● ほう、と息を吐けば白い吐息はエナメル・ブルーの夜空に広がって行く。 まだ5時台だというのに辺りは暗く寒々しい影を落としている。指先は冷たい。 街には至る所に門松が置かれ、行き交う家族には朗らかな笑顔が溢れていた。 祖父母に両親、子供達。年末年始を祖父母の家で過ごして居るのだろうか。 もう一度息を吐く。 冷たい指先が少し暖かくなった。同時に込み上げる感情は言葉に出すことの出来ないものだ。 少女のイングリッシュフローライトの髪を風が攫っていく。 安堵したのだろうか。悲嘆したのだろうか。少女自身よく分からない。 海色の瞳を閉じる。脳裏に浮かぶのは先の戦場と幼い頃の家族の思い出。 「ううん。ダメだ。新年なんだから。気持ちを切り替えないと!」 頬をぺちんと叩いて海色の瞳を上げる少女はオレンジ色のマフラーを靡かせて走る。 自室のあるアークの寮が見える公園で一端立ち止まった少女。 「わっ!?」 呼吸を整えて顔を上げた瞬間、身体を押し戻された感覚に少女は声を上げた。 もふもふとした羊の様なものが華奢な身体を包み込んだのだ。 「こ、これは……羊? ああ、でもすっごくあったかい」 その羊の様なもふもふを抱きしめると、ほんのりと暖かく夢見心地になる。噂の人をダメにしてしまうかもしれないソファやクッションの様ではないか。 振り返ると至る所にそのわたふわなもふもふ羊が居るでは無いか。 「大変、こんなに!」 アザーバイドだろうか。しかし、害意や敵意は感じられない。少女の胸の高鳴りを感じられる。彼女は少女らしくふわふわしたものが大好きだった。 「と、とりあえず本部に行きましょうか」 一匹の羊を抱えて少女は歩き出す。その後を追いかける羊の群れ。もふもふ。ふわふわ。ころころと。 ● 「今年はひつじ年ですね」 海色の瞳を優しく細めて『碧色の便り』海音寺 なぎさ (nBNE000244)は微笑んだ。 手にしているのは何の因果か大量に現れたもふもふな羊のアザーバイド。 上位世界にも干支という概念があるのか、或いは只の偶然なのか。 「この子達の目的ははっきりとは分かっていませんが、彼らに寄りかかってお話したり眠ったりする事でちょっぴり幸せでやさしい気持ちになれるんです」 多分、その暖かな心をエネルギーにして旅立ちの準備をしているのだろう。 何もしなくとも夜明けと共に次の世界へと旅立って行くのだが、彼らはこの世界に許された存在でもあるらしい。排斥しなくても大丈夫ということだ。 幸せを運ぶふわもこの羊を連れ帰ってこたつのクッションにしても良いし。 ベッドの中で抱きまくらにしても良いだろう。 おしゃべりが楽しくて朝になったとしても、その空間が幸せならば彼らはそれで構わないのだ。 「せっかくですから、もふもふしてみませんか?」 フォーチュナは抱きかかえていた幸せを呼ぶわたもふな羊をリベリスタに手渡した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月11日(日)22:44 |
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■メイン参加者 20人■ | |||||
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● 理央は自室にある机に向かい、ノートにペンを走らせていた。 ふと顔をあげると隣には羊型のアザーバイド。 理央の中ではモフモフというべき存在が大人しく鎮座している。 勉強する為にノートに向かう。 教科書から必要な部分を抜き出し罫線の上に文字を綴る。 ぷるぷると理央の指が震えだした。 「勉強しないといけない……いけないんだけどモフモフには勝てなーい!!」 理央はモフモフを抱きしめる。全力でぎゅうぎゅう締める。