●ルゴ・アムレスの黒塔 ボトム・チャンネル。 それは階層上になっている世界において、一番下であるという世界のこと。 故にボトムチャンネルは上位世界からの脅威に晒されてきた。時折Dホールを渡ってくるアザーバイドにより、大きな被害を受けることもある。それに対抗するためにリベリスタは徒党を組み、組織だって警戒に当たっているのだ。 さて、上位世界にもいろいろな世界がある。ボトムチャンネルよりも広大な世界も在れば、ただ樹木が一本生えているだけの世界も。時間が止まった世界もあれば、今まさに消え去ろうとする世界も在る。 そんな世界の一つ、ルゴ・アムレス。 半径五キロ程度の大地に、天を衝くほどの黒い塔が存在する世界。そこは多種多様の戦士達が集う修羅の世界。 その塔の上にこの世界のミラーミスがいるといわれ、今なお塔は天に向かって伸びていた。何を目指しているのか、誰にも分からない。狭い世界ゆえに、塔はどこからでも見ることができる。 そして塔の中は、階層ごとに異なっていた。町が丸ごと入っている階もあれば、迷路のような階もある。 その最上階。ミラーミス待つ頂上に、リベリスタは上ってきた。 ●塔の頂上で待つ者 想像していたよりも屋上は暖かく、そして静かだった。 塔の淵からみえる景色は遥かなる地平線。所々に見える建物は街だろうか。半径五キロと言う狭い世界。それを一望できる場所。 そこで待っていたのは、一人の女性だった。右半分が白、左半分が黒とに分割された髪の毛とドレス。ボトムチャンネルの年齢に照らし合わせれば、十五歳に満たないだろう幼子の格好。 「始めまして。私の名前はアム。この世界『ルゴ・アムレス』のミラーミスです。遠い世界からお越しくださり、感謝しています」 優雅に――ボトムチャンネルの淑女のように優雅にスカートの淵を持ち、一礼するミラーミス。 「失礼ながら、貴方達の戦いは見させていただきました。この黒塔は私の武装。そこでおきたことは、手にとるようにわかるので。 皆様、本当にお強い。戦いの中で成長する様は、心が躍りました」 ――聞けば、このミラーミスは戦闘行為が出来ないという。 鳥が水で泳げないように、魚が地上で呼吸できないように。自らに禁忌を強いた彼女は戦闘が出来ない。厳密には戦闘行為を行えば、何らかの支障がでるという。 それでも彼女は、リベリスタと戦いたかった。彼らのように戦いたかった。 戦闘が綺麗なものばかりではないことは知っている。禁忌を破れば、自分がどうなるかは分からない。その全てを踏まえた上での選択だ。 「お聞きしたいこと、お尋ねしたいこと、全て戦闘で語らせていただきます。 私の能力は『空間操作能力』と『コピー能力』でし。けして退屈はさせませんゆえ、お付き合いお願いします」 Dホールに似た空間の歪みが発生する。それはこの世界の存在をコピーし、概念化したモノ。その姿には見覚えがある。この塔で出会って戦ってきたアザーバイド。 「彼らは『本人』ではありません。ただのコピーです。ですがその強さは貴方達が体験したとおりの強さです。 さぁ、始めましょう」 修羅世界最弱の存在は、静かに笑う。 待ちに待った宴を始めるように。 遠方から訪ねてきた友を迎え入れるように。 戦いを楽しむ修羅のように。 ●ミラーミス ボトム・チャンネルが崩壊の危機に喘ぐように。 このルゴ・アムレスもまた、崩界の可能性を含んでいた。 半径五キロの小さな世界。それは上位世界の圧力に対し、あまりにもか細かった。風吹かば飛ぶ木の葉のように、異世界のミラーミスが襲来すればそれだけで砕け散りそうな脆い世界。 故にこの世界のミラーミスは世界に『楔』を穿った。この世界が崩れ行く事を塞ごうと。 世界の中央に穿たれた黒い楔。楔を高く築き、自らに誓約をつけて異世界への干渉能力を高めて情報収集を続け、楔の中に様々な異世界からコピーした『世界』を生み出し、様々なコミューンを形成することで塔内部の防衛力を増し。 それはいつしか黒塔と呼ばれることになる。本来の目的を維持したまま数多の強者が住まい、切磋琢磨する試練の塔になった。 ミラーミスとしての力のほとんどを『楔』の維持に割り振り、その残渣と呼ばれる存在(アム)は『弱い』姿でこの世界や異世界を見ていた。楔の維持のために移動することは適わない彼女の唯一の娯楽。