● 「サンタクロースが来るの」 リベリスタは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の口から発せられた年相応ともいえる単語が出てきたことに驚きを隠せない。イヴはそんな驚きなど意にも介さずキーボードをカタカタと叩く、その動作に反応してメインモニターには一人の男性が映し出された。 「彼が今回のサンタクロース、桐原行人さん。このデータは憑かれる前のものだからあまりあてにはできないけれど。職業は……探偵みたいなものね、腕も結構よかったの。アークと直接関係があったわけじゃないけど何か事件が起きたときは一人で調査していた。もちろん得た情報をアークに提供してくれたこともある。それが今回――」 ここまで捲くし立てるように話を進めたイヴだが背後の空気が気になり振り向くとそこには。 「……ごめんなさい、あなた達の表情を見る限りうまく説明できていないみたい。話す事は多いのだけれど、先に私の視たことを詳しく伝えたほうがいいわね」 その前にまず、と説明を付け加える。 「その、サンタクロース……私達の呼び方で言えばE・エレメント。肉体を持たず魂、霊体、ガス生命体……いえ、力が形を成したもの。うん、そう呼ぶのが一番しっくりくるかしら、自身では何にもできないのだし」 右手を顎に当て目を細めて考える仕草はいい良い意味でいつものイヴだ。今回は呼び出して集めた皆を盛大に置いてきぼりにしているのだが。 「能力は『解放』、そいつは強い望みに惹かれてやってくる。人間に取り憑くことによって抑圧された願望を解放するの。影響を受けた人間は自分の願望を叶える為にだけ行動する。何に変えても、ね。つまり……今年のサンタはあなた自身、というわけ」 そうしてイヴは目線を一度、リベリスタから外し一呼吸置いて自身の視たものについて語り始める。 ● ――目が覚めると、少年の枕元には欲しかった玩具が置かれている。 「これ、すっごくほしかったんだぁ!」 取り憑かれていた少年は自身が店から盗んだなどとは思わない。 ――クラスでも目立つ存在ではなく友達が居なかった少女、その特別な日に勇気を出してクラスメートにクリスマスパーティをするから来て欲しいと伝える。その娘たちは『うん、予定を確認しておくね』と返した。 「今日は友達集めてパーティ!こんな素敵なクリスマスは初めて!」 本来ならば『急な予定が入っちゃった、ごめんね』となるはずだったパーティ、しかしそこにはきちんと呼ばれた全員が居る。 首だけだけれど。 ――家庭の為、家族の為、身を粉にして働く中年男性。いつも家に帰る時間は遅くなかなか家族とコミュニケーションも取れない。しかしその日だけは、一家団欒を決めていた。 「去年は残業で子供たちには悪いことをしてしまったからな、今日は早く帰るぞ!」 数時間後、その願いも虚しく上司から残業しなければ終わらない程の仕事を押して付けられる男性。 その会社の入ったビルはその日突然ガス漏れから引火、爆発炎上倒壊してしまう。死傷者も出て仕事などとてもできる状態ではないので全員に帰宅が命じられた。 ● 「そいつはアメーバのように分裂して近くに人間がいれば取り憑けるの。感染力の高さが厄介ね。でもある意味で助かるのは悪人やフィクサード、そして私達はほとんどの場合において取り付かれる心配はないの。抑圧がなければ解放もない、そういうことよ。そしてどうやら願いが叶えばその力は消滅して取り憑かれた人も元に戻るようなのだけれど……それはそれで残酷よね」 正気に戻って真実を知った時には口が裂けてもメリーなどとは言えないだろう。 「元々エリューションは時間が経つほどに仲間を増やしていくもの。そういう意味ではとても『らしい』存在かもしれない。桐原さんは事件を追っていた時に不慮の事故で大怪我を負ってしまった。この時期でしょう、小学校に上がったばかりの子供にプレゼントをせがまれていたみたい。よっぽど父としても楽しみだったのね、本人の生への強い想いがこいつを呼んでしまった。最初に現れるのは近郊にしては大きめの街にあるショッピングモールよ、そこでおそらくプレゼントを入手して家のあるベッドタウンを目指す」 モニター上ではイヴが視た桐原の出現地点、とある市の地図の左上から点滅した人型アイコンが右下に向かって進む様子が描かれる。このルート上で一体どれ程の人間と接触するのか検討もつかない。 