それから―― 「全力で他の世界に逃がさないように陣地を構築して!!!!」 妄想を爆発させた理央の腕の中でモフモフが震えていた。 「いけないいけない。あまりのフワフワモフモフっぷりに思わず理性が飛んじゃった」 膝の上に置き直してそっと触り心地の良い毛を撫でれば、ゆったりとした空間が広がる。 「今夜限りと言わず、またこの世界に遊びに来てよね。歓迎するから」 理央の言葉にモフモフは微笑んだ。 「新年明けて早々ママの手伝いするんじゃなかったよぉ~マジ疲れた!」 桃華は項垂れながら母親の運営する店から帰路に着いていた。 「超かったるいから明日学校休んじゃおうっか……ってこの可愛いの何?」 ピーチ・ゴールドの瞳が道端に転がっていた『夢色羊』を凝視する。 突付いてみると沈み込む指先。 「これはっ!」 抱きしめてみると心地よさに仕事の疲れも飛んで行きそうな気分になった。 見れば、あと2匹程同じような羊が居る。 「よ~し! 連れて帰っちゃお~!」 桃華の自室には3匹の羊。一つを抱きしめ、一つに寄りかかって、もう一つは側に置いてある。 それぞれの好みを聞いた結果このような形に収まったのだ。 「今年の干支だけあってマジ最高! 超可愛すぎ~!」 もふもふに顔を埋めながら癒やしを堪能しする桃華。 「「「ママー! パパー!」」」 木蓮の周りに集まっているのは20人の子供達。わらわらきゃぁきゃぁとブンブン尻尾を振り回している。 その様子をハニー・ゴールドの瞳で見つめているのはもう一人の製造元、龍治だ。 「何故、何故こんな事になってしまったのだ……」 「……なんかこう、獣の因子を感じる、うん。あ、けど今なら雑賀木蓮って名乗れるぞ!」 「自業自得……ああ、自業自得には違いないが……!」 手で顔を覆う龍治の頭に、腕に腹に子供達がぶら下がっている。 「龍治、傍目に見てわかるくらい顔が青いけど大丈夫か……!?」 ――此方の稼ぎはあるし、アークからの支給金もある。養育には問題ないが、これ以上は……。 夫の様子に何かを感じ取った木蓮はリーフグリーンの瞳を見開いた。 「ハッ、べべ別に俺様がほんぽうだからこうなった訳じゃないぞ! ホントだぞ!」 これが言い訳というものだろうか。 「……ところで龍治、その……」 「まだ大丈夫か、しかし、現実を考えると……」 ぶつぶつと言っている夫の手を自身のお腹に持っていく木蓮。 「も、もう2人ほど増えるけれど……いい?」 ――さらに増えるだと!? 「がぁっ! はぁ、はぁ。……ゆ、夢か。そうだ、まだ夢の話だ」 「ん~? なんかスゲェ夢だった……。妙にリアリティあるとことか……」 夢色羊を抱いたまま眠っていた二人は同じ夢を見たのだろう。まるで、群れを為す羊の様な連帯感。 「でも……へへー、半分くらいは正夢にしような、未来の龍治お父さん!」 「ぜ……、善処、する。」 額を流れる汗は寝汗だろうか。 ――なぎさが何事もなく過ごせているのかを確認したかっただけなのだが。 いや、それだけでは無いか……。 「はーい。あれ? 凛さん?」 ノックの音にドアを開けたなぎさが自室へと迎え入れたのは凛だった。 「横に座ってもいいか?」 「はい、どうぞ」 夢色羊を二つ並べてもたれ掛かる凛となぎさ。 「……この間は最後まで自分で護ってやれずにすまなかったな……」 凛はバツが悪そうに苦笑いを零す。 「そんな事無いです。凛さんが居なかったら、私はあの戦場を生きて帰れませんでした。ありがとうございます」 ぺこりとお辞儀をした少女の頭を軽く撫でた凛。 「とにかくなぎさが無事で良かったよ」 側に置いていたバスケットをなぎさの前に差し出した凛は柔らかく微笑んで言葉を紡ぐ。 「これでは詫びの品にもならんだろうが……」 「え?」 「ホットココアとクッキーだ、俺が作った物だし美味くは無いかもしれないが……」 「わぁ! 