●フグ漁体験 『文筆家』キンジロウ・N・枕流は腕を組み、首をひねった。 枕流はアークのリベリスタである。力量は十と余を数える陰陽師である。 昨年、函館の蟹漁体験で知り合った漁師の老人から、フグ漁を誘われた経緯で、今はフグ漁船の中である。 「――それで、お嬢さん。剣林のお偉方にフグ漁に行けと言われた訳ですか?」 フグを釣るための『はえ縄』の設置を終えて、老人が用意した安酒を飲んでいた時分であった。 相客は、齢十代後半ばかりの女子が一人。革醒者で、名を黒桂という。酒が飲める歳ではないのか、オレンジジュースであった。 「富士山では足手まといだったのでしょう」 枕流が話を聞くに、正確には剣林の所属ではない。 何でも彼女は武者修行をしているらしく、剣林に逗留していた旅客であったらしい。 「次は何処に行きましょうかね……」 女子は、悔しそうに眉をぴくりと動かし、次に溜息混じりに言った。 アーク対剣林の決戦の結果。つまりは逗留先を失った格好であるのだ。 「三高平はどうですかね? 良いところですよ」 「よく考えておきますね」 ふむ、と枕流は首を正す。 文筆家を生業をしている以上、理解できる事として『いわゆる婉曲なる否定形』とされる返答であった。 何を語るかを窮するうちに、会話はそこで途切れる。 居た堪れない様な中で、ふと漁師の老人が甲板から降りてきた。 「やあやあ寒いね!」 老人は手近な発泡酒をプシュっと開ける。 「がんがらがんだお嬢さんも枕流先生も、おもっくるしい空気するね! フグだ。ひれ酒が楽しみだぁな」 カーっと老人は発泡酒を一気に呷り、勢いで重たい空気を消し飛ばす格好だった。 共通の話題さえ得れば、会話は再開されるものである。とりとめのない歓談を交えて、フグへの情熱を語りあい、時間が過ぎていった。 『ギョッギョッギョー! 停船せよ!』 ある時に、どしんと、船が揺れた。 船体が傾く。歓談が破られる。何事か。 「何だい? ソ連か!?」 船長の老人が驚いた顔をして左右を見回す。 「私は産まれてこの方『ギョッギョッギョー!』などという笑い方を知りません」 枕流が振り返って言うと、老人は眉を八の字にして、一寸疑問の様に唸る。 「私も知りません――甲板でしょうか?」 女子が言うと、三人は上へ駆け出す。 日が暮れかけている中を、モヤモヤと海煙が霧の様に視界を遮り、向こう側に函館の光が見えている。 横を見ると、何やら球体の如きものが、グッグッとおしくらまんじゅうのように、船を傾けている。 クジラか? 否。 「停船するまえに停めてるじゃないか」 「フグですね」 青と白の文様のような皮、ぷくぷく膨らむ身体。即ち巨大なフグであった。 『いでよ! あわらフグ!』 どこからか、卑屈そうな甲高いおっさん声が響く。 響いた途端、飛沫が上がり、立派なフグ達が海から跳ねて甲板に踊り出る。活きよく跳ねまくりながら、三人を包囲するように迫り来る。 ●旬の味覚 「E・アンデッド、識別名『大あわらフグ』を撃破する」 アークのブリーフィングルーム。『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、端末を操作しながら言った。 「場所は函館から北に上った海上。リベリスタがフグ漁体験をしていたのだが、神秘事件に遭遇する」 映像が出る。 船体を傾けるほどの馬鹿デカいフグである。 「巨大フグは食べても問題無いだろうが、若干、食欲が失せそうな注意がある」 映像が拡大される。 巨大フグの頭――普通のフグの頭がある部分に、おっさんの上半身が生えている。おっさん部分は人間サイズで、水死体めいた白い肌をしている。 「敵は自爆するフグを次々と召喚する。威力が高めだ。勿論、巨体の尻尾で薙ぎ払われた時の威力は言うに及ばず。