●悪から生まれた力、『御厨夏栖斗』。 御厨・夏栖斗(BNE000004)とリリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が晴れた公園を歩いていた。 予め述べて置くが、浮いた話ではない。 二人の両手にはビニール袋。袋の中には大量の小麦粉と鶏肉が詰まっていた。 「すみません、買い物に付き合ってもらってしまって」 「いえ。いいんですリリさん」 一旦会話が途切れる。気まずくなった風斗が天気の話でもしようかなと空を見上げた。 見上げた所で、木の枝にとまっている御厨を発見した。 小鳥が枝にとまるかのように、両足をつけてかがんでいる。 その姿に、二人は妙な違和感をおぼえた。 「ごきげんうるわしゅう」 「……何をしてるんだお前は」 「何って、観察?」 御厨は鳥のように小首を傾げると、バク転しながら二人の前に着地した。 腰を曲げて着地し、ゆっくりと顔を上げる。 「どっちを浚うのが『それっぽい』かなって、観察をさ」 「あなたは」 その顔を見て、二人の違和感は決定的なものとなった。 彼の肌の色が、夏栖斗と比べて明らかに色白なのだ。どちらかと言えば風斗の肌色に近い。 「どなたですか?」 「ん、僕は御く――」 名乗ろうとした御厨の眉間めがけてリリは高速で射撃。突如攻撃したリリに驚く風斗をよそに、ビニール袋を両方投げだしリリはさらなる連続射撃へ移った。 飛んだ弾丸を、残像を残しながら次々によける御厨。 「ちょ、ちょっとリリさん何をしてるんです!」 リリの手首を掴む風斗。 「見て分かりませんか。彼は敵ですよ」 「何言って――」 その瞬間、二人の頭上に巨大な翼を広げた御厨が現われた。 「そうだよ」 凄まじい蹴りが二人の頭部に炸裂。 リリは吹き飛び、樹幹に激突した。 薄目を開く。赤くなった視界の中で、気絶した風斗を御厨が軽々と担ぎ上げていた。 「僕は、御厨・秋羽斗(しゅうと)。このヒロインは預かっておくから、夏栖斗によろしくね」 一方その頃、新田・快(BNE000439)と設楽 悠里(BNE001610)は湖面の公園を歩いていた。 見て分かると思うが浮いた話ではない。 二人の手にはエコバッグ。袋の中には大量の酒が詰まっていた。 「ごめんね、買い出し付き合わせちゃって」 「いいのいいの。うちから買ってるんだから付き合うも何も無いって」 にこやかに笑う快。悠里は最近フェイト減り気味の人の話をしようかどうか迷って、とりあえず湖に視線をやった。 やってみて、変なものを目撃した。 「やあ、ごきげんうるわしゅう」 湖の水面に、御厨が立っていた。 足下を凍らせてはいるが、そのくらいで立っていられる場所では勿論ない。 しかも奇妙なことに、彼の肌は雪のように白かった。 「何やってんだよ夏栖斗。アヒルのマネ?」 「ううん。そういうんじゃなくてさ」 御厨は両手の指で画角を作って快と悠里を観察し始めた。 「この場合どっちがヒロインなのかなあ。迷うなあ」 「わけのわかんないこを……もうすぐ新年会始まるぞ。早く行こう」 手招きする快。 御厨はニヤリと笑って、水面から『跳躍』した。 「よし、決めた!」 空中で両肘からジェット噴射を起こし、凄まじいスピードで接近。 「ちょ、まっ……!?」 悠里は咄嗟に籠手を発現させ、ガード姿勢をとった。 ガード越しに御厨のパンチが叩き込まれる。 鋼の拳によるパンチだ。いや、拳そのものが機械化しているのだ。 「ワンストラーイク!」 悠里は殴り飛ばされ、後方のベンチにぶつかる。殴られた部分から高速で氷結し、身体がベンチに固定された。 「しまった! 快く――」 「ツーストライク!」 御厨の拳がまるでミサイルのように飛び、悠里の腹に直撃した。 凄まじい威力だ。夏栖斗のものと比べて数段上のしんどさだ。 「やめろ、何のつもりだ!」 後ろから掴みかかる快。 が、その脇腹に鋼の手を当て。 「ストライクスリー、アウト」 激しい振動が発生し、快は思わず吐血した。 脳までもが揺さぶられ、意識が途絶える。気絶した快を肩に担ぐ御厨。 