● 「あ、兄貴。今から帰りかい?」 声を掛けられて振り向けば、背に竹刀入れを背負った自分とそっくりな顔立ちをした人物が立っている。 空木要には一人弟が居る。名前は空木慎吾、歳は一つ下で文武両道、性格は決して悪くなく寧ろ良い。 容姿はそこは兄弟なのか──そこまで差異が無かったのは幸運だったと言うしかなかった。 対する要は成績は余りパッとせず、クラブ活動も大した成績は残せていない。 自分は兄で、相手は弟。そんな事実がちっぽけなプライドを刺激して兄弟としての距離感が上手く掴めていなかった。 小さい頃は一緒に連れ立って何処かへ遊びに行ったりもしたが、今ではそれもさっぱりだ。 一体、何時から今の様な関係になってしまったのだろう。 切欠はくだらない物だったかも知れないし、そうでなかったのかも知れない。 今ではもうハッキリとは思い出せないけれど。 「今日は部活は無かったのか」 「ほら、顧問の池田先生がインフルエンザって学校で聞かなかった?」 そういえばそんな話を耳に挟んだ記憶が無いでもない。 「自主練をしようとも思ったんだけど、付き合ってくれる奴も居なくてさ」 この言葉の次、要は慎吾が何を言い出すかを知っていた。 何度も何度も断っているのに、随分と粘ってくる。 「なあ、兄貴。今度付き合って──」 内心でうんざりとしながら、たぶん、表情にも出てしまっていただろう。 俺はお前みたいに優秀じゃないから、そんな暇ないんだよ。 此方も何時もの決まり文句を返そうとすると、ドンッ、と誰かに突き飛ばされた。 そのまま体勢を崩してしまい、無様にもその場に倒れ伏す。 同時に、何かが壊れる様な、潰れる様な音が聞こえた。 聞いた事のない音だ、あぁ、けれど、どうしてだろう。 どうして、その音は──先程まで一緒に居た慎吾の方から聴こえてくるんだ? ビシャビシャビシャ、と何か液体の様な物が流れ落ちる音もする。 「っ……え?」 一体何が起きたのか。目を向けたくない、向けるべきでは、ない。 本能は目を向けるなとガンガン警鐘を鳴らしている。 ──あぁ、どうして、だ? どうして、そこには……腹に穴が空いて、身体に収まっているべき筈の内臓が辺りに飛び散ってしまっている、俺の弟の、身体があるんだろう? そんなに血を流してたら、死んじゃうだろ。 放心して、身動きの出来ない自分の耳に、一度だけ。 かぁ、と鴉の鳴く声と羽音が耳に届いた。 ● 「E・ビーストが現れた」 ブリーフィングルームに呼び出されたリベリスタ達に『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は本題を即座に切り出した。 「今回はどんな相手なんだ?」 「これまでも幾つか例はあると思うけれど、鴉のE・ビーストみたい。フェーズは2だね、数は複数。万華鏡に寄ると……一般人の兄弟が襲われてしまう」 兄弟が襲われてしまう場所は通学路、時刻は夕方である事を考えれば人払いをしなければ他の人間が現れてしまう可能性もあるだろう。 そうなれば被害が増える可能性は容易に想像出来る。 「作戦の目的はE・ビーストの撃破。可能なら一般人の救助もお願い、最速でその場に乱入出来れば兄弟は助けられる」 つまり、犠牲を最小限に抑えられる可能性が存在するという事だ。 最も、どう立ち回るかは現場のリベリスタの判断に委ねられる。 「兄弟って色々あるんだね。私には兄弟が居ないから分からないけど……何かを思う人はいると思う」 アフターケアはご自由に、とイヴは付け加えた。 「世界を崩壊から守るのは私達のお仕事。けれど、その中で何を為すのかを決めるのは皆の意思」 それじゃあ、いってらっしゃい。無事に帰って来てね。 そう言いながら手を振って、イヴはリベリスタを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ナガレ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月02日(月)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●CrossRoad 弟が俺を庇ったと理解したのは、間近に死が迫ってからだった。 どうして、お前が俺を庇うんだよ。 そう訊ねると、次に返って来る返答が分かった気がして、後悔した。 