● 「はいこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンからクリスマスのお誘いです。うるせえクリスマスも修羅場だよって人も少しだけ湖の方に行きませんか?」 寒いですけどね、と笑った『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は一枚のミニポスターを広げた。 針葉樹に吊り下げられた、青と白のクリスマスオーナメント。 雪の結晶、落ちる雫、輝く星。 ナイロンテグスやシルバーチェーンで長く伸ばされた煌きは、枝から滴る雫をスローモーションで留めているようにも見えた。 ライトアップの白の光を受けて風で揺れ、ちらちら明滅するように反射する様は雨にも似ている。 僅かにちらつく雪に震える湖も、それに拍車を掛けた。 光の雫を水面に模し、暗い水底を鏡に変えて夜を映す。 落ちていく光を捉えた水のフィルム。 「枝葉から落ちる雪の雫をイメージしたとかなんとかのオーナメントが沢山吊り下がってましてね、控えめですけどライトアップもされてて綺麗なんですよ。クリスマスイヴと当日は特に多く飾り付けてあるそうで」 湖畔にある遊歩道を散歩しながら眺めてもいい。 ベンチに座って瞬くオーナメントを見詰めてもいい。 湖面に映った輝きが揺れるのを楽しんでもいい。 「寒いですから湖畔から少し離れた所に売店も出てますよ。最近定番のグリューワインとかハニーミルク、ホワイトチョコレートに生姜湯とか、体が温まりそうなものが売ってるそうで。風邪引かないようにその辺買って眺めるのもいいんじゃないですかね」 勿論、自分で温かい飲み物を持ち込んでも構わない。 過ごし方は人それぞれ。 輝く光以外に特に華やかなイベントがある訳でもないから、好きに覗いて好きに帰ればいい。 「賑やかなクリスマス、ぼく大好きなんですけどね。ちょっとゆっくり過ごしたい時とかに、こういうのも悪くないんじゃないかなって」 街に戻れば、温かい光はそこかしこに灯っている。 だから少しだけ、静謐な雪の雫を受けてみませんか。 繰り返しますけど寒いからそれだけは注意して下さいね、と笑うフォーチュナは、ポスターを前に差し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月11日(日)22:45 |
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● ちらちらと舞う雪の中、風に揺れたコートから覗くドレスの色が印象に鮮やかで――微笑む彼女に見惚れて足を止めてしまったフツは、瞬きの後に咳払いをしてエスコート。 特別な日だから、今夜は二人とも少しばかりおめかしをして、時を止めた雪の雫の中を並んで歩く。 「おー、これおいしいな。後、すげーあったまる! ほらほら」 一足先に大人になったフツはジンジャーが喉を暖めるグリューワインを傾け、甘い香りのハニーミルクを持ったあひるの手を握った。 「ふふっ、ちょっと赤くなってるかな?」 そんなフツの手を握り返したあひるは、引かれた手を彼の頬に当てる。 「手も頬も、あったかい。あひるの手、ひんやりしてるから気持ちいいでしょ?」 柔らかな掌は、いつ触れたって心地の良いものに違いなかったけれど……フツは笑って、手を取り直す。 青と白、取り巻く色は冷たくとも二人の心は温かく。 緩やかに続く道は、クリスマスツリーを飾る小さな教会へ。 「ん~やっぱり室内のほうが暖かい! ね、窓の側に行こうっ」 聖堂へと案内されたあひるは、青と白の光に更なる彩を与え反射するステンドグラスに感嘆の溜息。 「見て、すごく綺麗……あ、あれ? フツ……?」 「……あひる」 振り返って呼ぼうとしたフツが予想以上に近いのに驚いて、引こうとした背は壁に阻まれた。