映画のスクリーンのように現実味のない、世界。 そして彼女は崩界と戦う一つの戦士たちを知る。ボトム・チャンネルのリベリスタ。 彼女はそこへのDホールを開き、彼らを誘う。ミラーミスからすれば『弱い』彼らが世界のために戦う姿に、感動すら覚えた。 それは共感かもしれない。あるいは感心なのかもしれない。もしかしたら『格下』の癖に世界の為に戦うなど生意気だと思っているのかもしれない。ただ、彼女の心中は唯一つの結論にたどり着いていた。 同じ目的の元に戦う彼らと戦いたい(ふれあいたい)―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月07日(土)22:40 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●開戦 「いやホント、遠いトコまで来たって感じっすよ」 異世界の頂上。その道程を思い返し『無銘』布都 仕上(BNE005091)は柔軟体操を開始する。今は亡き古巣にいたころは、こんな世界に来ることなど想像もできなかった。アークに身を寄せて本当によかったと思っている。 「これが頂上の景色。不思議な感覚ですね」 ルゴ・アムレスの頂上からの景色を目に入れながら『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)は頷いた。ゴエモン呼ばれるアザーバイドと交わした約束はこれでひとつ果たした。後は、とばかりにアムに向き直る。 「白と黒の……乙女」 成程、と『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)は納得する。ミラーミスとは世界そのもの。黒が今まで登ってきた黒塔を示し、白はそれを支える大地を示す。この『ルゴ・アムレス』を表すなら、確かに道理だ。 「ミラーミスを倒せば、その世界からボトムへの侵食は無くなる。そのために貴方を倒そうと思っていました。ですが」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)はボトムチャンネルの平和ために戦うリベリスタだ。だがその使命とは別に、この世界に興味がわいている。今はリベリスタではなくセラフィーナ一個人として剣を振るうつもりだ。 「アム、やっと会えたわね。さあ、始めましょう。闘争の宴を」 セラフィーナと同じく個人としてミラーミス戦に挑む気概を示す『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)。彼女にとってここは一つの目的の一つ。戦いを重んじる戦士としてここに立つ。 「さて、貴女がここの主ですか。あえて『最弱』ではなく、『最上』と呼ばせていただきましょう」 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は僅かに地面から浮きながら、アムに向かい一礼するように告げる。アム自身の強さではなく、彼女の抱えている事情と行為に敬意を評して。 「先に聞いておきたいんだけど、決着がついた時にあたし達が塔に取り込まれるとか、元の世界以外にすっ飛ばされるとか、ないわよね?」 念のためにと『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)はアムに問いかける。相手はミラーミス。規格外の存在だ。用心するに越したことはない。首を横に振るアムを見てとりあえず安堵するセレア。気を抜くつもりはないが。 「……この期に及んでは、言葉は不要」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は瞑目し、今までの戦いを振り返る。ミラーミスを求めて塔を上り、そして彼女の事情も知った。だからこそ戦おう。一人の修羅として。語るべきは闘争で。 「確かに。ここまで着た俺たちなら、そのほうが早い」 符で刀身をなぞり、そして構えるベオウルフ・ハイウインド(BNE004938)。闘争の世界『ルゴ・アムレス』。その流儀にあわせるなら、必要なのはテーブルではなく闘技場。それはこの世界で経験してきたことだ。 