●最悪の結末へ 時刻は早朝。閑静な住宅街の外れ、周りに並ぶ他の家よりも幾分美しく、そして生活感に欠けるその家は、建てられてまだ数カ月と経っていない新築の家屋だ。大きいとは言い難いが、それでも一家四人で暮らすには上等な家だ。 空には厚い雲が。凍えるほどに冷え込んだ空気に混じるのは、濃厚な血の臭い。人通りのない早朝だったことが災いした。或いは、幸運だったともいえるだろうか。新聞配達員が訪れるまでにまだ小一時間ほどの余裕がある。少なくとも、次の犠牲者が出るまでに、それだけの時間が必要ということだ。 次の犠牲者。 それはつまり、次に命を落とす者、という意味だ。 押し込み強盗。運が無かった、としか言いようのない悲劇だ。犯人は既に逃げ、この家の中にはいない。住人が寝静まった直後を狙って家屋に忍び込んだその男は、偶然起きてきた一家の父親と遭遇。勢い余ってナイフで刺してしまったのがことの始まり。 騒ぎを聞きつけ起きてきた母親を、それから子供達2人を口封じのために次々と刺した所で、その男は正気に戻った。自分のしでかした行いに恐怖し、しかしどうすることもできずに彼はそのまま一家四人を一カ所にまとめて、その身に油をかけて火を放った。 しかし、その家は燃えていない。一家の流した濃厚な血の臭いこそ家の外にまで漏れているものの、家はまだ健在だ。 それは、一家の父親が家族を守った結果である。 一家4人、ナイフで刺されこそしたものの、火を放たれた時点ではまだ息があった。 炎に巻かれ、熱と痛みによる地獄の苦しみの中で彼らは思う。 父は、家族を守りたい、と。 母は、家族を刺した男が憎い、と。 子供2人は、死にたくない、と。 そして彼らにさらなる不幸が訪れる。 息絶える寸前、彼ら4人はノーフェイスとして覚醒することになる。 炎を消したのは、一家の父親(カズヤ)であった。炎を消して、家族と家を守ったのである。ノーフェイスとして覚醒した彼は[ブレイク]と[ノックB]の力を持つ。 また、恨みによって覚醒した母親(ヒナ)は、[不運]と[呪い]の力を。 2人の子供(カズ)と(カナ)は[虚弱]と[流血]といった力を。 それぞれの力を得て、ノーフェイスとして覚醒した4人だが、既に人として生きる道は残されていない。自分達を殺した犯人への恨みや、死への恐怖、身体が燃える苦しみを抱いたまま、10畳程度のリビングの中で苦しげな呻き声を上げ続けていた。 4人の身体は黒焦げで、赤黒い涙を流しながら、呻くばかり。全身大火傷を負った状態でありながら、生前の姿は残っている。いっそのこと、元の姿も分からないほどに焼けていればよかったのかもしれない。火を放たれた結果、熱で焼けた喉ではすでに言葉を発することも難しく、彼らとの対話は恐らく不可能に近い。 不運なことに、ノーフェイスとして目覚めた彼らは[火炎無効]と、少し刺された程度ではびくともしない頑丈な身体を手に入れた。代償は、人として生きる道と、正気を失うこと。残された想いは、焼け焦げた身体による苦しみと、犯人への恨みの念。 いずれ彼らは気付くだろう。 家の外の冷たい空気を全身に浴びれば、焼けるような苦しみが少しだけ安らぐことに。 そして、生きている人間をその手にかければ、犯人への恨みが少しだけ和らぐということに。 ●最悪の一歩手前 「ノーフェイスと化した家族4人の殲滅。それが今回の依頼内容。フェーズは1だけど、頑丈な身体と[火炎無効]の能力を持っているから倒すのに時間がかかるかも」 悲しげに目を伏せ、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう告げた。 モニターに映るのは、真っ暗な住宅街の外れに建っている一件の家屋。