● 北陸の原子力研究施設内で緊急の警報が鳴り響いている。 テロリスト達による突然の襲撃は、この現代日本の中でそれほど強固には対策されていない。 世界的な意味で永遠に発展途上と言い換えたほうが良いだろうか。 そうだとしても、事件そのものは警察組織、或いは自衛隊等による作戦行動があればいずれ解決出来るのだろう。 とはいえ例外もある。仮に神秘に冠する事案であればどうだろうか。 それならば事が起こる前に、アークという強大無比な秘密組織が瞬く間の内に事態を解決してしまう そしてそれは多くの人々の目や耳には入らず、いつの間にか消えてしまうのである。 ならばこの日の事案はどうなのだろうか。 施設に進入したのはいずれも黒ずくめの六名であり、使われた武装は現代の銃器類である。 この事件で神秘の力は一度も使われていない。 つまりこの事案は前者に該当するのだろうか。 「だいたいこんな所だな」 青年が目出し帽を脱ぎ捨て、銃器を投げ捨てた。リノニウムの床に甲高い音が響く。 彼の名を『死線上の羅刹』勇 司(いさみ・つかさ)と言う。フリーのリベリスタ――であると、今日まで考えられていた。 「放送機材は問題ない様ですね」 「おもかったよー」 トラックから運ばれた大掛かりな荷物は、いずれも現代的な代物に見える。 だがなぜ。リベリスタとして活動していた彼等――『緋色の血盟』が、この様な事態を引き起こしたのか。 ● 「彼等の目的は、神秘に関する事象、その情報をあまねく広める事……らしいです」 ブリーフィングルームで端末を操作する『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は資料を広げた。 「なるほど」 風宮 悠月(BNE001450)が瞳を細める。 度重なる崩界レベルの上昇は数多くの神秘的事案を引き起こしている。 さらにその被害は深刻さを増すばかりといった世相の中で、彼等は神秘に対して全世界的に取り組む必要性をアークに主張してくるつもりらしい。 「それにしても、ずいぶん手荒ですね」 レイチェル・ガーネット(BNE002439)が述べた通り、彼等の手口は非情極まるものだった。 原子力研究施設の武力占拠は多くの血を流す予測がされている。 さらに彼等は世界へ、インターネットストリーミングサイトを通じて情報を発信する算段らしい。 「でもエスターテちゃん。ネットを見て、みんなは信じるのかな?」 「どうでしょうか」 ルア・ホワイト(BNE001372)の言葉に、エスターテはやや言葉を詰まらせながら続けた。 例えばそうした状況を作り出しながら、神秘に関する大きな事件を引き起こせばやがて世界は否応なしに知る事になるのかもしれない。 「ところでこれさ、僕等おもいっきり意識されてるよね」 「そう思います」 御厨・夏栖斗(BNE000004)の言葉をエスターテは肯定した。 これまでのリベリスタとしての活動。アークとの緩やかな共闘関係。神秘の力を使わない迅速な武装占拠。 どれをとっても、アークとカレイドシステムを意識しての行動だと思える。 「けど今のところ。神の目――カレイドシステムを欺く事は出来なかったって訳だね」 そう述べた設楽 悠里(BNE001610)は嘆息する。 「はい」 事件が発生するのは、今から僅か先の事。 アークに分かってしまっているのだから。結局の所、彼等は現時点で仕損じているという状態ではある。 「とはいえ悠長にしている暇はなさそうではあるが」 新城・拓真(BNE000644)が述べた通り、万華鏡によって観測出来た時間にそれほど猶予がある訳ではない。 アークの対処が遅れれば彼等は恐るべき対策を行うつもりなのだ。 「汚れたエリューション、ですか」 レイチェルの声が掠れた。 崩界度の記録的上昇は、日本に重篤な神秘的事象が発生しやすいということを示している。 