●夢幻の滄浪 使い込まれた天然無垢材の文机の上には時代掛かった黒電話が置かれていた。 電話線は何処にも繋がっていないけれど、何処にでも繋がっている。そも、部屋のインテリアから空気まで全てが一世紀前に染まった書斎においては、そういった電話の存在自体がオーパーツめいているのは確かなのだが。 (さて、いよいよのっぴきならない状況に見えるね) 机の上に片肘を突いた男は、この書斎と館の主人である。 中肉中背、年の頃は三十代程に見えるが全く年齢不詳の気が強い。驚く程美しい顔立ちをしている訳ではないが、独特の魅力を醸す不思議な雰囲気を持っていた。 指先で万年筆を遊ばせながら沈思黙考の顔をした彼は、随分長くこの黒電話と睨めっこをしている。頭の中で自分の流儀とこの大日本が現在置かれた立場の双方を勘案して中々出ない議論を戦わせていた。 (放っておこうかとも思ったけれど……) 引退したのはもう随分昔の出来事だ。軽く百年は前になる。正直な所を言えば、俗世に影響を与える形で関わり合いになる心算は無かった。『外の世界』は今をときめく、今を生きる人々のものなのだ。『死人』が登壇すべきかと問われれば、彼はそうは思わない。 「……しかし、だ」 西欧からの禍の来訪に、激動する日本は懐かしい維新の潮流を思い出させた。 あの時は――偉大な先達、素晴らしい仲間と不肖己の努力もあり日本丸は嵐の日々を泳ぎ切った訳だ。無論、現代の人々も同様にこの苦境を超えんと力を奮っているに違いない。だが、この所の日本の荒れ方は目に余るものがある。 『外』にそう気を配っている訳では無いが、友人に聞いた所によれば……これはもう未曾有の事態と呼んで不足無い。もし万が一、死人が口を出しても良いとすれば、こんな時以外にはあるまいと彼に考えさせる程度には。 「うん、止むを得ないね。人の世界の出来事ならばいざ知らず……」 事態が大いに『自分寄り』ならばと。 たっぷりの時間の後に一人ごちて頷いた男は己の中に結論を見出していた。 生ある限り己の流儀は大切にしたい所だが、日の本へ愛情は隠せない。何より――三代程代替わりなされてはいるが、敬愛する宮への忠誠心が無いと言えば嘘になる。一言では言い表せない位に、あの懐かしい時間は黄金めいていた。それを脳裏に描いた男の口元に微笑を湛えさせる程に、百年経った今も何ら色褪せてはいなかった。 「……おっと、いけない」 思い出に浸るのは何時でも出来る。 実際、然して代わり映えもしない時間をそうして長く彼は過ごしてきたのだ。 今は、今しか出来ない事をしよう、と彼は金縁の受話器を手に取った。ダイヤルを回せば、望む相手に繋がる――特別な電話は力あるアーティファクトだ。 「……もしもし? 僕だ」 暫くの呼び出し音の後に応えた相手に男は酷く不親切な自己紹介をした。 「何だって? 分からない。ああ、確かにね。そうか、君とは二十年振り位か」 言われて初めて彼は電話相手と話したのが二十年程前の一度きりだった事を思い出した。全くマイペースな男ではあるが、悪びれるようなタイプでも無い。 「ん? ああ……そうだ。思い出したのか、君は出来た後輩だな。 だが、そうだ。それだ、それ。僕には閣下は辞めてくれ」 電話相手は男の物言いに彼の正体を見事当てていた。予想外に名乗らずに済んだ男は機嫌良く目を細めて一度、二度と頷いていた。 「電話の用件なんだが……この所の騒がしさはこの『滄浪』にも伝わっていてね。 僕も日本国民の一人として――力を貸せないかと思った次第だ。尤も、今の僕には君達が担う未来を肩代わりする力も無いし、同時にその心算も無い。 僕に出来るのはささやかな手伝いに過ぎないが……そうか。 有難う、君は話が早くて助かるよ。流石『記録更新者』だね」 男は相手の対応から自分が間違ってはいなかったと確信した。 元よりその結論を疑っていた訳では無いが……実際に嬉しいものだ。 かつて己が築いたこの国の礎が、今も脈々と時代の中に生き続けているのを知る瞬間は。 ● 極東の島国は、数年前に穿たれた『穴』を契機に崩界を加速させた。 激戦の歴史を刻んできた国は、激戦の傷跡に向き合う余裕を与えられては来なかった。 否。食い止めることも癒やすことも、遅きに失する事はない。 今ならばまだ、講ずる手段は残されている。 「正直なところ、現状では状況は足りているとは言いがたいです。崩界を食い止める事はできても、逆行……つまりは補修ですね。