外観からは何ら異常は見受けられないが、近くまで行けば濃厚な血の臭いと、皮膚の焼ける異様な臭いが漂っていることが分かるだろう。 二階建ての家屋で、一家4人はリビングに居る。リビングは10畳ほどとそれなりに広さはあるものの、テーブルや本棚などが置かれているせいで、手狭な印象を受ける。 家の裏には庭があり、小さいながらも畑が作られていた。 一時間もすれば、郵便配達員が近くを通る。そうでなくとも、そのくらいの時間になれば近隣住民も起き始め、中には会社へと出勤する者もいるだろう。そうなれば、この家の異常に気付くものも出る。 「本来なら、そこで通報されて事件になる出来事。だけど、今回に限っては一家4人がノーフェイスと化していて、人を襲う可能性も高いことが問題になっているわ」 唇を噛みしめ、イヴは絞り出すようにこう言った。 「一家4人の迅速な殲滅をお願いするわ。倒すのに時間がかかるだけで、戦力としてはそう高いものでもないから、BSに気をつければ比較的簡単に任務を遂行することができると思う」 彼らに罪はないのにね、とイヴは囁く。 誰に向けた言葉でもなく、単なる独り言だっただろう。 イヴの言葉はしかし、その場にいた全員の心に、重く重く、圧し掛かる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月27日(火)22:03 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●最悪の一歩手前 閑静な住宅街の隅、家族4人が幸せに暮らすには十分な大きさの一軒家から、呻き声のようなものが外の通りへと漏れ聞こえていた。 幸い、時間も遅いということもあり通りには誰もいない。その呻き声を聞きとめるものは誰もいない。だからこれは最悪の一歩手前。 押し込み強盗に襲われ、惨殺された後にエリューションと化した一家が、人を襲って殺してしまう、という悲劇の一歩手前……。 苦しげな呻き声が、しん、と冷え込んだ空気に混じって、消えていく。 リベリスタ達が現場に到着した頃には、既に一家は死んでいて。 彼らを殺した強盗も、遥か遠くへ逃げていた。 だからこれは。 最悪の結末を、それでも少しだけ回避しようと、最悪の一歩手前で終わらせようとする物語。 ●閑静な住宅街で、人知れず起きたありふれた悲劇 カチャリ、と金属の擦れ合う音が響く。雪白 桐(BNE000185)は巨大な剣を下段に構え、呻き声の聞こえてくる家屋へと視線を向けた。 「原因は犯人の男彼らは被害者ですが……。いずれ他人に被害を与える。そうなる前に倒すしかないですか。なら罪を犯してしまう前にやってしまうしか……。彼らを被害者で済ますために」 ゆっくりと庭へ足を踏み入れる桐を追って『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)が庭へ入る。拳銃片手に扉を見つめ、溜め息を零す。 「運の有る無しってェのは、此処ぞという時にデカく横たわって来るモンだからな」 「こう、少し前まで普通の幸せな家族だった人たちを討つというのは何とも、背徳的で面白いではありませんか」 ふふふ、と小さな笑みを零し『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)はナイフを抜いた。他人を切り裂き、その命を奪うことを好むと公言するテレザにとっては、元人間を葬る任務にもさしたる抵抗はないらしい。或いは、自分で自分にそう言い聞かせているだけか。 どちらにせよ、こういった仕事は慣れたものだ。 「まあ、うん、こーいうのもリベリスタの仕事よね。