「僕は御厨・冬遊斗(ふゆと)。このヒロインは預かっておくから、夏栖斗によろしくね」 飛んだ腕を回収し、手をぐーぱーさせながら彼はその場を立ち去った。 某所、持ち込みOKの宴会場にて。 「遅い」 ユーヌ・プロメース(BNE001086)は仏頂面で呟いた。 「新年会に是非にというから来てやったのに随分不躾な待たせ方をするんだな? 広い座敷に食い物ひとつ出さずにただ三時間とは」 不機嫌なユーヌとマンツーマンで三時間過ごすと言うある種の拷問を受けていた御厨・夏栖斗(BNE000004)は、平身低頭で作り笑いを浮かべた。 「も、持ってきたじゃんひよこまんじゅう」 「日本全国どこでも売られているまんじゅうの何がいい」 「やめて! ひよこ批判はやめてよ! あとなに? なんでひよこの頭だけ囓って捨てるの!? 残酷すぎるよ! あらゆる意味で!」 「知るか」 「リューイチの予定が合わなくてデートできなかったからってそんなに」 「何かいったか、あ?」 「ごめんなさい」 一秒で謝る夏栖斗。 早く誰か来ないかな。誰でもいいから来てよ。たすけてよ。と、隠れてラインで呟いていた。 と、そこへ。 襖ががらりと開いた。 希望に満ちた顔で振り返る夏栖斗。 「お邪魔します。仕事の話をしに来ました」 眼鏡の男性フォーチュナが現われた。 夏栖斗はスマホを畳みに叩き付けた。 ●御厨計画 「かつて黄泉ヶ辻系列の研究員に御厨という男がいました。彼は幼児期のトラウマと成長環境による兵隊の強度変化を研究対象とし、四人の女性と子供を作成しました」 携帯プロジェクタで映像を映しながら、フォーチュナは淡々と説明を続けた。 映像には、両足を獣化させた御厨そっくりの青年が表示されている。 何十人というE能力者を蹴り技だけでなぎ倒し、屍の山を作って頂上で遠吠えをしていた。 「彼は御厨・春流斗(はると)。幼い頃に村を襲撃され、それから十数年間エリューションが絶えず発生する山の中で過ごしました。性格は非常に獰猛で、鎮圧に向かった隊員は全て死体になって帰ってきました」 次に表示されたのは機械の腕を持つ御厨である。 「彼は冬遊斗。同じく幼い頃に母を失い、それ以降は施設の実験材料として過ごしました」 次に巨大な翼をもつ御厨。 「秋羽斗。同じく幼少に母と死別。傭兵として各地の激戦場を渡り歩きました」 フォーチュナは眼鏡を指で押し上げ、次の映像を表示させた。 「彼らは制作者である御厨博士によって作成された発展系『ノーフェイス』です」 「…………」 あぐらをかいて座っていた夏栖斗が、がたがたと震え始めた。 横目で見やるユーヌ。 様子を見もしないフォーチュナ。 「研究は最終段階を終え、つい先日彼らは完成したようです」 「最終段階とは?」 続きを促すユーヌに、フォーチュナは頷いた。 「父親殺し」 「…………」 「そういう術式、もしくは儀式魔術なのでしょう。十数年かけて強力なノーフェイスを作成し、それは完成しました。世に解き放たれた三体のノーフェイスは、今完全に目的を見失っています。いや、見定めようとしていると言うべきでしょうか? つまり――」 「ノーフェイス……なの?」 遮るように言った夏栖斗に。 「はい」 と、フォーチュナは答えた。 「あなたと違って」 プロジェクタが止まり、部屋のあかりがついた。 台座に顎肘をつき、ユーヌは世にも寒々しい顔をした。 「気になる話があるな。今の話を聞くに、御厨夏栖斗もその一部だったのでは?」 「ええ、まあ。たまたまE能力者として革醒してしまったせいで破棄されたと見ています。残り三人の目的は今、失敗作であるところの御厨夏栖斗さんを殺害することにあるようです。自分たちを間接的に肯定しようとしているのでしょう」 「なるほど、救えん連中だな」 この場の誰も、『酷い』だとか『あんまりだ』だとか『可哀想だ』などと言いはしなかった。 夏栖斗はずっと両手を握りしめ、床をにらみ続けている。身体の震えは止まらない。 「ああ、そうでした」 フォーチュナは端末をいじり、メモでも読み上げるような抑揚で述べた。 