これについて圧倒的に手が足りない」 深い溜息とともにかぶりを振る『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の言葉に、当然だろうと思うリベリスタは少なくはない。寧ろ、多数がそうだ。 昨今はあまりに神秘界隈の重大事が多すぎた。世界の安定性が順調に崩れていくのは当然で、対策一つなく攻略できる状態ではないのも事実。 大陸プレートに喩えられるが、実に的確だ。撓んだまま長期に亘って放置すれば破局的災害をもたらすものであることは、当然と言えるだろう。 「そこで、故意に崩界因子を発生させて撃破、崩界を僅かでも巻き戻せないか、と。そのような試みが採られました。恐らくは君たちの一部も存じているでしょうから、問題ないとは思いますが……簡単に説明しましょう」 ひとつ、アークのサポートを経て『結界内に崩界因子を具現化させる』。 ふたつ、リベリスタ達はそれらの『撃破』を以て崩界因子そのものを破壊し、崩界という概念を打ち消すことで崩界を緩和させることが出来る。 みっつ、単なる因子とはいえ、日本各地の伝承地・パワースポットを刺激する行為であるため、容易な戦いにはなり得ないということ。 当然だが、雑事はアークで総てセッティングするため、できうる限り戦闘に注力できる体勢を整えたい、と彼は言う。 裏を返せば、それだけの因子が存在するということでもある。警戒は十分に要る。 「ところで。こう言うと『日本』、つまり『大和国(やまとのくに)』だけが力を持っているように思えてきますね。ですが、果たしてそうでしょうか? この国は、ヤマトの血筋だけで成り立った国でしょうか?」 「……きな臭い話はやめてくれよ。何処の時代までで話を進めたいんだ、お前は」 夜倉が、ぞっとしない発言をする。 近年の日本国の立場を考えれば、彼の言葉に警戒する者だっているだろうに。当然、リベリスタの数名が顔を顰めたのを彼は見逃さない。 「なァに、大したことじゃないです。せいぜいが維新前ですよ。この国のかたちが龍の如しとは世の文壇は上手く例えたものです。頭と尾っぽを先住民が抑えていた国が、維新に伴う改革で真に龍としての体を成し遂げた、と考えればあの維新は実に世界に抗い得る糧を得た、とも言えましょう。ですから」 「北と南で抑えろってことか」 「ご明察です。更に言うなら『大和民族の中心』たる京の都も。というのも、これは僕が発案したわけではなく、『滄浪閣主人』……詳しくは月鍵君が知っているでしょう、かの方からの依頼という面もあります。少なくとも、この国の要衝三点を同時に抑えることで維新前の負の亡霊を断ち、この国の再生に向けるなら間違いなく利となるでしょう」 それで、と。夜倉は続ける。取り出された資料は、北方先住民族、アイヌのもの。 「皆さんには、北海道白老町、クッタラ湖に向かってもらいます。原生林が多く、アイヌ住民の人口率が高く、冬季封鎖区域であるここなら、思い切り戦えます。敵の構成は龍と狐。龍は常時ある程度の飛行を行いますが、デメリットなく行動できるので厄介と思っていただきましょうか。状態異常への抵抗力は高いですし、召喚も行うので優先すべきと思います。あと、狐の側ですが」 「……グレードダウンするんだな」 「いえ、そうでもないんですよこの狐。攻撃には強い病毒を伴い、咆哮で陣形を乱し、皆さんの攻撃に伴う追加効果をダメージで報い、極めつけには、受けたダメージを魔力に、魔力損失を生命力の回復で補うことが可能です。まあ、器用かといえば不器用な能力でしょうが……」 「ナメてはかかるな、ということだな」 「そうですね。曲がりなりにもこの二体はアイヌにおける神格の系譜です。名は『クトネシリカ』。……そうですね、『虎杖丸』(いたどりまる)と申し上げたら分かりますか?」 そう言って彼が手にとったのは、かの民族の口伝抒情詩。文字を持たぬ民の積み重ねが、そこにある。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月31日(土)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 獣のように吠え声を上げることも無く、龍の如くに身を捩らせ怒りを発散するでもなく、三流の隊士のように窮地に狼狽えることも無く。 剣を構えた幻影は、寸暇を置かずして雪白 桐(BNE000185)と刃を打ち合わせ、刃を構え直した。 