とん、と壁に突かれた手が逃げ場を閉ざし、間近には彼の顔。 「えっと……酔っちゃったのかな? フツ、あの、人来るかもだから……ええと……」 いつもの様に言葉が紡げない。人気のなくなった聖堂の中、あひるの鼓動の音が大きく響くように聞こえた。まるで、この時が永遠であるように――。 神の愛は、誰の元にも平等に。 それを誰よりも知り誰よりも疑い続ける信徒達は、神の血を手に空を仰ぐ。 青空とは違う色、雪とは違う光。酒は嗜むのか、そんな世間話に杏樹は微かに首を傾げた。 「酔いやすいから、たまに誰かと飲むくらいかな」 「私も弱いです。今日のように酔いたい時位で……」 酔いに溺れてはいけないのだけれど、心の枷を少しばかり緩めたい時もあるから。リリはそう首を振って、囁くように杏樹に問うた。 「愛するというのは、どういう事なのでしょうか」 「――愛する、か」 愛。全てを包むもの。全てを壊すもの。含む意味は余りにも多いから、リリは慌てて抽象的ですみません、と付け加える。 彼女は人だ。愛した、と自ら思った相手もいた。ただ、今となってみればそれは本当に愛だったのかと疑われる。愛ではなく、依存ではなかったのか。自分の何かを預けて安堵していただけなのではないか。それは愛だったのか。 「どうしたら、上手く愛せるのでしょうか」 人だから、あまりにその愛は不器用で。俯いたリリを、杏樹は黄昏の目を細めて手招いた。 年下の『姉妹』を、細い腕で抱き締める。近くなる鼓動、温かい体。 「例えば、私はリリが好き。困ってたら助けたいし、泣いてたら手を伸ばしたいと思う」 何事かと固まったリリの頭を軽くぽん、と叩き杏樹は説く。これも愛だ。親愛、友愛、神の愛、恋人への愛、家族への愛。世界は余りにも多くの愛に満ちていて、その形も様々。 どれが正解で、どれが不正解と言う事もない。愛に成功も失敗もない。 でも、それを伝えようとするならば――。 「一番簡単で、難しいことだと思う」 杏樹だって、人だから。届けたい思いがあれば、こうやって伝えなければならない。拒絶や嫌悪に怯えることなく、まずは伝える事。何よりもそれを教えてくれるのは、背を抱く杏樹の優しい温度だから……リリはぎゅっとその温かさにしがみ付いた。 ありがとうございます。 貰ってばかりの愛だから、いつか自らもこんな風に誰かに返せるように。 久しぶりの遠出を出迎えたのは、青と白の光と頬に触れる雪。 目を細めたゆきの視界を、グリューワインの暖かい湯気が僅かに曇らせた。 隣で歩く仁彦と共にベンチへ向かい、そこでふと気付いたように彼はゆきへと首を傾げる。 「おれのマフラー敷く?」 簡単に問われた言葉だけれど、これは立派な男の子の気遣い。くすりと笑ったゆきは、答える前に敷かれた柔らかな毛糸に手を触れた。 「有難う、児玉さん」 そんなゆきに頷いて、ホワイトチョコを手にした仁彦は森を仰ぐ。 人の姿はあるけれど、誰も彼もがこの白と青に音を飲まれたかのように静かに浸っているからそれも一つの風景のよう。幻想的な景色に感心した彼がなんとなしにゆきの横顔へと視線を向けたら、まるで合わせたかのように唇が開く。 「……綺麗」 「……うん」 ぽつりと紡がれた言葉は、誰に聞かせることを意図したものではない心の零れに聞こえたから、仁彦も思わず頬を緩めて頷いた。そんな笑顔がどこか面映く、ゆきは視線を逸らしかけるけれど、今度は彼が口を開いた。 「寒い?」 「いいえ。……いえ、そうね。少し」 初めてのお酒は、ゆきの体を少しずつ温めてはくれていたけれど。 「じゃあ、暖めてあげる」 優しい笑顔で自分を見下ろす彼は、答えれば右腕でゆきの顔を抱き寄せた。冷えてしまう機械の体ではなく、生身の体は寄り添えば温かい。 抵抗せず腕に身を預けるゆきに、仁彦は微笑んだ。柄ではない、と彼女は言うのかも知れない。甘えられるより甘える事の多い自分の柄でもないのかも知れない。 