また、おっさん部分から痺れる光線を発射してくる」 痺れる光線――テトロドトキシン、毒物か。 「既に高速船を手配してる。自爆するフグが三人を包囲する前に駆けつける事ができるだろう」 ここで、リベリスタの一人が手元の資料を捲りながら挙手をする。 「一般人の漁師一人、リベリスタ一人、もう一人は?」 「万華鏡でも詳しい事はわからなかったらしい。革醒者である事くらいだ」 剣林の残党であろうか。しかし、事を起こす気は一切ない様だ。 でなければ、のらりくらり会話をしている枕流が無事な理由もない。フグの力か。 デス子は、一つ溜息をついて内線電話に手を伸ばす。これから内線がかかってくるのを予想しているかの様だ。 「体感マイナス30度だ。ホッカイロ、防寒具、ゴーグル、ドライスーツ。防寒具はある」 七輪、ビールに日本酒、オレンジジュースに烏龍茶、食器も用意がある。 「でかいおっさんフグを食べるのか?」 「爆発するフグのほうが美味いらしい」 成程。フグ漁だ。 程なくして、内線がかかってきて、待ち構えていたデス子がとる。 沙織かららしい。あるアークの職員がクリスマスの時に無茶をした結果、残務が生じ、ここに留守番が確定した様子だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月06日(金)22:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●海は人間に真実を齎す 光る蒼海を、高速船が切り裂いてゆく。 遠くの海は、日の光に応うるがごとく。海煙で応えざるがごとく。満面、光の色を垂らした様な表情を浮かべている。 なんとも見事な冬の海である。 「さ・む・い!」 『天船の娘』水守 せおり(BNE004984)は、身を震わせていた。 ふと高速船の外に出たのであったが、これがかなり辛い。目的地はいずこか未だか。 セオリは人魚のアウトサイドで元・鮫であるが、南洋種であったのだ。なんてこった。 「お兄ちゃん、寒くないの?」 「寒いですよ?」 せおりと一緒に外へ出てきた、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が柔和に返事をする。 義衛郎はカイロを握って切っ先が鈍らない様に務めていた。 「でも、任務を完了すれば山盛りご飯だヤッホーイ!」 「そうですね。しっかりとやりましょうか」 かく、向こう側で、豆粒の様に事件の船が見えたのである。 もう直である。二人は船内へ戻って、これを伝える。 「フグ食べ放題だー☆ 超頑張る!!」 一寸の空白の後に、たちまち『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が盛り上がった。 「デス子さんが用意してくれたドライスーツ、ゴーグル、防寒具を装備☆」 いやあ有り難い! 最高潮とばかりに、キャッホーだ。 一方、対照的に『トライアル・ウィッチ』シエナ・ローリエ(BNE004839)は、到着の知らせに、目に光が戻ったか程度の反応であったが。 「今日の任務は……フグ刺し。そう、フグ刺し」 極めてマイペースに、囁くように、うわ言のように、独り言のように言う。それなりにテンションは上がっているのである。 ふと、終が少し気になって問う。 「寒くないの?」 問いに対して、シエナは念の為にカイロをお腹にぺたんと貼る。 「こんなスーツだけど、寒いと思ったことない……よ?」 この日集ったリベリスタ中で、二番目に薄着である。寒暖耐性は伊達ではないのだ。 一方、寒暖耐性が伊達になりかけているのは、『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)である。 「ほんっと、馬鹿じゃないの? 