「『夏栖斗さん。あなたは幸運にも優しい仲間に恵まれ、いい奴だらけの組織で健やかに過ごすことで優しい人格と優れた戦闘力を身につけました。彼ら三人を倒すことで幸せな環境が何よりいいものなのだということを証明して下さい』と述べておくように言われています」 「救えん文章だな。いくら強力なノーフェイスとはいえ、アークのエース六人がかりで潰しておいて優位性を主張するのか」 「ええ。せめてモチベーションを上げておけと」 端末のデータをチップにうつしたものを、フォーチュナは事務的な仕草で手渡してきた。 「彼らはこの廃工場に人質をとって立てこもっています。強行突入をかけ、全員殺害して下さい。説明は以上です」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月21日(水)22:19 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●切り札は自分だけ 工場ガレージの一角に、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が抱き合うように気絶していた。 「えー……なんでこんな細マッチョ二人も連れてきちゃったの? 女の子とかいなかったの?」 スプレー缶で壁に大きく『アイアムアヒーロー』と落書きしていた春流斗が、空になった缶を放り投げて言った。 吹き抜け構造になった二階部分。そのへりに腰掛けて見下ろす秋羽斗。 「いたけど、そっちの方が意志弱そうだったんだよ」 「僕のほうはほら、女の子と一緒につかまってたら絵になると思って」 直立腕組み姿勢のまま僅かに目をそらす冬遊斗。 「どうする? 助けに来なかったら。海に捨てちゃう?」 「流石に可哀想でしょ、一息に殺してあげないと」 「死ぬかなあ、一息で」 「ねえ、青いスプレー缶持ってない? 立体感つけたいんだけど」 「やめなよ。ヒーローの綴りがHIROになってるし。もう無理だし」 「このパンダ頭のほう、頑張ったら女の子にできないかな」 「むしろこっちを女の子にしようよ。意外と化けるって。つけまつげとウィッグ買ってきてよ」 「あっ、Iに三を書き足したらEになる! やった! 青もってきて青!」 「それじゃ後から直したのバレバレじゃない?」 「あーもーそれよりヒロインどうすんのー?」 三人でだらだらともみ合っていると、春流斗が急に動きを止めた。 「あ、来た」 途端。 不吉な、そして巨大な影の塊が三人へと襲いかかった。 一斉に飛び退き、攻撃の飛んできた方を振り向く三人。 「人は生まれを選べないというが、また面倒なところに当たったものだな」 陽光を背に受け、リボルバー拳銃の弾倉を回転させ、構えたままゆっくりと歩いてくる『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 端から順に春流斗、秋羽斗、冬遊斗の姿を確認。 眉ひとつ動かさずに呪弾を乱射し続ける。 「下手に人格が残っているせいで道具としても兵隊としても使いにくいな。十年費やして作成した兵士が目的に迷うようでは、根本から間違っていると言わざるをえないな?」 次々と火花のあがる床や壁をひらひらと飛んでかわしていく秋羽斗。同じくぴょんぴょんと弾をかわしていた春流斗と顔を合わせた。 「これのこと?」 「違うんだけど、大体そんなかんじ」 余裕を見せる彼らに、ユーヌはやっと眉を一ミリほど動かした。 「この精度でかわされるか。スペックだけはたいしたものだな」 「人望あるんだ、この人たち」 冬遊斗は両腕を翳して弾を防ぎつつ、人質二人の様子をうかがった。 その瞬間天井が破壊され、上下反転した体勢で二丁拳銃を構えた『茨の涙』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が高速で垂直落下してきた。 数秒の間に銃を高速連射。 冬遊斗は肘のブースターを起動。素早く軸移動して回避すると、回転を細かくしてリリへ回し蹴りを放った。 