● 裏野部による<大晩餐会>事件に続き三尋木が国内を去った。それにより、日本国内の神秘勢力バランスは加速的に崩壊していく。まさしく、嵐が吹き荒れているのが現状と言えよう。 剣林百虎が語った通り、何処も彼処も大詰めだ。 その中で、いよいよ最強を目指す『剣林』も大規模な動きを見せた。首領・剣林百虎が目を付けたのは、富士山の奥深くに封印された巨大D・ホール。その先に存在する「蓬莱(ほうらい)」と呼ばれる世界の力を我が物にしようというのだ。 首領自身が動けばアークのみならず、他組織にも刺激を与えるのは百も承知だろう。しかし、そんなことは『武闘派』を標榜する彼らにとって、猛る要素になりこそすれ、怯える要素になりはしない。 かくして、日本最高の霊峰を舞台に波乱の幕が開くのだった。 ● 畳敷きの部屋の中は冷え切った空気が張りつめていた。 夜明けも近い時間、それは同時に最も暗い時間でもある。 ここは国内フィクサードを統べる主流七派の1つ、武闘派『剣林』の本拠地。『日本最強の異能者』こと剣林百虎の屋敷だ。 「ここともいよいよお別れってことかよ。寂しくなるぜ」 頭に白虎の耳を持つ巨漢、剣林百虎は感慨深げに自室を眺める。思えばここに至るまでに様々なことがあった。 革醒以前より、百虎は侠客として戦いを求めて生きていた。そんな彼が運命に選ばれたのは、ある意味で必然だったのかも知れない。そして、国内の闇社会を知ってからは一層激しい戦いへと身を投じて行った。 戦って戦って、戦い続け。 気が付けば、似たような人種が周りに集まっており、それは『剣林派』と呼ばれた。『剣林』や『裏野部』の出現以前に武闘派で知られていたフィクサード組織を討ち果たした所で、『剣林』は国内最強の武闘派として知られるようになった。百虎が『日本最強の異能者』と呼ばれるようになったのもその頃だ。 しかしナイトメア・ダウン以降、その躍進は鳴りを潜める。いわゆる七派ルールによって、大きく行動を制限されることとなったからだ。己の欲望の赴くまま掟など無視してしまえば良かったのだろうが、自身の矜持がそれを許さなかった。 その間に、極東の雄としてアークはその名を上げ続けた。彼らの活躍を楽しげに見る一方で、どこか羨望を覚えていたことは否定しない。実際、自身も含めて彼らにしてやられたことは少なくないのだ。 だが、百虎とてアークの活躍を漫然と眺めていた訳ではない。密やかに軛から解き放たれるために動いてはいたし、その時訪れるだろう騒乱への準備も進めていた。 そして、今こそ時が来た。 「頼むぜ、相棒よ」 百虎が腰に佩くのは大業物・虎徹の名を冠する破界器。虎の名を冠するということを気に入って、彼は虎徹を蒐集しており、その中にアーティファクトも珍しくない。 しかし、部下の見立てでは百虎が愛用するこれは虎徹に良く似た贋作だ。もっとも、その話を聞いても彼は愛用し続けた。実際出来そのものは集めた中でも優秀であったし、自分が信じてやればこれも本物であろうとしてくれると感じたからだ。 「準備は終わったみてぇだな?」 百虎が障子戸を開いて外に出ると、そこには腹心の赤坂雅人が膝をついて待っていた。 既に準備は出来ているということだ。 「良いのか、雅の字? お前なら表社会に戻れるぜ?」 「フン、何を今更。そもそも普段から不義理は許さないと言っている奴の台詞か」 「違いねぇ。あぁ、そうだな。もうここに戻ることもねぇ」 最早過去手に入れた『日本最強』の名に未練はない。今こそ真に『最強』の名を手に入れるために戦うだけだ。 そして現在、最も『最強』の名に近い、倒すべき敵。その名は……アーク。 明けの空には冴え冴えと星が瞬いていた。 ● 年の瀬を迎えたある日リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。その場には数多くの仲間の姿がある。説明のために前に立つ『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は真剣な面持ちだ。そして、リベリスタ達が1つの心当たりに思い当たった時、フォーチュナも説明を始める。 「あんな戦いがあった後だ。本来ならもっとのんびりした話をしたかったんだがな。剣林百虎と『剣林』派が大きな動きを見せた」 守生の言葉にリベリスタ達はどよめく。 『剣林』は主流7派の中でも武闘派で知られ、その実力は折り紙つきだ。個々の戦闘力は随一とされ、真っ向から戦って無事で済む相手ではない。無意味な殺生を好むタイプでないのは救いだが、それでも話し合いで穏便に付き合える連中でもない。 ここ最近では独自の動きを展開し、ペリーシュの動きには関わろうとしなかった。おそらくそれらは布石だったのだろう。 剣林は今の動乱を戦い抜くために、戦力の増強に努めていたのだという。自分達こそが真に最強たらんというわけだ。そして、いよいよ今回は『日本最強の異能者』と呼ばれる剣林派首領、剣林百虎直々に動きだした。 先日『剣林』の動きを抑えに行ったリベリスタ達は武蔵トモエというフィクサードを捕えた。彼女が言うには、『剣林』が向かう先は霊峰富士山。 富士山山麓に広がる風穴の人も知らない最奥部に、封印された巨大なD・ホールが存在するのだという。『剣林』はその力を手に入れようとしている。先日の集中的な活動は、封印を解くために崩界を促進させる意図があったのだろう。 「三ッ池公園にある『閉じない大穴』と似たような代物だな。アレはフィクサードにしてみれば、大きな力の拠り所になる代物だ」 D・ホールの開放は崩界の促進を招く上に、この時期におけるフィクサード組織の強化は避けねばならない事態だ。何としてでも止めなくてはいけない。 「このD・ホールの先に存在する世界は『蓬莱』って呼ばれている。伝承上のものが何処まで正しいかは不明だが、話半分に聞いてもフィクサードを連れて行って良い場所じゃねぇのは確かだ」 『蓬莱』とは古代中国において神仙が住むとされた場所の名前だ。剣林百虎の「盤古幡」もかつてこの世界で得たものだと言われている。おそらくはそれと同じように、かの世界から神秘の力を簒奪しようというのだろう。たしかに、神秘の力を増すに当たってはもっとも直接的で確実な方法だ。 剣林派は極めて戦闘的なフィクサード組織だ。彼らが目指すべきはあくまで「最強」。かつての「賊軍」のように無意味に破壊を撒き散らすことはあるまい。しかし、力を手にした彼らが最強を証明するべくリベリスタ・フィクサードを問わずに戦いを挑むことは想像に難くない。 そうなれば、望むと望むまいと、結果的にかつて「極東の空白地帯」と評された神秘の混乱状態が再来、いやそれ以上の状況となるだろう。 「それを止めるわけだが、あんた達には特に儀式の最奥部に向かってもらう。そう、首領剣林百虎がいる場所だ」 百虎は風穴の最奥部でD・ホールの封印解除の儀式を行っている。以前より『剣林』が収奪していた次元の境界を歪めるようなアーティファクトの力もあって、D・ホールの開放は時間の問題だ。有用なスキルを用いれば遅延させることも出来よう。 もっとも『剣林』は当然、相応の戦力を連れてきている。首領の剣林百虎を始めとし、『本隊』と呼ばれる最精鋭部隊が動いている。 「唯一の救いはあんた達のお陰で百虎の能力もある程度掴めているってことだ」 そう、先日の戦いで百虎の弟子であるフィクサードを捕えた。彼女は百虎のスキルを模倣したスキルを使用しており、そこから全貌を掴むことにも成功している。 百虎は『盤古幡』の力を引出し、自身にさらなる強化を行うことが出来る。『盤古幡・陽』と呼ばれる攻撃力を増加させるものと、『盤古幡・陰』と呼ばれる防御力を高める技だ。いずれも通常より遥かに加護を砕きにくいと想定され、後者は反撃能力に加えて状態異常に対する耐性を与えるらしい。 その先の力を引き出すことも理論上可能ではあろうが、それを行えば『日本最強の異能者』の力を以ってしても耐えられはしないだろうというのが作戦司令室の分析である。 ただ、このように情報はあってもリベリスタ達が身を持って体験している通り、剣林派は手強い相手である。十分注意して戦ってほしい。 「それに向こうも馬鹿じゃねぇ。こっちの補給を断つために遊撃部隊もいる。これをどうにかしないと、アークは大きな不利をこうむることになりかねないからどうにかしないとな」 『剣林』は戦闘馬鹿と揶揄されることも多いが、戦闘に関してはプロということだ。そう簡単に足取りを取らせてはもらえず、フォーチュナ同士の情報戦では決着がつかない。であれば、現場でリベリスタ自身が敵の位置を掴めば優位に立てる。もちろん、彼らを撃退できるだけの戦力の用意も必要なわけだが。 「あと、もう1つ。これは連中も想定していなかったんだろうが、『蓬莱』から出てきたアザーバイドも現地にはいる。これをどうにかしないと、儀式を阻止しても大災害になりかねねぇ」 そう、『蓬莱』から封印の隙間を縫う様にやって来たアザーバイドもまた、戦場にはいるのだ。一部には『剣林』の制御下のものもいるが、アザーバイドらにとってはリベリスタもフィクサードも変わらず敵。『剣林』にとっては無理して戦う必要のない相手ではあるが、リベリスタ達は世界を護るためアザーバイドとも戦わなくてはいけない。 中でも強力なのは『鳳凰』と呼ばれる個体だ。伝承にある霊鳥の名を冠しており、炎に包まれた巨大な鳥なのだという。もっとも、伝承にあるような瑞獣ではなく、ボトム・チャンネルに降り立てば災厄にしかならないような代物でもある。 『鳳凰』はボトム・チャンネル出現して、風穴の中から脱出しようとしている。まだ場所が分かる内に撃破しなくてはいけない。 「剣林百虎を撤退させれば儀式を阻止できるわけだが、撤退する可能性は低いだろうな。いや、むしろ儀式の遂行よりも大きな目的があるんだろ……俺にはちょっと理解し難い所もあるが」 そう、百虎自身にとってこの儀式は今後の活動のために必要な作戦に過ぎない。彼の目的はあくまで『最強』。そして、その最大の壁と睨んでいるのはアークなのだ。バロックナイツもまた最強の魔術師たちが集うことは知っているのだろうが、あくまでも魔術師である彼らと百虎はどこかずれているようだ。 「説明はこんな所だ、詳しいことは資料にある」 説明を終えた守生の顔はいつも以上に険しい。敵は紛れも無い強敵であり、状況は極めて困難である。だから、あえて強く意志を持ち、いつものように振舞う。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 富士地底の底で百虎は獰猛な笑みと共に巨大な門の前に立った。それはかつて封印された異界への門だ。 『本隊』の部隊長の1人である狩野悟陽(かのう・ごよう)と多数のフィクサードを従え、百虎は口元を歪める。 「ようやっとこいつをこじ開けてやれる時が来たようだな」 「武蔵は残念でした。『蓬莱』のアザーバイドを従える才能を持つ彼女がいれば、大きな力となったものを」 「言うなよ、悟の字。俺も同じだが、全ては巡り合わせだ。ま、お前は雅の字の所へ行きな」 「ハッ、かしこまりました」 百虎の言葉に部下の一部が場を離れる。 それを目で確認した後、儀式に向けて百虎は『盤古幡』の力を解放する。そしてこの場にいない、きっとここにやって来るだろう強敵たちの姿を思い浮かべ、呟いた。 「てめぇらのお陰だ。お陰で俺も自由に動けるってもんよ」 武闘派『剣林』の首領、百虎が最強になろうと思った理由は至ってシンプルだ。 誰よりも強くありたい、そう願ったのだ。 かつて強者によって虐げられた訳でもない。弱者を虐げることに喜びを覚えた訳でも無い。 あえて言うなら、若芽が太陽の光を欲するように。赤子が親を欲するように。彼はその最強という輝きに魅せられ、ひたすらにそれを求めたのだ。 百虎の持つ最強への渇望こそ、彼の抱える『逸脱』。 「始めようぜ、世界最大の祭り。最強を決める祭りをよ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月16日(金)22:15 |
