●凪の終わり・逆凪 『逆凪派』とは国内最大手のフィクサード組織である。 一般人が自然と暮らしている世界を表として、神秘世界を裏とするならば、表裏に絶大な力を持っているといえる。 表への影響力だけであれば、財界に強かった旧『三尋木』派や、敵の敵にも交渉可能という広いパイプを持った『恐山』派も得手とする所である。 逆凪派が彼等と一線を凌駕する点として、彼等が用いる事が出来る強みを、逆凪も一定、用いる事が可能という点が重要だ。 万能なる『金』の力や、全能とも言える豊富な『人材』。信頼の積み重ねは、まさに国内のフィクサードシェアを何割も固定で持っているという実績に現れているのである。 昨今、裏野部派から始まった、国内神秘世界における秩序の崩壊は、いよいよもって、この最大手にも影響を与えていた。 賊軍と名乗って暴虐の限りを尽くした裏野部。白旗を上げる格好となった三尋木。蓬莱の力を得ようとした剣林。此度の逆凪は、自らが保有する『人材』という力の暴走と解釈できる。 即ち、内部抗争、兄弟喧嘩、その類。自らの強み『人材』が自らに牙を剥く格好であった。 「本当に不景気だねえ、役人さん」 「全くですよ、署長」 和を基調とした座敷に、ししおどしの竹の音がかつんと鳴る。 でっぷりと肥えた老人が向かい合い、料理に舌鼓を打っていた。 「桜田門は概ね、三尋木さん贔屓だったがね。我々下々の者にとっては、逆凪さんが最高だ」 署長と呼ばれた人物は、参ったなぁと言わんばかりに、禿げ上がった自らの頭をぺしんと叩く。 「『教祖』さん。惜しい人を亡くしましたわ。実入りの桁が一個違いましたからねえ」 「本当に時村ってやつぁ、美味しくないもんだな」 「『白河の清きに魚の住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき』も良い所です」 役人さんと呼ばれた者は、むさぼる様に蟹を喰らい、膨らんだ腹に下していく。 「おっとっ、手酌などいけない!」 「いやあ申し訳ない。ワハハハ」 役人が、大吟醸を手酌しようとして署長に止められる。 「ときに署長。最近、逆凪さんの御家騒動で、『直刃』という連中から何か来ませんでしたかね?」 「ああ、腹は決まっておった。若造に何が出来るって突っ返したわ」 「流石は署長。今日の逆凪 黒覇さんからのお話は、それ関係なのでしょうかな?」 「さて? 何でしょうな? そろそろ居らっしゃる時間か?」 署長は、大根の様な太さの毛むくじゃらな腕に備わった腕時計を見る。 次には忘れた様に、双方が酌を交わし、料理を貪り、歓談を交えて世間話を再開する。 程なくして壁をすり抜けて出てくる男が一人。 「――愚か者どもがのこのこ出てきたか」 目出し帽から斜視が見える。全身黒ずくめで、片手にはちぬれたグルガナイフを握っている。 「な、何だね、君は! 人の座敷に!」 「ご、護衛!!」 でっぷりした老人二人は、たちまち膳をひっくり返す。 「逆凪 黒覇に従う者は、聖四郎様の覇道には不都合だ」 ●逆凪死ね死ね作戦? -Pinpoint Shooting- 「つまりあれですよ。逆凪黒覇の協力者の中でも、特に深く関わっている連中が、まんまと『直刃』誘き出されて宴会している訳ですね」 『変則教理』朱鷺子・コールドマンが愉快にタンバリンを鳴らして説明をする。 「『アークとの交戦は不利益しか発生しない』って穏健に事を運んだのは、何も三尋木だけじゃないんすな。逆凪にも『万華鏡<カレイド・システム>』から逃れながら、利益を上げ続ける手段を強化した時期があるわけです」 「つまり、こいつらは、神秘に関係しない逆凪の収入源と?」 「ご名答。結構な重鎮連中が集まっていますよ! 全員ぶっ殺せば『逆凪』自体の地力をかなり削げるっす」 二人以外にも各業界の重鎮がおり、既に何名かは『直刃』の手にかかっている。 最速で駆けつけた場合、署長なる人物と役人なる人物を助けるタイミングには間に合う様だ。 