●ゆるしてください こわい。 こわいよ。 「アシキリサマ」が来るよ。 足を切りに来るよ。 悪い子だから。わたしが悪い子だから足を切りに来るよ。 ハサミを鳴らして、しゃきんしゃきん。 足を切るよ、しゃきんしゃきん。 ごめんなさい。 ごめんなさいアシキリサマ。 もう嘘つかないからゆるしてください。 むりだよ。 アシキリサマは悪い子をゆるしてくれない。 しゃきんしゃきん。 ほら。 ハサミの音が、すぐ後ろに、 しゃきん。 ●たおしてください 「他愛もない怪談でも、小さい頃は怖かったりする。みたいだね」 ブリーフィングルームに集ったリベリスタに、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう切り出した。 「今回は皆に、E・フォースの討伐をお願いしたい。名前は『アシキリサマ』。元々はその辺りに伝わる、ちょっとした怪談だった。悪い子は足を切られる、って言うね」 悪い事をしたら、アシキリサマが来るよ。 アシキリサマは悪い子の足を取って行くんだよ。 大きいハサミで、ばっさり足を切り落として持って行っちゃうんだよ。 言う事を聞かない子供へ、罰を与える存在。 名前を変え姿を変え、どこの地域にでも存在しうる存在。 「ある程度の年になれば笑い飛ばせるようになるそれも、子供にとっては『本物』の恐怖。その恐怖が革醒し、形を取った」 今はまだ限定的な害であったとしても、その内には大人までも襲い出すのは目に見えている。 そうでなくとも、子供が狙われるのを見過ごすのは良くない、と、フォーチュナの少女は首を振った。 「夕方、一人の女の子が襲われる。『アシキリサマ』を信じる『悪い子』がね」 でもね、とイヴは続ける。 「この『悪い子』の『嘘』は重いものじゃない。お皿を割ってしまったのを、隠しただけ」 手伝いの最中に割ってしまった皿。喜ばせようと思ってやったのに、怒らせてしまう。 知らないふりをしたけれども落ち着かず、神社に埋めて、『神様』に『ごめんなさい』をしに来た子供。 「実際にどうであるか、は『アシキリサマ』には関係ない。少女が自分を『悪い子』だと思うから、『アシキリサマ』は彼女を狙う」 だから、この『悪い子』を助けてやって、と少女は言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月30日(火)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●夕魔暮れの断罪者 こわいよ。こわいよ。 ごめんなさいごめんなさい。 「アシキリサマ」は本当だった。後ろに来てる。 足音がする。息遣いが聞こえる。 しゃきんしゃきん。 鳥肌が立つ音がすぐ近くで鳴っている。 こわいよ。足を切られたらどうなるのかな、死んじゃうのかな。 お家に帰れなくてここで死んじゃうのかな。痛いかな。すごく痛いのかな。 ごめんなさい。お母さん、こわいよ。ごめんなさい。 はさみのおと、が、 「ま……まこは怖くないんだぞっ!」 「へ……」 足音軽く、砂利を擦り。駆け込んできたのは一人の少年、もとい外見少女。平静を装ってはいるが、敵を直視できず微妙に目が泳いでいる『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)は、それでも追われている少女、里穂と異形の間に立ち塞がった。 突然現れた同じ年頃の相手に咄嗟に里穂は手を伸ばすが、掴んで走り出すよりも早くその腹部に回った腕が、軽い少女の体を持ち上げる。 捕まった。 引き攣った顔をする里穂の体がすぐにくるり反転し、手で顔を覆うのも間に合わない。 目の前にあるのは、きっとこの世のものとは思えない恐ろしい顔の、はずが。 「大丈夫、助けに来ました」 やはりあまり年の変わらなく見える――男の子だろうか、女の子だろうか。夏休みが終わった後の男子にも似た肌の色をした相手は、そう言って笑った。 普段心の機微を表に出さない『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)にとって、微笑むというのはそれだけで心構えが必要なものなのだが、里穂に分かるはずもない。ただ、笑んで告げてくれる相手に瞬き、恐怖が少しだけ薄れる。 