嬉しいです! ありがとうございます!」 カップに注がれたホットココアとクッキーを頬張りながら「美味しい」と笑みを零す少女。 青年は深紅と黄金の視線を床に落として呟いた。 「何か困った事があったら遠慮なく言ってくれ。……どうにも放って置けないんだよ、心配のし過ぎかもしれないがね」 苦笑した凛になぎさは感謝の気持ちを述べて微笑んだ。 ● ここはアークの守護神・新田・快の部屋だ。 そこに集いし選ばれた戦士こと【ジンギスカン】メンバーは聖戦を前に各々の羊と戯れていた。 「ばばーん! なんと! 未年なのです!! 去年は馬だったのですか、馬です号」 イーリスがおなかをぽんと鳴らせば、どこからかうまーと鳴き声が……もう、しないのだろうか。 「ならば! 次は羊なのです!」 「めえー!?」 金髪少女の剛力で羽交い締めにされた夢色羊は叫び声を上げる。 「夢色ひつじ! もふもふわたわたするです。わたわたするです」 「この状況でジンギスカンって……こんな和み系アザーバイドを屠殺して食おうっていうの?」 杏が問えば朔が応える。 「羊の焼き肉だったか? ふむ……食べるのは初めてだな」 「ああ、普通のラム。ええ、当然よね」 彼女らの側にいる羊達が妙にソワソワしているのは気のせいだろうか。 「ジンギスカンと言えばモンゴルの覇者だったように思うが、何か関係があるのだろうか」 なるほど。だからあの歌唄い達はキラキラの衣装に身を包んでいるのか。 「ジン♪ ジン♪」 例の歌。 「お肉お肉~♪」 「あけましておめでとう! かんぱーい!」 「うむ、乾杯だ」 部屋の真ん中に置かれたコタツの上にはジンギスカン鍋。兜の様な形をした専用の鋳鉄鍋である。 「いやぁ、ジンギスカンってあんまり食べた事がなかったから。食べてみたいって思っていたんだよな」 義弘は快がサーバーから注いだ生ビールをぐぃと飲んで、「いいね、最高だな」と笑みを零した。 「やっぱり焼肉にはビールよねぇ~。油をビールで流し込む感じがたまんないわね」 杏もビールを煽り、喉の奥を通って行く爽快感に酔いしれる。 「温かい部屋、温かいコタツで、温かい羊に凭れ掛かりながら熱々のジンギスカンと冷えたビール……こんなに嬉しいことはない」 快は肉汁が染み込んだ野菜にも手を着ける。風味豊かな肉の出汁で味付けられた野菜は普段とは違った顔を見せてくれるのだから面白い。 「羊肉は独特の癖があると聞くが、中々どうして美味いものではないか。味は普通よりも強めだな」 朔は肉を噛み締めて舌の上で堪能する。 「タレがあればよく合いそうだ。だが何よりも……うむ、実にビールによく合う」 「祭さんビールですか! 杏さんもビールですか!! 朔さん! 何飲んでるですか! ちょっとうらやましいのです。あの泡がうらやましいのです」 「イーリスちゃんもビールが興味あるの?」 彼女は大人の飲み物が気になる年頃なのだろう。しかし、未成年。 「じゃあ、君にはこれね」 「新田さん! 何ですかこれは! 子供ビールですか!」 「これで羊がジンギスカン焼いてくれたら言うこと無いんだけどなあ」 快の言葉にクッションにされていた羊が狼狽え出す。 「ま、そこまでいっちゃ贅沢だし、鍋奉行くらいは引き受けるよ」 ふわふわな毛並みが少ししっとりしだした。 「そういえばこの羊はどうやって調達したのだ? そこらにある羊を狩ったのか?」 朔の側に居た羊が危機感を感じたのだろうか、プルプルと震えだす。 「私は一向に構わんが、海音寺君は泣きそうだな」 「おいしいのです! おまえも食べますか?」 仲間の肉を食べさせられる苦行には如何にアザーバイドといえど耐えられなかったのだろう。 口に入る瞬間、夢色羊は逃げ出した! 「イーリスちゃん、肉がなくなったからってアザーバイドは食べちゃ駄目だからね。ましてやビーストハーフなんてもっと駄目だからね」 杏の言葉はわたわたな羊少年の事だろうか。