けれど、それでも、こんな夜も悪くないと互いに思うから――この森に、聖夜に感謝を。 美しい夜には、暖かな静けさが、穏やかな賑やかさが必要なはずなのに。 どうして日本のクリスマスには悪が蔓延るのか、と慧美は光の中で眉を寄せた。 リア充撲滅とかカップル粉砕とか、誰かの幸せを素直に祝うことができないものなのか。勿論正義の味方スーパーサトミとしては、そんな不逞の輩を先程も成敗してきた所なのだけれど。 「これが日本のクリスマスの風習なのですか? 守夜さん」 「いや、それはちょっと特殊な例かなと。クリスマスは楽しく過ごすものですしね」 彼女に問われた守夜は、ちょっと宙を仰いで傍らを歩く。温かく穏やかなクリスマスを、自分の体に流れる英国紳士の血に賭けて彼女に楽しんで貰わねば……。 「湖、きれいですねぇ!」 声に隣を向けば、微笑む彼女の横顔があまりに魅力的で守夜は息を吐く。たまには甘えてみても、いいのかな。そんな囁きが慧美から零れた気がして、守夜は居住まいを正した。 「慧美さん、俺はあなたに惚れて――」 「ん?」 覚悟を決めて紡ぎだそうとした言葉は、訝しげに遠くへと視線を送った慧美の行動に遮られる。瞬けば彼女はまた悲鳴ですか、と凛々しい目つきでどこかを眺め、守夜に向き直った。 「守夜さんごめんなさい! ちょっと行ってきますね」 「あ、待ってください慧美さん、俺もお付き合いします――!」 すぐ戻ってきますよ、と舌を出して正義の味方スーパーサトミへと切り替わった彼女の背を、守夜は慌しく追い始めた。 そんな僅かな喧騒を通り過ぎ、滴り落ちる雪の雫に目を輝かせるのは魅零。 「葬識さん! 葬識さん! すっごいキラキラでキラキラですよ! きらきら!」 「うん、キラーキラーだったら俺様ちゃんもテンション上がるんだけどね」 ああ、killerkiller。葬識のそんな言葉に一々突っ込むような人間はここにはいない。魅零はテンションダダ上がりできゃっきゃしている上に、そんな彼にすらときめいているのだから。 「あれ、とってきてあげようか? 欲しいものは手に入れたらいい」 「あそこにあるから綺麗なのでいらないれす」 (魅零的に)男前な台詞に語尾も蕩ける。そう? と首を傾げる葬識が自分を見詰めていた。ハッ、クリスマス、イルミネーション、男女、これはリア充ではなかろうか。いや駄目だそんなの、調子に乗るなあっでもすごいどきどきしてこれ吐きそう。 「うぐっ」 「どうしたの、吐きそうなの? ……あれ?」 口元を押さえて地面に倒れそうに揺らいだ魅零の手を掴んだ葬識は、手を離さずに引き寄せる。掌に伝わる温度がいつもより高く感じたから、止まって、と静止した彼は少し赤らんで見える魅零の顔に自らの顔を近付けた。 そんな行動に更に鼓動を高鳴らせ体温を上げた魅零だったけれど――触れたのは唇ではなくて、額と額。ごつっ、と当てられたそれは地味に痛い。なんだそっちか。 とはいえ体温は確かに高かった様子で、頷いた葬識は魅零の腰をがっと掴んで肩に担ぎ上げる。 「よし、今日は帰ろっか」 「やだやだ、帰りたくない」 「あ、体重増えてる?」 「機械部位増えただけだもん……」 風邪だと認識した葬識と触れ合っている部分が熱い。揺れる視界、青と白の光が目まぐるしい。 「置いて逝かないで、独りにしないで……」 思わず漏れた言葉を、彼はどう捉えたのか、魅零から顔は見えないから分からない。 「しょうがないにゃあ、家帰って桃缶あーんしてあげるから、大人しくね」 それでも葬識の声がいつも通りに耳に届くから、魅零は息を吐いて肩に身を預けたのだった。 ● 降り注ぐ雨と雪は、水ではない光の雫。 「これは……お勧めである事、納得です」 湖面に映った光のオーナメントにほう、と溜息を漏らしたシエルに光介も頷いた。静謐な光のシャワーは、ベンチに座る二人の心を穏やかにしてくれる。