うさぎは里穂を抱えて回れ右。アシキリサマの視界から逃れるように走り出す。 里穂が気付けばその先には、幾人もの人影が立っていた。 ――お嬢さん、御覧なさい。アシキリサマ等と言うのは恐れるほどのものではない事を証明して差し上げましょう。 銀髪の黒服、『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224) の横を過ぎた時、確かに里穂はそう『聞いた』。彼の声など聞いた事もないのに、頭の中に響いてくるように確かに聞こえたそれに顔を向けかけるが、うさぎは里穂を体の内に隠すように抱いている為に叶わない。 「安心しろ、……オレ達が守る」 大柄な桐生 武臣(BNE002824)の傍を駆ける時にも声が聞こえた。無骨で単純な言葉であったが、大きな『大人』の言葉は今の里穂には頼もしい。彼の隣に並んだ『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)の姿がそれに安心を添える。 「任せときなよ、アタシたちは『正義の味方』さ」 「もう、平気ですよ」 悪戯気に目を細めて見せた『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)を、優しげに微笑んだ『優しき白』雛月 雪菜(BNE002865) を過ぎて過ぎて、やっとうさぎの足にブレーキが掛かった。 そっと下ろされた場所でようやく里穂が振り返れば、黒髪の少女が地を蹴る所。 「子供は面倒なのよ。ピュアで何でも信じるから」 でもね。 『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が流鏑馬を構えた。 「大丈夫なのは信じても構わないわよ? 潰すから」 桜の唇が言葉を紡いだ瞬間、張り巡らされる破壊の闘気。 『悪い子』の間に多くの『障害』を見出したアシキリサマは、しゃきんと一つ、鋏を鳴らした。 ●良い子悪い子 壮年の男性。 或いは巨大な虫。 本来ならばまったく違うフォルムを持つはずのそれが、リベリスタの前に立っていた。 両手持ちの巨大な断ち切りバサミを持った壮年の男性から視線をそらさずにいても、気付けば異様な大きさの鋏角を持った蜘蛛のような生物にも見えてくる。 噂話は曖昧なもの。 それが形を取ったエリューションである「アシキリサマ」も、また曖昧であるのかも知れない。 はっきりしない形状に少しだけ震える体を押さえ込み、真独楽はきりりとアシキリサマを睨み付ける。 「この脚はちょっぴりだけ自慢なんだから、タダじゃ切らせてあげないぞ!」 ショートパンツから伸びる細い足で砂利を踏んだ真独楽は、伸ばされた鋏の刃と爪で神社の夕暮れに似合わぬ金属音を奏でた。 怖い、怖い、確かに怖い。だが今は戦闘の最中だ。ならば怖いと震える事などできやしない。この場の仲間も危険に晒す。怖いといえばそっちの方がよっぽど怖い。怖いならば倒せばいい。勝って皆で帰ればいい。帰るのだ、絶対に。少女で在る少年は、獣の尻尾をぴんと立て異形を睨む。 「ふむ。『此れ』が怖いですか、滑稽ですねえ」 偽りの神父は目を眇める。前で打ち合う仲間達を、その先のアシキリサマを見詰めながら彼は嗤う。うさぎや里穂と同じく異形の範囲外に位置し、イスカリオテは機を待っていた。その間にも神秘で脳は補強され、驚異的な速度で情報を処理していく。 「遊んでやるよ……きな」 体に刻んだ無数のタトゥーも少女の為に覆い隠し、武臣が意志の光を呼ぶ。十字の光はアシキリサマの胸部に焼き付き傷を作った。まだ浅い。次はもっと狙いを定めて撃ち抜こう。子供を狙う。子供が主に信ずる噂から現れたエリューションならば必然なのだろうが、だとしても幼い子供が足を切られるなどというものを許す訳には行かない。何より気に食わない。彼は無造作に右手を振り抜き、ただ静かに闘争の本能を燃やした。 「アシキリサマ」が鳴いた。吼えた。叫んだ。 どれでも正しい。異形は体内から音を立てた。 鋏が回る。空中で回る。残像すら残る速さで振られたそれが生み出した衝撃波が、リベリスタの体を削っていく。切って行く。 しゃきん、しゃきん、しゃきんしゃきん。 風を切る音は鋏を鳴らす音。 里穂がひっと叫んでうさぎの影に隠れる。 