● 限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり ――桐壺更衣 死すら尊いと言葉にすると何とも浅ましく。悔いの残らぬ生を全うした心算もない。 行く先が、死者の国だと知りつつも、長らえたいと願いのは人の本質侭ではないか。 結界内部に産まれ落ちたのは小さな種。放置してはおけぬその種は人の想いを受けて育っていく。 その思いが強ければ、良き者となり。栄養を与えなければ悪き物となって行く。 養分として他者の心を見詰めるのはまるで心の様だと誰ぞが言った。 しとしとと、降り注ぐ雨の音色に現を見ては嘆き悲しむ今日の日に。 ああ、せめて、貴方の傍に居られたらと願うのに。 ● 「君が為 惜しからざりし 命さへ……」 百人一種の句の一つ、平安時代の中期に存在したと言う詩人の詩を読みながら『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は首を傾げる。 「遣らずの雨と言う言葉は知ってる?」 自然現象であれど、その美しさは素晴らしい物だと世恋は語る。 恋愛小説を好むフォーチュナは何処か楽しげに桃色の眸を細めて「縁というものは神秘に勝る力がある、なんて」と戯言めいて告げる。相も変わらず自由奔放なフォーチュナは「崩界度がね、気になってね」と告げた。 世界の軋みは大陸プレートの様なものだ。積もり積もって崩れるならば、少しずつでもその負荷を取り除ければ。 「崩界度を少しずつでも低下させる為には皆の力が必要となる――というのは聞いた話かしら。 日本全国にある聖地(パワースポット)の力を借りて、結界を展開して隔離。その中に崩界度を具現化して召喚する、これが簡単な『崩界度』を下げる手順ね」 その筈だったのだけど、と世恋は唇を尖らせる。 京都は鞍馬寺。紫式部が書したという源氏物語で、光源氏が若紫と出会った地ではないかと言われるその場所で、この方法を試し見たのだそうだ。 「エリューションを具現化させたのだけど、結界の内部が少しちぐはぐになっちゃったみたい」 結界の内部に入ると倒すまでは出られない。中に湧きあがるエリューションを放置してはおけないから――今のうちに倒すべきだけれどと世恋は唇にその声を乗せる。 「縁結び――というと、少し語弊があるかしら?」 片恋慕しているならば、その想いを胸に抱く事でエリューションを弱体化する事が出来るのだと言う。 「恋情、家族愛と言った愛情、憎悪や戦闘意欲。どんな物でも大丈夫。強い想いを抱けば、エリューションは弱くなるから」 それを倒すだけ、と世恋は付け加えた。親しい相手や愛しい相手と想いを伝えあうという方法もあるだろうと彼女は思案する。 エリューションの能力は己と同じ。鏡の様な存在なのだと言う。 手を取り合って互いを強く意識し合う事で多人数での行動も可能にはなるだろうが、想いを通わせる事が必須になると世恋は付け加える。 「あなたを帰したくないと、しとしとと降る雨の中。あなたは、何を思うかしら――?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月17日(土)22:00 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● さめざめと泣く雨の音が耳朶を滑り落ちる。 傘も差さず、曇天の空を見上げた『トライアル・ウィッチ』シエナ・ローリエ(BNE004839)は青い瞳を細める。 結界の張られた京都の寺院。美しい景色とは裏腹に、エリューションの作りだす雨が滴り落ちるその空間は、結界の外部の晴れた景色から隔絶されたかのよう。 外で見つめるアーク職員へとぎこちない笑みを返した『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)から少なくとも感じた、面影に『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は浅く息を吐きだした。 