●夏の日のカップルもどき 太陽は頭上に輝いている。 木々や草花の陰影もくっきりとした爽やかな夏の日に、苦虫を噛み潰したような顔の少女が一人。 隣には牧歌的な周囲の風景から浮きまくる蛍光緑の髪色の男が立っていた。 「何でお前はこういうのを選ぶんだよ」 「えー。だってさくらちゃん、そりゃもう遠慮なくごってり警備付きでセコムばっちりな金持ちの家の爆弾でも吹っ飛ばない特注金庫に保管されたアーティファクトとか俺らに回収できる気なんか欠片もしないじゃん」 地を這う低い調子で出された声に、空と同じくからりとした声で笑い男は明るいオレンジのサングラスの奥の瞳を細める。 「だからってもうちょっとマシなのあるだろうが」 「地道なオシゴトって大切なんだよさくらちゃん具体的に言うとこれなら長時間拘束確実だし何しろ平和な牧場で二人羊と戯れるなんてまるでデートみたいだねキャッとか言えるよなとか考えたりしてないよ本当だよ」 「ほう」 「あはー、さくらちゃん首、首絞められると頚動脈狙われるとさすがに俺も落ちるからギブギブギブ!?」 「そのまま死ね」 「やだあああああさくらちゃんひどおおおおおおい!?」 「うるせぇ馬鹿」 「もっと罵ってえええええ!」 「……殺すぞ」 「やだ熱烈な告白に鼓動が収まらない。恋だと思うので共に墓に入るのを前提に結婚して下さい」 「……はやく帰りてぇ……」 最早完璧にうんざりした口調で男の手から首を離した少女――さくらは目前の光景を見て更にうんざりとした表情をする。 ここは牧場。 目の前に広がるのは、放牧用の広場。 無数の羊の目が、そこかしこに動いている。 先程のやりとりもじゃれあっているだけとしか思わなかったであろう従業員の年配女性が、目の合ったさくらに向けてにっこりと手招きしてくる。 女性の隣にある看板に記されている文字は、『ふれあいひろば』だ。 立ち直った男が、首元を押さえながら羊の群れを見る。 「ともかくさ手っ取り早く終わらせようよ。ほら終わったら何か食べに行ってもいいしさあ何がいい何でもいいよさくらちゃんの希望でほら羊に飽きたらうさぎとかもいるらしいしねえ何がいいかなさくらちゃんどうしたい?」 「とりあえずお前と一緒の仕事を辞めたい」 「えっ、仕事辞めて俺の所に嫁に来てくれる宣言なんてそんな大胆な俺朝はパン派だけど名前的にさくらちゃん和食派ならご飯でも問題ないよ朝が苦手なら俺毎日は無理だけど頑張って作っちゃうしああでも子供ができたらやっぱり毎日栄養のあるものあげたいよねそうださくらちゃん子供は何人が」 「黙れ」 「Yes,My Dear.……言葉にせずとも通じると信じてるぜ」 「……ほんっとウゼェなお前」 思わず顔を押さえたさくらを、羊が興味深げに見詰めていた。 ●夏の日のもふもふ 「家畜の個体識別耳標。それが革醒した」 晴れ渡る空を映し出したモニターを背景に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は簡潔に事象を伝えた。 牛や羊の耳についているタグ。 それが何の弾みにか革醒したらしい。 「この耳標自体には害はないけれど、装着している羊やその周辺がつられて革醒してしまうとE・ビーストになってしまう。それは避けたい」 幸い、耳標を付けた羊は観光用の牧場の羊。 おまけにそこの牧場は、動物と触れ合えるのが売り。 「放牧されてる羊と触れ合える広場がある。そこでさくっと探してきて。予算は日帰り用だけど、時間が余ったら遊んできて構わないから」 それなりに広い牧場には、他の動物も多くいる。 売店等も充実しており、ソフトクリームやチーズを目当てに来る観光客も多いとか。 「で、一応の注意。何でか分からないけれど、このアーティファクトを探しにフィクサードも二人来ている。一座木・さくらと蜂巣・ハルト。フィクサードと言っても、一般人やリベリスタに対する直接的な被害を出した事はないから、危険性は低いと考えられる」 映し出されたのは、十代後半であろう黒髪の少女とやたら派手な男。 「彼らはアーティファクトの回収をメインに活動しているみたい。趣味なのか何かの目的があるのかは知らないけど、渡す義理もないから彼らより早く見付けちゃって」 どうやら彼らも今回は完璧に乗り気という訳ではなく、見付からなかったらまあいいかー、程度のぐだぐだ具合らしい。 人目もある事だし、無闇に騒ぎを広げるより放置して先に見付けた方が手っ取り早く済む、というのがイヴの見解だ。 