そんな中で、核物質をばらまく事で物理的な汚染を広げると同時に、汚染されたエリューションを生み出せるという状況は何を意味するだろうか。 「そんなものとは、誰も戦えないかもしれない」 呟いた悠里は背筋が冷えるのを感じた。 近代兵器を無効化する界位障壁を備えたフェーズ3以上のエリューションは、神秘の力で対抗する他ない。 そんな存在が致死性の汚染を帯びていたらどうなるのか。想像とてしたくない事態だ。 「とにかく情報を整理しようか」 夏栖斗の呼びかけに一同が頷く。 敵は緋色の血盟というフィクサード組織だ。 今日、現時点をもって彼等はフィクサードとして認識されたのである。 その構成員は六名。 「作戦は、概ねいつも通りという訳ですか」 「はい」 リベリスタが行うべき事は、厄介だが単純ではある。 現地へと迅速に赴き、フィクサードを撃破すれば良い。生死とて問わないから単純な事態だ。 「あとは相手の編成か」 そして万華鏡とアーク本部から矢継ぎ早に飛び込んでくる新たな情報は、そのメンバー個人に関するものだった。 「なるほどね」 もしかしたら彼等は、ずっとこの日を待ち望んでいたのかもしれない。と。 情報を見てどこか苦笑を隠せないリベリスタ達に、エスターテはよろしくお願いしますと頭を下げた。 「エスターテちゃん。心配しないで」 ルアはそう言って、静謐を湛えたエメラルドの瞳を覗き込んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月25日(日)22:41 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 鉢合わせたから、それは神の目が言う通り。つまりここが戦場だという事。 「来たの、アークの人達。予想外だけど想定内?」 小さな少女が身の丈すら越える包みを振るう。ただのそれだけで寸断された布の中から日本刀が姿を現した。 「来たよ、燈花ちゃん」 少女を見据えた『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、この日彼女『クラッシャー』和布刈燈花等と戦う事になる。 相手はフィクサードだ。放っておけばとてつもない災厄を齎す事が確定的に予言されている。 どうしてもとめなければならないから。巻き起こるのは、どこからどうみても殺し合いなのだろう。 けれど出来る限り殺したくは無い。 この世界が、何かを犠牲にすることでしか、保たれない歪で優しくない世界だとしても。 犠牲の血を被るたびに、大事な何かが汚れていくような気がしても。 「だって順番が変わっただけ。アンブレイカブルは、ここで壊してあげるよ」 彼女はそれで絶望して、世界の守護者であることを放棄したと夏栖斗は聞いていた。 戦場の中央へ向けて二人は――両陣営は一斉に駆け出す。 『僕も、そうすることができたのなら少しは、楽だったのかな?』 だから、君が少しだけ羨ましくて。 ――絶対に認めることはできない。 激突が始まった。 「緋色の血盟か……」 呟く『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は彼等の名を知っていた。 彼等の技量は高く、アークの六名と然程変わりはしない。違うのは立場と思想であった。 (道を踏み外した革醒者の暴走か……) 終焉の魔曲を紡ぎ上げる『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の脳裏を過ぎるのは一つの真理であった。 彼女等の敵はおそらくある種のこだわりを持っているのであろう。だがその鍵となるであろうリベリスタ、フィクサードという曖昧な区分を峻別することは彼女の本懐と程遠い。目の前に居るのは、後先を考えぬ困った手合いであるというだけの話なのだ。 