後はこれで、温かいコーヒーでもあれば――そんな事を口にする前に、愛しい恋人は魔法瓶を取り出した。 「さすがに寒いですね……ブラックコーヒーで良かったでしょうか?」 「……ふふ、ありがとうございます」 まるで何でもお見通しのようなシエルが、自らの仕草に気を払って理解してくれているのが分かる。けれど寒いのは確かだから、光介は自らのマフラーを取って柔らかいその感触と温度をシエルへと分け与えた。 「でも、お体は平気ですか?」 ここ暫くの間、床に臥せっていたシエルが自らの隣にいる幸福を感じながらも、言葉に秘められているのは、やはり気遣い。離れて戦場に身を置いていた分、二人で傍にいられる事はとても幸せだから。そんな彼に前以上の包容力を感じ微かに頬を染めて頷くシエルの頭をそっと撫でて、光介は小さく首を傾げた。 「そういえば、どうやって快復を?」 問えば恋人は、小さく笑う。癒し手として優れた力を持つ彼女だが、時にはそれが負担になることもある。だから、と囁いて、年下の彼へと目を向けた。 「或る御方の『万式実践魔術』を私の術式に組み込みました」 「……え?」 瞬きの後に、それが自らの『型』だと気付いた光介ははにかむように笑う。彼にとってシエルは恋人であり、大先輩でもあるのだからおススメはしないけれど……彼女がそれで健やかで在ってくれるのならば、それ以上の事はない。 「貴方のおかげです……光介様」 降り注ぐ光の下、シエルの優しい笑顔が近付いてくる。 反射し、明滅する青と白。ふわりと香る生姜の香りを手に、夏栖斗と紫月はベンチに座っていた。 「こういう綺麗なのは好き?」 「そうですね、綺麗な景色を眺めるのは好きですよ」 何でもない会話、ロマンチックでとても良い、と笑い頷く彼女に首肯する夏栖斗はその裏で地味に逡巡する。さりげなく紫月の背中に伸ばされた腕は、触れる直前でぴくりと震えた。 頑張れ。手を下ろな。根性見せろ。 「寒いっしょ? もうちょっと近づいたほうが暖かいし」 勢いづけるように明るく告げて、紫月の肩を抱き寄せる。彼女よりも自分の鼓動の方が激しいんじゃないかと思うが、そんなのは顔に出さないように。 「――そうですね、この方がきっと暖かいです」 少し頬を染めて笑みを返した彼女は、そんな自分の緊張も悟っているのかも知れないけれど……鼓動の速さは多分、お互い様だから。ほんの僅か見詰め合って、夏栖斗は口を開く。 「あのさ、紫月、僕は君のことをずっと守るから」 その言葉が、どれだけの葛藤を乗り越えて放たれたかを知っている。だから、紫月も回された腕にそっと頭を預けた。 「私も、貴方の事を守りましょう。優しい貴方が一人で絶望したりしないように」 守るばかりで潰れることのない様に。傍で支える誰かがいる事を忘れないように。 「紫月がいるから僕は、絶望はしないよ」 見詰め合う視線を緩めて、夏栖斗はその滑らかな髪をすくって唇を落とす。すぐに伸ばされた腕が、彼の頭を抱き締めるように包み込んだ。ぎゅう、と近くなる鼓動。 「……大好きです、だから──幸せになって下さいね」 「うわっ!?」 何気に初めてはっきりと聞いた気がする『好き』という言葉に改めて頬が赤らんで、緩む。嬉しい。嬉しいけれど、その願いは、とてもとても、難しい。 「……努力は、してみる」 呟いた言葉に秘めた意味も、彼女は悟っているのかも知れないけれど。 優しい温度が自分を包むから、夏栖斗は一度、目を閉じた。 吐き出す息は白く、湖面を滑る風は冷たい。 「はいぱーひさしぶりにきたのです」 三高平に住んでいようと、湖に訪れた数はそう多くはない。以前イーリスが来た時とは、随分状況も変わってしまった。 「だいねーやん、もういないのです」 静寂などものともせずに酒を手に賑やかに笑っていた姉は、イーリスの手の届かない所に行ってしまった。もう一人の姉とは、ずっと喋っていない。はいぱー馬です号はお腹の中だ。うまー。