●One cup of tea わたしのお友達は小鳥のさえずりと暖かな日の光。庭に吹く風。 焼きたてのバタークッキー。どっしりとしたチョコのブラウニー。色とりどりのマカロンたち。 それから、とっておきのフルーツタルトとショートケーキ。特別な日は苺が二つになるのよ。 毎日毎日丁寧に磨かれて、今日もお仕事の時間。 熱々のセイロンティーを受け止めて、さあ、あなたを満足させてあげる。 晴れた日は外でお茶にしましょうね。お花の香りを感じながら。 雨の日でもがっかりしないで。滴る水音を聴きながら飲むお茶も、悪くはないものよ。 雨粒に烟る外を、薄暗い空を見つめながら、明日は晴れるかしら、なんてお話をするの。 そうしているうちに、ほら、雨が上がるかもしれない。虹が出るかもしれないわ。 やっぱり雨降りだったら、そうね、お日さまの下で咲くお花にもお茶が必要なんだから、たまにはいいんじゃないかしら、って思っておくの。 そうして繰り返されていた毎日。 これからもずっと続いていくと思っていた毎日。 でも、どうして? どうしてかしら? いつの日から、わたしはお外に出なくなってしまったの? 広いテーブルの上に置き去りにされて、一人ぼっち。 すっかり埃を被ってしまったわ。これじゃあお茶を入れられない。 わたしはもういらないの? もう用済みなの? わたしはわたしでいられないの? わたしの名前はティーカップ。 わたしの名前はティーポット。 どうして、誰もわたしを呼んでくれないの? ●Briefing 「今回はちょっと変わったエリューション」 そう切り出した『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の手には、白い上品なティーカップがあった。リベリスタたちの視線が集まる。 「エリューション化を起こすのは、この子。ひと組のティーセット。エリューションと呼ぶには、可愛らしすぎるわね」 イヴの示した資料には、精緻な花柄の装飾が施された茶器が映し出されていた。 住宅地の外れにある、今は誰も住まわない廃屋となった一件の邸宅。 その邸宅のテーブルに静かに取り残された茶器が、今作戦の対象となるエリューションだった。 「もともとそこに住んでいたおばあ様に大切にされていたティーセットみたい。でもある日おばあ様が亡くなって、家と一緒にティーセットが取り残された」 それがエリューション化したのだ。 「このティーセットのエリューションは人を獲物として招こうとする。いくら見た目が可愛らしくたってエリューションだもの、このティーセットのお茶を口にしたら、無事では済まされないわ」 だからそんな被害が出る前に、エリューションを破壊し、討伐してほしいの、とイヴは言う。 「変わっているのは、その討伐の仕方。あなたたちには、エリューションの前でお茶会をしてほしいの」 「お茶会?」 リベリスタが不思議そうに問い返した。 「そう。このティーセットの中には、ある種の『毒素』が溜まっているみたい。これをただ破壊すれば、溢れ出すその『毒素』によって周囲一帯が深刻なダメージを受ける」 よって『万華鏡』の予知により、このエリューションに対して物理的・神秘的な攻撃を現段階で直接加えるのは危険であるという結論が出ていた。加えて、明らかになっている事柄が一つ。 「お茶会をして、ティーセットを満足させてあげて。そうすれば、自ずと『毒素』が無力化されて吐き出されて、消滅していくのがわかるはず。その『毒素』さえなくなってしまえば、あとは床に落とすでもなんでもして、茶器を割るだけでいい」 簡単な任務よ。とは言っても、エリューション化したティーセットのお茶を飲んだりはしないようにね、とイヴはぽつりと付け加えた。 「その『毒素』がなくなったかどうか、というのは傍目から見てわかるもの?」 「……白い吐息」 リベリスタの問いに、イヴはそう応えた。 「ポットの口から出る湯気のようなものね。その吐息には害はないわ。吐息が止まったら、『毒素』がなくなった、と思ってくれていい」 なるほど、とリベリスタたちは頷いた。 哀れな小さなエリューション。怪異と化したばかりに破壊される運命にあるもの。ほんのささやかな任務。