● 怒涛の2014年は過ぎ去った。 バロックナイツやミラーミスとの交戦を初めとする立て続けの戦いは熾烈を極め、アークは華々しい戦績に彩られ続けている。 字面だけ取り出してみれば喜ばしくすらありそうなものだ。だがかつて主流七派と呼ばれた諸勢力との抗争とて今も尚続いている有様が芳しいとは言えそうにない。むしろただただ悲惨の一言に尽きるというのが現状なのだろう。 激戦の連続故に当然の事ながら、神秘的混沌とすら呼べるであろう日本の崩界は深刻その物といった状況であり、アークのリベリスタ達によって既の所で救われ続けているといった惨状であった。 崩界度の加速的上昇は数多くの害悪を生み出し、日本各地に災厄を振りまいている。 だがその悲劇を止める事が出来るのは、リベリスタ――アークの英雄達しか居ないのである。 2015年。東京都立川市―― この小さな街は、これまで何度救われた事だろうか。 それにも関わらず度重なる事件が予知されるという実情は、運命の皮肉と呼ぶ他ないのかもしれない。 少し風の強い。きらきらと粉雪の舞い散る夜。 駅の北口に降り立った勇者達の戦いが始まろうとしていた。 ● 「みんな居るかな?」 「ええ」 振り返り声をかけるの設楽 悠里(BNE001610)に、暖かそうなコートを纏う少女(注:略!)エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)はふわりと白い息を吐き、肯定を返した。 「大丈夫そうだね」 東京都の西部は冷える。夜ともなれば尚更。 けれど戦地へ赴くリベリスタ達の足取りは、この日。不思議と軽やかであった。 「いやあ、まさかまた。こんな事件が予知されるなんてね」 朱鷺島・雷音(BNE000003)の冷えた指先に、暖かな手のひらを重ねる新田・快(BNE000439)がしらじらs――深刻そうな声音で呟く。 偶然とは恐ろしいものだ。 「……のだ」 なにやら言葉が出ずに。大きな手のひらを握り、気恥ずかしそうに頬を染めて俯く雷音が目指す先に、今宵の戦場はある。 「エスターテちゃん! 今日はふぐだって! 楽しみだね!」 「はい」 「じーじはいつも可愛いよね」 「はい」 「エスターテちゃんもね!」 「え、えと」 楽しそうにはしゃぐルア・ホワイト(BNE001372)に、エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は微笑返す。 他愛も無いルアの一言であったが、実のところ正鵠を射ている。 「ふぐ、とは何だ?」 「魚の名ですね。職人が丁寧に毒を取り除く事で食用になります」 怪訝そうに尋ねるアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)に、蜂須賀 臣(BNE005030)は生真面目な言葉を返す。 「毒……?」 断魔の体現者が述べた言葉に、少女はますます怪訝そうな眉をしかめ―― ―― ―――― 思い返せば、発端は数日前の事だった。 「また、なんです」 「また。か」 一を聞いて十を知る。快はこの時、既に多くの事象を察知していたに違いない。 「はい」 「じゃあ、書類は出しておくよ」 「え、と。ありがとうございます」 ブリーフィングルーム近くで、エスターテは快達にとある予知を伝えていた。 立川にある天ぷら屋で、食材の河豚が革醒して店に居る人々を惨殺してしまうという事件である。 事態を放置すればエリューション、なんだ。アンデッド? まあいいや、なんかそんなのが出るらしいのだ。たぶん神遠域の死毒みたいな手合いで。 本件がレアケースであるのは、革醒前に該当する食材を処分してしまう作戦が成立するという一点に尽きる。 この方法によって討伐という行為そのものが内包する様々なリスクは消えうせる。更には神秘の秘匿、事後処理といった厄介な事態とて完全に回避出来るのだ。 古来の兵法より。戦わずして勝つ事こそ善の中の善であると言うが、その戦略を実現出来るという事になる。 