「リベリスタ、新城拓真。お前達を止めに来た」 理由はどうあれ、神秘の暴露などという事はさせない。 「悪いが我が正拳、止めさせてやる訳にはいかん!」 「知っているさ、言葉では止まらんのだろう?」 だからこそ、拓真達はここに居る。 その力を漆黒の聖槍へと変えて。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はすぐさま狙いを定める。 見据える先で魔道書を掲げるのは『解放者』那賀張晴陰なる錬金術師である。 彼女の手に握られたのは、漆黒を帯びたエネルギーの奔流。その矛先は、だが。一羽の鴉に阻まれる。 一瞬の焦りか。それともままならぬ事態への怒りか。 それは彼女自身の心から産まれた思念ではない。『パラドクス・チャイルド』ヴェノム・フリッサの呪符によってかき乱された偽りの思考。 「行くよ!」 ヴェノムより刹那遅く『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は戦場の中央に舞い降りる。狙うべきは晴陰であったが。 「させねーよ?」 『正闘』小鳥遊刃、『死線上の羅刹』勇司が立塞がる。 身体のギアを一段上げると同時に。総てを白く染め上げるルアの二刀が、時さえ切り裂く氷霧の嵐となり、彼等を襲う。 「くッ、どげんとせんといかん」 冷気を短刀で打ち払おうとする刃(じん)の試みが完遂されることはなかった。 凍れる彫像と化す事はかろうじて避けた二名であるが、フィクサード等はアークの先制攻撃を許しつつある。 ● 「後衛への浸透を防げ」 「先生は俺達が守る!」 晴陰の元へ一気に駆ける『境界線』設楽 悠里(BNE001610)の往く手を阻んだのは、ルアの一撃を身に浴びながらも歩みを止めなかった刃だ。 「刃、あいつはやるよ」 そう述べた司の声は掠れている。 「任せろ司! 設楽悠里よ、ここは通さん!」 (何をやってるんだ――ッ!) どこかストイックそうな、例えるなら彼の『相棒』を思わせる刃の瞳を見据えて、悠里の胸に去来する想い。 アークの面々は各々敵の事を知っている。司と悠里はかつて共闘した仲でもあったのだが。開戦間もない戦場の只中で、交わす言葉は未だ無く。 彼等の暴挙を許せば、放射性物質に汚染されたエリューションを生み出す環境が構築されてしまう。その上神秘という存在が人々の前に晒されるのだ。 彼等とて、ほんの僅か前までリベリスタと呼ばれていた。人々を守るために戦ってきた筈なのに。 けれど。たとえどんなに辛い出来事があったとしても、人を不幸にして良い理由になど、ならないのだと。 「ガントレット! その首貰い受ける!」 ナイフを手に身を沈めた刃の頬をすり抜けるように―― 「境界線、だよッ!」 ――悠里は真空の蹴撃を遥か後方の晴陰へと放った。 「貴様!」 後衛の晴陰を中心に、高い火力で素早く敵陣を粉砕するのが彼等の常套手段である。 故に晴陰へ打撃を浸透させられることは、彼等にとって死活問題となり得る。 だが速攻には相応の自負を抱いていた敵陣営の大半よりも、アークの部隊は更に速い。 悠里が放った僅か一撃に晴陰がよろめく。傷は相当に深い。 次の一撃があれば立ってはいられまい。敵は決死の覚悟で進撃を食い止める他なくなった。 「さて――」 悠月のカルディアがひらめき、終末を告げる呪葬の音色が戦場を覆う。 「最後尾に至らせる事は難しいようですが、まあ良いでしょう」 晴陰を捉えることだけは出来なかったが、避け切る事が出来たのはヴェノム一人。 その能力により災厄を避けたとは言え『春風に舞う』飛鳥琲音の傷とて浅くはない。 司、刃はかろうじて直撃を避けるが燈花は瞬く間のうちに石へと変わる。 やっと会えたんだ。 「そうか、やっぱりそうだと思ってたんだよね」 少年とも少女ともつかぬ声音が呟く。 