タイミング次第では後衛を容易く狙いにいけるところだったろうに、それをさせない程度には彼が反応に優れていたということだろう。飄々とした言動ながら、侮れない圧力で刃を向けてくる相手に、剣士が笑みを深めたようにも見受けられた。 (飛んでたら中が見えるじゃないですか、なんでこんなものを……) 心中で自らの衣装についてごちる桐だったが、彼に拒否権などあんまり無い様子だった。 「アイヌの神様は女性には悪戯しないそうですから」 「叔母様のご要望です」 放った魔弾が龍の火矢とニアミスし、互いの体に突き刺さるのを微笑で済ます『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)と、半ば問答無用で雷撃をぶっ放す芹南 葵(BNE005125)が言葉を接ぐ。 そもそもの原因を作ったのは衣装をコーディネートした文佳な気がするのだが、桐が積み上げてきたなんちゃら(大体親類のせい)があるので流石に今回だけで全部悪いとはいえないわけで。 「よーっし、来なさい!どんだけ寒くてもあたしの心は燃えている!」 心は燃えていても物理的な寒さばかりはきちんと対策。下手を打てば凍傷不可避なので青島 由香里(BNE005094)の選択は正しかった。 大抵の人間は世の歌ではないが季節のせいとかで愛を育むのかもしれないが、リベリスタの場合なんでもかんでもエリューションとかアザーバイドのせいにするかもしれない。 助走もなく弾丸と化した狐の神格を手甲で受け止め、上方へと弾く。当然、自らも弾かれ後退を余儀なくされるが、それで躊躇する彼女ではない。 速度も一撃の重みも想像以上だったろうが、クリーンヒットを許さぬ程度には自らを鍛えている。どうということはない、と言いたげに。 「アイヌ伝承に出てくる剣に新撰組っぽい人とかなんか歴史の勉強しにきたみたいだね~」 魔力の応酬を縫って接近した『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が龍を視界に収め、笑みを深める。そもそもの任務のきっかけを作った相手も、身分こそ明かさぬまでも歴史に大きく名を残す者に違いはない。 歴史の因果に身を委ねる自分たちが、いずれ何らかの形で歴史へと介在することもあるのだろうか……そんなことをふと考えるが、思考を塗りつぶす攻撃性の前には詮無い話だ。 先ずは、目の前の歴史の遺骸を切り伏せる。 (これは、失われつつあるものの霊ってことなのかな) 闘気で覆った身を翻し、“機煌大剣ギガントフレア”を龍へと振り下ろす『輝鋼戦機』鯨塚 モヨタ(BNE000872)は相手の存在を十分に理解したとは言いがたい。少なくとも、彼らの中でも純粋にそれを理解している者が少ない以上、彼は比較的理解している側かと思うが……龍鱗の感触は重く、確実に打撃を通すことの難しさは一合で理解できた。 三体の崩界因子を数人ずつで受け止めるのはかなりの持久力を要するが、彼らの疲弊を支えるのが神聖術師の役割でもある。 「夜倉さんのおっしごと~♪」とか喜び勇んで戦場に参じた『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)は、その呑気な発言とは裏腹に実力も状況判断も高い域にある人物だ。少なくとも、彼女の回復がうまく回っている限りは、そして、相手の自由を極端に許さない限りは、リベリスタ達は『比較的』優位に立っていると言わざるをえない。圧倒的な回復の波濤は、相手によっては体力の過半を補うレベル。戦意高揚の意味でもその存在感は強いといえるだろう。 ……殆どの仲間が外見が着膨れしているのに対して、彼女がなぜ平常な巫女装束で耐えられているのかは、内側に着込んだあれやこれやの衣装のおかげである。外側をカバーするか内側に空気の層を作るかの違いだが、どちらも防寒としては正しいので問題ない。 一番怖いのはやせ我慢による悪影響だったが、彼らは戦場に躊躇や慢心を持ち込まない。少なくとも、勝利までは。 龍の短い咆哮に応じたように、半透明の小型龍が現れる。戦局を機敏に読み取った号令に、それらは小夜を集中して狙おうとするが、それは余りに安直だった。 (空港で好き放題できるとか久々だわ。頑張ろう) 飛来した龍の連撃を、自らを盾として藤代 レイカ(BNE004942)が受け止める。