飛び散る赤。赤。 少女にとっては転んで擦りむいた時くらいしか見る事のない色。 それが自分を『守る』人たちから流れているのを見て、少女は震えながらうさぎに抱き付いた。 「問題ない」 応えたのは雷慈慟。 「この程度傷にも入らん」 ゆるりと向いた視線が里穂を捉え、すぐにアシキリサマへと向いた。鋏を狙い放たれた一撃。伸びた気糸は狙いを違わず撃ち抜いて、赤とも緑とも付かぬアシキリサマの『血』を身に伝わせる。 ああ、確かに今は年端も行かぬ少女だろう。だが育てば女性に、素晴らしい女性に成り得る可能性がある。ならばその芽、潰させまい。 「子供の可愛い失敗に足を持っていくたぁ、空気読めてないにも程があるねぇ」 齢十五。まだ己もその範疇に入るであろう瀬恋はしかしアシキリサマに怯まない。良い子で褒めて貰える育ち方はしていない。悪い子で怒られる生き方はしていない。だからこれは単なる敵。笑った彼女の手でライフルが踊る。跳ね上がる。トリガーを引いた瞬間も見えなかった。 「支えます、頑張って下さい……!」 雪菜が目を閉じ、細い指を組み体内の魔力を循環させる。満ちていくそれ。増大していく。眠っていた各所の力が連鎖的に目覚め、巡る力を更に強固にする。耐える為に、耐えさせる為に。薄らと光のベールを纏った様にも見える姿で、彼女は戦場を見据えた。 「足は……あるんだかないんだか」 こじりが肩を竦めた。男の二本足、虫の六本足、いや、地面についているのは二本だけだから結局二本足か。霞んでダブって見えるそれに睥睨を向け、こじりは皆の状態を眺める。衝撃波の一撃は皆を満遍なく裂いていったようだが、まだ大丈夫、オールグリーン。 抱き付き震える里穂の掌に、うさぎは自分のそれを重ねる。獣である左手ではなく右の手で覆うようにして重ねる。 「アシキリサマが怖いですか」 「あ、アシキリサマは、悪い子をねらう、から」 「貴女はどうして自分を悪い子だと思いますか?」 「え……」 覗き込む両の目。光を受ければ茶色になる事が多い瞳は黒いまま。 責められているのではない。諭されている。そこまで年の離れていない様に見える相手は、里穂がまだ持ち得ない『大人』の部分を以って語りかけている。 うさぎは手に持ったスコップを、軍手を布を広げて見せた。 「手伝います。掘り返して持って帰って、謝りましょう? 約束、できますか?」 里穂は瞬く。 知っている。 彼らは全部知っている。 アシキリサマと同じで、里穂がなぜ『悪い子』なのかを知っている。 けれど彼らは、『悪い子』の里穂を庇ってくれる。 だとしたら、彼らは――。 「はい」 気付けば少女は頷いていた。うさぎの目を見詰めてこくりと頷いた。 「ならば」 うさぎの口が、もう一度弧を描いた。 「貴女はもう、良い子です」 アシキリサマの姿が揺らいだ。 リベリスタにとっては子供騙しの技だが、少女にとっては対抗策のない神秘。 『弱った』アシキリサマに里穂は目を見開き、うさぎを見上げた。 笑ったままうさぎはそっと、頷いた。 ●アシキリサマ 夕暮れの神社。 影から覗くは魑魅魍魎。 寄り集まった怪異は一つ姿を成し、鋏を勇と振り上げる。 鋏の音が鳴り響く。 しゃきん。しゃきん。 だが、この場の主は鋏だけではない。 気糸が舞う。光が爆ぜる。 鋏ではない金属の光が赤い夕日に照らし出される。 過剰な罰を与える情状酌量の言葉を知らない断罪者を、『悪い子』を足蹴に君臨する暴君を倒すべく戦士が拳を打ち鳴らす。 「真独楽君、気を付けよ!」 「う、わあっと!」 雷慈慟の警告、引いた真独楽の行く先が分かっていたかの様に鋏が鳴る。線を引く。健康的な肌色の足に赤い線を。肉を裂く。抉る。確かにあの鋏ならば自分の足をも断ち切る事ができるかも知れない。痛みより先にぞっとした。 が、肩に触れた温かみに振り返る。こじりが真独楽を背後に押し遣り前に出た。 「さっさと回復してきなさい」 「……うん!」 アシキリサマが唸る。目的の少女の元へは辿り着けず、足を刈ろうとした『悪い子』の前には新たな少女が立ち塞がった。敵意。殺意。少女はそれを鼻で笑う。シニカルに。 「悪い子は許さない。なら、私も悪い子の貴方を許さない」 白い肌を走る雷にも興味は向けず、こじりは流鏑馬ごと拳を振りかぶった。 