「君が神威の射手。レイチェル・ガーネット」 「貴方がヴェノムですね」 視線が交わった刹那、漆黒の力が収束し、放たれる。 『彼は、私を憎んでいるのだろうか』 『私に復讐したいのだろうか』 資料を読んだ時、心が震えた。 私の事を――殺したいのだろうか。 なぜ彼を狙ったのだろう。心が淀む。 今狙うべきは晴陰だと、怜悧な頭脳は理解している。こうなったのは呪符により狂わされたからだと知っている。 貫かれたのは親しい人を神威で亡くし、アークを憎む存在。理解も、覚悟もしていたつもりだった。 けれど、こうしてその存在を目の当たりにすると―― 「ボクも殺すのか、そうやって――ッ!」 憎悪に歪む顔。 「許さない!」 反応と立ち回りだけを追及したヴェノムに、文字とおり桁違いの精度を誇るレイチェルの槍とて真価を発揮することは難しい。 だが本来は歴戦の戦士とて、掠める事さえ出来ない立ち回りを誇る相手なのだ。 その相手に彼女は一瞬だけで二度当てた。石化こそ辛うじて逃れたものの、タフネスには優れぬ敵の傷は既に深い。 開戦から僅か数秒。悪くない戦果は生まれつつあるものの、初動の狙いそのものは未だ実らずに居た。 「選民思想の諸君、止めるのは我々の方なのだよ!」 晴陰が吼える。 魔力が膨れ上がる。間に合わない。だが為さねばならない。 漆黒のコートがひらめき、拓真は『壊れた正義』のトリガーを引き絞る。 「先生は絶対守ります!」 駆ける琲音が間に合う保証はない。だが晴陰の思念術式は完成する。 リベリスタ達の頭脳に強烈無比な思念の奔流が炸裂した。 ● このままやらせる訳にはいかない。 拓真が返す弾丸の嵐が晴陰の胸を次々と穿ち―― 「神秘事象の情報公開。面白い事を考えたものですね」 男はよろめく。 「人には、知る権利が」 あると言葉を吐ききる前に血が零れる。膝が折れる。 神秘の秘匿はリベリスタという存在を満たす必要条件の一つ。彼はその在り方を『異常である』と言う。 「知らしめて、それで如何するのです。知らしめて満足ですか」 もしそれで満足ならば、この錬金術師の言葉はまるで抑制の出来ない科学者の様でもある。 最も『真理を解き明かす者』らしいと言えばらしいとも言えるが果して。 違う。唇だけでそう伝え、晴陰は意識を手放した。 「……やれやれ」 彼が為そうとした世界は、人々が事実と向き合い、理性をもって判断する世界なのだろう。 推測は出来るが、許容はしようもない。 神秘が本当に全世界へと知れ渡れば何が起こるのかと、そういう視点が抜けてしまえば理想主義とて救いがたい妄想に他ならない。 現世と神秘が共存する理想の世界を目指しても、予想出来るのは破局のみ。 革醒者とそうでない人々の争い――例えばかの『魔女狩り』の再来。終末思想。人心荒廃。世界秩序の崩壊。 結果として巻き起こるであろう総てを含めれば、そんな世界はフィクサードすら望むまいに。 「貴様等、許さん!」 刃が怒りに震える。己が正義を未だ疑ってもいないのだろう。放つ真空の蹴撃に、僅かに頬を歪め悠月は次の詠唱を始める。 「また守れなかった――私」 苦い想いをかみ締めて、夏栖斗は無双の連撃を琲音へ叩き込む。零距離からの爆発的な乱舞にチェインメイルが砕ける。少女の肉が裂け骨が軋む。 「琲音ちゃん」 旋棍からアバラを砕く衝撃が伝わってきたから、きっと続きを言う資格なんてなかった。今は――まだ。 「これ以上させない!」 敵陣営に神闘の加護が展開される。 それから僅かな攻防が続いた。 ルアが眼前の司と激しい戦いを繰り広げる中、防御術式を展開した悠月は再び終焉の呪歌で戦場を引き裂く。生じたチャンスに、ルアの剣技による司の乱心は更なる追い風となった。 ヴェノムに庇われた燈花だけは難を逃れたが、その状況とてヴェノムに打撃を与えるチャンスにもなる。 