あぁ、本当に──俺は、馬鹿だ。 漆黒の翼を持った死神が視界に殺到する。 ──空木要の記憶は此処まで。 抵抗出来る訳も無く、後悔を得ただけの人生は容易くその生命は幕を閉じ、その生涯を終えた。 ●結末の転化 鴉が動き見せ始め、獲物に狙いを定めようとした瞬間。 「──させないよ!」 この場に集ったリベリスタの中でも最速へと位置する『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372) が鴉の興味を引くべく戦場へと乱入する。 突如現れた少女に兄弟は驚いた様子で、状況はしっかりと理解出来ていない様だった。 「逃げなさい、あの鳥は普通じゃないの」 『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)は状況を把握していないであろう兄弟に今この場で一番必要な事を端的に述べる。 「いや、けど……あんた達、一体何……」 要がその言葉に質問を投げようとその瞬間、1匹の鴉がルアへと鋭い嘴を向けて急降下する。そう見えた瞬間──優しい、深緑の光の色に輝く神秘の守りが彼女へと与えられる。 異世界の数多の命を育んだ緑の母なる守りは、物理的な干渉を全て遮断するのだ。鴉の攻撃は容易くその光に弾かれる。 「間に合いましたね、これで大丈夫です」 「ありがとう、ファウナさん!」 どう致しまして、と柔らかな笑みを浮かべた『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332) はこの状況程度なら何とでもなるでしょう、と悠然としている。 未だ、どう行動をするか決めかねている兄弟へと白衣を着た『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330) は歩み寄り、視線を二人の身体にさっと通して、笑みを浮かべる。 「ん、問題無いようですね。怪我もありませんし、至って健康そのものです」 診断を終えた凛子もまた、鴉の方へと向き直り手術用の手袋を幻想纏いから呼び出して執刀の準備を行う。 「はいはーい、こっから先は良い子は入っちゃいけないよってな。さあ、死にたくなきゃとっとと逃げな!」 「そこの二人、此方に来い。この場から離脱する」 既に強結界を張り終え、一般人の侵入へと対策をした『ティンダロス』ルヴィア・マグノリア・リーリフローラ(BNE002446) と兄弟を護衛する役割を務める『クライ・クロウ』碓氷 凛(BNE004998) も即座に合流する。 「そうですよ。私やイーゼリットさんが殿を務めて差し上げると言っているのですから、拒否権はありませんよ?」 ルアへと集まる鴉へ物理的な干渉を伴う闇を召喚し、牽制しながらちらり、とイーゼリットへと視線を向ける『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)。 イーゼリットは何故か寒気がした気がしたが、気のせいね!と忘れる事にした。 「分かった、俺達が居ても邪魔……なんだな」 「兄貴早く!」 分かってるよ!と、既に二人を守る為の体勢を整え終えている凛が二人の壁になりながらその場から離脱していく。 その様子を見送りながら、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439) はこれから切り開くべき道へと立塞がっている障害へと目を向ける。 「手早く片付けよう。結界があるとはいえ、誰かが迷い込むと危険だからね」 未だ戦意を失わずに攻撃を仕掛けている鴉を見て、ナイフを持つ右腕を構える。 その右腕は既に──勝利への道程を切り開く為の黄金の輝きを放とうとしていた。 ●運命の寵児達 要と慎吾を離脱させたリベリスタ達は、本格的な戦闘へと突入する。 一番の懸念であった一般人を無事に避難させる事が出来たその時点から既に趨勢は見えていたと言っても良いだろう。 今回の討伐対象である鴉のE・ビーストは既に幾つもの戦いを乗り越えたリベリスタ達にとっては強敵にはなり得ない。 方舟の運命の寵児達は既にその名声を世界に轟かせているのだから。 「獣の断末魔なんて、聞いても楽しくはないんですけれど……」 そう呟いた那由他の口端は言葉に反して、僅かに吊り上がっている。 