いや、そこだけ本当に何があった。うまー。 「わたし、つよくなりましたか。おしとやかなしゅくじょみたいの、できるようになりましたか」 明るい顔に微かな寂寥を滲ませ――ているような表情でイーリスは湖面を眺める。プレイングはともかく台詞にはまだ漢字が使えない程度の淑女っぷりだ。そういえば今日はクリスマス。終われば大晦日で、お正月。は、なんと! ひらめいてしまったのです! 「にせん! 2014年! 待つのです……お前は、そっちにいくですか!」 過ぎ去ってしまう時に手を伸ばし、掴めないそれに崩れ落ちる。 「……イーリスさん大丈夫かな……」 ほらギロチンがそんな小芝居を見て呟いてる。真ん中はあまり心配していないけど上と下を彼は割と本気で心配している。していた。 「お、ギロチン発見ッ! 何してンだ?」 「あ、コヨーテさんこんばんは。えーと、人間観察的な」 そんなギロチンを見つけたコヨーテは、白い息を吐きながらキレーだな、とオーナメントを機械の指先で突く。ただ、彼はいつも通り楽しげな表情を少しばかり消した。 ちょっと喋ってイイかな、という彼にギロチンは頷く。 「オレ、アークに来る前から戦ってた」 それが当たり前であるかのように、戦場に立っていた。戦場に立つ者ならば、革醒者も一般人も関係なく戦士であったから、殺すのが当然だった。殺さなければ殺されるから、疑う事なんて何一つなく、命のやり取りに覚えるのは罪悪感ではなく高揚だった。愛しささえも覚える熱。それは今も変わりない。 でも。アークに来て、ずっと一緒に戦ってたい、殺し合ってみたいと思える仲間と過ごしてコヨーテが新しく知ったのは、それ以外の喜びと幸せだ。 「楽しんで「人殺し」してきたオレが「普通に幸せになる」なんて、許されンのかな?」 人殺しを厭う仲間の姿に、葛藤する姿に、はたと気付いてしまった事。視線は合うが何処か焦点の合わない水色の瞳に見詰められ、コヨーテは少しばかり笑った。 「……なんて。「悩む」のって大変だなァ」 「コヨーテさん。ぼくは凄く自分勝手です。なので――『はい』以外にありません」 薄笑いを浮かべるフォーチュナの言葉に淀みはない。自分の知っている人が、普通の幸福を得たいと願うなら、誰が弾劾しようとそれは良い事だと、彼は笑う。 「あんがとなッ」 それが吐き出した事で楽になったと笑うコヨーテの望んだ答えではないとしても、どうぞ幸せに、とギロチンは笑った。 「わぁ、きらきらきれいなのですっ」 目を細めて周囲を見回すようにくるりと回ったシーヴはメリッサの手を引いた。 「ここだと光に囲まれてるみたいなのです」 語尾に『><』と付くような調子でとてとて歩く彼女と歩調を合わせながら、メリッサも頭上の木々を仰ぐ。舞い散る雪、ちらちら光るオーナメント、湖面に反射する光、青と白の光は周りの色々なもので輝いていた。なるほど、確かにシーヴの言う通り、まるで光に囲まれているようだ。 「あっ、くるんって回ると光が尾を引いてなんかおもしろいのですっ」 光に負けないように目を輝かせたシーヴは、メリッサの手を取って回り出す。くるくると回る光、伸びる尾はまるでメリーゴーランドに乗っているよう。それも美しいけれど、ころころ笑いよく動くシーヴが眩しくて見飽きずにメリッサは目を細めた。 「あんまりはしゃぐと、転びますよ」 「ふにゃ? ころばないもんっ」 拗ねる彼女の仕草がまた可愛らしくて、心に穏やかな気持ちが広がっていく。あっ、と顔を上げたシーヴが次に気を惹かれたのは飲み物の屋台で、本当の子供のような好奇心で手を引く彼女にハニーミルクを渡す。……猫の様な声を上げた彼女は、どうやら猫舌らしい。 「うーうー、熱いのです」 「ほらシーヴ、貸してみなさい。こういう時は、冷ましてから」 まるで幼い妹の面倒を見るかのように、温かい飲み物を吹いて冷ましてくれるメリッサにシーヴはまた嬉しそうに笑う。 