● 黒い太陽が墜ちた。 深淵に属する世界はさっと詰めていた息を吐き出し、微かに震えた。最近名を売りだしてきたとはいえ、極東のリベリスタ組織がまさかまさかの大金星である。 このままでは手が付けられなくなる―― そう思ったかどうかは分からないが、年明けを前に剣林が大きく動いた。 裏野部による<大晩餐会>事件に続き三尋木が国内を去った。残るフィクサード組織は目ぼしいところで剣林と黄泉ヶ辻、恐山、逆凪に六道の五つである。 狭い日本に大規模な犯罪組織が五つ。いささか多いような気もするが、元が七つでもあればこの短期間にアークがいかに神秘勢力バランスを塗りかえたか分かるだろう。いや、日本だけのことではない、アークはまさに世界の神秘勢力バランスを大きく変えていた。 剣林首領、百虎が先に語った通り、何処も彼処も大詰めである。 満を持して打って出るにあたり、百虎が目をつけたのは、富士山の奥深くに封印された巨大D・ホールだった。その先に存在する「蓬莱(ほうらい)」と呼ばれる世界の力を我がものにしようというのだ。 「お館様の邪魔はさせぬ。ここの先を望むならば、我らを倒して行くがよい」 ずらりと並べて向けられた剣先を一瞥し、顔に刺青を刺した男は優雅に笑った。 「彼も喰えるといいけど、さすがに……ね。そこまで自惚れちゃいないし、第一これは――」 男は黒く塗られた形のよい唇に笑みを残したまま、指で目じりの刺青を伸ばした。 刺青は両の眼を黒い翼のごとく縁取り、目じりから涙のごとく垂れて唇を黒く染めていた。左右対称の綺麗すぎるほど整った顔を、道化の仮面のように見せている。仮面が人の心にもたらすのは笑いではなく恐怖。 「この比礼は弱ったヤツとか、自分より明らか弱いヤツからしか力を吸い上げられないからなぁ。まあ、アークがちゃんと仕事してくれたら白虎も喰えるかもね。期待してないけど」 それよりも―― 「僕は君たちを喰いたいなぁ」 とろけるような甘い声を出すと、男は無邪気に殺気立つ剣士たちへ近づいた。 生者のぬくもりを欠片も宿さぬ、虚無の蒼黒い目で一人の髭面の男を捉えると、するりと懐へ忍び込み、後ろ首を手で押さえて口を吸った。 剣士の仲間があっと声を上げると同時に、髭面の男だったものがすっかり干からびて割れた唇から糸を引きながら地に落ちた。 「不味くはない。不味くはないけど……ん~、味に深みがないなぁ。単純と言うか、一本調子というか」 さすが脳筋剣林。と、至極残念そうにため息をつく姿さえ美しい。 刺青の男が仕掛けた魅惑の呪縛が解けたのか、剣林のソードミラージュたちが一斉に男へ切りかかった。 ● 「『日本最強の異能者』剣林百虎がついに動き出しました」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)の背後にある巨大なモニターが、富士山を映し出した。 先日捕えたフィクサード、武蔵トモエが言うには、霊峰富士のとある風穴の最奥に封印された巨大なD・ホールが存在するのだという。 「ホールの先にあるのは『蓬莱』と呼ばれる異世界。徐福伝説で有名な、あの蓬莱です」 剣林百虎の「盤古幡」もかつてこの世界で得たものらしい。おそらくはそれと同じように、かの世界から神秘の力を簒奪しようというのだろう。 「何のために? 剣林ですから、やはり己が『最強』であることを維持し続けるためでしょう」 とても分かりやすい理由だが、D・ホールの開放は崩界の促進を招く。加えてこの時期におけるフィクサード組織の強化は、アークにとって避けねばならない事態だ。 「……と言うわけで、みなさんには『蓬莱』に続く穴へ至る風穴の1つを掃除してきてください。白虎へ本隊の攻撃が届くように。お願いします」 健一は椅子に腰を下ろすと、富士山に見立てて作った羊羹を切り分けた。どこまでも澄んだ四角い空の中、富士の天然水で練り上げた2色の羊羹生地がそれぞれ、雪を叩く山頂と青い山裾を表現している。 