「遣らずの雨――引き止める雨、ですか」 確かめる様に。フォーチュナの告げた言葉を『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は口にする。感情的な起伏が大きい立ちではないアラストールや、シエナにとってはこのエリューションは度し難い存在なのではないだろうか。 少女として、感情的な衝動を見せるせおりや、喪失感を抱く義衛郎にとっては戦い易い相手であるのかもしれない。 「胸に秘めた思いねぇ……」 胸の内を曝け出すのはどうにも性に合わないと頬を掻く緒形 腥(BNE004852)は雨の降り注ぐ結界内をゆっくりと歩んでいく。 あちらとそちら。仲間達の姿が霞んでいくのを確認しながら、彼は―― ● 「おや、敵はおっさん自身かね」 茫と浮かびあがったその姿に腥がけらけらと笑う。草臥れたスーツが含んだ水気がやけに重たく感じるのは、この場所が外界とは別物だからであろうか。 手に良く馴染んだ深淵の呼び声の感触に彼がじんわりと感じたのは、仄かな高揚感。 相手の臓腑を暴き悦ぶ腥にとって、己が敵だと言うのは何の因果なのであろうか。ヒトの形を取りながら化け物に成り下がる。己をそう位置づけている彼にとっては。 「アハハ! ……上等じゃないか。よくもまあ、そっくりに化けたな?」 くつくつと笑った彼の瞳が普段から付けたヘルメットと化したその奥で煌々とする。木の実の色が滲んで、彼の好戦的な戦意を煽るのだとしても、『同じ姿』の相手も同じ事。 「おっさんは自分が好きじゃない」 「同じじゃないか」 まるで同じ声。同じ響きを持って返されたその声音に腥の掌に力が込められた。 苛立ちが脳を締めつけるようで。呼吸器を麻縄で縛りつけられたかのように息が切れる。衝動を突き動かす心臓がポンプの様に体内に血液を送り出した。まるで早鐘を打つかの如く――心臓が『殺せ』と命令し続ける。 「この手は触れたら引き裂いてしまう」 「この足は寄ったら切り裂いてしまう」 誰かに触れた感覚さえ、感じとれない『畜生』以上でヒト以下。化け物にさえ為りきれない己に酷く嫌悪する。 誰かを傷つけて触れられても、感覚を感じる事は出来なくて。冷えた手足は貴金属の音が響くだけ。 「それを突きつけられるのはもう嫌だ――もう思い出せない温かさなんて……。 噫、ホントに嫌だね! 中身のない頭も、融通の効かない手足も! 半端に生身を主張する残りの部分も!」 声を荒げる腥は「まるで『キマイラ』じゃないか」と吐き捨てた。 六道の姫君が作り出す化け物の様に己の身を変えて行く。神秘に身を委ねたそれが、彼の望みとは裏腹に人としての身体を奪ってしまったのだとしても。 「神秘じゃなくて生物学の方な。うわあ……凄いイライラするぞう……。 ちょっともう血、血が見たい。克己なんざ如何でも良い。あのそっくりな奴をブッた斬って血と腑をブチ負けてやりたいんですけど!」 握りしめた深淵の呼び声が、両者ともに相手へと向けられる。 掌に感じる感触に苛立ちを露わにした彼の前で『彼』が爛々とその瞳を輝かせて笑っている。 ふ、と血の引く感覚に腥が瞳を伏せる。己なのに、攻撃が貫いた様子は感じられない。腥の腕を吹き飛ばす勢いで『彼』は楽しげに笑っている。 「……投げやりは良くないな。腹立つのは変わりないが、目の前のそっくり野郎が受けとめてくれると思えばいい」 踏みしめて。運命を擲って――己へ放った弾丸が。 情動が薄いからといって胸中に想いが渦巻く訳ではない。祈りの剣を手にしながらアラストールが瞼を伏せる。 長く伸ばした髪が揺れ、少女とも少年にも取れるかんばせへと些か困った様に瞳を細めた騎士は雨に濡れそぼったコートから雫を払いながらゆっくりと歩み寄って行く。 「かの現象は――私の心をどう映して見せるのか」 俯きながら、伏せった瞳の向こう側。からからと笑った女の声が響く。 耳朶を叩いたのは猫の様に金の瞳を細めて笑う魔女の声音。明るく「どうしました?」と聞いた魔女へとアラストールは確かめる様に唇を震わせた。 