「昔の事件ですが――通称『逆凪村』という、村ぐるみでケシ栽培を行っていた拠点が存在したのです。その村を逆凪の下位組織の宗教法人が管理していました。どちらもアーク解決済みですが」 この二人については、その宗教法人の活動を強力にバックアップしていた者である。 ケシ栽培を医療用として役所許可を出し、麻薬として流通される際の取り締まりも無視した警察署。その重鎮。世間一般的に、不祥事だとか、越後屋だとか、そういった悪党だ。 「一方で『直刃』も人死にを求めているのです。アーティファクト『proscriptio』による、アザーバイド召喚儀式のための供物を」 凪 聖四郎が従える『直刃』なる下位組織である。 『最大手』逆凪の力を生かして戦力を増強し、最近になって急速に力を付けた者達である。 野良フィクサードの勧誘、海外の魔術結社との協力体制、アザーバイドの召喚儀式エトセトラ。『直刃』が、逆凪の彼等を狩る事は、『逆凪 黒覇』に属する力を減退させ、供物も確保するという一石二鳥の所業である。 通常ならば、蛇らしく逆凪を丸ごと呑んだ方が利となろうが、黒覇に多く傾いた者は、聖四郎にとって不要と判断されたのだろう。 「斜視の男――『رعد』(ラァド)なる人物が実行リーダーです。中東出身。他『直刃』が保有するアザーバイドもいます」 海外の出の、足がつきにくい者を選んだと怪しまれる。 「今後の対逆凪に関係してくると思われますが、どうするかの対処はお任せします」 黒覇の勢力を削り、『直刃』も倒す。黒覇の勢力を助けて恩を売る。選択肢はリベリスタに委ねられる格好だ。 しかし、秩序を持って逆凪を管理し続ける黒覇の手から聖四郎へと渡った時、更なる戦禍が訪れる事は避けられないと考えられる。 ふとここで朱鷺子は、ロッカーの前に行く。 「この場所を提供している側も、『逆凪』です。なんならまとめて焼き払っても楽しいです」 扉に手をかけて、中からタンクとノズルがついた物体を持ってくる。 「うんとこしょ! 良かったらこれ使ってくださいな」 朱鷺子が平手でぺちぺち叩くそれは、火炎放射器である。 安心と信頼を現す『裏』という、何処かの組織の印章がある。過去に押収したモノらしい。 「皆さんの強さは実体験で理解しておりますが、無茶だけは絶対にしないでくださいね。約束です」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月16日(月)22:48 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●凪の終わり、逆凪の始まり 風冴ゆる中をリベリスタ一行はゆく。 くねった道を抜けて、十字路を横に切れて、真っ直ぐ行った先で、白い塗り壁が姿を現す。 鬼瓦が上に乗っていて、横を見ると塗り壁は遠くの方で切れている。寺や神社の規模を思わせる敷地の広さである。 「剣林が落ち着いたと思えば次は逆凪か」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は、今走ってきた右足を軸に止まる。 フィクサードのパワーバランスも随分と崩れて来たものだと考える。本件がまさにだと分析している。 少し後ろから付いてくるように『梟姫』天城 櫻子(BNE000438)も、足を止めて溜息を一つついた。 「悪事で私腹を肥やした重鎮が見事なまでに罠に嵌った図ですわね」 本当に愚かしい、と言葉を続けると、櫻霞は視線を櫻子に視線を向けて、再び塗り壁へと戻す。 以心伝心。同意と見て良かった。 櫻霞と、幻想クローゼットを用いて衣装を変えた櫻子の両者は直ぐに塀を越えていく。 「とうちゃく! なのだ」 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)であったが、その足が意外に速い。 早速、幻想纏いを広げて、見取り図を表示させる。共有のモードに切り替えると、塗り壁をよじ登る。 