「えへへ、メリッサおねーさん優しいのですっ」 「飲む時は、零さないように気を付けて」 寒い夜ではあったけれど――お返しにふーふー、と自分の持つ飲み物を冷ますシーヴにメリッサも声を和らげながら、温かい光に包まれていた。 「悪いなぁ、寒いのに誘っちゃって。冷え込んでるけど大丈夫か?」 「いえ……お誘い凄く嬉しかったです……あ。暖かい……」 マフラーを巻いてくれる雪緒に返した瑠輝斗の言葉は、社交辞令やお世辞ではない。クリスマスイブにお誘いがあるなんて思ってもみなかったけれど、それが雪緒である事がとても嬉しい。 その暖かさは嬉しいけれど、寒さに慣れている自分よりも雪緒のほうが寒いのではと気遣う彼女は、気付かれないようにそっと翼を風除けに。背の高く体格のいい彼にはあまり意味がないかも知れないけれど、少しでも寒くないように。 「街中で騒ぐのも好きなンだけど、たまにはこういう静かなところでイヴを楽しむのもアリかと思ってよ」 「私はどちらかと言うと静かな方が好きかな……見てるだけなら、賑やかなのがいいですけど……」 「更に瑠輝斗ちゃんが来てくれて華やいだぜ、ありがとな! ……小さいおにゃのこと過ごすイヴなんてサイコーじゃん……!」 「……?」 人見知りな彼女にとっては、こちらの方が丁度いいくらいだ。そんな事を考えていたから、雪緒の続いた言葉が聞こえなかったのは幸いだったかも知れない。瑠輝斗の場合は年齢差的に言うと完全にアウトとは言いがたいが、雪緒は小さい女の子が大好きである。聞こえなくて良かったかも知れない。 ただ、次の冗談の様に放たれた言葉はしっかり聞こえた。 「しかしクリスマスイヴかぁ。これで瑠輝斗ちゃんが彼女だったらよかったのになぁ……」 可愛いし献身的だしいい子だし。続けられた褒め言葉に、一気に瑠輝斗の顔が赤くなる。 「え……と、あの……私なんかでいいの……なら」 「……へ?」 まさか肯定が返って来るとは思っていなかったらしい雪緒が目を瞬かせた。冗談、と笑い飛ばそうとした彼だが、彼女の顔が真っ赤なのに気付いてその体を抱き上げた。 「なら! 今日から瑠輝斗ちゃんは俺のマイスイートハニーだ!」 くるくると回るその光景の中、宜しくな? と聞こえる言葉。 「よ、宜しく……です」 はにかみながら微笑む瑠輝斗に、雪緒もとびっきりの笑みを返したのだった。 ● 降り注ぐ光。雪の雫。 「あれからもう三年経ってるんだね」 三年前のクリスマス、今と同じようにハニーミルクを手に、ルアはスケキヨとブランケットを分け合ってキャンドルの光を眺めていた。 「懐かしい感じっ」 「久しぶりだね」 同じ場所、同じ人。恋人同士の二人は何も変わっていないように見えて、大きく違う。 ルアにだけ本心を明かし、素顔を晒せるようになったスケキヨ。ルアにとって、そんな恋人の想いは言葉に出来ないくらい嬉しいものだけれど――三年という月日は、それ以外の部分でゆっくり心を削り取って行った。 弱くとも、未来への希望に満ちていたあの時とは違い、強くなった分奪った命の重さが圧し掛かる。 だからこそ、寄り添える相手がいる幸福と不安が大きくなる。 「最近ね、不安になるの。もし、スケキヨさんが明日居なくなったらって」 「明日居なくなったら……そうだね」 幸福な恋人達であると同時、彼らはリベリスタだ。戦場に向かう覚悟を決めている。 ルアだってそうだと、スケキヨは知っている。気休めを言うのは簡単だけれど、明日居なくなる可能性は消えやしない。だから、明日も未来も変わらず一緒にいる、なんて事は言わないけど。 「この命がある限りは、君の傍から居なくなったりしないよ」 命の火が燃え尽きるまで、傍で一緒に朝を迎えたい。明日を迎え続けたい。そう願っている事は嘘じゃない。でも、それは願っても叶わないかも知れない事だから、今寄り添うこの時間を大切に過ごして未来への希望にしたい。 