「まだ夏休みだし、書き入れ時の牧場と遊びに来たお客さんの為にも結界とかを使うのは避けておいてね」 お土産はチーズケーキでいいよ。 少女はそう締め括り、牧場のパンフレットを皆に差し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月31日(水)22:10 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 白い雲、吹き抜ける風は爽やかで、賑わう子供の声もまた行楽気分を盛り上げ、 「羊さんだー! かーわいいーモッフモフ!」 『Around70』雷鳥・タヴリチェスキー(BNE000552)、若干フライング。でも入り口付近からでも羊は見えていたのでセーフ。大丈夫、ちゃんとテンション上がった子供に見えてるから。実はちょっと暑苦しいな毛の多い動物はとか思ってるなんて誰も思わないから。 「お仕事で羊さんをもふもふできるなんて……! もしかして夢かしら、夢ならエレーナも背の高いイケメンに成長するわよね!」 うん、いたい。 こちらはガチでテンション上がって思わず頬を抓ってみた『Kryl?ya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)。何故だろう。仕事でもふもふできるのは本当だったのに胸に積もるこの悔しさは。頬を押さえて思わず遠い目。 正式平均年齢は大体三十一歳。 外見平均年齢は大体十七歳。 引き上げたり引き下げたりしている主な原因は、一世紀マイナス四半世紀程度、つまり三四半世紀生きているにも関わらず揃って幼い外見をしたこの二名だったりする。 何が言いたいかというと、全体的に低い年齢層のリベリスタグループはファミリー向け牧場でも大して浮いていなかったという事だ。 さしずめ『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)と『森の魔将。精霊に導かれし者』ホワン・リン(BNE001978)が保護者。そうすれば多分塾とかのイベントに見えただろう。 それに大方は本気で楽しむ為に来ていたので、一般人に少々変な集団として観察された所であっさり興味を失われていたに違いない。 「羊さんにうさぎさんー! もふもふー! ソフトクリームも目指して頑張る……!」 輪に入りきれず達哉の背後に隠れるようにしていた『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)がぐっと拳を握る。生えているふさふさの尻尾が嬉しそうに揺れていたのはリベリスタしか知りえない事実だ。可愛いのに。 「こんなにたくさんの羊ちゃんに囲まれるなんてぇ、幸せだよぉ♪」 ちょっと間延びした声に無数のハートを乱舞させる勢いで、『ラブ ウォリアー』一堂 愛華(BNE002290)が頬に手を当てた。もふもふだからね、うん。 だが、あくまで『大方』であって、真面目な人というものは何処にでも存在する。 「手は抜かん。例え相手が羊であろうとな!」 そう、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)のように。 アーティファクトである耳標を放置すれば、エリューションが増える事に繋がる。即ち、世界を害するものが、彼の憎悪するものが一つ増える事となる。そんな事は看過できない。 例え彼が実は動物大好きでもふもふしたいと思っていたとしてもだ。頑張れ。羊はつぶらな瞳で君を見ているぞ。 「ふっ、あんなチャラチャラしたフィクサードになど負けぬ! 私は仕事を終わらせチーズケーキ!」 本音が漏れて実はそこまで真面目じゃないのが暴露された『剣姫』イセリア・イシュター(BNE002683) だが、彼女は怯まない。だって大事だしチーズケーキ。旅行グルメ情報誌とか持ってる時点でかなり本気なのは間違いない。 夏っぽいキャミソールとショートパンツ的なあれで挑んじゃうぞ。 「えーと、つまり……フィクサードをもふもふしてソフトクリームを探してタグを売店で買って羊を食べれば……いいんだな!」 一人そんな次元さえも超越した奴――『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)もいたが、きっと大丈夫だ。思い出してくれる。そう信じている。