高精度の一撃であるだけに、貫通力が高いことは否めない。それでも、小夜とは比べるべくもない防御力の前では間違いなく有利に立っている。 回復手をメインとして戦場に絶えず視線を走らせる彼女の意識下で、任務完了後の空港豪遊プランが組み立てられているのは理解できなくもない。新千歳空港のここ数年の設備上の躍進は、地元民ですら舌を巻くと言われているだけに、その期待が高まるのも頷けよう。 「で、雪白さんは防寒、大丈夫? 女は20歳過ぎて身体冷やすと後でくるわよ?」 どことなく『分かってて言ってる』感を思わせるレイカの言葉に、桐は応じない。感情的になっているわけではなく、ただ目の前の相手を抑えるので手こずっているだけである。 「崩壊因子の具現化とはいえ、神話の存在と遣り合えるとは」 斬り合いの勢いが一合ごとに増しているのは、彼とて既に理解していた。小夜の回復が十二分に効果を上げているのが、そこに立つ事ができる理由の一つであるゆえに。 と、剣士は僅かに剣を引き、一瞬の溜めの後に一気に踏み込んできた。緩急を付けたタックルに似た剛撃は、確かにデュランダルのそれに近い性質を感じさせる。 距離を空けられたこと自体は、十分対応可能だ。――剣士の動きがそれで止まるなら、だが。 上半身を揺らし、大きく地を鳴らした踏み込みが龍を刻もうとした終の方へと指向する。 咄嗟に身を引いていなければ刃を深く受けていただろう。左肩から袈裟懸けに振るわれた刃は軌道こそ逸らせど、十分に深い刀傷を残させた。 「折角こっちに来てくれたんだし、オレが引き受けるよ☆」 「こっちの龍はおいらが!」 痛くはない、など嘘になる。先手で全てをコントロールするタイプの終に、痛撃の被弾は言うほど多いケースではない。かといって、全くないわけでもない。泣き言を述べていてはいけないと、理解している。 重々しい気配を纏い、周囲に闇を落とそうとする龍の能力もまた、危険だ。それを引き剥がす役割は、モヨタが率先して担う。もとより、自分の元から逃れさせる気は最初から無い故に。 ● オォ……ン、と狐の咆哮が天を衝く。 狼にも似た声音で放たれたそれは瞬く間に冷気を帯び、周囲の雪を巻き込んで地吹雪を巻き起こす。空間そのものを凍らせようとしているのか、はたまた巻き上げることでそれらを吹き飛ばそうとしたのかは分からないが、幾名かのリベリスタ達を凍りつかせるには十分なものだ。 仮に、だが。防寒の備えがなかったのであれば被害はこの比ではなかった可能性も十分、あった。 だが、吹雪を突き破って狐の前足を握りしめたのは由香里である。 吹雪の実質的な打撃を避け、前進した動きは既に相手の肉体をどう叩き落とすか、計算を重ねている表情だ。守りなど無意味。しっかりと抱え込んだ身は然程大きくもなく、放り投げるに苦でもない。 叩き落とされた狐がふらついているところからも、間違いなく有効打を叩き込んだことは明白だった。 有効打が、即ち決定打になり得ないあたりがフェーズ3以降の恐ろしいところであるが。 「まあ、悪い狐はやっつけないといけませんからね。尻尾の戦力比にして14.5倍! 圧倒的なのよ」 接敵前に「なんだかんだで人類滅亡」とか15年位前の編集者みたいなことをのたまってた人の口から出たとは思えない発言だが、負けの予防線な台詞ではなかった以上そういう事になるか、と思えなくもない。 そもそも、葵は細かいことに固執するタイプではない。その程度で慌てふためくようなら、長生きなど出来ないとばかりである。 生きているのは『現在』。対峙しているのは『過去』。価値観も同じこと。 そんな相手にかかずらっていられるほど、彼女は緊迫感を持つタイプではないのだ。 「これ以上崩界を進めるわけにはいかねぇんだ!」 モヨタが刃を構え直し、力強く叫ぶ。 龍とて、他の崩界因子と比べれば弱い、程度で強敵の類であることは間違いないが、絶え間なく弾き出される雷撃と、モヨタ、そして手隙となった桐との集中攻撃をしてそう耐えられるものではない。 分身体を残し、うっすらとその姿を消失させていく。数十秒後にはその分身も敢え無く消失する運命にあるのは事実である。 終と剣士との打ち合いは、一瞬の隙も痛撃に直結するレベルで応酬を続けていた。 戦闘の優先順位から、彼一人で抑えるべき時間は短くはない。動きを止めることが出来るだけ大分楽ではあろうが、磨り減る神経のレベルは大分違ってくるだろう。 (でも、このチャンスを無駄にするわけにはいかない) バランスを失した七派も、バロックナイツとの戦いも、閉じない穴の存在も、世界を歪ませ続けている。ここで時計を巻き戻せない限り、日本には未来の目がないのは確かだ。 だから、止める。彼の望む終わりは、幸福であることが絶対条件なのである。 由香里と狐の戦闘は、その殆どが由香里による防戦に偏っていた。元より積極的に攻めるのが主体ではない彼女にとって、耐えることは苦ではない。回復手段が潤沢であろうと消耗が避けられない戦いで、相手すらも回復手段を持ち得るのだから手に負えない。 だが、前衛の手が空いた今であれば、それも敗北要因にはなり得ない。二度目の吹雪が湖を席巻する中、“まんぼう君 Evolution”が高く掲げられ、一気に狐の頭部へと食らい付く。驚くべき耐久力でそれを受け止めた狐に敗色の覚悟は見えないが、横っ腹に文佳の魔弾を受け続ければ話は別だ。 潤沢な魔力と自己回復を行う敵は、それ以上の火力で制圧すればいい。単純ながら強力な摂理は、居合わせたリベリスタの総力が高いからこそ許されるそれである。 崩界因子に、味方意識が無いわけではない。だが、剣士は狐のカバーに回れるほど楽な状況ではないことも確かだった。 「ちょっとバチあたりかもしんねぇけど、崩界の因子なら……」 「神格がそうなってる時点で締りがないからいいと思う」 気負いもあれど、若干の違和感を覚えて手が止まりかけたモヨタに、由香里はひっそりと告げた。 正味のところ、倒さなければ崩界を推し進めるだけの存在に信仰も崇敬も存在しない。彼らにできることはといえば、その格が悪い意味で貶められないように、全力で撃破すること、ただそれだけなのである。 「口伝で伝わってる以上、正解がわからないしどれが力を持ってるかも判らないね。アイヌで狼(ホロケウ)が力を持ってないのは片手落ちな気がするけど」 寧ろ、狼は新選組なのでは? と思ったことは喉の奥で飲み込んだ葵である。結局のところは数が増えようが減ろうがやり方は変わらず、ただただ数を減らすのみ。 終が正面から剣士の動きを惑わし、一瞬の後に背後に回る。二度目の剣戟に被せるように振り下ろされたのは、モヨタの一撃。 剣士の口角がやや上がったのを彼らは幻視する。それに言及することもできぬまま、見る間にひび割れていく刀と共に彼は姿を消していく。終わり際に見せた舞は、見事ながらに恐ろしいと認識するべきものだったが。 文佳から分け与えられた魔力で、渾身の投げを放った由香里が蹈鞴を踏む。 当然、と言わんばかりに既に動き出していたレイカが彼女に背を預け、前進しながら一気に狐へと飛び込んで斬撃を繰り出す。 たまらず後方へ跳躍した狐を、しかしリベリスタは見逃さない。 地面から伸びた木の根を桐が斬って捨て、正面からアタッカーが怒涛の如く追いすがる。絶えず手傷を負う彼らを、一切慌てた様子もなく涼しい顔で回復し続ける小夜も大概なものだが……その脇を固め、次々と魔力を打ち込んでいく後衛も、対単体だったなら涼しげに戦局を押しつぶしていただろう。 何より、彼らは目的意識が極めて強い。世界の維持という大義名分はもとより、この戦闘を終えた後が控えている以上は一切、立ち止まる気はないといわんばかりだ。 「歴史を止めたり、消させたりしない。だから」 安心して、と言い聞かせるように、終が滑らかに“氷棺”を振りぬき、動きを止める。続けざまに叩きこまれた魔力と斬撃により、崩界因子の結界共々、狐は遠吠えを残して姿を消した。 ● 「コインロッカーに着替え用意してあるし、空港の温泉で汗を流そう。それから色々楽しもう」 「蟹とウニも食べたい」 「おいらも久々に故郷の海の幸が……」 場所は変わって、新千歳空港。 映画館やら温泉やら菓子メーカーの専門ショップやらが軒を連ねるとんでも地帯のコインロッカー前で、今後の計画を考えるリベリスタ達の姿があった。 どことなく遠い目をしている小夜と、ロッカーの中身に何も言わない桐とが少々気がかりな気もするが、これが日常と思えば問題もないだろう。 ……こうしていられるように、世界の命運を永らえさせたのだから、少々のバケーションには目をつぶるのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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