「こいつ自身に戦闘力はないし桐原さん自身もあなた達のような強さはない、筈。でも解放状態だとどうなるかわからないし近くで巻き込まれる人がいたりしても爆発的な成長を遂げる可能性があるから気をつけて。以上の事からなるべく被害を出さないように退治して欲しい。方法はお任せするわ、お願い」 そう言って向けられたイヴの瞳はやはり年不相応の力強さで、リベリスタ達も応えるように力強く頷くのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:久遠 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月11日(日)22:50 |
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■メイン参加者 3人■ | |||||
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●狂 おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の―― 携帯電話より聞こえる決まり文句に舌打ちをする『ウワサの刑事』柴崎遥平(BNE005033)、桐原の携帯番号を入手したものの何度かけ直しても電話に出る気配はない。 「やはりだめ?。お話、できればよかったんだけれど」 揺平と共にその時を待つ『月色の狼』ヘルガ・オルトリープ(BNE002365)が時計に目をやると時間は5時を迎える5分前。落ちる寸前の夕日がその美しいウェーブがかった髪をきらきらと照らす。 「願い事を曲解して叶える――伝説の『猿の手』みたいなもんかね。もっとも、コイツには悪意がない分、質が悪いがね」 「でも桐原行人さんは被害者だもの。子供想いな方だし、なんとか助けてあげたいわ」 「勿論、そいつは言うに及ばず、だな。お、三郎太」 二人の目線には人払いの為に強結界を張り、さらに周囲を確認してくるといった徹底した仕事を終えた離宮院 三郎太(BNE003381)が映る。 「念の為周囲を確認してきました、上手く人払いは出来たようですね…このまま何事もなく終わってくれればいいのですが…っ!」 不意に、空気が凍りつくのを感じ取った。 そこには、不気味なオーラと血で染まったトレンチコートを身に纏った人物、桐原行人。 「ぐグぐぐグ…まッてる、カエるル」 低い呻き声、まるで獰猛な獣と相対するような感覚、会話が成り立つような相手でないことはすぐに察知できし、血走った眼からは理性のカケラも感じられない。 「おいおい」 「あれが……桐原行人さん?」 リベリスタにはとても信じられなかった。作戦室で見た桐原行人のデータではどちらかといえば真面目で温厚な人物、となっていた。本来であれば眼前のヒトと比較することさえない程の変貌なのだがイヴの、システムの見せた未来に間違いはない。 「ウヴぁっ!」 危機を感じ三郎太は身構える! 「来ます!」 ●解放 「ジゃマヲ、すルなぁァァぁァァぁァ!」 通常人間が発するとは思えない、獣のような叫びがリベリスタに突き刺さる。 桐原の心の奥底から呼び起こされた感情の強さが伺えると同時に恐怖さえ抱く。ヒトは、望みを叶えるためにこうまでなれるのか、と。 有無を言わさず戦闘態勢に入った桐原に対して三人はそれぞれの行動に移る。 予め決めていた半死半生の桐原を癒しながらの説得。 この目論見の半分は、成功、しかし。 「ぐっ!」 「大丈夫ですかっ、揺平さん!」 失敗した半分は、声を掛けることすらままならない程の苛烈な攻撃。 完全な想定外。 一介の探偵とは思えない程の桐原の身のこなし。 見事というしかない銃技と体術の融合。 鍛え抜かれた肉体、反応が早いというレベルでは最早説明がつかない。プロジェクトオメガを発動させた三郎太にさえ肉迫する事態を目のあたりにしながら、揺平は冷静に相手を分析する。 「……そういうことか」 解放状態、イヴはそう言った。 それは己の能力の限界をも解放すること。 自身の肉体のリミッターすら望みの障害と捉えて得た力。だがそんな動きに桐原の肉体自体が耐えられる筈がない、戦う度に体が悲鳴をあげているのが見てとれる。 「思いを遂げれば元に戻る、戻るんですっ!絶対にこの人を家族のものに無事返しましょうっ!」 