「塔の魔女……」 笑みだけで返して見せる彼女へとアラストールはその笑みの奥に何が隠されているのかと探る様に瞳を向ける。 靱やかに猫のように身を揺らした彼女の瞳からは何も読みとれない。飄々とした雰囲気だけがミステリアスな美女と言う効果を付随させる様に、胡散臭さだけを与え続けていたのは確かだ。 (裏切る事は予測されていた予定調和――幾人もの人間を裏切り破滅させてきた魔女……。 信頼など出来はしない。当たり前だ。彼女のカードは何時だって『塔』を出して居たのだから) タロットの示す意味が誰に振りかかるのかは分からない。裏切りに対して酷い不快感を抱くのだって有り得るかもしれない。 「どうしても、憎めない。怒りもない……。私の心には、今でも貴女が残っている」 近い将来、己の前に立ちふさがり刃を交えることになるかもしれない――アラストールは酷く、実感していた。 アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアという飄々とした魔女を戦友だと感じた事があるのかは定かではない。 それでも、その本心に触れたいと思ったのは単純な興味なのかもしれない。 彼女を象ったエリューションが「あははー」と普段とそう変わりない笑みを浮かべる。猫の様に細めた金の瞳は、やはり虚空を見据えるようで。 「魔女殿の心へと触れる事が出来る最初で最後が刃を交える機会なのだとしたら……。私は、」 握りしめた刃の感触が酷く冷たく感じる。指先へと感じた鈍い痺れは降り注ぐ雨の所為か。 雨の中、嫌な顔一つ見せずに仮面の如き笑みを浮かべた魔女の姿に、アラストールは彼女の事をその『笑み』しか知らないのではないかとふと、思う。 「その機会を最初で、最後にしてはいけない。貴女は悪かもしれない。邪悪なのかもしれない。 何も分からないからこそ、そう思う。貴女が邪悪で他者を陥れる女なのだとしても、私は知らないのだから。 魔女殿、私には――貴女が邪悪な存在に思えないのです」 右目の碧眼が捉えた金の瞳は常と変わらない。エリューションが作り出す幻に語り掛け、刃をゆっくりと地面に突き刺したアラストールが一歩ずつ、前へと歩み寄った。 求める先に何があるのか。その過程に何があったのか。かの男が咽喉から手が出るほどに欲しがった神秘術具の関連からも分かる程に、犠牲の可能性や余波で不幸の種が撒き散らされる可能性だって否めない。 それをアークのリベリスタとして受けとめたのだとしたら――どう感じるのか。 「私は、アークのリベリスタの一人でしかない。アークの、敵対した時の、依頼の合間の、そんな端々で触れ合った程度の誰かに過ぎない」 声を震わせて、アラストールは目の前の幻影へと手を伸ばす。ほっそりとした女の指先は雨で微かに濡れていた。 声もなく、雨音だけが耳朶を滑り落ちて行くその場所で。 「――私は、貴女の友達になりたい」 ● 臆病な程に怯えた彼女を見詰めながらせおりは頬を掻く。掌に馴染んでしまった瀬織津姫の感触は、どうにも不思議で仕方が無くて。 「去年の今頃、闘いを怖がっていた私……だよね?」 こんにちはと笑みを浮かべるせおりへと『せおり』は肩を震わせて小さく首を振る。姉のブローチを改良したマント止めへと視線を落とし、海の色を宿す瞳を細める。 「私は、恋をしたんだよ」 「恋……?」 同じ瞳が克ち合う。怯えた色に上塗りする様に。せおりは肩を竦めて小さく笑みを浮かべて見せた。人魚の鱗を思わせるネックレスが胸元で揺れている。ぎゅ、と握りしめて彼女は唇を震わせる。 「メンクイなんじゃないの? ってツッコまれたりもしたけど……好きになった、ロックオンしちゃったのはそこじゃないんだよね」 人魚の因子を宿して居たとしても自分は鮫。姉とは違う、海の獰猛なる生物なのだと自分は良く分かっている。 だからこそ、謡い舞い踊る優雅なる海の精ではなく、己の力を振るい上げる道を選んだのだと、心の片隅では思っている。 