切った羊羹を配りながら、健一は話を進めた。 「皆さんが相手にする剣林フィクサードは六名。いずれもソードミラージュでビーストハーフとジーニアスが半々。剣士、というより侍といった感じの出で立ちです。武器もそれらしく日本刀。正々堂々と正面から向かってくるタイプばかりなので、そう苦労はしないはず……なんですが」 どうやら他派というか、フリーのフィクサードが戦場に紛れ込んでいるらしい。 「万華鏡でちらりと見ただけですが、なかなか厄介な能力、いや、アーティファクトを持っています。負傷して弱っているものや、自分よりも弱い者から神秘の力を吸い上げてものにする……例えはアレですが、劣化版の『聖杯』みたいな感じでしょうか」 健一は自席に戻ると茶を一服すすった。 「このフリーのフィクサードは表だって攻撃してきません。闇にまぎれて剣林かアークのどちらかが傷つくのを待っています。不意を突かれないように気をつけてください」 ● 男は足元に転がる干からびた死体をぼんやりと見下ろして、不服そうに唸った。みんなで祝う最後の誕生日パーティはもうすぐだというのに、まだまだ力が足りていない。 「予定を早めてアークも何人か襲って喰っておこうかな……剣林、飽きちゃったし」 風穴がぐらりと揺れた。パラパラと頭に落ちて来た土ほこりを手で払いのける。さては白虎の儀式も大詰めか。 一瞬、男は欲望の炎で熱く滾った目を風穴の奥へ向けた。が、すぐに炎は消え去った。後に残ったのは洞のような黒い目。 「まあ、白虎が勝ったなら勝ったでいいや。パーティの招待客をアークから剣林に変えるだけのことだしね」 無理はしないでおこう。きょうは食事に来ただけ。 男は優雅なしぐさで肩をすくめると、闇の中に滑り込んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月11日(日)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「拙者、田所 益次郎と申す。まずは名乗られよ!」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は、柄に手を置いて進み出て来た侍をひたと見据えた。 そんなに最強になりたければ、バロックナイツと戦ってくれよ。そう思いながら、固く唇を結んで、こみあげて来たため息を押しとどめた。 ゆっくりと間をとってから、口を開く。 「須賀 義衛郎……田所さん、無駄な争いは避けたい。黙ってここを通してくれないかな」 「それは出来ぬ相談でござるな、義衛郎殿。拙者らは命ある限り貴軍を阻止致す!」 背後で控えていた5人の侍が、剣を鞘から抜き放って益次郎と名乗った侍の横に並んだ。 薄暗い風穴の中いっぱいに、目に見えぬ緊張が高まる。 「今ボクちょっと機嫌が悪いんだよね。君達のせいで見たい特番諦めて来たんだから」 『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が巨大な鎌を体の前に構えつつ一歩進み出た。 蝙蝠の羽根を模した刃が微かに風切の音をたてて回される。 「女! それ以上前へ出る事は許さぬ! 死にたくなくば、ここより早々に退避致せ!」 アンジェリカは大鎌を構え、益次郎をジト目で見ながらやれやれと首を振った。碌に相手の実力を推し量ろうともせず女だからと……バカか、この男は。 「まぁ、正々堂々正面から向かってくる気概は嫌いじゃない。ボクも正面からお相手するよ」 「言ったはず。女子(おなご)どもは退れ! ここは戦場ぞ」 益次郎のいまどきあり得ない発言に憤慨し、ばしゃん、と水を跳ね上げて『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)が前に進み出た。 