フィクサードを食べた前科がある少女だからだろうか。 「少し良心の呵責が……。」 義弘は可哀想な羊達を見て、ちょっぴり涙を浮かべる。 しかし、用意した食料を無駄にする事はいけない事だ。つまり、楽しまないと損という訳で。 「最後は鉄板の縁に残った脂を出汁で割って……」 「ラーメンか。……味が濃くて美味しいものだな」 麺を啜る音と共に夢色ひつじの夜は美味しく過ぎていく。 「ひつじさんなのですぅ♪ これもお家で飼いたいですにゃ~♪」 夢色羊を抱え込んだ櫻子とそれを見守る櫻霞。黒色の尻尾が楽しげに揺れている。 「櫻霞様、櫻霞様っ! ひつじさんもお家で飼っていいですにゃ?」 小首を傾げた妻に苦笑する櫻霞。 「出たな無茶振りが。そもそもこの羊は飼えないだろう」 応えた櫻霞の顔をじっと見つめる櫻子は言葉を紡ぐ。 「羊さんで思い出しましたけれど、お揃いのセーターとか持ってませんにゃぁ」 「揃いの服ね。家の中でなら着てやらんこともない」 「……櫻子が編んだら着てくれますにゃ?」 黒い尻尾をパタパタさせて期待の眼差しを向ける櫻子に櫻霞は仕方ないなと笑う。 任務中は流石に無理だと返答するより早く櫻子の嬉しげな声が響いた。 「櫻霞様とお揃いなら何色がいいかしら? やっぱり青でしょうか♪」 エンゼル・ブルーのセーターは何編みがいいだろうか。櫻霞は妄想を膨らませる櫻子の頭を撫でる。 「毛糸で作るならマフラーでもいいな」 「マフラーですにゃ?」 「そうそう汚れない上に作るのも簡単だ、いっそ二人分の長いマフラーでも編むか?」 櫻霞の問いに目を輝かせる櫻子。しかし、セーターも捨てがたい。 「で……そろそろ結論は出たか」 眉間にしわを寄せてうんうん唸っている櫻子に先を促す櫻霞。 ここはやはり―― 「二人分の長いマフラーがいいですにゃ♪」 何より二人で一緒に身につけられるのが良い。 「櫻子、頑張って編みますね」 「ああ。きちんと使ってやるから安心しろ」 最愛の妻が作ったものならばどのようなものでも嬉しいのだ。 捕まえた羊よりも隣に居る白蓮の尻尾の方がふわふわだと思いながらも夢色羊を手放さない杏子。 その様子を微笑みながら見つめる白雪狐は、異世界からの来客が齎す安寧に心を穏やかにする。 同時にそうならない事の方が多い現実に切なさを覚えた。 白蓮と杏子は一匹ずつ夢色羊を抱きしめている。 「セーターの材料って印象が強いのですよね……食べても美味しいですけれど」 「まあ……そんなことを言っていると、怯えてしまいますよ」 杏子の腕の中に居る羊がプルプルと震えだした。 「ほら」 「冗談ですよ。大丈夫。食べたりしません」 何処かの金髪少女の様に食べさせたりもしない。 「……あっという間にお姉様は結婚してしまいましたねぇ」 近くにはマフラーの話で盛り上がっている杏子の姉夫妻。 「寂しいような、羨ましいような。多分、羨ましいのでしょうけれど」 姉と自分を交互に見つめて苦笑いをする杏子をきょとんとした表情で見つめる白蓮。 「……じゃあ結婚しましょうか」 さらりと。山から降りてくる雪風の如く吹き抜けた言葉に固まる杏子。 「あ、別にふざけていませんからね?」 「あ、あの! そのっ! ふざけてないっていうのはわかりますけれどもっ……!」 杏子の頬が真っ赤に染まるのを見て白蓮の白い肌にも熱が感染る。 「家に一人というのも、中々に寂しいものですよ」 言って、羊の毛並みに顔を埋める白蓮。 杏子はそっと彼女を後ろから抱きしめた。 「……えっと、私みたいなのでも良ければ……け、結婚してくださいっ……」 「はい、よろしくお願いします」 肩口に感じる彼の暖かさは、腕に抱いた羊よりもずっとずっと心地よいものだった。 ● 消化の良さそうなりんごを木箱に入れているのはまおだ。 「えっと、一緒に来ますか?」 