燈花が放つ僅か一撃で大きく体力を削られた夏栖斗だが、この段階ではまだ運命を燃やすには至らない。 悠里と拓真は、悠月の魔術で石像と化した刃を一端やり過ごし、共に琲音に痛打を叩き込む。 「ずるい、よ」 崩れ落ち涙をこぼす琲音を前に、ルアはまさかこんな風になるとは思ってもみなかった。 (ううん……違う) 本当は分かっていた。 いつかこんな風になるんじゃないかと思ってた。 だって―― (来夢くんを殺したのは、私だから) 「ずるいよ! 自分だけ助かって、イイモノ気取りで。私、あなたが――」 悲痛な叫びにルアの心がちりちりと痛む。 「――あなたが大っ嫌い!」 最後の力を振り絞るように、琲音はルアを突き飛ばす。 嫌われても、罵倒されても、けれどルアには伝えなければならない言葉があった。 あの時――ルアが彼女のノーフェイスとなった弟を殺した時に、彼が抱いていた本当の気持ちを。 その願いは琲音を守る事で、薄れる自我と抑制のタガが外れた中で、ルアに託した想いの事を。 「嘘、都合がいいことばっかり言わ――」 ルアの胸の中で喀血する琲音に、もう押しのける力は残されていなかった。 「……嘘なんかじゃないよ」 消えてしまいそうな自我のひとかけらがルアに伝えた想い。 「だから、彼が守った貴女を壊しちゃだめ、それは何よりも彼の命を無価値にするものだから……」 伝わったろうか――少なくとも、きっとすぐには無理なのだろう。 それが分かるからルアの頬を濡らすのは鮮血だけではなかった。 今はただ彼女の手作りケーキを、またいつか一緒に食べられる日のことを信じる他なくて。 ● 再び僅かな時が流れる。 速度と火力を壮絶にぶつけ合う短い戦いが続き、双方浅からぬ傷こそ負っている。とは言え戦いは最早リベリスタの優勢に進んでいると言って差し支えない状況であろう。 作戦上ここまで得手が有効に働く場面が少なく、僅かに辛酸を舐めたレイチェルだったが、琲音が倒れた以上は最早彼女の独壇場に等しい。 敵味方の数が違えば彼女を狙うのは難しく一度は運命を焼いた場面こそあったが、次々と敵陣を貫く闇の聖槍はすばらしい性能を余すことなく発揮しつつある。 爆発力に優れた司と相対したルア、複数の打撃を一斉に身に浴びる結果となった拓真の両名も一度運命を燃やすが、被害らしい被害と言えばその程度とも言える。敵はこれで詰みだ。 「夏栖斗君?」 燈花が放つ鋼の暴風から、半歩引くのが一瞬遅ければ首から上は無かったろう。 「なに」 「自分が何してるのか分かってるの?」 「そのつもり」 熱烈に呼ばれるだけなら歓迎したい所かもしれないが、夏栖斗は天井を見つめたまま、そう答えてやった。 「そうやっておどけて、それでいてどこか悟ったような顔して。気に入らないの」 迫り来る死の旋風は如何ともし難いもので。 「もう。いい。貴方を壊してあげる」 「君はきっと優しい人だから、全部なにもかもが嫌になったんだよね」 熱い衝撃が夏栖斗のわき腹を抉る。背まで貫かれたろう。 「犠牲はどうしてもなくすことはできないよ、痛いほどわかってる」 今なら吐息が聞こえる程近いから、彼女にだけ聞こえる。 「でもね、僕らはそれをゼロに近づけることが出来る。だからひとりでも多くの人を助けることを諦めちゃだめなんだ」 「無理って分からない?」 跳び退る刹那、少女の唇が戦慄いたのが見えた。信じきる事も。疑いきる事も出来ない弱さが見えた。 「諦めたら、犠牲は増えるだけだ」 もう一度、一気に距離を詰める。業物の野太刀に対する零距離――夏栖斗の間合いだ。 連撃に倒れる燈花の命を奪う事は出来る。それでも彼は殺さない。殺させやしない。 「なぜ俺達の邪魔をする、その剣を振るう貴様なら分かるのではないか」 「何が正しくて、何が間違いだったかなど俺には解らん」 「なんだと?」 拓真自身、己が信じた正義への到達は未だ遠い事を自覚している。 救えた命があったとは言え、救えなかった命も数知れない。 