「戦い自体は好きなんですよね」 飛び散る赤い飛沫、槍を突き刺した時の肉の千切れる音、軋む自分の骨の感触を思い浮かべて鴉へと仕掛けていく。 「さあ、もっと私を楽しませてください、ね?」 暗い闇を呼び出して、彼女は再度鴉へとそれを向ける。 自らの心に宿る渇望を満たすが為に。 しかし、残念ながら彼女の一部の願いはほぼ叶う事はないだろう。 空へと飛ぶ鴉達に対抗すべく、ファウナが取った次の行動は飛行を行える様にする為の翼の加護を付与する事。 さらには物理干渉を無効化する神秘を彼女は保持している。 鴉達が無い頭を回して、神秘の力に頼る攻撃を放った所で凛子が持つ鬼謀神算をさらに極め、神の謀としか思えない程の的確な指示が下されるのだ。 「術式執刀──切除」 凛子の手から放たれた魔法の矢は鋭く、鴉の翼を切り裂いた。 かぁ、と痛みから来る鳴き声を上げてそのまま地面へと叩き付けられる。 生命を助ける術を知っているという事はまた逆も然り。命を絶つ術を知っているという事の裏返しだ。 彼女の神謀とは、生命への理解が極まった一つの結果なのかも知れない。 「私が傷つけ、私が癒す……皆さんへ害意を及ばせる訳にはいかないですね」 「おっと、甘いね。オレを熱くしたいなら、もっと強くなって出直して来るんだな」 鴉からの攻撃を、身軽にひらりと避けてルヴィアは青く輝く飛沫を携えた剣技を見せる。 その芸術的なまでの冴えを見せる技の前に鴉は為す術も無い。 彼女にはどれだけの戦場を潜り抜ければそうなるのか、身体の至る所に傷が刻まれている。ならば、彼女に傷をつける存在というのは彼女の戦闘経験を超えうる存在だけだ。 故に、彼女はこの戦場では敗北する事は決して有り得ない。 「確か害獣認定されてんだっけ?だったら、遠慮は要らないな」 勇ましく笑った彼女の瞳が最早死に体の鴉へと、死の宣告であるかの様に向けられた。 一般人である二人を安全な場所まで送り届けた凛もまた戦場へ足を戻している。 戻る事はしないから、助けに戻って欲しいと兄弟に請われたからだ。 「護るべきモノを護るだけだ」 理想論を嫌う彼からすれば、助けられる範囲で命を救う事は当然の事だった。 「さて、と…壁は壁らしく立ち回るとしよう」 同時に凛から世界の終末の名を冠した加護が仲間達へと与えられる。 集いし8人のリベリスタは今此処に世界の終わりを告げる力の一端を得た。その力は最早E・ビーストを遥かに上回っている。 彼は凛子の前に陣取った。回復役を失えば余計な被害を蒙ってしまうからだ。 「有難う御座います」 礼を言った凛子に、後ろも向かず敵を見据えながら彼は言葉を返す。 「戦いの要を守らないのは、非現実的だからな」 ナイフと盾を構えて凛子へと向かう鴉を待ちうけ、彼は笑って返したのだった。 魔術の障壁で鴉の攻撃を防いで見せたイーゼリットはお返しとばかりにその魔術を披露する。 「……見せてあげる、あなたの羽より暗い音」 くすくす、と笑った大魔道とも呼ばれるに相応しい実力を持った魔女は、僅かに傷つけた自らの血から黒き鎖を作り出し、目の前に飛ぶ愚かしい鳥へとそれを放つ。 じゃらり、と音を鳴らして凄まじい勢いで迫るそれを鴉は避けようと翼を羽ばたかせるがもう遅い。 既に鎖の二本が両翼を潰し、さらにそれに追随するかの様に幾本もの鎖が足を潰し、身動きが出来なくなった所で最後には頭を潰す。 「あなた達程度の相手に、負けていられると思う?」 今はもう居なくなってしまった姉を思い出しながら、彼女は言葉を言い捨てた。 その様子を見ながら、ルアは自身の胸中を呟いて鴉と相対する。 「強くなったよね……」 ルアの時を切り刻み、氷刃すら生み出すその剣技に鴉達はその動きを封じられる。 彼女にとって、弟の存在は自身の魂の半分の様な物だ。 彼女は弟を大切に思っているし、その弟もまた同じ様に彼女を大切に思っている。 ふたりは、ふたつでひとつ。その思いは今も不変の自分達を形取る大切な約束だ。 だからこそ、要の気持ちは彼女には理解出来ない。しかし。 失えば後悔する。だからこそ、確信にも近い思いを抱き、その恐怖を知っている彼女は白の領域を振りかざす。 その思いを、要に知って貰いたくないが為にその力を振るうのだ。 「大切な人達を、奪わせたりしないから──!」 自らへと降り立った敵を前に、快は油断せずに攻撃の出方を観察していた。 