寒暖耐性持ってても、寒いものは寒いのよ」 ちょっと外へと行ってみる。体感-30度の寒風を肌で舐めてみたのだが、思わず大自然に文句を言いたくなる。 「冬の海ってこんなに寒いんですね……」 同じく、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)も、寒風を浴びた感想を漏らす。へくちっと可愛いくしゃみが出る。 「壱和さん、尻尾、ふわっふわで温かそうね……」 ふと、シュスタイナが視線を落とす。 壱和はくるんとした大きな尻尾である。わんわんである。 「大丈夫、です! 尻尾が意外と暖かいですから」 寒いので一旦船内へ戻り、シュスタイナは、壱和の尻尾をもふもふと撫でる。尻尾は実に温かい。 このまま包まりたい衝動に駆られるも、事件は目の前に迫っている。 遺憾ながらもここで止めにした。きっと止まらなくなるからだ。 ●狩猟開始! 高速船が接舷する。 「旬とは言え流石に冷えますな枕流先生、そして毎度のあれです」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、紫煙を寒風に溶かしながら、翼の加護を付与した。 「なんと。諸君ではないですか」 枕流が驚いた顔をする。 ギョッギョッギョーを聞いて出てきた三人と、これから船に乗り移ろうとするリベリスタ達が邂逅するような格好であった。 見れば、既に大あわらフグの巨体がぐいぐいとおしくらまんじゅうをしている。 『いでよ! あわらフ――ぐあわらっ!?』 「大あわらさんに一番槍~☆」 たちまち、卑屈そうな甲高いおっさん声が響く中を、かき消す様に突貫したのは終である。 最速の一撃は、キラキラと輝く硝子細工の粉の如き冷気を帯びた短刀だ。 大あわらフグの側面を斬ると、たちまち氷が巨体を覆う。 「アオーン」 ルー・ガルーが、獣の如き遠吠えと共に、フグ漁船へと飛び移り、またたく間に大あわらフグへと爪をねじ込む。 この短き間に枕流を一瞥。以前、枕流と山中の蕎麦屋で縁がある。此度は美味しいものを食べに来たという格好だ。 氷が覆っていない部分をえぐる。ぶにっとした感触の次に、皮が破ける感触がルーの腕を伝う。 「オマエ、ニガサナイ、ココデタオス、タオス、ケド、タベナイ、オマエ、マズソー」 余談ではあるが、本日のリベリスタ一行の中で最も薄着はルーである。 『ぶぁぁぁぁあ! 痛いフグー!』 向こう側でオッサンが悲鳴を上げる。 初手で終が齎した氷の束縛であったが、敵は巨体を揺すって割っている。 「ブロークン! キャッスル!」 せおりは、ひらりと空中で掌を構える。 不可視の散弾が放たれて、既に跳ねながらぷくぷくと膨らんでいたあわらフグの第一群を殲滅する。 「でも、何この、なんというか」 たちまち、せおりが絶句する。大あわらフグがこっちを向いている。オッサンと視線が合う。 「……おっさんが生えてるのって、絵面的にこう……厳しいわね」 シュスタイナが捉えた大あわらフグの先端は、おじ様の類ではなく、年季と気合の入った中年太りをしている。ランニングシャツである。美味しいと言われても食べる気がまるでしない。 シュスタイナは横で、影人を召喚する相棒に向けて、補給を行う。 「有難うございます!」 元気よく笑顔で返答してくる壱和だが、やはり寒いらしい。 「唇が青いわ」 「あとで一緒に尻尾で暖まりましょう」 壱和がえへへと笑顔で返す。シュスタイナは少々浮つきながら、影人の生産の為に力の供給を続けるのだった。 「ご無沙汰してます、枕流先生」 義衛郎もひらりと移る。 枕流への会釈をして、武装を解き放つ。何とも昨年の蟹漁以来である。 義衛郎と烏の二人が簡潔に説明をする。 「委細承知致しました」 旧千円札の肖像に似た人物が、険しい顔をして腕を組み、守護結界を奔らせる。 