どっちにしろ終わらせれば美味しいものを食べられるとは認識しているのだから大丈夫だ、比翼子先生の次回作にご期待下さい! ともかくバスから降りた九人のリベリスタは気合を入れて広場の前に立つ。 微笑ましい目で入り口のおばちゃんに見守られながら、雷鳥がびしりと羊の群れを指した。 「さあ、行くよ! 目指すはもふもふの中の」 「羊。素敵なの、かわいいの。羊はもこもこよ」 「って早っ!?」 気付いたら既に広場の中で『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)が羊をもふっていた。誰も気付かない内に先行していたらしい。だからさっき九人だったのよ。これが不条理というやつか。多分きっと絶対違う。 ● だが、いくら集団として不自然ではないとはいえ、そんな賑やかさにフィクサードが気付かぬはずもない。 ん、と顔を上げた蜂巣・ハルトが不可解気に首を傾げる。 「何やってんだ、サボんじゃねぇよ」 「いや、さくらちゃん、あれ」 ハルトの赤い爪が指す先を面倒臭そうに見詰めた一座木・さくらも眉を寄せた。 当然といえば当然だ、幻視は彼らには通じない。羽とか耳とか角とかが生え、というか腕がそも翼だったりする集団が『普通』に見えるはずもなかった。 僅かな警戒。 「あ、こんにちは」 「うわっ!?」 そんなものすっ飛ばして、もこもこの海からルカルカが湧いた。にょきっと。 どうやら屈んで羊と見詰め合っていたらしい。素敵。 ぴるぴるっと耳が震えて、また白い海にピンクの彼女は沈んでいく。 呆気に取られた二人の前で、大きな羊に鼻先でひっくり返されそうになりながら雷鳥が言葉を続ける。 「おたくらも探してんのかい。この暑いのにこんな仕事を選ぶたァ物好きだねェ……」 「探……え、羊の耳のアレ?」 うん。耳のアレ。 「えええ何それすげえ地味だと思ったのに実は世界の破滅を導く古代文明の遺跡の鍵だったりするのあれ」 「んな訳ねぇだろ」 上半身を羊に乗っける形で喋り通すハルトを切り捨て、さくらは胡乱気にリベリスタを見回した。 「うん俺もさすがに夢見たなと思ったよそうだとしてもどうせ色々なアレソレで使えないだろうから宝の持ち腐れってやつだけどねーああでも届けりゃボーナス出るかもねーさくらちゃん」 「宝くじ当てるより現実味ねぇよ」 「……あの人って……可哀想な人?」 意に介さず喋り続けるハルトを見て、控えめな文でも思わずぽつりと漏らしてしまったのは仕方あるまい。 が、その影響は彼女が思った以外の形で現れた。 やあだひどい、とか何とか言いながら笑って文を向いたハルトの顔が、再び訝しげになったのだ。 「ん。あれ。さくらちゃん、あのちまっこい子見た事あるよ俺」 「……お前変態の上にロリコンなの?」 「ちょっと待ってさくらちゃん前提の変態から否定させて頂きたいんだけど変な意味で知ってるとかじゃないからっていうかそれ相手さんにも失礼でしょあれだよあれなんだっけほらあの新しい所あそこら辺の情報流れてきた時にあの耳と顔ちょっと見た気がするんだけど」 ちなみにひそひそ喋ってるつもりらしいが、特に隠す気もないのかフルで丸聞こえである。 ロリ扱いされた文はどうしたものか迷いながらもちゃんともふもふ探していた。健気。 「アークカ?」 「そうそれってまた何か出た」 肉の乗った紙皿片手に柵に寄り掛かるホワンに頷いたり身を引いたりしてみるハルト。 もう色々を気にするのを止めたか、そんなハルトは放置してさくらが舌打ちする。 「って事はリベリスタ連中か……」 「うん。でもルカたちは戦うつもりないよ」 またルカルカが湧いた。 それだけ言って羊をもふる作業に戻るルカルカ。だってお仲間だから。一緒に耳をぴるぴるさせてみたりする。ちょっと薄い耳が震えるさまは実にプリティ。 それにちゃんとお仕事もしているのだ。二人が他の仲間に気を取られている隙にも、羊の爪先に記された赤いマークは少しずつ数を増やしている。 剣呑な目付きとなったさくらをハルトが宥めるべく口を開くより先に、ずずいと比翼子が進み出た。 張り詰める空気。 「言い忘れたけど先に言っておこう! あたしにはそこらのリベリスタが一撃でぶっとぶ(音とエフェクトが出る)必殺技がある!」 「それ言い忘れって言わないような気がっていうかふっ飛ばすのリベリスタなの仲間内で何してんの!?」 「うっかり言い間違いだ揚げ足を取るな! ともかく我々の邪魔をするとそのすごいスキルにより……すごく野次馬が寄ってくる! あと羊は多分みんな逃げる!」 