慣れるのが正しいかどうかは判らないけど、あたしも何というか、感覚麻痺しちゃってるなーってのを思い知らされるのはあるわね」 一方、なんとも苦い顔をしているのは『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)である。任務は任務、葬り去る以外に一家を助ける術はない、と分かっているし割り切ってはいるが、それでもそれが正しい事だとは思っていない、といった様子である。 「倫理とか道徳なんて、所詮はエリューションの存在を抜きに考えられたものだから」 人の常識から外れた存在に、人の常識は、普通に暮らしている人間の、普通の感性は通用しない。スティーナ・レフトコスキ(BNE005039)は、ライフルに似た形状の武器を構えた。 それから、自分の背後に立つ京凪 音穏(BNE005121)を一瞥。 「………………」 音穏は銃を握りしめ、それをじっと見つめていた。 その手が、肩が、身体が小さく震えている。罪もない一般人と相対し、その命を奪わなければならない。 その事実が、音穏の心に、暗い影を落としていた。 慎重に、扉の向こうに敵の気配がないことを確認し桐は玄関を開けて家の中へと入っていく。綺麗に揃えられた一家4人分の靴と、靴箱の上に飾られた家族の集合写真が目に入り、桐は背後に視線を向けた。 最後尾に位置する音穏の表情を見て、桐はそっと写真を伏せた。 「では、私は前で壁に」 巨大な剣を、身体の前で水平に構え桐は進む。 苦しげな呻き声が、通路の奥から聞こえてくる。皮膚の焦げた嫌な臭いが鼻を突く。 廊下の突き当たりを曲がれば、そこは恐らくリビングだ。 きっと、辛いものを見ることになる。そう覚悟を決め、桐はリビングへと飛び込んだ。 リビングへと入って来たリベリスタ達を視認するなり、焼け焦げた身体のノーフェイス達が先頭に立っていた桐に襲いかかる。桐は、剣を突きだし先陣を切った一家の父親(カズヤ)を牽制。 その隙に、両手にナイフを構えたテレザが滑るようにリビングへと駆け込んで行った。 「考え方は色々あるでしょうが、誰が正しいという訳でも、どれが正解というわけでもありません」 果たして、テレザのその言葉は誰に向かって投げかけられたものだっただろう。 擦れ違い様に、カズヤの脚を切り付け、その背後に立っていた一家の母親(ヒナ)へと斬りかかる。ヒナは、両腕を交差させテレザの斬撃を受け止める。 真っ赤な目から、赤黒く濁った涙を流し、ヒナは呻く。怨嗟に満ちた呻き声に、背筋が粟立つのを感じる。 「運が悪かった。その一言でしかねぇんだ、お前さんたちは」 テレザに向かって襲いかかる2人の子供(カズ)と(カナ)へ銃弾を浴びせながらウィリアムが叫ぶ。銃声が4発。カズとカナは、後方へと弾き飛ばされる。 「だからこそ、オレはお前さん達には何も思う所は無ぇし、思おうとすらしないだろう」 追撃をかけることはせず、ウィリアムは銃を構え直した。前衛で戦う仲間の援護に集中する心算なのだろう。銃弾を浴びたカズとカナも、こちらを警戒しているのか距離をとったまま唸り声を上げるだけ。 その様はまるで、ゲームに出てくるゾンビのようだ。 つい数十分前まで、普通に生活していた人間のものとは思えない。 「うーん、何が正しいのか、毎度のことながら悩んじゃうわねー……」 場数をこなしてきた経験によるものか。難しい顔をしながらも、身体は勝手に、最適なアクションを選択していた。文佳は、腰に下げていた短刀を素早く引き抜くと同時にカズとカナに急接近。刃を翻し、2人を牽制してみせた。 その隙に、スティーナはライフルを構え引き金を引いた。