「ちょっぴり工作してくるのだ」 にこっと笑い、塀の向こうへと消えていく。 ほぼ同時に到着した、『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は、チコーリアの笑顔を受けて、頭を少し傾げる。 「何をする気なんだろうな」 首を正す。 「まあいい。VIPが居るところに向かうぞ。――料亭の従業員が殺されるのはなるべく止めたい所だ」 頭に叩き込んだ見取り図を想起しながら、塀を乗り越える。 庭園ともいうべきか、池があり、ししおどしがあり、松があり、タマイブキがある。 向こう側には純和風の屋敷である。天城夫妻とチコーリアの姿は既に見えない。 『静謐な祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)がふわりと降り立つ。 「結構……想像していたのと違う規模ね」 庭園付きの超高級料亭と怪しまれる。 手入れ具合も行き届いていて、実に美しいものがある。 「こんなに素敵な料亭で、血なまぐさい戦闘なんて……お食事を美味しく頂く場所なのに」 ここを利用している逆凪関係者も、決して綺麗とはいえない――むしろ悪に分類される者達ばかりである。 しかし、悪い事を企んでいる人達は、ちゃんと法の裁きを受けて貰いたい想いがあった。ここで死なせる事は、少し違うと考えている。 「お座敷! 育ててくれたパパやママと来たことあるよぉ、あのときはお魚が美味しかったなあ」 『天船の娘』水守 せおり(BNE004984)も合流する。 周囲を見て、昔を懐かしむ様に周囲を見回す。物心つく前後の原風景に近い。 『おっとっ、手酌などいけない!』『いやあ申し訳ない。ワハハハ」』 たちまち、その耳の集音装置が捉えたものは、悪い大人達の密談である。胸裏の懐かしみが何処かへ立ち去ってしまう。 「――っと。この会話の流れ、そろそろ事件が起こるよ!」 せおりが促すと、椎橋 瑠璃(BNE005050)が、その横に着地する。 「ハァ……悪党が悪党同士争うのは勝手ですが、アザーバイドの召喚の生贄にされるというならば、話は別ですわね」 双鉄扇の片方を広げて、本意ではないような複雑な表情を作る。 「だとしても、さらなる被害を防ぐためにも尽力するのが貴族の務めというものですわ」 油断無く、余裕も出さず。ストイックにゆく。 感情の起伏を知覚できる能力を張り巡らせて、侵入者へと備える。せおりに促されて、庭園へと左足を踏み出す。 「全くだ。殺すのはマズイ、と。面倒なアーティファクトだな」 『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)は、既に居た。 瑠璃に同意の音を出すまで、まるで音も無く。音も出さずに塀を超えてきたと怪しまれる。 「(――元とは言え殺し屋にはやり難い話だが)」 クリスは走りながら愛銃二丁のスライドを引く。 「だが、まぁやりようはある。なんとかするさ」 スライドストッパーが外れる、硬い金属音が、純和風の庭園に響き渡る。 ●無音の雷 チコーリアは厨房に忍び込む。 物陰に隠れ、忙しく働く従業員の隙を伺う。卓においてある山積みの茶碗を滑らせて割って音を出し、駆けつけた従業員と入れ替わる様に料理人の付近まで行く。 「お野菜を隠して、次は――」 結界を張りながら、野菜をいくつかくすねている。 また、小さなかばんから、丸めた新聞紙を出して火をつける。これを飯炊き用の薪や備長炭の袋へと放り、仕事は完了である。 トラブルを起こし、VIP達の部屋に従業員を近づけさせなければ、彼等の安全は一定時間確保できるという試みであった。主に料理人達への効果が絶大であった。 別所で櫻子は幻想クローゼットを用いて変装をした上で、従業員に呼びかけを行う。 「110番通報はしましたが、危険人物が中に居ます! 警察から従業員は全員料亭外へ逃げるようにと言われました! 避難して下さい!」 逆凪派と思わしき護衛と接触をする。 「何だぁ、アークの奴か? 