「わあすっげえ本末転倒だよすごくないこのひよこさん」 「なぜあたしの名を知っている! つまりお互いめんどいからなかよくやろうぜ!」 「えっマジそれ名前なの俺ハルトって呼んでねってしかも地味に脅迫だよこれ望む所だけど!」 出会って五分。 黄色いひよこのお陰で、何か知らない内に休戦協定が結ばれた。 ハルトの後頭部を伸び上がったさくらの蹴りが捉えていたが、気にするな。 その先でもふもふに埋もれたエレオノーラがものっそ幸せそうな顔をしていたが、そっちも気にするな。 ● なんだかんだ済し崩しで羊をもふる若者という牧歌的な風景を続ける事となった九名(ホワン肉焼き離脱中)+二名。 不機嫌そうな表情で羊の群れに飲まれるさくらが近くに来たのを見計らい、愛華がするりと横に並ぶ。 黒髪の少女は睨み付けてくるが、その程度で怯んだりはしない。 にっこり微笑み、羊越しに話しかける。 「やっぱりもふもふするの好きぃ?」 「好きで来てんじゃねぇよ、うるせぇな」 無愛想ながら返事はきた。ふふー、と満足げに笑みを零した愛華は更に言い募る。 「えぇーだって年一緒くらいだよねぇ、高校生? 普段はなにしてるのぉ?」 「……アンタよりは上だよ、分かったら寄んな」 あからさまに邪険にされてもめげない。だってこれは妨害も含めているのだから。作戦の内である。 だから次の質問も別に、恋に意識の半分以上を奪われるお年頃の乙女からの好奇心だけではないのだ。 「ね、あの人は彼氏さん?」 「殴るぞ」 最後だけ本気だった。目が据わってた。 そんな少女らのやり取りから少し離れ、程々に羊の間を渡り歩いていた達哉が何気なさを装ってハルトに近付く。 「食材として羊を見るのは好きだがこういうのはあまり気が乗らないな……。ハルトだったか、あんたもそう思うだろ?」 「んー。食べるのも好きだけど動物見るのも嫌いじゃないよ俺お仕事じゃなければもっといいんだけどさデート的に」 笑いながら羊の波に飲まれているハルトには特に刺々しさや敵意は見られない。 名乗る達哉に軽く頷きを返しながら、ハルトは興味深げに他のリベリスタへと視線を向けた。 「っていうかそっちこそ何やってんの合コ、にしては年齢若すぎる子多いし比率合わないよね何アークは遠足とかそんなのあんの」 「遠足とは違うが……まあ、比較的気を抜ける依頼なのは間違いないな」 「ああそうよね俺はともかくさくらちゃんとかあの羽生えてる子らとか姿隠しっぱなしで大変そうだもんねえ」 俺はともかく、という事はハルトは恐らくジーニアスだろう。さくらは超幻視を使っているのか、それとも外からは分からないメタルフレームやビーストハーフ、はたまたヴァンパイアの類か。 曖昧ではあるが情報一つ。 達哉は笑いながら、眼鏡の奥の目を細めた。 二人を見詰めながら、イセリアはひたすら羊をもふる。 忘れてないよ、大丈夫。ちゃんと印だって付けてるんだからね! 何故か彼女だけ耳の裏につけているが些細な問題だ! まあフィクサードに察されず印を付けたいだけなのだから、耳を見た時にリベリスタが分かれば結果的に大した問題にはならないだろう。 例え赤い印に気付いたとしても、そもそも集団で効率を考え耳標を探しに来るなどと思っていない二人は牧場の方で付けた判別や検査用の印としか思わなかったに違いない。 それに彼女の行動はハルトへのアピールでもあるのだ。 性格について詳しく言及するのは避けるが(残念なので)、スタイルで言えば十分に『オトナのオンナ』であるイセリアはその魅力を遺憾なく発揮している。 が、残念ながらハルトの視線はたまに向くものの釘付けには至らない。軽薄な言動はともかく本気でさくら一筋なのか、それとも本当に変態とかロリに入る嗜好なのかまでは判別不能だ。 ならば、とイセリアの背後から、今度は焼いた肉を紙皿に載せたホワンが現れる。 こちらもスタイルは抜群だが、狙いはそちらではない。 「おい、ラム肉はどうだ、うまいゾ」 漂う香り。羊をもふってる最中に良い匂いをさせるラム肉乱入とか物凄く生死の無常を感じさせる光景な気もしないではないが、今はそれについて考えるべき時ではない。 「あっやだ何それ羨ましい」 「ビールもあるが、どうダ?」 「やあん綺麗なお姉さんにお誘い受けたら超行きたいけどここでサボるとさくらちゃんの機嫌が斜めどころか垂直になって俺の頭上に落ちてくるからちょっと無理かなーとか」 「何、あちらも誘えばイイ」 「そりゃいいねえ。あっちの子にはあたしがミルクでも奢ったげるよ」 「やだ割と男前ねお嬢ちゃん何者なの。