「強い雄、喰らっても噛みついてもビクともしない男の人が、好きなんだ」 「でも――怖い」 怯えた自分に小さく首を振る。怖い、と返したその言葉の意味は不安を宿しているのだろうとせおりは痛いほどに知って居た。 その想いが何なのか。それは自分にも分からない。文献で読んだり、誰かと話したり。そんな中で辿りついた『怖い』感情の答えは余りに陳腐な結果だったのかもしれないとせおりは小さく笑みを浮かべる。 「だから、恋をした。強い雄の遺伝子が欲しいだけなのかと思ってた。でも、違った」 ようやく辿り付いたのは人間らしい感情で。 残暑の日差しを受けながら黄金の獣と揶揄された彼と相対したのは記憶の中にこびり付く。 圧倒的な力量差が己の心を酷く震わせたのは、9月の出来ごとだっただろうか。青い炎の鱗を纏って、せおりは思い返す様に、唇の端から鮫の牙を零す。 短く切りそろえた青い髪が首筋を擽って、彼女は小さく笑った。 「お姉さま達のナイト役で、中々直接打ち合えなかったけど、それでも直接打ち合えた時はどきどきしたなぁ。 世界にはこんなに強い人がいるんだよ? 私は、彼に食らいついて離れない。それこそ、鮫のように」 にんまりと笑ったせおりの言葉に、『せおり』が身を屈める。彼女の手に握られた瀬織津姫が振るわれて、頬を掠めたそれに「大丈夫」と首を振った。 「本気の彼とタイマンで手合わせできて、何度攻撃を喰らっても倒れないだけの耐久力、防御だけじゃない攻撃力。 それだけあれば、きっと彼と近い目線で物を見れる。私は、彼の隣を望んでるわけじゃない――彼に匹敵するだけの強さが欲しい」 じんわりと、滲む様に。心の中にトスンと落ちた言葉は、少女の決意にも似ていて。 怯えながらも猛攻を見せる自分に可笑しくなって、せおりは小さく微笑んだ。耐え忍ぶだけではもう、いられない。 「鮫の愛は噛んで噛まれる。彼はジーニアスだけど。 長生きできるって言われたの。運命(フェイト)がある限り、私は彼を追いかけるってそう決めた」 永きを生きた魔術師に追い付くのは至難かもしれない。けれど、諦めきれるわけがないと両の足に力を込めた。 「私は泡と消えない人魚姫、八百年を生きた聖女の因子を継いだ者――」 ● しとしとと、降り注ぐ雨に義衛郎が瞳を細める。対峙したその姿に納得したのは己の感情の矛先が何時だって『彼女』だったからか。 「オレが感情を露わにするなんて、それくらいしかないよな。何が強い想いなるのか……分からないし、一つ思い出話をしようか」 歩み寄れば、目の前で硝子玉を思わせる瞳を細めた天女が笑う。 刃はまだ鞘の中。髪を飾ったのは何時かの日、瞳を覗きこんだセイレーンとの対峙を感じての事。 「れーちゃんと出会ったのは、アークに来て間もない時分だったっけ。 何時の頃からか、弱音を聞いて貰ったりするようになってた。昔は戦い終えては震えてたからなあ」 困った様に笑って。嘗ての縁を手繰り寄せる様に義衛郎は瞳を伏せる。 今は血で汚れた掌でも――それでも、昔は怯えていたのだと考えれば酷く遠い記憶の様な気がして。 「それからどちらともなく付き合いだして。 ……一年過ぎた辺りから、『きっと結婚するんだろうな』とか思ってたんだ。 まあ、オレが死んだ時の事を考えて躊躇してる間に、『君』が帰らぬ人になってしまった――けどね」 肩を竦める。記憶の中の彼女と寸分違わぬ幻影は肩を竦めて柔らかに微笑んでいる。 面影を宿した妹とはどこか違う。儚げな彼女に義衛郎は唇を小さく震わせた。彼女が、居ないのだと知っている。胸の内に揺れる思いが――些か陳腐で笑ってしまう。 「喪って初めて、なんてやっぱり陳腐な言い回しだけど。 無貌の神に意趣返しをするまで、思い出すたびに打ちひしがれて、その度に『こんなにも大事だったんだ』って思い知らされた」 浮かびあがった天女へと刃を向けて義衛郎は瞳を細める。 アクセサリーとして身に付けた彼女からの贈り物は、何時だって喪失の痛みを運んでくるから。 「……」 唇が微かに揺れ動いた気がして義衛郎が首を振る。