「だがあえて俺は言う! 俺が勝ったらアムたんもふもふだ! うひょおお!」 二刀を構えて『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は飛び跳ねん勢いで叫ぶ。空気を読まない……のではなくこれが彼の気合の入れ方。戦闘に対する意気込みは、けして他のリベリスタに劣っていない。 「皆様がこの塔で辿ってきた道程。皆様が振るってきた武器。皆様が戦闘で語ってきた事。全て見てきました。 拙い私ですが、それに応えさせていただきます」 アムは一礼して手を掲げる。戦士でもなく、魔術師でもなく。他のどれにも相応しない構え。隙は多いが、それが誘いの可能性もある。そんな立ち方。 「『最強』を呑みし『最奥』、終には『最上』へ喰らいつく」 口上を述べたのは、シィンだった。 「此処に開くは戦の祭り、散らす火花は戦場の華。神と遊びて、上を下さん。 さぁ、『たけ』比べです」 その口上が口火となり、両者は動き出す。 黒塔の頂上。世界で最も高い場所での戦いが始まった。 ●アムⅠ 世界を護る楔を高く高く築き上げる。 きっとそれはこの塔を作り上げることが世界の、ひいては自分自身における唯一の成長だったのだろう。 ルゴ・アムレスの中央に鎮座する黒塔。小さな世界に聳え立つ縦積みの世界。 なんと可愛らしく、なんと憎らしく、なんと素晴らしく、なんと愚かしいのか。 その全てを愛している。 ●修羅に挑む者たち 「好きにはさせません。全部まとめて私が相手です!」 最初に動いたのはセラフィーナだ。シィンから世界樹の守りを受けて、神秘の力を言葉に乗せる。その言葉に反応するように宙を舞う刀剣がセラフィーナのほうに向かう。五本の刀剣が多角度からセラフィーナを攻め立てる。 真正面から来る剣を弾き、コンマ五秒後に切りかかる剣を体をひねって回避する。左右同時に迫る剣を翼をはためかせて回避し――その動きを待ち受けていた剣の一撃をシィンの形成した障壁が弾き返す。 「まさか一人で刀剣を受け持つとは」 「私は『最強の回避盾』セラフィーナ。さあ、勝負です! ミラーミス!」 「勝負……いくよ」 静かに天乃が呟いて、アムに視界を向ける。天乃とアムとの道を阻む者はない。一直線に走り、ミラーミスの懐にたどり着く。全身の神経を総動員して全員の居場所を確認しながら、ミラーミスに拳を振り上げる。、 戦いに全てを捧げろ。それ以外はいらない。我はボトムチャンネルの修羅。その覚悟、此処に在り。極限まで自分自身から安全を捨て、天乃は戦場で舞う。独特の足運びでアムの視覚に回り、その勢いを殺さぬように拳を振るう。 「さあ、踊って……くれる?」 「ええ、踊りましょう。どちらかが尽き果てるまで」 「ならお付き合いいただけますか」 抜刀してアムの真正面に立つリセリア。素早い所作と迷いない行動。そして歩まぬ鍛練の結果。それがリセリアの剣を高速たらしめていた。柄に手をかけたときには既に間合の一歩前。体内のギアを上げ、柄を握り締める。 自分の中に一本の棒が通っていることをイメージし、それを軸に回転する力の流れを作り出す。燕が水面を飛び、跳ね上がるように。水平に抜かれた剣を大上段に構え、そして振り下ろす。その一閃、正に飛燕の如く。 「一手でも無駄には出来ません。心技体全てをもって挑みます」 「それこそが私の望みです。私も加減なく行きます」 「ええ。手加減する余裕なんかあたえないわ!」 永く愛用している黒の大剣を手に、フランシスカが吼える。異世界の戦士が使っていた剣。今まで戦ってきた相手。それら全てがフランシスカの強さの礎となっている。戦士たちの戦いにかけて、この戦いも勝ち抜くと気合を込める。 構えた剣に体内のオーラを纏わりつかせる。剣をセラフィーナの周りで飛んでいる剣に向かい、横なぎに振るった。黒のオーラは不吉を告げる刃となり、五本の剣を打ちすえる。激しい一撃に崩れ落ちそうになる剣の群。 「アム、私は貴方を倒すわ。貴方が戦いを望む以上は」 「はい。こちらも負けません。全力で挑みます」 「私はメリッサ・グランツェ。まだまだ未熟ですが、剣術使い。お手合わせ、お願いします」 細剣を構え、名乗りを上げるメリッサ。一足で踏み込み、自らの間合を確保する、剣を突き出せる距離で思考を展開する。