今回戦いに参加したリベリスタの中でも特に歴戦と言って過言ではない守護神と呼ばれる男の戦歴は華々しい。 さりとて、この男は勝利を知っていると同時に敗北を知っている。 手が届けば良い、毀れて落ちていく命を余す事無く救える様に。そう願った末に彼は一つの幻想を蘇らせた。 かの伝承に残りし、ブリテンの王。 騎士王と名高き英雄が妖精より授かったとされる失われた筈の幻想──その名を。 「取ったぞ…! エクス――カリバー!」 その黄金の輝きに貫かれた鴉は耐えられ様筈も無かった。 羽は焼け焦げ、最早元が鴉であったかどうかも判別は着きはしない。 此処に、E・ビーストとリベリスタの戦いは幕を閉じたのだった。 ●伝えるべき事 「お疲れ様でした。怪我も、被害も最小限。一般人の方も無事に逃げる事が出来た様ですし……任務としては上々の結果ですね」 戦闘の最中、仲間達に被害が及ばない様に、と援護に集中していたファウナが皆に柔らかい笑みを浮かべて言葉を掛ける。 リベリスタ達に怪我が無かったのは彼女の功績のお陰だろう。 しかし、僅かにその表情に陰りが見える。 「……例の御兄弟にも何かしら問題がある様ですけれど」 その言葉に他のリベリスタも、様々な表情を返す。 戦いは終わった、後は事後処理を終えてリベリスタ達は本部へと戻るだけだ。 しかし、今回はそれだけでは留まらなかったらしい。 凛が二人と別れた場所へと赴けば律儀に要と慎吾はその場で待っていた。 「無事だったんだな、良かった。まあ、戻って来ないかも知れないとも思ったんだけど」 「兄貴、何度も行くのを止めた俺の目を見て行ってくれるかな?」 怒るよ?と慎吾は呆れた表情で溜息を吐いた。 「五月蝿いなあ……」 そんな会話をしている兄弟──主に要に対して、リベリスタは口を開いた。 「そう弟を邪険にするものではありません、引き止めていたのもあなたを守る為なのですから」 那由他はそう要を窘める。 「どっちが上とか下とか、細かいこと気にしてんじゃないよ若人」 「年の近い兄弟なんだ、少し歩み寄れば解決出来るんじゃないか……」 ルヴィアと凛もまたその言葉を黙って聞き入れている要へとアドバイスをする様に言い重ねる。 何かを考えているのだろう、黙っている要をその隣で複雑そうな顔を浮かべて慎吾は見守っている。 「お互いに遠慮しているようでは、家族とはいえないものですからね。言いたい事があれば、言えば良いですし。喧嘩をしても良いと思います」 凛子は黙っている二人へと言葉を向ける。 「いいじゃないか、違っても。兄弟だって、他人だよ」 兄弟だから、その自分と違う相手を認め、尊重し、大切にできる、かけがえの無い間柄になれるんだと思う。 穏やかな口調で快はそう呟いた。 「……何で知ってるのか、とか。聞かない方が良いんだろうな。色々、耳に痛い話を知られてるみたいで」 投げ掛けられる言葉を全て聴いた上で、リベリスタへと顔を向けた要の表情は苦々しくはあった物の、険の強い物ではなく。 「直ぐに実践するのは難しいと思うけど、俺なりにやってみるよ」 問題は弟よりも、俺なんだろうし、と肩を竦めて見せた。 「あ…それと、さっきの事、説明はしてあげられないの。悪いんだけど」 イーゼリットに対して、兄弟はそうだろうなと頷いた。 「ふふ、仲良しさんだね!」 シンクロして頷く二人を見てルアは嬉しそうに微笑んだ。 一方、イーゼリットは自らの記憶を掘り返していた。 そういえば姉が亡くなった時、私は泣いたんだっけ。 大嫌いな姉だったけど、どうしてだろ。 ──あぁ、けれど。今目の前に居る二人が、そんな事にならずに済んで良かった……かな? 「悪かった、何だか……特にそこの子には気を揉ませたみたいだ」 自分はどの様な表情をしていたのだろう、要は突然そんな事を言い出した。 「な、何の事だかさっぱりね!」 那由他はそんなイーゼリットをじっと眺めていたのだが閑話休題。 こうして、リベリスタ達の任務は無事に終わりを告げた。 今回助けられた兄弟とリベリスタ達の運命が交差するかどうかは──また、別のお話だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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