「女風情とあなどっているとどうなるか、身を持って知ってもらいましょう」 侍たちの背後から刺す淡い光を、太陽女王の魂宿る太刀で跳ね返して名乗りを上げる。 「水守が一の娘、せおり、推して参ります!」 かくして戦闘は始まった。 ● 「皆、足元気をつけて。場合によったら飛んで!」 『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が素早く祈りを捧げ、リベリスタたちの背に小さく光る翼を授ける。 「一緒に初詣行きたいなーとか思ってたのに」 アリステアは杖を降ろしながら、隣の『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)にだけ聞こえる声でこぼした。 涼は長い薬指でアリステアの柔らかな毛を絡めて遊んだ。 運を味方につけられれば儲けもの。とりあえず、とクジを引く気軽さでカジノロワイヤルを回す。 顔を向けて来た恋人には、いまはこれで我慢、と甘い笑みを捧げた。 「やれやれ、だな。ま、前哨戦? サクッと片付けてやるさ」 涼は一転、表情を引き締めると、影に気をつけろよ、アリステアに言って濡れる地面を蹴った。空を駆けて切りあいの真っ只中へ飛び込んでいく。 「――無罪であれ純粋であれ斬殺する不可視の刃!」 薄く透明の刃が義衛郎と切り結んでいた益次郎の肩を捉えて切り裂く。 肩を押さえて後ろへさがった益次郎と入れ替わりに、長い髪を後ろで結んで垂らした剣士が出てきた。細身の剣を横へ払い、義衛郎と涼を下がらせる。 「ふぉぉぉ。ふ、富士山さ、さむいのだ」 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が寒さに震えながら、吸血鬼の牙で自ら手首を傷つけた。迸る熱い血液が湯気を立てながら黒鎖に変化する。 「ちゃきちゃき倒して暖まりに行くのだ」 黒き流れがうなりを上げて剣林たちを飲み込んだ。 「く、やるな箱舟。だが、しかし、これからが――」 「その通り、さぁ公演を始めよう」 死の濁流に膝を折った侍たちに向けて、いまからが本番と『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が無情にも告げる。 ここまでアークが侍たちを実力で圧倒していた。ここまでほとんど戦いらしい戦いにもなっていない。剣林は剣林で、やはり自分たちもまだ全力は出していないというのだから、互いの力を図るための小競り合いといったところか。 「どう見てもボクたちのほうが押し勝っているんだけど? ああ、そうだ。丁度いいから伝えておくよ」 アンジェリカは鎌を両手で持ち、視線を風穴の左右に張りついた闇へ素早く走らせた。 「ここにはどうやらボクたち以外の者がいるらしいんだ。せっかくの戦いに水を差されたくないからね。せいぜい、気をつけて」 「そうなのだ。ここのどこかにアークでも剣林でもないフリーの変態さんが隠れているのだ。油断しているとぶちゅーってされるから気をつけるのだ」と、アンジェリカのあとに続けてチコーリア。 「戯言を。そんな者がどこにいる!」 信じる、信じないはそちらの勝手、とはかりにふたりは揃って細い肩を軽くすくめた。 だが、万華鏡がその敵の存在を予知している以上、リベリスタたちは無視できない。 「さっそくだけど……、一曲歌わせて貰うね」 せおりは取り分けて体力の消耗が激しく、立ち上がるのがやっとといった感じの侍に狙いを定めた。 謎の男に命を吸い取られて死ぬのは、侍として女ごときに討ち取られるよりも不本意であろうから。これは慈悲でもある。 死出の歌の水妖。自らをそう称したせおりは、狙った相手が腕を上げる前に鋭く踏み込んだ。振るった太刀の剣先が男の喉笛を斯き切って、氷柱垂れさがる風穴の天井に血しぶきをかける。 「おのれ!」 同志の死を目の当たりにして残り五人がいきり立った。一丸となってリベリスタたちに向かってくる。