何しに来た」 「……ッ」 一発で素性がバレるとは想定していなかった事態である。 事件概要、その他諸々を包み隠さず話すべきか否か。納得させるだけでの時間は果たして。 一方、櫻霞が署長と役人の座敷に駆け込む。 「何だね君たちは! 無礼だろう!」 「武装した危険人物がうろついている、さっさと此処から離れろ」 敵は何処まで来ているのか皆目見当がつかない。既にどこかの部屋で事が起こっていていても不思議ではない。 「危険人物だと?」 「き、きみたちは一体何者なんだね。おい、護衛っ!」 この愚鈍な応答を返された刹那に、背中に熱い痛みを覚える。 「何ッ!?」 「知らない戦力だな。黒覇派だけではないのか?」 背後からかかる声に対して振り向くと、目出し帽の男――ラァドが立っていた。 たちまち、障子を破って突入してくる者は、涼である。 「ベットするのはお互いの命。――さぁて、伸るか反るかだな」 カジノロワイヤルの気魄を纏い、振るった不可視の刃はグルカナイフで遮られる。 競り合う様な2つの刃の、柄の直ぐ下には、かのアーティファクトが宝石の様な、しかし鈍い輝きを放っている。 敵が言う。 「黒覇側の手練の数など高が知れている。俺はお前達の事など知らない。知らないとすれば、『アー――」 フッと耳から音が消える。そして視界も闇となる。 涼は刃と刃の競り合いを中断して、前蹴りで敵と距離をとる。同時に、額の上の暗視ゴーグルを下ろす。 「生憎だな。暗闇対策はこの通りだ」 確保した視野であったが、次に暗闇から一転、真っ白となる。 「っ! フラッシュバンか!」 闇に溶け込みながら配下と合流したと怪しまれるが、焼けた目で見通すことは出来なかった。 アリステアは闇を見通す事ができる。 座敷に突入して全容を把握したが、これを直接声に出して伝える事が出来ない。 いやさ、声を発する事はできるが、それは完全なる無音によって伝える事ができないのである。敵は既に3人いる。 「――逐次アクセスファンタズムで皆に周知するしかないわね」 ラァドの一撃を受けた櫻霞を回復しようとした手を止める。咄嗟に『3人目の攻撃』を引き受けた。 後衛が故、久しく受けていなかった一撃で大きく出血をする。 「危なかった」 3人目の攻撃は、一般人――役人と署長に向けられたのだから。 「避難を、誰か。早く!」 絞り出した声は、しかし無音に消えていく。 「あ! おじさんたち久し振りぃ!私、水守のせおりですっ!」 感情を読むことが出来るせおりが、アリステアの焦燥感から状況を察する。 せおりが、役人と署長の襟首を掴んで無音と闇から引きずり出す。位置が困難だったが、だいたいこういう時は隅っこで震えているものである。 「うち、武家とは言ってるけど時流に乗って『サイドビジネス』とか色々やってるしね! おじさんたち見たことあるよう!」 署長と役人は呆けた顔でお互いの顔を見合わせて、次に署長が口を利く。 「おおう、みなかみって――あのみなかみかね!」 「氏には我々も、大変お世話に――っが! 署長! それどころでは!」 せおりは、どたどたと逃げ出す二人の背中に、ひらひらと手を振って見送った。 再動。 振り返って、即座のアクセルバスターで突貫する。 暗闇と無音の範囲外からラァド目掛けて、キンッとという鍔鳴りを伴って袈裟懸けに下す。やや浅い。 ここに、場の一般人の避難が完了し、本格的な交戦の火蓋が切られた格好となった。 無音ともなれば、双方に影響が生ずるものである。たとえば発砲音が消える事で、奇襲を許す事もありえるのだから。 「こういった仕事をしていた者としては、羨ましい能力だな。つくづく」 クリスの弾丸が音も無く、ラァドの胴を穿つ。込められた力は殺傷能力ではなく、束縛の力が込められた呪縛の弾丸だ。 「だが、弱点にもなるな」 暗視に加え、猟犬の如き嗅覚を備えているクリスにとって、ラァドの能力は苦にもならなかった。 瑠璃が涼に代わってラァドの前へと立つ。 「素敵なお屋敷での狼藉――贅沢な事がお嫌いなの?」 