そしてそれを実現する為の、最も不自然でない方法は、革醒が予想された時間より前に『食ってしまう』という事なのだ。 店に予約いれて、行って、食べる、という事だ。 ―――― ―― 「理屈は分かった。後は敵の情報と作戦の提示を願おう」 アウィーネの言葉にエスターテが資料を取り出し、快が解説を始める。 先付けは皮刺し、煮こごり、真子の糠漬けの三品らしい。 次に鉄刺、それから骨蒸しが登場する。 そうした所で、いつもの海老の足揚げから天ぷらがスタートだ。 もちろんその中には白子、河豚の身の天ぷらも含まれている。 そしてコースの〆はふぐの天茶漬けになる。 飲み物は自腹ではあるが、この店は日本酒が粒ぞろいで素晴らしい。GPとかに影響があるかは知らないがオススメである事は確かだ。 今回は河豚コースということで、ヒレ酒という手もある。この熱燗がよく温まるのだ。おかわりはヒレの分だけお安くなるのもポイントである。 さて。今回革醒するのは、真子である。 「どういうものだったか」 以前雷音がブロッコリーを撃破した際に、酒飲み達が頼んだ河豚コースにも入っていたのだが。果してあの時少女は食べたろうか。 酒飲みには嬉しい濃厚な味わいだが、明らかに珍味であるから好みもあるだろう。だがこれだけは確実に撃破しなければならない。 真子の単品注文は無く、コースで頼む他ないようだ。 故に今回の戦いでは、一人ずつ全員に河豚コースを注文する為の予算が下りているのである。 他の『おこのみ』や飲み物等は自腹ということになる。 そんな所で、一向の目の前に緑色の看板が姿を現した。 リベリスタ達の視線の先にそびえる小さなビル。『てんぷら わかもと』である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月12日(月)22:01 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● ふぐ。 ――――『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003) ● 静かに耳をくすぐるジャズの中で、しゅわりと弾ける天麩羅の音が期待を誘う。 そんないつもの店。 「あけましておめでとうございます。本年もお世話になります」 なにはともあれ、まずはこれだろう。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は笑顔で腰を折る。 店主のはきはきとした挨拶が返り。 常連のおっさんはきらきらと手を振る緑髪の少女にたじろぎつつ、リア充っぽい集団にびびっておどおどと挨拶を返した。 「念願のフグ……この日をどれだけ待ったか……」 秋にも一行が来店した際、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は迷いに迷ったのだが、今回こそは旬のフグを食べる事が出来る。 (心ゆくまで楽しもう……今日世界が終わってもいいように……!) 死線渡りの銀腕が心情としては少々洒落にならない趣も感じるが、そう思わせるだけの魅力がこの店にはある。 一行が座るのは奥の小上がりににあるU字型カウンター前。 「一緒に来るのは、三年ぶり、かな?」 快は雷音の手を取り、そっと隣に座らせる。 「うむ、そう言えばそんなになるのだな」 頬を染める雷音は久しぶりの来店だ。 「コースのほうは皆様。ふぐ、という事でよろしかったでしょうか?」 にこやかな眼鏡の店員に、一同は肯定を返す。 そう。今日の注文はふぐコースだ。もちろん全て天然のとらふぐだと言う。 (真子をたべてやっつけるのだ) 雷音は決意を新たにする。 この店ではふぐの真子が革醒するという予知がなされた。だが食べることで未然に悲劇を防ぐ事が出来る。そういう言い訳――もとい依頼である。 兎も角それは戦闘リスクを発生させないとてもいいことだ。 