欲しくないなあ』と想いながらもそれを受け取った。 名刺には笠見・碧志(かさみ・あおし)と書かれている。 「この国の兵器工場をお目にかけようかと」 「なるほど。では二日ほど滞在して頂いて……」 話を続けながらも通路の先へ進んでいく二人。笠見は大学でゴマのすりかたを勉強してきましたとばかりの調子で綾乃に話しかけてくる。 綾乃はうんざりとしながらも、歩を進めた。 一方。 「……行ったか?」 「……行ったけど」 掃除用具入れのような狭い箱から、鷲祐と涼子が這い出してきた。 「なんだってアンタとこんな場所にねじ込まれなきゃいけないんだ」 「仕方ないだろう。今通ったのは姉ヶ崎という男だ。確か妖刀の所有者のはず。見つかったらタダじゃすまないぞ」 「だからって……ああ、まあいいか。アンタ、なんかホモくさいし」 「俺はホモじゃない」 「今言うことかい」 頭をくしゃくしゃとやって、姉ヶ崎たちとは別の方向へ進む涼子。 「どこへいく」 「さあね。ただ、臭うんだよ」 まるでその施設を知っているかのような足取りで進んだ涼子が行き着いた場所は、一枚の鉄扉の前だった。 引き戸だ。鍵はかかっていない。慎重に開くと、もう一枚扉があった。 木製の一般的なドアで、こちら側に開く外開き。 つまり、引き戸が閉じている以上絶対に開かないドア、である。 「くそっ!」 ドアを殴りつけそうになって、涼子はぐっとこらえた。 感情に震える手で、ドアを開く。 中には少女がひとり。 壁にはおびただしい数の眼球が埋め込まれ、少女をじっと見つめている。 鷲祐でさえ、表情を軋ませた。 「『強制的自己言及の部屋』……」 「ムーが連れていかれる筈だった施設……」 間接的にではあるが、彼らはこれを知っている。 同じものを知っている。 「こどもリサイクルセンタア……!」 場面は戻り、綾乃。 謎の人物姉ヶ崎。怪しい女。なれなれしい男。そんなメンバーに囲まれながら、彼女はある部屋にたどり着いた。 「こちらが『コアロイド培養施設』となっております」 「えっ……な、なんですかこれ……!?」 男性は明らかに取り乱していた。 当然だ。 大量に並ぶ大きな筒の中に、青白く光る正十二面体の結晶が浮かび、結晶にまとわりつくように人間のパーツが形成されていく。 はじめは足が二十本ある塊だったり八角形の眼球の集合体だったりしたが、やがて形を整え、成人男性や成人女性の形になる。 「いわゆる『壊れない人間』の製造工場です。彼らは精神的にも肉体的にも疲労しません。高い生産性と強固な倫理性を兼ね備えています」 「一般人の人格を一度洗浄し、エネルギー体に変換。そのエネルギーを元に人間を作っています」 「に、にに、人間をつくる!? ばかげてる! 神にでもなってるつもりか!」 「まあ、まあ」 取り乱す男をそっと押さえつける女。 「ひどい言いぐさじゃないですか。彼らは人間ですよ。犯罪を犯さない、争いを起こさない、よく働き、幸福を享受し支え合う、そのうえ病気も怪我もせず死亡しない。理想的な人類です。そう思うでしょう? リベリスタのお嬢さん」 「――ッ」 綾乃の背筋がぞくりとした。 最初からばれていた? それともこの長いやりとりで推察されたか? どちらにしてもピンチだ。 逃げようとする彼女の手首を、がしりと姉ヶ崎が掴んだ。 まるで手品のように日本刀を取り出す。知っている型だ。妖刀『悪斬』だ。 綾乃がつけていた特殊メイクが、どういう手口か一瞬で引きはがされた。 「まあそう嫌がらずに。すぐに楽になりますよ。なに、一回死ぬだけです。その後で、改めて私たちに協力して下さい」 「三尋木の諜報員と同じようにですか?」 「ご想像にお任せします」 刀を振り上げる姉ヶ崎。 これをくらったらどうなるだろう。 察するに、急に目をキラキラさせて『私が間違ってました! あなたのご随意に!』と勧善懲悪劇の悪役のごとく彼にひれ伏すことになるのだろうか。 そんなのは困る。 だが逃げることはできな――。 「ではおやすみなさい」 刀が振り下ろされる。 綾乃を切り裂こうとした、その時。 「はい、そこまで」 間に鎌が挟み込まれた。 それまで取り乱していた男性が急に身を転じ、女性を突き飛ばして綾乃を庇ったのだ。 その様子に驚いていると、男性は綾乃を抱えてその場から一目散に逃げ出した。 