ひらりと振る鉄扇から放たれた十字の光は、無音の闇に散るようにラァドを煽る。 暗視ゴーグルと感情の起伏によって、動きが分かる。気をつけるべきは神秘の閃光弾が故、もう一つの鉄扇で顔の下半分を隠すように構えた。 「――」 呪縛の弾丸で身を封じられたラァドであったが、暗視を持つ者にとっては何かを言っている様に見えた。 目出し帽の丁度口の辺りが細かく動いている。 それを知る術は無いが、血走った目が尋常ではない殺意を発していた。 ●暗夜の稲光を引き裂いて 場は、無音にして闇である。 キンと耳鳴りがするほどに、静寂が支配している。 闇を見通せない者にとっては、剣戟で生ずる火花であったり、弾丸が硬い金属に突き刺さった際に出る火花が見える。また感情を見通せる者にとっては、熱の篭った感情が入り交じる様が脳裏に焼きつくことだろうか。 別行動をしていた櫻子が合流する。 同行は逆凪のSPである。 たちまち、せおりがその雑踏、気配を察して発する。 「逆凪の人はおじさんたちをガードして! 今、護衛いないのよ! あなた達のプリンスの企みが色々あって、ここで人死にはなるべく出したくないの!」 『状況は分かった。安全が確認でき次第、加勢するぞ』 逆凪のSP達の中にハイテレパス持ちがいるという幸運を引き当てた櫻子は、すぐ相方の方へと向く。 「櫻霞様」 高速詠唱から放った神光破弾が、ラァドの配下の一人の腕を吹き飛ばす。 この櫻子が発した言葉は無音に消されてしまったが、神光破弾に気がついた櫻霞からは『よくやった。中々鬱陶しい連中だった』といった視線が返ってきたのであった。 櫻霞が直ぐに動く。 「さあラァドとやら、精々楽しもうじゃないか」 腕を失った敵配下の追撃をアクロバティックに避けながら、針の穴を通すような一撃がラァドの得物を跳ね上げる。 跳ね上がった隙に目掛けて、涼が得物を振るう。 刃がラァドの首を捉えたかに見えた刹那、ラァドは四つん這いに如く身を屈ませ、そのまま涼の腹部を狙って得物を横一文字に斬ってくる。涼はもう片手の得物でこれを防ぐ。 「――」 敵はスっと流れる様な動きで、涼の眼前から立ち去り――瑠璃を斬りつける。 「ダンシングリッパーの類ですわね」 瑠璃は鉄扇の一枚で流したものの、瞬息の腹部に敵の膝が刺さる。 直撃は防いだ。嘔吐感を堪えて反撃へと転じようとしたものの、敵の気配は眼前から失せている。 敵の攻撃は更に、せおりへと行く。 たちまち、袈裟懸けに熱を覚える。初手の意趣返しか何かか。 「(嗚呼、お気に入りのお洋服なのに)」 今、青を基調とする衣装に、赤い染みを滲んでいるのだろう。この痛み。握る武器に力が篭もる。 その攻防の応酬、得物と得物がぶつかる軌道は、稲光の如きものだった。 「――」 「(純粋に強いな)」 少し後ろにいたクリスは巻き込まれず、今の敵の動きを存分に観察できた。出来た上で、こう評する。 涼――ナイトクリークの精鋭と比較しても遜色が無い。 「オレはオレの仕事をするまでだ」 見れば、同類の二丁拳銃の名手が跳ね上げた弾丸で、既にproscriptioがグラついている。 ここで選ぶ一手は、針穴通し。続いて再動。弾幕世界である。 味方に決して当たらない、無双の弾丸の雨の中を、真っ直ぐに針穴通しが闇を切り裂く。 負傷していた敵の配下は、これにて戦闘不能とあいなって、またproscriptioもグルカナイフから外れて、転がっていく。 「――」 ラァドは手を伸ばさんとするも、すかさず涼が喰らいつく格好であった。 戦いは続いていく。 恋人を含め、全体に回復を担当するアリステアは、その合間に千里眼を用いて残る敵を探す。 何ともおかしい。 「優勢――だけど、魔術実験体の姿が無い」 その姿は一向に見えない。 座敷内で低空飛行を行い、皆が見える位置に居ると、ここでアリステアの首の裏に水滴のようなものが垂れて来た事を知覚した。 「上!?」 天井からとろりと滴る粘液が増えていく。 暗視から見たものは、この座敷の天井一杯に広がった魔術試験体であった。 