ぎゅってしてて欲しい、と囁いたルアも、気持ちは同じ。今だけは、貴方の時間を一人のものにしたい。明日への希望とする為に。 「スケキヨさん、愛してる」 「ボクも愛してるよ 絶対に離さない」 だから今、自分が生きていることを、一緒に感じてくれる? そう耳元に声を落としたスケキヨが、鼓動を伝えるように強く抱き締めるから――ルアもその腕に寄り添い、身を預けた。 ふわりと漂う白い湯気、自分のそれとは異なるカップを雷音に渡し、快は隣に並んで歩く。 「あと三年後。同じ場所で同じものが飲みたいな」 二十歳にはまだ届かない彼女、快と同じグリューワインだけれど、ぶどうジュースで作ったノンアルコール。スパイスの利いたラム酒の香りが強いそれを、自分も未来には味わってみたいものだと口にする雷音に、快も笑う。 深い深緑の木々、ちらつく雪に明滅する青と白のオーナメント。ライトアップが控えめだからこそ、木々がより美しく映えるのだろう。眺めていた快の隣で、小さなくしゃみ。 「寒いだろ。もっと、こっちおいでよ」 「うん、寒いから、くっつくのは、仕方ないな」 繋いだ手を引き寄せられるのに頷いた雷音だが、違う、とすぐに首を振る。 「仕方ないじゃないな。君のすぐそばにいたいからくっつくのだ」 言い訳はいらない。自分がそうしたい、と願うから。 「快は寒くないのか?」 「俺は、貰ったマフラーが暖かいから平気だよ」 見上げて問えば、年上の彼は深い雪の色を抱いたマフラーを軽く指で引く。雷音が編んだ、クリスマスプレゼント。 「それに、君がすぐ傍にいるからね」 さりげなくそんな事を言ってのける彼に、雷音は少しばかり面映い気分で頬を緩める。 良かった、と零れた言葉は心から。 「ボクもこの指輪、すごく嬉しかった、ありがとう」 指先に宿るのは、雪の結晶。降り注ぐ冬の思い出。冷たい雪がモチーフなのに、冷たい色の光の下なのに、その指先はとても温かい。 「素敵なクリスマスプレゼント、ありがとう」 「……こちらこそ」 強くなった握る手を、雷音もぎゅっと、握り返す。 黒い服の上に羽織るのは、暖かい羊毛コート。耳当てとマフラーももこもこで。 「おや、もこもこしているのが一足早い羊のようです」 表情はあまり変わらないけれど、そんな風に微かに笑った存人とエリエリは湖畔の道を歩いていた。彼女の歩調に合わせる存人の頭を越えて、輝くのは青と白。きらきらと明滅する雪の結晶。 「昔はカラフルな電球だったけど、最近は青とか白が多いですよね」 「……嗚呼、青と白は幻想的に見えますからね」 街中に溢れる色を閉ざし、青と白に染まった世界は氷の国。綺麗だし冬らしいとは思うのだけれど、エリエリにとってはどうにも冷たく、寒く見える。赤や緑、もっとカラフルな光であるのが好ましい。 「確かに此処だと、少し冷たいかも知れません」 見上げる存人の顔も白く照らされて、とても冷たいようだ。そんな顔と光景を眺めていたエリエリは吹いてきた風にくしゃみをする。 「……冷えました?」 「――寒いのは、光のせいだけじゃなかったみたいです。温かいものでも貰いにいきます? それとも、直接温めてくれます?」 問い掛ける存人に、軽く鼻を啜ったエリエリは悪戯っぽい表情を一つ。彼の反応が返る前に、笑みに変えて、歩き出す。 「ふふ、冗談ですよ。邪悪ロリっぽいでしょう?」 「其処で温めてあげると頷ける性格なら、俺は此処には居ませんからね」 ロリと言うにはそろそろ厳しいんじゃ、という言葉は小声に留めた存人は、それでも自らのストールを外して先に歩く肩へ。 「あれ、わたしたち二人共体温低そうですけど、大丈夫ですか?」 「目玉が嫌いでなければどうぞ」 目を合わせない彼の掛けたストールの目だけは、エリエリを見詰めていた。 シナモン、ジンジャー、クローブ……様々な香辛料が混ざるグリューワインの香りに鼻腔をくすぐられながら、エレオノーラは一人ゆっくりと湖畔を歩く。 