勢いのまま前衛を割った侍ふたりが、アリステアとチコーリアの二人に切りかかった。 一人が肩で壁へ弾き飛ばされ、一人が振り下した剣が、キン、と音をたてて弾き返された。 驚きに目を見張る侍たちの前に立ち塞がったのはセッツァーだ。 「もしや後衛が近距離で闘えないとお思いなのかな……。それは浅はかというものだ」 タキシード――神秘増幅型バトルスーツの袖口から血が流れ出ていた。剣を防ごうと、盾代わりに腕をかざしたのだ。侍が振り下した剣は、セッツァーのバリアシステムによって弾き返され、おかげで腕を落とされずに済んでいた。 向かってきた益次郎の腹を蹴り飛ばすと、涼は恋人のピンチに体を返した。 目の端で涼の姿を捉えたセッツァーが落ち着いた声を壁に響かせる。 「後衛への単発的な攻撃はワタシに任せて攻撃、回復に集中してくれたまえっ」 ここは大丈夫、と指の先にできた血の滴を振り落とす。痛みをものともせず微笑む姿は実に頼もしい。 涼は空中でたたらを踏んでふみとどまると、頼むと形だけ唇を動かした。 その涼の横を壁駆けで抜ける者がいた。 「甘い」 アンジェリカの全身から光があふれ出し、その姿がぶれる。五重の像をあとに引き連れながら、壁を走る者へ一閃繰り出した。 壁のシミとなったものから目を背けて、アリステアが『天使の歌』を歌う。 アリステアの無事をしっかりと確認して、涼は再び風穴の奥へ体を向けた。謎の男を勘定に入れなければ、残りは四人。 「今回は明らかに俺が正義だろ? 遠慮する必要もない。大人しく切られてな」 ああ、そうだ。早く終わらせて彼女と初詣に行こう。 ――イッツ“ショウ”ジャスティス! 漆黒のコートの袖に仕込んだ不可視の2枚刃が、血を吸って赤く形を現す。二対の赤き刃の下に後に残るは肉片。 義衛郎は風穴の奥から刺す淡い光の中に身を躍らせた。侍たちの間を華麗なステップで回りぬけると、後に残る残影に惑わされている益次郎に切りつける。 「ぬう……太刀裁きのなんと見事な男か」 目の前を義衛郎の剣が掠めて行く最中に、益次郎は感嘆した。敵ながらあっぱれ、と剣を構えて義衛郎と向き合う。 「チコのことも忘れてはダメなのだ!」 鉄砲水のような黒鎖の流れが、再び剣林の侍たちを飲み込んだ。 「このまま、一気に押し切って片をつけよう!」 チコーリアが放った黒鎖が消え去らないうちに、と『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)は両手に銃を握った。 「謎の男が――っ!?」 「さっきから話題にしている謎の男って、もしかして僕の事かな? 兎耳のお嬢さん」 クリスの真後ろで影が笑った。 ● クリスにとって本日はアン・ラッキー・デーだったようだ。 暗い影の縁からぬるりと這い出て来た男が、クリスの肩を後ろから掴んだ。くるりと体を回されて瞳を覗きこまれた途端、背骨を甘い痺れがかけ下った。同時に、脇腹を男が手にした符のようなもので切り裂かれ、短く悲鳴を上げる。 アークの制服から熱い血が噴きし、地の上を薄く流れる水を汚しながら湯気をたてた。血の金臭さが洞の中いっぱいに広がる。 「んん……もしかして風邪引いているんじゃない? 体が冷たいよ」 暖めてあげる、と男はクリスの尻に腕をまわして己の体に密着くさせた。微笑みを浮かべて、黒い唇を半開きになったままの―― 突然の展開に剣林の三人はおろか、リベリスタたちも足が竦んだように動けないでいた。 クリスはクリスで、狙われるなら手傷を負ったものから、という思い込みがあったせいだろうか。剣林たちにトドメを刺すことに意識を集中したとたん、謎の男に狙われてしまった。 いち早く金縛りから脱したのがチコーリアだ。 「セ、セクハラなのだ!! いますぐクリスおねえさんから離れるのだ!!」 チコーリアの声に全員がはっと我に返った。 「この変態!」 せおりが驚異的なスピードでクリスを助けんと駆け走る。すぐあとを涼とアンジェリカが追った。 