「いやあ危ないところでしたね」 「あの、笠見さんあなたまさか」 「名刺あげたじゃないですか」 「ええと……」 頭をぐるぐるめぐらせる。 笠見・碧志。 かさみあおし……kasamiaosi……aosimasaki……。 「わっかりづら!」 叫ぶ綾乃。 神秘ステルスと怪盗スキルを解いた『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419)はいい顔で笑って綾乃を放り捨てた。 「ほら逃げますよ! 皆に連絡を!」 「言われなくとも!」 AFに通信を入れつつダッシュ。 振り返ると、例の知的な女性が両腕をチェーンソーに変化させて追いかけてくる。 「そこを右に!」 「そこを左だ!」 三方向に分かれた通路で、同じく施設から逃げている途中の鷲祐たちにでくわした。 涼子は腕に少女をひとり抱えている。 「あのそれ」 「話は後だ! 急げ!」 脱出をはかっているのは勿論彼らだけではない。 新生児棟に潜入していた凛子たちも、AFの連絡を受けて海岸へと急いでいた。 車に全員をぎゅうぎゅうに詰めての移動である。 「とにかく海に出れば潜伏してる味方が回収してくれます。それまで我慢してください!」 「わ、わかってはいるが……」 男女比率4体1の車内で、しかも一番接触しづらい朔に身体を押しつけられつつ、風斗は窓の外に意識をやった。 窓の外。 バイクで走るリュミエールと目が合った。 それもウィリー走行するリュミエールである。 それも背中に段ボール詰めした2メートル程度のなんかを無理矢理くくりつけたリュミエールである。 「なにやってんだおまえ!」 「見てワカルダロ」 「わかるかぁ!」 ●ナウル脱出 かくして、リベリスタたちは無事ナウル共和国を脱出することに成功した。 成功したはいいが……。 「どうすんだこれ……」 ここはウェノ島のフォーウウ。ナウルから北西にかなり進んだ所で、日本に帰るための中継地点だと説明されていた。 古くは日本の軍事拠点だったこともあってそこかしこが頑丈で、現地人もやけに日本語で挨拶してくるという島である。 頭をくらくらさせた綾乃が『ここしってる冬イベのとこ』と言っていたが、無視した。 とりあえず、元軍事基地をまんま使っているという学校の校舎に入り、一段落というところである。 一段落した一同を前に、2メートル近い箱がディスプレイに文字を表示させた。 『よう、久しぶり。あれ、久しぶりか? なんか一方的に知ってる気がするんだよなあ俺』 「……」 箱。特にその側面を凝視して固まる風斗。 真顔のまま動かない鷲祐。 応急手当にいそしむ凛子。 鎮座したホワイトマン本体こと妖刀『歪』。 こころなしかどや顔(表情に変化は無い)のリュミエール。 もう知らんとばかり刀の手入れを始める朔。 なんか疲れて寝たい綾乃たち。 あと涼子が勝手に連れてきてしまった名前も知らない少女。 「なんだこれ……どうすんだこれ……」 「まあいいじゃないですか」 「妖刀と聞いて奪わなかったら私ジャネーダロ」 「ふむ……まあ、いいか。置いておこう」 鷲祐は眼鏡を直した。 「情報を総合して分かったことを、大雑把に言うとこうだ」 周囲の仲間を見回す。 「今のナウル共和国が海外進出をはかれば、人類が生存競争に負ける」 「……ソーナノカ?」 「人類を支配するとでも?」 『まさか。奴らはむしろ手助けしてるつもりなんじゃないか? グラコは啓蒙活動って呼んでたくらいだし』 「お前が言うな」 『おいおいよせよ、かよわい俺をいじめるなって』 ディスプレイに文字をはしらせるホワイトマン。 『必要な情報があったら可能な限りおしえてやる。だから俺を壊さないでくれよな、な?』 「…………」 風斗は黙っていた。 なんとなくだが。 こいつを壊したらとてつもなく悪いことが起きる気がするからだ。 咳払いする鷲祐。 「とにかく。奴らの活動を武力行使で止めなければならん。目標はグラコフィラスとレペンスの撃破、工場の破壊と停止だ。異論はあるか?」 「いえいえ、それでいきましょう」 シィンは腕組みをしてぶんわかぶんわか浮かんでいた。 「ただまあ、完璧な作戦を立てきれるかっていうと、半々ですけどね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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