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●BATTLE/アザーバイド掃討‐1 ここ数年、日本は崩界の最前線に晒されていた。『極東の空白地帯』と評されていた場所は、今や神秘の飛び交う百鬼夜行の魔境となっている。そして、それは新たな年を迎えようという時にも変わることは無かった。 「剣林主催の大祭、裏野部やペリーシュが主催した大祭に比べれば、直近で周りの被害がない事は救いかな?」 風穴の中を歩きながら、理央がため息をつく。 『剣林』の始めた戦いによって、日本最大の霊峰富士は血戦の場へと変わった。不幸中の幸いと言える所なのだろう。アークと『剣林』が人里で本気で戦い始めたら、どれだけの被害が出るのか、過去の戦いを思い返せば知れたことである。 「なにやらおかしな所に迷い込んだ気分ですわ……あら?」 アクセス・ファンタズムで情報を確認していた姫華が前方の気配に気が付く。 深い風穴の奥深く、入る者の正気すら奪うような闇の中。その中に異形の者どもはいた。異なるリンクチャンネルから降り立ったアザーバイド達だ。今はまだ闇雲に動き回るだけだが、富士山の外に出れば欲望のままに力を振るうことは間違いない。 「この異形の方々、どちらへ向かおうとしてるのかしら? ……いえ」 その時、姫華の持つ杖の先端から光が迸る。 同様に理央の周囲へ影人が姿を現す。簡単に用意できる「手数」だ。そうそう戦力を使い潰しにするつもりもないが、これからの戦いにおいてそう甘いことも言っていられないことは分かっている。 辺りのリベリスタ達も戦闘準備を行っている。 「例え1人であっても、一般の方々の目に付くようなところへは、絶対に行かせませんわ!!」 そして、その中で姫華は鬨の声を上げるとアザーバイドに斬りかかって行った。炎の塊がアザーバイドの群れの中に飛び込み、盛大に爆発が上がる。 戦いの始まりを告げるかのような爆音を目にして、ヒルデガルドはマントを翻すと自身も戦場(いくさば)へと足を踏み入れて行く。 「主流七派最高の武闘派、日本最強がついに勝負に出たか、この一戦、楽しむ者も多かろう」 だが、ヒルデガルドが己に任じた戦いはあくまでアザーバイドの阻止。『剣林』の陰謀を防ぐことも重要だが、古くから崩界と戦ってきた彼女はアザーバイドによってこれ以上の被害が出ることも許すことは出来ないのだ。 そのためなら、たとえ不足と笑われようとも力を振るうことに迷いは無い。彼女の想いに応えるようにリベリスタ達はアザーバイドと激しく矛を交える。 現れたアザーバイド達の攻撃も激しい。 多様な力でリベリスタ達の連携を乱し、食い尽くそうとして来る。その姿をシエナはぼうっと眺めていた。 「蓬莱の生き物は、生命力に溢れてそう……だね」 現代の魔女たるべく育てられたシエナはそれ以外の生き方を知らない。それ故に『剣林』すら求めるという異界の力は興味深く映ったのだ。だが、現代の魔女にとって彼らとの関係の持ち方は一般人の考えるそれとは大きくかけ離れていた。 「見て取りたい……よ。貴方達の生も。命の燃やし方も……構成展開、型式、稚者の煽情――composition」 自身の周囲に魔力のシールドを展開すると、シエナはロッドを操る。すると、彼女の意志に導かれるようにして気糸がアザーバイドを貫く。 貫かれたアザーバイドは怒りを露わにしてシエナに襲い掛かる。しかし、それも計算のうち。 「1匹たりとも、ここから逃さない!」 神速の刃がアザーバイドの肉体を切り刻み、何処からか飛んできた白い腕輪が頭を打ち砕いた。 【王蟲】の2人、舞姫と伊吹だ。 「剣林の目的に興味はないが、全く迷惑な祭りだな。1人のリベリスタとしてこの事態は見過ごせん」 舞姫は黒曜石の如き小脇差を構え、アザーバイド達の侵攻を食い止めるべく立ち塞がる。伊吹はと言うと、高所に陣取り狙撃の構えを取っていた。そうなってしまえば、生半な力のアザーバイド程度に押し通ることは出来まい。 「ここは抑えないとですね、ぶっきーおじさま! 」 「うむ、ここで止めねばなるまいな。……だが、無理はするなよ? 我らはここで終わるわけにはいかないのだからな」 どこか軽い雰囲気を見せる舞姫を気遣うように言う伊吹。もちろん、伊吹も彼女の言葉が油断では無く真っ直ぐな正義感から来ることは知っている。それでも年若い仲間に対してこうした態度を取ってしまうのは年のせいだろうか。本質的に世話焼きなのだ。 舞姫も舞姫でそんな伊吹のことは分かっている。微笑みで応えるとすぅっと息を吸い込み、アザーバイド達に対して名乗りを上げた。 「この身命は、牙無き人々の盾。 その進む道が人の命を踏みにじることを一顧だにしないのが貴様たちの最強ならば、 どこまでも抗ってみせる!」 美しき戦姫の声にリベリスタ達は士気を上げ、アザーバイドへと斬りかかって行く。 しかし、相手もまた負けじと襲ってくる。如何に歴戦のリベリスタ達と言えど、無傷で済むような甘い相手ではない。そんな様子を見て、チーム【紅蓮】の1人として指揮に専念していた辜月が回復に回る。 「無茶をして倒れる方が誰も出ないように支えますので……無茶はしないでくださいね?」 辜月の祈りに応えるようにして、福音が鳴り響きリベリスタ達の傷が消えていく。 辜月は自身がそれ程大したことが出来る等とは思っていない。しかし、ここで出来るだけのことはするつもりだ。後で後悔なんてしたくないから。 「全員無事で終わればいいですけど……そうなるように気を引き締めないとですね」 「生憎とまだまだ緒戦といった所か」 冷静な口調で淡々と戦場を眺めるのは同じく【紅蓮】の雷慈慟だ。支援の甲斐もあってこの場は収まりつつある。しかし、事前に聞いた敵の予測数と倒した敵の数を比べれば、これが序の口なのは明らかである。 「火種の跡片付けも考慮しないとは、教育不足の学生の様だ。『らしい』と言えばらしいか……」 と、そこまで言った所で雷慈慟はリアクティブシールドを展開させて、素早く防御態勢を取る。 それに一瞬遅れるようにして、洞窟の中に大きく鳥の鳴き声が響いた。身を硬くするリベリスタ達の前で一帯が朱に染まって行く。 『蓬莱』から降り立ったアザーバイドの中でも特に大きな力を持つ1体――鳳凰だ。 「うわぁ……鳳凰さんはでっかくてきれいだね☆ 蝗さん達がちょっとぐろいけど」 場にそぐわない明るい声を終が上げる。 たしかに、荘厳な光景だ。足元に醜悪なアザーバイドの姿が見えるものの、場所によっては吉兆とも呼ばれる存在である。人智を超えた異界の美を感じさせる。しかし、それが破滅と表裏一体の美であることを終も含めてリベリスタ達は理解していた。 次第に温度の増してくる洞窟の中で、終は手の中にある冷気を宿したナイフを握り直す。 「骨禍珂珂禍(コカヵヵカ)!」 骨を叩き鳴らしたような音で、紫のローブに身を包む女――亜婆羅は笑う。 先ほどまでの準備運動で体も暖まっている。本気で戦うには十分だ。 「良いわねこの熱気、富士の雪景色も溶かしてしまいそう。激闘を望む者たちの世界、邪魔はさせないわよ。このあたしの世界を、あんたたちアザーバイドの骨で彩ってあげる!」 魔弓を構えると亜婆羅は鳳凰率いるアザーバイド達に向かって、無数の魔弾を解き放つ。敵も数で押してくるのなら、それすらも押し潰す物量でぶつかるだけの話だ。 終もまた、双刃を手にアザーバイド達の間を駆け抜ける。彼が高速で駆け抜ける後ろには氷の棺が立ち並んだ。 本当の戦いはここからだ。 ここから先に進ませるわけにはいかない。鳳凰の進軍を許せば、崩界は大きく進行することだろう。現状の極東にそれを看過できるほどの余裕は無い。そのためにも、まずは目の前の敵を根絶しなくてはいけない。 「鳳凰撃滅を戦術目的とし行動、殲滅を開始する」 雷慈慟はその言葉を現実へと変えるべく、己も戦場へと乗り込んでいくのだった。 ●BATTLE/対剣林遊撃部隊‐1 富士山の風穴の奥深く。 人世に知られぬ世界で、リベリスタとフィクサードは戦いを繰り広げていた。もちろん、それだけの連戦に耐えられる革醒者等そう多くは無い。だからこそアークも補給用の能力者を用意して、最前線を支えている。だが、補給を断つのは古来より兵法の初歩。『武闘派』はそこを突いてくる。 『万華鏡』の精密予知は相手の作戦を見切ったが、当然敵にも対策はある。 結果、リベリスタ達は直接の迎撃を図ることとなった。一歩間違えれば自分達がやられかねない背水の陣ではあるものの、確実に敵が来る場所なのだ。 「崩界因子を上げる事は即ち、坊ちゃまの住まう世界が壊れると言う事。度し難い状況ではありませんか」 暗がりを進む『剣林』フィクサードの前に立ち塞がったのはメイド服と言う場違いな格好をした女性、葵だ。会敵した瞬間、弾かれたように飛び出し鋼糸でフィクサードの首を狙う。相手もカウンター気味に刃を振り下ろすが、葵に恐れは無い。当たらなければよいのだ。 「強さを求める事が何に繋がるかなどわたくしは知る由もなく、固執するものがあるのは、されど私も同じ。……噫、だからこそ苛立つのでしょうね。御免遊ばせ?」 影と踊る葵はフィクサードの攻撃を躱しながら、巧みに相手を切り刻んでいく。しかし、多勢に無勢。いつかは捉えられるのは必定であろう。それでも、彼女の顔には余裕すら感じられた。 何故なら。 「この鳳黎子のいる戦場での少数行動は、中々危険ですので気をつけてくださいねえ」 突如として、近くにあった何の変哲もない岩が消え、中から無数のカードを舞わせて黎子が姿を見せる。 そう、何故ならここで待ち伏せを行うものは他にもいたからだ。 「ハァっ!」 爆発的な勢いで接近したアイカが拳を叩きつける。 その拳に一切の慈悲は無く、決断的な意志がフィクサード達に畏怖を植え付けていく。 幻を纏い、己の気配を隠し、フィクサードが接近するのを強かに待っていたのはこのためだ。確かに相手に地の利はあるが、別に全ての地勢を丸暗記している訳ではない。ただの岩に注意を払うようなものなど、いようはずもない。 「……気に入らないんすよ」 敵陣の真っ只中、絞り出すような声で呟くアイカ。 「フィクサードは全部ですが……気に入らないんすよ! 薄汚い『悪』風情が、まるで自分が正々堂々武人をしているような態度が特に気に入らない! 全員、この場で、一人残らずぶちのめしてやる!」 その言葉に偽りは無く、アイカの拳は確実にフィクサードを『天国への階段』に導いていく。 何よりも黎子の戦法は奇手にして絶妙。敵の虚を突いた時にこそ、十全の力を発揮するのだ。混乱に陥ったフィクサードの首を無慈悲に1つずつ落としていく。 「剣林……武闘派と呼ばれている方達」 始まった戦闘を眺めながら、シェラザードは五感を広く広げていく。彼女自身は戦いの場から少し身を引いている。自身の脆さは理解しているし、何よりも敵の居場所を突き止めるという大事な使命があるのだ。 それでも、この場に襲い来る者達を見ていると何か後ろ髪を引かれるような感覚がある。 かつてラ・ル・カーナに存在した同郷の仇達を思い出してしまうからだ。 「彼等を見ているとバイデン達を思い出しますね」 そんな想いを消すように軽く首を振って、目の前の戦場に改めて注意を向ける。今は敵を探ることが自分の戦いだ。 同様に警戒していたブレスは身の丈ほどもある銃剣付自動小銃を構えて、移動を開始した。彼の鋭い瞳が敵影を捉えたのだ。 「敵の補給線潰しは戦争の常套手だわな。それだけにあっさりやらせるわけにはいかねっつの」 高い機動力を生かして先回りすると、集団で襲い来るフィクサードに向かって神秘の閃光弾を投げる。 