突きの軌跡、タイミング、そして相手の動き。 実際の時間に換算すれば瞬き一つもかからなかっただろう。だがその間に無限の剣閃をイメージする。そしてその突きから続く次の攻撃をイメージする。流れるような動きと絶え間ない思考。単純に見える剣術の裏にあるメリッサの努力。その切っ先がアムを捕らえる。 「この邂逅を無駄にはしません。共に楽しみましょう」 「そうっすよ。戦う楽しみなら存分に教えてあげるっすよ」 「ええ、よろしくお願いします」 アムの言葉に答えるように仕上が距離をつめる。脱力と緊張と。流れる水をイメージさせる構えを取りながら、アムへの距離をつめる。軽く足を上げて片足を揺らした。ぶらぶらと揺れる足に風が纏わりつく。 乱戦の中、人と人の動きを見極める。敵の居場所、味方の居場所。底から推測される次の動き、思考、そして自分の動き。世界が在り、自分がある。同時に自分が在り、世界がある。明鏡止水と呼ばれる感覚の中、仕上は風の蹴りを放つ。 「うちは仕上。布都の仕上。武の頂を目指す者なり! いざ尋常に――!」 「――勝負!」 「はい!」 言葉を継いだベオウルフが刀を構え、印を切る。西を表す白の虎を召喚し、自らの守護に纏わせる。体内に降ろされた西の四神はベオウルフの様々な感覚を研ぎ澄ましていく。同時に肉体の力を増し、刀を持つ手に力が篭ってくる。 そのままベオウルフはシィンの前に立ち、防御の構えを取る。仲間を護る盾となるべく、刀を鞘に納めた。アムのコピーした火蜥蜴の炎が迫る。刀の柄に手をかけ――気がつけば鞘走る刃。三日月を思わせる一閃が、迫る炎を切り裂いた。 「仲間は護る。それが俺たちの戦い方だ」 「ええ、知っています。全て見てきました」 「んー……いけそうかな?」 アムの疲弊具合を確認しながらセレアは状況を確認していた。時間経過により負けてしまうこの状況で、出し惜しみは出来ない。ただアムには自ら受けた状態異常を自分の攻撃に乗せることが出来る。過剰な攻撃は禁物だ。 単音の術式と指の角度。何よりもセレア自身の魔力と知識。それが生み出す術式儀式短縮法。爆ぜるように魔力が広がり、光の奔流が塔の頂上に降り注ぐ。アムを避け、刀剣に振りそそぐ魔力の矢。 「成程、どうやら貴方を先に狙うほうがいいみたいですね」 「あ、もしかしてやばいかも」 「おおっと、俺のほうも見てもらわないと困るぜ。アムたん!」 日本刀と西洋剣。その二つを構えて竜一がアムに迫る。高火力のセレアが狙われるのを危惧して、その目を引くために目立つように真正面に立つ。自分の剣のほうがより脅威であることを示せば、間接的に仲間を護ることになる。 日本刀を上に、西洋剣を下に構える。両足をしっかり踏みしめ、刀と剣を回転して入れ替えるように振るう。西洋剣を下から上に払い胸を。日本刀を上から下に振り下ろし太ももを。限界を超えた一撃は自分の肉体にもダメージを負う。 「この俺から逃れることは出来ないぜ!」 「少女を逃がさないとは、流石です。竜一さん」 「通報だけは勘弁!」 シィンの言葉に頭を下げる竜一。そんな冗句をかわしながらシィンは二体のフィアキィを展開する。状況を見極め、何が必要で何が不要かを頭の中で計算する。一つずつ、確実に。ルゴ・アムレスの大気を吸い込み、魔力を展開する。 この世界でもなく、ボトムチャンネルでもない世界。ラ・ル・カーナ。豊かな自然の優しい風を手の平に召喚し、緑の光と共に解き放つ。風はリベリスタ達を包む込むと、傷を癒し活力を与えてくれる。 「エネルギー切れなどさせはしません。全力で戦ってください」 「流石です。守護者の皆さんはその回復に手間取っていました」 目の前で癒されていくリベリスタを見て、感嘆の声を上げるアム。そういえば、守護者と呼ばれる各階のアザーバイドは回復技には乏しかった。回復の術式はあまり発展しなかったのだろうか? 殴りあうのが極上ゆえに、回復は二の次なのか。 次々と繰り出される守護者のコピー。それに対応するリベリスタ。 戦いはまだ始まったばかりだ。 ●アムⅡ ルゴ・アムレスは他世界の文化をコピーして育ってきた。模倣に模倣を重ね、今の世界にいたる。 だが、それだけが全てではない。そうして生まれた世界の人たちもまた、新たな文化を形成する。 それは戦いの文化であり、そして挑戦の文化。