弾丸はまっすぐ、不吉なオーラを纏いながらカナへ向けて放たれる。 「“苦手な仕事はやらない”というのも1つの立派な選択肢だと思うよ、私は。もちろん苦手を克服するために戦うというなら、それは間違ってるとは思わないけど」 銃を構えたまま、引き金を引けずにいる音穏を見やり、スティーナは言う。彼女が銃の引き金を引けないのならそれでいい。その時は、代わりに自分が引き金を引くだけ。 精神的に無理をしてまで仕事をしても、己自身や仲間の命を危険にさらすこともあるかもしれない……それが、スティーナの持論である。 バン、という乾いた音。爆ぜた火薬が、部屋の中を一瞬だけ眩く照らす。 次いで、空気を切り裂く鋭い音。そこまで広くもないリビングだ。弾丸が放たれ、命中するまでにかかる時間はほんの刹那。 その刹那の間に、桐と組みあっていたカズヤは素早く身体を反転させ、弾丸の前にその身を躍らせた。 スティーナの弾丸が、カズヤの腹部を撃ち抜いた。皮膚が裂け、臓物が飛び出す。それでも、カズヤは止まらない。血飛沫を撒き散らしながら、カズヤが飛びかかった相手は手近にいた文佳である。 鋭く振り抜かれたカズヤの拳が、文佳の頬を捉える。 カズヤの攻撃を受けた文佳は、そのまま後方へと弾き飛ばされた。 「きゃあ!」 弾き飛ばされた文佳に巻き込まれ、音穏が床に転がった。追い打ちを防ぐべく、ウィリアムが弾幕を張る。両腕を広げ、カズヤは子供達を弾丸から庇うような動作。 カズヤの脇の下を潜り抜けるようにして、カズとカナが飛び出した。ウィリアムの銃弾を回避し、そのままスティーナの眼前へ。スティーナが2人へ銃口を向けるより速く、2人の手がその肩と首に食い込んだ。 ぶつり、と皮膚が裂け血が流れる。そのまま、2人がかりでスティーナの身体が持ち上げられ、次の瞬間、頭から床へと叩きつけられる。 「ちっ……」 カズとカナを追って、ウィリアムが反転。 だが、その瞬間。 床を蹴って、カズとカナがウィリアムへと急接近。さらに、その背後からは、両の拳を高く振り上げたカズヤが迫る。 数発の銃声。 そして、家屋が揺れるほどの衝撃。 ウィリアムの身体が、床へと叩きつけられた。 大きな剣では、狭い室内での戦闘には対応し辛い。僅かに舌打ちを零し、桐は剣を一閃させた。テーブルごと、その向こうに立っていたヒナへと斬りつける。 ヒナは、テーブルを足場に宙へと跳んだ。壁を蹴って、三角跳びの要領で桐へと急接近。爪を立て、飛び跳ねた勢いそのままに桐へと襲いかかった。 咄嗟に剣を振り上げる。しかし、切断されたテーブルが刃に引っかかっているせいで、上手くいかない。桐の腕に、負荷がかかる。目の前に迫るヒナの爪。回避も間に合わない。 ダメージを覚悟した桐と、爪を振り下ろすヒナの間にテレザが強引に割り込んだ。 右手のナイフが、爪を弾く。さらに、左手に持った拳銃をヒナの額へ押しつけた。引き金を引くと同時に、弾丸が撃ち出される。 ヒナは、普通の人間には耐えられないほどの速度と角度で首を傾け、弾丸を回避した。ヒナの頬から耳にかけての肉が抉れ、肉片と血飛沫が飛び散った。 ヒナの動きは止まらない。 唸り声を上げながら、怒りに染まった真っ赤な眼でテレザと桐を、まとめてその場に押し倒した。 テレザのナイフと、桐の剣がヒナの両腕を切り裂く。 文佳と音穏は、カズヤの攻撃を受け部屋の外まで弾き飛ばされていた。文佳を中心に、淡い燐光が降り注ぎ、2人の受けたダメージを癒す。 「迷ってる暇はない、自分がどうするのかをここで決めなきゃ……」 額を流れる血を、手の甲で拭い音穏は呟く。そんな音穏を、文佳はじっと見つめていた。 他の仲間達が、ノーフェイスと化した一家と戦闘を続けている。銃声、金属音、物の壊れるけたたましい音。