もちろんお財布の中も確認した。こちらも重要な事である。 「あの、お酒を頂いても構わない?」 小首を傾げる『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は確定的明らかな美少女――、に。見える(クッ……)。 「お客様は……」 「こちら成人してるので大丈夫ですよ」 「これは失礼しました、それじゃお持ち致しますね」 リベリスタのいささか控えめ過ぎる説明に店員が違を唱える事はなかった。お店との信頼関係というのも案外重要なのかもしれない。 それにしても。 (天ぷらが高級料理、ってイメージはなかったのだけど――) エレオノーラが手にしたメニューには否応なしにそういうお値段が見えている。 無論食べた事がない訳ではないが、だからこそ余計に感じるという事もあるものだ。 それでは早速飲み物の注文だ。 一杯目は油川の酒造が誇る純米吟醸酒。 「悠里とエレオノーラさんもソレでいいよね」 新年らしく金色のお洒落な羊柄が可愛らしいから、これはボトルで入れてしまおう。 「ありがとう」 「大丈夫よ」 丁度おすすめのお酒を頂こうと思っていた二人は乗った。 「む、お酒は注ぐぞ」 日ごろの感謝を篭めて、雷音が背筋を伸ばす。 前もそういえば同じようにしたことが思い出される。 あの時と今と、いろいろあっていろいろかわって―― そして快の隣にいる幸福に頬を染め。 「飲みすぎはだめだぞ」 視線を配る雷音は、この三年でずいぶん大人になった。 「あまり飲み過ぎると……! 皿洗いすることになるのだぞ!?」 酒飲み達がはめを外さぬ様、予算も『極技神謀』でしっかりと管理する所存の雷音だった。 「じゃ、可愛い女の子に注いで貰おうかしら」 述べたエレオノーラとて、どうみても。いや、これ以上は記述すまい。 一方の未成年組。 姉に言われて来てみたは良いものの、こういう場での振舞いに不慣れな『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)には緊張が見て取れる。 横に座るアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)は話したことのある相手だから、せめてもの救いだろうか。 「私も天麩羅というのは初めてだな」 彼女はと言えば意外にも落ち着いた様子で、メニューを眺めていた。 「ジュースどれにする?」 こちらは早速元気に声を上げる『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)が、隣の『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)にメニューを見せる。 「私は、これを」 揚げ物だからだろうか、エスターテはガス入りのミネラルウォーターが好みらしい。 「私はねー、今日はジンジャエールで!」 ソフトドリンクとしては辛口の一杯に、ルアはちょっと大人気分で胸を張る。 何せもうすぐ19歳なのだ。この時期に来年とは鬼も笑うが、お酒だって飲める様になる。 「今日はふぐのコースだけど、サラダあるのかな?」 「え、と、あるみたいです」 二人は示し合わせて別々のドレッシングで注文する。分け合えば二倍美味しいのだ。 さて、そろそろ飲み物も行き渡った頃合だ。 「それじゃ、あけましておめでとう」 「良いお店との出会いにも」 「乾杯、なのだ」 「「「乾杯!」」」 ● それぞれ飲み物を一口。 「うんめぇー! やっぱ最高っすなあ!」 快の口からそんな言葉が零れれば、各々先付けの三品にも箸が伸びる。 三年前のふぐコースはいわばお試し。今回は徹頭徹尾ふぐを味わうのだ。 こんなに嬉しい事はない。 「頂きます」 良家(蜂須賀な訳だが)育ちの臣は作法良く箸を取る。ふと、横に座るアウィーネは箸が扱えるのかと気になったのだが。 「む?」 平静を装った表情で、やや不器用ながらもどうにか使いこなしている様な、そうでもないような。 