あー、でもねー……さくらちゃんリベリスタの人ら嫌いだから……」 笑う雷鳥に視線を落とし、濁された言葉、困った様に笑ったハルトが黒髪の少女に視線を向ける。 愛華と距離を置いたさくらは黙々と耳を調べていた。調べる横から別の羊が突っ込んできて群れがバラける。 少女の動きが一瞬止まった。 が、まためげずに探し出す。 ちょっとシリアスっぽい感じになったのに和む光景になった。 が、シリアス要員は別に存在する。というか真実この人しか存在しない。 さくらが手を伸ばした先、エリューションにだけ見える機械の腕が羊を掴んで己の方を向けさせる。 別の羊。また伸ばされる少年の腕。 「んだよ」 「悪いが、悪用されては困るからな」 舌打ちし睨み付けるさくらの視線を受け流し、優希は見えない様に蹄に赤を付ける。 ちなみにこの口紅、購買部で自前で買った。彼女へのプレゼントとか言い訳を使えば良かっただろうに。依頼で必要って言えば無茶しそうでお母さん心配です。 「悪用。流石世界を守るリベリスタ様は言う事が違うね」 「ああ。お前がフィクサードならば、何処までも邪魔をしてくれる」 「さっき戦う気はねぇとか誰か言ってなかったか?」 「今はな。だが、いつかは命の奪い合いになる可能性もある」 嘲りを交えたさくらの視線を、真っ向から受け止め優希は告げた。 年の頃は自身より少しだけ上だろうか、さくらへ向ける視線に混じる感情は変えようがない。 が、返る視線はあくまで冷めたもの。 「その時は殺してやるよ」 沈黙。 鳴く羊。 めえ。 背景はどこまでも牧歌的だったが思い出さないでいい。 さくらの横では羊が別の羊の毛を食んでたりしたとか。 優希の機械の指を羊が咥えてたりしたとか。 そういうのはなかった事にしておこう。 緊張だか緩和だか分からない空気を破ったのは、イセリアの一言。 『聞け。もうキスはいらない』 幻想纏いを通じて全員に伝達された言葉。 振り向けば、イセリアが(飼育員のお兄さんに背を向けつつこっそりと)耳標を掲げた所であった。 ● ハム! ソフトクリーム! 羊! 比翼子が叫んで走り出し、道を誤ってまた広場にとっこんできてからしばし。 リベリスタは思い思いに牧場を楽しんでいた。 事前の約束通りソフトクリームを少女らに買った達哉は、実はハルトに話しかけた後は離脱してサボっ、補給部隊に徹していたりしたのだが、今は過去の事だ。 「わぁ、牧場のソフトクリームって、ほんとにおいしーい!」 「文、鼻の頭に付いてるぞ。ほら、ルカルカも。溶けるだろう」 「んー。もう、少し。遊ぶの」 もふもふもふ。 ルカルカが羊なのか、羊がルカルカなのか。 そんな馴染みっぷりを披露しながら、羊のビーストハーフの少女は戯れ続ける。 飼育ブースからは少し離れた専用の売店付近では、ジンギスカンwithミルク盛りが催されていた。 「ほら、タンと食エ」 「こんな天気のいい日にバーベキューとかいいよねぇ。……あの子が一緒じゃなかったのは残念だけどぉ」 愛華に向け慣れた手付きで肉を焼きながら、自分の口にもラム肉を運ぶホワン。少し甘辛いタレが絡められたそれは臭みも少なく、柔らかく喉を通る。 「ま、仕方ないね。所でこのミルク美味しいよ、飲むかい?」 「わぁ、頂きますぅ♪」 「ふ、リベリスタはソフトクリームを落としても泣いたりなんか……クッ!」 「……新しいの買ったげるから、上を向いて涙隠したりしない。で、お前さんはチーズケーキ食べたいのかい。食べな食べな。若い内はたくさん食べとくもんだよ」 「い、いや、これはイヴに土産をだな……!」 そしてもふもふ満喫。 「ふ、見付けてからがエレーナの本番よ」 存在しない眼鏡をくいっと上げて、エレオノーラは牧場を見回した。 「うさぎは小さくてもふもふして可愛いし、山羊は瞳孔が横向きなのがちょっと怖いけど餌を食べてる姿は面白いし……」 あ、牛は美味しいわね。 一つだけ『好き』の括りが違う気がしたが、仕方ないじゃない、にんげんだもの。 うさぎの広場で野菜をスカートの上に乗せて待てば、うさぎが寄ってきてキャベツを齧り始める。 金髪のふわふわろりろり少女(外見)が膝にうさぎさんを乗せている図。 その手の人がみたらときめきで地面を転がりかねない。 「ああ、幸せってここにあったのね……」 舌で溶けていくアイスの冷たさと、膝の白い温もりを感じながらエレオノーラはうっとりと顔を綻ばせた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|