ヘルガと三郎太が桐原を、それぞれを回復させ続け、呼びかける。 二人の集中力が辛うじて桐原の生を繋ぐ中で揺平は攻勢に出ることを考えはじめたその時―― 「ヘルガ?」 相談にはなかった突如のヘルガの行動、手には何も持たず桐原の前に立っていた。 自殺行為ともとれるヘルガの行動に一瞬揺平と三郎太の反応が遅れる。 (間に合わない!) 聖なる夜の暖かな時間を打ち破るような銃声が、辺りに響き渡った。 ●父と ヘルガの頬をつ、と赤い雫が伝う。 桐原の銃弾は狙ったはずの場所をわずかに逸れていた。引き金を引く瞬間、桐原自身が銃を持つ手に当身を繰り出した。 「コども・・・?」 ゆっくりと、自身に敵意のないことを示しながらヘルガは近づく。 「私たち、あなたの望みを叶えに来たの。あなたの望みを叶える手伝いをさせてもらえる?」 「う、うう、ジゃ」 銃を持つ手がガタガタと震える、まるでヘルガに照準を合わせないようにするかのように。 「ねえ、子供にとって一番のプレゼントって何だと思う?親が健康で幸せそうにしていることよ。あなたはこのままだとよくない道を辿ってしまう。息子さんも不幸になってしまうわ。だから、私たちを信じて、お願い」 「あ、ああ……キ、きみハ」 「頑張って、エリューションに負けないで!」 桐原は明らかにヘルガへの攻撃に拒絶反応を示している。それどころか正気を取り戻しつつあることが三郎太にも見て取れた。そしてそれは当然この場にいるもう一人にも。 「遥平さんっ?」 「もし正気に戻ってもエリューションは残る。このままこのエリューションを放っておくのは危険だ、任せろ……悪いな桐原、少し痛いぞ」 「えっ?」 突如ドンッという音と共に桐原の体が宙を舞う。無防備、ヘルガと会話している状態でさえ容赦なく体力を奪われ続けていた、二つの要因により桐原の体は稼動の限界を超えた。 「これ以上は桐原の肉体がもたない、すまないが攻撃させてもらった」 だが揺平のそれは神気閃光による攻撃、聖なる光での攻撃は相手を死に至らしめることはない。 「よかったぁ」 「三郎太、ヘルガ、準備だ」 倒れた桐原から霧のようなものゆらめき立つ。 オオオオオオオン! 嗚呼、この叫びは誰のものだろうか。 願い叶わず倒れた桐原のもの? 存在するだけでは何も出来ないエリューションのもの? 一つ言えることは、今日この日は誰もが幸せになっていい日ということだ。 「悪いな、おまえさんじゃそれはできないんだよ」 三人の手によって、エリューションは虚空へと消えていった―― ●メリー 「…………ぅ」 ピッピッと規則正しい機械音の鳴る薄暗い部屋。 「桐原さんが目を覚ましまたよっ」 「……君は?僕は、一体……うっ!」 三郎太はあまり声が大きくならないように注意しながらヘルガと揺平を手招きした。 「病院に運ばせてもらった、お前こないだ大怪我してそれがまだ治ってないだろ。今無理をすればお前の息子さんはクリスマスプレゼントと引き換えに、永遠に父親を失うことになるんだ」 「あなたは・・・どうしてそれを、あっ」 桐原は取り憑かれていた時の記憶がおぼろげながらあったようで思い起こすたびに頭を下げた。 「ここから先は任せておけよ。今夜はお前と俺で、サンタクロースになればいい」 「僕達、ですけどねっ」 「ええ、私達ね。プレゼントは決まっているの?」 「ああ、一応聞いてあるんだけど、なかなか僕はそういうのに疎くて……」 「大丈夫、お任せ下さい」 「じゃぁ――」 ヘルガにそっと耳打ちをすると理解したのか優しく頷いた。 「わかった、任せろ。まぁ、今夜はお前さんの家に忍び込んじまうことになるが」 「……サンタクロースなら、仕方がないなぁ」 初めて桐原が笑った、三人も笑って、病室を後にした。 「この時間なら、なんとかプレゼントは買えそうですねっ」 「ああ、これからが今回の依頼のキモだ」 「わかってますよっ!まかせてくだ、あっ」 天を仰いだ三郎太の視界にひらひらと白い粒が入ってくる。 「……素敵」 「神様も粋なことするもんだ」 ショッピングモールから聞こえる喧騒がまだまだ聖夜はこれからということを告げる。 「メリークリスマス、ですねっ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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