それなのに、何故だか遣る瀬無い気分になりそうだ、と誰かが心の隅に思った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ニケ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月25日(日)22:36 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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●Are you ready? 太陽の合間に微かなみぞれが降る日だった。日が射すおかげで、外の空気は程よい冷たさと温もりを宿していた。 三高平市の住宅街、その外れにある一件の邸宅。今は誰も住まわない廃屋となっているが、品の良い内装や様々な種類の花が植えられた花壇など、そこに暮らしていた人物の穏やかな人となりが伝わってくるような面影をそこかしこに残していた。 その邸宅の一角。締め切られていたダイニングのカーテンを大きく開き、シーヴ・ビルト(BNE004713)が窓の向こうの景色にはしゃいだ声を上げた。 「お庭だーっ! お庭が見えるよっ!」 大きな窓の外に広がっていたのは、柔らかそうな芝生が敷き詰められた広い中庭だった。 しばらくの間、人の手が加えられていなかったためであろう、芝生はやや伸び、生垣もその形を崩してはいたが、かつての見事な庭を連想させるに足る美しい眺めだった。 「綺麗な庭だね。いい場所。やっぱり今日は外でお茶にしようか」 『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)は、生前ここに住んでいた優しげな老婆の姿を思い描きながら庭を見つめた。 咲き誇る花々。青々とした芝生。風に香るお茶の芳香。そんな光景が映し出されるようだった。 彼女がこの地へ来て最初に覚えた感情は、『寂しさ』だった。 今はたくさんの仲間がいる。それでも、一人でいる時にはその寂しさを思い出す。 リリィは広いテーブルの上に置かれた一組のティーセットを振り返る。 エリューションと化し、無辜の人間を招こうとする小さな異物。ティーセット――『彼女』もまた、同様の寂しさを抱えているのかもしれなかった。そんな気持ちが少し分かる気がする、と思った。 「依頼という体ですが、まぁ普通にお茶会ですねぇ。せっかくですし、のんびりさせていただきましょう。そういう長閑な空気こそが、このティーセットが在ったところでしょうからね」 ティーポットの冷たい表面を指先でなぞり、『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)も『彼女』の主がいた頃を想像する。穏やかでのんびりとした時間。束の間ではあるが、そんな時間を取り戻してあげることができたら。 「そのためにはまずは準備ですか。できるなら飲むのや食べるの専門がいいのですがねぇ……やれやれ、働かざるものなんとやら。まぁ動いた後のほうが、お茶もお菓子も美味しいと思いましょうか」 最初は掃除ですね、とシィンは肩をすくめて腕まくりをする。 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)と『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)も、この世にぽつりと取り残された茶器をそれぞれに撫でた。 ――遺されるものの気持ち。そういう事を考える機会は、ボトムに来てから何度かあった。 ヘンリエッタは思う。人は老いる。そうして、自分たちよりも先に逝ってしまうのだろう。ヘンリエッタと『彼女』は、どこか少し似ているのかもしれない。 「大丈夫、寂しがらないで。迎えに来たよ。キミの大好きな彼女には及ばないかもしれなけれど……最高のお茶会を開こう」 「使用されなくなった想念を解消して問題が解決するなら、そういたしましょう。全力で参ります」 「まずは掃除を、ね」 「がんばりましょー! えいえいおーっ」 ヘンリエッタと凛子が顔を見合わせて苦笑する。シーヴの元気な声が、ダイニングに響いた。 彼女たちのそんな姿を、花模様のティーセットは静かに見つめていた。そのポットの口から、細く白い湯気のような吐息が上がる。にわかに取り戻したざわめきを喜ぶかのように。 オークウッドのテーブルを拭き上げ、凛子はふう、と一息をつく。 