かろうじてガードしたリリがそのまま風斗たちの方に蹴り飛ばされる。 大量の廃材をまき散らしながら、リリは抱き合ったまま倒れた風斗と快を確認。 「……」 しつつ、銃の空のマガジンを排出。手首を返して袖下から換え弾倉を射出してリロード。冬遊斗めがけて牽制射撃を放った。 「ん、ここは……っ」 「ごめん、釣り餌にされちゃったみたいだ。初体験だな」 目を覚ました二人に視線を送ること無く、リリは牽制射撃を続けた。 「おはようございます。ご気分はいかがですか」 「俺はなんとか。でも」 快は腕をぐるぐると回して身体の調子を確かめると、すっくと立ち上がった。多少怪我は負っているもののしっかりした足取りである。一方風斗は身体のよろめきがとれないようで、片膝立ちの姿勢でなんとか武装を完了させる程度だった。 「仕方ないな。回復してやるからそこを動くな?」 護符手袋をぐーぱーして近づいてくるユーヌ。 そこへ秋羽斗と春流斗が襲いかかった。 「大人しくするのはそっちだよ」 「人質がどうなってもいいのか、だっけ?」 斜め下と上から同時に跳び蹴りを繰り出されるユーヌ……だったが。 「おっと、こっから先は!」 「通さない!」 全力疾走で駆けつけ、素早く飛び上がった『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)と『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)がそれぞれの間に割り込んで蹴りを受け止めた。 二人は蹴り飛ばされ、すり抜けたユーヌの後ろでお互いに衝突した。 片膝をついた状態で着地する二人。 悠里は春流斗たちの顔ぶれを見比べ、本当にそっくりだと呟いた。 「なのに。よりにもよって、あんまりじゃないか」 「ユーリ……」 声をかけようとした夏栖斗に、ぐらつく頭をおさえたままの風斗が声をかけてきた。 「カズト、これはどういう……いや、そんなことはいい」 剣を地面に突き立て、杖のようにして立ち上がる。 「『どうするんだ』」 このとき風斗は『どうしたい』とは聞かなかった。希望を問うたなら、夏栖斗はきっと助けたいと言うに決まっているからだ。 可哀想な人を助けて、悪い奴をやっつけたい。そう思うに決まっているからだ。 夏栖斗は息を呑んで。 「ノーフェイスは殺さないとだめだ。当たり前のことだよ。だから……」 一呼吸置いて、言った。 「皆、力を貸して」 ●戦えない大勢の人々の代わりに 「こ、の……!」 快と冬遊斗はお互いの手をがっしりと組み合い、ホールド状態に入っていた。 しかしパワーの差は確実に生まれている。冬遊斗の肘からジェット噴射がおき、快は鉄骨に背中を打ち付けた。 「何かを護るってことは……結局の所、何かを選び、何かを捨てるってことだ。そんな選択……」 じわじわと削られていく体力に少なくない焦りを感じながらも、快は強く歯を食いしばった。 新田快。守護神の異名を持つ彼の依頼達成件数はおよそ七百超にのぼる。その中で彼は幾度となく取捨選択を強いられてきた。選べなかったことも少なくない。欲張って失敗したことも、逃げ出しそうになったことも、選択を誤ったこともあった。 山ほどの経験を経て、今の彼があるのだ。 「排斥される夢が零にできれば理想的なんだろう。けれど俺たちはまだ……まだ届かない。選んで護るしかないんだ」 遠い未来。ノーフェイスが笑って過ごせる日がもしかしたら来るかも知れない。 全ての人が幸せになる日が来るかも知れない。 だがそれは、決して今日ではない。 「心苦しいさ。だけどアイツは大勢の人の夢を護ってくれる。だから俺は、アイツの夢を護る。誰かを護るために、ボロボロになってきたあいつが……あいつがせめて笑って過ごせる世界を、護る!」 快は全身に力を漲らせ、冬遊斗を放り投げた。 思わぬ反撃に転がり、廃材にぶるかる冬遊斗。 「ぐ……っ」 蓄積した傷が開いたのか、快は腹を押さえてうずくまった。 「悪い、助かった」 そんな彼のもとへ、全ての傷を修復させた風斗が駆けつけた。 