自らを研鑽することを覚え、そしていつしか『外』の世界に旅立っていく。そして『外』で得た文化を伝え、また成長する。 彼らの成長にミラーミスの手助けはいらない。それを理解し、アムは塔の頂上で静かに微笑む。親を離れた子供を見るように、少し寂しげに。世界を支配するのではなく、眺めていく。 ●その心、その意味 崩界から世界を守るリベリスタ。 元々塔のミラーミスに会おうと思った理由は、上位世界のミラーミスを倒し崩界からボトムチャンネルを救おうという理由があった。 だがそのミラーミスは、自分自身の世界を守るためにこの塔を建てている。それはリベリスタが世界を護るために覚悟を決めたのと何が違おうか。 「崩壊に喘ぐ世界、か。……考えてみれば、ボトムより強いだけで、そんな世界があって当然、だったね」 天乃は自分達と同じく世界を守るために粉骨砕身しているアムに敬意を表する。戦いを重ね、頂上にたどり着いた甲斐があったというものだ。勿論、それと勝負は別の話。敬うが故に、全力で相手をする。 「強い弱いって何なんだろうな。個体としての強さなのか、精神の強さなのか、勝った奴が強いのか。俺から言わせれば、生き残ったやつが強い、だ。 平凡な感想だろう?」 故に『最凡』。竜一は自らをそう称した。平凡であるが故にある普通の心構え。激戦においてその心を失わないものの強さ。竜一はそれを示す。 「……にしても、うちの知らない連中が大半っすね」 矢次に叩き込まれるアムの攻撃を前に、仕上は悔しそうに指を鳴らした。これだけの相手と戦っていない。仕上は不満と同時に楽しみでもあった。まだ沢山の戦いがこの世界で待っているのだから。 (察するになんでもコピーできるわけじゃないみたいね) セレアはアムのコピー能力を見ながら洞察していた。少なくとも『目の前にいる自分達』のコピーをしてくる様子はない。能力的に出来ないのか、あるいは性格的にやらないのか。後者のほうかなとセレアは結論付けた。 「私はこの世界を大好きになってしまったようです」 口に笑みを浮かべながらセラフィーナは踊る刀剣と切り結んでいた。世界の為、アークの為、異世界調査の為、最初の理由は色々入り混じっていただろう。だが祖霊よりも何よりも、セラフィーナ自身がこの修羅世界を気に入ってしまっていた。 「『たけ』よ伸びよ。あの星に旗を立てるまで。……さて、この世界には星があるのやら」 シィンが思い至って空を見る。夕焼けのような茜色の空。星のようなものは見えないが、ないとはいえない。空を突き抜ければあるかもしれない。そこまで『たけ』を伸ばせばあるいは。 「ルゴ・アムレス最弱の戦闘能力は本当でしょう」 メリッサは守護者のコピーを呼び出し戦うアム自身の戦闘能力を推し量り、そして確信する。弱いからこそ、彼女は努力する。自分自身のできること全てを行おうとうする彼女は強い。知識、戦術、そして精神。その強さはミラーミスだからではなく、アム自身のものだとメリッサは思う。 「全ては戦闘で語る……か」 ベオウルフは戦闘前に語ったアムの言葉を反芻する。戦いで全てが決まる世界、ルゴ・アムレス。故に戦いで全てを語るのもまた道理か。彼女はこの世界の神ともいえるミラーミス。ならばこの戦いも彼女なりのコミュニケーションなのだ。 「貴方が戦う事でこの世界は変わる。どう変わるかは分からないけど」 フランシスカは事前に聞いていたことを思い出す。戦うことを禁忌としたアムは、戦うことで存在が変化するという。だが、それは戦いを止める理由にはならなかった。何故ならそのミラーミスが戦いを望んだから。それに応えるのがフランシスカという戦士だから。 「――リューザキは『存在』を賭けてと言っていた」 リセリアは剣を振るいながら二十四階の戦士の言葉を思い出す。リセリアが剣を振るうように、黒塔そのものといえるアムが守護者を顕現させるのは相応しい。だが、その行為さえも彼女は許されないのだ。 それぞれの思いを込めて、修羅世界頂上での戦いは続く。 ●アムⅢ いつしか『楔』を大きくすることよりも、世界を見ていくことが多くなった。 塔の頂上から動けない彼女の『娯楽』。それは本当に、本当に楽しい時間だった。 ずっとこのまま世界を維持していくのだと思っていた。 