強い光が戦場を照らし上げる。 「狙い撃つぜ! とか言ってる暇はねーか」 冷静に戦場を分析するブレス。ふざけた態度の男ではあるが、状況を理解出来ない程愚かな男ではない。 「そう簡単に撹乱できるとか思ってねーだろーな! 思っているならもれなく蜂の巣にすっぞ!」 ブレスが叫びと共に引き金を引くと、嵐のような勢いで弾丸が戦場を駆け抜ける。そして、嵐が収まったと思うのも束の間、今度は一条の雷が荒れ狂う。 これが神秘の戦争だ。 超人的技芸、天地自然の大技がぶつかり合う場なのだ。 もっとも、その場の中心にいる義衛郎の顔は涼しげなもの。揺れる戦場に泰然と立っている。 「大一番だと意気込んでいただろうに、オレみたいな三下が相手で悪いね」 淡白な口調と共に義衛郎は若緑の拵えをした業物を宙に掲げる。すると、刃から明け暮れに焼ける空にも似た、金茶と天色から為る剣気が立ち昇る。そして、再び雷光が戦場へと放たれた。 彼自身は『剣林』に対して思う所はこれと言って無い。ただ、役目があるならそれを果たすだけ。本陣に向かうものがいるなら、露払いを果たすだけだ。 リベリスタが力を振るえば、『剣林』もまた激しい力で反撃を返してくる。 そんな戦いをユーヌとカインは冷ややかな目で見ていた。 「新年早々に賑やかなことだな。チンドン屋に鞍替えした方が安泰ではないか? 少なくとも、無駄に益のない武よりは存分に」 「剣林であるか。武の頂を目指す輩たちであるとは聞き知っている。目標に向けて意思を確固とするのは正しい。そのために自らの研鑽に没頭するのも、また、良きことであろう」 そこまで言って、カインは大きく翼を広げる。 端正な表情からは静かな怒りすら感じられた。 「ではあるが。力を、力としてのみ存在させる純粋さ。それは、我は認めるわけにはいかぬ。 得た力をどう使うか。何のために力はあるのか。 全ては弱き者たちを救うためにである。自らを鍛え、自らのみで完結する。 そのような剣林の在り様は、我は許さぬ!」 「ああ、なるほど。圧倒的強者には振るえぬ武など無いも同然だったか」 影人を引き連れるユーヌは、呪念を鞭のように伸ばし、フィクサード達を締め付ける。そこへカインが大きく翼をはためかせると、魔力の渦が彼らを押し潰して行った。 「おや、動きを止めて余裕だな? 止まったところで名乗り上げの時間などやらないが。精々チンピラ風情の塵芥として薙ぎ倒されてろ」 「ノブレスオブリージュこそが力を持つ者の責務! あるいは、武士道か。故に我は討つ」 ●インターミッション この戦いの始まりの始まりはいつだったか。 かつて厳然と聳えていた主流七派がアークに攻撃を仕掛けた時、まだ互いに互いのことを確かに認識していた訳では無かった。しかし、いつしかその位置は入れ替わっていた。だから、『剣林』は富士山にて戦いを始めた。奪われた『最強』の代紋を取り戻すため。 そして、多くの戦いの果て。リベリスタ達は風穴の最奥部へと到達した。 既にその場は異質な空気に満ちていた。 異なるチャンネルから流れ込む邪気と、それすらも封じ込めるような闘気だ。 自分達の倍はいようかというフィクサードの中を椿は、いや、十三代目紅椿はゆっくり進んでいった。 「どうもどうも、ハジメマシテ。うちは依代椿と言いますー。以前に挑戦状の件等でお世話になったし、こうやって挨拶がてら来てみたんやけど……挨拶だけでも命懸けってなかなかやな」 「命懸けって奴の面かよ、依代の」 百虎の言う通り、椿は落ち着き払っていた。それどころか、その眼差しは相手を見極めようとこの上なく冷静なものである。彼女もまた、その背に巨大な代紋を背負っている。一見すればいい加減な風に見えるが、相手が『日本最強』だからと言って怖気づくような女ではない。 「ま、今日は組とか関係なし。思う存分殴ってこか」 そこで自分の用事は終わったとばかり、拳を硬く握り締める。 同じように抜き放った刀を肩に置くようにして『日本最強』を睨みつけるのは虎鐵、かつては『剣林』に属するフィクサードだった男だ。 「百虎……いやオヤジ、決着をつけようじゃねぇか」 「昔はこんな形で会うとは思いもしなかったがよ……来な」 「この時をずっと待っていた。俺は必ずテメェを越える! 修行の成果を……全て出し切る!」 虎鐵の中の城虎の因子が燃え上がる。かつてより追い求めた相手で、相対することでその強さも知った。だからこそ、この場で越える。 そんな虎鐵の後ろで、娘である雷音もまた決意の眼差しをしている。 虎鐵は雷音の望みをずっと叶えてきてくれた。そんな男が絶対に譲れない望み、それは剣林百虎に勝利することだ。だからこそ、止められない。いや、百虎にその剣を届かせるのがその恩返しだと考えている。 それでも、 「虎鐵、今日だけは無茶をするなとは言わない。だけど、生きてかえって来て欲しい。お願いだ」 振り向いただけで雷音の言葉に応える事無く、虎鐵は前に進む。それを見て、雷音は杖をぎゅっと握りしめた。 「準備はよろしいですかい? なら、一杯、どうです?」 緊張が高まる中、ツァインはスッと酒瓶を取り出す。戦いの場であるにもかかわらず、その手に武器は無い。 「良いじゃねぇか……おっと、よしとくか。お互い、勝った後に取っておこうや」 「はい、それでは後程。刀の方もよろしいようで」 そして代わりにアクセス・ファンタズムから愛用の武具を取り出す。もはやこれ以上言葉を交わす必要は無い。ここから先は刃で語れば良い。 ほんのわずかの間、場に静寂が生まれる。 その中で1人、銀次は殺意を研ぎ澄ます。憎しみ、怒り、そんな言葉では語り切れない強烈な感情だ。表現するとしたら、「百虎を殺す」以外にはありえない。 そして、場にいるリベリスタもフィクサードの闘気が場を支配した時、ツァインは走り、叫んだ。 「ツァイン……参るッ!」 ●BATTLE/剣林百虎‐1 「このご時世に好き勝手されると困るんだよなっ!」 飾り気の無い鉄扇を開き、晃はフィクサードに神気を込めた一撃を放つ。ただでさえ、極東の神秘情勢は危機に次ぐ危機で混乱している。その状況でこれ以上の混乱を認める訳にはいかない。大将首に興味が無い訳ではないが、戦局を支えるのが彼のやり方だ。 実際のところ、現場にいる『剣林』フィクサードは『武闘派』の最精鋭だ。数においてもリベリスタ達を勝っている。そこで無策で向かうような愚を犯す訳にはいかない。 「さぁ、いつも通りに廻していくぜ!」 晃の言葉に応じるようにして、リベリスタ達に聖戦の加護が与えられる。その中で己の肉体の制限を外し、ルーは思う存分爪を振るう。 「ルー、タタカウ、タノシイ。ケンバヤシ、タタカウ、タノシソウ。コーユーノ、ウマガウ?」 どこか抜けたような言葉だが、獣を思わせるその動きは俊敏にフィクサードを狙う。むしろ、深いことを考えずに真っ向勝負が出来るこの戦場は大変に彼女向きなのだ。 もっとも、その戦法だけで勝てる相手なわけでもない。フィクサードの刃が突出したルーの肩を大きく抉る。慌ててバック転で距離を取り、ルーは傷口の血を舐め取る。 「シュウダンセン、ワスレテタ。カコマレル、アブナイ」 「私が傷つけ、私が癒やす」 そう、これは集団戦だ。 1人が強ければ良いと言うものではない。そして、支える者がいる。 凜子の呼び込んだ癒しの息吹がリベリスタ達の傷を癒やしていく。そして、仲間達の怪我の具合を確認しながら百虎に向けて視線を向ける。 「この『決戦』は喧嘩で終わらせるつもりですか? それとも、行く所まで行くのか。生死選択はこれで最後でしょうから、尊重させて頂きます」 「姉ちゃん、あんたのいう意味の喧嘩で終わりゃいいけどな。俺もてめぇらもそれじゃ収まりつかねぇだろ?」 凜子の問いに対する答えは至ってシンプルだった。『日本最強』を生かしたまま屈服させる、狙ってもそう簡単にはいくまい。そして、『剣林』にしたって往生際の悪さで知られるアークを被害も出さず撤退させるなど不可能だと分かっている。故に、この戦いは最後まで行かざるを得ないのだ。 一瞬目を伏せ、相手の意志を呑み込むと凜子の決意は固まった。 ならば、医師としてやるべきことは1つしか無い。 「何れ相手取る事になるとは思っていましたが、本当に休みを与えてくれませんね」 ミリィもまた百虎の言葉に嘆息を漏らす。 戦いの渦中にあって誰よりも戦いを恐れる少女にとって、『剣林』は全く理解に苦しむ組織だ。 それでも、彼らを止めるのに戦い以外の手段は存在しない。心に矛盾を抱えながらも少女は指揮棒を掲げる。 「彼らの祭りに終止符を。 誰も彼もが戦いを望む訳が無いのだから。 ただ訪れるべく明日を掴み取る、其の為に。 任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう。」 幾多の戦いの中で、本人が望むと望むまいとミリィの脳裏に戦の技は刻まれてしまっている。戦場を盤面のように支配する技術と、戦いの技はまさしく『戦場を奏でて』いく。 それは劇場の中で行われる秩序あるオーケストラではない。 野外で人々が本能のままに行う祭り(カーニバル)の狂騒曲。 終わりを感じさせる事無く、リベリスタもフィクサードも闘争本能の命じるままに戦う。 その最中、シュスタイナは背中にいる聖に声を掛ける。 「ねぇ聖さん。私達って……きっと馬鹿よね」 唐突な言葉に怪訝な顔をする聖に対して、シュスタイナは構わず続ける。 「怪我させたくない、死なせたくない……なんて言い合いつつ、こうやって戦場にいるんですもの。そう思わない?」 「全く……とはいえ、此処で止めなければ何処に居ようと一緒ですからね」 シュスタイナの言葉に得心が言ったという風で苦笑する聖。どっちみち止めた所で羽でも生えたかのように――実際生えている訳だが――飛んで行ってしまうのだ。だったら、危険な場所にいた方が何倍か安心できるというもの。 いざとなれば、身を挺してでも庇うことが出来るのだ。 そんなことを考えている内に、戦場にいることを思い出し、2人して吹き出してしまう。そして、改めて前を見据える。 「さて、此処に居るのは百虎だけでは無いんですよね」 「そういうことよ。百虎へ向かう人達を通す為に、フィクサードのお掃除しましょっか。貴方に攻撃合わせるわ」 「えぇ、周りの対処は私達で行いましょう」 聖は白黒二振りの刃を組み合わせ、十字の手裏剣に変えると敵に向かって素早く投げつける。 シュスタイナは軽く何かに祈るようにすると、翼から魔力の風を吹かせた。 狙うは戦場に紛れて動く、敵の癒し手。戦いが長引いた時、必ず後で有効打になるはずだ。 その一方で、状況を楽しんでいる、それこそ『剣林』のようなリベリスタだっている。 緋塚陽子だ 根っからのギャンブラーである彼女にとっては、危険な戦場も賭場と変わりはしない。 「剣林の連中もドデカイ花火を打ち上げたか! こういう大騒動は嫌いじゃねーし、存分に楽しもうぜ!」 「有限実行、本当に、手段を選ばなかったわね」 彩歌は苦笑しつつ、『剣林』の打ち上げた「花火」について評する。それはいつぞやの夜宴の時点ですでに分かっていたことではあったが。であれば、自分もかつて宣言した通りに崩界から世界を護るために戦うだけのこと。 「自分たちの願望に沿う形でしか動けないというのは、不器用な生き方ね。自らすら巻き込んで、燃え尽きるような」 自身の脳細胞を最大限にまで活性化し、戦場を支配する論理を微細なものに至るまで収集する。論理演算機甲も主の要求に応えようとフル稼働した。そこから敵に与えられた加護を打ち砕くべく気糸を放つ。 その攻撃は精密にして的確。 今の彩歌は完全な戦闘演算装置そのものだ。 対極的に陽子の戦い方は極めて危なっかしい。いっそ隙だらけにすら見える構えから、残像を残しつつ攻撃を仕掛ける。