相客の方は、得物なのか戦鎚を握り、先端をごろりと落とす。 「一度位は、アークのリベリスタとこういった形の状況も良いでしょう」 シエナが話の切り口を開き、相客への希望を連ねる。 「できれば、船長さん、お願いしたい……の」 船長の避難。余力が生じた際の複数攻撃をして欲しい事である。 シエナが相客の目を真っ直ぐ見て述べると、聞いているのか聞いていないのか。表情も無く、死んだ魚のような目をしている。 シエナ自身、自らと同類に近い人物なのかと考えていると。 「……お引受けいたします」 と、希望が通る。 幻想殺しを用いている義衛郎は、その姿を胸に仕舞い、最後に尋ねる。 「須賀 義衛郎と申します、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」 轡を並べる相手の名も知らないのは、失礼な話だからという胸中である。 「斑雲 黒桂――ご心配なさらずとも、何も致しません」 相客の女は短く名乗り、シエナの希望通りに船長の保護へと動いていく。 心配の下りは、誰に向けられた言葉か定かではなかったが、少なくとも烏が覆面の上から自らの頬を掻いていた。 『ぶるぅるるるっるああああ!!』 中年太りのフグが、終の氷像を破壊して、いよいよ動き出す。 氷像の状態でも、あわらフグは自然と発生してくるのだ。ここにリベリスタ達の狩猟が始まったのである。 ●あわらフグ漁 作戦は単純だ。 『長く戦闘を続けることで、大量のあわらフグを回収する』である。 「構成展開、型式、稚者の煽情――composition」 シエナを中心に、0と1を彩る魔術式が疾走り、これに当てられたフグが、シエナへと殺到する。 シエナの周囲には電脳空間を想起させるシールドが展開されていて、これが物理的な攻撃を通さない格好である。 「次、よ」 終が冷気を放ち、あわらフグを冷凍保存する。 「放っておくとせっかくの食材が爆発四散だからね☆」 続き、義衛郎が手から稲妻が放たれて、フグは戦闘不能となる。 戦闘開始後から、第二群、第三群のあわらフグが出て、出ては全体攻撃、複数攻撃等で処理されていく。 既に、一回目の付与が途切れる程までに、戦いは長丁場となっていた。 「わああ、大漁だよ。大漁!」 義衛郎がチェインライトニングで葬ったあわらフグを、せおりがクーラーボックスに詰める。 せおりはアクセルバスターなどの、持久向けの攻撃に切り替えている。 烏が大あわらフグの方へ、神秘の閃光弾を投擲して、短くなりかけたタバコを携帯灰皿にねじ込む。 「結構、溜まってきたんじゃないかね?」 大あわらフグの方を見る。 『やべ、やべるぉおお』 「オマエ、ウルサイ」 ルーが大あわらフグのオッサン部分に組み付いて左右の手で交互に殴っている。 生易しいものではない。これはデッドオアアライブである。エリューションでなければ、一瞬で血味噌になる威力を秘めているモノで何度も叩いている。 大あわらフグは巨体がある故、それほど状態異常の通りが良くないと怪しまれていたが、全て滞り無く封じることに成功している。 「陰陽・星儀」 壱和が、不吉・不運を齎す術式を途切れさせないように飛ばしていたが故である。 既に詰んでいる。 フグを呼ぶ機械になっているといっても過言ではなかった。 『うぎょおおおおおおお!!!』 やはり、時間をかけるならば、敵も一回位は動くのだろう。 不吉、不運、氷像と麻痺を振り切って漁船から離れる。流石にこのままでは、殴り倒されると判断したか。向こう側に行った大あわらフグはすぐに船の方を向く。 するとおっさん部分に光が集中していく。 「ガウ! クル!」 『くぺえ! フグビーム!』 ルーが声を上げた刹那に、大あわらフグのおっさんの鼻から、熱線の如き光が発射された。海を割って、下から上へと走りぬける。 