ずっとこのまま停滞していくのだと思っていた。 だけど彼女は知る。最下層の世界で必至に足掻く戦士たちの存在を。 そして火がついてしまった。かつてこの『楔』を作ったときのあの気持ちに。世界を守りたいと思ったあの心に。 それは共感かもしれない。あるいは感心なのかもしれない。もしかしたら『格下』の癖に世界の為に戦うなど生意気だと思っているのかもしれない。ただ、彼女の心中は唯一つの結論にたどり着いていた。 同じ目的の元に戦う彼らと戦いたい(ふれあいたい)―― ●交戦の先に 戦いは始終リベリスタのペースだった。 ブロック役の踊る刀剣はセラフィーナに集中し、アムに前衛の人間が集中する。 懸念していたアムの短距離瞬間転移による後衛への襲撃はベオウルフがブロックしているため意味を成さず、結果としてアムは自軍後衛に留まることになった。 もっとも、空間を渡る能力が無駄になったわけではない、 「消えた!」 「――隣です!」 『あっしら三人の攻撃を避けられると思うなでごわす!』 『アタイの相手はどこのどいつだ!』 四方を前衛に囲まれた時、アムはリベリスタ全てを視界に入れる位置に移動して攻撃をする。三体の蟹男が一斉に襲い掛かり、ヤマアラシの戦士が十文字槍を振るう。視界内にリベリスタを含み、その全てを攻撃する。 「まだ負けませんよ」 「膝を屈するわけにはいきません」 メリッサとリセリアが運命を燃やす程の傷を受ける。剣の柄を強く握り締め、呼吸を整え構えを取り直す。 「こちらを直接襲うつもりはないとは言え、気は抜けませんね」 シィンはアムの攻撃を前に回復に専念していた。前衛を効率よく傷つけられ、攻撃に転ずる余裕が無い。二体のフィアキィと共に癒しの神秘を解き放ち、仲間を癒していく。攻めて自分を庇っているベオウルフに防御壁をとは思うのだが。 「問題ない。この程度なら想定内だ」 『ふむ。見事な守りだ』 梟の賢者が放つ稲妻の鎖を受けるベオウルフ。自らを縛り上げる縛鎖に動じることなく符を指で挟み、力を込める。それだけで無に帰す雷の鎖。何事もなかったかのようにベオウルフは仲間を守る盾となる。 「こんな連中もいたんすね。例えコピーだとしても戦ってきた連中の力その物って言うなら、其れは其れで面白いっすからね」 仕上はアムの生み出す守護者コピーの攻撃を避けながら、笑みを浮かべていた。蜥蜴や蟹や梟やら。様々な者たちが多種多様の攻撃を仕掛けてくる。戦いこそ我が欲求。これだけの相手と戦える機会は、アークならではだ。 「背中……借りるよ」 とん、と仲間の背中を足場にして天乃が宙を舞う。相手の死角に入り、一撃を穿つ。それが彼女の戦法。次の瞬間にはアムは別の場所に瞬間移動するが、その戦略は変わらない。自らの体力を削りながら、アムを追う。 「前座はかける時間はない。とっとと退場しなさいな!」 フランシスカは黒の大剣をなぎ払い、飛ぶ刀剣を一閃する。最も闘争に飢えているが故に自らを鍛え上げる。黒の軌跡は稲妻を描くように走り、すぐに食う気に消えてしまう。闇の幻影が消え去った後には、全ての刀剣は崩れ落ちていた。 「これがボトムの剣技です。喰らいなさい、アム!」 白い翼を広げてセラフィーナがアムに迫る。『霊刀東雲』を構えて一気に迫り――軽く左右にステップを踏む。簡単なフェイントだが、セラフィーナの速度で行えば十分な隙を生み出せる。生まれた隙を縫うように抜き放たれる一撃。 「一気に攻めるぜ! ひゃっほぅ!」 攻撃を控えて力をためていた竜一が、一気呵成にとばかりに攻め立てる。力をためながらアムの動きは見てきた。攻撃の癖、回避の癖。その癖を合図に両手の武器を動かす。十字を描くように振るわれた刃が、ミラーミスの体に傷を入れる。 「そろそろ来るわよ。皆散開して!」 アムの体力を計算しながら戦っていたセレアが、攻撃が切り替わるタイミングを知らせてくれる。後半戦は回復も視野に入れて動いていた。今どういう状況で、次に何をすればいいか。それを思考しながらセレアは魔力を練る。 「あくまで真っ向勝負を希望するのですね」 リセリアは転移で距離を離そうとしないアムに対し、そんな感想を抱く。その気になれば戦場をかき乱す移動もできるのにそれをやらないのは、やはりこちらとの勝負を望んでいるからだろう。それに応じるようにリセリアも全力で剣を振るう。 