相手が格下なら良いのだろうが、相手が悪過ぎる。 にも拘らず、不思議と致命傷は避けていた。 「当たるも八卦当たらぬも八卦、運任せで完全回避するか否かに賭けるさ」 哂いながらフィクサードを切りつける。陽子が浅かったか、と思った時、その頭上を強烈な衝撃波が通り抜ける。百虎から飛んできた一撃だ。当たれば彼女が消し飛んでいたことは間違いない。 ひゅうっと口笛を鳴らした。 ラインハルトはその圧倒的な破壊力に戦慄する。 そして、自分の弱さに怒りさえ覚える。彼女とてかなりの力を有しているが、最強に挑むには研鑽が足りず、1人では何も無し得ない。 だから、その弱さを以って『日本最強』に挑む。 「剣林百虎。力を求め、渇え、頂目指す虎の王。 貴方は牙を持つ獣なのでしょう。けれど今日、この時だけは届かせない」 興味深げな表情で『日本最強』がラインハルトを見ている。ラインハルトは震える手で大盾を構える。 特別なんかじゃない。逸脱も狂気も程遠い、ただの人間の意地で以って彼の歩みを妨げるために。 「私こそが境界線。ここから先は通さない」 震えが止まった。 そして、『ただの人間』は『日本最強』に挑みかかる。 自身の全て(キバ)を繰って“最強”を刺すために。牙無きケモノの矜持を見せるために! 「吹き荒べ、神風!!!」 ●BATTLE/アザーバイド掃討‐2 ボトム・チャンネルに降り立った超級のアザーバイドが動き始めたことで、戦いは本格化した。 彼らは統制のある「軍」ではない。しかし、個々が高い力を持つ「群」は決して馬鹿に出来ないのだ。 それらの魔物に対して、リベリスタ達は臆することなく立ち向かう。 「トモエの呼び出した化物と同じものか。龍の次は鳳凰か? 相手にとって不足はない」 先日戦ったフィクサードのことを思い出し、小雷は己の拳を打ち付けアザーバイドへ攻撃する。【紅蓮】のメンバーは鳳凰の元に一直線に駆け出す。途中にいるアザーバイドごと薙ぎ倒す勢いだ。 「崑崙だか蓬莱だかよくわかんねぇけど、これ以上崩界度をあげられてたまるかよ!」 仲間からもらった翼の加護を得て、夏栖斗は真っ直ぐ鳳凰に向かって突き進む。その後ろではアザーバイド達が激しく血を流し、鮮血の華を咲かせている。 「ミリー! 炎で負けるなよ! あの程度の炎じゃ、お前にとってはぬるいくらいだろ? 行くぜ!!」 「トーゼン! カズトに鼓舞されるまでもないわ」 炎の龍と化したミリーもまた、身体ごと鳳凰にぶち当たる。炎とドラゴンには一際強い思い入れがあるのだ。こういう相手を見れば心が滾るというもの。相手の炎の手応えも悪くない。これなら自分はもっと熱くなれる。 「その心意気やグッド! 群がる蠅の1匹ぐらいにしか見えてないでしょうけど、こっちだってアンタ燃やしに来たってのよ!」 【紅蓮】の覇界闘士たちはそれぞれのやり方で鳳凰に挑む。 小雷は確実に一歩ずつ。 夏栖斗は翼にしがみつき、泥臭くも足掻きながら。 そして、ミリーは真っ向から、何よりも熱く。 それぞれに戦い方は違えど、いずれもそれぞれが辿り着いた武技の表れだ。 しかし、伝承にある通り鳳凰は不死にも等しい力を持っている。一度炎が舞うと、与えた怪我などいともたやすく消えてしまった。 「ヘッ、鳳凰といや縁起のいい霊獣の代表みたいなもんだけど、こいつはどっか禍々しいな」 モヨタは軽く鼻をこすると、巨大な大剣を握り直す。 さすがにあれだけの怪我をあっさり消してしまえる相手とまともにやり合う気は無い。小さな闘神は自身の体内にある永久炉のエネルギーをその刃に注ぎ込む。 相手がどんなに巨大だろうと。 相手がどんなに熱かろうと。 モヨタは真っ向から切り伏せるだけだ。 「こいつらを外に出しちゃいけねぇ、なんとしてもここで倒してやるんだ!」 裂帛の気合と共に放たれた一撃は、鳳凰に破滅的な一撃を刻み込む。まさしく生と死を分かつ、閃光の如き煌めきだ。 このレベルのものが外で暴れたらどれ程の事件になるか。年若いモヨタにだって簡単にわかる話なのである。そして、比翼子の怒りはむしろ、目の前のアザーバイドよりも呼び出した『剣林』に向いていた。 「最強か、笑わせるぜ腰抜けどもめ。お前らが自分より強い相手と殺し合いしてるとこ見たことないぞ。あたしはこういう奴らが一番嫌いなのさ」 比翼子の怒りが高まるのに合わせるかのように、その速度は何処までも上がって行く。相手が力に勝るのなら、技を以って制する。一撃一撃は確かに弱い。それならば数で補うだけだ。 巧みに鳳凰の注意を引き付けながら、少しずつ着実に攻撃を当てて行く比翼子。 その様子を不安そうな様子で遠くから見守っているのは智夫だ。 「うぅ……みんな大丈夫かなぁ」 智夫が見る所に寄れば、まだまだ鳳凰は壮健。加えて、周囲にいるアザーバイド達も健在だ。彼でなくとも冷や冷やしてしまう所であろう。本質的に凡庸な青年であることも考えればなおさらだ。 しかし、智夫は同時に数多くの戦いを生き抜き、世界にも知られつつあるリベリスタだった。意を決すると、傷付いている仲間達の姿に意を決して火中に走り出す。 「僕の……というか紅蓮の目的は鳳凰の撃破だね。その上で、なるべく仲間の重傷者を減らすよう頑張るよ。鳳凰の近くって、凄く熱そうだよね……火傷しませんように」 震えているのが玉に瑕であるが、恐怖しつつも進めることもまた勇気なのだろう。 同様に【世界樹】のシンシアもまた、仲間達を護るために力を振るっていた。 エクスィスの加護は物理的な攻撃からその身を守ってくれる。少しでも犠牲者を減らすのが、彼女の使命である。 ただ、それにしてもと、流れ落ちる汗を拭いながらシンシアは思う。 「最強を目指すのはいいんだけど、なんで男の人は最強にこだわるのかな?」 ボトム・チャンネルに降り立って、武力があるからこそ守れるものもあることは理解した。しかし、最強になる意義までは見出せない。最強になることそのものが目的となってしまっているように思えてならない。 「まぁ、そうだな」 シンシアの顔に疑問が浮かんでいるのを見て、同じく【世界樹】の結唯を掛けてきた。 彼女の相手は鳳凰を取り巻く、他のアザーバイド達。神秘の闘争においてもやはり、数は重要な要素となり得る。確実に鳳凰を討滅するためにも捨て置くことは出来ないのだ。 「最強なんぞに興味はないうえ、最強などと自惚れるつもりは一切ないんだが……少なくともそれが 奴らの評価なのだろうな。実に迷惑な話だ」 淡々と銃弾を撃ちながら結唯は何処か吐き捨てるような口調だ。 無理も無い。排除対象を消していただけで、ここまで世界から狙われているのだ。そこまでは認めるにしても、少なくとも「最強だから」などという理由で狙われるのはうんざりする。 「いい加減ウンザリなんだよ……滅ぼしてやる、身も心も」 「そうね。悪いけど、ここで倒れてもらうよ!」 「明けましておめでとう! こいつがお年玉だ! お越しやす! 今晩は! そして還れ!」 シンシアが気合を入れ直したのに合わせるように、七海は蒼白い魔弓から無数の矢を戦場へと解き放った。雷鳴のような弓鳴りが一拍遅れて聞こえてくる。 時折、シンシアの疲労を確認しながら、七海は雲霞の如く押し寄せてくるアザーバイド達を狙い撃っていた。こういう敵を相手にするのは元々苦手ではないのだ。 それに『剣林』の強者と鎬を削るのも良かったが、どうせなら彼らが目を付けた世界に手を出した方が面白そうでもある。もし逆に簒奪できるのなら、今よりもっと面白いことになりそうだ。 「さて楽しい夜になりそうだ」 顔色一つ変えずに剣呑なことを呟くと、次なる目標に狙いを定める。 その視界の端に重火器を構えるナユタの姿が、そして戦場の先には鳳凰に向かおうとする拓真の姿がそれぞれ映る。まだまだアザーバイドの数は多く、鳳凰も十分に体力を残しているということだ。 「冬休みくらいゆっくりしたいのに、とんだ邪魔が入っちゃったもん……」 低空飛行をしながら愚痴をこぼすナユタ。そうした感想が口を突いて出てしまうのは、彼の幼さの表れだ。それでも、その眼差しは紛れもないリベリスタのものであった。 「でも、こんなのを外に出したらみんなが危ない。とにかくこいつらを一気にやっつけてやるもん!」 気合一発、放たれた炎の弾丸が戦場を覆い尽くす。 アザーバイド達を強かに打ちのめし、激しく吹き飛ばしていく。その様子を見て、先までの不機嫌はどこへやら途端にぱぁっと明るい表情を浮かべるナユタ。 「オレの炎もなかなかのものでしょ」 「鳳凰か……中国に伝わっている霊鳥だったか?」 その隙を突いて、一拍遅れて【紅蓮】の拓真は鳳凰に肉薄する。その巨大な姿を見て、ボトム・チャンネルには上位世界から影響を受けての神話や逸話なども多いことを思い出す。それを思えば、本当にこの先の世界には仙人などがいるのかも知れない。 だが、今の使命はあくまでも鳳凰を討ち、世界の崩界を防ぐことだ。 拓真の全身に破壊の神の如き戦気が燃え上がる。その手に握られるのは黄金の剣。名も知られぬ英雄が己を貫いたもので曰くつきの呪いの逸品。 しかし、今拓真の手の中で自分の道を証明するために振り抜かれる。 「少し興味がない訳でもないが……あちらへの道は開かせる訳にはいかん、大人しくして貰うとしよう!」 その一撃はボトム・チャンネルにおいても有数の破壊をもたらすデュランダルの刃。さしもの鳳凰も苦悶の呻きを漏らす。 それを何処か遠くに聞きながら、拓真は思う。 (祖父もまた百虎とは縁がなかったのだろう。そして、俺もまた……これも宿命なのかも知れん) ●BATTLE/対剣林遊撃部隊‐2 補給部隊の護衛につくリベリスタ達は着実にフィクサードの数を減らしていった。しかし、リベリスタの数には限りがある。次第に被害も馬鹿に出来ないものになってくる。加えて、遊撃部隊の中でも主力と呼べる部隊長の狩野悟陽を始めとした一団が動き始めたのだ。状況は決して良いとは言えない。 そこで瑠璃は敵の注意を自分に惹き付け、少しでも被害が出るのを減らすために戦う。 「わたくしたちは忙しくて喧嘩に付き合ってる余裕などありませんが、守るべき対象が危険にさらされる可能性があるなら話は別ですわ!」 あえて大きく翼を広げ、十字の光を放ち狩野を始めとしたフィクサード達を狙う。 「わたくしの華麗な舞でいなして差し上げますわ」 当人の語るように華麗な美技は敵の攻撃を受けながらも致命傷を避け、凄惨な美を見せる。だが、痛みに苦しむさまを見せようともしない。もし、辛くないのかと問われたら、彼女は笑って「貴族の務め」と答えることだろう。 「おーおー、ぞろぞろと揃ってまあ」 【落陽】のウィリアムは標的である狩野を見つけてニヤリと笑う。 「年始早々何やってんの、て感じもするが愚痴っても仕方ないな」 「確か、この前まで私達戦ってたよね。何で次から次へと厄介事が……って思っちゃうよね。のんびり遊びたいよ」 涼の傷を癒やしながらアリステアが零す。 最近は大人びてきた様子を見せる少女だが、恋人の前ではついつい甘えてしまう。その顔には愚痴を零してしまうことへの罪悪感と、彼なら許してくれるのではないかと言う甘えが浮かんでいた。 「愚痴は出てしまうけどな。ま、片付けに行くとしようか。」 涼はそのどちらも呑み込んだうえで、苦笑を浮かべつつ再び敵に向かっていく。自分だって甘えを許してもらっている訳だし。 涼はフィクサードに向き直ると、コートの裾に隠れた刃を光らせる。それは無罪であれ潔白であれ等しく死を与える無慈悲の双刃。 「お前たちも希望を持って此処に来たんだろう? ……だが、それもこれで終わりだ」 軽やかなステップでフィクサードとの距離を詰めると、涼は死の舞踏を始める。その最中に死の爆弾が彩るように炸裂する。反動が厳しいが気にしない。後ろに力をくれる人がいるから。 アリステアは杖を握り締めると、必死の思いで詠唱を行う。