「し、しびれ、ます」 壱和がモロに浴びて、陰陽星儀の手が止まる。 『ぎょっぎょっぎょ! さあこっちの反撃だフグー!』 大あわらフグが海中に姿を消し、消したかと思えばシロナガスクジラの如く天へと跳ねる。これを繰り返しながら船へと近づいてくる。 「ほい☆」 バシュっと終の手から放たれた銛が大あわらフグの胴体にしっかり刺さる。 「おっと、忘れちゃいけないな」 烏より翼の加護の再付与が齎される。 「さて、もうフグは一杯、かな?」 せおりは、どうしてもオッサンに言っておかねばならない文句があった。 翼の加護を受け取ってふわりと浮く。 「その見た目は人魚として許せんのじゃー!」 「援護いたしますね。『フェイタリティアー」 相客の女の声がした様な気がしたが、せおりの声にかき消されてしまった。 せおりが弾丸のように飛翔して得物を振りかぶる。せおりのすぐ横を黒い衝撃通りすぎて、フグの腹を抉る。 「……!?」 不吉不運凶運が付与の次、刺さるせおりのデスティニーアークが大あわらフグの膨れた腹を、オーバーキル気味にぶち破る。 一方、翼の加護を受けたルーの目が光る。 組み付いたオッサン部分に振り落とされず、厚い表皮に爪を立てて、未だ近接状態を維持している。 ルーの爪がオッサンの頭をかち割るまでの時間は、実に短かった。 ●ここから本編 相客の女は気がつけば何処かへ蒸発していた。 漁師達が寄り合いで利用する施設を借りて、宴の準備をする。 畳張りの一室に大きめの座卓に座布団が敷かれていて、隅には石油ストープが熱をだしている。上にはヤカンが湯気を出していた。 終は、この時の為に全力を賭けていた。 自前で刺身包丁、醤油、山葵、ポン酢、昆布、鍋を用意している。 「フグ免持ってないのにフグをさばけるとかオレ得☆」 まな板の上に、サクを横たわらせる。 薄く、透けるほどに、かく薄く。鋭い刃で引いて造り出されるフグの花びらは、大皿の上で大華の如く飾られていく。 通常、フグ肉は熟成をもって味を確固たるものとするが、欠片を味見した際に、今は無用と解釈できる味だった。 「……これ、本当に食べれるの? 毒はないって事だけど心配」 シュスタイナは、鍋用にサクを大振りに切ってゆく。皮も大事だ。白子も欠かせない。そして野菜だ。 なお、食品衛生法により食用が禁止されている卵巣であるが、あわらフグはエリューションであるためセーフなのだ。 「お、いいかね!」 漁師の老人は、黒い液体が波打つ青バケツの中から、フグ肉を出した。 沖漬けよろしく、手早く捌いて漁師秘伝の醤油ダレ漬けにしたものもある。 シエナが「船長さん、さばいてくれないかな」と呟いた事で、海の男の大雑把過ぎる料理が一品が増えたのだった。 程なくして料理は、全て完成する。 ――いただきます! 唱和と同時に、各々の目の前の鍋の蓋が取り除かれ、湯気が昇る。 フグの肉や野菜が綺麗に並んで、ぐつぐつぐつという声に合わせて揺れている。 刺し身は、白熱灯の光を受けて、キラキラと輝いている。 他には、皮の和物、白子ポン酢、肉の唐揚げに白子の唐揚げ、天麩羅、漁師漬けまである。 また、飲みたい者の席には、ヒレ酒用のフグヒレとマッチ箱だ。ヒレの乾燥が済んでいる時点で、体感-30度の寒風がどれほどのものかを雄弁に物語る。 まさにフグ尽くしの極みである。 シエナが刺し身を食む。 「この歯ごたえ……わたしこれ、1ヶ月主食にしてもいいくらい、だよ?」 透けるほどに薄く切られた身はコリコリと、何処にこんな弾力があるのかと、歯が押し返される程だった。 それでいて、丹念に熟成された後の様な歯切れの良さがある。 繊細な味なのは確かだが、噛めば噛むほど、にじみ出てくる滋味は、形容せんとして形容できざるものがある。 敢えて言うならば、鯛の刺し身の薄皮に近い。弾力は比べようがない。 