主を喪い、朽ち始めていたダイニングを元の姿に戻すのはなかなかに骨が折れる仕事だったが、張り切って鼻歌混じりにはたきを振るうシーヴや、主の生前の部屋の様子に戻っていくたびに嬉しそうに吐息をつくポットを見ていると、その疲れも癒されるようだ。 医術の世界に身を置く凛子にとって、今回エリューションと化したティーセットもまた、真摯に向き合うべき命の一つだった。 「ハル、そっちはどう?」 「水回りはオーケーだよ。リリィのほうはどうだろう?」 「いい感じだよ。カップもお皿も綺麗に磨いたよ」 エリューションとなったティーセットは、内に溜め込んだ『毒素』のためにすぐには利用できない。 そのため、邸宅に残されていた来客用のポットとカップを一時的に使うことになった。 淡いブルーの茶器をそっとエリューションの隣に並べ、リリィは小さく笑んだ。 「あなたのお友達だよ。今日はよろしくね」 エリューションが細く吐息を吐き出す。少女の小さな溜息のように。 「こちらもいいでしょう。だいぶ綺麗になりましたよ」 懸命に床を掃いていたシィンが汗を拭う。ぱたぱたと嬉しそうにはたきを振るっていたシーヴも、満足そうに部屋を見渡した。 「きれいになったー!」 「うん、綺麗ですね」 凛子に頭を撫でられ、シーヴはきゃいきゃいと喜んだ。 皆が自然とエリューションとなったティーセットの元へ集まってくる。 今は亡き主のいた頃を思い出すのだろうか。先ほどからティーポットはゆったりと白い吐息を零していた。その微かな吐息は、彼女たちには紛れもない喜びに見えた。 「さあ、最後はキミの番だよ。オレたちが綺麗にしてあげる」 ティーセットのエリューションを、ヘンリエッタは乾いた柔らかな布で優しくその身に積もった埃を拭う。ほうっとティーポットが吐息をついた。安らぎに身を任せるように。 さて、とシィンは腰に手を当て、綺麗に掃除されたキッチンを見回す。 「次はお菓子作りですか。まあ頑張りましょう」 「何をつくろうね。シィンは、食べたいものは、ある?」 「そうですねえ。おやつにはチーズケーキあたりが食べたいですねぇ、ホールで切り分けるタイプの。皆でつつくからこそ、こういう時は美味しいのですから」 「同感ね。あなたは、何がいいと思う?」 リリィはティーポットに長い耳を寄せ、その音無き声に耳を傾けた。 不思議と、ティーセットを通じて『彼女』とその主の記憶が伝わってくるようだった。 「うん、クッキーがいいね。あなたの思い出なのね」 「ふわふわのお菓子がいいなぁ、お口の中でふわーって広がるようなっ」 リリィの耳に響いたのは、今度は明確な音を持つシーヴの夢見るような声だった。リリィはくすりと笑う。 「ムースケーキとかっ、ホイップケーキも良いなぁ。あ、あとクリームたっぷり入ったシュークリームとかっ」 「そうだね。一緒に作ろうか。みんなで手伝ってもらったら、きっと色んなお菓子が作れるから」 「作るのです! ふふふっ、姉妹の以心伝心の調理技術を見るのですっ」 「オレもお菓子作りを手伝おう。ボトムのお菓子の作り方はレシピ本でしっかり学習してきたよ。だが、ここはやっぱり」 皆が凛子の顔を見る。その名の通り、凛とした彼女の横顔が、やや照れくさそうに揺れた。 「凛子さんの出番、ですね」 「凛子おねーさんのレシピにそわそわっ」 「頼りにしているよ、凛子さん」 「リンコは料理が上手いんだってね。味見もして欲しいな」 凛子は並んだそれぞれの顔を見渡し、 「まずは薄力粉を量るところからですね」 と笑んでみせた。 しばらくの間誰にも使われていなかったキッチンに火が灯る。 牛乳と適量の水、バターと塩を鍋に入れ、火にかける。ぐつぐつと煮立ってきたところで、火から下ろし、ふるった薄力粉と強力粉を混ぜていく。 凛子のてきぱきとした指示に合わせて、シィンとシーヴがシュークリームの生地を作っていく。 鍋の中身をボウルに移し、木のヘラで卵を加え練り込むうちに、生地が柔らかくとろりと垂れてくる。 「うん、生地はそのくらいで良いでしょう。あとは天板に絞って、霧吹きで軽く濡らしてから焼くんです」 「わかりました。うまく膨らむといいですねえ」 絞り袋に生地を入れ、シィンが慎重にシートの上に生地の山を作る。 シーヴは隣の凛子のボウルの中身を覗き見て、ふんふんと楽しそうにその香りを味わっていた。 「うーうー、クリーム美味しそう……。だけど完成するまで我慢の子っ。おねえちゃんだもーん!」 「ふふ、少しならいいですよ」 凛子が差し出したスプーンに、たっぷりと黄色いクリームが乗せられる。