現れた癒しの息吹が仲間達を、そして大事な人の傷を癒やしていく。 「戦うのは好きじゃないの。のんびり過ごしたいの。大好きな人と……早くそうなればいいのにね」 そんな恋人達にちらっと眼をやると、セイは影人達を操り、再び影の仕事に戻る。 敵の主力に向かう者、アザーバイドを抑える者、皆がそれぞれが目的のために戦っている。 「彼らが思い通りに進めるよう支えるのがオレの仕事、さあ密偵の仕事を始めよう」 『顔を持たない』青年は、今日も戦う事無く戦場を駆け抜ける。 アーク相手に黒星を数えているものの、やはり『剣林』の戦力は並々ならないものがある。真っ向勝負だけでは千日手。互いに無意味な消耗を続けるだけ。だからこそ、彼のようなものに活躍の場がある。 それでも、いや、そんな状況だからこそ真っ向から敵に立ち向かうものがいた。 歴戦の重戦士であろうか? 己の技を誇示する剣士であろうか? いや、違う。それは魔術師、幼いと言っても間違いではない。 若い身でありながら、超越技巧をその身に宿した魔術師、ラヴィアンだ。 「ふん。最強、最強って言う割にはせこいじゃねーか。アークを倒したってなあ、バロックナイツを倒してない剣林なんて誰も認めねーよ」 言葉遣いそのものは子供のそれだ。しかし、それは残酷なまでに正鵠を射ている。バロックナイツと戦って負ける可能性がある、あるいは組織が痛手を受けるから戦わない。その理屈をラヴィアンは理解している。だが、そんなものは彼女に言わせれば逃げ以外の何物でもない。 「そんな所が最強になれるかよ、ばーか! 敵を全部はね返してこそ最強なんだよ。自分より強い奴に挑めるから最強なんだよ! アークみたいにな!」 アークは、そしてラヴィアンは逃げなかった。敵を選ばず戦い続けたから、今の力に辿り着いたのだ。 だから、彼女はこれからも逃げずに戦う。真っ向から。 「それじゃあ行くぜ! ブラックチェインストリーム!」 ラヴィアンの籠手に刻まれた龍の紋章がひときわ強く輝くと、フィクサード達を拘束していく。 その中を掻い潜るように、翼をはばたかせて戦場を駆けるのはユーフォリアだ。 「私は~、火力低めですからね~。それ相応の~、立ち回りをするまでです~」 口調はのんびりとしているが、動きは確かなものだ。実際本人も傷つきながらも、後衛を強襲しにきたフィクサードを退けている。彼女の放つ斬撃は、口調からは想像もつかない程に神速だ。 むしろ、口調に油断してしまうから、その速度差に驚くのだろうか。 「今回の作戦は~、剣林の~、挑戦状みたいな物ですね~。それなら~、受けて立っちゃいましょ~」 「さて、そろそろ先に進んだ連中は剣林の親分とバチバチやりあってるころかねぇ、出来ればその戦いに集中させてやりてぇんだけど、お前らはどう思う? 剣林さんよ」 「ま、その辺は同感だ。あんたも倒せりゃ言うことなしだね!」 ともあれ、ユーフォリアがやはりのんびりと気合を入れると、同じくのんびり戦っていた吹雪も激しくフィクサードと切り結び始める。 少なくとも吹雪は自分を実力者とは思っていない。ただ自分よりもやる気と力を持ってる奴がいるのなら、こうやって確実に1人でも動きを封じておくほうが似合っているし役に立つと思ったまでだ。 「ま、やっぱり油断出来たもんじゃねえか」 そこで吹雪は自身の速度のギアを大きく引き上げる。 仲間を敵の主力に送る前に自分が倒れたのでは片手落ちだ。それはウィリアムにとっても同じことだ。 煙草から紫煙を燻らせて、集中を研ぎ澄ます。 「狩野の所まで見送ろう、奴までもう近い」 ウィリアムは【落陽】の仲間達に告げると、【落陽】の仲間達を狙ってくるフィクサードに対して向かっていく。その姿は西部のガンマンを思わせる。 自身より勝る相手を恐れず、信念を貫く男の姿だ。 銃把を各々の手で握りしめると伝わってくる、いつもと変わらない感触で心を研ぎ澄ましながら、ウィリアムはへらりと笑った。 義弘は振り返らない。 振り返れば彼の意志が無駄になってしまうから。 「侠気の盾の意地、見せつけてやる。護る為の意地ってやつをな!」 義弘はメイスに神気を込めて、渾身の勢いで狩野に向かって。小刻みにカウンターが来るが、そのようなものを気にしている場合ではない。否、侠気を以って堪えるまでの話だ。 彼だって戦士である。ただ強くなりたいという気持ちは分からないではない。それで世界を崩界させていいわけがない。 「なるほど、噂以上で嬉しいぞ、『侠気の盾』。ならばこれでどうだ!」 「旦那、悪いけどこれ以上はやらせねぇよ。全力で阻止させてもらおうじゃないか」 フィクサードの武技を受けながら、義弘は反撃を繰り出す。見れば自分も相手も少なからぬ怪我を負っている。つまり、我慢比べをやっているようなもの。ならば、自分の方に分がある。 何故ならば、 「狩野悟陽だね。僕はアークの覇界闘士、設楽悠里」 「役者不足とは言わせないぜ、狩野悟陽」 「設楽悠里にアークの守護神か。むしろ、身に余る光栄だ!」 「いざ、勝負!」 快が相手の構えを崩し、悠里がそこへ氷の拳を叩き込む。 フィクサードの攻撃はひたすらに耐えれば良い。 アークの強さの理由をいくつか挙げるのなら、チームワークを挙げる者は多いはずだ。 彼らが強敵を屠って来れたのも、その連携の良さがあってこそだ。加えて、その経験の中でリベリスタ達の実力も練磨されてきている。狩野が如何に個として優秀なフィクサードであっても限界がある。 「狩野悟陽、あなたの技は大したものだ。お互いの手は見えている。まして僕の技は基本の技ばかりだ」 悠里の周囲を小さな吹雪が渦巻いたように見えた。 それはただの拳。だが、その拳にはこの数年間振るい続けてきたリベリスタ、設楽悠里の歴史そのものが刻まれている。 「僕はその基本を鍛えあげて来た! それを見せる!」 「まだだ、我らはお前達に! アークには負けん! 最強は!」 「そんなに最強が欲しければ、正面から挑んでくれば良かった筈だ。そんなに自分を信じられないのか。最強の名に自縄自縛された剣林を、修正してやる!」 快が叫ぶ。 フィクサードは欲望に忠実過ぎるが故に、何処かで歪みに囚われてしまう。快だって無欲な聖人君子ではない。だが、常に自分が為すべきことだけを見てきた。 だから、これはこの場の強弱運不運が導いた決着ではない。 今までの蓄積がもたらした必然だ。 「これで、終わりだ!」 「エクス……カリバァァァァッ!」 今ここに快に宿った勝利の『幻想』が現実のものと変わる。 崩れ落ちるフィクサード。 今ここに、1つの戦いが決着を迎えた。 ●BATTLE/剣林百虎‐2 富士の地底の戦いは激戦を極めていた。 未だに首領の元へとたどり着いたリベリスタはラインハルトのみ。他も運命の炎を燃やして必死に食らいついている状態だ。しかしその一方で、着実にフィクサードは数を減じつつあった。 その激闘の中で、綺沙羅は気付く。元々、情報分析に長けたフィクサードであった彼女がこれに気付いたのは必然とも言えよう。 Dホールより、強烈な妖気が流れ込んできている。 戦闘中にもD・ホールは開きかねない危険な状況だ。他のリベリスタに伝えると、綺沙羅自身も儀式の阻止に入る。 「蓬莱か……インヤンとも縁の深そうな場所だね。向こうに四神の長、黄龍を探しに行きたい所だけど現状では難しいか」 先ほどまで青龍を操りフィクサードを捕えていた少女は、それだけの技量を誇りながらなおも力の探究に余念はない。もっとも彼女の場合、戦うためにと言うよりは作るために力が欲しい訳だが。 「案の定、百虎1人で制御している訳じゃないわね」 「いずれにせよ、これを抑え込めば剣林は詰む訳ですから、狙う価値はあるでしょう」 儀式の解析を始める綺沙羅に敏伍が頷く。もっとも、そんな彼は肩口から大きく血を流している。 可能なら矢面に立ちたくは無かったが、生憎そうは行かなかった。彼を守っていた影人はとうにいない。それでも、自身で怪我を癒しへらへら笑いながら、異界との繋がりを切断するために術式を組む。 周囲にはここ数年、密かに『剣林』が入手していたアーティファクトが活性化し、輝きを放っている。これらを止めてしまえば、D・ホールが開くまでの時間を長引かせることが出来る。後は、百虎自身を戦闘不能にさえしてしまえば、この門を封じることだって叶う。 「こっちにもう、フィクサードの人達来ないですよねぇ? 彼氏もいないのに死にたくないですからっ」 「もうみなさん強者ですし、僕1人の身ぐらい何とか守ってくれると信じてますよー。百虎の大親分も、僕1人になんぞ構ってる暇はないでしょうしね♪」 悲鳴を上げながら作業に勤しむイスタルテを、敏伍は宥める。それでも手を休めない辺り、互いに技量は大したものだ。 「向こうのフォーチュナがこちらの動きを解析してますし……自爆に巻き込まれるのも嫌だからこっちに来たのにぃ」 目じりに涙を滲ませながらイスタルテが翼をはばたかせると、近くに向かっていたフィクサードが吹き飛ばされる。何のかんのと言いながらもここは最前線。見様によっても何も、最も危険な場所なのである。 彼らにとって幸いだったのは、『剣林』のフィクサード達が――首領も含めて――戦闘を優先させる性質だったということだ。だが、前線に立つリベリスタにしてみれば難儀な所ではある。 それが分かっていればこそ、畝傍はあえて自分を盾となし、戦場に立つ。 「勝利を得るために、私に何が出来るか。アークの剣たちが百虎を討つまでの間、盾になる事です」 畝傍が長剣に刻まれたルーンを輝かせると、無数の意志の弾丸がフィクサードを吹き飛ばす。 自身の中にフィクサードという者達への憎悪が渦巻いていることは、彼自身自覚がある。だが、今はその衝動のままに戦うべき時ではない。 自分は守りし者。アークリベリオンなのだ。 「この身を挺しても、百虎へと無事に到達させてみせましょう。それが私の仕事」 鋼の意志が『剣林』の兵すら退け、道を切り開いていく。 「ちゃんと帰ってきてね臣くん!」 開いた道を駆け抜ける臣に向かって、澪が叫ぶ。 (本当に意外だったよ。いつも蜂須賀の正義の為だけを考えて動いてる臣くんが、純粋な一騎打ちを挑むなんて) 臣という少年は、神秘的害悪を根絶する『正義』を掲げる蜂須賀家の体現のような存在だ。そんな彼が「武人」としての一騎打ちを願い出る等、澪は想像もしなかった。 (たぶん最初で最後の彼のわがまま。本当は心配だけど、止めるなんて出来ないよね) 対して澪は蜂須賀家の中では異端と言えるほど、臆病で穏やかな性質をしている。それだけに、弟を止めたいという肉親として当然の情を捨てることは出来ない。だけど、その気持ちを押し殺し、火弾と共に精一杯のエールを送った。 「頑張って、臣くん!」 「ありがとう、姉さん」 小さく呟いた少年は、『日本最強』の前に立つ。 実際目の当たりにしてみると、体格だけでもとんだ差がある。力量に差があるだろうことも分かっている。それでも、正義のためではなく、ただ己の為に太刀を振るおうとしている自分を止めることは出来なかった。 「『剛刃断魔』参る……!」 「剣林百虎、行くぜ」 話には聞いている。百虎の太刀「百虎真剣」はただひたすらに速い踏み込みからの、ただひたすらに強烈な一撃だと。であれば、自分にも同じ真似が出来ない理屈は無い。 模倣をするのではない。あくまでも自分は自分、蜂須賀示現流こそ自分の剣だ。『日本最強』の呼吸、間合い、踏み込みを吸収した上で。太刀筋だけは、何千何万何億と振るい続けたこの太刀筋で。 巨大な刀を持ち上げる。 その時、視界が赤く染まった。 自分が斬られたことは分かる。だけど、倒れる訳にはいかない。 「ただ最強の一撃を。他の何が出来なくても。 それは、僕の矜持、意地。それだけが僕の誇りだ! 日本最強をも超えてみせる!」 臣の足元が沈む。 ここから先の動きは分かっている。剣士としての才覚は無くとも、この太刀筋だけは誰にも負けない。 