いち早くふたりの元にたどり着いたセッツァーが、謎の男の魂を砕かんとばかりに、勢いよく銀のタクトを振り上げる。 が、謎の男はクリスを抱きかかえたまま、踵で素早く体を回した。クリスの体を盾にして、セッツァーと太刀を手にしたせおりから的にされないように巧みに動き回る。 (ええい、構うものか。直接攻撃ではない、一目敵を捉えさえすればどうにでもなる) 聞け、と一言鋭く発して男の注意を引く。 視線が向けられると同時に、霊魂粉砕の調べを紡ぐタクトが闇を裂いて振り下された。 ――が。 刺青の男は歯噛みするセッツァーににやりと笑いかけた。 「不発? 残念だったね。おとなしく待っててよ。焦らなくても食べてあげる。ふふ……僕は男でも女でも、年寄りでも子供でも、等しく愛せるからね」 まずはうさぎちゃんから、と刺青の男はクリスの耳たぶを噛んだ。 いやいや、と痺れる体で抗って、クリスは必死に首を反らした。剥き出しになった白い喉に、男が湿った舌を這わせる。ねっとりと唾液のあとを残しながら、固く尖らせた舌の先を上へ滑らせると、刺青で黒くなった唇で血の気の失せた唇を塞いだ。 男に抱え上げられ、地面から浮いたクリスの爪先がぴくん、ぴくんと痙攣する。 「ああ……早く! 早く引き離して!!」 アリステアが悲鳴を上げて、クリスに癒しの息を吹きかける。 涼とアリステアも加わって、数人で刺青の男を逃さないように囲みを作ろうとするが、なかなかうまく行かないでいた。 事態を把握した剣林の三人も加勢に加わったが、ゆるい囲みが大きくなるばかり。さすがに長い間、剣を振るい合っていたためか、体の動きが鈍い。それをいえばリベリスタたちもなのだが、刺青の男は敵の疲労を味方につけ、壁を背にいつでも影へ逃げ込める位置をキープしている。 思い切って攻撃を仕掛けようにも、助ける対象であるクリスの体が邪魔になっていた。 涼が固く握った拳を震わせる。 「くそっ! どうすりゃいいんだ」 義衛郎が囲みの後ろからつとめて冷静に、ゆったりと声を発した。 「その顔の刺青、まさか品物之比札かね?」 ん、と刺青の男が片眉を跳ね上げて興味を示す。 品物之比札とは、裏野部一二三が手に入れ損ねた十種神宝最後の一つ。義衛郎は男の顔を一目見て、裏野部一二三が所持していたアーティファクト・蛇比札と、男が顔にさした墨に共通点を見出していた。万華鏡の予知にあった「力を吸い取る」というところも似ている。フリーのフィクサードだということだし……。 推測が外れたところでこちらになんの不利があるわけでなし。ならば一つ聞いてみようと思っての問いだった。 男の黒い唇がゆっくりとクリスの唇から離される。 「……さあ、どうだろうね? これは品物之比札かもしれないし、品物之比札じゃないかもしれない」 男は人差し指で目じりをかいた。 「何者なのだ! 名を名のれなのだ!」 「なかなか元気のいい子だね。君もおいしそうだけど、ちょっと元気が良すぎるかな?」 死ぬ前にとってもいい気持ちにさせてあげるから、ちょっとそこの淵に飛び込んで溺れてよ。と随分ひどいことを軽い口調で頼む。 「いやーーなのだ! チコはクルトさん以外の人とちゅーしたくないのだ!」 クルトって誰だよ、と男は困ったような顔をチコーリアへ向けた。 「フィクサードだよ。楽団員……だったっけ?」、と男に説明しつつもチコーリアに確認するせおり。 チコーリアはコクコクと勢いよく頷いてみせた。 「は、楽団員!! よりによってこの美しい僕より、おぞましい死体使いのほうがいいって? 傷ついちゃうなぁ」 突然、刺青の男がクリスの体を突き離した。 クリスは両腕をだらんと垂らしたまま、後頭部から倒れていく。 涼とセッツァーが腕を伸ばして倒れるクリスを抱き留めた。 機を捉えたアンジェリカがいまだ、と光を発しながら大鎌を回せば、唸りをあげて複数の蝙蝠が飛び立ち、刺青の男に襲い掛かった。 