卵とバニラビーンズ、生クリームの芳香が混じり合い、その優しい甘さが見ただけで舌を潤わせるようだった。 「味見していいの? わーい、やったーっ」 ぱくり。シーヴがスプーンを咥えた途端、うっとりとその目が笑みに溶けた。 「んーっ、甘くておいしいのですーっ!」 「それは良かったです」 「こちらのシュー生地作りも責任重大というものですねえ」 天板をオーブンに入れ、焼き上げる。生地がゆっくりと膨らんでいくのを、シィンは興味深そうに見つめていた。 「……勉強してきたとはいえ、実際に作ったことのないものはなかなか加減が分からないな。凛子さん、卵白はこれくらい立っていれば良いのだろうか?」 別のボウルで泡立て器をしゃかしゃかと振るっていたヘンリエッタの手元を見て、凛子が頷く。 「ええ、もう少しでしょう。角が立つくらいになったら、いい具合です」 「ふふ、やはり実際に作りなれている人は手際が良いね」 やる気が出るよ、とヘンリエッタは笑った。こちらはホイップケーキとチーズケーキの担当だ。 「ハル、クッキーの味見、お願いしていい? うまく出来てたら嬉しいな」 リリィがミトンをはめた手で、オーブンから天板を取り出す。 可愛らしくハートや星型に型抜かれたクッキーが、甘い香りを立てながら美味しそうな焼き色のついた面を見せている。 「あぁ、出来立てだ、美味しそうだね。それじゃ、味見させてもらおうかな」 「うん、おひとつどうぞ」 一噛みすれば、さくり、と良い音が鳴る。 「……うん、美味しい。さすがおねえちゃんだ」 「本当? 良かった」 「シーヴも味見させて貰うといい。ふふ、待ちきれない様子だ。火傷しないように気をつけて」 「そうだね、シーヴお姉ちゃんもどうぞ。焼き立てだから、注意してね」 ココア生地で出来たクッキーを一枚差し出され、シーヴはきらきらと目を輝かせた。 「やったーっ! ひゃうっ、あちゅいーっ! ふーふー……ふにゃ、さくさく美味しいのですっ」 「ふふ、お粗末さまです」 シーヴの素直な感想に、リリィも嬉しそうに応えてみせた。 レースのペーパーを敷いた白い皿に、ココアの黒とプレーンの茶白、二色のクッキーを彩り良く並べていく。 チン、と音を立て、シィンが見守っていたシュークリームの生地が焼き上がりを知らせた。 ぷっくりと膨らんだそれをすぐにでも取り出したい衝動を堪え、しばらくオーブンの中で乾燥させる。シィンの左右色違いの瞳が、どこかそわそわと疼いた。 「……うん。オレのほうも良い塩梅だ。どうだろう、皆」 ヘンリエッタの手で熱々のオーブンから取り出されたチーズケーキの美しい小麦色の焼き色と、たっぷりとクリームの塗られたケーキに、誰からともなく歓声が上がった。 「わーい! 完成だーっ!」 「素敵な焼き加減ですね。上手です、マリアさん、アーパーウィルさん」 料理上手な凛子のお墨付きだ。香ばしい匂いに包まれたキッチンで、皆が微笑みを交わした。 「お外でお茶会っ。お菓子一杯運ぶのですっ」 「ちょうど雪も止んだね。さあ、お茶にしようか」 ヘンリエッタの呼びかけに、ティーポットがひときわ大きな白い吐息を零した。 ●Let's tea party 凛子がアクセス・ファンタズムから取り出した白い丸テーブルと椅子に、綺麗なクロスがかけられる。 邸内から持ち出した花瓶に大きな色取り取りのブーケを飾り、ヘンリエッタは満足そうに頷いた。 「……うん、立派なお茶会だね」 「さあ、今日の主役の登場ですよ」 シィンの手で運ばれてきたのは、エリューションとなったティーセットだった。 テーブルの中央、たくさんのケーキとお菓子に囲まれて、ティーポットは先ほどからぽわぽわと嬉しそうに吐息を吹き上げている。『毒素』が抜けるのも、もう間もなくだろう。 「お菓子っお菓子っ、食べて良いかなぁ?」 「そうだね。冷めないうちにいただこう」 リリィの言葉に、皆が手を合わせていただきます、と声を揃えた。シーヴはややフライング気味だ。 「賑やか良い気分っ。ティーセットさんも楽しい? ふにゃあ、私も楽しいのですっ」 ティーポットが息をつく。楽しい、と答えるようだった。 ぱくぱくとお菓子を手に取るシーヴの口元を見、凛子がくすりと苦笑した。 「シーヴさん、お口にクリームがついてますよ」 「ふにゃ?」 きょとんとしたシーヴの顔に、一同のどこか最後の一線で張り詰めていた気が緩み、一斉に破顔した。 