「チェストォォオオオ!!」 限界すら超えた一撃が富士の地底と、『日本最強』に刻み込まれる。その一撃は、確かに『日本最強』すら戦慄させた。 「まさか、ここまで追いつかれるとはな。なら……」 大地がぐらりと揺れる。 本丸に迫られ、いよいよフィクサードも本気を出してきたのだ。そんな場で真人は情けない悲鳴を漏らす。 「うわーん! 緊急招集で来たら激戦区まで流されちゃいました。うぅ、最前線はペリージュの天空城でこりごりだったのに~」 それでも今更逃げ出すことは出来ない。 必死に身を隠しながら、仲間達の支援に当たる真人。正真正銘のヘタレで草食系男子な彼だが、既に少なからぬ戦いを生き抜いてきたリベリスタなのだ。 「来た以上はしっかりと役割を果たさないといけませんね。すっごく怖いですけど!」 並みの術師ならすぐに果ててしまうような強大な癒しの力を、周囲からエネルギーを集めることで無理矢理発動させる。そして、傷ついたリベリスタ達は一気に力を取り戻し、『日本最強』へと迫る。 「初めまして、日本最強さん。何処まで張り合えるか試しに来たよ」 礼の中に獰猛な殺気を包み込み、【茨槍】の兄――ロアン――が挨拶をする。 既に妹の前で猫を被る必要は無い。本来のスタイルに従って、思う存分戦うだけだ。 当の妹であるリリは儀式の状況に目を配りながら、意識はむしろ『日本最強』に集中させた。 (強さを求める彼らの姿は、祈りと何処か似て――。今、剣林白虎を初めとして、彼らの思想と強さに 興味があります) リリは祈りと裁きの名を冠する銃の引き金を引く。 おそらく彼らと理解し合うことは出来ないのだろう。だが、この方法でのみ対話は叶う。 「今、私が力を欲するのは、守りたいものがあるからで。この誓いと破滅の槍、今の私の祈りが日本最強の存在に何処まで通じるか、試してみたいのです」 リリの放つ銃弾は、伝説の魔槍を思わせる鋭さで戦場を貫き、『日本最強』の身すら穿つ。その魔弾を追うようにロアンは距離を詰めた。多重の残像が三日月の軌跡を描いて、銀に煌めく。 「出来れば人間同士、水入らずで殺し合いたくない? 化け物の力を借りて僕らに勝ったとして。嬉しい?」 「この場にいる以外のは知らねぇな。それに化け物共の力で勝ったって言われたくねぇから、今のうちに喧嘩売ったんだよ!」 「そう、まぁ君達の事は、ゴミのフィクサードにしては結構好きだったよ。ただ今日で永遠にさよならだ」 壁を駆け上がり、百虎の攻撃から寸での所で致命傷を避けるロアン。 おそらく今、日本中でここ以上に危険な場所は無い。 だから、リリは今日も魔弾を以って祈る。 「さあ、『お祈り』を始めましょう。答えはきっと戦いの中に」 ●戦況報告 『剣林』の遊撃部隊は半壊状態にあった。 部隊長である狩野が倒れたことで、指揮は混乱状態に陥ったからだ。 「雨宮の増援はありがたいが、梅泉は……いや、分かっていたことか」 『剣林』のフィクサード、赤坂は1人零す。今のアークを相手に全戦全勝など見込んでいない。むしろ、最悪の状況に陥らなかったことを喜ぶべきだろう。もっとも、『剣林』への忠義を微塵も持たない男が、この戦場においてどう動くかなど知れたことではあるが。 また、リンクチャンネルに降り立ったトウテツが逃亡したという情報も入ってきている。百虎は喜ぶまいが、これが戦場をかき乱して欲しい所ではある。同様に期待は出来ないが。 「いずれにせよ、ここからが正念場だな、お互いに……ん?」 その時、赤坂は自身の持つ端末の画像が揺らいだのに気付いた。 気のせいではない。 何者かが情報を確かに手に入れている。 反応しあぐねる赤坂の前に、画面には文字が表示された。 『其方の妨害は想定済みだ。さあ、妨害合戦と洒落込もう』 その刃は鋭く『剣林』の罠を切り裂いた。 御厨幸蓮の決闘状は、最終局面への招待状だった。 ●BATTLE/対剣林遊撃部隊‐3 白銀の鎧に身を包んだ騎士が戦場を翔ける。六枚の翼をはばたかせるその姿は、戦乙女とも見まごうばかりだ。 「姉様ほどの力はありませんが私もアークのリベリスタです。貴方方の好きにはさせませんよ、剣林のフィクサードの皆様」 リリウムの手に握られた槍が冴え冴えと輝くと、フィクサードの胸を貫く。 既に遊撃部隊に残ったフィクサードはそう多くない。アザーバイドを戦力として充てることでかろうじて機能している程度だ。 「私は守る為の盾。白き絶対防壁の名は伊達ではない事をお見せいたしましょう」 毅然と叫ぶと次の目標に向かっていくリリウム。その身の怪我も疲労も、ひどいものだ。体が鈍りのように感じられてくる。それでも、白銀の防壁は倒れない。 「お祈りは済ませた?」 「蓬莱なんて、あのお店だけで十分だよ。剣林の思惑を成就させる訳にはいかない。全力で阻止するよ!」 メイの祈りが神聖なる炎を呼び起こし、浄化という名の裁きを与えて行く。人も獣も構わず消し去って行くその光景は、まさしく黙示録そのものの光景だ。 温かい豚まんの味を思い出しながら、アンジェリカは巨大な鎌を振るう。すると、周囲を囲む敵たちが血煙を上げて敵が倒れて行く。 その様を紅い瞳に写しながら、フィクサードに向かって堂々と叫ぶ。 「女の子だからって甘く見ないでよ!」 アンジェリカはそれ程『剣林』のフィクサード達については詳しくない。ただ、最低限の戦士としての節度を持った連中だということだけは感じられた。 だけど、それならなおさら負けることは出来ない。 メイの場合、そこまで相手に対して誠意を持って望んではいない。 ただ、仲間が全力を発揮できるように力を貸すだけだ。敵の隙を作り、確実に雑魚を焼き尽くす。その活躍もあって、次第に敵は数を減じて行く。 その先にあるのは遊撃部隊の指揮を執るフォーチュナ、赤坂の潜伏場所だ。 「オレ達は【お邪魔虫】なんだ。剣林を相手に、真っ当に戦う気なんてさらさら無いのさ」 神秘の閃光弾で敵の足止めを図りながら、クリスは探っていた。前線に入るとは言え、相手はフォーチュナ。アシュレイのような例外ならともかく、戦闘力が無い以上はどうしたって動きの鈍いものがいると踏んだのだ。 そして、その読みは外れていなかった。 「助けを呼ぼうったってそうはいかない。占いは信じる方かな? 今日はオレのラッキー・デイなんだ」 「お邪魔をお邪魔で返します。それがまお達のお仕事です」 正面から戦うことはクリスの好みではない。そして、相手が同じような方法で戦うのなら、負けられない程度には意地だってある。 まおは天井に張り付きながら、赤坂を含めて周囲の動きを伺う。変な動きをすれば、すぐにだって動き出せる。 「そうか、お前か」 「まあね」 赤坂の鋭い視線を幸蓮はしなやかに受け流す。 流石に相手の機器に入り込むのには多少手間を取ることになった。お陰で序盤は『剣林』の自由を許すことになったのが悔やまれる。だが、それももう終わりだ。結果としては指揮官の居場所を突き止めることにも成功し、戦力も削いだ。 革醒の証である金色の瞳が、この場に残された戦力を分析する。十分に倒せる相手だ。もっとも、敵の『切り札』を考えれば安穏とも言える状況でも無い。 「赤坂様は、自分が狙われる未来が見えてたってまおは思いました。それでも自爆してでもお邪魔をするのが男気なんだってまおは覚えましたよ」 そして、運命に抗うことなら何度だってこなしてきた。赤坂を護るようにするアザーバイドをすり抜け、まおは最後のお邪魔に向かう。 「対決の場は百虎殿が用意された富士の山と言った所ですね」 「狩野とやらも赤坂も、他の剣林達も覚悟を決めて百虎についているんだろう。なら、もう殴り合うしかねえんだろうな。それが男同士ってやつだ」 「対決の場は百虎殿が用意された富士の山と言った所ですね」 大仰なパイルバンカーを振るい、ソウルはアザーバイドからアザーバイドの動きを止める。一介の兵士、駒の1つとして自分の為すべきことは分かっている。 アラストールだってそれは同じこと。騎士としての自我が仲間を護れと叫ぶのだ。ここまで来たら、じり貧等は無い。勝負はほんの一瞬で決まる。それまでの時間を稼げれば十分だ。 2人のクロスイージスは鉄壁の要塞として、アザーバイドの軍団を阻む。 そして、その時は訪れた。 アザーバイドの不利を悟った赤坂が胸元から爆弾を取り出す。アーティファクトの一種であるそれの威力なら、現状傷付いたリベリスタ達に十二分の被害を出すことが出来る。 「貴方のそれは仲間を危険に追い込む、その迅速な排除こそ密偵の矜持」 しかし、その爆弾が動くよりわずかに速く、セイが動いた。闇に紛れ陰に潜む密偵の業が、幾重にも重なりフォーチュナの身を捕える。さすがにこれは、戦闘能力を持たないフォーチュナにはいかんともし難い。 そして、それは遊撃部隊との決着がついた瞬間でもあった。完全に指揮系統が瓦解した以上、如何に『剣林』が個として強力であってもリベリスタの防御を貫くことは出来ない。 「ここまで、ということか」 「自陣の勝利に死力を尽くす姿はお見事」 倒れた赤坂の持つ爆弾を回収しながら、アラストールは語りかける。 「なれど自爆はどうでしょう、此処に至って無粋。死を覚悟するよりも生きて足掻く。私はアークの精鋭を信じ、貴殿は百虎の勝利を信じる、ただそれだけかと」 「お前達が相手でなかったら、それで良かったのだろうがな」 ソウルもまた、煙草を差し出しながら地面に腰を下ろす。様々な戦場にいたからこそ分かる、男の世界というものがある。 「なあ、赤坂よ。死ぬ覚悟なんてものをするのは、あんがい簡単なもんだ。命をあきらめればいいだけだからな。だが、生きる覚悟ってのは、実は難しい。お前には生き延びてやることがあるだろう。 剣林を無くさない為に。百虎の生きた証を残すためにも」 「まったく、お前達リベリスタと言う奴は……」 呆れたような感心したような声の赤坂に微笑を返すと、ソウルも愛用の葉巻をふかす。 「……だから、ま、結果を見守ろうや。」 『剣林』との戦いはいよいよもって結末に近づきつつある。 あとは、地下の連中の頑張り次第なのだろう。 ●BATTLE/剣林百虎‐3 いよいよリベリスタ達は『剣林』首領喉元にその牙を届かせた。 無論、有象無象のフィクサードも周囲に残っているが、リベリスタの勢いは止まらない。大将首さえ取ってしまえば、リベリスタの勝利なのだから。 そこでリュミエールは流星の如くに、飛び跳ね百虎の首を狙い撃つ。 「虎の威を借る狐ダッケ? 虎の意を狩る狐ダッケ? 虎の命を狩る狐ダッケ? 虎ノ真意ハ?」 百虎の考えまで理解することは出来ない。ただ、生き様と死に様を見届けるべくその手の中の奇怪な得物を振るう。 一所に留まることを知らないリュミエール自身の戦い方と相まって、それを捉えることは極めて困難だ。 なにしろ、狙っていった先にはもう姿が無いのだから。もっとも、それについてはご生憎様。彼女に言わせれば遅い方が悪いのである。 「ったく、マル暴対策は四課の担当だってのによ。仕事増やしやがって。ほらほら、サポートはロートルに任せとけってんだよ」 首領に向かうリベリスタ達の道を護るべく、遥平はリボルバーの引き金を引く。 そこから現れるのは鉛の弾丸ではない。一条の雷光だ。ND以前より神秘界隈を護る警察だったが、やることは変わらない。相手が日本最強だろうと何だろうと、要は犯罪者だ。 周囲のフィクサードが攻めあぐねているのをいいことに、腥は御大将に向かって弾丸を放つ。 そこから響く銃声は彼自身が抱える狂気そのもののようで、深淵の闇を感じさせた。 「アハハ、最強って何かね? 見る範囲を決めて係る物を壊す事だけかね。『それ』しか出来ないと自らに……いや、野暮かな」 「最強が欲しいなら、真っ直ぐ掛かってくりゃあ良かったんだ。バロックナイツに食ってかかりゃあ良かったんだ。