「こちらの一本を、その指の上に置くと持ちやすいですよ」 「……! その。ありがとう」 どうやらフォークの心配まではいらないようだ。 「参ったな、先付けだけで酒が進んでしまう」 困った様な笑顔で呟く快である。真子をちょっと摘んで、その塩気を酒で流す。その繰り返し。これが酒飲みには堪らない。 雷音も一口。思ったよりもずいぶん濃厚で、ちょっと不思議な味わいだ。 「よし、撃破だな」 連戦連勝。これで不安要素はない。 そして快は煮凝りもひとつまみ。舌の上でとろける滋味深さは、酒の含み香とよく調和が取れている。 「これ、何かな? イカかな?」 ルアの箸先にはふるふると透明な物。 「え、と。たぶんふぐの皮です」 「え、皮?」 コリコリとした食感が少女達には奇妙かもしれないが。 「こっちのゼリーみたいなのは?」 「煮こごりです」 「煮こごりは綺麗ね!」 なんだかミニチュアの庭の様で可愛らしい。 そして真子である。ルアに緊張が走る。 「う……」 ほんのひとかけら。ちょっと大人すぎる味だったろうか。 そんなルアの近くで、エレオノーラも一口。 これはこれで美味しいものだ。好き嫌いはないし、箸使いも美しく絵になっている。 「はい、どうぞどうぞ。日本酒もいけるよね?」 「あら、ありがとう」 「エレオノーラさんには普段お世話になってるから」 悠里に注がれた一杯をすっと飲むエレオノーラは涼しげな表情を崩さない。 「じーじ、かっこいいの……」 そんな後ろでルアは悠里の皿に、こそこそと何かを移してみたのだ。 「……あれ? なんか真子増えてるような……?」 さあ。どうしてだろう。 「うーん、飲み過ぎかな……?」 呟く悠里。 「……こそこそ(ルアさん……)」 「……こそこそ(しーで内緒ね)」 まあ。 「あぁ、美味しい……お酒と良く合う……」 美味しい物が増えたのだから、何の文句もない悠里なのであった。 「む、マスタードのピリ辛が爽やかだぞ」 サラダをつまむ雷音の言葉が、なんだか快と似合っていて微笑ましい。 そして登場するのが骨蒸しと白子の吸い物だ。 大人達はそろそろ次のお酒だろうか。 「どうしようかな……」 「躍動感のある新酒がいいかな」 風に舞うマスカットの様にフレッシュな香り。フェニックス・ブルースタンプ。か。 「いつも頼りになるけど、こういう場所だと快は一際頼りになるよね」 悠里も次は快の進める一杯。その後は常連のおっさんにも聞いてみようか。きっと乙女のバイブルで通じ合える。 「これは……もうだめだ」 きりりとした骨蒸しのアクセントに、酒が進む、進む。 やさしい味わいの吸い物に沈む白子は、香ばしい焼き目と蕩ける濃厚な味わいが堪らない。 「後で天麩羅でもお出ししますよ」 そんな店員の声が嬉しい。 目を閉じた悠里が舌鼓を打つ。もはや殺人的な味わいだ。 そして鉄刺。 「エスターテちゃん、見てみて! お皿が綺麗なの!」 「はい」 伊万里焼のカラフルな皿に綺麗な刺身が並んでいる。 一口食べれば。 「おいしー!」 ルアの故郷マルタは海外だが、鮮魚に余り抵抗がないのは小さな島国育ちだからだろうか。 最近では生の魚肉を使ったカルパッチョも、ある種輸出入合戦の様な形で食べられている様だ。 やはり日本の味わいのほうがシンプルだろうか。 「日本のは上品な感じがして好きだよ! おしょうゆも美味しいよね!」 「河豚は『(毒に)当たれば死ぬ』から」「大阪では鉄砲って呼ばれててね」 顔を見合わせる悠里と快。 だから鉄砲刺しからてっさだと言う。 「仲良しね!」 確かな絆を感じさせる二人に、行間を読んだルアがすかさず反応する。 それにしても。 「毒がある魚もどうにかして食べる辺り、日本人ってやっぱり変わってる」 ロシア人エレオノーラの呟きに頷くのは、ドイツ生まれのアウィーネだった。 「同感だ、一体どうして食べようと思ったのか」 ともあれ。 「そろそろ天麩羅のほう、お揚げ致しましょうか?」 いよいよ、決戦が始まろうと言うのか。 ● まずは海老の足揚げだ。 「エスターテちゃん、美味しいねぇ!」 「はい……!」 ルアがそう思えるのは最高の味だからというだけに止まらず、大好きな親友との楽しい食事だからというのもあるのだろう。 ぱりっとお煎餅の様に、臣の口の中で砕ける足揚げ。ふわりと香る海老の風味が身への期待を誘う。 「成る程、これは美味だ」 格式ある家に育った臣は、質のいい物を食べているのであろうが。それでも文句なしに最上だと感じる。 そして登場した才巻海老。塩か。出汁か。レモンか。 「どちらがおすすめかしら?」 エレオノーラが涼やかに問う。こういうものは聞いてしまえばいいのだから。 「こちらお塩がおすすめです。お好みでレモンもお使い下さい」 なるほど、そういうものらしい。 薄い衣の中でぷりぷりと蒸しあがった海老が、まろやかな塩と共に舌先へと存分にその甘みを伝えてくる。 この土佐の塩は舌を刺さない。天麩羅へそっと寄り添い、支えるのだ。 次にほくほくとしたくわい。 「そうだな。ヒレ酒にしよう」 ポっと火をつけて、快の前に運ばれるのは暖かなお酒だ。 「最近は熱燗にもハマっててね」 「それじゃ僕もそれにしよう」 大葉に包まれたすみいかの旨み。忘れてはならない強めに揚げられたおなじみのブロッコリーも登場して。 「ただでさえ十分な品数のおまかせコースに河豚も加わって、これはまさに天麩羅のフルコースだね」 「美味しすぎるぐらいに美味しい」 悠里が口に運ぶのは絶品と名高いホタテ。とろける様なレアの甘みと香ばしさのコントラストが堪らない。 「おいしいのだ……」 お塩でゆっくりと味わうレンコンの歯ごたえに、雷音からため息が零れ。 「快、お野菜はどんなのがおいしいかな」 どれも美味しそうで迷ってしまう。しいたけか。ゆりねか。さつまいもか。 「冬の野菜なら、海老芋やごぼうもお薦めだよ、雷音」 海老芋としいたけはコースにあるらしいから、ゆりねとごぼう。さつまいもはおこのみで注文だ。 行者にんにくは――匂いは気にならないだろうか。 そんな名前の山菜だが、確かににんにくの香りがするものだ。量は少ないから挑戦してみてもいいかもしれない。 そんなこんなで「予算予算……」さっそくオーバーしてしまいそうだが。 「……いちじくを一つ頂ける?」 好き嫌いはないエレオノーラだが、これだけは絶対に美味しいと本能が告げている。 「いちじくの天ぷらも気になるのだ」 快のほうは。 「落ち櫨と牡蠣かな」 これは外せない。 「エスターテちゃん手冷たいよ? 私が温めてあげるね!」 「え、と。あったかいです」 待っている間にむぎゅむぎゅと。ルアはひんやりとした親友の手を握る。 しかしてともかく。ルアがそうしていると左の視界に入るアウィーネの胸が気になって仕方が無い。服の上からでも明らかに生意気な感じだ。 じー。自分の胸を確認。 じー。アウィーネの胸を確認。 「む?」 構造的にそういうものであるじーじは兎も角。思えば反対側にいる雷音ちゃんも、ずいぶん育ってきたという噂があったりして。 「エスターテちゃん……アウィーネちゃんがいじめるよう」 「なっ!? 私がなにをっ」 「っわ……え、と」 思わず抱きついた親友の胸は、色々な意味で安心出来るものだった。 ● 宴はまだまだ続く。 エレオノーラの前に早速登場したのはいちじくだ。 レモンを小皿に絞って、付けて食べれば絶対美味しいに違いない。 天麩羅とは。要するにフリッターの様なものなのだから。 切られたいちじくの色彩は見た目にも美しいが、一口頬張れば。 「……こ、これは」 普段。あまり動じる事はないけれど。 (熱で控えめな甘さが引き立って、えーと) ご託はいいわ、とにかく美味しい! これは一押しの逸品だ。 時期は丁度宴中ごろ。箸休めにもなっただろうか。 それからしいたけ。海老芋。 しかしいけない。 ふと思い立った臣。横で黙々と食べているアウィーネとの会話が疎かになっている。 