クリスマス。聖なる夜。多くが晴れの日として祝うこの日が、エレオノーラは好きではなかった。 拘るのは良くない、と分かってはいたのだけれど……愛する人を含む全てを失った日に、彼は信仰も捨て去った。そんな自分が、神の御子の誕生を祝えるはずがなかったのだ。 それでも、ほんの少し遠くを見詰めれば、見知った顔がある。幸せそうな表情がある。 新しい居場所と、新しい絆。そして失う以前に存在していなかったと思っていた縁さえも、繋がっている。 「……いいのかもね。忘れる訳じゃないから」 遥か遠く寒い場所にいるはずの父が今日をどう思い過ごしているのか興味はあるけれど、それだって今ならばいつか聞こうと思えば聞けるのかも知れない。エレオノーラだって、もうこの日を笑って過ごせる。 誰に憚ることなく、流される事なく、自分なりに楽しめばいい。 「あ、エレオノーラさん、寒いですね!」 「……メリークリスマス。ギロチンちゃん、一緒にお散歩しない?」 だから駆け寄ってきたギロチンに、彼はくすりと笑って――今日に相応しい話をねだるのだ。 息が白い。寒さがつんと身に沁みる。 コートの前をしっかり閉じたシンシアは、傍らに舞うフィアキイに首を傾げた。 そういえば彼らは、暑さや寒さは平気なのだろうか。 「……寒かったらポケット入ってていいからね?」 ぱたぱたと羽を動かすフィアキイの返事は分からないけれど、彼らも光の中できらきらと輝いている。暖かいハニーミルクを手に眺めていれば、青と白の雪の雫が明滅した。 「星空が出てると良かったんだろうけど」 輝く星空は、雪の雫との対比でより美しく見えただろうけど……舞い散る雪も、風情があって悪くない。 指先でフィアキイを遊ばせながらシンシアが目を移せば、そこには姉妹が友と歩いている。 生姜湯を手にまおと歩くのは、ヘンリエッタの姿。 「今日はあなたと同じ景色を眺めたい気分なんだ」 そう笑ったヘンリエッタに頷いて、生姜湯を口にしたまおは熱さにはふ、と目を細める。そんな姿も可愛らしいと笑うヘンリエッタに、まおは目をぱちりと瞬かせて顔を向けた。 「ヘンリエッタ様はどんな一年でしたか?」 まおは、大変な事も辛い事も沢山ありました。 純真な瞳で告げるまおに、ふ、と彼女も頬を緩める。 「そうだね、毎年同じ感想になってしまうけれど、やっぱり新鮮だった、かな」 それこそまおが言うように、辛い事や楽しい事も含め、『完全世界』では得る事のなかった経験や感情を沢山味わった。自分の中にさえ、知らないことが沢山ある。 それはヘンリエッタに、不思議な感覚と同時に新鮮な喜びを齎してくれた。 「まおも、生きていたら楽しかったり嬉しいことも沢山あるんだって思いました」 辛い事ばかりではない。まおは大切な人を守る事だってできると知ったのだから。 事情を知るヘンリエッタがそっとその頭を撫でるから、まおは嬉しそうに目を細める。 「もちろん、その中にはヘンリエッタ様と過ごした時間も沢山有りますよ」 「うん。またご家族の話も聞かせてくれると嬉しいな」 柔らかな時。降り注ぐ光。綺麗だ、とまおは思うから首を傾げた。 来年も、またその次の年も、ヘンリエッタと一緒に一年を振り返る時間が出来たらとても幸せだろう。そう告げれば、ヘンリエッタも嬉しそうに笑う。 「また、まおからお誘いしてもいいですか?」 「来年も再来年も、その先の年も。あなたと過ごす時間はいつだって大歓迎だよ」 きらきらと明滅する光。 微笑むヘンリエッタの隣で、まおも笑う。綺麗だと思うのは、光のせいだけではないから。 ――枝から零れ落ちる雪の雫は、夜の中でちらちらと輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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