「いけない。直ぐに伝える手段が」 幻想纏いを用いた緊急のアラートも無音で消される。 皆眼前の敵に集中している。涼の首を物理的に上に向けるべきかどうか頭に過った所で。涼は暗視を持っていない事に気がついて。そこで。 「スライムもどきは天井にいたのだー!」 チコーリアが、ゴォォォォと裏野部の火炎放射器で、天井を燃やし始めた。 合流し、無音の闇の中で天井を見ているアリステアの様子を見た格好である。 「真っ黒コゲになるといいのだー!」 猟犬の如き嗅覚、肌を伝わる熱による異変、天井に注目する仲間の姿。 無音の中でもこれだけの条件が整えば伝わるものである。 「ふう……備えてくださるかしら? 一寸、ラグナロクの再付与はできませんわ」 瑠璃は、魔術試験体のこの運用について、答えを見出す。 「逃亡用の囮ですわね」 撤退の感情の揺らぎを見た瑠璃は、逃がさないとばかりにジャスティスクロスを放つ。 「――ッ!」 ラァドから激情が向けられる。ラァドが瑠璃へと一歩を踏み出した途端。 ラァドの四方八方から、集中砲火が降り注ぐ。 最初に櫻霞である。 天井の魔術試験体を含めて、上と下へ全弾を撃ち尽くす。リロード。その対象にproscriptioも含まれている。 せおりが大きく前傾姿勢を作り、切っ先を遙か後方に持っていく。 「人魚なんて中東の人は知らないでしょ?」 巻き戻す様に、溜めた力から放ったディスティニーアークが、ラァドの両足を切り飛ばす。 「今回請けた仕事はラァド一味の撃退だからな。害がなければわざわざ殺すこともないんだが、な」 クリスの弾丸は、proscriptioを砕き、頭蓋を貫く。 「これで、ラァド。お相手の任務は大失敗だな」 proscriptioを砕く前にラァドに死なれては、ラァドが供物になってしまう。 涼が得物を握る。 「お前は……無罪でもなく、潔白でもねぇな。大人しくこの場で終わっとけ。殺しに来たなら殺される覚悟もしているだろう――?」 無音なんて知ったことではない。 涼のイッツ“ショウ”ジャスティス――正義の裁きが傭兵の首に一筋の線を刻む。 この日、涼にとっての最初にして最高の幸運と、ラァドの最悪の不運が重なった結果であった。 闇も無音も晴れる。 ラァドが死んだのにも悠長に、ここで頭上からハーオス試験体が降りてくる。 「あとは洗い流すだけ、ってね」 せおりが海を呼ばんとする。 「焼くだけなのだー!」 チコーリアは火炎放射器を構える。 ●逆凪の行方 その後、ハーオス魔術試験体の排除は、容易かった。 この場にいるのはアークの精鋭である。フェーズ2は腐るほど倒してきた者も多いのだ。 「流石に料亭で倒れてるとかシュールじゃないか。戦闘する事自体がシュールか」 涼は最後に首を竦めて、撤収に入っていた。 心残りといえば、ラァドとサシで戦いたかった事位である。 「無茶しないでね?」 アリステアが回復をかけてまわった際に。涼の胸裏を察して一言告げる。 「(ナイトクリークさんは沢山いるけれど、やっぱり一番かっこよく見えるのよね)」 櫻子も傷を癒して回る。 「今はどこも逆凪逆凪か。全くもって迷惑な話だ。死にたがりの介錯――こちらとしては大迷惑だが、まあ仕事だというならやむを得まい」 夫の櫻霞を入念に。 「完了ですわね、次の戦場に参りましょう……」 最も強敵であったラァド一味の死体は、魔術試験体との交戦の最中で消えてしまったか。 「逃げ遅れたvip は非殺のジャスティスクロスで無力化し司法機関やアークに差し渡したいものですわね」 瑠璃が呟く。 逆凪派は既に護衛に入っているから、おそらく難しいと思われた。ここは残念である。 「やっぱり音も何もないのなんてつまらないのだ」 音楽を愛するチコーリアは、鬱憤を晴らすように自らの楽器を手にした。 この弦楽器の音色が流れて、これの他には何もない。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|