「そろそろ……終わりにするぞ」 「子供は帰る時間なんだよ」 武臣の光がアシキリサマを焼く。怒り猛ったアシキリサマに、瀬恋の銃弾が贈られる。 「私だって、負けていられませんから……!」 雪菜の歌が、真独楽に、傷付いた仲間の体へ染み渡った。時に大きく体を裂かれ、立ち眩む様な痛みを食らったものもいたけれど、立ち位置を変え身を守り、雪菜の癒しを与えられた彼らの内で倒れたものは未だいない。回復を一手に担う雪菜の力が不足すれば、雷慈慟が与えてくれる。 「消え失せなさいアシキリサマ。あなたに恐怖の体現者たる資格などない」 最も恐ろしいのは人間である。その人間が生み出した存在でしかないアシキリサマは、ここで終わり。恐怖を模した出来の悪い木偶。 夕日を反射する眼鏡を片手にイスカリオテはそう告げた。彼を中心として砂利を構成する石が崩れ砂と化す。熱を帯びた砂はアシキリサマに絡み付き、火葬の如く身を焼いた。 しゃきん。 最期の音も、また鋏。 弱弱しい鋏の音が響いたら、後はもう、それっきり。 燃えた後にアシキリサマの欠片はなく、少しだけ温度を増した風が砂も浚っていった。 ●噂話の付け足し、救済策 「どうです、アシキリサマなど怖くも何ともなかったでしょう」 「え、う……」 今しがた、化け物を一つ滅ぼした青年がそう微笑むのに里穂は咄嗟に返せず言葉につまった。 怖くなかった、格好良い、と目を輝かせられる程に好奇心は勝っていない。まして、彼らを傷付けた原因が己にあるのなら――。 泣きそうな顔をした里穂を、瀬恋の手が撫でていく。 似合わないかも知れない、慣れない行為だが、自身よりも幼い少女に対してキツく出られる性格ではないのだ。 「お嬢ちゃん、悪い事をしたら隠すんじゃなくてキチンと謝らないとね」 「そうそう、お皿を割るくらい悪いコトには入んないよ! そんくらいで怒られちゃうなら、まこ、もう三十本くらい足なくなってるかも……」 頷いた真独楽は冗談のように自分の足を撫でる。雪菜によって癒されたそれは、もういつも通りの自分の足。 「……どんなヤツだって、失敗のひとつふたつするもんだ」 続けられた武臣の言葉に、里穂は彼を見上げる。『大人』も失敗をするのかと、そんな目で。 相変わらず愛想には欠ける表情ではあったが、彼は真摯に頷いた。 「そう。だから失敗は悪い事ではない。無かった事にするのが、悪い事なのよ」 指先で長い髪を梳き、こじりが言う。失敗をなかった事にしてやり過ごそうとする、弱い己に勝てるくらいに強くなれ、と少女は『嫌い』な子供にそう諭した。 涙を堪えた里穂は、リベリスタ達へと向かって頭を下げる。 全てを知って尚、自分を助けてくれた人たちへと。 「あの……ごめん、なさい」 「――君が謝るのは、神や我々に対してではないだろう?」 雷慈慟の声。突き放すのではなく、道を示す為に。 言われて里穂は、思い出した様に神社を見る。既に多くが夕闇に覆われた場所を。 「さ、じゃあ」 少女が躊躇う暇もなく、真独楽や雪菜が懐中電灯を付ける。 「掘り返しに行きましょうね」 「……はい!」 スコップを構えたうさぎに、里穂は大きく頷いた。 「……きっと母ちゃん心配してるからよ。大きな声で『ただいま』言うの忘れんなよ」 共に皿を掘り返し、家の近くまで送りそう告げ気付けば消えていた彼らの正体を里穂が知る事は恐らく、ない。 けれど「アシキリサマ」を話す友に彼女はきっと告げるだろう。 アシキリサマは本当だよ。 鋏を持って悪い子の足を切りに来るの。 すぐ後ろで、しゃきんしゃきんって鋏を鳴らして追い掛けてくる。 おじさんみたいな、虫みたいな、すごく怖いアシキリサマが追い掛けてくる。 うん、逃げられない。普通に走っても追いつかれちゃう。 ……でもね、アシキリサマに足を切られないで済む方法はあるんだよ。 良い子になればいいの。 良い子になるって強く思えばいいの。 悪い事も、ちゃんと謝れる良い子になれば、神様が助けてくれるんだよ。 神様は全部知ってるから、嘘をついても隠してもバレちゃうんだ。 だけど悪い事を反省できるなら、神様はすごく優しいんだよ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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