蝙蝠の広げた翼のごとき刃が細身の体を切り刻む寸前、刺青の男は影に沈んだ。 がつがつと粉砕片を飛ばして岩が削れていく。深く削れた後は影がいっそ濃くなったものの、血の色は見られなかった。 「――外した?!」 すかさず義衛郎が幻想殺しを用いて周囲の影を探る。 「生きているぞ! クリスはまだ生きている!!」 「任せて」 叫んだ涼に応えてアリステアが高位ホーリーメイガスの奥義を放つ。クリスの頭上に力のすべてを祈りに変えて地下深い風穴に神の御姿を顕著させた。狭い洞の中いっぱいに慈愛の光が満ちる。 「そこだ! 田所さん気をつけて、すぐ横に!!」 あわてて横飛びした益次郎にかわって、別の侍が刺青の男に腕を掴まれた。魅了を防ごうと目蓋を伏せるが間に合わず、指の力が抜けて手にしていた剣を落としてしまった。 「大二郎!」 益次郎が刺青の男に切りにかかったが、やはり仲間の体を盾にされれてしまった。益次郎の太刀は大二郎と呼ばれた侍の背を袈裟懸けにして、事態を刺青の男を有利にしただけだった。 刺青の男は、膝から崩れ落ちようとする大二郎の脇に腕を差し込んで抱え直した。そのまま後ろへ飛んで、せおりと義衛郎の太刀の先から遠ざかる。 「さて、彼はどんな味がするのかな?」 刺青の男の頭上にすっと死に神の鎌が浮かんだ。 「クルトさんは変態さんよりずっとカッコイイのだ! 謝るのだ!」 チコーリアが鎌を落とすタイミングを指揮するかのように、セッツァーもまた銀のタクトを振り上げた。 「今度は外しませんよ。聞いていただきます!」 ふたりの攻撃が同時に刺青の男を打った。 「ぐっ……」 失ったものを取り返そうと、刺青の男が侍の首筋に口づける。 「弱った人から力を吸い上げる……って漁夫の利みたいな事はさせない」 アリステアが大二郎に癒しの息を吹きかけた。 体力を取り戻した大二郎が、刺青の男の急所を狙って膝を上げた。が、それはとっさに察知した刺青の男にブロックされた。ふたりの体が離れる。 「ちぇ。僕はただパーティー前の食事に来ただけなんだけどな。まあ、いいか。他でも散々食ったし。そこのウサギちゃん、とーても美味しかったよ。残してごめんね」 セッツァーの腕の中で、クリスの顔は公衆の面前で受けた恥辱に赤黒く染まっていた。震える腕をなんとかあげて銃口を刺青の男へ向けようとするが叶わなわず、力尽きて地面に落ち、ばしゃりと水音を立てた。 「ふふ、可愛いねぇ。僕のテクに痺れちゃった? 今度会ったら必ず天国へいかせてあげるよ」 「このエロ野郎、ふざけんな!」 涼が拳を振り上げて刺青の男に迫った。不可視の刃が寸で空を切る。 「おおっと! パーティー前に死んじゃったらつまらない。そんなことになったら香我美の姉さんのことだから、地獄まで僕を追ってくるだろうね。怖いこわい」 「香我美? 不死偽 香我美のことか? 貴様、裏野部の……いったい何をたくらんでいる!」 「ふふふ。この戦いにアークが勝ったらアークを、剣林が勝ったら……つまらないけど剣林を世界一危険だったあの人の誕生日パーティーに招待するよ」 楽しみに待っててね、と言い残し、刺青の男は三度闇の中に沈んだ。 涼が義衛郎を振り返る。 義衛郎はゆるく首を横へ振った。 ● 刺青の男が消えたのち、残された者で戦いを再開した。結果、そう時間をかけず剣林たちはアークのリベリスタたちに敗北した。 周りを囲んだリベリスタたちが見下ろす中、益次郎は弱々しく呟いた。 「……女、子供ごときと侮辱したこと、深く詫びよう。貴殿たちは……最後に強き者たちと戦えてよか……っ、た」 アンジェリカは膝を折ると、手でそっと益次郎の目蓋をふせてやった。 ――次はその思いが正しく活かされる生を得られますように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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