「もう大丈夫なの?」 「万全だ」 巨大な剣を担ぎ上げ、風斗は冬遊斗へびしりと指を突きつけた。 「俺に言うことは無い。カズトにも、そしてお前にもだ。俺にとってお前はあくまでカズトの関係者でしかないからだ。だが……やるべきことなら、確実にある」 風斗の全身に赤いラインが走り、脈々と輝き始める。 「お前は俺が倒す! 俺の手で殺す! カズトに……あいつに、身内を殺させない! これ以上、負わせない!」 駆け出す風斗。 「護る。負わせない。か」 冬遊斗は肘からジェット噴射をしかけ、風斗へと突撃。 鋼の拳が風斗の顔面に叩き込まれる……が。 「う、おおおおおおおおお!」 無理矢理踏ん張り、フルスイングで剣を叩き付けた。 剣は冬遊斗に直撃。冬遊斗はもろくなっていた壁を突き破り、野外へと転がり出た。 ●だから、最後に残ったものだけは失いたくない 工場野外。土草の上をリリは疾走していた。 真空刃が土を次々と切り裂き跳ね上げていく中、秋羽斗めがけて銃を連射した。 青い光の軌道が重螺旋を描いて飛び、宙を舞う秋羽斗へ襲いかかる。 秋羽斗は身体をひねりながら弾を次々に回避。そんな彼を挟んだ反対側。翼を広げたユーヌが至近距離で銃口を押しつけた。 「この距離で当たるかな?」 「やっば……!」 ユーヌは連続で星儀弾を発射。 対する秋羽斗はユーヌを蹴り飛ばす反動で弾をかわしにかかる。 弾の直撃こそうけなかったものの、秋羽斗は地面を自らの翼で長々とえぐることになった。 痛みに片目を瞑り、秋羽斗は素早く起き上がる。 両手を翳して笑顔を浮かべた。 「待って待って、僕ってきみたちの仲間の兄弟みたいなものなんだよ? それを攻撃するっていうのはさ」 「知らんな」 一切の迷いなく銃撃を仕掛けるユーヌ。 「だよね!」 秋羽斗は翳した手の指間で弾を全てキャッチすると。 凄まじい速度で体当たりを仕掛けてきた。 腰にタックルをうけ、その衝撃が全く殺されないまま後方にある樹幹を数本破壊する。 「ユーヌ様!」 急いで追いかけるリリだが、追いかけた先で思わず足を止めた。 ユーヌが秋羽斗を抱いていたのだ。 頭を包み込むように、母のように抱いていたのだ。 秋羽斗もまた、まるで母にすがるように両腕を回している。 ……が、すぐにそれが愛ゆえの抱擁ではないことに気づいた。 ユーヌの手が、爪から血が滲むのではないかというほどに秋羽斗の頭を掴み自らに押しつけていたからだ。 対する秋羽斗もまた、回した腕から幾度となく土砕掌を叩き込んでいる。その証拠に、ユーヌが常人であれば間違いなく即死している量の血液を吐きだした。 自分の血でまみれた秋羽斗のこめかみに銃を押し当て、ひゅうひゅうと呼吸をするユーヌ。 「この距離なら回避はできないな」 「く、そ……!」 ユーヌが銃を相手の頭に叩き込むのと、秋羽斗がユーヌの胴体を破壊するのはほぼ同時だった。 くずれおちたユーヌをふりほどき、よろよろと立ち上がる秋羽斗。 リリに殴りかかろうとするが、致命的なダメージを受けているのか勝手によろめいてその場に転倒した。 「……僕を殺すのか」 うつぶせのままリリをにらんでいる。 リリは片方の銃を収納すると、もう片側のマガジンをリロードした。 祈るように、両手で銃を握って額へ当てた。 「天使があなたを楽園へ連れて行ってくださいますように」 そこからは簡単だ。下ろして、狙って、引き金を引くだけだ。 数度の銃声を頭の中で聞きながら、リリはお祈りを唱えていた。 ――御厨様。 ――今日、私はあなたの兄弟を殺しました。あなたはきっと嫌がるでしょう。誰かの犠牲になり立つ世界や、誰かの負担で生きる人生を嫌うでしょう。けれど……。 「あなた一人の人生では、ないでしょう?」 ●戦うことでしか解り合えない 「もしも君たちがフェイトを得ていたなら、きっと夏栖斗は傷つかずに済んだ。でも、そうはならなかった。ならなかったんだ!」 悠里のラッシュが繰り出される。春流斗はそれを手のひらで全て受け止めていた。 「君たちは不運だったし、夏栖斗は幸運だったんだろう。