「アウィーネさん、僕は蜂須賀家としても個人としてもローエンヴァイス家と貴女とより友好的な関係を築いていきたいと思っています」 「ど、どうしたのだ。急に。無論だが」 「家の事は置いておき、まずこの場所で友好を深めたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」 出発前に姉に教えられた手だ。 「それは構わないが」 「お嫌いな食べ物等は」 「特に思いつかないが」 ならば。 「はい、あーん」 真顔の臣。 「な、いきなりどうした」 「僕も詳しいことは知りませんが、日本において親しい男女が行う行為だそうです」 「なっ!?」 右のほうを見れば、なんかマルタ人とシチリア人が同じようなことしてるし。 「あぁ、すいません。説明が不十分でした。このまま箸で掴んでいる食物を食べて下されば結構です」 「わ、わかった……」 真剣そのものの表情で、ねっとりとした味わいの海老芋を差し出す臣。妙に険しい表情で食べるアウィーネ。 みんなの視線が降り注ぎ――何か間違っていたのだろうか? そういえば。雷音はエレオノーラが父と文通しているという話を聞いていた。 忌避していた父との一件。そこから始まったやり取り。なんだか几帳面なキリル文字が目に浮かぶ様である。 雷音自身もメールをしているから、なんとなく気になるのだ。ほんの他愛ない事でも、話が聞けると嬉しく思えるから。 「仕事一筋で真面目な方だから、あまり私生活や思ってる事は書かれないのよ」 仕事柄、雷音へは話せる事を掻い摘んで伝えるしかないのだが。 「でも、たまにこちらを気にして頂けるとあたしは少し嬉しい、かな」 (……こちらに来られたら、ご案内すると喜ぶかしら) 願わくば。また。今度は少し違った形で。そんな機会があるように。 そしていよいよ。戦いは最終段階へと突入する。 食べるにつれ風味を増して往く様なゴマ油の香りと。 「太ってしまいそうだな、ダイエットは明日からだ」 ふわりとしたゆりね独特のやさしい香りに包まれて。口に運べばかりかりほくほくと香ばしくて。 明日からがんばる。生真面目な雷音をダメにしてしまう味わいが、そこにはあった。 「この白子の絶妙な熱の入り具合」 快の舌の上でふわりと蕩ける白子は、吸い物とはまた違った味わいが嬉しい。 「河豚の身の甘み。天麩羅は蒸し物、っていう店長の言葉を噛み締めてるみたいだ」 「ああ、これはもう――」 悠里がかみ締めるふぐの天ぷらは、特有の歯ごたえと濃縮された香りが広がって。 十分に楽しんだ後に、お酒も一口。味わいと香りのハーモニーが堪らない。 今日はおこのみを頼まない悠里である。ふぐに全ての神経を注ぎ、よくかみ締めて味わいながら食べるのだ。 いよいよ最後はからりと強めに揚げられたふぐの天茶である。 暖かな一杯をエレオノーラはゆっくりと頂く。 先ほどのふぐの天麩羅より、更にぎゅっと濃縮された旨みが。茶漬けのだし汁とご飯と共にさらりと味わえる。 「ご馳走様。すごく美味しかったわ」 臣は友人との交友というものを初めて楽しんだのかもしれない。 「アウィーネさん、今度は個人的にお誘いさせて頂いても宜しいでしょうか?」 「ああ、勿論だが」 こぼれおちたほんのわずかな。けれど自然な笑みは今までの臣にあったものだろうか。 「カルナとレンにお弁当を買っていこうかな」 いつかは一緒に来たいもの。 ルアのお腹はもうぱつーんで。 「もう、食べれな……デザートは別腹だよっ☆」 シャーベットかムースが選べるのだ。 「んー! 美味しい!」 暖かなお茶と共に。 ぺろんちょ! そっとカードを切る快にもたらされた情報は。 「え、春に吉祥寺店? それは楽しみです。実家が近くなんですよ」 お土産の天かすにキャンディーも持って。 ご馳走様でした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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