「厚切り、も食べてみたい」 「あるよ☆」 終がすかさず差し出したのは厚切りのふぐ刺しである。 横でルーも厚切りの方を食べている。野性味の強い方が舌に合うかも、という終の心遣いである。 「ガウガウ! コレ、オイシイ!」 ルーは、大皿に並んだフグ肉を一箇所に纏めて頬張った。 硬い獣肉を思い出させる味わいが口中に広がる。それでいて獣臭くない、不思議な味である。 ルーは撃破後直ぐにあわらフグに齧りついていたが、切り方一つでちょっと美味しくなるのは驚いたものだった。 「オカワリ!」 ルーは元気に挙手をする。 「おかわり、ください」 続くシエナも、それなりに大食いであった。 「シュスカさん、どうぞ」 壱和が刺し身の一切れをシュスタイナに差し出した。 シュスタイナは反射的にぱくりと食べてしまう。 「……美味しい」 ちょっぴり気恥ずかしいやら、照れくさいやら。 シュスタイナが少し浮つくと、壱和がころりと笑う。シュスタイナはこの笑顔に弱いのだ。 お返しに一切れを差し出し、壱和がぱくりと食べる。 「シュスカさんの頑張りみてましたから。こうして一緒に食べれて良かったです」 「もちろん私もよ」 フグ鍋を少量、小鉢にとって、お互いで食べて食べさせて。フグの旨味が溶け出たダシ汁の味は、何とも柔らかい。 「まだ寒いですし、一緒に尻尾に包まります?」 壱和の尻尾に二人でくるんと包まれば、芯に染みるような冷えは立処に消え去って、ただただ暖かい。 義衛郎は先ず生で食す。 「確かに旨味が確りしてる」 続いて、天麩羅に箸を伸ばさんとした所で、自らの小鉢に野菜が増えていた。 隣人を見る。 「……水守さん、野菜もちゃんと食べましょうよ」 「おいしい! 食べれるとこはぜーんぶ! 白子も食べるっ!」 せおりは、とぼけた風に銀シャリをかき込む。 漁師漬けのフグ肉からにじみ出てくる、尖った塩味の醤油ダレが、白飯にしみこんで凄まじく箸が進む。漁師漬けにしても壊れない旨味を持つ、あわらフグならではである。 あと、付け合せのナスなどの野菜が苦手なのだから仕方がない! 「その内、笑いながらお仕置き始めるぞ」 義衛郎が、柔和な表情は崩さずに注意をする。 「……アッハイ、食べます、食べるったら!」 マッポーめいている! とせおりは内心冷や汗を垂らしながら、野菜を食むのであった。 烏と枕流は酌を交わす。 干立て炒りたてのヒレをマッチで焦がし、熱燗を注ぐヒレ酒である。肴はフグ肉の唐揚げや、辛味を入れたフグチリ鍋だ。 枕流が言う。 「『我を厭ふ 隣家寒夜に 鍋を鳴らす』――蕪村という男が、魚の鍋をこよなく愛していたと聞きます。彼の気持ちが良く分かります」 烏が熱い一杯を飲(や)りながら頷く。 「四季折々を楽しむ、日本に生きて良いと思うのはこう言う時ですよなぁ」 喉の奥から熱い息がこみ上げてくる。これが何時でもたまらない。次に口中に放り込む肴の美味さ。 「始めて河豚を喫せる漢は其勇気に於いて重んずべし」 ワハハハと、歓談は続いていく。 やがて、宴もたけなわ。 烏が用意した白飯や、せおりがリクエストした白飯を用いて雑炊が出来る。 「あわらさんのが美味しいけど、大あわらさんだって悪くないよね☆」 終が、ほくほくと雑炊に舌鼓を打ちながら言うと、「え?」という視線が集中した。 料理に大あわらが混ざっていたのかどうかは、終のみが知る所である。 窓の外では、ざざんと海の声がする。波打ち際は夜の闇で有耶無耶で見えやしない。 空の闇に応うるがごとく、応えざるがごとく。遠くで漁火が星のように明滅していた。 尊(たっと)い。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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