スパニッシュ・ローズの大きな瞳は夢色羊を見つめていた。 「わたわt……ちびわた様どうぞです」 木箱を持ち上げたまおはその上にちびわたを乗せて医務室へと向かう。 「こんばんは」 「くすくす。ごきげんようユラさん」 「悠月にイーゼリット。どうしたですか?」 ユラの病室に現れたのは神秘探求同盟は女教皇と月の座だ。 「身体の方は――もうしばらくは、ゆっくりして居た方が良さそうですね」 戦闘時に治癒術での応急処置をしてあるとはいえ、失血やら体力やら、暫くの静養は必要なのだろう。 「これ、スポーツドリンクとお菓子。ここに置いておくから」 なんとなく食べて無さそうな雰囲気だったからイーゼリットはお土産をサイドテーブルに置く。 ガラリと病室のドアが開き、入って来たのはまお。 「ユラ様こんにちわ。まおです。すり下ろしりんごはいかがですか?」 「まおも! みんな、お見舞いに来てくれたですか。嬉しいですぅ」 笑顔で出迎えた少女は病院服に身を包んでいた。数日前に一般病棟へと移されたばかりらしい。 ちびわたとユラのすりおろしりんごを作ったまおはそれを手渡しながら尋ねた。 「ユラ様がまおの名前を知ってて、まおはびっくりしました。もしかして……まおは変なことしちゃったでしょうか?」 小首を傾げたまおに少女は笑みを返す。 「アークがそれだけ有名って事ですよぅ!」 その中でもトップクラスの一人であるまおの名前と容姿には見覚えがあったのだ。 居住まいを直したユラがまおの手を取る。 「まお、改めてありがとうなのです。私を助けてくれて」 「俺達からも礼を言わせて貰おう。感謝しているぞ。小さな勇者よ。それに麗しい女神達よ」 ラセットバルディッシュのリーダー、レオ・マクベインがまおや悠月、イーゼリットに握手を求める。 「いいえ、レオさん達も大変だったでしょう……」 極東の地で死んで行った仲間が居たのだ。悲しくない訳など無い。イーゼリットは言葉を濁した。 「俺達の事は心配するな。覚悟を持って殉職したのだ。ベッドの上で死ぬより名誉あることさ」 「これからも、どうかよろしくね……」 その様子を大きな瞳で見つめるまおは、ちびわたを抱きしめ足をパタパタさせている。 「こんばんは。ユラさん体調は……って皆さんお揃いですね」 次に病室へ現れたのはなぎさだった。背負った負い目からかよくユラの元へ通っているらしい。 「ふふふ」 「ひっ! そ、その声は!?」 なぎさの背後からぬっと手を伸ばしユラの腕を掴んだのは、那由他だった。 「ユラさーん、毎回怯えるなんて酷いじゃないですか。私はこんなに仲良くしたいと思ってるのに」 「だって、山d」 「那由他です。なゆなゆでも良いですよ。ささ、なぎささんも一緒にユラさんを抱きしめましょうよ」 「えっ、わわ」 横に並んだお団子の様に那由他にぎゅうぎゅうと抱きしめられる2人。 「お二人とも、昨年はよく頑張りましたね。ユラさんは形見を取り戻せましたし」 楽団に奪われた門司大輔とフィリウス・ロイの遺体の件。海音寺政人の手に渡った煙草の件。 全て取り戻す為に戦い続けてきたのだから―― 「……2年か。頑張りましたね、本当に」 悠月は団子状態になったユラの頭を優しく撫でた。 那由他は腕の中のなぎさへ言葉を紡ぐ。 「なぎささんは、父であろうと迷いなく討てる『立派な』リベリスタになれました」 ずきりと。碧の少女の心に突き刺さる槍。その罪を忘れるべからずという言葉だ。 「ええ、これからは、もっと自由に生きて良いんですよ」 怒っても良い。泣いても良い。憎んでも良い。我侭でも良い。だから―― 「どんな感情でも受け止めますから、お気軽に見せてください、ね?」 「那由他さんは、ちょっと意地悪です」 膨らませたなぎさの頬を那由他はつつく。 「大丈夫、私は貴女達のことが本当に大好きですから」 「そういえば、またエストニアに戻るのですか?」 