最強の足枷に囚われたまま動けなかったお前たちの、矛盾だよ」 皮肉げに嗤う腥は茶化すかのように言葉を紡ぐ。ちらっと殺気が向かってきたのを見て、怖気を振るったかのようにおどけて両手を上げる。もっとも、彼の真意こそヘルメットは何も映し出してはくれない。 「正直、何だって良い。『大義名分』付いて憚られる事無く任意の方法で殺れるなら、な。それでお宅の中身を見れるなら上等だろう。おっさんは見たいだけ、お宅は強くなりたいだけだし」 「見れるモンなら見てみやがれ!」 粋がるなよ どこからか発された言葉に視線が集まる。言葉を発したのは喜平だ。 「鈍いんだよ、御前等の『最強』は」 強調するように付け加えると、残る片方の眼差しで『日本最強』を名乗る張子の虎を睨みつける。 ここ数年、日の本で狂人と凶獣が跳梁し、最強最悪のバロックナイツも跋扈した。最強足らんと爪を研ぐならば、相手も時間も幾らでも存在していた。其れを七派が如何の柵が如何のと静観してきたのは連中の、 「何が『今こそ』だ。粋がるなよ!」 巨銃から暗黒の闘気を放つ喜平。 今こそ『剣林』に最早其の手で最強は掴めぬ現実を知らしめるため。 『我等こそが最強』という真実を悟らせぬため、喜平は傷つくことも厭わずに巨銃を操る。 「百虎のおっさん、てめぇが強ぇなんざ百も承知だがな……グズグズしてる間に差を埋めちまったんじゃねぇの?」 炎を拳に宿して、いや炎そのものとなって火車が百虎に襲い掛かる。 喜平も語った通り、「世界がどうなろうと知ったこっちゃない」等という言い訳1つで、上等な餌を見逃し続ける愚行がアークに強烈な敵をあてがう事になった。結果として、今やアークは何よりも練磨された刀となったのだ。 「手間かけて面倒だけ起こしがって、強ぇ連中なんざまだまだいるってのにな?」 「だなぁ……ここんとこの俺は、我慢が良過ぎたってもんだ!」 百虎の叫びと共に火車が血を噴き上げて、大地に倒れ伏す。 その場にいたリベリスタ達は思い出す。百虎が本来、怒れば止まらないと言われていたことを。魔術の素養を持つ者は、盤古幡の力がほぼ限界まで解放されていることを識った。当人への反動も相当のものだろうが、百虎の能力は格段に上昇している。 「盤古幡――元は蓬莱の品だという話だけれど、何処までが符合するのかは兎も角、そんなものを持っているという事は剣林百虎はそう言ったものに何らかの縁があったという事になる。 であれば……彼の求める力の形がそういうものであっても、不思議はないのかもしれない」 【銀月】のユーディスは怒りと力を限界まで解放した百虎の姿を見て、何処か腑に落ちたような表情をしていた。アザーバイドを利用しての話を聞いた時には、「らしからぬ」と思った。だが、これか『日本最強』が求めた最強の姿であるなら、合点はいく。 物理も神秘も統べる、それが彼にとっての最強の在り方なのだ。 「蓬莱……か」 リセリアの表情は浮かないものだ。痛む傷のせいではない。言うなれば、失望のせいと言うことが出来るだろうか。 力を得るなら他者から奪うのが一番早いと、魔術師は言う。 「確かに、技術を盗むという意味なら同意だけれどそういう意味でもない。武人の剣林百虎がその結論に至るとは……」 剣士である武人であるリセリアには、受け入れがたい考え方だった。だが、彼女は同時にリベリスタでもあった。武人としての戦いが望めないのなら、崩界を止めるために戦うだけの話。 「斃すのみです。ただでさえ乱れているこの世界、蓬莱と繋ぐ儀式の完遂をさせる訳には行きません!」 リセリアの刃が蒼銀に輝く光の飛沫を生み出していく。一撃を加えるごとに、力の奔流に呑まれるようにして体力が奪われていくことが分かる。それでも刃を止めることは出来ない。 その後ろでは、ユーディスが槍を振るい、『日本最強』に挑む仲間達を護る。『貫くもの』の模倣品であるその槍は、本物を思わせる力でフィクサードを倒して行った。 力尽きることなど恐れはしない。 戦うことが出来るのなら、ファウナが力を与えるからだ。 場を支配する怒気を制する程に清冽な輝きがリベリスタ達を包み込む。ファウナとフィアキィが呼び出した緑色のオーロラが癒し、力を与えて行く。こうなれば、後は気力の問題だ。再び、負けじとそれぞれに目の前への相手へと攻撃を始める。 「蓬莱という世界……この世界の伝承にあるものと同じ名なのですね」 そんな中で、ファウナもまた蓬莱と呼ばれる世界に興味を抱く者の1人だった。 かつて彼女自身も至った『夢の国』のことを思えば、実在を疑う方が非合理だ。ましてや、通じるとされるD・ホールが封印されているとなれば、元々この世界と何等かの関わりがあった可能性もある。 気になることは多いし、目にもしてみたい。 「かといって、思い通りに進ませる訳には参りませんね。この世界の為に」 その時、突然戦場が輝きに包まれる。 D・ホールが開いたのかと思えばそうではない。 「剣星大法……星宿、二十八宿の魔剣。即ち東方青龍、北方玄武、西方白虎、南方朱雀の全ての星宿の力。天文・占星術の概念ですし、武術より魔術に近い技に見える」 「詳しいな、風宮の姐ちゃん。ま、俺の方は詳しくはねぇが、若い頃ここで修業中に見つけてな」 敵の技を見切った悠月の言葉に、百虎が答える。 相手が神秘を秘匿したがる魔術師ではない辺りに感謝しながら、悠月は防御態勢を取る。しかし、この技を見逃すつもりは無い。 「盤古幡は兎も角、星の力を振るう術の何たるか。せめて、喪われる前にその全てを視させていただきます」 「安心しな、当分喪われはしねぇ。ま、俺達はちょっくら異世界行くが……」 「道具に頼んの否定しやせんが、道具に依るんじゃ二流だわ」 術を発動しようとした百虎の腕を、ガシッと立ち上がった火車が掴む。そして、運命の炎も命も燃やして、いつもの拳を百虎に叩きつけた。 相手が本気を出したというのなら、火車だって本気だ。いや、いつだって本気で生きてきた。 「歳取ってビビったなぁ? 挑戦者が王者気取りやがって! ケンカしたけりゃ何時でも来いつってんだろ!」 「若い頃の俺みたいなこと言いやがって……いちいちうるせぇんだよ!」 互いに頭突きをかまし合うと、火車は流れる血を抑えもせず二度目の拳を放つべく握り込む。そこへ剣の雨が降って来た。しかし、今更止まる気は無い。 「我が身1つで目指せバカ! クソみてぇな道具諸共燃え尽きろぉ!」 ●BATTLE/アザーバイド掃討‐3 アザーバイドの開放を防ぐべく戦うリベリスタ達の戦いもまた、次第に佳境を迎えようとしていた。 一部のアザーバイドはリベリスタ達に恐れをなして逃げ出していた。それを追っている暇は最早ない。それ以上に、強大なアザーバイド鳳凰を外に出す訳にはいかないからだ。 「出来れば逃したくは無いんですけどね」 「掃除屋」であり神秘の根絶を望むあばたは、戦いの最中に伝わって来た情報にわずかばかり顔を歪める。余裕が無いのも事実だが、面白くないのも事実だ。 支援を行うグループとは別行動を取り、情報の中継点となりつつ改造を重ねたエリューション用の拳銃で狙い撃つ。少々不便と思わないではないが、照れがあったのも事実。 「ま、独り身なりの自由さを存分に発揮して役に立って見せますさ。さあ、走り回るぞ」 「SHOGO、年始は基本NSG(寝正月)なんだけどな。まあいいや、これ終わったら誰か新年会やってね! それじゃ今年何度目かになるけど……キャッシュからの――パニッシュ☆」 SHOGOはいつもの調子で弾丸をぶっ放している。正直な話、寒いし銃を撃ちっぱなしで疲れたし、とにかく疲れは回って来ている。そこに布団があれば喜んで飛び込みたい所だ。 しかし、それをぐっと堪えて再び月の女神の加護を受けとり、攻撃する。 なにせ新年会の確約は無いが、気力の補充をしてくれる仲間には恵まれている。ある種のブラック企業とも言えるがリベリスタ組織なんてどこもそんなもの。リベリスタに暮れも正月も無いのだ。 修一と修二の兄弟が自身の異能を増幅し、リベリスタ達に付与する。双子であるが故の荒業だ。彼らの完全に同調した異能は、リベリスタ達に確かな力を与えてくれる。 そんな彼らが見つめる先には同様に不死身にも等しい生命力を見せ付けるアザーバイド、鳳凰の姿があった。序盤に比べると次第に動きを鈍くしているが、それでも意気は壮健だった。 「あれが鳳凰か。見た目だけなら目出度い鳥だが、好き勝手に飛ばれるわけにはいかないな」 「伝説の生き物の名を冠するだけあって、相当な力を感じますね。しかし、この世界で暴れられるわけにはいきません」 同じ顔立ちをしながらも、それぞれの性質は真逆だ。だが、彼らが下す決断は1つ。 「ここを日本の落鳳坡にしてやるぜ!」 「遥々遠い世界から来ていただいて早々ですが……退場していただきましょう!」 リベリスタ達は尽きることの無い闘志を胸に、アザーバイド達を倒していく。 既にどれだけの血が流れたのか、考える気も起きない。 そんな中でふとうさぎは嫌なことに思い当たってしまった。 「平たく言うとアレですね……レア武器ゲットする為に隠しダンジョンの扉開けて漏れ出て来るモンスターは放置。んで、レア武器ゲットしたら試し斬りだーって暴れる可能性大。と」 『剣林』の考えを平易に言ってしまうとその通りだ。 うさぎも自分で口にしてから、開いた口が閉じなくなってしまった。 「なんでこう、剣林の連中はいちいち強くなろうとするのに周囲に被害を出さずにおれんのだ!」 それを横で聞いていた風斗も怒りの声を上げる。それがフィクサードの神経なのだが、そんな連中のしりぬぐいと思うとやる気が失せる。もっとも、ここでアザーバイドを抑えないと被害が洒落にならない以上、やる気が出ないとか言ってられない。 気心の知れた同士で戦えているのがせめてもの救いだろうか。 うさぎと風斗は顔を合わせると、お互いに何かを確認するかのように頷き、再び鳳凰の元へと向かっていく。 「まあいいや! 人それぞれですしね! それは兎も角!!」 「というわけで、ここから先は通行止めだ。大人しく帰るならよし。押し通ろうとするのなら……痛い目を見てもらうぞ」 うさぎが鳳凰に死の刻印を刻み込むと、そこを狙って風斗が渾身の一撃を叩き込む。長年培ってきたコンビネーションは完璧なもの。相手が上位存在であろうと、そうそう破れるものではない。 「うん、どうしてこうなったって感じ。そこに山があったから?」 戦場の最中、傷だらけになりながら離為はコクリと首をかしげる。 『剣林』の言い分は単純だが、どうしてこうなってしまったのか理解出来ない。「最近の剣林」を知らないせいだろうか? だが、自分がやるべきことだって簡単だ。 「親近感わかなくもないけど、大人しくしてくれないかな。後ちょっとその熱量ください」 離為の放つ憎悪の鎖が鳳凰の首を締め上げる。 鳳凰の武器は不死を思わせるタフネスと再生能力。後者を封じてリベリスタ達は全力の攻撃をぶつける。そして、無限に思えるタフネスにしたって実際は有限だ。 度重なるリベリスタの攻撃を受ければ、いつかは崩れるというもの。 纏わりつく下層世界の住人に恐怖を覚えた鳳凰は、全てを焼き尽くすべく炎を撒き散らす。全てが終わってしまったかのような静けさが一瞬場を支配した。 アザーバイド達は終わりを感じて、場を立ち去ろうとする。もっと住みやすい場所を探すために。 だが、その時優しい風が流れ、周辺を燃やす炎が1つにまとまって行く。それはこの戦いで命を落としたフィクサードやアザーバイドへ与えられる最後の手向け、送り火であるかのように。 「自分にできるわずかなことを……癒し手の矜持を果たすのみです」 「微力ながら……癒し尽くさせて頂きますね」 癒しの術を用いるのは光介とシエルだ。 如何なる戦場であろうとも支えるために癒しを行う。それが光介がホーリーメイガスとして掲げる矜持だ。それは『剣林』と蓬莱の民が行き交う、混沌とした戦場においても変わらない。