近隣の住人が、騒ぎに気付くのもそう遠くないだろう。残された時間は長くない。 「何が正しいか、なんてあたしは教えられない。この世界という『多く』を救うために、エリューション化した人間やフィクサードのような『少数』を討つことは、大義ではあっても正義ではないかもしれないから」 音穏の肩を優しく撫でて、文佳は笑う。 どこか寂しげな、そんな笑みだった。 その時だ。 「2人とも! ちょっと下がるわよ!」 カズとカナに追い立てられるようにして、スティーナとウィリアムの2人がリビングから飛び出して来た。 ●さよなら カズヤと、子供2人の攻撃を集中して受けウィリアムの身体は血に塗れていた。元々、前衛で戦うのに特化したリベリスタではないのだ。近接戦闘、おまけに相手は3人もいるのだ。捌き切れる筈もなく、次第に追いやられスティーナと共に後退することにしたのである。 血を流し過ぎたせいだろうか。視界が揺らぐ。足元もおぼつかない。 玄関まで後退した所で、スティーナはその場に膝を突きライフルを構えた。 その背後には、文佳と音穏。音穏の身体は相変わらず震えている。 さっきまで人間だったノーフェイス相手に、銃の引き金を引く決心は、まだ付いていないのだろう。 「哀れみ、可哀想。そんな視点ってのは結局は『上から目線』って物だしな。だからこそ、よ。お前さん達を奈落の底に叩き落す事が、オレの中では“正しい”」 乾いた銃声が2発。 ひとつはウィリアムの、拳銃が。 もうひとつは、スティーナのライフルが。 マズルフラッシュ。視界が、一瞬、白く染まる。 2発の弾丸は、壁になるカズヤの両脇を縫って、それぞれカズとカナの額を撃ち抜いた。 ほんの一瞬。 ほんの一撃。指を引き金にかけ、羽でも触るように、それを引くだけ。指先に込められた明確な殺意。それを込められた鉛の弾が、ノーフェイスと化した2人の子供の命を奪った。 膝から崩れ落ち、廊下へと転がる焼け焦げた死体。 カズヤが雄叫びをあげる。 振り抜かれたカズヤの拳が、ウィリアムの頭部へ直撃。そのまま、腕の力だけで、ウィリアムの身体を、激しく壁へと叩きつけた。 涙を浮かべ、両の眼を見開いた音穏の顔が見える。 銃の引き金に、指がかかる。 ウィリアムの意識は、そこで途切れた。 3人のノーフェイスと、戦闘を繰り広げていた仲間たちがリビングを出て行った。追いかけようにも、ヒナの指が肩に食い込んでいるせいで桐とテレザはその場を動けない。 どれほど、人を憎んでいるのだろうか。全身に無数の刃を浴びて、焼け焦げた身体を血に濡らし、両の脚は半ば切断されたそんな有様でなお、ヒナは2人を離さない。 復讐だ、と。 彼女の両目は、喉から零れる声にならない声が告げている。 ミシリ、と桐の骨が軋む。 「所詮は“誰かがやらなくてはいけない仕事”ですしね」 真っ赤な瞳を正面から見据え、テレザは小さな吐息を零す。視線を伏せたその瞬間、彼女がどんな顔をしていたのかは、誰にも分からない。 「貴方達にはまだ罪はないと思います。被害者でしかないのですから。だから、今貴方達を倒します。罪を犯してしまう前に」 剣を握る手に力を込める。骨が軋んで、痛みが走る。それでも歯を食い縛り、桐は剣を振り上げた。それと同時、テレザのナイフが一閃。 桐の剣は、ヒナの脇腹を。 テレザのナイフは、ヒナの首を切り裂いた。 鮮血が吹き出し、ヒナの手から力が抜ける。赤く染まったその目から、命の光が消えて、それきりヒナは、動かなくなった。 「だめ、撃てない!!」 音穏は叫ぶ。カズヤによって壁へ叩きつけられたウィリアムは、それきり動かない。小さく肩が上下しているのが確認できるので、気絶しただけだろう。 