悠月の問いかけにユラは首を振った。 「しばらくは日本に居るですよ。お墓参りしたいです」 「そうですか、何れにせよあまり無理はしないでほしいものです」 「……はぁい」 悠月の言葉に恥ずかしげに、笑顔で応える少女。 「ごめんなさい、私は煙が苦手なものだから、これであっているか分からないけど」 イーゼリットが取り出したのは形見である『乖離』の元となった市販のタバコ。 「それは大切なものだと思うから、持ち歩くのはこのほうがいいかなと思って」 「ありがとです!」 退院したら封を切ってみよう。そうしたら、また思い出せるはずだ。共に在った日々を。 「じゃあ、またね。なぎさ」 那由他に自室へと送り届けて貰ったなぎさは、彼女と入れ違いに部屋の前に来た青年に声を掛けられた。 「海音寺なぎさ嬢、で宜しかったかな?」 「はい。えっと……貴方は」 左手をポケットに入れて佇む青年に少女は不安気な表情を見せる。 「昨日よりアーク所属になった、フェイスレスと言う。ここにはフォーチュナが大勢居るのだな、挨拶回りだけでも一苦労だ」 「そうなんですね。お疲れ様です!」 アーク所属のリベリスタならば警戒をする必要も無い。笑顔でぺこりとお辞儀をするなぎさ。 「……と、ぼやいても仕方ないか。失礼、お嬢さん。どうぞ以後お見知り置きを」 「はい、よろしくお願いしますね! お仕事頑張って下さい」 フェイスレスと名乗った青年は一礼した後、何処かへと去っていった。 (さて、漣よ。卿は如何ように思うかね。 彼の娘は如何に彩れば最も可憐に鳴いてくれようか) エントランスを抜けた所で左手に嵌められた青い指輪を口元に寄せるフェイスレス。 『漣の指輪』を持った青年はその内に居るであろう漣へと語りかける。 (例えば愛しき相手が出来た時、眼前で殺めて解体し晒してでも見せようか) そう、例えば――先程のグラファイトの黒を身に纏った女であるとか。 例えば――前を歩いてくる境界線の青を宿した少年であるとか。 (いやはや、先行き愉しみな事よ) 『原罪の仔』は『境界線の青』とすれ違う。 ――青き絶望は引き継がれた。では、簒奪を始めよう 光介が振り返ると男の姿は既に無く、寒々しいエナメル・ブルーの夜空が広がるだけ。 少年は急ぎ足でなぎさの部屋へと向かう。ノックの音に少女の声が聞こえ、安堵する光介。 「こんばんは。もふもふ連れて、初詣いきません?」 夢色羊を湯たんぽ代わりに、近くの神社へと。 「あ、門松……」 二人でもふもふを抱きしめて。言葉数も少なくなってしまうのは、先の結末に思う所があるからだろう。 言葉を発すれば溢れて来てしまいそうで。口に出せない感傷は、互いに近しい。 けれど、少年は言わなければならない事があった。 神社の鳥居の前で立ち止まる光介。 長い沈黙の後、光介はホリゾン・ブルーの瞳をなぎさに向ける。 「……なぎささん」 彼の真剣な表情に少女も海色の瞳で返す。 この一言がずっと言えなかった。 怖かったから。互いを代替物に貶めてしまうことが。 でも、彼の手が2人の頬を撫でた瞬間。 同じ咎と情を背負って、歩き出した気がした。 だから―― 「もう家族だと思ってます。なぎさささんのこと」 海色の瞳が大きく見開かれる。ぱたり、ぱたりと溢れ落ちる涙。 失った家族の代わりなんかじゃない。 「うぅ……、光介さん……っく、ひっく、お、お兄ちゃん」 「はい」 新しく育む為にこの手を取るのだ。この先も、微笑みあって。一緒に歩いて行こう。 「もう泣かなくても大丈夫ですよ」 心の帰る場所は此処にあるのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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