義妹として傍に居た彼女がこの結界の中で戦っているのを知りながら屈する訳にはいかないと彼は刃の切っ先を柔らかく笑った恋人へと向けた。 「『君』の事は忘れられないだろうし、忘れる必要もない。 共に過ごした日々を思えば心を満たす暖かな気持ちも、喪失の時を思い返して未だ胸を苛む痛みと後悔も」 共に過ごした何気ない日々を、忘れないようにとその刃の先を向ける。 白を纏って空を飛ぶ。その誰かの背を忘れる事は出来ないのだと義衛郎が地面を踏みしめた。その掌には何時もより重く感じた刃。朱月色の魔力を持って振り下ろすそれが、『彼女』の首筋にひたりと当てられる。 「どうしても?」 「どうしても。積み重ねてきた時間の何が欠けても、今のオレは存在しない。 だから、オレはれーちゃんとの過去を抱いて、れーちゃんのいない未来を歩いて行くことにする」 瞳が揺らぎ、「どうしても」と再度問う。きっと彼女は笑って見送ってくれるだろう。 後ろ髪引く様にと手招きする幻影の言葉は自分の惑いを露わすようて。強く握りしめた刃の感触が、堅く、そして冷たい。 「だから、お前を倒して決意の証にしよう。 ――百年ばかりのお別れだ、『嶺』。彼岸で冥府の王とお茶でもして、待ってておくれ」 踏みしめて、振るい上げたトライアルロッドが弾かれた感触にシエナが瞳を細める。 歯が立たないと感じたのは誰かに向ける思慕が自分にはないという実感からくるものなのだろう。 「わたしにはない……から。わたしは、まだ、学んで、見つけたいから……」 生き方を探して彷徨い始めたばかりだから。知りたくて仕方がない。強い想いも、愛情も、憎しみも。 降り注ぐ雨から感じとるその思いにシエナは唇を揺れ動かした「教えてほしい」と。 縁を感じとることが出来るなら――きっと、その雨の想いだって感じとれるだろうから。 幼い頃を思い返せば硝子張りの世界だけ。触れても冷たい感触だけが返ってくる研究所の中で自分は力を顕現させる事だけが仕事だった。 知的探究心を露わにした研究者たちの想いを汲み取る様に顕現させる其れを彼らは「魔女だ」「科学だ」と喜び褒め称える。 「でも、別に、嫌いじゃなかった……の」 開発されるだけでも、実験隊だと知って居ても――壁の中はそれでも幸福だった。 誰かに生きる事を強要されるその空間は、何も感じとらなくとも生きて居られたから。 籠の中の鳥は、外の世界を知らず教えられた言葉だけを口にするだけだった。だからこそ雨の映し出す相手は自分で。 「……わたしにとっては、それが、生きるって事だった」 「だから、何も渡せない」 交互に聞こえる自分の声が反響する。雨水の音さえも聞こえなくなる程に自分の声は周囲に広がって。 急に手を離されて、檻が無くなった時、糸の切れたカイトみたいに――飛び方を忘れた雛鳥の様で。 「生きるって、難しい……」 「『ずっと、ここにいればよかった』」 自分の身体が白衣の姿をした男へと変容する。感じとる縁にシエナは小さく首を振った。 不思議で仕方がない。未練は無かったはずなのに、飛べない自分は死にたいと感じなかった。 「わたしは……死にたくない」 知りたい。どうして生きているのか。在りたい。只、一人の自分として。 『生』を全うして、生き続けたい。降り続ける雨を晴らす様にシエナは顔をあげる。 結界の向こう側――硝子張りの世界と同じ様に。広がった晴れ間へと手を伸ばし彼女はその手に力を込める。 「本当は一つあった、よ。雨さんに渡せるもの。――わたしは、死にたくない。わたしは、生きて居たい。 わたしが、わたしをこの世界につなぎ止める『縁』。探す程に、前より強くなる自由な『生』へと探究心」 振り翳した一撃が、今の己を顕す様に。 しとしとと降り注ぐ雨を晴らす様に少女は踏み込む。 見えた晴れ間に、周囲を囲った結界が消えた事に気づく。 掌をじ、と見据え。彼女は只、瞬くだけだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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