「ルゴ・アムレス。この世界に来て、本当に良かった」 メリッサはアムの戦い方に納得する。思えば塔での戦いは堂々としたものだった。その世界のミラーミスもまた、同じ精神で戦いに挑んでいる。この世界で得た経験を心に刻み、そして剣の道を歩もう。構え、突く。単調な技法に自分自身を乗せて。 『曽根、岡、行きましょう』 『突撃しますわ。続きなさい!』 薄紅の着物を持つ姫が令を発すれば、二人の武士が戦場を駆ける。そして獅子姫の鬨の声と共に、獅子姫本人とその従者が戦場を貫けとばかりに突撃する。 「あいたたた……まだこれからです!」 「まだ……だよ」 その攻撃でセラフィーナと天乃が運命を燃やすことになったが、総合的にはリベリスタの火力が圧倒する。 (彼女が『変わる』なら、この世界は……どうなってしまうのだろう?) リセリアはアムに剣を向けながら、この世界の未来を思っていた。ミラーミスは世界そのもの。ならば彼女が変わることは世界が変わることとほぼ同義。良くも悪くも、この世界は変わってしまうのか。かつてのラ・ル・カーナのように。 暗い未来を想像するが、剣の動きは止まらない。消えたアムを追う様に足を動かし、剣を振るう。彼女を逃しはしない。世界の為でもない。正義の為でもない。正々堂々と戦いを挑んできた個人に対する礼儀の為に。 「これが私の持ちうる最大の剣技です」 休むことなく剣を繰り出すメリッサ。思考と同時に体が動き、いつしか思考と動きがリンクする。延々と繰り返された鍛練と実戦。体と同化しているといっていいほど握っていた細剣。思うように自然と攻撃を繰り返す。 ミラーミスの召喚した守護者の刀を受け止める。その瞬間に力の流れを理解し、どう体を動かしたらいいかを想像できる。ひどく時間がゆっくり流れている印象。ベストのタイミングを見切り、体ごとひねって攻撃を受け流した。 「南の聖獣、急急如律令」 時計を見ながらベオウルフは符を構える。印を斬り、指を二本立てた。召喚されるは炎の翼持つ炎の鳥。ボトムチャンネルでは南を守護する赤き鳳。ベオウルフの命に従い、鳳は戦場を炎で蹂躙する。 様々な守護者をコピーし、戦うアム。それは符術と似ている。様々な式神を使役する符術と同じように、アムも様々な守護者を操る。そこにあるのは道具や攻撃手段としてのものではない。信頼の上に成り立つ関係性だ。 「攻撃に回る……? いえ、まだ回復ね」 アム一人になり、リベリスタが攻める状況になれば余裕も生まれる。セレアは回復主体で動いていたが、時間的な余裕があまりないことを察してどうするかを計算していた。まだ大丈夫。そう判断し、回復に魔力を分配する。 言葉に乗せる魔力は傷を癒す歌。いと高きところより響く鐘の音。肺一杯に空気を吸い込み、両手を広げて魔力を解き放つ。ルゴ・アムレスの頂上で響くソプラノの歌声。回復の旋律を乗せた歌声がリベリスタの傷を塞いでいく。 「今なら多少余裕が出来そうですね」 ベオウルフやセレアが回復に回れば、シィンに余裕が生まれる。僅かに宙に浮かびながら、自分を中心とした半径一メートルの空間を強く意識する。そこが自分の領域。何人とたりとも底より侵入すること適わず。 イメージするのは巨大な樹木。聳え立つ樹木は外部からの侵入を塞ぐ不倒の存在。そのイメージを維持したまま魔力を練り上げた。生まれる緑の壁は刀剣を塞ぐ不可視の結界。自らを護る盾にして、不埒者を妨げる簾。 「コピーじゃなくて、ホントのあんたと戦えるなら、其れが一番なんすけどね」 獅子姫の突撃を受け止めながら、仕上は相手に向かって言い放つ。仕上は報告書でしかこの守護者のことを知らない。だが、その能力を受け継いでいるのは確かだろう。惜しむべきは、コピーは僅か数秒で消えてしまうことか。 繰り出される獅子姫の蹴りを、ブロックする仕上。カウンターとばかりに繰り出した拳を避けずに額で受け止める獅子姫。その痛みと行動に仕上と獅子姫は同時に笑みを浮かべた。動いたのはどちらが先か。僅か数秒の徒手空拳の攻防が繰り広げられる。 「最弱とか、ミラーミスとか関係ない。戦いを挑まれたのなら、全力で応えるのが私だ!」 フランシスカは黒の剣を握り締め、自らのオーラを高めていく。黒の闘気が渦を巻き、フランシスカの体を包みこむ。猪突猛進。