それに、今日は頼れる女性が隣にいる。 「「遍く響け癒しの歌よ」」 光介とシエルの声が唱和する。 シエルはスキルの副作用で、ここ最近自らの身を痛めていたはずだ。しかし、そんな面影は微塵も無い。光介の術式を取り入れたことで、克服したからだ。だから、何も恐れない。 「「聖唱、紫苑と白銀の誓約!!」」 すると、場に圧倒的な魔力が顕現する。 それは『全ての救い』とも称される奇跡。その光に包まれるようにして、既に瀕死に思われたリベリスタ達は、戦いが始まる前にも等しい力で鳳凰を狙う。 最早、アザーバイド達にそれらを止める力は無い。 無数の刃と魔術が、不死身のアザーバイドを襲う。 「念の為に言っておくが、これ及び蓬莱家と『蓬莱』の間に一切の因果関係は無い!」 惟はエーオ・フォレースから黒銀の剣を抜く。すると、蓄積していた呪いの力が溢れ出し、刃を覆い隠す。 跳躍と共に鳳凰の頭部に突き立てる。 すると、傷口から呪いが滲み出し、鳳凰の姿を石に変えていく。 「強ければよいだけなら、どれだけ楽だったか。だが、これが望んだ道だ」 反動で痛む腕を抑えながら地面に降りる惟。その後ろでは、鳳凰が巨大な石像と化していた。 そして、石の塊を前にして小雷は拳に気を巡らす。数多くの敵の攻撃を受け、運命の炎すら燃やし。それでも、彼は立ち続けた。 全ては、この一撃のために。 「人の犯した過ちは俺達がケリをつけるまで。落とし前はつけさせてやる」 小雷が放ったのは、ほんの何気ない掌打。 だが、そこから放たれたのは小雷の放つ破壊の気。 それは鳳凰の全身を奔り、上位存在を内側から壊していく。そして、鳳凰は断末魔すら上げることは無く砂となってボトム・チャンネルに散るのだった。 ●BATTLE/剣林百虎‐4 魔剣の雨が降り注ぐ。 戦いの最終局面に至り、いよいよ敵の切り札「剣星大法」が解き放たれたのだ。盤古幡の力で強化されたその威力は、世界に名を響かせるリベリスタ達にとっても脅威だ。 しかし、それを眼前にしながらなおゼルマは笑っていた。 「魔術師でもないお主が召喚系の技を使用するのは、大したものじゃ。そもそも妾がここに来たのは虎の小僧の技に興味があったからでのう」 ゼルマは自身の魔術知識を最大限に活用して、スキルの仕組みを解析する。察するにアレは純粋な魔術ではなくアルティメットキャノンのような闘気を魔力に変換する類といった所か。であれば、簡単とは言えないまでも再現することは可能なはずだ。 「妾は神秘探求同盟、星の座、『鋼鉄魔女』ゼルマよ。お主の秘奥、頂いていくぞ」 破滅の光がリベリスタ達に襲い掛かった。 その一撃一撃がリベリスタの命を奪うのに十分なものだ。しかし、それでもリベリスタ達は屈しない。 「剣林、お前達は気持ちのいい位解りやすい連中だな。最強を目指す……今なら、少し解る気がする」 帽子の煙を払いながら福松は立ち上がる。同種の技の初歩は理解しているつもりだ。その分でかほんのわずかだけ、他の仲間よりも傷は浅い。 「百虎、オレは他の連中のようにお前に思うところがある訳でも、最強を目指したい訳でもない」 普段なら銃を抜くところだが、あえてこの技で。ヒーローになれない自分にだって、最低限通した言い時位はある。 「だが武蔵に偉そうな事を言った手前、お前位倒して見せなければ格好がつかないだろう!!」 福松が用いたのは剣星招来、百虎の技の初歩に当たる技だ。相手に比べれば、ほんの小さな輝きかも知れない。それでも、屑星なりの輝きはある。 別に命を賭けてまで何かを為したいわけではないが、気に入った奴が死ぬのもゴメンだ。だから、屑星なりの意地を輝かせて戦いを挑む。 「剣林ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」 意地でと言うのなら、銀次に勝る者はいなかった。 彼が百虎の攻撃を受けて倒れた数を数えても意味は無い。『剣林』が『城山』の敵であるのなら、膝をつくわけにはいかないのだ。 いつの間にか、立っているフィクサードはいなくなっていた。 逃げ出したのか、戦いの中に散ったのか、いずれにせよ、残すは首領ただ1人だ。 「ハハッ、こうしてアークに付いて正解だったっすかね? 普通にしてりゃ大将とこうしてガチで殺し合える機会なんて早々無いんすから」 「布都か」 「倒す。倒してみせる。うちが最強に至る、其の為に」 銀次と違い布都仕上と言う少女は、元々『剣林』に名を連ねる一族の出だ。 とても「剣林らしい性質」に育った彼女が組織を出たのも、ある意味では必然なのかも知れない。強者は仲間よりも強敵であった方が楽しいのだから。 『剣林』に残っても挑戦すること位までは叶ったろうが、怒りと共に全力を解放した百虎等ここ以外で出会うことは不可能だ。 だからこの機会を無駄にせず、全力で拳を振るう。武の頂に辿り着くのなら、例え其の足元に無数の骸の山を築いたとしても後悔は無い。 「竜と虎。どっちが強いか決めないとな」 これ程までに真面目な顔をした竜一を見る機会がどれ程あるのだろうか。竜一とて全身の怪我はひどい。それでも、仲間達の勢いに導かれるかのように剣を握り直していた。 「百虎、あんたの今の到達点はどの程度だ。今のあんたが、あんたの全盛か? 悔いは残すなよ、あんたを倒し、俺はさらに昇る」 「残すつもりはねぇ。ここでてめぇらは全て終わらせてやる!」 竜一はまだまだ自分が強くなれることを信じている。虎の駆ける大地に限りがあるだろうが、竜が昇る天に限りは無い。 「天を越え……あれだ、宇宙! 宇宙的最強に俺はなる!」 「……今日だけは倒れる訳にはいかねぇんだよ……!」 竜一に合わせるようにして虎鐵もまた、限界を超えた一撃を放つ。至高のデュランダル2人の放つ破壊力に、大地そのものを力とする『日本最強』すら後ずさりする。 だが、これで終わりではない。 再び嵐のように光がリベリスタ達を貫く。攻撃が苛烈なのは翻って、相手を追いつめている証拠だ。 その中で自分が立っているのか、倒れているのかも分からなくなりながらツァインは必死に手を伸ばす。 「多分、俺にとって強さってのは副産物みたいなもんなんですよ……!」 ただただすごい人達と斬り合う瞬間が楽しくて、ツァインはそれより胸が焦がれる瞬間を見つけることなど出来なかった。ツァインが強くなりたい理由を言うのなら、すごい人達と鬩ぎ合うには強くならなくちゃいけなかった、多分それだけの話だ。 「私だって知りに来たんです、まだまだ。水守が一の娘、せおり、推して参る!!」 せおりとて、百虎がフィクサードでアークの敵であることは理解している。だが、1人の戦士としていてを尊敬してもいる。それだけに剣で語りたいことはいくらでもある。 己の運命すら燃やし、百虎の運命を断つため水と破邪の姫神の名を冠した古い太刀を振るう。 「まだ名は知られていないけれども、先達である百虎おじさまを超えて強くなる!」 一撃を放った所で体力と気力の限界がやって来た。それでも、必死にすがり付くせおり。 リベリスタと言えど、戦士として生きる以上は強さに対して何かしらの想いは抱くものだ。そして、目の前には少なくとも自分より先に進んだものがいる。倒れてなどいられない。 「強さとは何か。私の答えは変わりません。それは、大切なものを守ること! 大切な仲間と世界を守るためなら、私は日本最強だって超えてみせます!」 セラフィーナは必死に構えを取り直す。 姉が死んで日本にやって来て、あれから長い時間が流れた。幼かった彼女が戦士として成長するには十分過ぎる時間だ。 「百虎さんと戦うのはこれで2度目です。日本最強……その強さは理解していますが、負けてなんていられません」 あの時はまともに戦いと言えない程に差があった。だが、今はこうして戦えている。なら、勝てない道理なんてない。 「どうせ戦うなら、そんな事が好きで好きで仕方ない大馬鹿同士が一番いい。最強も、戦いも、1人じゃできやせんからねっ、でしょう?」 「ちげぇねぇ! だが、勝つのは俺だ!!」 セラフィーナが七色の輝きと共に連撃を放ち、隙の出来た所へツァインが力強く剣を叩き込む。 『日本最強』と言われた男が膝をつく。見れば全身から夥しい血が流れている。最終的に彼もフィクサード、何処まで行った所で人間なのだ。 そこへ銀次が拳を叩き込む。先ほど意識を失ったかに見えたが、その殺意が運命の炎すら燃やし、再び戦場へと戻って来たのだ。 「違う! 勝つのは城山だぁ!」 未練もたっぷりある。だが、名は何より重い。 命程度棄てられずしてどうするというのか。 城山銀次は剣林百虎を討たねばならんのだ。 「その程度の必殺じゃあ俺の意志は折れねェよォ!」 技量も何もあったものではないただの拳で百虎に挑む銀次。百虎も同じく拳で殴り返してくる。 だが、地力で勝ったのは百虎だった。拳が深々と銀次の腹を貫く。 しかし、その時を銀次は待っていた。 「てめぇは……」 「地獄の底まで付き合ってもらうぜ……剣林よォ!」 身を捨て狙ったのはカウンター。腹の筋肉で相手の拳を抑え、逆に兇悪な猛威を以って百虎の首を刈り取るように。 百虎が倒れる。 それを見て、ようやく銀次は意識を失った。 場に安堵の空気が流れる。 こうなってしまえば、D・ホールの封印は時間をかけてしまうことが出来る。 誰もが勝利を確信した時だった。 「へっ、俺も年を取ったってことだな」 ゆらりと百虎が立ち上がる。その身は満身創痍。しかし、リベリスタ達は今まで以上の圧迫感をそこから感じていた。 「運命の炎を燃やして、いや、まさか盤古幡を……!?」 リベリスタ達は気付く。盤古幡は大地の力を引き出すアーティファクト。使用者への反動が強力なため使うものはいないが、理論上では限界など存在しない。 それを全て無制限に開放したのだ。 「てめぇらだって出来るんだ、俺に出来ねぇ道理はねぇ」 『蓬莱』から流れ出る以上の力を発して、百虎が進み出る。 リベリスタ達が覚悟を決めて再び攻撃を開始しようとした時、その前に1人の巨漢が進み出た。鬼蔭虎鐵、かつて『剣林』のフィクサードだった男だ。 だが、今は元『剣林』でもただ家族のことを思う破壊者でもなく、1人の戦士としてその場に立っていた。 「ここからが本番だ! オヤジ……テメェの相手は俺だ!」 限界を超える破壊力を以ってしても、百虎を超えることは出来ない。だが、今ならそれすら超える何かが出来る確信を虎鐵は持っていた。 後ろにいた雷音にそっと目をやると、『日本最強』に刃を向ける。 そう、100%を出し切っても、120%の力を持ってしても足りない。だが、自分にはリベリスタとなってから手に入れた強さがある。それがその先の世界に導いてくれる。 獅子護兼久の声が聞こえてくる。 中に眠る鬼も姿を消した訳ではない。今、目の前にある最強を切り伏せるため、その力を貸してくれているのが分かる。 「オヤジ、あんたの志を俺は受け継ぐ。世界最強になってやろうじゃねぇか、それが越えた者の務めだからな」 ただ1つの目標を完膚無きまでに破壊するという一点において、デュランダルに勝る者は居ないと人は言う。虎鐵は手に入れたのだ、その称号にふさわしい力を。 今、富士の地底にて2匹の白虎が争う。 譲れない意地のために。 最強の名を賭けて。 そして……。 ●戦い終わった富士の空 富士の地底から出てきたツァインは夜空にひときわ輝く星を見かけた。 こんなにはっきりと星が見えるのも珍しい。 だが、その星はしばらくするとすっと落ちて流れ星に変わってしまった。 竹林の 白き華虎 舞い踊り 次を待ちわび 百を数える |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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