カズヤをウィリアムが引き離すべく、スティーナの銃弾がカズヤを襲う。 正確には、銃弾ではなくベースはあくまで弓である。放たれるのも、魔力で構築された矢だ。正確無比な射撃。それを身に浴び、しかしカズヤは怯まない。 家族を護る、という想いの結果か。ノーフェイスと化したカズヤの身体は頑丈だ。 全身に弾丸を浴びながらも、スティーナへ肉薄。拳を振り抜き、その身を遥か後方、玄関の外へと弾き飛ばした。 音穏を庇うように、文佳が前へ。 短刀を構え、カズヤの拳を迎え討つ。 力任せに振り抜かれたカズヤの拳を、ギリギリのところで受け流し、後退。しかし、即座に前へ出て、カズヤが音穏へと接近するのを防ぐ。 無事に帰ること。無理をさせないこと。 音穏の心情を想い、彼女が前に出なくてもいいよう、得意ではない前線での戦いを続ける。 おせっかいな彼女らしい。 しかし、長くは続かない。 恐怖を感じず、痛みを無視し、力任せに押しこんでくるカズヤのような相手を押し止め続けるという行為は、文佳には不向きだ。 「さっきの続き」 ぽつり、と。 呟くように、文佳は言った。 え? と、音穏の口から溜め息にも似た呟きが零れる。 口元に僅かな笑みを浮かべて、文佳は続ける。 「辛い、悲しいと感じることはあっても、後悔はしないって決めておいたほうがいいわよ。それができないなら、戦場には出ないほうがいいわ」 それは、どこまでも厳しく、そして冷たい。 けれど、優しい言葉だった。 戦場になんて出ない方がいいのだ。誰も、悲しい目になんて合わない方がいい。辛い役目など、背負わない方がいい。 誰も、不幸な死など求めていない。運が悪かっただけ。そんな言葉で、誰が不幸な運命を受け入れられるものか。 罪もない人を、誰だって殺したくはないだろう。 泣きながら、銃の引き金を引くなんて、どれほど辛いことだろう。 死んで。 怪物になって、他人を襲う。 強盗に殺され、火を付けられ、ノーフェイスと化して、それでも目の前の男は家族を護ろうとしていた。 家族を護ろうとした結果が、これか。 優しい想いの行き着く先に待っているのは、ただ他人を傷つけるだけの怪物の道か。 罪なき人を襲う、そんな未来。家族を護ろうとした結果、昨日までの知人に、友人に、怪物だと恐れられる、そんな未来が、待っているだけ。 目の前の、ノーフェイスと化した男を救うことはできない。 こうなってしまった以上、できることは何もない。 「否……」 文佳の身体が、地面に叩きつけられた。 できることは何もない? 否。一つだけ、たった一つの、最悪の一歩手前の終わらせ方がある。 「やる以上、苦痛を与えるのは趣味じゃない」 震える腕を無理矢理持ち上げ、強張る指に力を込めて。 音穏は拳銃の引き金を引いた。 銃声が1つ。 カズヤの右膝を撃ち抜いた。カズヤの身体が大きく傾ぐ。 さらに、もう1つ。 左膝を銃弾が撃ち抜く。カズヤは、バランスを崩し地面に倒れた。真っ赤な瞳に、音穏の姿が映っている。噛み締めた唇から、血が溢れる。 銃声が、1つ。 「……ごめんね、これ以上の苦痛はさせたくないから」 カズヤの額を、音穏の銃弾が撃ち抜いた。 さよなら、と。 音隠は小さく、呟いた。 カズヤの死体の前に座り込み、音穏は銃を地面に置いた。 視線は地面に固定されたまま、その肩は細かく震えている。 「なんで私が、人を殺さなくてはならないの?」 音穏の問いに、答えを返す者はない。 その肩を、文佳がそっと抱きしめた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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