「少しはこのティーセットたちの寂しさが紛れてくれれば……叶うなら、楽しんで貰えるといいけど。それにはまず、オレたちが楽しもう。……うん、どれもおいしい」 ヘンリエッタの言葉の通りだった。 シーヴの口元をレースのハンカチで拭い、凛子が笑う。 「これで美人さんに戻りましたね」 焼きたてのシュー生地にクリームをはさみ、大きなホールケーキは切り分けて磨き上げられたぴかぴかのお皿の上に。クッキーは二色好きなほうをお好みで。凛子が作ってきた特製のスコーンもあった。苺とストロベリーのジャム、クリームチーズも添えられている。バスケットに入れて持ってきました、と言って凛子が取り出すと、彼女たちの間で感嘆の声が上がった。 お茶は紅茶、ダージリンとアッサムのブレンドティ。 ゆっくりと太陽が空を動いていく下で、しばしの間彼女たちの談笑の声が響いていた。 『……そう。『毒素』は抜けたのね』 アーク本部に繋いだ端末の向こうで、イヴがどこか安堵したように呟いた。 「うん。もう一時間くらい前から吐息は出てないよ。それで念のため確認なんだけど、『毒素』が抜けたこのティーセットは使っても大丈夫? 最後に使ってあげたいの」 リリィの訴えに、イヴは「ええ」と返した。 『放っておけばまた『毒素』が溜まると思う。だから一度は壊さないといけないけれど、『毒素』が抜けたばかりの今なら、貴女たちリベリスタなら大丈夫よ』 「そう、良かった」 「破壊の点についても確認したいのですけど、ティーセットの繋ぎ目の一部を切り落とす、といった壊し方でも問題ないでしょうか? 修復が可能な形で済ませたいんです」 「ちょこっと壊れてもしっかり直すのですっ」 『……優しいのね』 凛子とシーヴの言葉に、イヴが笑った気配がした。 『問題ないわ。貴女たちに任せる。……貴女たちにこの任務を担当してもらって、正解だったかもしれないわね』 それじゃあよろしくね、と残して、端末は切れた。 「……お墨付きもいただいたことですし。今日の主役に活躍してもらうとしましょうか」 シィンがエリューションとなったティーポットを手に取った。今は何の力もない、ただ老婆と平穏に日々を過ごしていた頃の、小さな可愛らしい茶器としての姿を取り戻している。 ポットを温めて、淹れるのはセイロンティー。『彼女』の思い出の紅茶。 ――その毒はきっと、キミがずっとずっと抱えてた寂しさだから。 だからきちんと受け止めて、一緒にお茶会を。リリィは思う。 孤独に取り残されていたティーセットが、今、眠りから目を覚ます。 ●Reverie tea party 「こういうものを直す事もできますからね」 「ほう、見事なものだ」 ティーカップやポットの継ぎ目に凛子がメスを入れ、綺麗に『破壊』した後、再びそれらを接合し修繕するという案が満場一致で通った。その手際の良さに、ヘンリエッタが感心した声を上げる。 「いぇーい、みっしょんこんぷりーとっ」 主を喪い、行き場を失っていたエリューションのティーセット。その行く先に救済があることを、誰もが願っていた。これは心優しいリベリスタたちがもたらした、救いの形だった。 新しいティーセットの主は、シィンとなった。忘却した過去に別れを告げ、新たな自分で生きる決意をした彼女。生まれ変わったティーセットに相応しい主だろう。 「またみんなでお茶会したいのですっ、もちろんティーセットさんも一緒にっ」 「うん。また一緒にお茶にしようね」 シィンの胸に抱かれたティーセットの前で、『彼女』と共に。リリィとシーヴが、細い小指を絡めて、約束を交わした。今ここにいるリベリスタたちと、そして『彼女』との約束だ。 悪い夢の終わり。そして、新しい夢の始まりだった。 ――なんだか夢を見ていたような気がするの。寂しい夢だったわ。 誰もいなくなって、わたしだけが取り残されてしまう夢。 きっとずっとお部屋に引き篭っているから、そんな夢を見ちゃったんだわ。 夢は夢、これでおしまい。 さあ、わたしを手に取って。 わたしの名前はティーカップ。 わたしの名前はティーポット。 今日もあなたを満足させてあげる。美味しいお茶はいかがかしら? 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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