己が行く道は血で舗装された路なき路。 その結果がどうであったかは、拓真でなく後世の者が決めること。 「俺に出来るのは自分がそうである様にと決めた剣を振るう事のみ」 かつて祖父がそうした道を、彼もまた歩む。 「それが答えなら、俺は貴様を倒す!」 「勝敗が必ずしも正しさを決めるのではないさ、だが──少なくとも俺もお前達には負けてやれんな」 どちらにも譲れぬものがあるならば。結局の所──最後は、自分達の力量がモノを言う。 それ自体、余り褒められたものではないのだろう。 拓真等が生きる世界は、それだけ不平等で、優しくはない。 だが――それだけでもないと言う事を拓真は知っていた。 「次で決める。──我が剣閃、受け切れるか」 「来い!」 放たれたのは全身全霊の一刀。 刃は短刀を繰り出しこれを凌ぎ、左腕をなぎ払う様に銃弾を打ち込む。 拓真は頬を抉る弾丸を左の剣で受けきるが、その剣を続く蹴撃に大きく跳ね上げられ。 急所を狙う短刀を防ぐには、振り切った右の剣を戻すのは遅く――銃弾を撃ち込むには十分だった。 ゆらりと傾いだ正闘は、そのまま地に伏した。 「うっわ楽し。こういうのが欲しかったんだよね」 頭上で鎌をくるりと回す司の前に、悠里は立つ。 「違うだろ」 「何がだよ」 「違うだろ! 仲間の為に! 人の為にって! その為に強くなったんだろ!」 「気付けよ。そういうの、もう良くね?」 僅かに、影が落ちたか。 「何やってるんだ馬鹿!」 鎌の一撃を避け、悠里は司に純白の拳を叩き込む。 「仲間はどうしたんだよ」 鎖骨が砕け、司はよろめく。 「居たってすぐ死んじまうだけだろうが!」 「たとえいなくなったとしても、君は仲間のことを覚えているだろう!」 託された想いがあるだろう。 それなのに…… 「仲間のことを思い出して、それでも恥じない自分だって、胸を張って言えるのか!!」 「綺麗事はイラネーよ!」 悠里は己が首元に迫る鎌の内側へ向けて、一気に距離を詰める。 この場にいる誰一人として絶対に殺したりはするものか。 白銀の拳が唸りを上げ、司の頬に喰い込み振りぬかれた。 肩で息をする悠里は倒れた旧友を見据える。 一人だったら、己とて耐えられなかったと。仲間が居るから戦えるのだと。 後で全員ぶん殴って、無理やり連れ帰って説教だ。 「君だけは刺し違えても……」 「させませんよ」 怒りと憎しみに燃え上がるヴェノムに見据えられたまま、レイチェルはその身をさらけ出す。 性別すら定かでない丹精な顔だが。彼は――きっと『彼』だ。だからきっと少年なのだと彼女は理解してしまっていた。 肉を切らせて骨を断つ。 彼が冷静になる前に、ここで落とす他ないと決意したのに。 指先が微かに震えているのは、きっと恐いから。 白刃が迫る刹那の間合いで、背筋が凍るのは気づいてしまったから。 彼女の愛する人は、神威によって家族を失った。 そう、目の前の存在と同じだ。 こうして目の前に立っているのは、もしかしたら暖かな翼を背負う彼であったかもしれないのだ。 ヴェノムの剣がレイチェルの頬をかすめて胸の中心を縦一文字に切り裂く。けれどその一撃は、致命傷には浅すぎた。 心は震えてもシャドーストライカーは決して狙いを外さない。 頬とはだけた褐色をひとすじのガーネットが濡らす。闇の聖槍が少年を一刺しに貫く。 あたかも、あの日R-typeを穿った神威の様に。 ―― ―――― 彼は私を許してくれると言った。 でも、それは本心からなのだろうか。 『彼は、本当は、私の事を……』 戦いは終わり、漆黒のダガーが乾いた音を立てて転がった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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