バトルマニア。だけどそれはフランシスカを示す一面でしかない。 この戦いはアムが望んだものだ。その結果がどうなろうとも、それに応えるのが自分なのだ。自分の振り下ろした剣の結果に後悔はしない。悪い結果が出たら、どうにかなるまで付き合おう。その覚悟を込めて、剣を振り下ろす。 「少し、は満たされた……かな?」 戦いの最中、天乃が問いかける。ボトムチャンネルの修羅として、アークの一戦士として、何よりも戦いを日常とする星川天乃として。満たされたかと、修羅世界のミラーミスに問いかける。 平和な日常を捨て、自らを削りながら戦う天乃。彼女は戦いの中にある種の充実感を得ていた。それは戦いを選んだ彼女なりの充実。それと同じものとは限らないが、アムもまた何か満たされれば、と願わずにはいられない。彼女が闘える機会は、おそらく多くはないのだから。 「ボトムチャンネルの戦いを経て、異世界の戦いを超えて。そうして鍛えられた剣技です。ご覧あれ!」 セラフィーナは愛刀を構えてアムと交差する。ボトムチャンネルでは様々な剣技の持ち主と交戦した。剣だけではない武技もあれば、魔術による戦いも経験してきた。自分より大きい相手とも刃を交えてきた。 その経験一つ一つが積み重なり、今に至る。自分だけではない。自分の姉の経験も共にあった。共に歩むことはもう叶わぬ願いだが、受け継いだ技と経験が確かに姉の存在を感じさせる。『二人』で積み重ねた一閃が、ミラーミスに刻まれる。 「これで終いだ」 アムの懐にもぐりこんだ竜一が二つの破界器を構える。必要な間合いは刃の半分ほど。最も平凡な男は最も平凡な間合を取る。それは基本に忠実である証。能力に依存するのではなく、当たり前のことを当たり前のように行う強さ。 その動きはさながら滝を昇る竜の如く。所作は少なく、されど込めた力は強く。自らの体の限界を引き絞り、爆ぜるように破界器を下から上に振り上げる。日本刀が斬り、西洋剣が裂き。異なる剣閃がアムに襲い掛かる。 「これが凡庸な男の戦い方だぜ」 二つの刃に切り刻まれ、アムは膝を突いた。 ●アムⅣ 勝てない。リベリスタの猛攻を前にアムはそれを悟っていた。このまま上の階層の守護者を召喚しても、おそらくは押し切られる。 負けること自体に悔いはない。他の守護者もそんな気持ちで挑んでいたのだろう。全力で挑み、だからこそ結果がどうあれ後腐れなく笑い会える。 だけどそんな気持ちにはなれない。私はまだ諦め切れない。 きっと自分は全力を出していない。何が足りない? 何が必要? 力? 体力? 心? 気力? 運? 攻撃? 防御? きっと違う。自分になくて、相手にあるもの。それは何? 最弱(ちっぽけ)な私(ミラーミス)にできることは何? 私が持っているものは何? ――? ああ、そう。そうですよね。 答えはとても簡単だった。可笑しくて笑い出したくなる。 ●膝を屈するには早すぎる 「ふふ……ふふふ……あはははははははは!」 突如笑い出したアムに唖然とするリベリスタ。 「ああ、すみません。いきなり笑い出してしまって。 皆さんに伝言があります」 伝言? 誰から? 疑問符を頭に浮かべながらリベリスタはアムの言葉を待つ。 「『俺たちも混ぜろ』」 言葉と共に現れるのは、見たことのないアザーバイドたち。だがその姿形はこの世界で出会った守護者に酷似している。 「皆様が戦わなかった階の守護者です。彼らもまた、皆様と戦いがっています。 勿論コピーです。本人ではありませんが、この私(せかい)のわがままにお付き合い願いますか?」 最弱(ちっぽけ)な私(ミラーミス)にできることは何? 私が持っているものは何? なんと可愛らしく、なんと憎らしく、なんと素晴らしく、なんと愚かしいこの世界の生きとし生ける者たち。 答えはいつも、目の前にあったのだ。 リベリスタに仲間がいるように。私は愛すべき者がいる。 さぁ、戦おう。まだ負けていないのだ。膝を屈するには早すぎる。 彼ら(リベリスタ)に恥じぬように。彼ら(愛する者たち)に恥じぬように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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