でもそれだけじゃない。君たちが悪に染まったのは、君たち自身の意志だ。そうだろう!」 「不運? 違うね」 悠里の両腕をがっしりと掴んだ上で、春流斗は強烈な膝蹴りを叩き込んだ。 思わず血を吐き漏らす悠里。 「僕らは幸運だったんだ。自分の意志で生きて来られた。誰かに操作されたものだったとしても、僕は命令ひとつされない自由を手に入れたんだ。普通じゃ絶対に得られないような力を獲得できた春流斗も、力で評価して貰える世界で生きて行けた冬遊斗もだ。失うものはもう何も無い。自由で、強くて、幸運だ!」 連続で膝蹴りを叩き込み、そのまま蹴倒す春流斗。 「夏栖斗、君はどうなの。失うものばかり手に入れて、幸せ?」 「僕は……」 夏栖斗は自らの胸に手を当てた。 実験に利用された母やみんなの無念。 自分を生み出したらしい父への怒り。 捨てられた自分という悲しみ。 怒りや悲しみが既に過去のものとなった虚しさ。 それら全てが混ざり合い、胸の中で膨らんでいく。 「僕は……幸せだ」 自分の代わりに悲しんでくれる人が居る。 自分の代わりに怒ってくれる人が居る。 自分の代わりに傷つく人が居て。 自分の代わりに戦う人が居る。 もしかしたら失われてしまうものかもしれないけれど。 喪ってしまったことも。 あるけれど。 「本当に、幸せなんだ。僕は」 トンファーを手放し、拳を握る。 「春流斗。お前も不安だったんだろう。成功例っていったって、誰も肯定してくれない。しかも今から死ななきゃ行けない。嫌だよな。死ぬのは、嫌だよな」 春流斗も同じく拳を握った。 「嫌だよ。君は?」 「僕も嫌だ。だから殺すつもりで来い。僕もお前を……殺すことに決めた!」 夏栖斗の拳が春流斗へ叩き込まれ――る寸前、春流斗は夏栖斗の背後に高速で回り込んでいた。 「最初っからそのつもりだよ、カズトォ!」 強烈な土砕掌が叩き込まれ、夏栖斗の身体が軋みをあげる。 更に回し蹴りが直撃し、夏栖斗の意識は吹き飛んだ。 夏栖斗はバウンドしながら床を転がり、積み上がった木箱を破壊して突っ込んだ。 「でも、死ぬ前にひとつだけ教えてあげるよカズト。君が革醒した原因は遺伝にあったと見られてるんだ」 うつ伏せに倒れた悠里の頭を踏み、春流斗は笑った。 「おかしいよね。僕らもリベリスタのお腹から生まれたのに」 「それは……」 「君だけ、父親が違うかも知れないってことだよ。カズト」 夏栖斗の目が見開かれる。 「冥土の土産はもういいよね、じゃあバイバイ」 飛びかかろう……とした春流斗だが、その身体ががくんと停止した。 足を軸に。 意識を取り戻した悠里が掴んだ片足から順に、春流斗の身体が凍結し始めていたのだ。 「しまっ――」 木箱を吹き飛ばし、駆け出す夏栖斗。 「覚えててやる、お前たちのことを、ちゃんと!」 握りしめた夏栖斗の拳が、御厨春流斗を破壊した。 ●人間たちの中で生き続けろ 夏栖斗の手は血にまみれていた。 「ユーリ、ありがと。僕が手を汚さないように、前に出てくれてたんだよね」 「夏栖斗……」 身体を起こし、苦々しく目をそらす悠里。 そこへ、ぐったりとしたユーヌを抱きかかえたリリがやってきた。 「終わりました。御厨様」 「……リリも、ユーヌもありがと」 「いいえ」 瞑目するリリ。 「カズト、無事か!」 快に肩を貸した風斗が小走りにやってくる。 倒れたまま動かない春流斗と彼らをみくらべて、風斗は強く歯を食いしばった。 「ありがとう、二人とも。僕の戦いに巻き込んじゃって……」 「そんなこと言わないでよ、相棒」 快は弱々しく顔を上げて笑った。 「俺の戦いでもあるさ。なあ」 「いや、まあ、ああ……」 生返事をする風斗。 夏栖斗は春流斗の死体をもう一度見つめ、目を閉じた。 「僕らの運命はもう交わることは無い。それでいいんだ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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